厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の主な登場人物

『如月龍神(きさらぎたつみ)』
厨二。小南や陽太郎と一緒に川へカッパを探しに行ったが「そもそもカッパを捕まえるのってかっこいいのか?」という根源的な疑問に突き当たり、陽太郎を連れて途中で帰った。小南は置いてきた。

『江渡上紗矢(えとがみさや)』
如月隊オペレーター。龍神と共に加古隊へ挨拶に行った時は加古さんに炒飯をつくってもらい、見事に絶品炒飯を引き当ててその味を堪能した。運はいい模様。ちなみに厨二は彼女が当たりを引いたの見て大いに悔しがり、それを見た加古さんが腕によりをかけてつくった『ネギプリン炒飯』で三度目の死を迎えた。現在死亡率100%。

『空閑遊真(くがゆうま)』
玉狛支部所属。好物は小南がつくったチキンカレー。それを聞いた小南が舞い上がり、一時期の玉狛支部は朝昼夕三食カレーの危機に陥った。そこで実力派エリートがぼんち揚げにカレーをつけるという画期的解決策を打ち出し、結果、作りすぎたカレーはいろんな部隊にお裾分けして残さず処理された。

『烏丸京介(からすまきょうすけ)』
もさもさしたイケメン。宇佐美から彼のこの通称を教えて貰った二宮隊オペレーターは、そのなんとも言えないゆるい響きに悶えたりしている。略してもさイケと呼ぶか検討中。

『小南桐絵(こなみきりえ)』
玉狛支部所属のNo.3攻撃手。自分から積極的に攻めていくその戦闘スタイルから勘違いされがちだが、川にカッパが出たと言われたらカメラ片手に1日張り込むほどの強固な忍耐力を持つ。忍耐力のない厨二には置いていかれた。

『王子一影(おうじかずあき)』
B級上位王子隊の隊長。その名の通り烏丸と同等レベルの爽やかイケメンだが、他の隊員達に変なあだ名をつけまくる残念さで爽やかさが相殺されている。龍神のことは親しみを込めて「たっつー」と呼んでいるが、海でゲットできるどこぞのモンスターのようなニックネームを厨二は嫌がっている。厨二的には横文字のかっこいいあだ名をつけて欲しかった。尚、今回は登場しない。


玉狛支部へ遊びに行こう:後編

 動物嫌い、という人間は一定数存在する。

 臭いがダメ。アレルギーがある。犬に噛まれたことがあるから。単純に恐いから……等々。人によって理由は様々だが、動物を飼っている家や場所を訪問する場合には、そうした人達への配慮が必要である。なので龍神も「玉狛支部にはカピバラがいるけど大丈夫か?」とかそういう確認をしておくべきだった、と。自分の考えの甘さに、後悔と反省をしていた。

 しかし、である。

 

「…………うぅ…………ふ、ひっぐ……」

「…………泣くなよ」

 

 この反応は、少々斜め上だった。

 如月龍神の隣では、江渡上紗矢が大絶賛すすり泣き中である。

 

「な、泣いてないわよ……べつに、カピバラが恐かったわけじゃないし……ちょっと、思ったより速かったからびっくりしただけなんだから……」

 

 目元を拭いながらそう語る紗矢。本人は泣いてないと言い張っているが、360度どの角度から見ても泣いているようにしか思えない。

 陽太郎を乗せてのしのし歩いていた雷神丸は紗矢が持つバッグ(の中に入ったクッキー)に目を付けたのか、突然移動をウォークからダッシュに切り替え、突進。雷神丸を見ただけでびびっていた紗矢は、結果としてこんな有り様になってしまった次第である。たしかに雷神丸はカピバラってこんなに速い生き物だったんだ……と認識を改める程度には素早く動くので、びっくりしたのも分からないでもない。ちなみに本気を出したカピバラの全速力は車並みの時速50キロを誇る。雷神丸すごい。

 

「如月先輩?」

「お、たつみ先輩だ」

 

「む……」

 

 廊下の奥から、聞きなれた声が2人分。龍神は片手をあげた。

 

「烏丸と空閑か」

「ひさしぶりですね。最近こっちに来てなかったですけど、何かあったんすか?」

「部隊を組むにあたって、色々と雑務が多くてな。しばらくずっと本部通いだったんだ。ちょうどレイジさんが雨取を迎えに来ていたから、一緒に拾って貰った」

「なるほど」

「あれ? でも千佳は?」

「雨取は外で陽太郎と遊んでいるぞ。まあ、ちょっと色々あってな……」

 

