厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の登場人物


《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。荒船と一緒にかっこいい飛び降り方を模索していたが、そもそも攻撃手はわりと普通に動き回る為、そんなに模索しなくてもいい気がしてきた。

《荒船哲次(あらふねてつじ)》
荒船隊の隊長にして、理論派攻撃手からアクション派狙撃手に転向した異色の経歴の持ち主。木崎レイジ以来の完璧万能手を目指して日々研鑽を積んでいるが、まだちょっと筋肉が足りない気がする。帽子がトレードマークの色男。

《穂刈篤(ほかりあつし)》
荒船隊狙撃手。とにかく喋る、倒置法で。狙撃の腕はもちろん、味方との連携でもとても優秀。メールだとかなり饒舌になる。

《半崎義人(はんざきよしと)》
ダルそうな目をしたダルい狙撃手。狙撃の正確さはあの東も認めるほどで、味方だと心強いが、敵だと多分ダルい。

《加賀美倫(かがみりん)》
美大への進学が決まっている荒船隊オペレーター。芸術的な髪型をしている。ランク戦の勝利の喜びや敗北の悲しみを、カラー粘土をこねて作った創作物で表現する為、実は荒船隊の面々は結構顔色を伺っていたり。


1/21 修正、穂刈の名字が間違っていたので。


厨二と荒船隊

「……久しぶりだな、お前と組んでの防衛任務も」

「ふっ……そうだな。まあ、ちょうどよかった。返したいものがあったんだ、荒船さんに」

「ほー、何か借りたのか? 荒船から」

「ああ。三作ほど、アクション映画を。面白かったぞ、どれもアクションが素晴らしくて」

「飽きないのか、アクション映画ばっかで? あいつのチョイスは派手か派手じゃないかだからな、基本的に。しんみりと心に染み入るような映画が観たくなるぜ、たまには」

「いや、しかし――」

 

『おい、お前らの会話はもう少しどうにかできねぇのか』

 

 噂の張本人から通信が入り、如月龍神と穂刈篤は顔を見合わせた。 

 個人(ソロ)のB級隊員である龍神は、防衛任務を他の隊と組んで行っている。今日組んでいるのは、B級11位の荒船隊。隣にいるのは、荒船隊の狙撃手(スナイパー)の穂刈篤。狙撃用トリガー『イーグレット』を構えたまま、彼は自分の部隊の隊長に反論した。

 

「なんだ、荒船? 何か文句があるのか、オレ達の会話に?」

「穂刈さん。さっきのだろう、多分。荒船さんの怒りを買ったのは」

「ああ、趣味が悪いって言われて怒ってんのか、映画の」

『いや、単純にお前らの会話がウザい』

『確かにダルいっす』

 

 荒船に加え、半崎にまで苦言を呈され、ますます2人は首を捻った。

 

「わかんねぇな、なにが不満なのか」

「分からんな、確かに」

 

『『倒置法だよ』』

 

 無線越しだというのに、荒船と半崎の突っ込みは見事に重なった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 B級11位荒船隊は、ボーダーの中でも珍しいコンセプト部隊(チーム)である。

 コンセプト、即ち部隊としての特性を最大限まで突き詰めたチームとして有名なのは、A級3位の風間隊だ。No.2攻撃手(アタッカー)の風間を中心に、全員が『スコーピオン』と『カメレオン』を装備した戦闘スタイルは、まさに隠密近接戦特化。それに加えて『強化聴力』の副作用(サイドエフェクト)を持つ菊地原士郎がいる為、同じ『カメレオン』に対しても優位に戦闘を進めることができる。『カメレオン』開発当時、隠密戦闘が流行する中で風間隊は圧倒的な強さを示し、A級3位の座まで駆け上がった。

 荒船隊もそんな部隊としての特性を"尖らせた"チームであり、隊員3人全員が狙撃手(スナイパー)。ランクこそB級中位だが、遠距離狙撃戦特化の特殊チームとしてボーダー内でも名が知られている。が、そんなスナイパーチームの隊長である荒船哲次は、実はつい数ヶ月前まで『弧月』でポイント8000越え、マスタークラスの攻撃手(アタッカー)だった。攻撃手から狙撃手への転向もまた、ボーダー内では珍しい。

