厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の登場人物

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《太刀川慶(たちかわけい)》
A級1位太刀川隊隊長、攻撃手個人ランク1位、個人総合1位。黒コート、二刀流。わりと厨二。

《鬼怒田本吉(きぬたもときち)》
48歳、7月14日生まれで身長は161センチ。星座はつるぎ座のB型。家族と仕事とカップ麺と散歩が好きな、本部開発室長。
中年太りで剥げかかっているおっさん。しかし萌えキャラである。アニメ新OPではオシャレな帽子を被っていた。萌えキャラである。ゲート誘導システムの開発、本部基礎システムの構築、ノーマルトリガーの量産、遠征で新しく入手したトリガーの解析、遠征艇開発、本部壁面装甲の強化、トラップシステムの開発、その他色々をこなす、ボーダーには欠かせないお方。
誠に遺憾ながら、今回は登場しない。


厨二と太刀川慶

 太刀川慶は疲れていた。

 場所は市街地。時刻は昼。正確に言えば、太刀川が見ている景色は実際に存在しているわけではなく『トリオン』と呼ばれる物質で作られたものである。頭上には太陽が光っているが、しようと思えば夜にしたり、雨を降らせたりと、時間や天候は自由に変えられる。いわゆる『仮想空間』というやつだ。

 同様に、彼の身体も『トリオン』で構成されている、『トリオン体』と呼ばれるものだ。生身ではない為、身体的に疲れているわけではない。

 

「ようやくこの俺の刀の錆となる覚悟が決まったようだな。太刀川慶!」

 

 直上から降り掛かる、高圧的かつバカっぽい声。原因はこれだ。この声の主のせいで、太刀川の精神力――太刀川隊のゲーム好きなオペレーター『国近柚宇』風に言えば『MP(メディカルポイント)』的な何かは、ゴリゴリと削られ続けていた。

 視線を上げれば、屋根の上で腕を組み、腰に日本刀を下げた1人の男がいる。ボサボサと尖った感じの黒髪に、太刀川とは真逆の真っ白なコート。裾をはためかせ、片足を乗り出し、明らかに格好を付けている。

 今日も絶好調だ。

 

「今まで散々に逃げ回られたが、もう逃がさん。今日こそは貴様を斬れ、と天上の月も囁いている」

 

 くどいようだが、現在の時刻設定は昼である。月なんて見えない。

 

「ああ、悪かったな。時刻設定、夜にしておけばよかったな。月とか好きそうだもんな、お前」

「笑止。たとえ昼であろうとも、月は常に天に輝いている。貴様のような曇り濁った心では、見えないだろうがな」

 

 太刀川は深い深い溜め息を吐く。

 バカだ。なんかカッコよく台詞を吐いてはいるが、悲しいほどにバカだ。痛々しいバカだ。救いようのないバカだ。太刀川も『DANGER』を『ダンガー』と読んでしまうくらいには残念なお馬鹿さんなのだが、そんな彼からみても屋根の上の男は別次元の馬鹿に見えた。

 ついでに言うなら『孤月』はトリオンで構成された刀なので、絶対に錆びない。

 

「うるさい、黙れ。『旋空孤月』」

 

 先手必勝、死人に口なし、である。

 宣言通りに黙らせるべく、太刀川は屋根の上の男と同じ、近接戦闘用ブレードトリガー『孤月』を抜き放ち、苛立ちの元凶に目掛けて振るった。太刀川と彼の距離は数十メートル離れており、刃が届くわけはない。

 

 ――――しかし。

 

「くっ……」

 

 次の瞬間には男は跳躍し、屋根から飛び降りていた。その数刹那後、一軒家の屋根が凄まじい轟音と共に叩き割られる。

 オプショントリガー『旋空』

 トリオンで構成された刃を瞬間的に拡張するこのトリガーは、扱いが難しい反面、達人が使えば文字通りの『飛ぶ斬撃』となる。

 男は地面に降り立つと、楽しげに笑った。

 

「それでこそ太刀川慶。この俺のライバルに相応しい」

「『さん』をつけろ。バカ野郎」

 

 一撃、二撃、三撃。太刀川は片手で『孤月』を振るい、斬撃を男に向かって浴びせるが、彼はその全てを回避していた。

 いや、正確には回避しているわけではない。太刀川の手には、先ほどはなかった確かな手応えがあった。

 

「この俺に抜かせたな……太刀川ッ!」

 

