厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の登場人物

《二宮匡貴(にのみやまさたか)》
もはや多くは語るまい。ワールドトリガー13巻のカバー裏は、この人だけで埋まるに違いない。

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《出水公平(いずみこうへい)》
弾バカ。

《米屋陽介(よねやようすけ)》
槍バカ。

※隊員が使う技術に関して、最新巻未収録の若干のネタバレ要素を含みます。


厨二と二宮匡貴 その弐

 出水公平は目を見張っていた。

 

「なんだよ、今のは……?」

「ふふーん。その反応を見るに、どうやらお前もアレは知らねぇみたいだな、弾バカ族」

「ああん? お前は知ってたのかよ?」

「もち」

 

 やたらドヤ顔で、米屋陽介は言った。出水はおでこ全開のバカ面を殴りたくなったが、なんとか抑えて問いかける。

 

「知ってんなら、説明しろ。さっきのアレは何だ?」

 

 動揺しているのは出水だけではない。今までポケットから手を出さず、一太刀も攻撃を浴びなかった二宮にダメージが入ったのだ。二宮の圧勝を信じて疑っていなかった他の隊員達も、モニターを見詰めてざわついていた。

 

「んじゃ、今度は俺が解説する番だな。龍神の『技』について」

「『技』だぁ?」

「ああ。お前も知っていると思うけど、アイツの『旋空』には、いくつかのバリエーションがある。壱式の『虎杖(イタドリ)』をはじめとして、弐式の『地縛(ジシバリ)』や伍式の『野薊(ノアザミ)』と、いった具合にな」

 

 技名がすらすらと出てくるあたり、コイツも相当毒されているんじゃねーのか……という思いは胸の内に閉まって、出水は先を促した。

 

「それで?」

「『虎杖(イタドリ)』は正眼からの上段振り下ろし……まあ、アイツが剣道をかじっていたせいもあんのか、そこそこ鋭くていい感じなんだが、『地縛(ジシバリ)』は空中からの連続斬撃だし、『野薊(ノアザミ)』は地対地の連続斬撃だし……その、なんつーか」

「結論を言え」

「ぶっちゃけ全部、ただの『旋空弧月』だ」

「あー…………」

 

 じゃあもう『旋空弧月』でいいじゃん、とは出水は言えないし、多分米屋も言えない。それが言えない程度には、2人は龍神のことを理解しているし、一応友達である。

 

「ところが、だ」

 

 間延びした空気を絞め直すように、米屋は語調を強くした。

 

「そんなアイツの中二くさ……無駄に拘っている技の中にも、本当の意味で『技』として成り立っているものがある」

 

 わざとらしく、間が溜められる。たっぷり3秒は使って、米屋は口を開いた。

 

「それが、旋空参式『姫萩(ヒメハギ)』だ」

 

 そんなドヤ顔で言われても、正直反応に困る。

 

「参式、ねぇ……あれ、でもそういえば……?」

 

 出水は顎に手を当てて、十数分前の記憶を漁った。

 太刀川と龍神が模擬戦で斬り合っている時、我らが隊長は他の技は軽くいなして遊んでいたが、龍神が"参式"とやらの構えを取った瞬間、懐に飛び込んで倒していなかったか……?

 考え込む出水には構わずに、米屋は話を続けた。

 

「そもそも『旋空』ってのは、わりと扱いがシビアな『オプショントリガー』だ。"斬撃が飛ぶ"って聞けば、とりあえず強力に思えるし、メインのトリガーに『弧月』を選んだヤツは大体1回は試しに使ってみる。けど、実際にはそんなに使い手は多くない。なぜか?」

 

 またもや普段の彼らしからぬ気取った仕草で、米屋は指を2本、ピンと立てた。

 

「俺が考えるに、理由はふたつだ。ひとーつ。やっぱ単純に、扱いが難しい。『旋空』を起動して、瞬間的に『弧月』のブレードを伸ばすタイミング、相手との距離を測って、いつどこで斬り込むか決める判断力、そして実際にそれを相手に当てる技術」

 

