厨二なボーダー隊員   作:龍流

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原作突入。


厨二と近界民とメガネ
厨二と三輪秀次


 A級7位、三輪隊の隊長、三輪秀次は困惑していた。

 三輪の部隊は平均年齢こそ低いが、ボーダー本部の中でもトップクラスの実力を持つA級部隊のひとつだ。遠征任務でボーダートップチーム、A級1位部隊の『太刀川隊』や3位の『風間隊』が不在である以上、城戸司令が今回の任務を彼らに任せたのは、ある意味当然と言えた。

 その任務とは『人型近界民』の討伐。

 事の発端は、数日前まで遡る。ここ最近、三門市では突発的な『門(ゲート)』が多数発生しており、警戒区域外にまで被害が及ぶ事態に陥っていた。幸い、その問題は数日前、正隊員だけではなくC級隊員まで動員して行われた『小型トリオン兵』の一斉駆除によって解決したのだが、それらの出来事に関わっていた『三雲修』という隊員がどうにもきな臭いと、三輪は睨んでいた。

 不自然なほどに手際よく倒された『モールモッド』

 そして、ボーダーのものではないトリガー反応が検出された『バムスター』の残骸。

 結果は、大当たりだった。やはり三雲は、人型近界民と繋がっていたのだ。

 現場を押さえた三輪は、数分前からチームメイトの米屋と共に交戦を開始。初の人型近界民との戦闘、どんな攻撃を繰り出してくるのかと警戒していたが、三輪と米屋の連携を前に、小柄な近界民は反撃すらしてこなかった。さらに、狙撃手(スナイパー)の奈良坂や古寺との連携で、片腕までもぎ取り、もはや勝利は目前だった。トドメを刺すべく、切り札の『弾丸』をハンドガンに装填し……全てが順調に運んでいると、そう思っていた。

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 その男が、近界民を庇うようにして三輪達の前に立ちはだかるまでは。

 その男が目の前に現れたことに、三輪秀次は心の底から困惑した。

 白いコートの隊服。腰にはB級の権限で可能な限りカスタマイズされた『弧月』を下げ、口元には余裕を含んだ笑みを浮かべている。良い意味でも悪い意味でも、この男を知らない正隊員はいないだろう。

 どうして?

 この馬鹿が?

 こんなところに出てくる?

 

「どういうつもりだ、如月龍神?」

 

 怒気を孕んだ声で、三輪は龍神を問い質した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

(さて……ここからどうするか)

 

 三輪に問い質された龍神は、内心どう言葉を返すべきか、首を捻っていた。どういうつもりか、と問われても特に何も考えていなかったので答えようがない。

 ただ、なんとなく飛び出したら格好がつくようなタイミングで、飛び出してきてしまっただけである。

 そもそも、龍神がこの場所に居合わせたのは、まったくの偶然なのだ。

 少し話題がそれるが、龍神の多数ある趣味の中に、廃墟巡りというものがある。人気ない工場、ビル。そんな場所を見て回るのが案外楽しくて、警戒区域内の廃墟を散歩するのが龍神の日課になっていた。街なのに人がいない。そんな非日常感が堪らないのだ。

 警戒区域内が無人のゴーストタウンと化している三門市内は、廃墟好きにとってはパラダイスである。一流の廃墟愛好家は一眼レフのカメラなどを持ち込んで、写真を撮ったり寝泊まりしたりするらしいが、さすがに龍神はそこまでではない。精々、デジカメでいいなと思ったアングルの写真を納める程度だ。

 そんなわけで、今日は廃線になった駅を見て回っていたのだが……

 

 

 なんと、そこに人がやって来た。女の子が1人に、男が2人。1人は小柄な白髪で、日本人離れした容姿。もう1人は逆に、何の印象にも残らないような眼鏡を掛けた男子だった。

 が、龍神はメガネの方に見覚えがあった。

 

(あれは……つい先日B級隊員になったとかいう……確か、三雲修だったか?)

 

 とっさに駅の屋根の上によじ上った龍神は、3人から隠れつつ彼らの様子を観察した。

 そこからは、驚きの連続だった。

 

 まず、白髪の少年の指輪から、何か出てきた。

 

(なんだ!? あの空中に浮く黒い炊飯器みたいな物体は!?)

 

 しかも、その黒い炊飯器が、

 

(馬鹿なっ!? 喋り出したぞ!?)

 

 さらに、炊飯器が何か舌のようなものを伸ばして、

 

(トリオンキューブ? トリオンの計測装置か? それにしてもあのメガネ、キューブが小さいな……)

 

 と、一旦落ち着き、

 

(なん……だと……? なんなんだ!? あの少女のトリオンキューブの大きさは!? デカい……出水や二宮さんよりも上じゃないのか!?)

