ここ最近はシリアスと戦闘描写まみれだったので、一休み。時系列的には紗矢が龍神とチームを組んだ後、大規模侵攻前になります。『厨二と生意気オペレーター その参』までの読了をおすすめします。
今回の主な登場人物
『如月龍神(きさらぎたつみ)』
厨二。ポジションは攻撃手。迅悠一からスコーピオンの手解きを受けている際に「旋空の扱いも生駒っちから習ったらどうだ?」とすすめられたが、「スポーツものをはじめとして、関西弁の強キャラ率は確かに高い。しかし同時に最終的なかませ率も高い」という理由から指導を頼むことを見送ったアホな厨二。
『江渡上紗矢(えとがみさや)』
如月隊オペレーター。小南桐絵と親睦を深めようとしては逃げられている。箱入りのお嬢様だが、富山弁では「正座する」を「おちんちんかく」と言うことをネットサーフィンで知り、モニター前で笑いが止まらなくなるくらいには下ネタに対して耐性がある。めんどくさいBカップ。
『佐鳥賢(さとりけん)』
言わずと知れたが大して尊敬もされていないボーダー唯一のツイン狙撃手。業務で忙しい嵐山隊作戦室の空気を明るくする為に土佐弁だけで喋ってみたものの、木虎には無視され、綾辻さんからは生暖かい笑顔を向けられ、嵐山さんに「賢、真面目に仕事をするんだ」と諭されてわりと本気で泣きそうになった。そのあと時枝に慰められた。
『夏目出穂(なつめいずほ)』
雨取千佳と同期入隊のC級隊員。狙撃手志望。佐鳥には「土下座先輩」。当真には「リーゼント先輩」。修には「メガネ先輩」。そして龍神には「厨二先輩」と、色々と遠慮がないが、呼ばれる先輩の方が気にしていない為特に問題はない。
『雨取千佳(あまとりちか)』
玉狛支部所属のC級隊員。ポジションは狙撃手。龍神のことは特に苦手ではなく、先輩として尊敬しているが、事あるごとに「敵に背後を取られたら、こう言ってやれ。私のうしろに立つな……とな」と、よく分からないセリフを仕込もうとしてくるのでちょっと困っている。
『木崎レイジ(きざきれいじ)』
筋肉。
『小南桐絵(こなみきりえ)』
玉狛第一所属の攻撃手。烏丸に「雷神丸は関西弁で喋っているんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」と言われて以降、雷神丸は関西弁で喋ると思い込んでいる。勿論ウソである。尚、今回は登場しない。ちょろかわいいBカップ。
『生駒達人(いこまたつひと)』
関西弁。ナスカレー。今回は登場しない。
「距離が全然縮まらないの」
江渡上紗矢がそんなことを言い出したのは、如月龍神がA級定食の海鮮丼に手をつけようとした時だった。
「……何の話だ?」
「小南の話よ」
休日のお昼時である。学生が多いボーダーの食堂は、防衛任務やランク戦に精を出す隊員達で賑わっていた。
そんな中で今日も隙無く美少女な江渡上紗矢は、ボーダーのオペレーター制服ではなく、完全オフの私服姿。白のニットに黒のワンピースを合わせたフェミニンな服装。今日は艶やかな黒髪を纏めず、背中に流している。休日でも服装を整えるのは大変そうだと龍神は思うのだが、なんでもトリオン体で食事を摂るのは満腹感が得られにくい上に太りやすいのでオペレーターの間では要注意なのだとか。そんなわけで正面に座る紗矢は小さな口でパクパクと、サンドイッチと紅茶のセットに手をつけていた。いかにもお嬢様といったその姿に、周囲の隊員達から注目の目が集まるのはもういい加減に慣れたから良いとして……
「小南が何だって?」
「だから距離が縮まらないの」
距離、というのはこの場合、小南と紗矢の間柄のことだろう。つい先日まで様々な勘違いが重なって互いにいがみ合っていた2人だが、龍神が紗矢とチームを組む過程でそのいざこざもめでたく解消。晴れて仲が良い『友達』になったはずの2人だが……
「何かあったのか?」
「逆よ」
「ん?」
「何もないの」
紗矢の返答に、龍神は首を傾げる。なんというかさっきから、彼女の言葉はいまいち要領を得ない。
「何もないならいいことじゃないか。那須からは今まで毎日のようにいがみ合っていたと聞いているぞ? 平和になって良いことだ」