 『旋空』はその仕組みだけみれば、あくまでも瞬間的に『弧月』のブレード部分を伸ばしているだけに過ぎない。しかも伸ばされたブレードは『スコーピオン』などとは違い、重さがある。これも、先端にいくほどブレードの威力が増す、という『旋空』の特性ではあるのだが、そんなブレードを自由自在に振り回すのは想像以上に至難の技なのだ、と米屋は語る。

 出水は改めて『旋空弧月』を二刀流で振り回す自分達の隊長が、いかに化け物かを認識した。

 

「で、ふたつ目。これはどっちかつーと、戦術的な話かもしれねぇけど……要は使い所の問題だな」

「使い所?」

「ああ。遠距離や中距離の戦闘に対応したいなら、銃持って『万能手(オールラウンダー)』になった方がいいだろ。ウチの秀次みたいにな」

 

 自分の部隊の隊長である『三輪秀次』の名前を出して、米屋は肩を竦める。

 

「秀次も言ってたぜ? 『旋空』を使うくらいだったら『アステロイド』を使った方が射程も長いし、当てやすい。弾丸は"点"の攻撃だから味方の援護もできるが、『旋空』は斬撃である以上は"線"の攻撃。敵と味方が重なったら援護も出来ねぇし、遠距離攻撃としての利点が死ぬ、ってな」

 

 なるほど、と出水は大きく頷いた。さすがにA級部隊を率いているだけあって、槍バカの言葉とは説得力が違う。まあ、逆に言えば『旋空弧月』を使いまくり、先陣を切って相手に突っ込んでいく自分の部隊の隊長が、いかに異常かも際立った気がしたが、気にしないことにした。三輪も『旋空弧月』は援護には向かないと言ったそうだし。太刀川隊での援護は出水の仕事である。

 

「前置きは分かったぜ。本題に入ってくれよ。結局、龍神は何をしたんだ?」

「簡単に言えば、アイツは"線"の攻撃である『旋空弧月』を"点"の攻撃に応用したんだよ」

 

 米屋はモニターを見上げた。龍神と二宮は、睨み合ったまま一歩たりとも動いていない。

 

「『旋空』によるブレードの延長。"飛ぶ斬撃"と見間違えるほどの伸縮速度を最大限に活かした、左手一本突き。それがあの『姫萩』の正体だ」

 

 米屋と出水。2人の間に、緊迫した空気が張り詰める。

 

「……なあ、槍バカ」

「なんだよ、弾バカ」

「それってさ……」

「おう」

「要するに牙○じゃねぇの?」

「知らん。本人に聞け」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 剣道という競技において、『突き技』の使用は高校の大会になるまで許されていない。なぜか、と問われれば、理由は単純明快である。危険だからだ。

 いかに竹刀といえども、相手の喉元などの急所を狙う『突き技』は、防具だけでは防げない重大な怪我に繋がることもある。故に、中学での部活の指導では『突き技』を習う機会はない。

 しかし、如月龍神は違った。彼は独自に、というか勝手な練習を行って『突き技』を研究し、研鑽していった。なぜか、と問われれば、理由は単純明快である。かっこいいからだ。

 禁じられた術。禁術。禁じられた技。秘奥義。そんな響きに心踊らない男子がいようか。いや、いない。少なくとも龍神は、大いに心踊った。相手に使うのが危険だということは、それだけ"強力"だということであり、使えば"強い"ということだ。しかも『突き技』の強さは、某新撰組隊長の奥義である『○突』によって証明されている。完璧である。『突き技』の存在を知った龍神が、その練習に励むのは必然と言えた。

 しかし、神は無慈悲だった。龍神が生身で励んだ『突き技』は、遂に使う日は訪れなかった。学校にテロリストが来たり、悪い英語教師がいきなり銃を乱射し始めたら、絶対に使ってやろうと心に決めていたのにも関わらずだ。

 それから数年。ボーダーに入隊し『旋空』という自分の心をがっしりと掴むトリガーと出会った後も、龍神は『突き技』の可能性を模索し続けていた。"飛ぶ斬撃"があるなら、別に"飛ぶ突き"があっても何らおかしくはない。同じ『弧月』使いであり、突きを多用する『槍使い』でもあった米屋陽介の協力も得て、龍神は『弧月』で昔以上に突いて、突いて、突き続けた。そうして鬼怒田に「それは本来の使用法じゃない」と怒られながらも驚かれて、その技は完成したのだ。

