厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の登場人物


『最上秀一』
あれは誰だ?力の権化か?復讐の鬼か?否……ボッチだ。コミュニケーション能力を捨て、戦闘能力に全振りする尖りきった設計によって爆誕した、モンスターボッチ。彼の弧月は悪を断ち、彼の変化弾は侵略者を穿つ。彼の目線は常に話しかける人を求め彷徨い、彼の一言は常に虚空のソラへ消える。誰か耳傾けろ、耳。必殺技は叫ばずに無言でなんかデカいの撃って敵を震わせるタイプ。


『如月龍神』
厨二。常に己を高め続けている孤高のB級隊員。しかし一部隊員からはある病気の感染源として警戒されている。後輩の黒江双葉に慕われていたり、同僚の熊谷友子といい雰囲気だったりと厨二にも関わらず女性隊員にモテる。これがコミュニケーション能力の差か。太刀川を見つけると歓喜から鳴き声を出す習性がある。勝つまでランク戦を挑むが、一度も勝った事が無い。太刀川に対して中々にめんどくさい感情を抱いている。例えば弧月二刀流は被るからスコーピオンを選んだとか。デザインした隊服がロングコートの白だとか。


『三輪秀次』
シスコンにブラコン属性を付与することによって、A級5位の広報部隊の座を狙っているとしか思えない、A級7位隊長。面倒見は悪くないタイプだが、弟に泣きながら顔をすりすりする素直さと暑苦しさを持っていないため、おそらく嵐山になることはできない。ストームマウンテンへの道は、長く険しい。とりあえず前髪を切って上げてデコを丸出しにし、寝癖をつけるところから始める必要があるだろう。


『太刀川慶』
ダンガー。強さだけでは無く、考える頭も持っている。しかし学力面では全く発揮されない。それを補う為に複数人の隊員達に餅を捧げ、その報酬に勉学の時間をランク戦の時間へと不・等価交換した。腕は持って行かれていない。最近は最上と斬り合うのが趣味。龍神には興味なし。ボッチの成長二期待している。厨二には興味ないって。だから龍神には興味無いつってんだろ!


厨二と勘違い系エリート その弐

 意外に思われるかもしれないが、如月龍神は直感よりも理屈を重んじる攻撃手である。

 だから、自分が使わないトリガーでも一通りの運用は確認するし、話題になっている隊員の戦闘記録には必ず目を通す。一時期、那須玲が変化弾の『鳥籠』で話題をさらっていた時期には、わざわざ彼女に頭まで下げに行き、変化弾の取り扱いを学んだくらいである。しかし、厨二に弾丸を扱う才能は欠片もなかった。故に挫折した。結局、そこには那須とそこそこ仲良くなったという結果だけが残った。当然、他の隊員からは大いに嫉妬された。厨二には敵だけが残った。解せぬ。

 それはともかく。記録にこまめに目を通す癖を付けている龍神は、当然最上秀一の戦闘記録も確認している。弧月とスコーピオンを併用するスタイルを取るのは、自分を除けば王子一彰と彼くらいのものである。それに加えて、彼はサイドエフェクトを最大限利用することにより、下手をすれば那須や出水以上の複雑な変化弾のコントロールをものにしている。変化弾を少しも有効活用できなかった龍神としては、彼の戦い方は正直喉から手が出るほどに羨ましいものだった。

 そういう意味では……最上秀一の記録を確認している、という表現には語弊があった。より正しく、具体的に表現するのであれば、如月龍神は最上秀一の戦闘記録を穴が空くほどに見返していた。メイン、サブトリガーの構成。個人戦における立ち回り、相手の仕留め方。それらを踏まえて考えられる弱点に至るまで。龍神が彼に声をかけたのは、もちろん彼の精神的な問題を解決したかったからであるが……同時に、彼を相手に自分の実力がどの程度通用するのか? それを試してみたいという気持ちも多分にあった。だからこそ、割り込んできた太刀川に模擬戦を邪魔されてしまったのが、本当に腹が立つ。あの餅野郎は、作戦室で餅を食っていればよかったのだ。

 

 前置きが長くなったが。

 龍神は最上秀一の実力を、正しく把握しているつもりでいた。しかしこうして、共に肩を並べて戦ってみれば、どうだ?