 

 最後に一番びっくりしたりして、屋根の上で1人で興奮していた。

 とはいえ、龍神もそれを見て何も考えなかったわけではない。

 

(さて……ここまで見たからには、このまま帰るわけにはいかないな……)

 

 あの喋る黒い炊飯器は、おそらく『トリオン兵』だろう。ならば、それを持ち歩く白髪の少年は近界民(ネイバー)だということになる。

 

(とはいえ……三雲とも普通に喋っているようだし、まずは話し合いだな)

 

 そこまで考えをまとめた時点で、龍神は彼らのもとに降りて話し掛けるべきだった。それをしなかったのは、単純に龍神の残念な思考が原因である。

 

(さて……どうやって登場するか……とりあえず『戦闘体』には換装するとして、やはり上から飛び降りてくるのがカッコいいか?)

 

 いや、と龍神は首を捻って、

 

(そもそも、飛び降りて登場というのはチープ過ぎるか? 会話は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、「今の話は全て聞かせてもらった」と言いながら、柱の影からゆらりと現れるのも悪くないな……くっ、俺はどうすれば!?)

 

 と、勝手に悩んでいるところに、あの2人が現れたのだ。

 

「動くな、ボーダーだ」

 

(な……!?)

 

 彼らの前に現れたのは、龍神もよく知る同級生、三輪秀次と米屋陽介だった。

 

「間違いない、現場を押さえた」

 

 携帯電話を片手に、三輪が言う、悔しいが、様になっていた。

 

「ボーダーの管理下にないトリガー。それに加えて、近界民との接触を確認。処理を開始する」

 

 そうして2人は、龍神も見慣れたデバイスを取り出し、

 

「「トリガー、起動(オン)」」

 

 と、静かに宣言した。

 

(しまった……出て行くタイミングがッ……)

 

 脳内で自分だけの議論を繰り返しながら悶々としていたせいで、龍神は完全に登場のタイミングを逸してしまったのだ。

 しかも、龍神には三輪と米屋の登場が、やたらかっこよく思えた。あの2人のあとにすぐ出ていっても、なんだか微妙な感じになる予感しかしない。

 出ていくべきか、出て行かないべきか。再び悶々と悩み始めた龍神の意識を現実に引き戻したのは、連続して響いた銃声だった。

 

(三輪はなにを……!? 相手は生身だぞ!?)

 

 だが、三輪が撃った白髪の少年は、すぐに生身ではなくなった。黒いスーツを身に纏った、『トリオン体』に変化したのだ。

 

(やはり……あの少年は近界民か。それにしても、黒いスーツか。ああいうデザインも、結構悪くないな。なかなかいい……)

 

 って、そうではない。龍神は頭を強く振って、雑念を打ち払った。

 そして懐からケータイを取り出し、電話帳からある男の番号を呼び出す。

 

『はいはい、もしもし? こちらは実力派エリート。どうした、龍神?』

 

 流石、実力派エリート。ワンコールも経たない間に応答してくれた。

 迅悠一は、龍神が何か言う前に先に質問を投げてきた。

 

『ていうか、お前今どこにいるの? おれも今の戦闘を観察してるんだが、おまえの姿が全然見えないぞ?』

「ああ、駅舎の屋根の上にいるからな。ちょうど、非常階段の影で死角になっているんだろう」

『なるほど……』

「……やはり、その口振り。こうなることが分かっていたんだな?」

 

 ほっとするのと同時に、小声ながらも強い口調で、龍神は迅を問い質す。

 

「どういうことだ、迅さん。数日前、俺と会った時に『こうなる未来』はみえていたハズだろう? 何故、教えてくれなかった?」

『そりゃもちろん、みえてはいたさ。けど、前にも言っただろ? おれが未来を教えたら、必ずしもいい未来になるとは限らない。だから、おまえには教えなかったんだよ』

 

 迅悠一の副作用(サイドエフェクト)は、副作用(サイドエフェクト)の分類の中でも珍しい『未来予知』と言えるような代物だ。ほぼ確定している未来は、年単位でかなり先まで見えており、逆に予知で介入することができる『不確定な未来』は、近い将来までしか見えていないという。未来は不確定で、あくまでも起きる確率が高い予想のようなものだから、変化することもあるらしい。

 だが、迅は龍神に何も言わなかった。つまり、迅がみた未来は、少なくとも彼にとっては『そうなってほしい』と願う未来、介入して変化させたくない未来だということだ。

 

「成る程な。俺は迅さんの手のひらの上で踊らされているというわけだ……で、俺はこれから何をするんだ? いや、違うか。俺は"何をすれば"いいんだ?」

『そんな皮肉っぽい言い方すんなよ。おれがそれを教えちまったら、それこそ意味がない』

 

 電話越しでも、迅が笑った気配が伝わった。

 

『おまえはおまえの好きなようにやれよ、龍神』

 

 そうして、言いたいことだけ言い残されて、電話は切られてしまった。

 

(……俺が、やりたいように……)

 

 人型近界民は、三輪と米屋の連携に確実に追い込まれていた。2人から逃れる為に上に飛び上がったが、狙撃を受けて腕が吹き飛ぶ。

 

(奈良坂と古寺も来ている……当然か)

 

 片腕を失った近界民はさらに追い詰められ、遂に、駅舎の角で三輪と米屋に囲まれた。

 一見すれば、順調に三輪隊が近界民を追い詰めているように見える。

 だが、

 

(…………待て、どうしてあいつは……)

 

 何故、反撃をしない?

