厨二なボーダー隊員   作:龍流

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『厨二と鳩原未来』

 烏丸京介の、如月龍神への第一印象。

 

「お前が烏丸か……ふっ、陽太郎から話は聞かせてもらっているぞ。俺の名は、如月龍神……天高く翔ける龍の如く、空に輝く月の神をも斬り裂く。太刀川慶を倒し、ボーダー最強になる男だ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 ──阿呆。

 

「ふっ、烏丸、俺の新たなる必殺技が完成した。その身で受け止める覚悟はできているか?」

「いや、大丈夫っす。ていうか、これからバイトなんで」

 

 第二印象。

 

「バイトだと? それは大変だな……おにぎり握ったから持っていけ。休憩時間に食べるといい」

「これどうしたんすか?」

「さっき陽太郎と握った」

「でかいっすね」

「おにぎりはでかければでかいほど良いからな」

「何入ってるんすか?」

「ふっ……聞いて驚け。ツナマヨとおかかだ」

 

 ──普通に良い人。

 

 如月龍神という先輩はどこをどう切り取っても筋金入りの変人ではあったが、しかし変人であることに目を瞑れば、烏丸京介にとって付き合いやすい良き先輩であった。

 故に、大規模侵攻の直前。龍神が迅の計らいでクローニンからガイストのスペアを預かった際も、烏丸は龍神のガイストの特訓に二つ返事で付き合うことになった。

 

「秘密の特訓! 新たな力! 昂る! 昂るな! 烏丸!」

「いや、俺はそんなに昂ってません」

「ふっ……相変わらずクールな男だ。しかしだからこそ、俺の特訓相手はお前が相応しい」

「じゃあ、はじめますか」

「ああ、待て。これを渡しておく」

「なんすかこれ」

「ふっ……賄賂だ」

 

 茶封筒から出てきたのは、数枚の紙……というか、お札であった。要するに、現金の直渡しである。

 

「俺のガイストの練習に付き合っているせいで、スーパーのバイトのシフトに出れていないだろう。取っておけ」

「いや貰えないっす」

「……受け取ってくれ」

「だから貰えないっす」

「くっ……受け取ってください!」

「言い方変えてもダメですって」

 

 表面上はポーカーフェイスを装いつつも、内心はちょっぴり狼狽して、烏丸は龍神から渡されそうになったお札を差し戻した。

 

「くそっ……なぜだ烏丸!? なぜ俺からの賄賂を受け取らない!?」

「いや、いくら先輩からでも普通に現金は受け取れないですよ」

「なにぃ!? くっ……良いヤツだなお前」

「よく言われます」

 

 よく言われているわけではなかったが、烏丸は後輩として一応そこはのっておいた。

 

「むぅ……ならば致し方あるまい。とりあえず『取っておけ』と言いながら意味深に茶封筒を渡す、という前からやりたかったことができただけでも良しとしよう」

「馬鹿なんですか?」

 

 烏丸は小南によく嘘を吐くことに定評があるが、この時ばかりは本音が漏れた。如月龍神は烏丸京介から本音を引き出すくらいの馬鹿であった。

 烏丸京介と如月龍神は、後輩と先輩の間柄だ。

 特に、大きな恩義があるわけではない。

 特別な繋がりがあるわけでもない。

 烏丸京介にとって、如月龍神は普通の先輩だ。

 

「じゃあ、今度またラーメン食いに行くぞ」

「いいっすね。替え玉します」

「餃子も付けていいぞ」

 

 普通に好きな先輩だから、死なせたくないと思うのは、当然のことだった。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

『トリオン、漏出甚大』

 

 両脚を真っ二つに寸断された烏丸は、己の不甲斐なさを内心で嘆く。

 読みを間違えた。

 致命的なミスだ。

 これはもう助からない。

 しかし、だからこそ……烏丸京介の中に残る冷静な思考が、この場における最適解を導き出した。

 

「……太刀川さん!」

「おうよ」

 

 言葉は不要。

 急場凌ぎで編成された如月隊とは違う。

 A級チームとして肩を並べて戦ってきた経験が、即座に互いの意図を読み、この場における最適解を導き出す。

 烏丸の両脚は、全損。移動は叶わず、突撃銃の再生成は間に合わず、倒れ伏した状態で弧月を振るうことすら叶わない。

 それでも、まだ残された手がある。

 

「……エスクードッ!」

 

 這いずるように。あるいは、縋るように。

 伸ばした手のひらから、一筋の光のラインが地面に伸びる。

 烏丸京介の中に残る熱い感情が、チームを勝たせるための一手を、最後に繰り出す。

 地面から斜め方向に展開された、エスクード。太刀川がそれを正確に踏み込み、壁としてではなく……()()()()()代わりに飛翔する。

 この場から、太刀川を離脱させる。

 思いもよらなかったその一手に、龍神は烏丸を見る。

 

「……クールなくせに、意外とアツいヤツだ。お前は」

「そっすね。馬鹿な先輩のせいかもしれません」

 