 

 

(まさか、ここまでとはな)

 

 

 まるで敵に対して抱くような感情が、自然と浮かんでくる。

 三輪に対して真正面から突っ込む龍神は、ちらりと背後を見た。平均と比較すればやはり大きいサイズのトリオンキューブから、弾丸がまとめて射出される。固まって突き進むそれらの弾丸は、そのままいけば間違いなく龍神の背中に直撃する軌道だ。しかし、龍神は回避行動を取ることなど欠片も考えなかった。むしろ、下手に回避行動を取った方が危険だろうとすら思った。

 刹那、先行する龍神に追いつくギリギリにまで近づいた弾丸が、花開くようにはじけ、散る。龍神の体によって覆い隠された射線。そこから喰らいつくように飛び出してきた弾丸の雨に、三輪の表情が露骨に歪んだ。

 

「ちぃ……厄介な!」

「だろうな」

 

 変化弾を受け止めるために広げざるをえなかった、薄いシールド。ブレードに対してはあまりに心もとないそれを、龍神は弧月の一閃で粉々に砕く。再び漏れる舌打ち。それをかき消すブレードの風切り音が、三輪の首元に迫る。

 

「おい三輪、頭下げろ」

 

 あまりにも自然な動作で下げられた頭。その空いた隙間を縫うように、太刀川の旋空弧月が伸びる。が、その程度での連携でやられるほど、龍神も甘くはない。咄嗟に掲げた弧月で旋空を受け止め、しかし勢いまでは殺しきれずに体勢が崩れた。攻撃のために刻んでいたテンポが、太刀川の一手で乱される。

 攻守交代。お返しとばかりに三輪は弧月を振り上げたが、

 

 

 

「最上、頼む」

 

 

 

 その一瞬の攻防の間に……否、変化弾を発射した瞬間から動き出していたのだろう。距離を詰めてきた秀一が、三輪の頭部に目掛けて弧月を振るう。知っている太刀筋とはいえ、ほとんど反射で三輪はその斬撃に反応し、受け止めた。突進の勢いを伴った剣は重く、その手応えに三輪は堪らず歯ぎしりする。

 そうして、ほんの一瞬。三輪の龍神への注意が逸れた。

 

「捕まえたぞ」

 

 一呼吸。あるいはワンテンポ。その乱れを見逃さず、龍神の『もぐら爪』が三輪の右足の甲を地面の下から刺し貫く。

 

「ぐっ……如月ぃ!」

 

 体をギリギリまで地面に添わせるような、崩れた体勢のまま、龍神は下から弧月で。秀一は二の太刀のスコーピオンで。息を合わせた完璧なタイミングで、三輪を仕留めにかかる。二振りの弧月、二振りのスコーピオンというブレードの過剰火力は、正しく攻撃手の全攻撃であり……如何に三輪秀次といえども、一人で捌ききれるものではなかった。

 

「お前ら、三輪ばっかいじめんなよ」

 

 故に、太刀川が踏み込む。

 先ほどの『旋空』とは異なり、腰の弧月を同時抜刀。弧月の刀身にトリオンが満ち、発光。

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

 

 ただでさえ扱いが難しい旋空弧月。その同時攻撃。オプションを含め、合計四つ。全トリガースロットの半分を使用した斬撃が、それぞれ別の軌道、別の角度で龍神と秀一を襲う。三輪とほとんど重なるような体勢だった秀一は余裕を持って回避できたが、もとより崩れた姿勢、地面を通したスコーピオンで回避という選択肢を失っていた龍神はまずかった。

 あまりにもあっさりと。三輪の脇腹を割くはずだった弧月。それを握る左手首が両断される。

 

「……ちっ」

 

 今度は、龍神が舌打ちを漏らす番だった。

 スコーピオンを解除。グラスホッパーを起動し、踏み込んで後退。同時に秀一も龍神が自分の足元に張ってくれたグラスホッパーを蹴って飛び上がり、置き土産とばかりに三輪と太刀川へ変化弾の雨をお見舞いする。しかし、所詮は距離を稼ぐための時間稼ぎ。三輪も太刀川も、苦も無くシールドで対応し、全ての弾丸を防ぎきった。

