厨二なボーダー隊員   作:龍流

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新生活で環境変わってバタバタしたり、一次をがーっと書いたり、嵐山さんが万能手2位という情報に脳を破壊されて、更新遅れちゃいました。ボチボチ再開していくので、またよろしくお願いします。



『厨二と唯我尊』

 数字の話をしよう。

 太刀川慶は、ボーダーNo.1攻撃手である。

 攻撃手ランク、第1位。それは界境防衛機関ボーダーという組織において、太刀川の保持する個人ポイントが、全ボーダー隊員の中で最も高いことを意味する。純粋に可視化された約47000という数字は、他の上位のランカーを圧倒し、太刀川の地位を揺るぎないものにしていた。積み重ねてきた研鑽と、数多の経験と、いくつか落としてきた大学の単位によって、No.1攻撃手の最強は成り立っている。

 しかし、最強であることは、決して万能であることとイコールでは繋がらない。

 

 獲った。

 

 龍神の胸中には、確信があった。

 自分自身のサイドエフェクトを自覚することで、逆説的に使用可能になった龍神の生駒旋空は、紛れもなく今回の対戦における切り札の一つ。

 序盤、敵チームのメンバーが揃う前の早期の奇襲は、通常のランク戦でもその有用性が認められており、事実太刀川に対しても有効であった。

 完璧なタイミングによる完璧な奇襲。

 奇しくも、太刀川の最大の危機を救ったのは、

 

「避けてください! 太刀川さん!」

 

 誰もが気にかけていなかった、この対戦における最弱の駒の一声だった。

 気づかなければ、避けることはできなかった。しかし、気づくことができれば、No.1攻撃手は反応できる。

 瞬間、直上に飛び上がり、膝を折り曲げた太刀川の靴の底を、斬撃が掠めていった。

 

「躱すかよ、これを」

 

 影浦が吐き捨てる。

 

「助かったぜ。唯我」

 

 太刀川が言う。

 素直な感謝の言葉と共に、腰から2本目の弧月が引き抜かれる。

 

「あれ……()()()()()()()()()()()

 

 そして龍神は、何故か関西弁で愚痴った。

 

「……おい。龍神」

「……冗談だ、カゲさん。次は当てる」

 

 瞬間、弧月を構え直した龍神の視線が、太刀川に集中する。

 

「旋空究式──枳殻(からたち)

 

 伸びる。

 斬撃が、大きく伸びる。

 生駒旋空の射程は、およそ40メートル。これは、攻撃手が一般的に用いる『踏み込み旋空弧月』の、約2倍の攻撃範囲を誇る。それは即ち、相手が攻撃手の場合、一方的に間合いの外からの攻撃が可能であるということ。

 再び迫りくる斬撃に、太刀川の口角が我慢の限界を超えて釣り上がる。生駒旋空はその特殊な性質上、太刀川も修得していない。自分が修得できなかった技術を、馬鹿弟子が携えて挑んできた。

 かつての師匠として、こんなに嬉しいことはない。

 

「けど、見えてるならこわくないな」

 

 その斬撃の閃きを見極めて、太刀川は抉り込むように襲い来る旋空の軌道から飛び退いた。先ほどのような不意打ちならともかく、来るとわかっている攻撃ならいくらでも対応できる。

 龍神もそれを理解しているのか、必要以上の追撃は行わず。影浦に向かって告げた。

 

「カゲさん。すまないがもう少し持ちこたえてくれ」

「仕方ねーな。済ませたら早く戻ってこい。遅かったら先に俺が太刀川を食っちまうからな」

 

 今さら説明するまでもなく、ボーダーの戦闘体には無線機能が備わっており、わざわざ声を発せずとも、内部通話を用いた会話なら、口を動かさずに意思疎通が可能だ。

 敵の目の前で、わざわざ喋ったということは……それは敵に聞かせても良い会話だということである。

 

「氷見。頼む」

『上から見てたんだと思う。多分、この辺りかな』

 

 見上げる視界に、攻撃のタイミングと位置から逆算した大まかな予測位置がマーキングされる。

 その中の一つに、龍神は標的の姿を捉えた。

 

「……そこか。唯我」

「ひっ! ひぃいいいいいいい!」

 

 A級1位太刀川隊銃手、唯我尊は如月龍神から全力での逃走を開始した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「あーっ! もう! 惜しい! 絶対決まったと思ったのに! あれ気づいてなかったでしょ!? 太刀川のヤツ、なんで避けてんのよ!? 未来予知でも覚えたの!?」

 

