厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二と三輪秀次 その弐

 三雲修と迅悠一が会話をしている間に、如月龍神と三輪秀次の間に、何が起こったのか。

 三輪の最初の問いまで、時間は遡る。

 

「どういうつもりだ、如月?」

 

 どう返答するか散々悩み、結局龍神はたっぷり間を空けてから、相も変わらず気取った言葉を投げた。

 

「その言葉、そっくりそのままお前に返させて貰おう。どういうつもりだ、三輪?」

「……どういうつもりだ、だと?」

 

 結果、いつも癪に触るその言動が、今日はさらに三輪の神経を逆撫でした。

 

「ふざけるな! そいつは『近界民(ネイバー)』だ! 『近界民』を排除するのに、どうもこうもない! 俺の部隊は、城戸司令からの命令を受けて動いている。お前に邪魔をする理由も権利もない!」

「確かにその通りだ。お前の言っていることは正しい。これが城戸司令からの命令なのかどうかは、俺の預かり知らぬところだ。だがな、三輪。先ほどからこの『人型』は、お前達に一切の危害を加えていない。少なくとも、この『近界民』とは話し合いの余地があるということだと俺は思うのだが……違うか?」

「ぐっ……」

「おお、なかなか話の分かる人がでてきたな」

 

 今まさに、争いの原因になっている人型近界民が、まるで他人事のように気の抜けた声を出して頷いた。その態度が気に食わないのか、三輪の表情は一層険しくなり、彼の隣の米屋陽介も苦笑いを浮かべる。

 

「おいおい、龍神。なに首突っ込んでんだよ。そんなにオレと殺り合いたいのか?」

「ふっ……相手になっても構わんぞ、米屋。だが、それをすればどうなるか、分かっていないわけではないだろう?」

 

 涼しい顔で、龍神はさらりと返す。米屋は「けっ」と眉を顰めて、手にしている槍の穂先をおろした。

 戦えるわけがないのだ。ボーダーでは、模擬戦以外で隊員同士の『トリガー』を使った戦闘は禁じられている。もしも破れば、隊務規定違反の罰則で、最悪『トリガー』を没収される。その期間戦えなくなってしまうのは、バトルジャンキーである米屋と、近界民の殲滅を生き甲斐にしている三輪にとっては、かなり辛いことだ。そんな事情を理解した上で、このバカは自分達の目の前に立っているのだろうから、相変わらずただのバカではない、と米屋は思う。

 もはやこれは、隊長に指示を仰ぐ他あるまい。

 

「どーする、秀次?」

「ちっ……」

 

 三輪は舌打ちを漏らしながらも、ハンドガンの銃口を、米屋と同様に下ろした。

 

「……ありがとう、三輪。さて、これでもう無駄な戦いをする必要もなくなった。まずは名前を聞こ――」

 

 瞬間、轟いた銃声に、撃った本人以外の全員が驚愕し、目を見開いた。

 

「なっ……に」

 

 一瞬だった。

 龍神が人型近界民の方へ振り向いた、その隙を突いて。三輪は下げていた銃口を滑らかな動作で持ち上げ、一切の躊躇も躊躇いもなく、弾丸を叩き込んだのだ。

 

「三輪……お前!?」

 

 右足首、右膝、左腿、左手首、胸、右肩。銃弾を受けた計六ヵ所から『錘』が生え、そのあまりの重さに龍神は膝をつき、地に伏した。地面に張りついた状態でも、自分を見詰めている三雲が冷や汗を流しているのが見えた。

 『鉛弾(レッドバレット)』

 銃手、射手用の汎用射撃オプションであるこのトリガーは、弾丸の威力をゼロにするかわりに、撃ち込んだ場所に『錘』をつけることができる。その重さは、ひとつにつき100キロ。今の龍神の体は、計600キロの重りを背負わされている計算になる。

 いくら身体能力が強化された『戦闘体』であろうと、これでは一歩たりとも動くことは叶わない。

 

「ありがとう……か。こちらも感謝するぞ、如月。俺達の任務に『協力』してくれたのは有り難かったが、攻撃手(アタッカー)同士の連携はシビアだ。まさか俺の射線に"偶然"入ってしまうとは思わなかった」

 

 三輪の発言に、全員が息を飲んだ。

 

「おいおい、秀次……」

「戦闘を続行するぞ、陽介」

「……へいへい。了解」

 