 立て続けにグラスホッパーを踏み、おおよそ50メートル。距離を稼いだ龍神と秀一は、そのまま手近な民家に飛び込んだ。いくつかの部屋のドアを蹴り破り、路地を抜けて身を隠す。もちろん、首元に手を当ててバッグワームを展開することも忘れない。太刀川と三輪が追ってくる気配はなかった。どうやら、あちらも立て直す時間が欲しいらしい。

 

「しくじったな……すまん。最上」

 

 トリオンが漏れ出る手首を忌々し気に見ながら、龍神が謝罪する。まさか謝られるとは思っていなかったので、バッグワームから手を出し、首と合わせて秀一はぶんぶんと振った。ボッチは会話に慣れていない。会話に慣れていないので、予想外の台詞には対応できない。哀れボッチ、がんばれボッチ。

 そんなボッチとは対照的に、厨二にしては何故かコミュ力高めな龍神は「自分がミスをしたと思ったら素直に謝罪する」という基本をよく心得ていた。

 

「あそこで最上と同時に圧力をかければ、三輪は確実に落とせると思ったんだが……太刀川のフォローが思っていたより巧かった。あまり、認めたくはないがな」

 

 それに関しては同意見なので、強く頷く。急ごしらえとはいえそこそこ上手くいった近接連携を凌いだ三輪も大概だが、そこに的確に援護を差し込む太刀川は、やはり頭がおかしいと言わざるを得ない。あの戦闘能力の一割でもいいので、大学のレポートに回して欲しい。そうすれば、普段からポイントをむしり取られ、レポートの処理に借り出されている隊員達も少しは助かるだろう。

 

「さて……しかしどうしたものか。俺も片腕を取られてしまった。このまま正面からいくのは少々厳しいか」

 

 珍しく後ろ向きな龍神の発言に、ボッチは肩を落とした。もっとうまく援護と連携ができていれば……と。試合の途中から反省モードに入り始めた彼の頭を、

 

「おい、最上」

 

 てい、と。龍神は残っている右手でチョップする。

 トリオン体であることに加えて、龍神も軽くチョップしたので痛みは少しもなかった。ただ、少しびっくりした。

 頭を抱える秀一に対して、なくなった左手首を器用に腰に当ててため息を吐きながら。龍神は呆れを少しも隠さずに言う。

 

「さっきも言っただろう。あの攻防で太刀川に腕を取られたのは俺の責任だ。お前は悪くない。むしろ俺は、お前の素晴らしい変化弾の扱いに畏敬の念を覚えたほどだぞ」

 

 ボッチは面と向かって褒められることにも慣れていない。照れてバッグワームのフードを被り始めたボッチは顔を背けたが、龍神はその肩をがっしりと掴んだ。顔を背けることは許さない、と真剣そのものの表情で、龍神は彼の顔を覗き込む。対人能力が三雲修のトリオン(つまりスズメの涙)程度しかない彼にとって、その距離感はあまりにも近すぎた。龍神が女の子だったら、多分速攻で緊急脱出していただろう。

 

「だから、最上。お前に頼みがある」

 

 やはり真剣そのものといった表情のまま、龍神が言葉を続ける。

 試合を始める前、龍神は彼の復讐の感情について触れていた。それはもうくどいくらいに、飲みたがりの大学生のように、復讐の黒い炎を飲み込みたがっていた。おそらく「もう復讐に囚われて戦うのはやめろ」だとか、そういったことを言われるのだろうと身構えた秀一は、

 

 

 

「この戦いが終わったら……俺に変化弾と生駒旋空教えてくれ」

 

 

 

 

 ずっこけそうになった。

 

「ん? どうした? 何か変なことを言ったか? 俺は」

 

 むしろ、変なことしか言っていない。

 

「そうか? 特に文脈はおかしくなかったと思うが。お前はすごい、だからお前の技を教えてほしい。べつに普通だろう?」

 

 今、それを頼むのが普通じゃない気がする。

 それに、

 

 

 

 

「……なに? 今このタイミングで『この戦いが終わったら』とか言うと死亡フラグみたいだ、だと?」

 

 

 

 

 オウム返しにされた自分の発言にコクコクと頷く。すると龍神は何故か腹を抱え、くつくつと笑い声を漏らした。今度は彼の方が「え? 俺何か言っちゃいました?」と首を傾げる番だった。