 解説席では、小南桐絵が全身でオーバーリアクションを繰り広げながら、にぎやかに荒ぶっていた。腕を振り上げ、大声を張り上げるそのあまりのオーバーリアクションっぷりに、隣で腕を組んでいる風間の小柄な体がちょくちょく隠れる憂き目にあっている。

 

「攻撃のタイミングは完璧だったが、バッグワームで忍んでいた唯我が上から見ていたな」

 

 とはいえ、風間蒼也は小南桐絵のオーバーリアクション程度では動じない、クールな心をその小さな体に宿している。

 何の解説にもなっていない小南のおもしろリアクションとはどこまでも対称的な風間の短く簡潔な状況解説に、東も相槌を打った。

 

「そうですね。あの一撃で太刀川が落ちていてもおかしくはなかった。良い奇襲でした」

「はい! まさか如月隊長が、初手から生駒旋空を繰り出してくるとは、驚きです! もしやこれも、如月隊長のサイドエフェクトの力なのでしょうか!?」

「龍神にサイドエフェクト!? なにそれ!?」

 

 またしても小南桐絵が目を剥いてのけ反る。小南桐絵は本当に何も知らない。むしろ、何なら知っているのだろうか。

 ほんとになんでこの人を解説席に呼んじゃったんだろう、と。桜子はめずらしく解説席の人選ミスを痛感した。

 

「小南ちゃん、解説席にいるのに観客席にいるみたいやなぁ」

「まあでも、あれは誰が見ても驚くやろ」

「せやなあ。でも、一番驚いてるのはやっぱり……」

 

 一方、観客席の生駒隊の面々は「パクられた!」と絶叫した自分たちの隊長の横顔を、ちらちらと伺っていた。いつも真顔で微妙に表情の変化がわかりにくいようでどちらかといえばやっぱりわかりやすい生駒達人は、真顔のまま固まっていた。誰が見てもわかる。あれはわかりやすく、ショックを受けている。

 

「んー、自分だけの技がパクられるのって、やっぱショックなんすかね?」

「やめなさい太一!」

 

 さらに後ろから、心無き真の悪による追撃。生駒の図太いようでわりと繊細なところがあるようでないハートは、緊急脱出寸前のダメージを負っていた。

 まるで加古望のハズレチャーハン大盛りの一口目を食べた直後の堤大地のように。

 しばらく顔を伏せたまま押し黙っていた生駒は、しばらくの間を置いてから、重々しく口を開いた。

 

「龍神は、俺が育てた」

「いや急に師匠面しますやん」

 

 水上の鋭いツッコミにもめげず、生駒はぶんぶんと片手を振る。

 

「ちゃうねん。ほんとに俺、龍神が旋空習いに来て、教えたことあるから。まあ、ちょびっとだけやけど。ほんと、ほんとにあるから。信じて?」

「めちゃくちゃ薄い関係力説してくるじゃないですか」

「あぁ……でもたしかに、そういえばそんなこともあったようななかったような」

「あ! 言われてみればオレ、龍神先輩からお菓子もらった記憶あるっす!」

「なるほど! じゃあ、如月先輩に生駒旋空を教えたのは、イコさんだったんすね!」

 

 すごく納得した、といった様子の太一に対して、生駒はすかさず振り返って言った。

 

「せやで! 龍神は俺の弟子!」

 

 如月龍神、本人の知らないところで生駒達人の弟子入り決定。

 

「アイツ、迅からもスコーピオン習ってて弟子みたいな感じだったし、ちょうどええやろ」

「何がちょうどいいんです?」

「迅がスコーピオン担当。俺が弧月担当。あと、あれ。レイガストの担当は鋼にしとこ」

「オレでいいなら、それはそれで嬉しいですけどね」

 

 生駒の無茶振りにも構わず、村上は朗らかに笑った。

 笑いながらも、スクリーンに向いたままの視線がすっと細められる。

 

「それで、師匠から見たアイツの生駒旋空はどうです?」

「え? 普通にまだ未完成やろ」

 

 ばっさりと。生駒達人は言い切った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 今さら説明するまでもないことであるが、唯我尊は如月龍神が嫌いである。

 まず、相手を舐め腐っている斜に構えた、あの態度がおもしろくない。

 次に、どんな時でも不敵な笑みを浮かべている、そのふてぶてしい表情が気に食わない。

 更に、そんなふざけた人格のくせに、ボーダー内の多くの人間から信頼を得ているのが、どこまでも腹立たしい。

 だから、この状況はある意味、唯我にとってチャンスであった。大嫌いな馬鹿に対して一発かましてやる、好機でもあった。

 

「ええいっ! 来るな! 来るな!」

 

 情けないこと極まりない声を漏らしながら、唯我は両手に構えた拳銃を乱射する。しかし、狙いの甘いそれらは龍神に掠りもせず、直撃しかけた弾丸も難なく展開されたシールドに弾かれる。

 逃げ惑って、一方的に追い立てられる。認めたくはない。けれど、認めざるを得ない。これが唯我と龍神の、実力差。紛れもない事実であり、現実であった。

 

「すまんな、1点もらおう」

 

 そんな余裕に満ちた呟きが聞こえるほどに、距離を詰められて。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 逃げ続けながら、唯我はふと思った。

 

 どうしてボクが、こんな馬鹿から逃げなければいけないんだ? 