「全ッ然、よくないの!」
バァン!と白く細い指がテーブルが打ちつけられる。衝撃でひっくり返そうになった丼の器を、龍神は慌てて両手で保持した。
「お互いの正体を知らないまま反目する2人! 数年越しに互いの真意を知る再会! こんな劇的なイベントがあったのに、私と小南の仲が一向に深まらないのはどういうことなの!?」
深まってるじゃん。『小南さん』じゃなくて『小南』になってるじゃん、と指摘しようと思ったが、これ以上海鮮丼が危険に晒されても困るので龍神は黙って箸を動かす。
「那須さんは自分の部隊のみんなとお泊まり会をしていると聞いたわ! 夜まで女子トークを楽しみながらキャッキャウフフしてるって。私も小南とそういう間柄になりたいの! 枕投げしたいの! 好きな男子トークで盛り上がりたいの! キャッキャウフフしたいの!」
腕を振りながら力説する紗矢には先ほど以上に周囲からの視線が集まってくる。が、龍神は明鏡止水の心で海鮮丼(大盛り)の攻略に集中した。この程度で動じていては、この残念美人オペレーター(小)と付き合っていくことなど到底できないからだ。
紗矢は胸に手を当てながら力説を続ける。
「そりゃ、いきなりは無理だっていうことくらい私にも分かるわ! だから最初からお泊まりは早いと思って、お昼にお弁当を作っていったのよ。お手製のお弁当を囲みながら、楽しくお喋りしようと思って……でも、でも……なぜか逃げられたの!」
お泊まりは早い、というワードに周囲の健全な男性隊員の肩が揺れる。ああ、まあそう聞こえるだろうな……と、龍神は頷きながら水を飲んだ。
実のところ。
龍神は小南と紗矢の学校での様子を那須から聞いており、最近は紗矢の積極的な……もとい過剰なスキンシップから小南が逃げ回っているということまで知っている。
なので、ここは話を聞きつつもそれとなくたしなめるのがベターだろう。
「今まで仲が悪かった分、はやく仲良くなりたいと思う気持ちは分かる。でも、いきなり手作り弁当は重いだろう」
「……やっぱりそうなんだ。いきなり手作りは重いんだ……」
しゅん、と小さくなる紗矢。同時に周囲の隊員達から、刺すような視線が龍神に突き刺さる。完全にあらぬ誤解を招いているらしい。解せぬ。
A級定食(海鮮丼と麻婆豆腐)を腹に収めた龍神は口元を布巾で拭いながら、
「……もしくは、お前の弁当があまり美味そうじゃなかったんじゃないか? どうせ、普段料理もあまりしないんだろう? いきなり気張って作っても、はたから見てうまそうな弁当なんて早々できないぞ」
別の可能性も思いついたので、言ってみる。
紗矢がわりと箱入りなお嬢様だということは既に分かっている。小南の為に頑張って慣れない料理をして空回り、失敗……なんて、いかにも有りそうなパターンである。ボーダーには好意で作った炒飯で同期を(精神的に)殺す人間もいるので、それよりはマシかもしれないが。
わりと失礼なことを言った自覚はあったので噛みつかれる覚悟もしていたのだが、意外にも紗矢はその言葉には食ってかからず。彼女の手は洒落たデザインのバッグへと伸びて、そこからかわいらしいデザインのタッパーを取り出した。
「ん」
「……なんだこれは?」
「食べて」
促されるまま、パカッと小気味いい音と一緒にタッパーを開ける。中に入っていたのは手作りお菓子の定番とも言える、実にオーソドックスなクッキーだった。
どうせはじめて作ってみたとか、そんな感じだろう……と思いつつ、龍神は指先でそれを口に運んだ。
「ッ……!?」
だが、次の瞬間。
龍神は己の考えが、いかに愚かであったかを痛感する。
「これ……は」
サクサクと口の中で広がる食感は、どこまでも軽やかで。しかし同時に、確かな満足感を与えてくれる優しい甘さが、舌一杯に広がっていく。極上の品質の素材を丁寧に焼き上げたことが分かる、作った人間の愛情と財力が垣間見えるような深い味わい。
たった一口。たった一枚で、けれど間違いないと龍神は確信した。このクッキーは、一朝一夕で作り上げられるような代物ではない。
「江渡上、お前……」