 

「くっくく……いや、すまない。そうだな。お前の言う通りだ、最上」

 

 ゆっくりと、龍神は立ち上がる。

 

「言ってしまった責任もある……その死亡フラグは、俺がへし折りに行くとしよう」

 

 手伝います、と彼も立ち上がると。

 厨二は、嬉しそうに笑った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ったく如月のやつ。バッグワームを着て家の中に隠れるとかつまらんことしやがって」

 

 文句を言いながらも、首元に手を当ててバッグワームを起動するあたり、やはり太刀川慶という男は抜け目ない。三輪もそれに倣って濃紺の外套を羽織った。

 

「三輪、お前足は大丈夫か?」

「はい。なんとか」

 

 ブーツの先で地面を叩いて、三輪は貫かれた足の感覚を確認する。全力で走ることは難しいし、踏み込みもやや浅くなるかもしれないが、普通に移動する分には支障はなかった。

 

「これからどうします?」

「んー? どうせあっちから仕掛けてくるだろ。生駒の旋空なら多少の建造物は切り崩せるし、アイツには合成弾もある。こっちを攻撃する手段には事欠かない」

 

 単純な話。単体の火力で言えば最上秀一は如月龍神をはるかに上回る。生駒旋空にしろ、合成弾にしろ、射程の面でも秀一は龍神の上だ。

 

「だから、基本的に如月の攻撃は無視していい」

「無視、ですか?」

「ああ。黙って如月にやられろって意味じゃないぞ? さっきの攻撃パターンを見てればわかるだろ。援護とトドメは最上。こっちをかき乱して攪乱するのは如月。アホみたいにわかりやすい役割分担だ」

 

 急造チームで戦ってんだから、それはある意味当然なんだけどな、と。肩を竦めて呟く太刀川は、やはり戦闘に関して言えば……というより、戦闘に関してだけは頭がよく回る。

 

「如月の攻撃は片手間にいなせ。本命はあくまで最上だ。お前は最上の攻撃に全力で対処しろ。できれば、最上の動きを一瞬でも止めてくれると助かる。そうすれば……」

「そうすれば?」

 

 にぃ、と。獰猛な笑みが満ちる。

 

 

「まとめて、俺が斬って終わりだ」

 

 

 やはりこの人は苦手だ。

 三輪がそう思うのも、仕方がないことだった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 戦況が動く。

 最後の攻防が始まる。

 最初にバッグワームを脱ぎ捨てたのは、最上秀一だった。三階建ての比較的背が高い家屋の上から周囲を見回していた彼は、住宅の森の中を動く影を視認した。こういう時、狙撃を気にしなくていいのは本当に楽だ……と思いつつ、メインの炸裂弾(メテオラ)、サブの変化弾(バイパー)を起動。そして、サイドエフェクトを使用する。

 

 瞬間、世界から色が抜け落ちた。

 

 鮮やかな赤い屋根も、深い緑色の街路樹も。目に見える全てから色彩が消え失せ、白と黒だけのモノクロに染まっていく。静寂に満ちた世界の中で、彼の思考だけが時間の檻から解き放たれて、回る。

 

 ――体感時間操作。

 それが、最上秀一の『副作用(サイドエフェクト)』である。迅悠一の未来視と同等の『Sランク』に分類されるこの『副作用(サイドエフェクト)』は、自身の体感速度を自在に操作することができる。1秒を1分に、あるいは1秒を1時間にまで引き伸ばすことすら可能な、唯一無二の力。彼はこの能力を、格闘ゲームでコンボをキメる時に用いたり、ジャンケンの見極めに使用したりと、ボーダーに入るまでは下らない目的で使い倒していたが、しかし。

 

 この力が最大の効力を発揮するのは、やはり戦闘……特に、射手系の弾丸。変化弾を扱うにあたって、彼に圧倒的なアドバンテージをもたらす。

 

 炸裂弾、変化弾のトリオンコントロールを開始。合成、成功。分割数を設定。弾道、諸元入力スタート。距離と障害物を鑑みて、一つ一つの弾丸の細かい軌道を丁寧に設定していく。

 

 入力、完了。

 

