タイトル通り二宮さんの戦闘回です。原作未読でネタバレを回避したい方はご注意ください。
今回の登場人物
《二宮匡貴(にのみやまさたか)》
B級1位二宮隊隊長にして、No.1射手(シューター)であり、個人総合2位の実力者。射手の王。
もう何を紹介していいか分からないくらいにネタに溢れた存在であり、隊服がスタイリッシュスーツ、アステロイドのオサレ分割、襟たてバッグワーム着こなし、両手ポケイン、ゾエさんは俺の点なんだからね!なツンデレ発言、一級雪ダルマ造形師、などなどきりがない。アニメでの声でさらにネタ度が増し、二宮王国(ニノミヤキングダム)や無限の諏訪製(アンリミテッドキューブワークス)をやらかしそうだと、各地で話題に。そもそも戦い方がわりとチート染みている。修との差がすごい。
《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。
《出水公平(いずみこうへい)》
なんと二宮さんに頭を下げられた経験のある天才。弾バカ。
《米屋陽介(よねやようすけ)》
基本初手で首を狙いにいく、妖怪首おいてけ。首を狩れたことはあまりないが、決め台詞を言ったあとの強さにはかなりの安心感がある。槍バカ。
二宮匡貴は静かに言い放った。
「『アステロイド』」
黒のスーツ姿の二宮の横に、四角形のキューブが出現する。それらは瞬時に4つの三角形に分割され、凄まじいスピードで目標に向かって射ち出された。
――弾速重視か。
そう判断した龍神は『グラスホッパー』を起動。空中に飛び上がり、ギリギリで射線から外れた。結果として4発の『通常弾(アステロイド)』はそれなりの大きさの一軒家に直撃。並みのサラリーマンなら30年かけてローンを組みそうな家を半壊させて、瓦礫の山に変えた。
「『炸裂弾(メテオラ)』や『撤甲弾(ギムレット)』ではなく、ただの『通常弾(アステロイド)』でこの威力か……」
しかも今のが弾速重視だとすれば、通常の『アステロイド』はより威力が高いということになる。背中に冷たいものを感じながら、龍神は『弧月』を構えて二宮に突進した。模擬戦のフィールドは市街地。遮蔽物が多さを考えれば龍神が有利だったが、まずは近づいて距離を詰めなければ話にならない。
「旋空"伍式"――野薊(ノアザミ)」
まずは牽制代わり。瞬間的に拡張される『弧月』の刃は、地対地の連続斬撃。攻撃は、距離が離れた二宮を確かに捉えていた。
「くだらない技だな」
しかし、展開された『シールド』に刃を易々と阻まれる。『弧月』を通して伝わった手応えに、龍神は歯軋りした。
「……流石に"固い"な」
「ただの『旋空』で俺の『シールド』を抜けると思うな」
「ただの『旋空』ではない! これは旋空ご」
「『ハウンド』」
会話を一方的に打ち切って、二宮はトリオンキューブを2つ展開する。一見、先ほど使用した『通常弾(アステロイド)』と差がないように思えるそれは、しかしまるで別物と言える性質を備えた弾丸だ。
「くっ……」
龍神は二宮の視界から逃れる為に、民家の窓を突き破って飛び込んだ。『誘導弾(ハウンド)』は"猟犬"の名が示す通り、敵を追尾する性質を持っている。誘導方法は視線による『視線誘導』とトリオンの探知による『探知誘導』に分かれるが、いずれにせよ、とにかく障害物が多い場所に入り込んで弾を避けた方がいい。最悪でも『視線誘導』は切れる。
案の定、壁や扉に阻害されて『誘導弾(ハウンド)』は龍神に届き切らなかった。
「……それで逃れたつもりか」
しかし、龍神の判断がはやかったように、二宮の対応もはやかった。『誘導弾(ハウンド)』による『両攻撃(フルアタック)』を取り止めた二宮は、再び主(メイン)トリガーを『通常弾(アステロイド)』に切り替えた。
「『アステロイド』」
弾速を捨て、威力重視にチューニングされた『通常弾(アステロイド)』は、既に穴だらけになっていた家屋を一撃で倒壊させる。
瓦礫の下敷きになったか、と二宮は冷めた目で立ち込める粉塵を見詰めていたが、
「まったく……派手に過ぎるぞ……」
煙の中から、如月龍神は転がり出た。
