厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二と勘違い系エリート その参

 結論から言えば。

 龍神への攻撃に集中していた太刀川は、最上秀一の放った変化弾を回避することができなかった。弾速重視で調整されたそれら全てが、膝を潰された太刀川に着弾する。龍神への攻撃の直後、という絶妙なタイミング。孤月からシールドへの切り替えが間に合うわけもなく、No.1攻撃手に、もはや抗う術は残されていなかった。

 

 

 

 

 だからこそ。

 絶対絶命の窮地で試されるのは、個人の実力だけではなく……『チーム』としての総合力である。

 

 

 

 

 

 秀一の放った変化弾は、その全てが狙い違わず着弾し……そして、半透明の盾に受け止められた。

 

「なっ……!?」

 

 絶句する龍神。目を見開く秀一。対して、

 

「ナイス」

 

 三輪秀次の的確な両防御(フルガード)によるフォローに対し、太刀川はただ一言。それが当然であるかのように呟いた。

 

 ──お前は最上の攻撃に全力で対処しろ。

 

 そう伝えたからには、仕事を果たすのは当たり前だ。でなければ、背中を任せようとは思わない。

 窮地でも何でもなく。仕掛けられた攻撃を想定していた味方のフォローで切り抜けた太刀川に対し。その見事な連携に、決め手を崩された龍神は焦った。

 

「……ちぃ!」

 

 秀一からこれだけの援護を受けておきながら、結局潰せたのは足一本。その事実に軽い自己嫌悪を覚えながらも、龍神はグラスホッパーを起動して、一気に距離を詰めにかかる。九死に一生を得たとはいえ、地面に孤月を突き立て、立ち上がろうとする太刀川の動きはやはり鈍い。今、獲らなければこれ以上の好機はもうないだろう。

 当然、それを理解している秀一も太刀川に向かって突貫し、

 

「やらせるか」

 

 死角から飛び出してきた三輪に、彼もまた龍神同様、らしからぬ舌打ちを漏らしそうになった。『体感時間操作』による過度の集中で視野が狭くなるのは、彼の悪癖の一つだ。もう少し注意を払っていれば、太刀川をフォローする三輪に気がつけたはず……否、こればかりは彼と付き合いの最も深い三輪が、その副作用の特性をよく理解していた、というべきか。

 右手に孤月。左手には拳銃。攻撃はどちらからくる?と身構えるまでもなく、銃口が突きつけられ、弾丸が解き放たれる。いつの間に『弾倉』を入れ替えたのか。漆黒の弾丸を見て、秀一の思考が硬直する。

 

 サイドエフェクトを使って戦う彼は、相手の攻撃を見てから避けてしまうクセがある。

 

 トリオン量が多いからこそ、シールドの強度には余裕があり。副作用があるからこそ、近接戦の駆け引きでは攻撃を見てから行動を選び取ってしまう。が、いくら静止した時間の中で思考を重ねようとも、彼の体が高速で動いてくれるわけではない。間に合わないものは、間に合わないのだ。

 このシチュエーションで、これを食らえばイコールで敗北に直結する。苦渋の選択。迫り来る弾丸を、秀一は弧月で叩き落した。

 瞬間、その刀身に『錘』が喰らいつく。

 汎用射撃オプション『鉛弾(レッドバレット)』。近距離(クロスレンジ)で三輪が敵を仕留める際に多用する、彼の代名詞とも言えるトリガーである。弾丸から攻撃力を排除することと引き換えに、シールドを貫通する特殊な特性を付与。着弾箇所に約100キロの『錘』を縫い付ける。消費トリオンも馬鹿にならず、弾速も低下するためただ使うだけでは敵に掠りもしないが、弧月を用いた近接戦もこなす三輪が使用することによって、絶大な威力を発揮する。

 もはやまともに振るうことすらできない弧月を、彼は放り捨てた。片方のブレードを奪われ、龍神と同様に弧月にスコーピオンを絡めた変則攻撃を持ち味とする彼の強みが、その瞬間だけ失われてしまう。

 

「グラスホッパー」

 

 そうして晒されたその隙に、太刀川の瞳が爛と光る。

 立ち上がるために突き刺した弧月はそのまま。右手にグラスホッパーの起動を示す光を浮かべ、太刀川は跳躍した。片脚が潰されていても、跳ぶだけなら問題はない。目標はもちろん、秀一だ。太刀川に対して距離を詰めていた彼の攻めの姿勢が、三輪の介入によって最悪の形で裏目に出る。