 そして、世界に色彩が蘇る。

 彼の手元から、圧縮された時間の中で凝縮された殺意の塊が解き放たれる。

 その名は『変化炸裂弾(トマホーク)』。

 本来なら、独特の弾道と広範囲に及ぶ大雑把な火力で相手を圧殺する合成弾。しかし、彼の場合は異なる。弾道の一筋、全てが当たれば致命。障害物を縫う複雑極まりない軌道で、太刀川と三輪に弾丸が殺到する。

 並の隊員ならば、それだけで仕留めきれる大技。が、彼が狙うのは並の隊員ではなく。ボーダートップクラスの実力を誇る2人である。三輪は迫りくる弾丸を見て表情を大きく歪めたが、けれどもこの程度の芸当を最上秀一が平気でやってのけるということは、よく知っている。

 

「太刀川さん!」

「おう」

 

 着弾。爆発。

 しかし変化炸裂弾(トマホーク)はローンを組んだサラリーマンが泣き出しそうな勢いで数々の住宅を粉々にしただけで、それらを巧みに盾にした三輪と太刀川には届かなかった。爆散した家屋の破片が舞い散り、降り注ぐ。生身なら直撃するだけで致命傷になるそれらは、トリオン体に当たったところで大したダメージにはならないが……

 

「ちっ……邪魔くさいな」

 

 足止めくらいには、なる。

 いくらトリオン体といえども、瓦礫に埋まることを避けるのは当然だ。太刀川は旋空を起動した。両手に握る弧月を無造作に、けれど正確に振るって。縦横無尽に空を駆ける斬撃が、降ってくる瓦礫を確実に迎撃する。

 

「っ……! 太刀川さん!」

 

 そして、その『旋空』の無駄撃ちこそが、龍神と秀一の欲しかった隙だった。

 三輪の警告。顔を上げた太刀川の視線の先には、再生成を終えた弧月を構える龍神の姿があった。爆発の隙に紛れて取った背後。欠けた左手の代わりに、いつもとは異なる右手一本の構え。

 

「旋空参式――」

 

 黒の刃の切っ先が、

 

 

「――――姫萩」

 

 

 太刀川の喉元に、喰らいつく。

 いつもとは逆の腕で。いつもと変わらぬ精度と速度を出すのは大したものだ、と。太刀川は内心で舌を巻いたが、

 

「けど、所詮は『いつも通り』だな」

 

 狙いが正確ならば。それを受け止めることは造作もない。

 龍神の持ち得る技術を最大に活かした必殺の『突き』を、太刀川は幾度となく受けてきた。そして、その『技』に膝を屈したことは一度たりともない。これまでの一騎打ちで経験してきた通りの、単純な繰り返し。今更、ただの『姫萩』を繰り出したところで、太刀川慶にその刃が届くはずもない。

 

 そんなことは、百も承知だ。

 

 太刀川の次に、誰よりも。龍神自身が、攻撃を止められることを、理解していないわけがない。

 

「そうだろうな」

 

 はっ、と。太刀川の両の目が見開かれる。

 そう。これは個人戦ではない。チーム戦だ。龍神の『旋空』だけで仕留められないのなら、もう一手。さらに『旋空』を重ねればいいだけのこと。

 

 彼は、技の名前を叫ばない。

 彼は、そもそも『それ』を必殺だとは思わない。

 

 ただ、静かに。

 

 

 ――――生駒旋空

 

 

 背後から迫るは、高速の刺突。

 正面から襲うは、神速の斬撃。

 龍神の『姫萩』と秀一の『生駒旋空』。一流の攻撃手同士でも決して容易くはない。それは言うなれば『旋空弧月』の十字砲火(クロスファイヤ)

 個人に向けられるには、あまりにも過剰。あまりにも過密と言える、重なる刃閃を前にして、

 

 

「……はっ!」

 

 

 されども『1位』は揺らがず。

 耳を裂くような、激しい音と火花が散った。180を優に超える太刀川の長身が、旋空を受けた勢いをそのままに宙を舞う。インパクトの瞬間、軽く飛び上がったNo.1攻撃手はそれぞれの斬撃を両手のそれぞれの孤月で受けきり、通常の旋空とは比較にならないその衝撃を

 

「あっぶね」

 