 米屋は観念したように、槍をくるりと回した。人型近界民は、そんな彼らのやりとりを聞いて、ぽつりと呟く。

 

「あんた、ほんとにつまんないウソつくね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三輪隊所属の狙撃手(スナイパー)、奈良坂透は困惑していた。

 

「ど、どうするんですか、奈良坂先輩?」

 

 同じ部隊の狙撃手であり、後輩でもある古寺章平がうわずった声で聞いて来るが、奈良坂は答えない。というか、答えられない。

 なんか見覚えのある馬鹿がいきなり任務に割り込んできたと思ったら、三輪に重りを付けられて一歩も動けなくなった。現在の状況を簡潔にまとめると、そんな感じである。

 

「一応、狙撃して緊急脱出(ベイルアウト)させますか?」

「いや、待て章平」

 

 わりと過激な提案をしてきた古寺に、奈良坂はようやく言葉を返した。

 

「おそらく三輪は、さっきの攻撃を誤射か何かで済ませるつもりだ。動かない的に当てるのは簡単だが、緊急脱出(ベイルアウト)までさせるのはまずい」

 

 そもそも、隊務規定で禁じられているにも関わらず、三輪が龍神に発砲したのも問題だが……幸い、『鉛弾(レッドバレット)』に殺傷能力はない。司令である城戸の口添えがあれば、三輪が処分されることはないだろう。

 そこまで考えをまとめて、奈良坂は口を開いた。

 

「とりあえず、あの馬鹿は放っておけばいい。『鉛弾』を6発も撃ち込まれれば、1歩も動けない。俺達は三輪と陽介の援護に集中するぞ」

「はい、了解です」

 

 一度深呼吸をし、ゆっくりと息を吐いてから、奈良坂は再び狙撃手用トリガー『イーグレット』を――

 

 

「よお、奈良坂」

 

 

 ――突然かけられた声に、ほとんど反射で銃口を向けた。

 

「うおっ!? まてまて! おれはおまえらとやりあう気はないよ」

「…………迅さん」

 

 いつもと変わらぬ、軽薄でヘラヘラとした笑み。手にしているのは、いつもと同じスナック菓子の袋。

 玉狛支部のS級隊員、迅悠一がそこにいた。

 

「なんのつもりだ、迅さん。あんたもあの馬鹿と同じように、俺達の任務を邪魔しに来たのか?」

「いやいや、めっそうもない。そもそも、おれの出る幕はないよ。あの状況を見た時は、この実力派エリートもちょっとばかし焦ったけど……」

 

 暗躍が趣味、と公言して憚らない彼は、それらしい笑みを浮かべて、

 

「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 隊員達の間でも知られている決め台詞を吐いて、奈良坂の隣に座り込んだ。

 

「とりあえず、ぼんち揚食う?」

「……俺はしょっぱいスナックより、甘い菓子の方が好きだ」

 

 にこやかに袋を突き出してきた迅に、奈良坂は仏頂面で答えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 動けない馬鹿の横を通り過ぎ、三輪はゆっくりと人型近界民との距離を詰めていく。人型は壁を背にしており、もう逃げ場はない。高く飛び上がれば、さっきと同じように狙撃の餌食になるだけだ。いっそ嗜虐的に見えるほどに口元を歪めて、三輪は銃口を向けた。

 

「待て、三輪」

 

 背後から聞こえてきた声に、振り返る気はなかった。これ以上、馬鹿に割く時間はない。人型近界民と相対したまま、三輪は答えた。

 

「黙っていろ、如月。"お前はよくやった"。だから、しばらくそこで寝ていろ」

「勘弁してくれ。俺はまだなにもしていない。それに……本気でまだやる気か?」

「当たり前だ。『近界民(ネイバー)』は全て敵だ。全て殺す。だが、安心しろ。"お前の援護"がなくても、この人型は俺達だけで十分に仕留めきれる」

 

 龍神に構わず、三輪は引き金を引いた。銃弾を受けた人型は「うわ、やっぱ重い!?」と、驚きの声を上げて膝をつく。

 これで、チェックメイトだ。

 

「……そうか。だが、待ってくれ、三輪」

 

 この期に及んで、まだ言いたいことがあるのか。やや呆れながら、三輪は聞き返した。

 