ニヤリ、と笑みを溢して、龍神は『弧月』の切っ先を二宮に向ける。
「まだまだ……これからだ」
「そう思うなら周りくらいはよく見ておけ。死ぬぞ」
「ッ!?」
反応を返す間もなく、既に放たれていた『誘導弾(ハウンド)』が頭上から龍神に着弾した。まるで雨のように、弾丸が絶え間なく降り注ぐ。
「既に『ハウンド』を……!?」
「気づくのが遅い」
頭上からの『誘導弾(ハウンド)』に加え、さらに二宮は追撃として『誘導弾(ハウンド)』の『両攻撃(フルアタック)』を仕掛ける。その猛攻を、龍神は『シールド』の『両防御(フルガード)』で防がざるを得ない。同時に使える『トリガー』が2つまでである以上、龍神の手元の『弧月』はもはや棒きれに等しい。
そうして相手を防御に追い込み、足を止めさせた時点で、二宮の"狩り"は終わっている。
「『アステロイド』」
分割数を2つに抑えたキューブの弾丸は、龍神の『両防御(フルガード)』をたやすく打ち砕いた。阻むものが消え、無数の『ハウンド』達が龍神の体に牙を突き立てる。
「がっ……!?」
『トリオン供給機関破壊。如月ダウン』
これが、射手の王の実力か。
いまだにポケットから一度も手を出していない二宮の姿を視界に収めながら、龍神は『緊急脱出(ベイルアウト)』した。
◇◆◇◆
「ははっ……やっぱニノさんつえーな」
「うっせーぞ、槍バカ」
観戦用モニターを見上げて、出水公平は嘆息した。隣には、唯我と入れ替わりにやって来た、龍神とは別ベクトルのバカがいる。
米屋陽介。『A級7位』三輪隊の『攻撃手(アタッカー)』であり、龍神と同じ『弧月』の使い手だ。ついでに、特定の師匠を持たずに独学で成り上がった点も共通している。
「そういや、さっきまで唯我いたのに、どこ行ったんだ?」
「帰った。これ以上は見るのも時間の無駄です、とか言ってやがった」
さらに付け加えると、嫌みっぽい口調で髪をかきあげながらそう言ったのだが、わりとどうでもいいので割愛する。
「じゃあ、太刀川さんは?」
「単位がヤバいから、龍神と一戦交えたあとは、大学に緊急脱出(ベイルアウト)してもらった」
「あー、なるほど」
米屋に、お前のところの隊長も色々大変だなー、的な視線を向けられ、出水は肩を竦めた。本当に、バトル以外になると色々と残念な隊長である。
「で、欲求不満になった龍神がニノさんとバトることになった、と」
「欲求不満とか言い方がエロいな」
「うっせーよ、バカ」
男子高校生らしい下らないやりとりをしつつ、2人は再び観戦用モニターに視線を戻した。
「……で、同じ『射手(シューター)』として、お前から見てどうなんだよ? この勝負は」
「そりゃ、龍神が圧倒的に不利だろ。格上だからな。けど、そもそも『射手(シューター)』ってのは、基本は"点"が獲りにくいポジションだ。最近は『シールド』が固くなって『通常弾(アステロイド)』数発くらいじゃ抜けなくなったからな」
ボーダーの『戦闘員』のポジションは戦う距離ごとに分けて三つ、細かく言えば五つに分かれる。
部隊の前面に立ち、近接戦闘用のブレード型トリガーで白兵戦を仕掛ける『攻撃手(アタッカー)』
近距離、中距離の間合いを保ちつつ銃型トリガーで撃ち合う『銃手(ガンナー)』
出水や二宮のように『銃手(ガンナー)』と同じ間合いで、トリオンキューブを直接撃ち出して戦う『射手(シューター)』
遠距離から狙撃用のトリガーを用いて、敵を狙い撃つ『狙撃手(スナイパー)』
そして『攻撃手』と『銃手』を兼ねた『万能手(オールラウンダー)』 さらに細かく言えば、近距離での戦闘を重視した戦闘員は『近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)』 中距離までの戦闘にも対応した戦闘員を『中距離万能手(ミドルレンジオールラウンダー)』を呼び、狙撃も含めた全距離での戦闘に対応した戦闘員は『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』と呼ばれる。『万能手(オールラウンダー)』は俗に言う"器用貧乏"になりやすいポジションだが、全距離での戦闘に対応するセンスを持つ戦闘員は稀で、今のところは『玉狛支部』に1人しかいない。