 ボーダー唯一の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』である男は、生身でのトレーニングは『トリオン体』での挙動を行う際にプラスに繋がると、常日頃から説いている。彼の筋肉がそれを証明したように、無駄に思われた龍神の生身での研鑽は、奇しくも『トリオン兵』に対して牙を剥く槍となったのだ。

 

 それこそが、旋空参式――"姫萩"である。

 

 

 龍神はいつでも『姫萩』を撃てる体勢を保ったまま、二宮と睨みあっていた。

 

(……米屋のようにいきなり首とは言わないが、『供給器官』が無理でも、腕の1本や2本はもぎ取りたかったな……)

 

 心中で呟いて、龍神は顔を歪める。『トリオン体』の急所は、二箇所存在する。人間の心臓にあたる『トリオン供給器官』と、脳にあたる『トリオン伝達脳』である。そのどちらかに致命的なダメージを与えることができれば『トリオン体』は活動限界に陥り、緊急脱出(ベイルアウト)する。龍神が狙ったのは前者の『供給器官』の方だった。決して二宮の右腕ではない。いや、二宮にポケットから手を出させたかったのも、事実ではある。しかし、意図してやったわけではない。

 

(やはり、狙いがまだ甘いか)

 

 『姫萩』は確かに強力だが、通常の『旋空弧月』が比較にならないほどに攻撃のタイミングが難しい。この技は『旋空』によるブレードの伸縮を"突きの速度"に利用している。それ故に攻撃のスピードは一級品だが、いかんせん伸ばしたブレードには重量がある為に、狙いがどうしても"ブレて"しまうのだ。おそらく、自分以外の人間がこれを真似ても相手には掠りもしないだろう。そんな確信が、龍神にはあった。正直言って、自分でも正確に当てるのが難しいからである。

 

(どうする……牽制代わりにもう一撃、撃ち込むか……?)

 

 『姫萩』の構えを取ったまま、龍神は思案する。二宮は動こうとしない。龍神が何をしたのか、あちらも考えているのだろう。ならば、相手が悩んでいる内に仕掛けた方が、こちらの勝率は上がる。得体の知れない攻撃は、得体の知れないままの方が心理的に有利に働くはずだ。二宮が格上の相手であることを、龍神は認めていた。ようやく得たチャンス、ようやく見出だした活路を、逃すわけにはいかない。

 龍神は、覚悟を決めた。

 

 

 

(あれはおそらく『旋空弧月』を用いた"突き"だ)

 

 一方の二宮は、すでに龍神の『姫萩』のカラクリを見抜いていた。そしてそれが、いまだに未完成であることも。

 

(奴には俺の腕をわざわざ狙う理由はない。技のリーチだけなら影浦の『スコーピオン』よりも長い。だが、狙った場所を突けなければ、致命傷にはならない)

 

 二宮は冷静に分析する。『個人総合2位』の座にいる以上、二宮は個人戦で太刀川と戦うことも多々あった。『旋空弧月』の間合いと速度は、ほぼ把握していると言っても過言ではない。太刀川の『旋空弧月』が少々規格外であることを加味しても、二宮は龍神と向き合った時には充分な距離を保っていた。だからこそ、龍神に斬り込まれる前に防御ではなく『通常弾(アステロイド)』の迎撃で間に合うと判断したのだ。

 

 だが、あの馬鹿は二宮の予想を超えてきた。

 

(伸ばした腕の分、そして全身を使った体の捻りと踏み込んだ一歩……奴はそれで、技のリーチと威力を数段向上させている)

 

 認めざるを得ない。あれは確かに影浦の『マンティス』のような、固有の技術として成り立っている。

 では、どうするか。これはあくまでも推測だが……おそらく前方全体をカバーするような防御では、あの突きに『シールド』を破られるだろう。防御用トリガーである『シールド』は、展開範囲が狭いほど強度が上がり、逆に範囲が広ければ強度は低下する。二宮の『シールド』強度は『トリオン量』の高さも相まってかなり高い部類に入るが、前方全体をカバーするとなると『両防御(フルガード)』でなければ不安が残る。あの突きにはそれほどの威力があるのだ。

