《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。
《太刀川慶(たちかわけい)》
多分厨二。
《出水公平(いずみこうへい)》
A級1位太刀川隊射手(シューター)。天才。黒コートを着こなすそこそこの厨二。
《唯我尊(ゆいがたける)》
A級1位太刀川隊銃手(ガンナー)。強キャラのガンナー来るか!?という読者の斜め上を行った、ハイテンションミドルレンジロン毛。東さんと比べると、同じロン毛でも格の違いが分かる。前髪をよくファサファサする。修よりは強い。
《国近柚宇(くにちかゆう)》
太刀川隊オペレーター。いかにもJKっぽい見た目とは裏腹に、よく死ぬことで有名なあのゲームをプレイするほどの極度のゲーマー。かわいい。Eカップ。
《嵐山潤(あらしやまじゅん)》
A級5位嵐山隊隊長。熱血イケメン。
《熊谷友子(くまがいゆうこ)》
B級12位那須隊の攻撃手(アタッカー)。迅さんに尻を触られるほどの、健康的ないいお尻をしている。多分胸もでかいが、惜しむらくはオペレーターではない為にサイズが不明である。アニオリの水着回に期待。
《那須玲(なすれい)》
B級12位那須隊隊長。おそらく彼女の登場によって、綾辻さん派、小南派、チカちゃん派に分かれていた男性読者人気は一気に色々分裂した。とてもかわいい。バイパーをふわふわさせた12巻の表紙はふつくしいの一言に尽きる。また、アニオリでの「えいっ!」という枕投げにハートを撃ち抜かれた視聴者は数知れない。多分アニメスタッフのお気に入り。だって作画良いもの。大変申し訳ないが今回は登場しない。
出水公平はうんざりしていた。
「太刀川ぁああああぁあ!?」
ボーダー本部。『模擬戦ブース』へと続くロビーに、1人の男の怒声が轟く。訓練の合間に休憩したり、談笑したりしていた隊員達は何事かと目を止め、そしていつものことだと認識すると、すぐに目を離した。
「待て! 太刀川! 逃げるな! 俺と戦え!」
「落ち着けっ! 落ち着けって龍神!」
「離せ出水! 俺はッ……俺は今日こそアイツを倒すんだ!」
猛獣の如く叫びを上げている男を真正面から押さえているのは、A級1位太刀川隊の『射手(シューター)』である『出水公平』
「そうよ、如月! ちょっと落ち着きなさい! あ、ほら、さっきのカスタマイズした『弧月』かっこよかったわよ!」
出水と協力して後ろから男を羽交い締めにしているのは、B級12位那須隊の『攻撃手(アタッカー)』である『熊谷友子』
「ありがとう! それはくまの協力のおかげだ!」
「どういたしまして! だから一旦落ち着きなさい!」
「無理だッ! 俺はあの男を斬るまで、この心の猛りを抑えることができそうにない!」
「あー、もうっ!」
出水はふと、自分と協力してこのバカを押さえてくれている熊谷の胸のあたりを見た。結構大きなソレは、明らかにこのバカの背中に当たっているように見える。
「……なんかイライラしてきたぜ……」
「放っておけばいいんですよ、出水先輩。この男の馬鹿さ加減は今にはじまったことじゃありません」
騒がしい3人とは少し離れてそんなことを言ったのは、出水と同じ太刀川隊の『銃手(ガンナー)』である『唯我尊(ゆいがたける)』だ。ご自慢のサラサラの長髪を手で弄りながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
「どうせ太刀川さんには勝てないのに、懲りもせずに挑み続けるんですから、やれやれ全く、その男の愚かさは度し難い! 太刀川さんにやられるだけやられておけばいいんです」
「いいからテメェも手伝え、唯我! このままじゃ太刀川さんが大学の補講に出られないんだぞ!」
「へっ……?」
髪に触れる唯我の手が、ピタリと止まった。余裕が満ちていた顔に、冷や汗が流れる。
「出水先輩、まさか太刀川さん、また単位ヤバいんですか……?」
「またじゃねーよ! 太刀川さんが単位ヤバいのはいつもだろ! 分かったらこの馬鹿止めるの手伝え!」
「了解です、先輩!」