「なんだ?」

「勝手に俺を戦力外にしないでほしいな。俺はまだ"戦える"ぞ」

 

 振り向かずとも、龍神が自分を見詰めている気配は伝わった。

 

「旋空――」

「秀次ッ!?」

「ちっ……馬鹿が!」

 

 米屋が叫びをあげ、三輪が銃口を向け、龍神が弧月を引き抜いた。

 ハンドガンの乱射と、刃を延長した斬撃。片手で『弧月』を鞘から抜く必要があった龍神と、対象に銃口を向けるだけで済む三輪では、スタートダッシュに圧倒的な差があった。よって、弾丸が先に相手に届くのは、ある意味当然と言えた。

 

 

「――――死式」

 

 

 が、当然だと思われたその『結果』は、いとも簡単に覆る。

 

「なっ……!?」

 

 龍神が放った『旋空弧月』の斬撃を、三輪は右手の『弧月』で受け止めた。自分の頭を狙った一閃を、よくもあの状態で『打てた』ものだと内心舌を巻いたが、防御できないほどの攻撃ではなかった。問題はそこではない。

 斬撃を放ったはずの龍神の姿が消えていた。三輪が撃った銃弾の全てが、あえなく空を切った。

 

 ――どこへ消えた?

 

 龍神の体には、合計600キロにもなる『鉛弾(レッドバレット)』を撃ち込んである。あの状態で、動けるわけがない。あの状態で動く為には、特別な移動手段を用いるしかない。

 故に、三輪は龍神がどうやって『移動』したのか。その『タネ』を瞬時に理解した。

 

 ――どこだ。

 

 前か、後ろか、右か、左か。

 四方向、どこから来ようと、三輪は反射で対応してみせる自信があった。

 

 そう。『四方向』ならば。

 

「――残念だったな」

 

 身体が、ホームのコンクリートに叩きつけられた。

 

「がっ……!?」

 

 重い。

 それは、当然の感覚だ。

 如月龍神は、三輪秀次の体に馬乗りになるかたちで、彼の胸に『弧月』の刃を突き立てていたのだから。

 

「どう……して?」

 

 

 

 『テレポーター』

 龍神が、瞬間移動を行うそのトリガーを用いたところまでは、三輪も瞬時に"読み切っていた"。『テレポーター』での移動に、体の状態は関係ない。いくら『鉛弾』の『錘』がつけられていようが、瞬間移動で距離は詰まる。だから、龍神があの状態で移動するには『テレポーター』を使うしかない、と。

 

「『テレポーター』は万能のトリガーじゃない。お前くらいのレベルの奴と戦えば、『視線』を読まれて移動先を予想される」

 

 龍神の言う通りだ。『テレポーター』は『視線の数十メートル先』に移動する、という明確な弱点がある。使ってくる相手の『視線』さえ読めれば、対処は難しくない。

 だが、三輪には龍神の『視線』がどこに向いているのか、分からなかった。頭に向けて放たれた『旋空弧月』の斬撃で、『視線』の方向を確認することができなかったからだ。

 

「俺の『視線』を見逃したお前は、自分の周囲四方向を警戒した。右か左か、背後か目の前か。お前なら、ギリギリで避けて腕の一本くらいは犠牲にして致命傷を避けられたかもしれない」

 

 しかし、龍神が『テレポート』したのは、三輪の右でも左でもなく、ましてや背後や目の前でもなかった。

 

「――だから、真上に跳ばせてもらった」

 

 どれだけ気をつけても、人間の警戒が最も薄いのは自身の直上である。

 斬撃によって『テレポーター』の視線を隠し、奇襲による一撃で仕留める。

 それが、如月龍神のとっておきの『切り札』のひとつだった。

 

「『旋空死式・赤花(アカバナ)』 初見でこれを避けたのは、太刀川と風間さん、それにカゲさんだけだ。恥じることじゃない」

「如月……お前、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」

「思っていないさ。だが、先に撃ってきたのはお前だ。俺がただで済まなければ、当然お前もただでは済まない。それにな……」

 

『トリオン供給機関破損。戦闘体、活動限界』

 

「俺はお前達に『協力』して近界民に立ち向かい、『テレポーター』の移動先をしくじっただけだ。すまんな、三輪。だが、安心してくれ。あとは任せろ」

「ッ……如月ぃ!!」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)と、叫ぶ間もなく。限界を越えた三輪の『戦闘体』は崩壊し、一筋の光となってボーダー本部へ飛ばされた。