 そんな荒船と龍神の出会いは、荒船がまだ攻撃手だった頃、個人(ソロ)ランク戦まで遡る。

 

「ポイントのわりには、かなりいい腕だな」

 

 一戦を終えてロビーで一息ついていた龍神は、掛けられた声に顔を上げた。お茶のボトルを差し出してきたのは、帽子を被った色男。数分前まで、斬り合っていた相手だった。

 

「さっきはやられたぜ。飲めよ、奢りだ」

「……では、有り難く」

 

 差し出しされたお茶を受け取ると、彼はニヤリと笑った。

 

「荒船隊で隊長をやっている、荒船哲次だ。お前は?」

「如月龍神。フリーのB級隊員をやってる」

「個人(ソロ)か、珍しいな。どうせ暇なんだろ? どうだ? これを飲み終わったらもう一勝負」

「ふっ……そういうことなら、是非。さっきの『弧月』の逆手持ちには、驚かされたしな」

 

 龍神の言葉を聞いてピクリ、と荒船の肩が跳ねた。

 

「お前はあれをどう思った?」

「一見、荒唐無稽な持ち方に思えるが、その実、よく計算された動きだった。偉そうなことを言って恐縮だが、連撃の途中に絡めるなら大いに"あり"だと俺は思う。それに……」

 

 一呼吸分、間を置いて。お返しとばかりに、龍神もニヤリと笑った。

 

「あれはかっこいい。少なくとも、俺は好きだ」

「……なるほど。生意気だが、なかなか話の分かる奴だ。気に入ったぜ」

 

 それ以上、2人の間に言葉は必要なかった。

 詰まるところ、荒船哲次と如月龍神の相性はすこぶる良かったのだ。

 

 

 その日以来、龍神と荒船は気心の知れた先輩、後輩の間柄になった。理論的かつ、かっこいい戦法、戦術、戦闘方法を2人で研究し、研鑽する日々。以来、荒船が理論派攻撃手からアクション派狙撃手に転向したあとも2人の仲はなんら変わらず、良好な関係は続いた。

 防衛任務の後は荒船隊の作戦室に転がり込み、映画鑑賞。荒船隊の他の面々とも友好を深め、時には穂刈と筋トレに励み、時には半崎と昼寝をしてダラけ、時には加賀美の創作活動に協力してカラー粘土をコネコネした。

 そういうわけで、今日の午前中は荒船隊との久々の防衛任務。いつもならいつも通り、お土産と共に作戦室に転がり込んで、午後の時間を目一杯消費して映画鑑賞……なのだが、

 

「つまりアレだ。『弧月』を振る度に、ブォンブォンと効果音が鳴れば、かなりイカす。ついでに、赤、青、緑、紫に発光するとさらにイイな」

「待ってくれ、荒船さん。そうすると、日本刀としてのかっこよさが薄れるが、それについてはどう考える?」

「刀身も円形にすればいい」

「ふむ……それはそれで、そもそもブレードとして機能しなくなる気がするんだが……」

「いや、鬼怒田さんならなんとかしてくれるだろ」

「そうだな。鬼怒田さんならなんとかしてくれそうだ」

「お前、なにかと鬼怒田さんといること多いだろ? 今度頼んでみてくれ」

「分かった。駄目元で頼んでみる」

 

 悲しいかな、2人の会話に突っ込んでくれる人間はこの場にいない。龍神と荒船は馬鹿馬鹿しい会話をしながら、ゆったりと三門市内を歩いていた。

 理由は簡単。本日公開の映画を、劇場の大スクリーン、映画館に赴いて観る為だ。

 

「……それにしても、穂刈のヤツが遅いな。一旦家に帰るとか言っていたが、何をしているんだ?」

 

 防衛任務を終えた後、昼食を食べてから龍神、荒船、穂刈の3人で劇場に向かう予定だったのだが、穂刈はなぜか「すまん。一度帰る、家に」と言い残し、止める間もなく走り去ってしまったのだ。ちなみに半崎はダルいから昼寝をすると言って、すぐに帰った。

 

「穂刈さんは、荷物がどうの、と言っていた気がするが……お、噂をすればか?」

 

 コートのポケットに振動を感じ、龍神はケータイを取り出して開いた。二つ折りケータイを開いたり閉じたりする動作が好き過ぎて、龍神はいまだにスマートフォンデビューを果たせていなかったりする。

 

「…………」

「どうした、如月?」

 

 荒船に問われ、龍神は無言でケータイを突き出した。

 

 

from:穂刈さん

title:ごめんネ!