 かといって『両防御(フルガード)』をしたままでは、二宮は攻撃を仕掛けられない。

 

「ちっ……」

 

 思わず、舌打ちが漏れる。無理に博打にのせられたようで実に癪だが、致し方ない。切り裂かれたスーツの上着から、傷ついた右腕を抜く。

 二宮も、覚悟を決めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 向かい合っていた時間は永遠のように感じられたが、実際には1分間にも満たなかった。

 誰もが固唾を飲んで見守る中で、先に動いたのはやはり龍神だった。

 

 

「――――姫萩ッ!」

 

 

 構えた状態からの、予備動作なしの打突。

 放った瞬間に、龍神は確信する。

 決まった。

 この一撃は、会心の一撃だ。この突きは、確実に二宮の急所を穿つ。

 

「なっ……?」

 

 が、腕に伝わる手応えは、既に一度経験したものだった。

 

「……大した威力だ。それに、今度は"当てた"な」

 

 顔の前でひび割れた『シールド』を見て、二宮は言う。

 二宮は、既に『シールド』を張っていた。ただのシールドではない。顔と胸。ふたつの大小の円が、まるで雪ダルマのような形で展開され、的確に急所だけがカバーされていた。

 

「惜しかったな」

 

 そして、二宮の右腕に浮かぶ『キューブ』が、あの『シールド』が『両防御(フルガード)』ではないことを示していた。

 

 ――釣られた。

 

 左腕は完全に伸びきって、体勢も左足を前に踏み込んだ状態。これで回避は不可能だ。

 ならば、どうする?

 決まっている。

 残された選択肢は、ひとつしかない。

 

 龍神は左足を踏み締め――右足を前に出し、左腕を後ろに振りかぶり、右腕を前に振って――"それ"を思い切り踏みつけた。

 『グラスホッパー』

 龍神の身体が、大きく跳ねる。前方に向かって、跳躍する。

 

「うおぉおおおぉお!」

 

 突進。

 最後の最後に龍神が選んだその選択に、二宮は失笑する。

 既に『トリオンキューブ』の展開は終わっていた。二宮を相手に『グラスホッパー』で接近する『攻撃手(アタッカー)』は腐るほどいたが、距離を詰められた『射手(シューター)』が意識することは、たったひとつだけだ。

 焦らないこと。

 距離を詰められたのではない。相手が、自分からこちらに飛び込んでくる。それは距離を詰めるように『射手(シューター)』の側が誘導した、と。どうしてそんな風に、猪突猛進の馬鹿共は考えないのだろうか?

 

 あとはこの『通常弾(アステロイド)』を前方に放つだけで、奴の身体には風穴が空く。ひび割れた『シールド』越しに龍神の姿を見て、二宮は勝利を確信した。

 

「…………ッ!?」

 

 ――ハズだった。

 

 『グラスホッパー』は、簡単に言えば『ジャンプできる板』を周囲に配置できる『オプショントリガー』である。主に空中での足場や、移動速度の向上などに用いられるこの機動戦用トリガーは、意外にも様々な形で応用が利く。

 この『板』を出す枚数に、制限はない。当然『トリオン』は消費するが、複数枚を周囲に展開して連続移動する『乱反射(ピンボール)』という技があるほどだ。『グラスホッパー』を起動している間は、『板』を何枚でも設置できる。

 二宮に突進する、直前。龍神は右腕を前方に振っていた。

 それは踏み込みの為だけではなく――二宮の前方に、突進に先駆けて1枚だけ『グラスホッパー』を配置する為の動作だった。

 『アステロイド』の射出設定は終わっていた。コンマ数秒にも満たない間に、弾丸は8発に散らばって、前方に向かって一斉掃射される。もう、変更はできない。

 

 ほんの数秒にすら満たない。

 コンマ何秒という間の、2人の行動。

 

 それは、1秒後の結果を、大きく変えた。

 

「っ……くっ!?」

 

 再び、跳ねる。

 龍神の体が、今度は前方ではなく直上へ。空を切る『アステロイド』はなんとか龍神の右足に食らいつき、膝から下を消し飛ばした。けれどもそれは、龍神が空中に舞うのを止めるまでには至らない。