本当はこれに加えてA級2位の『冬島隊』隊長『冬島慎次』や、A級6位の女子(ガールズ)チームである『加古隊』の『喜多川真衣』が属する『特殊工作兵(トラッパー)』と呼ばれるポジションがあるのだが、成り手が少ない特殊な役割を担っている為、除外して考えてもいいだろう。
さて、出水の言葉通り、列挙した戦闘員のポジションの中でも『射手(シューター)』は基本的に"点"が獲りにくい――即ち"敵"を倒しにくいポジションである。
「では、そんな『シューター』の役割は何か? 答えてみろ、槍バカ」
「味方を援護、敵は牽制して、俺ら『アタッカー』が点を獲りやすいようにお膳立てしてくれるポジションだろ?」
「概ねあってるけど言い方がうぜぇな。まあ、いいや。お前んとこの隊には『シューター』がいないからな。もしもお前と組むことがあったら、俺のスペシャルなアシストで敵を獲らせてやるよ」
「そりゃどーも」
で、とそこで出水は一旦言葉を区切った。
「『射手(シューター)』が『銃手(ガンナー)』と比べて優れてるのは、弾を撃つ度に速度やら威力やらを弄れるところだ」
『トリオン』で構成される武器は、武器を構成する要素に『トリオン』を割り振っている。例えば『弧月』は刀身の『硬質化』に2割、敵を切断する『威力』に8割。『通常弾(アステロイド)』などは威力を決める『弾体』に加えて『トリオン』が空気に触れて反応することを防ぐ『カバー』や、弾丸自体を飛ばす『噴射材』に『トリオン』が割かれてしまう。また、飛ばす弾丸は使い捨てだ。『硬質化』と『威力』だけに『トリオン』を割り振っている『弧月』の方が威力やコストパフォーマンスに優れるのは、そういった理屈である。
そんな『トリオン』の割り振りを自由自在に操れるのが『射手(シューター)』の最大の長所と言っていい。
「弾をバラけさせて、敵を分断したり、デカい一撃をぶち込んでみたり。待ち伏せ風味に弾を置いてみたり、俺みたいな一流の天才『シューター』になると弾の『合成』までできるってわけだ」
「へいへい」
模擬戦を観戦している隊員達から、歓声が上がる。再び『緊急脱出(ベイルアウト)』した龍神と、モニターの中でも悠然と立っている二宮。スコアは0対3だ。
出水は渋い顔で、こう続けた。
「二宮さんは、そういうのとはまた別の次元にいる」
「と、いうと?」
「今まで散々言ったけどな。あの人が異常なのは、『射手(シューター)』が点を獲りにくいポジションであるにも関わらず、完全に隊のポイントゲッターとして仕事をこなしているところなんだよ」
出水も並の『攻撃手(アタッカー)』ならタイマンで負ける気はしないが、二宮はとにかく、単体の戦闘力が群を抜いて高い。おそらく『トリオン量』も、出水と同等かそれ以上だ。
「『誘導弾(ハウンド)』の数の暴力で相手をいぶり出して、威力の高い『通常弾(アステロイド)』で確実に仕留める。シンプルかつベストだ。あの人個人の戦い方は、完璧に確立されてんだよ」
二宮は特別なテクニック――嫌な言い方をすれば小細工は使わない。基本に基づいた戦法、己の地力である『トリオン量』を活かして、相手を圧殺する。それが、二宮匡貴という男だ。
「まあだから、俺のところに頭まで下げて戦術教えてくれって頼みに来た時は、正直めちゃくちゃビビったけどな」
「あー、お前は小細工とか弄しまくるタイプだもんな」
「うっせ」
ニヤニヤと笑う米屋は放って置いて、出水は大きく伸びを一つ。ふぅ、と溜め息を吐いてソファーに体を預けた。
モニターの中では『ハウンド』の爆撃に晒された龍神が、再び緊急脱出(ベイルアウト)していた。これでスコアは0対4だ。
「つーか、言葉を重ねて説明する必要もないだろ。風間さんをおさえて『個人総合2位』にいる時点で、あの人の強さは証明されてる。龍神もなんで、ふっかけられた勝負にのっちまうかなぁ……」
「ははーん。お前は龍神がこのまま、何もできずに負けると思ってるわけだ?」
「なんだ? その含みある言い方。実際、龍神はこれで0対4。今回の勝負は5本先取だ。もうリーチじゃねぇか」