 

 ブチリ、と。

 唯我の中で、何かがキレる音がした。

 

「如月龍神っ!」

「なんだ唯我? 悪いが、今日は命乞いは聞かんぞ」

「どうして、お前は太刀川さんの気持ちを無駄にする!?」

 

 その一声に、龍神の表情が僅かに揺れる。

 チャンスだ、と唯我は思った。

 その動揺に向かって容赦なく通常弾を撃ち込む。

 ほんの数瞬。しかし、唯我を生かす一瞬が生まれる。追い立てる龍神の足が、はじめて目に見えて鈍った。

 叫びながら、唯我は弾丸を撃ち続ける。

 同時に、止まらない気持ちが口から溢れ出た。

 

「ボクは認めないぞ! お前のことなんて、絶対に認めてやるものか!」

 

 唯我尊は、如月龍神が嫌いだ。

 いつも偉そうで、いつも格好をつけて、いつも自分のことを見下してくる。

 唯我は胸を張って言える。

 ああ、そうだ。自分は、このバカのことが大嫌いだ。

 だが、他の太刀川隊のメンバーは……残念ながらそうでもない。

 

「太刀川さんも、出水先輩も、国近先輩も……ええいっ! 言いたくはないが、あの貧乏人も!」

 

 烏丸の名前を呼ぶのは癪だったので誤魔化しながらも、唯我はさらに叫ぶ。

 

「お前のことを考えて! お前のことを死なせたくないから! だからこんなことをしているんだ! だから戦っているんだ!」

 

 唯我は知っている。

 太刀川が誰よりも龍神に目をかけ、弟子として育てようとしていたことを。

 唯我は知っている。

 出水がボーダーの同僚として、そして同級生として、記憶を消された龍神の隣で何も知らないふりをして笑っていたことを。

 唯我は知っている。

 国近が龍神と一緒に少しずつ攻略していたゲームのデータを、こっそり別のメモリーカードに移し替えて、またはじめから遊び直したことを。

 太刀川隊というチームと、如月龍神の繋がりを、唯我尊は、誰よりも知っている。

 だから、唯我は許せない。太刀川の思いを、出水の優しさを、国近の気遣いを無駄にしようとしている、目の前の馬鹿が、本当に許せない。

 

「死ぬかもしれないんだぞ! どうしてボーダーに戻ろうとするんだ!? ボクなら逃げる! 絶対に逃げる! 恥ずかしいなんて思わない! 死にたくないからだ! 当たり前だろう!」

 

 そうだ。それが当然だ。

 唯我の叫びは共感を求めながら、龍神の行動を糾弾していた。

 拳銃を握り締める手に、一層の力が籠もる。

 

「ボクは、ボクはお前がっ……!」

 

 それを、言い切る前に。

 

「……ああ、そうだな」

 

 閃く『旋空』の一振りが、唯我の片腕を切り飛ばした。

 絶句する束の間。顔を上げた龍神と、視線が重なる。

 いっそ憎らしいほどに、迷いのない瞳がそこにあった。

 

「ありがとう。唯我」

「……お前に、礼を言われる筋合いはない!」

 

 トリオン体では、喉は枯れない。

 けれど唯我は、一生分の叫び声を使ってしまった気がした。

 

「お前の気持ちは、たしかに受け取った」

 

 逆の腕が、落とされる。

 両腕を奪われて、膝をつく。

 強い、と思う。

 くやしい、と思う。

 唯我尊が、なによりも如月龍神が大嫌いな、その理由は。

 

「俺は、これから未来を変える。俺は、死なない。だから、安心しろ」

 

 本当に時々。

 極めて、極稀に。

 この馬鹿のことを、かっこいいと思ってしまうからだ。

 

 

 

 緊急脱出用のベッドに体が投げ出されても、唯我はしばらく起き上がれなかった。

 天井を見上げる。喉が干上がってる気がした。

 

「……すいません。落ちました」

 