 前方への『グラスホッパー』を使った突進を終えた時点で、二宮と龍神の距離は5メートルを切っていた。故に、2枚目の『グラスホッパー』で龍神がとったのは、二宮のまさに頭上。無防備な真上だ。

 

 

「――――もらった」

 

 

 『射手(シューター)』の利点は、弾を放つ度にそれを設定できることだ。だが、龍神は逆に考える。

 『射手(シューター)』の最大の欠点は、弾を放つ度にその設定をしなければならないことだ。

 『銃手(ガンナー)』なら、引き金を引くだけで弾を撃てる。遠距離で撃ち合う分には、よほど複雑な設定をしない限り、発射のタイムラグはほとんど意識するような差にはならない。

 

 だが。

 

 1秒にすら満たない。コンマ数秒のやりとりが命取りになる、接近戦では?

 

 その隙は、致命的過ぎる。

 

 『弧月』を、振りかぶる。技の名前などいらない。ただこの一瞬が、このチャンスが惜しい。

 勝つ為に、『旋空弧月』を二宮の頭部に叩き込む。

 

 

「言った筈だ」

 

 

 しかし次の瞬間、龍神は目を疑った。

 『旋空弧月』を、打ち込むべき目標が。

 二宮の急所である、頭部が。

 いや、そもそも二宮の姿が。

 

 

「――――惜しかった、とな」

 

 

 黒いなにかに、遮られていた。

 

「…………う」

 

 それが、二宮が脱ぎ捨てたスーツの『上着』だと認識するのに、一瞬。

 それにより、二宮の急所が見えないという事実を認識するのに、数瞬。

 ここで決めなければ、やられる、と。決断するまでに、また一瞬。

 

 

「おぉおおぉおお!」

 

 

 龍神は力の限り、『弧月』を降り下ろした。

 瞬間的に伸びた刃によって、スーツの上着が真っ二つに切断される。龍神の手には、はじめて感じた確かな手応えがあった。

 

「くっ……」

 

 眼下で、胴体と切り離された右腕が飛んでいく。

 眼下で、シャツにベストの姿となった二宮が、自分に向かって左腕を向けていた。

 そして、わざわざ見るまでもない。数えることすら馬鹿馬鹿しくなるような、大量の『アステロイド』

 

 

「終わりだ」

 

 

 自分の体が跡形もなく消し飛ぶ感覚と、その言葉が耳に届いたのは、果たしてどちらがはやかったのか。

 捨て台詞すら、吐く暇もなく。

 龍神は、緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 最終スコア、5対0。

 振り返ってみれば、当然の結果だった。観戦していた隊員達の、予想通りと言うべきか。

 二宮匡貴の圧勝だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「よお、お疲れ、龍神! 完膚なきまでにフルボッコにされたな!」

「ま、今のお前じゃまだ勝てねぇってことだな」

 

 模擬戦ブースからロビーに戻った龍神を、2人分の快活な声が労った。

 

「出水……それに米屋。お前も来ていたのか」

「ったく、オレがせっかく開発に付き合った必殺奥義を使ったのに、まさか一本も取れないとは思わなかったぜ」

「それだけ二宮さんがつぇえってことだ。いい加減理解しろ、槍バカ」

「うっせー、そんなことは分かってるに決まってんだろ。オレは龍神を慰めてんだよ」

 

 すぐにはじまった騒がしいやりとりに、険しかった龍神の表情も思わず緩んだ。

 

「ふっ……友人として案じてくれるのは嬉しいが、心配は無用だ。この敗北を、俺は必ず次の糧とする」

「いいねぇ、お前のバカみたいなそのヤル気は大好きだぜ。なんなら、今からオレと戦(や)るか? そうすりゃ、負けの気分も少しは晴れるんじゃねーの?」

「いいだろう。だがな、米屋。先ほどの戦い、最後の"姫萩"は会心の一撃だった。今の俺を負けたばかりで心が折れていると思っているなら、大間違いだ。むしろ今、俺は熱く昂っている。舐めてかかってくれば、その首、数秒も掛からずに飛ぶことになるぞ」

「上等、上等。先にぶっ飛ばしてやるよ」

 