 見れば男も、太刀川と同じく『孤月』を抜き、攻撃を尽く受け止めていた。ただし、太刀川の『孤月』とは違い、刀に『鍔』が付いている。

 純粋に興味がそそられて、太刀川は攻撃の手を緩めずに男に向かって問いを投げた。

 

「お前、その『孤月』どうした?」

「これか? くまに聞いて『鍔』のカスタマイズをしてもらった。前に見た時から気になっていたからな」

 

 なるほど。それだけならまだいい。それだけなら"まだ"分かる。

 

「なんで刀身が黒い?」

「ふっ……俺の持つ刀はオンリーワンである必要がある。だから刀身を黒くしたのだ」

 

 太刀川は思った。コイツ、やっぱ馬鹿だ。

 

「よくそんなカスタマイズができたな」

「真似はするなよ。俺が考えたんだからな」

 

 正直に言うと少しかっこいいな、と思わないでもなかったので、太刀川の中の苛立ちのボルテージはますます高まった。

 ぶっちゃけ、ウザい。

 そんな太刀川の心中を知ってか知らずか、白いコートの男は勝ち誇るように鼻を鳴らした。

 

「ふん……その渋い面。よほど羨ましいようだな。鬼怒田さんに頼み込み、足蹴にされ、しかしまとわりつき、すがり付き、泣きついた甲斐があったというものだ!」

 

 太刀川は、鬼怒田に心の底から同情した。かわりにその湧き出てきた同情と、さっきから溜まりに溜まった苛立ちを『旋空』の斬撃にのせる。

 

「ぐっ……流石だな」

 

 黒い『孤月』だけでは捌ききれなくなったのか、男は『シールド』も展開して太刀川の斬撃を防ぐ。

 

「だが……お前は今日ここで俺の『孤月・黒刃(コクジン)』に切り裂かれる運命だ」

 

 一度路地に入り、壁を障害物にして、男は太刀川の視界から消えた。ネーミングセンスにツッコむ前に姿を消されたので、ますますイライラしてくる。

 結果、何の警戒もせずに太刀川は住宅街の十字路を曲がってしまった。

 

「うおっ……!?」

 

 ――斬撃。

 

 鼻先を、黒い刃が掠める。すんでのところで、太刀川は攻撃をかわした。

 

「ちっ……」

 

 曲がってくる太刀川をちょうど待ち構える形で、男は孤月を構えていた。

 ボーダー隊員の持つ『トリガー』の中でも『攻撃手』で一番人気を誇るのが『孤月』だ。身体のどこからでも出すことができ、重さもほとんどない『スコーピオン』と比べて『孤月』にはクセがない。その為か、隊員達の間では生身で振るう時と感覚的に差がなく、使いやすいと言う声がよく聞かれる。そのあたりが、一番人気の秘密なのだろう。

 

「この俺の『旋空壱式・虎杖(イタドリ)』を避けるとはな……」

 

 実に恥ずかしい技名を呟きながら、彼は顔を歪めていた。だが、馬鹿みたいな口調とは裏腹に、その構えは意外にも現実的だ。

 彼は足を肩幅に開き、右足を僅かに前に出している。柄は両手で握り、刀身を正眼に構えていた。まさしく、生身で刀を振るう競技――剣道の基本の構えに近い。

 

「もう一度だ……旋空壱式――」

 

 黒い孤月が、大上段に振りかぶられる。

 

「――虎杖ッ!」

 

 その技名、イチイチ叫ばなきゃならんのか、と言う間もなく。太刀川は反撃ではなく、咄嗟に防御を選択した。

 太刀川も先ほど使った『旋空孤月』、それと同じく、黒い斬撃が飛ぶ。太刀川が片手一本で振るっていた『旋空孤月』と比べても、その斬撃は遜色なく『鋭い』と言えよう。

 

 A級1位、太刀川隊隊長。そして『攻撃手』個人ランキング第1位、個人総合1位。名実共に『ボーダー』のトップに立つ男。それが太刀川慶だ。

 

「うおっと……」

 

 そんな太刀川からみても、彼の太刀筋の『キレ』は中々のものだった。素早く、正確に、頭部を狙っている。剣道で言うところの『面打ち』というやつだ。このバカは、そういうところは"かじっていた"だけあって、いいセンスをしている。

 まあ、もっとも……

 