通販で頼んでおいたトレーニング機器が届くの、今日だったのをすっかり忘れていたぜ☆ 俺ってば、とんだウッカリさんだよな(テヘッ!)。上映時間には間に合うように行くから、もうしばらく待っていてくれよな(*^∇゜)v

 

 

 メールでは饒舌、かつ顔文字を多用し倒置法を多用しない文面になる穂刈に面食らう人間は多い。すごいギャップだが、多分これはギャップ萌えにはならないだろうと、龍神は思う。

 

「……あのトレーニング馬鹿が……」

 

 以前、作戦室が混沌の坩堝と化した際に大量のトレーニング器具を撤去した嫌な思い出がフラッシュバックしたのか、荒船は額を押さえてふらついた。

 

「……しかもあの野郎、俺が怒るのを分かっていて、クッション代わりにお前にメールしてるだろ、絶対に! 大体、またトレーニング器具買ったのか? いくつ買う気だ? あいつは!?」

 

 苛立ちのあまり口調が倒置法になっている。正直に言うと、荒船も大型プロジェクターを持ち込んで室内のスペースをかなり殺していたことを龍神は知っているのだが、そこは口に出さずに黙っておく。余計なことは言わないのが、円滑な人付き合いのコツである。

 まあまあ、と身振りで宥めつつ、龍神は荒船に聞いた。

 

「どう返そうか?」

「一文でいいぞ。『風穴を空けるぞ、遅れたら』ってな。文末には"優秀な隊長より"と添えておけ」

「ぶった斬るぞ、じゃなくていいのか?」

「今の俺の本職は狙撃手(スナイパー)だからな」

「了解した」

 

 ポチポチと打ち込んで、ケータイを畳む。隣の荒船は溜め息を吐いて、帽子のツバを下げた。

 

「仕方がない。適当に時間を潰すか」

「そうだな。穂刈さんは急いで来るとは思うが、それでも少し遅れそうだし」

「どこか店入るか。有り難く思え、先輩が奢ってやる」

「流石、荒船さんだ」

 

 再び2人は歩き出した。

 

「こんなことになるなら、別の奴を誘っておけばよかったな」

「鋼さんは誘わなかったのか?」

 

 村上鋼は鈴鳴支部所属のNo.4攻撃手(アタッカー)だ。荒船が剣の師匠として技術を叩き込み、『強化睡眠記憶』の副作用(サイドエフェクト)も相まって、一気に頭角を表した。その後、荒船が狙撃手に転向した際に多少の擦れ違いがあったものの、鈴鳴第一の隊長である来馬辰也の尽力によって誤解は解け、元の良好な関係に戻っている。

 この話を荒船から聞いた時の龍神の感想は「来馬さんいい人過ぎるだろ」に尽きる。

 

「ああ、鋼は今日は鈴鳴支部にカンヅメのハズだ」

「支部にカンヅメ? 何故?」

「年末の書類に太一がコーヒーをぶちまけて駄目にしたらしい」

「再印刷すればいいんじゃないのか?」

「太一がそれをやろうとして、ファイルのデータを全てぶっとばしたそうだ。今頃、鈴鳴支部のメンバーは書類の作り直しで大忙しだろうな」

「……真の悪め」

 

 来馬隊の狙撃手(スナイパー)、別役太一はやること成すこと全てが裏目に出る純粋培養の悪である。本人には何の悪気もないが、さらりと毒を含んだ発言をしたり、とにかく悪である。龍神も何度か、彼の無自覚の悪意によって辛酸を舐めさせられており、あまりいい思い出がない。

