物事には順位が存在するが、1位と2位の差は、必ずしも単純な数字の差ではない。
物事に順位が存在するのは、順位付けを行うそれらを、比較するためだ。
二宮匡貴と太刀川慶を、比較してみよう。
たとえば、射程。射手である二宮の攻撃範囲は、単純に攻撃手の太刀川よりも広い。
たとえば、手数。射手である二宮の攻撃の多彩さは、単純に相手を斬ることしかできない太刀川を凌ぐ。
ある程度の距離を保った状態から、戦闘をはじめた場合。射程で勝る二宮は、太刀川に対して確実な優位を取ることができる。これは数字では測れない、二宮の明確な強みであると言えるだろう。
では、個人総合2位である二宮は、単純に太刀川よりも強いのか?
それもまた、否である。
たとえば、ポイント。攻撃手ランキングの頂点に立つ太刀川の個人ポイントは、48752。これは単純に、二宮の個人ポイントよりも高い。
たとえば、大学の単位。常に単位修得の危機に晒されている太刀川の個人成績は、二宮と比較にすらならず、目も当てられない悲惨さである。太刀川の頭は、単純に二宮よりも悪い。
それぞれに、勝っている部分があり、劣っている部分がある。
それぞれを、単純に比較することはできない。
しかし、だからこそ、二宮匡貴は思うのだ。
──二宮って、なんか名前からしてナンバーツーって感じだよな。知ってるか? ツーは英語で2番って意味なんだぜ?
如月龍神の因縁とか。
上層部への鬱屈とした感情とか。
そういった諸々は、とりあえず置いておいて。
二宮はそもそも、このアホ面のヒゲが自分より上にいるのが、昔から気に食わなかった。
「アステロイド」
尖った感情を代弁するかのように、三角錐に分割されたアステロイドが太刀川に向けて射出される。
烏丸の捨て身の一手によって、太刀川と出水は合流を果たした。対して、現在の二宮は孤立した状態。龍神と影浦が合流するまでの時間は、およそ40秒。この40秒を、二宮はなんとしてでも凌がなければならない。
「出水っ!」
「はいはいっと」
A級1位。太刀川隊の2人を相手にして、40秒。
その時間は、射手1位の二宮からしてみても、あまりにも長い。
広範囲にばらまいた
『二宮は、退がるしかありませんね』
教え子の孤軍奮闘。その苦戦を見ながらも、解説席の東はどこまでもフラットな声音で呟いた。
『烏丸隊員が落ちたことで、太刀川隊は太刀川と出水という通常の編成に戻りました。出水が援護して、太刀川が獲る。攻撃手を射手がフォローする、基本の形。それを今のボーダーで最も高いレベルで行っているのが、太刀川隊です』
『ていうか、とりまるは太刀川たちをいつものこの形で戦わせるために、落ちたまであるわね。あいつ、ほんと余計なことして……! これじゃあ龍神たちが負けちゃうじゃない!』
『……勝負はまだわからない。が、たしかに厳しい状況であることに間違いはないな』
私情たっぷりに机をドラミングして唸っているゴリラ小南の発言を、風間の冷静さが抑える。
解説席の言葉は、すべて正しい。
そもそもの状況が、2対1。太刀川の旋空の射程に入った瞬間に負けが確定する以上、二宮には下がる以外の選択肢が存在しない。
最初の強襲で、太刀川に右腕を取られているのも、響いている。射手は手足が落ちても継戦能力が落ちにくいポジションだが、傷口から流出したトリオンは決して安くない。傷口から流れ出る煙が、そのまま二宮の消耗を表していた。
射手の王が、じわじわと追い詰められていく。
B級ランク戦では常に狩る側だったNo.1射手が、一方的に狩られる側に回る。その事実に、観客席で戦いを見守るB級隊員たちは押し黙るしかない。
誰もが、二宮の脱落を。太刀川隊の勝利を確信する中で。
『いけるか? 二宮さん』
「……問題ない。想定通りに釣り出せた」
如月龍神と二宮匡貴だけは、次の一手を静かに見据えていて。
「……っ! 太刀川さん! 上!」
その一手に繋げるために、荒船哲次は既に動いていた。
◆◆◆◆
今回のチームを結成するにあたり、如月龍神が最初に勧誘を行ったのは、影浦でも二宮でもなく、荒船だった。
「はあ? 太刀川さんたちと勝負をするから、俺にもチームに入れ、だぁ?」
「ああ。そうだ」
自分のサイドエフェクトのこと。記憶封印措置のこと。太刀川との因縁。さらに、これから三雲修をフルに駆使して上層部に喧嘩をふっかける予定を立てていること。そういった諸々の事情を簡潔にまとめて、一気に話し終えた龍神は、ぐいっとブラックコーヒーをがぶ飲みした。