「ふふっ……料理は女のたしなみよ。この私がクッキーひとつも満足に作れないような安い女だとでも思っていたのかしら?」
これ以上ないほどのドヤ顔で、紗矢は相変わらず薄い胸を張る。
「意中の相手の心を掴むには、まずは胃袋から。小南の為ならホールケーキだろうがビーフストロガノフだろうが、どんな手の込んだ一品でも完璧に作り上げてみせるわ!」
「でも食べて貰えないんだろう?」
突き刺した一言に、またもや紗矢が撃沈する。かわいそうだが、事実を言っているだけなのでどうしょうもない。ここまで来ると完全に重症である。
龍神はもう1枚クッキーを貰おうと、タッパーに手を伸ばしたが……
「そんなわけで頼れる隊長にお願いがあるの」
すっ。ひょいっ、と。
伸ばした手はタッパーが移動したことにより、あえなく空を切る。
「萎れてから復活するまでがはやいな」
「切り替えがはやいのが私の長所だから」
すっ。ひょい。
「私を玉狛支部に連れていってくれない?」
「なんでまた?」
がっ。ぐいっ。
「愚問ね。学校では逃げられる以上、本丸を直接落とすしかないと判断するのは当然でしょう?」
「小南は城じゃないぞ」
ぐっ。ぷるぷる。
「これまでのアプローチは悉く阻まれてきたわ。私は城を落とすくらいの気概を持って、事に望む必要があるの。その為の用意にも抜かりはない。まさに準備万端!」
「お前は小南をどうしたいんだ?」
「そりゃもう……骨抜きに?」
「分かった。そりゃもうご自由にしてくれ。分かったから、とりあえずクッキーもう1枚貰っていいか?」
「それはダメ」
「どうして?」
「私の役に立たない男にこれ以上食わせるクッキーはびた1枚もないわ」
「俺も午後は個人戦の予定があるんだが」
「キャンセルしなさい」
タッパーに入ったクッキーを巡って激しく手を戦わせながら、同時に口も動かして舌戦を繰り広げる。龍神も紗矢も口は減らない方なので、こうなると完全に泥沼である。
「あー!? 如月先輩!?」
と。そんな終わりのない戦いに水を差したのは、1人のA級隊員の間の抜けた声だった。
「ちょっとちょっとなにやってるんすか!? そんなかわいい子と取っ組み合いなんてして! 喧嘩はやめてください!」
「…………佐鳥」
大人気ない先輩の喧嘩を仲裁するオレかっこいい、みたいなドヤ顔で飲み物片手に割り込んできたのは、嵐山隊狙撃手の佐鳥賢。美男美女が揃う嵐山隊の中でどうしてもちゃらけた三枚目の雰囲気を拭い去ることができない、残念なイケメンである。
龍神の両手をホールドしていた紗矢が、パッと顔を明るくして言う。
「ああ、ちょうどよかった。そこの優しい三枚目さん! この分らず屋の厨二隊長になんとか言ってくれない?」
「三枚目に用はない。失せろ」
「通りがかっただけなのにひどい言われ様だねオレ!?」
自分でツッコミを入れながら勝手に崩れ落ちていくあたり、コメディリリーフとしては中々ハイスペックな能力の持ち主ではある。
「ちょっとちょっと土下座返し先輩~。飲み物奢ってくれるんじゃなかったんすか~?」
と。そんな風に撃沈した佐鳥はどうやら佐鳥のくせに女子をつれ歩いていたらしく、彼の後ろから小柄な影が顔を出した。
「夏目?」
「あ、厨二先輩」
「……ということは」
「あの……如月先輩。どうかしたんですか?」
ひょっこりと。
困ったような笑顔で顔を出した雨取千佳を見て、江渡上紗矢は誰もが見惚れる満面の笑みになった。
◇◆◇◆
三門市内の中央、門(ゲート)発生の中心地点に位置するのがボーダー本部。そして本部からはカバーできない範囲を覆うように設置されているのが、ボーダー支部である。
必然、各支部は三門市中央の本部からはやや離れた場所に立地することになり、本部から各支部へ徒歩で向かうのは不可能ではないが、やはり少々距離がある。
「すまないな、レイジさん。いきなり乗っけて貰うことになってしまって」
「気にするな。どうせ千佳を拾っていくついでだ。1人や2人増えたところで何も変わらない」
「急にお願いして申し訳ありません。恥ずかしい話ですが、はじめて訪れるのに道も分からず不安だったので……雨取さんのご厚意に甘えさせて頂きました」