 鈴鳴第一のしっかり者のオペレーター、今結花が太一にぐちぐちと文句を言って、それを来馬と村上がフォローしている様が容易に想像できて、龍神は遠い目になった。

 

「確かに、それでは鋼さんは無理だな……」

「だろ?」

 

 休日の市内は家族連れや学生で、とても賑わっている。かくいう自分達も、これから映画を観に行くところだ。

 龍神は鈴鳴支部の面々に、心の底から同情の念が沸いてきた。無論、悪は除く。

 

「……荒船さん、帰りに鈴鳴支部に寄ろうか。何か差し入れをしよう。鈴鳴第一の皆があまりに気の毒だ」

「……まあ、確かに。休日返上でやっているんだろうしな。分かった。店に入るのは取り止めて、今の内に何か買っておくか」

「そうしよう」

 

 とりあえず目的が出来た龍神と荒船は、商店街の方へ方向転換した。買い物をしていれば、ちょうどよく時間を潰せるだろう。

 大通りは人が多く、本当に活気に満ちている。ボーダー隊員である自分が言うのもおかしな話だが、近界民(ネイバー)という侵略者が襲ってくる都市だとはとても思えない。

 そんなことを考えていたせいだろうか。

 

 

『緊急警報、緊急警報。門(ゲート)が市街地に発生します。門(ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は、直ちに避難してください。繰り返します――』

 

 

 僅か数秒後。

 そんな日常を粉々に破壊する、黒い穴が空に出現した。

 

「な……?」

「おいおい……嘘だろ?」

 

 突如、頭上に現れた門(ゲート)と、鳴り響いたサイレン音。普段から見慣れ、聞き慣れているはずのそれに、龍神と荒船は驚愕した。

 ここは三門"市内"だ。三門市に出現する『門(ゲート)』は、ボーダー基地周辺の『警戒区域』内に全て誘導されている。

 それが、何故?

 日中の、こんな市街地の中心に?

 

「どうして『門(ゲート)』が市内に?」

「……分からない。だが、悩んでいる暇はなさそうだ」

「ちっ……確かにそうだな」

 

 既に黒い穴からは『トリオン兵』が顔を出し、パニックが広がっていた。

 

「我が手の中の引き金よ、侵略者を切り裂く剣と成れ!」

「トリガー起動(オン)!」

 

 龍神と荒船の体が『トリオン体』に換装されるのと、最初の『トリオン兵』が地面に降り立ったのは同時だった。   

 頭を天に向けて高く嘶いたのは『近界民(ネイバー)』として一般市民に認知されている捕獲用トリオン兵『バムスター』ではなく、『バンダー』と呼ばれるタイプ。

 

「まずいな……」

 

 龍神は思わず呻いた。『バンダー』は特に手強い敵ではない。ただ問題なのは、出現した『バンダー』と龍神達の距離が離れていることだ。あのトリオン兵は"砲撃型"であり、ビームで遠距離攻撃を仕掛けてくる。警戒区域内ならいざ知らず、市街地で一発でも砲撃を許せば、大惨事になるのは免れ得ない。

 案の定、頭頂部の"目玉"のような部分に光が閃いた。

 

 ――撃ってくる。

 

 『旋空弧月』の間合いでは、届かない。

 

「くそっ……!?」

 

 次の瞬間。

 独特な射撃音が龍神の鼓膜を震わせた。

 ただし、それは『バンダー』から放たれたものではなかった。

 攻撃を放つ部位であると同時に、急所でもある"目玉"を撃ち抜かれて、巨体がゆっくりと倒れていく。呆気に取られて、龍神は後ろを振り返った。

 

「なにを呆けてやがる? お前には馴染みがないかもしれないが、俺は狙撃手(スナイパー)だぞ?」

 

 狙撃手用トリガー『イーグレット』を構えた荒船は、口元を歪めて笑っていた。

 まさに正確無比。『バンダー』が砲撃するよりもはやく、荒船が急所を撃ち抜いたのだ。

 

「俺が避難誘導をしながら援護する。お前は前に出て斬れるだけ斬ってこい」

「…………了解。任せたぞ、先輩」

「任せとけ、後輩」

 