 ふふふ、ははは、と笑い合う2人を見て、出水は思った。こいつらは、まとめて近接戦闘バカだ。

 と、呆れて溜め息を吐いた出水は、龍神と同じく模擬戦ブースからこちらに歩いてくる人影を見つけた。両手をポケットに突っ込んで、圧勝したというのに表情はさっきまでとまるで変わらず、不機嫌だ。

 

「……二宮さん」

「うお、ニノさん!?」

 

 米屋が大声をあげて振り返っても、二宮は何の反応も返さなかった。ただ、彼の瞳は龍神だけを見ている。

 

「如月龍神」

「はい」

「お前にひとつ、聞きたいことがある」

「俺は敗者だ。答えられることなら、なんでも答えよう」

「なら、答えろ。どうして、もっとはやくあの『突き』を使わなかった?」

 

 それは、二宮にとって純粋な疑問だった。

 最初から、とは言わない。だが、遅くとも3戦目からあれを使っていれば、勝負はまた違ったものになっていたかもしれない。二宮がそう感じる程度には、あの『突き』は厄介だった。

 何故、龍神は5戦目まであの技を温存していたのか?

 

「……それは、決まっているだろう?」

 

 黒髪の頭を困ったようにかいて、実際に困ったような表情で、龍神は言った。

 

「最初から使っていたら、"必殺技"にならないからだ」

「…………」

 

 言葉が出ない。

 そして、二宮は確信した。

 やはり、コイツは馬鹿だ。

 

「ぷっ……ぐふ……」

「くくっ……二宮さんが……絶句するなんて」

 

 米屋と出水は、必死で笑いを堪えていた。二宮は何か言ってやろうと思ったが、やめた。今さら自分が何を言っても、それが馬鹿馬鹿しい言葉になることは避けられないからだ。

 

「……もういい。これ以上は付き合いきれん」

 

 捨て台詞代わりにそう言い残して、二宮は踵を返した。

 

「二宮さん」

 

 その背中に、声がかかる。龍神は、振り返らない二宮に対して、腰を曲げて頭を下げていた。

 そして、口を開く。

 

「ありがとうございました」

 

 振り返りたくはない。しかし、そうまで言われては、何も言わずに立ち去るわけにもいかなかった。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちを漏らしてから、二宮は言う。

 

「太刀川を倒すのは、俺が先だ」

 

 一歩たりとも、歩みを止めずに。

 

「太刀川ではなく、俺を倒しに来い」

 

 そうしてそのまま、二宮匡貴はロビーを出て行った。

 出て行ったのを確認してから、実に間延びした口調で、ポツリと米屋が一言。

 

「かっけ~」

 

 ふふん、と出水が笑う。

 

「だよな」

 

 最後に、龍神が頭を上げた。

 

「だが、次は必ず倒す」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「あっ、二宮さーん! 午後の防衛任務出る前に飯食いに行きましょーよ!」

 

 犬飼澄晴は、廊下を歩く隊長を見つけて後ろから声を掛けた。両手をポケットに突っ込み、不機嫌そうなオーラを発しているその後ろ姿を、見間違えるはずもない。

 けれども犬飼は、振り返った二宮の顔を見て首を傾げた。

 

「あっれ……? 二宮さん、何かいい事とか、おもしろい事でもあったんですか?」

「…………なぜだ?」

「いつもより、表情ユルいですよ?」

 

 犬飼の指摘に、二宮は自分の手を顔に当てる。それから、いつも通りの表情に戻って、

 

「……馬鹿が」

 

 と、辛辣に吐き捨てた。だが、それは犬飼の指摘が的を射ていたという裏返しの証拠でもある。

 『あの人』がいなくなって以来、久方振りに二宮のそんな表情を見て、犬飼は非常に嬉しくなった。これは、みんなに報告しなくては。

 

「ひゃみちゃん、ひゃみちゃん! それに辻ちゃんも! はやくこっち来いよ! なんか二宮さんがさー!」

「うるさいですよ、犬飼先輩」

「どうかしたの?」

「それがさー!」

「…………黙れ」

 

 珍しく騒がしい二宮隊の面々を、周囲の隊員達は不思議そうに眺めていた。

 


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