 瞬間、秀一のフォローのために弧月へトリオンを回そうとした龍神は、しかし『旋空弧月』を放つ前に硬直した。

 

(くそっ……最上の位置が悪すぎる)

 

 龍神から見て、秀一の体が三輪に被り過ぎている。そもそも『鉛弾(レッドバレット)』が直撃するほどに、彼と三輪の距離が近いのだ。横薙ぎに『旋空』を打っても、縦に断ち切っても、一点を突いたとしても、確実に秀一に当たってしまう。ならば、残された選択肢は。

 

「っ……天舞!」

 

 太刀川を追うように、龍神は跳躍した。三輪へ攻撃を加えることができないなら、せめて太刀川だけでも抑えなければ、落とされる。

 空中。太刀川に弧月のブレードが届く距離まで追い縋った龍神は、黒い刃を力任せに叩きつけた。が、まるで予想していたかのようにそれを受け止めた太刀川は、低い声で言う。

 

「助かる」

 

 弧月対弧月。互いに一振り。限りなく対等に近いシンプルなシチュエーションの中で、濃厚な殺意が溢れ出る。

 

「空中なら、踏ん張りが利かなくても関係ない」

 

 

 

 

 

 ────釣られた。

 

 

 

 

 その自覚が間に合う前に、一瞬の交差を経て。龍神の胸元に深々と弧月が突き刺さる。

 明らかな致命傷。トリオン体の崩壊を示す罅が、頬にまで広がっていく。

 だが、秀一もまた龍神に気を回す余裕はなかった。この間合いでは、サブの変化弾を起動する余裕はなく。メインの弧月の再生成は間に合わない。かといって、スコーピオンだけでは、三輪の斬撃を全て受けきることもできない。

 しかし、回避という選択肢は既に潰されており。踏み込み、抉り抜くような三輪の斬撃を、彼はスコーピオンで受けるしかなかった。彼のトリオン量は数字にすれば12。ボーダーの中でも指折りのトリオン量を誇るが、しかし弧月とスコーピオンのスペック差は如何とも埋めがたい。結果、三輪の斬撃を受けたスコーピオンは一撃で叩き折れた。

 落とせる、と三輪は思った。落とされる、と秀一は思った。

 そんな、2人の思考の間に、

 

 

「最上っ!」

 

 

 龍神の怒声が、割って入る。

 瞬間、彼は思考ではなく本能で副作用を発動させた。

 視界に入ってきたのは、ブーメランのように回転するスコーピオン。片刃とはいえ、剥き身の刃。しかも、高速で回転しながら自分に向かってくるそれをキャッチする。そんな曲芸じみた芸当は、普通の人間には絶対に不可能だ。

 

 だが、最上秀一なら?

 

 彼のサイドエフェクトを持ってすれば、回転するブレードの柄を掴むことなど、あまりに容易い。

 伸ばした右腕、手のひらの先に、予定調和のようにスコーピオンが収まる。そして、振るう。予想外の反撃。二の太刀はないはずの秀一の斬撃を、三輪は弧月で受け返す。耳障りな高い音と、火花が飛び散り、

 

 

「がっ……!?」

 

 

 彼は、折れたスコーピオンを強引に三輪の心臓に捻じ込んだ。

 

『トリオン供給機関、破損』

 

 無慈悲な機械音声が、覆しようのないトリオン体の損傷を告げる。奇しくも同時に、

 

 

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 龍神と三輪が、落ちる。

 過度な集中。息もつかせぬ攻防の連続に、呼吸が乱れた。副作用が解除され、時間が巻き戻る。だが、ここで倒れるわけにはいかない。龍神が己を犠牲にして作り出した刃。その結果得た得点を無駄にはできない。これで残りは太刀川のみ。万全の状態ならともかく、片足を失った今なら……

 

 

「いい連携だったが……」

 

 

 そんな、希望的観測が。

 あまりにも浅い思考が。

 

 

 

「一手、遅いな」

 

 

 一刀の元に断ち切られる。

 視界が歪む。頭の先から股の下まで。まるで体の半分で区切ったように、見える景色がズレていく。

 副作用による思考の加速を、差し込む余裕すらない。

 

 

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 

 これが『1位』。

 深い後悔をその場に残して、彼の意識はその場から離脱した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ぬぐおおおおお!? 太刀川! 太刀川ぁ! よくもっ……よくも、やってくれたな!? この俺と最上の最強連携を……まさか、あんなにあっさりと打ち破ってくるとは……くそ!」