 心強い。

 あとは荒船に任せて、龍神は『グラスホッパー』を起動。一気に空中に飛び上がった。

 門(ゲート)はまだ開いており、後続のトリオン兵が次々と沸いて出てくる。

 『バムスター』が1体に、戦闘用の『モールモッド』が……2体。

 

「本部へ緊急連絡。こちら、B級の如月。市内にて門(ゲート)が発生。荒船隊の荒船隊長と共に交戦中」

『こちら本部。諏訪隊の小佐野です。たつみん、状況は? 反応はこっちでも確認してるけど、市内って……?』

 

 応答してくれたのは、諏訪隊所属の感覚派オペレーター、小佐野瑠衣だった。午後の防衛任務のシフトに、諏訪隊が入っていたことを思い出す。

 『たつみん』という相変わらずの気の抜けるような呼び名に突っ込みたかったが、今日は口が忙しくて技の名前すら言っている暇がない。

 

「分からん! とにかく市内に門(ゲート)が開いているんだ。諏訪さん達はこっちに来れそうか!?」

 

 龍神は小佐野との会話を交えつつ『旋空弧月』で『モールモッド』の脚部を切断。そのまま自由落下して『弧月』を頭部に突き立てた。1体目、撃破。

 

『それが……たつみん達の場所以外にも警戒区域外で門(ゲート)が開いてるの。諏訪さん達はそっちに行っちゃってる。他の部隊もそう』

「他の場所でも門(ゲート)が?」

 

 背後にもう1体が回り込んでくるが、荒船からの援護狙撃が直撃。体勢が崩れたところに『旋空』を叩き込む。ものの数秒で、2体目が沈黙した。

 

「分かった。こちらはこちらで何とかする。だが、なにせ市内だ。なるべく応援の部隊を回してくれるように忍田本部長に伝えてくれ」

『おっけー。……あ、たつみん気をつけて! まだ来るよ!』

「なに!?」

 

 緊迫した小佐野の声を聞いて、龍神は空を見た。

 これで終わりではなかった。また新しい門(ゲート)が出現し、さらに追加で『バンダー』と『モールモッド』が穴を押し広げて出てくる。

 

「くそっ! キリがないな! 荒船さん、突っ込むから援護を頼む!」

『待て、如月! バムスターの足元に子供がいる! 保護しろ!』

 

 後ろに下がっていた荒船が『イーグレット』を撃ちながら走り出した。

 

「ッ……? あそこか!」

 

 周囲を見回すと、道路の脇に止められた車の陰で、5歳くらいの男の子が泣きじゃくっていた。ちょうど、龍神の位置からはほぼ死角で見逃していたのだ。

 しかし、トリオン反応を検知して捕獲する『バムスター』は男の子を見逃していなかった。"口"に当たる部分を開いて、まだ幼い子供を丸呑みにしようと、

 

「近付くな、バケモノめ」

 

 文字通り、少年の横に瞬間移動した龍神は、間抜けに大口を開けている『バムスター』に『弧月』の刃を食らわせた。

 

「もう大丈夫だ。捕まってろよ」

「う、うん!」

 

 涙を浮かべている少年を抱き上げ、『グラスホッパー』で後ろへ飛ぶ。『モールモッド』が追ってくるが、前に出た荒船が『イーグレット』の射撃で牽制した。

 

「『テレポーター』か。面白いもの使うようになったな」

「だが、今ので長距離を跳んでしまった。すぐに次が使えない。はやくこの子を安全な場所に……」

 

 子供を抱えたままでは戦闘を続行できない。かといって、こんな小さな子をそのあたりに放り出すわけにはいかなかった。

 

「ちっ……ちょいと手が足りないか」

 

 砲撃を一発も撃たせないために、荒船は『イーグレット』の射撃を『バンダー』に集中。だが、その間に『モールモッド』が猛スピードで接近してくる。

 この子を抱えたまま、やるしかないのか。

 龍神が覚悟を決めた時――

 

『間に合ったな、なんとか』

 

 ――別方向からの射撃が『モールモッド』の装甲を穿ち、足を止めた。

 