「ふぅ……そんな感じで、残りのメンバーはカゲさんと二宮さんを考えている。しかしまずは、荒船さんに俺のスペシャルチームに入ってほしい。故に、早速こうして勧誘にやってきた、というわけだ。どうだろうか?」
コーヒーを片手にニヒルな笑みを浮かべ、龍神は肩をすくめてみせた。
「……なるほど。話は大体わかった」
それなりにややこしい内容の話だったとはいえ、荒船は持ち前の頭の回転の早さで即座に事情を理解した。
「おお! わかってくれたか! さすが荒船さんだ! それなら早速……」
「けど、そういうことなら話が違うだろ」
「えぇ!?」
龍神は盛大にずっこけた。思わず、勝手に注いでいたコーヒーのおかわりを取り落としそうになった。
二宮や影浦はともかく、荒船は二つ返事で「話は大体わかった。俺にまかせろ」と言ってくれると思っていたので、普通に動揺した。
「なぜだ!? 荒船さん! 一体どうして……」
「俺じゃなくていい」
どこまでも簡潔に。
荒船は、龍神の疑問をシンプルな一言で切って捨てた。
「二宮さんはわかる。出水がいる太刀川隊と真正面から撃ち合うには、あの人の火力が必要だ。カゲを選んだことに対しても、文句はねぇ。お前のことをよく知ってるし、急ごしらえのチームでも、多少の連携は取れるだろうよ。けどな、もう一度よく考えろ、如月」
帽子を取り、荒船は龍神の目をしっかりと見て、問いかける。
「俺は、本当に必要か?」
荒船は、龍神と一緒に戦うのが、嫌なわけではない。むしろ、最初に自分を頼りに来てくれたことは、とても嬉しかった。
しかし、同時にこうも思う。ボーダー残留を賭けた、なによりも大切な一戦。
そんな戦いに望むにあたって、自分は本当に必要なのか、と。
「狙撃の腕や、指揮、二宮さんとの連携。総合力でみるなら、どう考えても東さんを引っ張ってくるのがベストだ。東さんがダメなら、カゲと一緒に絵馬を引き抜いてくりゃあいい。足の早い狙撃手が欲しいなら、隠岐だっているだろう。それこそ、純粋な狙撃の腕を求めるなら、ウチの半崎を貸し出してやる。もしくは、前衛を厚くするなら、鋼の野郎や生駒さんを呼ぶべきだ」
荒船は、淡々と自分の考えを述べる。
自分を求めて来てくれた龍神に対して。
狙撃手としても、攻撃手としても、実力が足りない。
自分はその戦いの場に上がるには、力不足である、と。
荒船は、どこまでも客観的に、自己評価を語っていた。
「ふむ……」
コーヒーをテーブルの上に置いて、龍神は腕を組んだ。
「前から思ってたんだが」
「なんだよ」
「荒船さんは……アレだな。ちょっと自己評価が低い傾向にあるな!」
「あぁ!?」
今度は、荒船の方がコーヒーを吹き出しそうになった。
「てめっ……なんだその言い草は! 人がせっかく客観的に忠告してやってんのに!」
「そうだな。じゃあ、それなら俺も、客観的な話をするぞ」
龍神は、テーブルに身を乗り出した。
「俺は、荒船さんのことをかっこよくてすごい人だと思っている」
理詰めで自分が不要であることを説いていた荒船に対して。
龍神は「かっこよくてすごい」と。まるで子どものような言葉を叩きつけた。
「たとえば、半崎や当真さんのように、狙撃という一つの技術を極めた人間は強い。狙撃手としての能力を比較するのであれば、たしかに荒船さんはそういったテクニックにおいて、狙撃手のトップ層に劣っている。攻撃手として見た場合も、そうだ。狙撃手に転向して、そちらに時間を割いている今の荒船さんでは、村上さんやカゲさんにタイマンで勝ち越すのは難しいだろう」
「急にずけずけものを言うじゃねえか……」
額に青筋を浮かべはじめた荒船を見てなお、涼しい表情で龍神は言葉を続ける。
「今回の条件で、太刀川隊と戦うことを決めた時、俺は考えた。まず、最初に誰を獲るべきか? 自分が絶対に勝つために、誰に隣にいてほしいか」
どのように勝つか。
それを考えるのが、隊長の務めだ。
「狙撃手として、ではない。攻撃手として、でもない。自分は弱い、と。客観的にそう言えるほど、自分のことをよく理解している。俺は荒船さんのそういうところを尊敬している」
「……」
「そういうすべてをひっくるめて、俺は荒船哲次という隊員が欲しい」
戦いは、技術だけでは決まらない。
「もう一度よく考えろ、と言ったな? 言われた通り、俺は今、もう一度よく考えたぞ」
龍神は、躊躇いなく手を伸ばした。