「あっさりじゃねぇよ。そこそこ苦戦したからな? ま、逆に言えばそこそこ楽しめたってことだ。それでも、お前らはまだまだ俺に勝てないってこった。はっはは」

「くっ……今日ほど己の不甲斐なさを嘆いた日はない……」

 

 太刀川に纏めて斬られ試合が終了し、龍神は心底悔しそうに地団駄を踏んだ。太刀川に対する台詞には己のライバルに対する賞賛と勝てなかった悔しさが如実に現れている。

 それを横で見ていた秀一は思わず謝罪の言葉が出た。敗因が明らかに自分のせいだからだ。

 

「ん……?」

 

 あくまでも仮定の話ではあるが。彼が太刀川の旋空弧月を自身の生駒旋空で相殺しようとせず……太刀川を直接狙ったならば。結果はまた違ったものになったかもしれない。もちろん、あの時あのタイミングで彼の位置から太刀川を狙おうにも、届かなかった可能性はある。加えて言えば、太刀川を直接狙った場合、龍神へのフォローは完全に捨てるしかなかった。が、こうして結果を見てみれば、あの時「龍神を見捨てる」という選択肢を取った方が、結果的に勝利に繋がったのではないか、と。そう考えてしまう。

 いつもなら、またあのヒゲにポイント取られるのかとため息が出るだけだ。しかし今回は相棒が居て、足を引っ張ってしまい──

 

「ああ、そうだな。あそこで最上自身の最大のキレが出せれば、あるいは我々の双牙が奴の喉元に辿り着いたのかもしれない」

 

 思考の渦に沈みかけた秀一を、龍神の率直な言葉が引き上げる。慰めの言葉ではなく、無慈悲とも取れる叱咤の言葉。しかし、その言葉に秀一は気分を落とす事が無かった。

 

「だがな。自分を庇ってくれた仲間を責めるアホが、どこにいる? 少なくとも、俺はそこまで馬鹿ではないつもりだぞ」

 

 視界をあげる。そこには、今まで通りに厨二らしくニヒルな笑みを浮かべる龍神が居た。

 

「それに、だ。反省ができるのなら、俺たちはもっと強くなれる。そうだろう?」

 

 肩を並べてみて、龍神はよく分かった。最上秀一の力は、紛れも無く本物である。或いは、直接刃を交えるよりも、タッグを組んで太刀川達と戦ったことは……自分にとって、何物にも代えがたい貴重な経験になった、と。龍神は心からそう思う。

 

「ありがとう、最上。機会があれば、また組んでやろう」

 

 龍神の笑みに、秀一も彼の真似をしてニヒルな笑みを返す……が流石はグランドボッチ。慣れない事をして思いっきり引きつっており、しかも途中で顔を逸らしてしまう。

 結果……

 

(惜しいな……このままだといつか彼は己の復讐の炎で身を焦がす)

 

 やはり秀一の全てを理解できたわけではなく。むしろ少し仲良くなったせいで、微妙に勘違いをしたまま、ますますその修羅っ気を内心心配する龍神だったが、

 

「それはそうと──太刀川ぁぁああああ!!」

 

 後輩の前で自制していた我慢が吹っ切れる。自分が伝える事ができることは全て伝えた。ならば次に炎で身を焦がすのは己の番だ。

 そう言わんばかりに太刀川へ猛ダッシュを決めた龍神に、

 

「如月ぃぃいいいいい!!」

 

 

「ぬおおおおおおああああ!?」

 

 グラスホッパーを使ったのかと見間違える程のスピードで、三輪が飛び蹴りをぶちかまして来た。

 

 ──ダイナミック・俺の弟に何しやがった・飛び蹴りキック。

 

 三輪秀次が如月龍神に試合前から募らせて来た怒り、嫉妬、苛立ち、嫉妬、嫉妬、嫉妬、嫉妬……とりあえず嫉妬が解放された弧月キックシリーズの集大成である。もはや三雲は関係ない。蹴りとキックが被っているのも関係ない。

 地獄の底から響いているかのように、深く、重く、そして黒い怨嗟の声が龍神に向けて放たれる。前髪で目元がよく見えず、男版貞子のように不気味だ。あまりの恐怖に、何がとは言わないが秀一は漏らしそうだった。三輪は殺気がだだ漏れだった。

 流石の龍神も額から冷や汗を流しながら、しかし強く抗議する。

 

「三輪! いい加減にしろ! 今回はトリオン体故に怪我はないが、一歩間違えば隊務規定違反だ! というかしてるだろう!?」

「うるさい黙れ! 貴様よくも秀一を……秀一をぉおおお!」

「うお!? 何を……って、強っ!? 力強っ!?」

 