『遅刻はチャラか? これで』

 

 独特な喋り方が、無線を通じて聞こえてくる。こんな倒置法を多用した口調の人間は、ボーダー広しとは言えども1人しかいない。

 

「穂刈さん!?」

「バカ野郎。遅刻だ」

 

 口では罵りながらも、荒船の顔に笑顔が浮かぶ。彼は着ていた『バッグワーム』と、手に携えた『イーグレット』を放り捨てた。

 

「如月、お前はその子を守れ。穂刈、遅れてきた分はきっちり働け。俺は前に出る」

『了解だ、隊長』

 

 荒船は2体の『モールモッド』に向けて突っ込んだ。腰に下げられた、久しく抜いていない一振りの刀に手を掛ける。

 

「久々だな、抜くのは!」

 

 吠えた荒船はそのまま『弧月』を抜刀。真正面から『モールモッド』のブレードと斬り結んだ。

 斬り結び、斬り上げ、突き刺す。その度に『モールモッド』の手足が胴体と離れ、地面に落ちた。

 十数回に及ぶ打ち合いの末、遂に急所へ深々と刃が突き立てられて、1体目が沈黙する。だが、その間に2体目が、龍神の時と同様に背後に回っていた。

 

「荒船さん!?」

 

 堪らず、叫び声が口から出た。

 荒船は振り返らない。そのまま『モールモッド』のブレードが振り上げられて、

 

『任せたぜ、トドメは』

 

 まるで吸い込まれるように。火線が『モールモッド』目掛けて一直線に伸びる。

 荒船に届く前に、穂刈の狙撃でブレードは付け根から吹き飛んだ。

 当然のように、荒船は振り返っていなかった。そうなることが、分かっていたからか。いや、そうなるように背後を"任せて"いたからか。

 荒船は、不敵な笑みを散らつかせて、

 

「俺の後ろに立つなよ、ゴキブリネイバー」

 

 くるり、と。

 逆手に持ち変えた『弧月』の切っ先を背後に叩き込んだ。

 一撃で急所を砕かれた『モールモッド』は、未練がましく鎌を振り上げたまま、機能を停止した。

 

「……片付いたか」

 

 安心したように息を吐いて、荒船は『弧月』を鞘に納めた。

 

「90点だな」

『いや、完璧だっただろう、今の援護は』

「援護としては100点だ。だが、隊長に援護と言われても自力の狙撃で仕留めるのが本物のスナイパーだろ?」

『それだと、最後のお前の見せ場はなくなるが、いいのか?』

「その場合は、俺の背後は仲間に任せてある、とか言えばいい」

『ずるいな、隊長は。なに言っても格好つくだろ、それなら』

 

 荒船と穂刈は、軽口を叩き合う。

 攻撃手と狙撃手の綿密な連携。チームを組んでいない龍神には、分からない強さだ。個人(ソロ)隊員の身の上に不満はないが、羨ましくないのかと言えば、嘘になる。

 こういう時に、あらためて気づかされる。やはり龍神にとって、荒船哲次は尊敬できる先輩なのだ。

 

「こちら如月。穂刈さんの応援もあって、近界民(ネイバー)は全て片付いた。回収班を頼む」

『了解~たつみんもお疲れー。でも、なんで荒船さん達と一緒にいたの?』

「ああ、映画を観に来ていたんだが……」

 

 男の子を地面におろして、くしゃくしゃと頭を撫でる。あらためて周囲を見渡すと、被害はゼロとは言えない。ごく小さな範囲とはいえ、割れたコンクリートの地面、潰れた車という光景は日常のものではなく"非日常"のそれだ。

 

「ちょっとこれは、無理そうだな」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 結局、本部に戻った荒船、穂刈、龍神の3人が事後処理と雑務を終えたのは、午後の6時を過ぎてからだった。当然、映画は観れていない。

 

「疲れたな、まったく」

「本当だ、まったく」

「言うなよ。余計に疲れを感じる」

 

 そのまま帰るには心身ともに疲れきった3人は、荒船隊の作戦室に転がり込んだ。

 だが、そこには意外な人物が待っていた。

 