隊長である太刀川が単位を落とせば、太刀川隊の活動に支障が出るのは明白である。唯我は既に二人に羽交い締めにされている馬鹿に向かって突進した。
「止まってもらおう、如月龍神! 太刀川さんと戦いたければ、まずはこの唯我尊を倒してから行け!」
ちょうどその時、どうしてかは分からないが、熊谷が羽交い締めにしていたバカの片腕が、すっぽりと抜けた。そのバカが自分を押さえる出水の肩越しに見たのは、両手を挙げて情けない体勢で突っ込んでくる長髪である。
「黙れ、雑魚に用はない!」
如月龍神は容赦も躊躇いもなく、唯我の顔面に拳を叩き込む。
「ごっふぁ!?」
太刀川隊共通の黒いコートの裾をはためかせて、唯我は思い切り吹っ飛んだ。さすがに周囲の隊員達から、心配そうな悲鳴があがる。
「かっ……顔がっ……顔がぁあああ!?」
「さっさと立て、唯我! お前トリオン体だから痛いわけねぇだろ!」
「い、いや……な、なんか精神的にっ……」
そんな喧騒に紛れて、こっそり動く影が一つ。
「たまにはアイツも役に立つな……唯我、お前の犠牲は無駄にしない」
全ては単位の為である。太刀川は呟きつつ、ロビーから抜け出した。
◇◆◇◆
あの日、ボーダー隊員に命を救ってもらった後。如月龍神の行動は迅速だった。
まずは即行で両親を説得し、即行で『ボーダー』に入隊した。色々と説明が雑に思えるかもしれないが、それほどまでに龍神の行動は迅速だったのである。
入隊式を経て、龍神は『ボーダー』の『C級隊員』となった。
この『C級隊員』というのは、俗に言う『訓練生』の立場であるらしく、実戦に出るには『B級隊員』に上がる必要がある、と説明を受けた。
冗談ではない、と龍神は思った。
自分はあの時助けてくれた、二刀流の男に追い付かなければならないのだ。こんなところで寄り道をする気は毛頭ない。
龍神の決意は、鉄よりも固く、鋼よりも固かった。とにかく、固かった。
――――――――――――――――――――
歓声が木霊した。
その場にいた全員の目がスクリーンに写し出された『撃破記録』に釘付けになっていた。
『4秒06』
それが、龍神の叩き出したタイムだった。
「アイツすげぇ……」
「さっきの木虎ってやつの記録破ったぞ!?」
「何者だ?」
訓練生である『C級隊員』は使用する『トリガー』を一つだけ選ぶことができる。その一つを用いて一体の『トリオン兵』と戦闘を行い、撃破した時間を競うのが、入隊後はじめて行われるこの訓練の主旨である。
「すっげーな、マジで」
「アイツ、すぐに『B級』に上がるんじゃないの?」
その光景を目の当たりにした隊員達は騒然となっていた。先ほど『通常弾(アステロイド)』に『ハンドガン』の装備で1人の女子が撃破記録9秒を出したが、それだけでも彼らは相当に盛り上がった。だというのに、直後にその記録を破る猛者が現れたのだ。これで興奮するなという方が無理だ。
はじめて『トリガー』を使って戦闘を行うこの訓練は、いわば初心者向けのチュートリアル。記録としては1分を切ればいいところである。そんな訓練で10秒台を切る強いヤツが2人もいる。隊員達は競争心やら闘争本能やらを刺激されて、会場のざわめきは中々止まなかった。
しかし、そんな快挙を成し遂げた期待の新人の耳には、ざわつく他の隊員達の声は、一切届いていなかった。
「くっ……」
龍神は息を吐き、手に携えたその『トリガー』を訓練室の床に突き刺した。
近接戦闘用ブレードトリガー『弧月』
龍神を助けてくれた、あのボーダー隊員が使っていた『トリガー』である。
本当は二刀流でいきたかったのだが、赤いジャージにキノコ頭の隊員に「訓練生が使える『トリガー』は一つまでだよ」と言われ、やむなく断念。とりあえずこれ一本で戦っていくことを心に決めた。
本当は身体のどこからでも出せ、重さもほとんどないブレード型トリガー『スコーピオン』や、キューブを空中に浮かべてそこから弾を撃ち出す『アステロイド』なども龍神の心を大いに誘惑したのだが、それらの迷いを龍神はなんとか断ち切った。
やはり、漢の武器は『刀』である。SFめいた武器に惑わされてはいけない。