「まったくやられる気はしないけどな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて、太刀川は走り出した。右手に孤月を携えたまま、牽制代わりの『旋空』をお見舞いする。宙を舞う斬撃がコンクリートを削り取り、破片が舞い散った。

 

「舐めるなよ、太刀川!」

 

 一方の男は『シールド』を併用してそれを防御。真正面から突っ込む太刀川を、彼もまた真正面から迎え打つ構えを取った。

 距離にして約十五メートル。『トリオン体』で強化された身体能力なら、数秒で詰まる距離だ。

 

「これで終わりだ――――旋空"参式"」

 

 もう一度、大技を叩き込むべく彼は独特の構えを取った。

 だが、太刀川慶はただの攻撃手ではない。攻撃手の頂点に立つ、ボーダーの中でも最強に近い男だ。

 

「やっぱバカだな、お前」

「なん……だと!?」

 

 数秒ではなく、一瞬。それこそ瞬きをするような刹那。太刀川は、彼の目と鼻の先まで肉薄していた。

 距離を詰められた男は、驚愕で目を見開く。そして、その理由を知る。

 

 

 オプショントリガー『グラスホッパー』

 空中に反発作用のある足場、簡単に言えば『ジャンプできる板』を浮かべるトリガーを太刀川は起動していた。

 それも、地面に対してほぼ垂直に。本来は空中に飛び上がる為の『足場』を、正面への突進に利用していたのだ。

 

「き……さま!」

 

 声を上げた時には、既に遅かった。突然の急接近に反応が間に合うわけもなく、接近に対応する防御を太刀川が許すはずもなかった。

 

 これまで両者が繰り出してきた、どの斬撃よりも鋭い一閃。

 

「太刀川……ッ!?」

「だから何度も言わせんな」

 

 地面に着地し、静かに『孤月』を鞘に納めて、太刀川は不敵に笑う。

 

「『さん』を付けろ。バカ野郎」

 

『トリオン供給機関破壊、如月ダウン』

 

 無味乾燥な機械音声が響き、身体を真っ二つにされた男はそのまま緊急脱出した。

 これにて彼、如月龍神(きさらぎたつみ)の太刀川慶との模擬戦成績は、216戦216敗となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 如月龍神は筋金入りの『厨二病』である。

 龍神はとにかくかっこいいものが好きだった。小さい頃は戦隊ヒーローや仮面ライダーに憧れ、常に彼らの真似をして公園を駆けずり回っていた。三つ子の魂百までとは言うが、龍神の趣味や好みの傾向は成長しても全く変わらなかった。

 

 好きな飲み物、ブラックコーヒー。甘いものなんてかっこ悪い。ジュースとか論外。

 好きな音楽、洋楽。J-POPはクソくらえ。

 しかし好きな食べ物は、日本食。健全な体は健全な食事から。

 好きな言葉、オンリーワン、ナンバーワン。特別な存在でいたかった。

 好きな動物、ドラゴン。自分の名前と同じ生き物が好きで何が悪い?

 と、まあこんな具合に、龍神は人生を謳歌していた。アニメや漫画もとにかく片っ端から読み漁り、伝説の戦闘民族や忍者や死神に憧れた。もちろん『魔○光殺法』の練習はしたし、『千○』と『雷○』の印も覚えた。雨傘を持てば『散れ、千○桜』と呟いて、元新撰組隊長の『牙○』の構えも取った。

 だが、現実は非情である。どんなに『気』を貯めても指先から螺旋状の光線は飛び出してこなかったし、どんなに『チャ○ラ』を練っても千の鳥が鳴くような音色は腕から響いてこなかった。雨傘は千の刃に分裂するわけがないし、どんなに高速で学校の門を突いても傘の方がぶっ壊れるだけだった。

 現実は漫画やアニメのように劇的ではない。道を歩いていたら怪人に襲われるわけでもないし、突然空から女の子も降って来ない。公衆電話に拾ったテレカを差し込んでも異世界には飛べないし、両親が特に不仲になっていない状態で放置された廃ビルに行ってみても、やはり異世界への扉はなかった。オンラインゲームにのめり込んでみても、突然デスゲームに巻き込まれたりはしなかった。龍神はとにかく異世界に行きたかったが、異世界には行けなかった。

 どうやら現実は甘くない、と気づいたのは奇しくも中二になった時だったか。 

 剣士とか剣豪が好きだったので、部活は『剣』を取れる剣道部に所属し、それなりにがんばってもいた。そこそこ強い方だという自負もあった。別に運動が嫌いだったわけではないし、龍神は変わり者扱いされることはあっても苛められることはなかった。友達もちゃんといた。けれども龍神は、常に欲求不満だった。