 

「…………さて」

 

 なんとか片はついた。

 三輪の緊急脱出(ベイルアウト)を確認し、あとは米屋をどう説得するか、と視線を巡らせた龍神は、信じられない光景を見た。

 

「…………米屋、お前は何をしているんだ」

「……やっべ、超はずかしい……龍神、こっち見んな」

 

 なぜか龍神と同様に、というか龍神以上に『鉛弾(レッドバレット)』と同様の『錘』を体から生やした米屋は、人型近界民に勝ち誇った顔で踏みつけられ、ホームに転がっていた。

 

「おれもやられっぱなしは癪にさわるからな。こっちの人にやりかえしてやったぜ」

「こいつ、お前らがなんかごちゃごちゃやってる間に、秀次の『鉛弾』をコピーして撃ってきやがった……しかもこれ、なんか『鉛弾』よりもおもてーし。反則だろ、反則!」

 

 ギャーギャー騒ぐ米屋と、得意げに唇を尖らせている人型近界民、もとい少年を見て、龍神の心にひとつの疑問が浮かぶ。

 

 ――これ、俺がいなくてもよかったんじゃないか?

 

 

「おーおー、おまえら。色々と派手にやったなー」

 

 新たに飛んできた声に、龍神はようやくか、と顔を上げた。

 

「あ、迅さん」

「げ、迅さん……」

「……遅いぞ、なにをやっていた、迅さん?」

 

 迅悠一はぼんち揚をボリボリと摘まみながら、呑気に答えた。

 

「わるいわるい。でも、狙撃手(スナイパー)をこうして連れてきたんだから、仕事はしただろ?」

「冗談じゃない。そもそも、こいつ1人でどうにかなっただろう?」

 

 相変わらず体が動かない状態なので、龍神は人型近界民をあごでしゃくった。迅の後ろの奈良坂が、呆れたように溜め息を吐く。

 

「……散々にやられたな。撤収するぞ、陽介」

「米屋先輩……なにやってるんですか?」

「あー、ちくしょう! そんな目で見るんじゃねぇ! 不意打ちだったんだよ!」

 

 『トリガー』を切り、通常の肉体に戻った米屋は勢いよく起き上がった。そして、人型近界民に向き直る。

 

「おい! 今度やる時は、真正面から『サシ』の勝負だからな!」

「いいけど、どっちにしろおれが勝つよ?」

「かーっ! 生意気なチビだ!」

「まあまあ、米屋。ぼんち揚食う?」

「……これ、半分も残ってないじゃないすか」

 

 文句を言いながらも、手間賃代わりにぼんち揚を1袋受け取って、米屋達は去って行った。

 彼らを見送りながら、人型近界民はやや不満そうに迅を見る。

 

「迅さんもいたんなら、はやく出てきてくれればよかったのに」

「おれはおれで忙しかったんだよ。それに、こいつもいたしな」

 

 どこからか取り出した2袋目のぼんち揚を開封し、迅はいまだにホームの上でのびている龍神を指さした。「おお!?」と、人型近界民が居住まいを正す。

 

「あぶないあぶない、忘れるところだった。この度は、助けていただいてどうもありがとうございました。おれは空閑遊真。どうぞよろしく」

 

 ぺこり、と意外なほどに丁寧な言葉と物腰で、人型近界民――空閑遊真は頭を下げた。

 

「ふっ……助けた、か。正直言って、助けは必要ないように見えたが?」

「ほほう、なかなか鋭いですな」

「ああ、人を見る目には、長けているつもりだ。名乗られたからには、俺も名乗るのが礼儀だな」

 

 龍神は気障な笑みを浮かべ、遊真に鋭い視線を投げ掛けた。そして、口を開く。

 

「俺の名は、如月龍神。天に浮かぶ月の如く、この世の闇を照らし出し、龍と神すら斬る男だ」

 

 実に滑らかな口振りで、堂に入った物言いだった。

 ただし、駅のホームに張りついて、遊真を見上げながら、と補足しておく。

 遊真はおそらく、今までで最も困惑した表情になり、迅の方を振り返った。

 

「……迅さん」

「なんだ?」

「この人、よくわからんウソつくね」

 


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