手を伸ばして、頭を深く下げる。
「荒船さんの力が必要だ。頼む。俺のチームに入ってくれ」
少し、長い間が空いて。
荒船が長く息を吐く音が、静かな作戦室に響いた。
「……そりゃ、殺し文句だな」
荒船は、帽子を深く被り直して、龍神の手をがっしりと取った。
「いいぜ。一緒に太刀川隊をぶっ倒してやる」
「ありがとう荒船さん! では、早速で悪いが作戦中のコールサインの希望を……いや待て! その前にとりあえず『如月隊長』って呼んでもらってもいいか!?」
「調子のんなバカ」
◆◆◆◆
結論から言えば。
出水の警告は、ギリギリで間に合った。
頭部に展開されたシールドが、不意打ちの一発を止める。
荒船のイーグレットによる狙撃は、失敗した。
「お。やっぱ、かなりこっちに寄ってきてたなぁ? 荒船」
ひび割れたシールド越しに、太刀川は獰猛な笑みを浮かべる。
先ほどの狙撃で、荒船の位置は割れていた。オペレーターの国近によって、弾道予測は済んでいる。この地形で、荒船が狙撃の射線を再び通すには可能な限り距離を詰めて、上を取るしかない。
しかし、そこまで複雑な思考の言語化ではなく「おそらくこのあたりに荒船は潜んでいて、これくらいのタイミングで狙撃を仕掛けてくるだろう」と。そんな経験に基づいた直感で、太刀川は荒船の狙いを看破した。
『……二度も、狙撃のチャンスをもらって。二発とも防がれるのは狙撃手としては、最悪だ』
解説席で、風間が呟いたのと同時。出水のメテオラが、高台を取る荒船に向けて牙を剝いた。
あの高いトリオン量にものを言わせたメテオラは、正面から防ぎきれない。そう判断した荒船は、イーグレットを捨てて、一切の躊躇なく高台から跳んだ。飛び降りた荒船の背後で、炸裂したメテオラが轟音を響かせる。
落下する荒船を見上げて、太刀川は弧月を構えた。出水が弾で相手を動かし、太刀川が獲る。太刀川隊の必勝パターン。荒船にグラスホッパーはなく、旋空の間合いに入った瞬間に斬れば、それで終わる。
太刀川の思考は、的を得ていた。
荒船のトリガーに、グラスホッパーはセットされていない。
だが、弧月はある。跳躍と同時に、解かれたバッグワーム。そして、荒船の腰に展開された弧月の鞘を、太刀川は見落としていない。
しかし、たとえ弧月を抜いて接近戦を挑んできたとしても。トップ攻撃手である太刀川が、旋空弧月の打ち合いで、荒船に負けることはありえない。
いずれにせよ、詰み。
『──
荒船を見上げる、太刀川からは見えない。
しかし、解説席から一瞬の攻防を見る風間は、荒船の腰に装備された
『このチームで、荒船の立ち回りは複数の役割を兼ねてきた。狙撃手として、常に全体へ圧力を掛け続ける。攻撃手として距離を詰めても問題なく、如月との連携も密に行える』
風間は語る。
荒船哲次は、如月隊にとって複数の役割を兼ねた駒。龍神が荒船を起用したのは、狙撃手として、ではない。
単純に狙撃の腕のみに絞って選ぶなら、影浦とも連携が可能で腕前だけならA級と何ら遜色ないユズル。グラスホッパーの高機動により、早い段階で高台を取れる隠岐など、他に選択肢はいくらでもあった。
それでも、龍神は荒船を取った。
狙撃手と攻撃手。この二つのポジションを同時にこなせるのは、B級で荒船という隊員以外にはいないからだ。
荒船に求められたのは、状況に応じた立ち回り。
しかし、狙撃手の荒船にも、攻撃手の荒船にも、この状況で打てる手は残されていない。
『そして、なにより……
荒船哲次が目指すのは、玉狛の木崎レイジに続く存在。
ボーダー史上、二人目の
「マジか。荒船」
驚愕する太刀川を見下ろして。
後ろ腰に装備したホルスターから、荒船は勢いよく
──俺は、荒船さんのことをかっこよくてすごい人だと思っている。
かっこよさを追求する
完璧万能手を目指す自分を、剣を磨き抜いてきた
なによりも。
いつも生意気な後輩が、真っ先に自分を頼りに来てくれた。
その期待に応えないのは、先輩失格だ。
だから荒船は、この勝負に、新たなトリガーを持ち込んだ。
旋空の間合いの外から、太刀川慶に向けて
旋空零式に続く、如月隊の二枚目の
たとえ、その技術がまだ磨き抜かれていないとしても。
自分にしか果たせない役割を、果たすために。
荒船哲次は、引き金を引く。
荒船哲次・トリガーセット
【メイントリガー】
イーグレット
シールド
弧月
旋空
【サブトリガー】
???(拳銃)
シールド
バッグワーム