そんなこんなで『弧月』で戦うことを選んだ龍神だったが、その心は寒風吹き荒れる荒野のごとく荒れていた。要するに、とにかく荒れていた。
「…………違う」
こんなものではなかった。あの男の、あの二刀流の剣の冴えは、こんなものではなかったのだ。
龍神は己の心の中で、地に膝をついていた。
まだだ。まだ、足りない。
「きみ、すごいじゃないか。今のところは今回の訓練生の中でも最高記録だ!」
そんな龍神に話し掛けてきたのは、訓練を監督していたさわやかイケメンの赤ジャージ。見覚えがある顔だった。よくテレビでも見る『嵐山隊』の隊長、『嵐山准』だ。
「駄目だ……」
「うん?」
「俺の剣は……あの夕暮れの中に閃いた二刀の輝きには及ばない……」
「つまりきみは、まだ自分の実力に満足していないということか! いや、本当にすごいな。まだ入隊したばかりだっていうのに……」
うんうん、と嵐山は感心して頷いた。言っていることはよく分からなかったのだが、とにかく嵐山には龍神の中に眠るアツい『何か』がひしひしと伝わってきたのだ。
「……一つ、聞いてもいいだろうか?」
「おお! なんだ? 分からないことがあるなら、なんでも聞いてくれ!」
「では……」
龍神がそれを聞くと、嵐山は「そんなことか」と笑い、とても丁寧に答えてくれた。
「助かった……では、失礼する」
「ああ、また何かあったら遠慮なく声をかけてくれ!」
嵐山に頭を下げ、龍神は歩き出した。
『A級1位太刀川隊』の作戦室へ。
――――ちなみにこの時。
自分の撃破記録を破られ、隅の方でいつ声をかけるか迷っていた後にA級5位チームの一員となる女子がいたのだが――もちろん龍神は、そんなことを知る由もなかった。
――――――――――――――――――――
「なんだ? きみは?」
もしかしたら防衛任務中かもしれないし、作戦会議中かもしれない。自分のようなC級隊員が訪れたところで、会ってくれないかもしれないと龍神は危惧していたが、意外にも作戦室の扉はあっさりと開いた。出てきたのは、黒の長髪でいかにもナルシストっぽい1人の男。彼は龍神の白い隊員服を見ると「フン!」と鼻を鳴らした。
「その隊服、C級隊員か。きみはここがどこか分かっているのか? ボーダーのトップチーム! 頂点に輝く最強部隊! 太刀川隊の作戦室だぞ! きみのようなC級隊員が来る場所では……」
「うっせぇぞ! 唯我!」
「ぐぼおぁー!?」
龍神が何か言う前に、部屋の奥から跳び蹴りが炸裂した。結果、唯我と呼ばれた長髪の男は頭から床に突っ込んだ。
「いっ……いたい! ひどい! 何をするんですか!? 出水先輩!?」
「お前が新入りをいびってるからだろーが」
「そうそう。イジメはよくないぞ~」
ぞろぞろと出てきたのは、明らかに私服の男女一組。唯我という男は黒いコートの隊服を着ていて、いつでも出動できそうな雰囲気だった。が、この2人、男の方は長袖Tシャツ、女の方はパーカーと、まるで部屋で休日を過ごしているかのような格好だった。
「で、お前はウチに何の用なんだ?」
「アレ? この子、出水くんの知り合いじゃなかったの?」
「違うよ、柚宇さん。ていうか、柚宇さんの知り合いじゃないわけ?」
「知らな~い」
「ほら見てください! やはり部外者じゃないですか!」
我が意を得たり、と言わんばかりに立ち上がった唯我は龍神を指差した。
「いや、でも太刀川さんの知り合いってパターンもあるのか……」
「こんなヤツが太刀川さんの知り合いなわけがないでしょう!」
「まあまあ。とりあえず中に入れてあげよう。話はそれからだよ。どうぞ~」
たれ目の、いかにもゆるふわ系といった感じの女子に案内され、龍神はA級1位部隊、太刀川隊の作戦室に足を踏み入れた。
いや、正確には――
「なんだこれは……」
――足の踏み場がなかった、と言う方が正しかったのかもしれない。
床に散乱していたのは、大量のゲームソフト。新旧問わず、アクション、RPG、シューティング、パズル。ありとあらゆるジャンルのソフトが散らばっていた。『スペ○ンカー』まであるあたり、本物である。中には携帯ゲーム機もちらほらと見える。それだけなら、まだいい。