二宮さんの勝ちだよ、とぼやく出水に、米屋は実に楽しそうな口調で返答した。
「と、思うじゃん?」
◇◆◇◆
期待外れ、と二宮は心中で呆れていた。あの太刀川に、性懲りもなく何度も挑み続けている馬鹿がいると聞いて興味が湧いたのだが、所詮は"勝った"ではなく"挑み続けていた"だけに過ぎなかったようだ。
センスは決して悪くない。扱いの難しい『オプショントリガー』である『旋空』をよく使いこなしているし、『グラスホッパー』による挙動もA級の緑川並みだ。太刀川に挑み続けているせいか『弧月』の個人(ソロ)ポイントは『7220』と低かったが、総合的な実力を鑑みれば8000点越えの『マスタークラス』の実力は持っているように思える。自分の隊の『攻撃手(アタッカー)』である『辻新之助』とやり合ってもいい勝負ができるだろう、と考えるくらいには、二宮は如月龍神の実力を評価していた。
だが、
「それだけ、ではな」
言いつつ、二宮は傍らに出現させた『誘導弾(ハウンド)』を『両攻撃(フルアタック)』で浴びせかける。
「くっ……"天舞"」
『グラスホッパー』の連続使用で、龍神は追い縋る『ハウンド』から必死に逃れる。さっきまでとまるで変わらない。繰り返しだ。
「舐めるな……旋空弐式、地縛(ジシバリ)」
ほう、と二宮は僅かに片眉を持ち上げた。守勢に回っていては負ける、と判断したのか。龍神が『旋空弧月』の連続斬撃で、追ってくる『ハウンド』を叩き落としたのだ。早々できる芸当ではない。
「根性だけはあるか」
呟き、二宮は一旦攻撃の手を止めた。
「……なんのつもりだ?」
「いや、ただ一言言いたかっただけだ」
攻撃が止み、地面に降り立った龍神は、いぶかしげな目で二宮を見詰める。二宮もまた、ポケットに手を突っ込んだまま、冷めた声で淡々と言葉を続けた。
「そんなぬるい戦い方で、本当に太刀川に勝てると思っているのか?」
それはあからさまに、馬鹿にした口調だった。
「"ぬるい"だと……? 俺の戦い方が?」
「そうだ。イチシキ? ニシキ? なんだそれは? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。『ボーダー』の活動は遊びじゃない。いつまでもガキの気分で戦うつもりなら、さっさとやめろ」
二宮の語調は強く、厳しいものだった。少なくとも、観戦している隊員が「それ言っちゃうの?」と思うほどには。
「ふっ…………俺の戦い方が"ぬるい"か。そんなことを真正面から言われたのは、あなたがはじめてだ。二宮さん」
しかし、二宮は予想外の反応に目を細めた。
龍神は怒るわけでもなく、恥じるわけでもなく、口を歪めて笑っていたのだ。
その眼差しには、爛々と光る闘志。二宮は今、目の前にある事実を認識した。たとえ4対0の状況であろうとも、この男の心はまったく折れていない。
二宮には理解できない。こいつは、むしろ燃えているのか。
「俺の戦いが本当に"ぬるい"かは……俺の全てを見届けてから言ってもらおうか」
大きく、息を吐いて。
龍神は今まで両手で持っていた『弧月』から、片手を離した。二宮は、少々意外な面持ちでそれを見る。龍神が『弧月』を保持する手が、右手ではなく左手だったからだ。
右手を大きく前に突き出し、左手は携えた『弧月』ごと後ろに引いて、彼は切っ先だけを二宮に向けた。右手が、刀身に添えられる。
「旋空――――"参式"」
「……馬鹿が」
二宮は吐き捨てた。つくづく懲りない男だ。自分が技を放つまで、相手が待っていてくれるとでも思っているのだろう。だとしたら、やはりこいつは度し難い馬鹿である。評価できるのは、やる気と根性だけか。
二宮は龍神が『旋空』で斬り込むよりもはやく、弾速重視の『アステロイド』を―――
「……なに?」
――放てなかった。
二宮の目に入ってきたのは、漏出した『トリオン』
切り裂かれたのは、自分の右腕だった。
「――――"姫萩"」
技の名を宣言して、如月龍神は笑う。そうして『弧月』を一振りして、二宮に向かって言った。
「ようやく出したな、ポケットから手を」