 三輪と米屋が繰り広げているのは、完全に近接戦闘だ。2人のコンビネーションはここから見ても見事なものだが、あの近界民は狙撃を受けるまでは致命傷を避けている。そんな余裕があるのなら、牽制の一撃でも放ってしかるべきだ。少なくとも、龍神ならそうする。

 つまり、あの近界民――あの少年は、わざと攻撃をしていないのだ。

 

「…………ふっ」

 

 あの少年に、敵意はない。

 そもそも、生身の相手にいきなり発砲した時点で、三輪の行為は誉められたものではない。

 しかし、そんな諸々の事柄はどうでもいい。

 

 片腕を失い、攻撃を加えるわけにもいかず、絶対絶命の状況で現れる謎の味方。

 

 ――これだ。

 

 今しか、ない。

 

「トリガー、起動(オン)!」

 

 龍神は、伏せていた上体を持ち上げ、立ち上がり、駆け出して、跳んだ。

 そして、三輪と米屋、少年との間に割り込むようにして降り立った。

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 この瞬間、如月龍神は心の底から確信した。

 

 ――よし、きまった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三雲修は、困惑していた。

 数日前に修が出会った少年、空閑遊真は近界民(ネイバー)である。彼が近界民であることがバレないように、修は色々と手を尽くしてきたが、遂にボーダーに知られてしまい、しかもそのまま戦闘になってしまった。

 さらに悪いことに、相手はA級のエリート部隊。遊真が成す術なくやられていくのを、修は黙って見ていることしかできなかった。

 遊真は言ったのだ。

 

 ――さがってろ、オサム。こいつらが用があるのはおれだ。

 

(……くそっ)

 

 遊真が迅と知り合いだということを説明しても「裏切り者の玉狛支部が……」と吐き捨てられ、取り合って貰えない。最後の望みを懸けて、迅の携帯電話に連絡してみたのだが、

 

(駄目だ……話し中で繋がらない……)

 

 その望みも潰えてしまった。

 遂に遊真の右腕が吹き飛び、もうだめだ……と。諦めかけたその時、

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 その男は現れた。

 白いコートのような隊服。三輪隊のような部隊章はないが、肩の部分にあるのは紛れもない『ボーダー』のエンブレムだった。

 

(あの人も、ボーダーの隊員なのか……?)

 

 三輪にキサラギ、と呼ばれた男は、まるで遊真を庇うようなかたちで彼らの前に立ちはだかっている。

 もしかしたら……味方なのかもしれない。

 

「修くん、ケータイ!」

「え……? あ!?」

 

 千佳に言われて、修は携帯電話が手の中で鳴っていることにようやく気がついた。

 

「もしもし!?」

『おー、悪いな、メガネくん。他のヤツから電話が来ていて、出れなかった。実力派エリートは人気者なんでね』

「迅さん、大変なんです! 空閑がボーダーの人達と……」

『バトってんだろ? 知ってるよ。ていうか、今見てるし』

「えっ!?」

 

 修は周囲を見回した。今の迅の口振りだと、彼はどこかでこの戦闘を見守っていることになる。

 

『大丈夫だよ。アイツは強いし、それにもう1人、援軍も来たしな』

「そうなんです! 他のボーダー隊員の人が戦闘に割り込んで……あの人も、迅さんの知り合いなんですか?」

『知り合い……うーん、まあ、知り合いだな』

「味方なんですか!?」

『味方……うーん、まあ、多分。味方はしてくれると思うよ。すごく馬鹿だけど、こういう時の判断はわりとしっかりしてるし。それに、ボーダー内では正隊員同士の戦闘は隊務規定で禁止されている』

「隊務規定……それなら!」

 

 奇しくも。

 修が声を弾ませたのと、連続して銃声が轟いたのは同時だった。

 

「…………迅さん」

 

 修は、呆然とした。

 ついさっきまで、空閑を庇うようにして立っていたあの男が、身体中に『重り』のようなものを付けられ。

 駅のホームに倒れ伏して、一歩も動けなくなっていた。

 

「……迅さん」

『あ、えーと……うん。大丈夫。見えてるから。あれ……?』

 

 いや、大丈夫じゃないでしょう。

 登場後僅か数十秒で動けなくなった援軍を見詰めて、修は冷や汗を垂らした。

 


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