「あー、やっぱりお客さん来る前に一回片付けておけばよかったねー、唯我くん」
「お前がはやく片付けないからこうなるんだぞー、唯我」
「片付けるのはボクだけなんですかっ!?」
お菓子の空き袋。なんかよく分からないオモチャ。大学のものっぽいテキストにノート。シャーペンと消しゴム。隊章があしらわれたワッペン。鍋。じゃがいもが入った段ボール箱。
とにかく様々なモノが、部屋の至るところに置いてあった。
部屋のテレビに映っているのは、交戦を記録したビデオ映像でもなければ、ニュース番組でもなく、明らかにゲームのポーズ画面だ。四つのコントローラーが繋がれている。
「適当なところに座ってねー」
そう言われても、座れるような場所がない。途方にくれて前を見ると、なぜか壁には蟹の時計が架かっていた。珍妙過ぎる趣味だ。
というか、この場所は本当に『A級1位部隊』の『作戦室』なのだろうか? とてもじゃないが龍神にはこの部屋が、ボーダーのトップチーム、頂点に輝く最強部隊、太刀川隊の作戦室には思えなかった。
「太刀川さん! ほら起きて! 太刀川さん!」
「太刀川さん途中で寝落ちしちゃったからなー」
柚宇さん、と呼ばれたゆるふわ女子が、部屋のスペースの大部分を占有している布団の塊をゆさゆさと揺らす。出水という男も、げしげしと足で布団を突っついた。
すると、
「うっ……むっ……うぅん」
「あ、起きた」
「起きたな」
「起きましたね」
布団が、ゆっくりと持ち上がる。中から、ゲームのコントローラーがこぼれ落ちる。顔を出したのは、ボサボサ頭のヒゲ面だった。
「ふぁあ……ねっむ」
「おはよー、太刀川さん」
「はよっす、太刀川さん」
「おはようございます! 太刀川さん!」
「国近、出水、唯我……お前ら元気だな……やっぱアレだわ。徹夜でゲームは十代までだわ。二十になるとキッツいわ」
「太刀川さんが昨日の夜、テンション上がり過ぎだったんですよ」
「ばか。俺はかわいい後輩に付き合って、頑張ってテンションを上げたんだ。……やべぇ、まだ眠いな。ちょっとコレはダメだ。俺はもう一眠りする。しばらくしたら起こせ」
そう言って、もう一度布団に潜り込もうとする首筋を、
「だーめ」
柚宇がゆるふわ系な見た目とは裏腹に、がっちりと掴んだ。
「お客さんが来てるんだよ」
「ああ? 客?」
そこまで来てようやく、太刀川慶はいつものメンバーより人数が一人多いことに気が付いた。
「ん……? お前は……」
龍神は震えていた。
まるで覇気のない表情。死んだ魚のような格子状の目。しかし紛れもなく、目の前にいるのはあの日、龍神を救ってくれたあのボーダー隊員だった。
A級1位、太刀川隊隊長。太刀川慶。
「ようやく……ようやく、会うことができた……」
腰を下げ、膝をつき、龍神はそのまま頭すら着きかねない勢いで、太刀川に向かって頭を下げた。
「お願いします! 太刀川さん! いや、師匠! どうか、どうかこの俺を、貴方の弟子にしてほしい!」
柚宇も、出水も、唯我も、目を見張って驚いた。
「で、弟子入り志望!? 面白い子が来たね……」
「太刀川さんに弟子かぁ……つーか、もう師匠って言っちゃってるし」
「いきなり来て、弟子にしてくれなんて、コイツは何様ですか!?」
床に手を付いたまま、龍神は顔を上げた。
「失礼なのは、重々承知しています。ですが、ですがどうか! 考えて頂けないでしょうか!」
再び、頭を下げる。龍神の態度に、3人は困ったように顔を見合わせた。そして結局、全員が同じ人物の顔を伺う。
「どうするの、太刀川さん?」
「引き受けるんですか? 太刀川さん」
「自分は反対です! 太刀川さん!」
ただ一人。太刀川だけは、動揺もせず、口も開かず、静かに龍神を見詰めていた。
「…………ッ」
目線を合わせていなくても、龍神は背筋が凍る思いだった。これが、太刀川慶の放つプレッシャー。自分が、弟子に相応しい男かを見定めようとしている視線が、ひしひしと感じられた。だが、彼のような強者の道に至れるのなら、龍神はどんな試練でも耐えてみせる自信が――
「やだ。めんどくさい」
――頭が、真っ白になった。
「……へ?」