 あっさりと、流した。

 さらにあろうことか。宙を舞うその体勢をコントロールし、右手の孤月が無造作に振るわれる。ロールを伴ったその斬撃は、本来なら龍神が得意とするトリッキーな離れ技だ。

 

「なっ……!?」

 

 が、龍神にできることならば。

 太刀川慶に、出来ぬ道理はない。瞬間、放たれた旋空を、龍神は『テレポーター』を使って回避する。回避せざるを得なかった。

 攻撃と防御。仕掛ける側と受ける側。その関係性が、コンマ数秒で入れ替わる。

 

(テレポーターの移動先は)

 

 龍神達が、太刀川の隙を求めたように。太刀川が欲しかったのは、

 

(視線の先、数十メートル、だ)

 

 この隙だ。

 テレポーターによる転移が完了し、崩れかけた壁面に脚を付けた龍神は、絶句する。

 眼前に迫るのは、白銀の刃。なによりも鋭い、自身の転移先を完璧に読み切った太刀川が放った旋空孤月。シールドでは破られる。テレポーターの連続使用は不可能。グラスホッパーの展開も間に合わず、そもそも孤月を構えるのが間に合わない。

 このままでは、やられる、と。

 旋空の射程内に転移してしまった己の迂闊さを、龍神が呪った、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相棒を救うために。

 最上秀一の世界は、再びモノクロに染まる。

 龍神に迫る孤月の切っ先が、地面を踏みしめ突進する彼の足が、思考以外の全てが壊れたビデオテープのように、動きを止める。

 止まった世界で、彼は考える。

 変化弾は既に展開を終えている。弾道設定さえしてしまえば、いつでも太刀川に向けて放つことができる、が。止まった時間の中でどれだけ精密な弾道を描き、少しでも多くのトリオンを弾速に割り振ったとしても、太刀川にそれが届くより、旋空孤月が龍神の首を刎ねる方が早い。

 ならばシールドは? それも展開の距離限界、25メートルより先にいる龍神をカバーするには届かない。

 思考以外は止まったままの、その孤高の中で。けれど彼は、たしかに歯噛みした。

 

 考えろ。

 考えろ。

 考えろ。

 

 自分一人で、勝つためではなく。

 自分だけの世界の中で、自分以外の誰かを助けるために、彼は思考を回す。

 そうして気がついた。

 

 目の前に刃が迫っているにも関わらず、少しも諦めの色が見えない龍神の表情に。

 

 もう回避も防御も間に合わない、と。理解しているはずだった。龍神は、彼のように止まった時間の中で思考しているわけではない。彼がこの瞬間の龍神の表情を見ているのは、彼の副作用の恩恵に他ならない。本来ならば見ることすら叶わない、死に際のコンマ1秒を切り取った、その表情は。

 

 けれど、どこまでも雄弁に、不敵に、大胆に。まだ諦めない、と言っていた。

 

 そうだ。

 

 ――――援護は任せる。

 

 かっこつけの厨二病は、たしかにそう言っていた。

 

 考えて。

 考えて。

 考えて。

 

 彼はその信頼に応えるために、思考を回す。

 そうして選択肢を取捨選択した末に。彼が『それ』に至るのは、やはり必然だった。一度でだめなら、もう一度。シールドは届かない。変化弾が間に合わないのなら、届いて間に合う攻撃を。

 叫びはない。そもそも口は動かない。それでも彼はたしかに、モノクロの中で『それ』を叫んだ。

 

 

 ――――旋空孤月

 

 

 

 と。

 

 行動を選び取った瞬間。色を取り戻した世界の中で、刃が輝く。

 

「っ……!」

 

 戦闘を開始して、はじめて。太刀川慶が、驚愕に言葉を失った。

 龍神の首を刈り取るはずだった自身の『旋空』が、最上秀一の『生駒旋空』にはじかれた。その信じ難い曲芸に、体だけでなく、心までもが硬直する。

 

 

「流石だ。最上」

 

 

 間に合わないのなら、刺し違えてでも、と思っていたが。

 完璧に期待に応じてくれた相棒の援護に、

 

 

 

「もう一度、だな」

 

 

 

 龍神も、自身の全霊をもって応えた。

 再び放たれた『姫萩』が、太刀川の膝を食い破り。

 膝をついたNo.1攻撃手に、無数の変化弾が直撃した。


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