 やはり淡々とした烏丸の返答を、龍神は鼻で笑った。

 

『トリオン体、活動限界』

 

「嘘つけ」

「はい。まあ、ウソですけど」

 

『緊急脱出』

 

 烏丸京介が、落ちる。

 スコアだけ見れば、如月隊の二点目。

 戦況だけ見れば、四対二で、如月隊の圧倒的優勢。

 にも関わらず、龍神の隣で影浦が叫んだ。

 

「二宮ァ! 太刀川がそっちに飛んだぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

『二宮ァ! 太刀川がそっちに飛んだぞ!』

 

 影浦からの通信に、二宮は最初から耳を貸していなかった。

 そんなわかりきった警告よりも、意識を割くべき情報がある。

 

『上方、斜め右から来ます。マーキング確認』

「ああ」

 

 氷見の冷静な声が簡潔に響き、二宮の視界に邪魔にならない範囲で、警告のサインが浮かぶ。

 烏丸が落とされたにも関わらず、自分の仕事を完遂したことは、褒めてやった方がいいだろうか、と。

 そんな下らない思考に、意識を割く余裕は、残念ながら二宮には残されていなかった。

 空中ならば、アステロイドの両攻撃(フルアタック)で手足の一本程度はもげるはず。

 迎撃のために上を見る二宮の思考を、

 

「させねぇよ。メテオラ+バイパー……!」

 

 出水公平という最高のサポーターは、許さない。

 

「トマホークッ!」

 

 那須玲がその類まれな空間認識能力を以て、変化弾の軌道を引いているのに対して、出水公平は己の勘一つで変化弾の軌道を描く。

 そしてそれらは、正確無比に建造物の間を抜け、二宮の周囲に降り注ぐ。

 

「ッ……!」

『二宮さん!』

 

 広げたシールドが、爆発の圧で軋む。氷見の悲鳴が響く。

 射撃を差し込むことができなかった。撃つ前に、両防御(フルガード)を強要された。

 これは、相手を獲るための動きではない。

 これは、相手を取らせるための一手だ。

 二宮は、唇を噛む。

 シールドを()()()、攻めるよりも先に、守りに入ってしまった。

 

「良い援護だ。出水」

 

 それは、No.1攻撃手を前にして、自殺行為に等しい。

 太刀川慶の二刀は、あの新型トリオン兵ラービットすらも切り裂き、自爆モードのイルガーすらも斬り落とす。

 

「『旋空弧月』」

 

 太刀川慶の旋空は、ボーダーにおいてノーマルトリガー最高峰の火力。

 なりふり構わず、二宮は体を横に転がした。

 それでもなお、地面を抉り取る斬撃が、二宮の右肩から先を容赦なく奪い去っていく。

 

「まずは、腕一本」

 

 淡々とした声が、着地と共に響く。

 獲物を見定め、黒いコートが揺れる。

 片膝をついたまま、二宮はスーツの上着を脱ぎ捨てた。

 本来なら、この形は最も避けるべきものだった。太刀川と出水の合流を、徹底的に阻害して戦う。それが試合前にブリーフィングで確認した、勝利条件。急場凌ぎのチームがA級1位に勝つための、最低条件だった。

 

「どうします太刀川さん? 結局、二人になっちゃいましたよ?」

「ああ、そうだな。二人になっちまった」

 

 太刀川慶と出水公平。

 立ちはだかるのは、ボーダー最強のチーム。

 A級1位太刀川隊。

 

「つまり、いつも通りってことだ」

 

 一つ目の作戦は、打ち崩された。

 しかし、まだだ。

 まだ、諦めるわけにはいかない。

 二宮匡貴は、立ち上がる。

 理由は一つ。

 

 ──太刀川ではなく、俺を倒しに来い

 

 あの馬鹿と、二宮はそういう約束をした。

 組織の都合で、大人の都合で、潰される人間を見るのは、もう沢山だ。

 だから、止める。

 だから、勝つ。

 

「……」

 

 奇しくもそれは、この戦いを見守る誰もが、何よりも待ち望んだ対戦カードだった。

 二宮匡貴。No.1射手(シューター)。個人総合2位。

 太刀川慶。No.1攻撃手(アタッカー)。個人総合1位。

 会場の空気が止まる。すべての視線が、二人に集中する。

 二宮隊のB級降格と、昇進停止によって、久しく見ることが叶わないと思われた、トップランカーの対決。

 それが、今。

 如月龍神という歯車の破壊者によって、実現する。

 

「いくぜ。二宮」

「舐めるな。馬鹿が」

 

 対峙するのは、ボーダーの最高峰。

 繰り広げるのは、頂点の戦い。

 エスクードとグラスホッパーを併用した跳躍により、太刀川は大きく距離を稼いでいる。

 

『合流まで、約20秒』

 

 射手の王の挑戦が、はじまる。

 そして、これより1分後。

 この戦場から、新たに4人が離脱することになる。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 いつ頃の話だったのかは、もう忘れてしまった。