「いや、そんなにかしこまらなくていい。小南と同じクラスの友達なんだろう? 楽にしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
そんなわけで、龍神と紗矢は木崎レイジが運転する車に揺られて玉狛支部へと向かっていた。
雨取千佳を目ざとく見つけた紗矢はさっさと自己紹介を済ませると、外面用の笑顔であれやこれやと千佳に接近し、玉狛支部を訪問したい旨を伝えた。大人しい性格の千佳は特に断る理由もなかったせいか、あっさりとこれを了承。それどころか「車で支部の人が迎えに来てくれるんですけど、一緒に乗って行きますか?」と、優しすぎる提案までしてくれた。当然、紗矢はこれに飛びつき、状況の変化についていけていない佐鳥から「雨取さんをお借りしますね!」と美少女スマイルの力で強引に千佳を奪い、現在に至る。
「そういえば会うのははじめてか。レイジさん、彼女は江渡上紗矢。俺の部隊のオペレーターだ」
「江渡上です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく」
「江渡上。この人は小南と同じ部隊の……」
「ボーダー唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)。木崎レイジさんでしょう? もちろん存じ上げています」
紗矢の言葉に、ハンドルを握るレイジは驚いた様子で片眉を吊り上げた。
「意外だな。本部所属のオペレーターなのに俺のことを知っているのか」
「勿論です。防衛任務や模擬戦の映像を拝見しただけですが、遠中近距離をお一人でカバーする技量には感服しました」
「……わざわざ記録に目を通しているのか。熱心でいいオペレーターを見つけたな、龍神」
「ふっ……まあな」
龍神は頷いた。熱心でいいオペレーターなのは事実なので肯定するが、それ以外は問題ありありである。
「……それにしても、たしかによくそこまで目を通していたな」
レイジや、助手席に座っている千佳に聞こえないように小声で囁くと、紗矢は得意げに笑った。
「準備万端と言ったはずよ。玉狛支部に関連する情報の下調べに抜かりはないわ。いきなり本丸は落とせないでしょう? だからまずは、外堀から確実に埋めていくの」
「本当に城でも落とすつもりかお前は」
「というか、なんでついてきてくれたの? 如月くんも約束があったんでしょう?」
「俺に予定をキャンセルしろと言った口が言うか……」
「あれは玉狛支部まで行く当てがなかったから。木崎さんに連れて行って貰うなら、べつに私1人でもよかったのに」
本人はそう言うが、紗矢を1人で玉狛支部に向かわせるのはどうにも不安だった。最終的にはこちらが折れて紗矢の提案を飲む形になってしまったのだから、やはりこのワガママオペレーターに龍神は振り回されっぱなしである。
一応、約束の相手には謝罪の旨をメールで送り、さらに念を入れて伝言も頼んでおいたのだが……
――――――――――――――――――――
「オイ佐鳥テメー、龍神が来れねぇっていうのはどういうことだ!?」
「ひぇええええぇえ!? 違うんですよ影浦先輩!? オレは如月先輩から伝言を預かっただけっていうか、ていうかオレも飲み物奢ってスキンシップをはかるはずだった後輩女子を連れていかれた被害者っていうか!?」
「チッ……仕方ねぇ。オイ佐鳥。お前ブース入れ」
「まってまって影浦先輩!? オレ狙撃手ですから! 個人戦できないですからー!? いくらボーダー唯一のツイン狙撃手たるオレでも無理なものは無理ですからー!?」
――――――――――――――――――――
佐鳥をリリースして影浦雅人の怒りを沈静化できるなら安いものである。今度会った時は飲み物くらいは奢ってやるとしよう。
◇◆◇◆
玉狛支部は、元々川の水質調査を行っていた施設をボーダーが買い取って拠点とした場所である。建物自体は川の中心に位置し、剥げた外壁のタイルや壁面に自生する苔が、ちょっとした秘密基地らしさを漂わせている。
「……まあ! とっても趣のある建物ね!」