「あ、お帰り! お疲れ様!」

「加賀美?」

 

 龍神と穂刈は顔を見合せ、荒船が2人の気持ちを代弁するように間の抜けた声を出した。

 誰もいないと思っていた作戦室に1人残っていたのは、荒船隊のオペレーター、加賀美倫。彼女は午前の防衛任務が終わったあと、帰ったはずなのだが……

 

「色々オペレーター関係の雑務が残っていてね。それで本部に残っていたら、おサノちゃんから荒船くん達と如月くんが急遽出動したって聞いて……大変だったね」

「あ、ああ」

「それはいいんだが、別に……」

 

 労いの言葉自体はとても優しいのだが、荒船と穂刈の顔からは冷や汗が噴き出す。

 その原因は、妙に据わった加賀美の目付きと、彼女の手元にあった。

 

「……加賀美さん。ひとつ聞いてもいいか?」

「なぁに? 如月くん」

「……俺達は、何か加賀美さんが怒るようなことをしただろうか?」

 

 加賀美の手は龍神達と会話している間にも忙しなく動き、カラー粘土をこねて、こねて、こねまくっている。オペレーター用のデスクの上には、なんとも形容し難い前衛的な創作物が完成しつつあった。

 加賀美倫は、作戦室の机の中に美術用のカラー粘土を常備しており、感情が昂るとよく分からん人形をこしらえて喜びや悔しさを表現する癖がある。荒船と穂刈はもちろん、龍神にも"あれ"がどんな感情を表しているのか分かった。

 "あれ"は明らかに、自分は怒っています、という気持ちを全力で主張している。

 

「……映画、行こうとしてたんでしょ」

「え?」

「……3人だけで、映画行こうとしてたんでしょ! どうして私も誘ってくれなかったの?」

 

 中々に凄まじい音をたてて、カラー粘土が机に叩きつけられた。「ひっ……」という悲鳴を呑み込みきれずに、荒船と穂刈が龍神の背後に下がる。

 本当に、こういう時は頼りにならない先輩達である。振り向いて、「なんとかしてくれ、これは荒船隊の問題だろう?」的な視線を送ると、ようやく穂刈から口を開いた。

 

「違うんだ、それは」

「か、加賀美が好きそうなジャンルではないだろうな……と思ってだな」

 

 言い訳をするなら前に出て言えばいいものを、完全に後退りしつつ穂刈と荒船は言う。

 ある意味、この状況で距離を取ろうとするのは、狙撃手(スナイパー)としては正しい判断かもしれない。

 

「それは荒船くん達が決めることじゃないでしょう? 大体、みんなで観に行くならジャンルとかそんなに気にしないし……」

 

 唇を尖らせ、明らかに拗ねた状態で加賀美はカラー粘土をさらにコネコネする。どうやらこれは、完全に機嫌を損ねてしまっているようだ。

 小佐野め、余計なことを……。

 内心で龍神は毒を吐いた。

 と、後ろからコートの裾を引っ張られる。

 

「なんとかしてくれ、この状況」

「こういう時は隊員以外が宥めると効果的なハズだ、如月!」

 

 よくそんな小さな声出せますね、というくらいにボリュームを下げて、穂刈と荒船が囁く。

 

「…………はあ」

 

 一心不乱に粘土と向き合っている加賀美に、龍神は歩み寄った。

 

「加賀美さん」

「…………なに?」

「今はこんなものしかないんだが……とりあえずお詫びに」

 

 龍神がポケットから取り出したのは、まだ開封していないキャラメル。加賀美の好物である。

 

「…………」

 

 上目遣いに睨まれて、内心たじろぐ。しかし、ここで目線を離せば負けだ。

 見詰めあうこと、数秒間。

 

「……なんか安くない? もう……」

 

 観念したようにキャラメルの箱を受け取って、加賀美は封を切った。

 

「……みんなで食べよっか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 その日の晩、龍神は荒船と穂刈に焼肉を奢ってもらった。

 忙しい1日だったが、キャラメル1箱が焼肉になったのだから、総合するとラッキーだったと思う。

 

 


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