 ただ、それは大まかに、一年ほど前のことだったと、二宮匡貴は記憶している。

 

「二宮さん。新入隊員が、入ってくる時期になりましたね」

「そうだな」

 

 犬飼は個人戦に、氷見と辻はまだ学校。

 ちょうど、隊室にいたのは二人きりで。

 いつものように間をもたせるための、軽い世間話を振ってきたと思った。

 

「二宮さんは、誰か気になる子とか、いましたか?」

「興味がない。ウチのメンバーはもう決まっている。これ以上増やす気も、入れ替える気もない」

「……ふふっ」

「なぜ笑う?」

「あ。す、すいません……」

「……べつに、笑うなとは言ってないだろが。俺は、理由を聞いただけだ」

 

 二宮がぶっきらぼうにそう言うと、彼女はまた小さく笑った。

 

「二宮さん、あたしを入れ替える気がないんだな……って。それが、ちょっとうれしくて」

「俺は、俺のチームに必要な人間しか取らん。それだけだ」

「はい」

 

 いつも通りの冴えない笑顔、と言うには彼女の笑みは少しばかり明るすぎるものだった。

 

「それで? お前は誰か、気になるヤツでもいたのか?」

「あ、はい。気になるっていうか、偶然知り合っただけなんですけど……ちょっとおもしろい感じの子がいて、それで、少しだけ仲良くなりました」

 

 両手を合わせて、嬉しそうに声音が弾む。

 

「如月龍神くん、っていうんですけど」

 

 鳩原未来(はとはらみらい)とそういう話をする時間が、二宮は不思議と嫌いではなかった。




ツイッタ(今はX!!!!)でやってた厨二秘話第二弾

その十一
如月龍神は一時期、スコーピオンの応用に凝っていた時期があり、木虎のカスタムの応用で、トリオン体の手首を回転する仕様にしてもらい、スコーピオンをドリル状にして遊んでいた。耐久面で難があったために採用はされなかったが、回転する手首を使いこなす龍神に開発部の面々は喜んだ

その十二
ボーダーメガネ普及協会名誉会長宇佐美栞の手によって、龍神は誕生日プレゼントにメガネを三つ貰っているが、その時に「サングラスの方がかっこよくないか?」と不用意な発言をしてしまい、メガネとサングラスの違いについて小一時間説教されたことがある

その十三
如月龍神は荒船哲次と仲が良いが、荒船が狙撃手に転向した時期に「もしかしたら俺にも狙撃手の隠れた才能が……?」と思い、アイビスを試してみたことがある。そこそこ恵まれたトリオンからくそみたいな命中率がお出しされたので、俺の後ろに立つな!と米屋と遊ぶことしかできなかった

その十四
如月龍神には姉がいるが、龍神の家族ぐるみでの引っ越しと同時にボーダーを就職目標に定めており、現在は隊員とは別の形で関わっている。本編で猫写されている範囲では、コスプレ好きで料理が壊滅的、旅行のお土産にシュールストレミングを買ってくるタイプ

その十五
米屋陽介は如月龍神の家に泊まって遊んだことがあるが、朝起きるといい感じの洋楽をかけながら牛乳をパックで飲み、りんごを丸かじりしつつ、米屋にも同様の行為を強要してきたため、米屋は龍神の家にはあまり泊まらなくなった。荒船は上記の行為に耐性があるので龍神と一緒にやっている

その十六
龍神は那須さんに弾丸トリガーの扱いを習ったことがあるが、いくら練習しても実戦で使えるレベルにはならず、誘導が強めの追尾弾をワンパターンで放つことでなんとか……といったレベルだった。その下手っぷりはあの里見一馬をして「オレに並ぶものがあるね!」と言わしめるほどである

その十七
上の縁から、今度は里見から銃型トリガーを習うことになった龍神だが、弓場のリボルバータイプの修得を目指すことを譲らず、里見もそれに折れて教えようとしたが、やはりまったく使いものにならなかった。その下手っぷりはあの弓場をして「如月ィ……」と言わしめるほどだった。

その十八
龍神と米屋はそれこそもう周囲が呆れ返るほどに模擬戦を行っているが、その積み重ねの結果、米屋は龍神の攻撃パターンや技の間合いを熟知しており、勝敗に関わらず二人の個人戦は非常に長い泥仕合になることが多い。米屋のこの経験は三輪を通して香取にフィードバックされた

その十九
小南、影浦、村上と、ボーダーを代表するトップ攻撃手達に食らいつく地力を持つ龍神だが、弓場との個人戦では明確に負け越しており、弓場に勝ち越すことが一つの目標になっている。あとやはり弓場には頭が上がらない

その二十
龍神は修と師弟関係を結ぶにあたり、自腹を切って愛用しているドイツ語の辞書をプレゼントした。修はそれを玉狛支部に寄付し、現在はレイジさんの漬物石代わりとして非常に有効に活用されている。

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