 このチームで最初に落ちるのは、いつも自分だ。

 それはもう、自分の中で当たり前になっていたはずなのに。何故か今日だけは、唯我はそれがたまらなく情けなかった。

 

『唯我。よくやった』

 

 太刀川の声が聞こえた。

 

()()()()()()()()

 

 一瞬、聞き間違えかと思った。

 それは、あまりにも静かで、淡々とした声で。

 チーム戦で唯我が太刀川から労いの言葉を受け取るのは、はじめてのことだった。

 

「……すいません。あとは、お願いします」

『おう。まかせろ』

 

 ああ、くそ。

 

「……強くなりたい」

「……いいことじゃないかね〜」

 

 誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、オペレーターは耳聡い。

 唯我の方へは振り返らず、国近は言った。

 

「強くなりたいって思うのは……レベリングのために必要な、最初の一歩だよ、唯我くん」

 

 こちらを振り返らないその気遣いが、ぐしゃぐしゃの顔を見ようとしない先輩の気遣いが、ただただ有り難かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 数字の話をしよう。

 極めて客観的なデータではあるが、二宮匡貴のトリオン量は数値にして14。対して、出水公平は12。平均的なボーダー隊員のトリオン量が5から6であることを考えると、この二人のトリオン量は図抜けて高い。

 両者のトリオンの差は、たったの2。14と12という数字で比べれば、そのトリオンの差はとても小さいように思えるが、その差だけ移し替えて6と4という数字で比較してみると。銃手や射手一本で戦うには厳しいトリオン量と、銃手や狙撃手を充分にこなせるトリオン量という、明確な差が見えてくる。

 言ってしまえば、二宮と出水は両者共に莫大なトリオンの才能を持ちながらも、その量だけに限って言えば明確に二宮の方が上であり……

 

「ちっ」

 

 にも関わらず、現在進行形で繰り広げられる射撃戦で、押されているのは二宮の方だった。

 理由はある。それは誰が見ても明確な、装備と地形の差だった。

 個人ランク戦で二宮と出水が真正面から撃ち合ったとしたら、おおよそ6対4で二宮に軍配が上がる。

 しかし、それは逆に言ってしまえば、出水は二宮と正面から相対したとしても、10本の内4本は勝ちを拾えるということである。

 現在、ボーダー本部で射手の王と撃ち合える、唯一人の天才。

 それが、出水公平だ。

 市街地Cという、傾斜と遮蔽物の多いステージ。

 その傾斜と遮蔽物をものともしない、リアルタイムで弾道が制御される変化弾。

 地形と装備。試合が始まる前から明確に存在していたアドバンテージが、目に見える形で天才の攻勢を後押しする。

 

「撃ち合いで押されている二宮を見るのは、本当にひさしぶりだな」

「ひさしぶりっていうか、はじめてに近いでしょこれ」

 

 冷静に戦況を見る風間の隣で、小南が呻く。

 

「B級ランク戦では、二宮隊長と接触した場合は、とにかく逃げるか、落とされるのを前提で仕事をする、というのが定石になっているようですが……」

 

 二人の呟きを、桜子がすかさず拾う。

 風間は、淡白に答えた。

 

「ああ。だが、それはB級の話だ」

 

 太刀川隊というチームが、A級1位である理由は単純明快である。

 太刀川という最強の矛に、出水という天才のサポートが合わさるからだ。

 

「弾道が通りにくいこの地形では、二宮のハウンドよりも出水のバイパーの方がよく通る」

「二宮さんは上取ってるんだし、メテオラで建物ごと焼き出せばいいんじゃないの?」

「普通の相手ならそれでもいいだろうが、相手は出水だ。建物を崩して射線を通したところで、ある程度はシールドで二宮の弾は捌かれる。むしろ、迂闊にメテオラをバラ撒けば、バイパーや合成弾の反撃を喰う恐れもある」

 

 押されているとはいえ、撃ち合いに徹しているのは、ある意味正しい、と。

 風間はトップ射手同士のマッチングを、そうまとめた。

 

「あー! でも見ててじれったいわね! トマホークとかサラマンダーでがーってバァンと決着をつけなさいよ!」

「唯我が落ちたとはいえ……いや、唯我が落ちたところで、太刀川隊は何も変わらない。如月隊の不利は続く」

「ええ。たしかに、如月隊の不利は変わりません。如月が虎の子として用意したであろう『生駒旋空』も、すでに太刀川に見切られてしまった」

 

 風間の意見を、東も肯定する。

 

「しかし」

 

 モニターを見下ろす原初の狙撃手は、教え子の奮闘に期待を込めて告げた。

 

「彼らの()()()()()は、大まかに見えてきましたね」

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