顔を上げると、布団から顔だけ出した状態で、太刀川は龍神を見下ろしていた。
「ていうか、お前誰だっけ?」
瞬間。
龍神の中で、何かが砕け散った音がした。
◇◆◇◆
「あの時の、あの時の俺の気持ちがッ……出水には分かるかっ!?」
「あー、ハイハイ。分かる、分かるって。お前のあの瞬間の何もかも失ったような顔は知ってるから、俺も見てるから」
ひとしきり語り終えた後輩の肩を叩き、出水は内心やれやれとため息を吐いた。すでに熊谷は面倒臭くなったのか、自分にこの馬鹿を任せて模擬戦ブースへ。何事かと遠巻きに見守っていたC級隊員達も静まった馬鹿に興味を失ったのか、三々五々に散らばっている。
「まあ、確かに太刀川さんの強さは本物だからなぁ……」
太刀川慶という男は、筋金入りの天才肌である。出水も自分が天才肌であるという自覚はあったが、あの人には及ばない。『ノーマルトリガー最強の男』である忍田本部長から剣の教えを受けたとはいえ、あの強さはもはやチートの域だ。
「出水先輩! コーラ買ってきました!」
なにせ、ぶっちゃけ実力的にはB級下位、半分お荷物と言っても過言ではない、この唯我をチームに抱えた状態でA級1位を維持しているのだ。柚宇はニコニコしながら「縛りプレイも楽しいものだよ!」とか言っていたが、ある意味それでもチームはしっかり回っているのだからおそろしい。
「サンキュー、唯我。龍神の分は?」
「くっ……本来ならばこんな男に飲み物を買ってくるのは、大変不本意なのですが……」
言いつつ、唯我は出水にコーラ、龍神にはブラックコーヒーを差し出した。ここで飲み物のチョイスを間違えないあたり、コイツも隣の馬鹿との付き合いをよく分かっている。
「ほれ、龍神。買ってきたのは唯我だけど、おれの奢りだ。ありがたく飲め」
「……すまない。一応礼は言っておくぞ、唯我」
「ふん!」
龍神は無言でコーヒーを啜る。その表情は、多分コーヒーよりも苦い。
「なあ、龍神。お前の気持ちも分かるし、同じ隊のおれが言うのもおかしいけどな、太刀川さんは攻撃手1位、総合1位のバケモンなんだぜ?」
内心、こういうの苦手だなーと思いつつ、出水はなるべく言い聞かせるように言う。
「お前は確かに攻撃手としては優秀だし、そこの唯我と取りかえられるなら取りかえたいくらいだけど」
「えっ!?」
「それでも勝てない相手には勝てない。一度落ち着いて、色々考えてみてもいいんじゃないか? 太刀川さんに勝つことにばっか拘ってると、いつまでも個人(ソロ)のB級隊員からぬけだせないぜ?」
そう。この馬鹿、もとい厨二病の馬鹿は、それなりの実力があるにも関わらず、自分から太刀川に突っ込んでいっては自滅。せっかく稼いだポイントもその度に太刀川に巻き上げられるという、しょーもないサイクルを繰り返しているのだ。
「無理ですよ、出水先輩。この男にはチームを組めるような協調性はありません」
「……まるでお前には協調性があるような言い方だな、唯我」
「ははっ! 少なくともあなたよりはマシだ!」
「……いいだろう。どうやら俺に叩き斬られたいようだな? 貴様ごときでは甚だ不足だが、相手になってやる」
「悪いが、こちらが先に風穴を穿つ方がはやいぞ!」
「やめとけ唯我。お前じゃ勝てん」
「出水先輩!?」
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを繰り返していたせいだろうか。龍神と唯我はもちろん、出水も後ろから近づいて来た1人の男に、気付くことができなかった。
「そんなに強い相手と戦いたいのか?」
唯我と龍神はともかく、出水は聞き覚えのある声に反応し、ベンチから転がり落ちそうになった。
「んなっ……どうしてここに……?」
その男は両手をポケットに突っ込み、いつもと変わらぬ不機嫌そうな面持ちで立っていた。
「さっきから聞いていれば、太刀川以外は眼中にないような口振りだったな」
"元"A級部隊。現B級1位部隊。『二宮隊』の隊長にして、No.1射手(シューター)
そして、個人総合2位の実力者。
「一緒に来い。相手をしてやる」
『二宮匡貴』が、そこにいた。