 空閑のブラックトリガーでも無いのに、妙な力でブーストしている三輪。そんな彼に絡まれている龍神を見て、秀一はどうしたものかとオロオロしていた(内心)。

 

「いやー。最後の最後でやらかしたなー最上」

 

 そこに見事三輪を囮にして秀一に近づく事に成功した太刀川が、ポンっと彼の頭に手を置く。

 このヒゲ面No.1攻撃手も彼と同じ光景を見ている筈だが、ハハハと軽く笑い飛ばすだけである。

 

「でも、やっぱりお前とやってると面白い」

 

 太刀川はかつてのライバルとバタバタやり合っていた時の事を思い出した。いつも飽きずに勝った負けたを繰り返していたが、総じて太刀川が勝っていた時は相手が先を見過ぎて今に対する集中力を落とした時。

 剣の使い方もそうだが、その辺りの癖があの男と似ている。だから太刀川は無意識に最上との模擬戦を望んでいるのかもしれない。

 まぁ……仲間に対するフォローで頭が一杯になるあたり。この後輩の方が、あのいけ好かない実力派エリートより可愛げがある、と言えるが。

 

「それはそうともう一回やろうぜ。今度はサシで」

 

 ウザ絡みする太刀川に秀一は鬱陶しそうに、しかしうまく偽装しながら言った。

 貴方と戦いたがっている人ならあそこに居ますよ、と。

 

「あぁん? あの馬鹿は放っておいてもアイツの方から斬られにくるからいいんだよ」

 

 だから、俺はお前と斬り合いたいの。そう続けて秀一の頭をグリグリと締め付ける太刀川。

 そんな彼の言動を秀一は素直じゃないなぁと、思い。さてどうしたものかと悩んでいると……救いの手は意外な所から出てきた。

 

「太刀川」

「ん? 風間さん?」

 

 いつのまにか小柄かつ高性能な男、風間蒼也がすぐ近くに居た。

 そして、ガシリと強く太刀川の腕を掴むと彼に言い放つ。

 

「忍田本部長がお呼びだ。大人しく来い」

「おっと風間さん。それは後にしてくれ。今日はこいつと斬り合いたい気分なんだ。それに今日は防衛任務無いし、レポートも課題も前もって済ませてある。だから──」

「そのレポートの事なんだがな、太刀川。不正が見つかった」

「……え?」

「と言うよりも告発があった」

 

 タラリ、と。イヤな汗が太刀川の頬に垂れる。

 

「妙に出来のいいレポートを忍田本部長が疑問に思ってな。俺が直々に聞き込み調査を行った結果……全員がしっかりと報告してくれた」

 

 尚、その報告者達は「自分たちは疲れているのに、当の本人が元気なのが腹立った」と述べている。

 

「えっと……」

「太刀川。手伝って貰うのと、全てぶん投げてやって貰うのは違うぞ。

 

 ──今から一人でやり直しだ。俺と忍田本部長の監視付きで、な」

 

 絶対絶命のピンチに太刀川は……

 

「べ、ベイル──」

「しても良いぞ。忍田本部長もそこにいる。かえって連れて行く手間が省ける」

「──」

「ではな最上。このバカは連れて行くとしよう」

 

 ズルズルと太刀川を引き摺って行く風間。しかし途中立ち止まると。

 

「……連携に興味があれば、うちの隊室に来ると良い。興味があれば、な」

 

 それだけを伝えると風間は太刀川と共にランク戦室ラウンジを立ち去る。

 

「あっ! 待て太刀川! 勝ち逃げする気か貴様! 許さんぞ!」

「如月ィ! まだ話は終わっていないぞっ!」

 

 太刀川に反応する如月を、三輪が無理矢理押し留め、それを眺めるギャラリーが増えさらに騒がしくなっていく。このままだと二人だけでもう一戦始めそうだ。

 

 

『では、三つ巴でやろう。最上も入れてな』

 

 

 しかし、もしそうなると。

 三輪に絡まれてる厨二がニヒルな笑みを浮かべてそう言いそうで。

 そして、周りの隊員達を巻き込んでさらに大騒ぎになる。

 その光景が容易に想像でき──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おれのサイドエフェクト通り、いい笑顔だ」

 

 思わず秀一は笑みを浮かべていた。




コラボ短編、これにて終了となります。今回のお話を提案して頂き、執筆に協力してくださったカンさんに心からの感謝を。

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