「……汚いと思ったら汚いと言っていいんだぞ?」
「趣のある建物ね!」
「…………」
車からおりた紗矢は興味深げに、玉狛支部の全体像を捉えようと周囲を見回す。頭の揺れに合わせて、絹のような黒髪が左右に揺れた。
「俺は車を入れてくる。お前達は先に中に入っていてくれ」
「了解だ」
レイジとは一旦分かれて、玄関に向かって歩く。
「今日は小南とレイジさん以外は誰がいるんだ?」
「えっと……多分迅さん以外は全員いると思います。修くんも遊真くんも今日は玉狛で訓練するって言っていたので」
千佳の返答に龍神は手を叩いた。それなら好都合。紗矢のお目当てはあくまでも小南だが、ちょうどいい機会である。他のメンバーへの紹介も済ませてしまえる。
「おい、江渡上。べつに小南目当てにここに来たことを咎める気はないが、他の人達への挨拶も忘れるなよ」
「言われなくても分かってるわよ。如月くんも迅さんから『スコーピオン』の手解きを受けたり、よくお世話になっているんでしょう? 心配しなくても、失礼になるような真似はしないわ」
「ならいいんだが……」
隣を歩く紗矢はいつにも増して自信満々といった様子で言い切る。腐ってもお嬢様ではあるので礼儀や挨拶に関しては何の心配もいらないと思うのだが、それでも心配になってしまうのが江渡上紗矢の不思議な……というかめんどくさいところである。だからこそ、龍神はここまでついてきているわけだが。
微妙に不安な気持ちを拭えないまま、龍神は玄関の扉を開けた。
「おお! たつみ! ひさしぶりだな!」
「陽太郎、しばらくぶりだな。元気だったか?」
「うむ。おれも雷神丸もそうけんだったぞ」
最初に出迎えてくれたのは、玉狛支部の中でも随一の古株である5歳児、林藤陽太郎。そんなお子さまを背中に乗せて移動するカピパラ、雷神丸である。いつもは週一くらいのペースで玉狛支部を訪れてはレイジ飯を堪能し、迅や小南と模擬戦に励み、陽太郎と遊んでいくのだが、ここ最近は龍神も色々と忙しかったせいですっかりご無沙汰になってしまっていた。
「お……うしろにいるかわいい子は誰だ? 新入りか?」
「紹介しよう。彼女はこの度、俺が新設する部隊のオペレーターを務めてくれることになった……」
「きゃあああああああああ!?」
突然、甲高い悲鳴が轟いた。
「……江渡上?」
「江渡上先輩?」
雪のような白い肌をより一層白くして、先ほどまでの意気揚々とした様子はどこへやら。江渡上紗矢は何か見てはいけないものでも見てしまったかのように、顔を強張らせて後退していた。
「……おい、どうした?」
「……ねぇ、如月くん。アレなに?」
「なにと聞かれれば、まあ、動物だが」
やたらあわあわとしているのが実におもしろいので、龍神はあえて物凄く大雑把なカテゴライズで返答した。
「……聞いてない」
「ん?」
「聞いてない……聞いてない……支部の中で動物を放し飼いにしているなんて……私全然聞いてない!」
ぷるぷると震える紗矢の様子に、顔を見合わせる龍神と千佳。
この反応。考えられる可能性はひとつしかない。
「もしかしてお前……動物が苦手なのか?」
「私が愛でられるのはチワワみたいな小型犬まで。それ以上のサイズはちょっと許容範囲外な……って、ちょっとこっち来るんだけど!?」
のしのし、と。
陽太郎を背中に乗せた雷神丸がはじめて訪れた客人に挨拶しようと迫り来る。紗矢はまるで『テレポーター』でも使ったかのように龍神の背後へ回り込み、震える手で背中をひっつかんだ。
「無理無理無理! そもそもどうして!? おかしいでしょう!? なんでこんなところにカピバラがいるの!?」
「ほう。雷神丸を一目でカピバラと見抜くとは中々やるな。小南は未だに雷神丸を犬だと勘違いしたままなのに」
「……小南かわいい……っけど、そうじゃなくて!」
頬が赤くなっているのは、恐がっているのか照れているのか。
いずれにせよ、ここを突破しなければ江渡上紗矢は小南桐絵に会うことができない。
「そっちから来ないなら、こっちからいくぞ。龍神とかわい子ちゃんに向けて前進だ。雷神丸」
「ひっ……」
彼女の玉狛訪問は、玄関先で最大の難敵を迎えようとしていた。