 

 自分は特別な存在の筈だ。自分には何かできる筈だ。

 

 そんな感情が、常に龍神の中には渦巻いていた。それが思春期特有の一過性のものであることを、龍神は認めたくなかった。

 授業をまともに受ける気も起きず、いつものように『学校がテロリストに襲撃された』際の緊急シミュレーションを頭の中で行っていた、ある日。

 

 その日。

 世界を、侵略者が襲ってきた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 界境防衛機関『ボーダー』が、異世界からの侵略者『近界民(ネイバー)』を撃退してからはや数年。

 龍神は両親の仕事の関係で、『近界民』に襲撃された都市、『三門市』に引っ越すことになった。地元の友達や近所のおばさんからは、そんな危険な場所に行くなんて、と心配されたが、そんなことは関係ない。むしろ龍神はこの引っ越しを両手を挙げて喜び、両親の決断を後押ししたくらいだ。

 引っ越しを告げられた時の龍神の心境を一言で表すなら、こうである。

 

『やはり俺は、選ばれた人間だった』

 

 この時、龍神は中学三年生。悲しいかな、まだ『病』からは脱せずにいた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ここが『警戒区域』か……」

 

 龍神はワクワクが止まらず、引っ越し前夜は寝付けない状態だった。

 この街には、怪獣(ネイバー)が出る。そいつらを倒す組織(ボーダー)がある。そして、異世界への『門(ゲート)』がある。それだけで、今まで燻っていた龍神の心は大いに踊った。

 

「行くか……」

 

 心臓の音は早鐘を打つように高鳴っている。目の前には『立ち入り禁止』と書かれた立て札があったが、龍神は構わず突き進んだ。危険を恐れていても、何も得られないし、何も起こらない。盗んだバイクで走ってみようかな、と考える程度には、龍神は悪ガキだったのだ。

 

 そして、数分後。

 

「うわあああああぁあ!?」

 

 確かにそこには、巨大なバケモノがいた。龍神の想像よりも少しだけ巨大なバケモノだった。

 

「はっはっ……っくそ……はあ」

 

 『近界民(ネイバー)』と出会うことを予想していないわけではなかった。ただ龍神は、もしも『近界民(ネイバー)』が現れても、遠くから観察するくらいの気持ちでいたのだ。

 だが、実際にサイレンの音が鳴り響き、目の前に得体の知れない『門(ゲート)』が開き、そこから写真や映像で何度も見た『近界民(ネイバー)』が這い出てくる。それらの現実を直視して、如月龍神は呆気に取られた。

 そして、身を隠すのを忘れてしまった。

 

「はぁはぁ……」

 

 どんなに逃げても、黄色の目を光らせて、バケモノは追ってきた。大きさが違う。逃げ切れるわけがない。崩れたコンクリートに足を取られ、龍神は思い切り足を挫いた。

 

「あ……あ」

 

 もう走れない。

 倒れた場所は暗く、影になっていた。

 見上げると、『近界民(ネイバー)』の単眼が、凝視するように龍神を見下ろしていた。

 

「ここまで……か」

 

 こんなピンチには、必ずヒーローが駆け付けるはずだと思っていた。

 けれどもそれは、結局バカな妄想でしかなかったのだ。フィクションは所詮フィクションであり、現実はあくまでもリアルだ。

 ゆっくりと、バケモノは迫ってくる。

 

 死にたくないな、と。龍神は心の底からそう思った。

 せめて、痛くなければいい。龍神は目を瞑った。

 

 

「――――旋空弧月」

 

 

 風が吹いた気がした。

 いつまでたっても、バケモノは襲ってこない。体が潰される気配もない。

 龍神は恐る恐る、ゆっくりと閉じた瞼を持ち上げた。

 

「お、無事かボウズ?」

 

 龍神の視線の先には、一人の男が立っていた。

 黒いコートを、風に任せるがままにはためかせ。

 両手に携えるのは、二本の長刀。即ち、二刀流。

 日が落ちる寸前の夕焼けをバックに、彼は笑みを浮かべていた。

 

 そして、信じられないことに。

 

 龍神を襲おうとしていた『近界民(ネイバー)』は、真っ二つに切り裂かれていた。

 

 ――ヒーローは、遅れてやってきたのだ。

 


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