 首を傾げる遊真に、龍神は外を指し示した。千佳が龍神達と一緒に中に入らなかった理由は単純明快。紗矢が雷神丸を怖がるのを見かねて「わたし、陽太郎くんと外で遊んでいますね」と、陽太郎と雷神丸の相手を買って出てくれたのだ。いい子である。超いい子である。支部に来るまでの送迎に引き続き、龍神はその好意に甘えさせて貰った。気を遣わせてしまったので、あとでお礼を言う必要があるだろう。

 

「ところで如月先輩。うしろにいるのはもしかして……?」

「ふむ。おれも気になる。はじめてみる人だな」

 

 いかにも興味津々、といった様子で聞いてくる烏丸と遊真。

 龍神がちらりと後ろを見れば、同じく後ろを向いていた紗矢は全力で目元を拭っているところだった。これは果たして、そのまま紹介に移っても良いものか?

 が、紗矢は龍神の心配をどこかへ蹴っ飛ばすような勢いで振り返り、烏丸と遊真の2人にそのまま頭を下げた。

 

「はじめまして。この度、如月隊のオペレーターを勤めることになった江渡上紗矢と申します。以後、よろしくお願い致します」

 

 流石、自称切り替えがはやい女。

 初対面の相手に向ける対し、いかにもお嬢様らしい、品のある所作で挨拶をしてみせた。あまり会ったことがないタイプだからなのか、遊真などは目を白黒させて「これはこれはごていねいに……」と過剰なまでに頭を下げ返している。

 いつもクールな無表情で人を騙してからかう側(主に小南のみ)である烏丸も、ちょっと驚いたような珍しい表情を浮かべていた。紗矢は傍目から見ればかなりかわいい部類に入るので、みとれるのも分からないでもない。普段いくらクールでも、烏丸京介もやはり男子高校生なのである。

 

「如月先輩……ほんとにオペレーターを見つけられたんすね。正直、信じられません」

「そっちか」

 

 違った。

 

「はっきり言って、鬼怒田さんが作った人型トリオンアンドロイドとかの方がまだ信じられます」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「まあまあ。とりあえずこっちも自己紹介を」

 

 やはり筋肉な師匠からクールさまで学んだ男は格が違う。先輩の追求をさらりとスルーして、烏丸は一歩前に出た。

 

「玉狛支部所属、烏丸京介です」

「同じく、空閑遊真だよ。えっと……」

「江渡上でも下の名前でも、好きな方で呼んでくれていいわよ、空閑くん?」

「ふむふむ。じゃ、さや先輩で」

「ええ、よろしくね」

 

 遊真と握手をする紗矢は、ようやく雷神丸ショックから回復したらしい。表情と態度にいくらか余裕が戻っていた。

 そんな紗矢をしげしげと見詰めていた烏丸は、感心したように口を開く。

 

「いやでも、ほんとにびっくりしましたよ。如月先輩がこんなにかわいいオペレーターを連れてくるなんて」

 

 本人は事も無げに言ったが、ボーダーイケメンランキングの中でもほぼトップの座に位置する烏丸からの発言だ。大抵の女子なら一撃で落ちる殺し文句なのだが……

 

「あら、お上手。貴方みたいな美男子にそう言って貰えると、私も嬉しいわ」

「…………」

 

 だがしかし。江渡上紗矢は褒められた途端にドヤ顔で黒髪を揺らすだけ。照れも恥じらいも微塵も見せないその姿に、烏丸は困ったような視線を龍神に向けてきた。

 多分烏丸としては、「か、かわいい……? やだもうっ! そんなこと真正面から言わないでよ! ほんとのことだけど!」的などこぞの先輩攻撃手みたいな反応が欲しかったのだろう。残念ながらそういった類いの反応をこの高飛車自信家お嬢様に望むのは、完璧にお門違いだ。木虎あたりに言ってやれば、ゆでタコのように真っ赤になって気絶するかもしれないが。

 好かれるかどうかはまた別として、この女は基本的に会話でボロを出すような真似はしまい……と龍神は呑気に考えていたが、そんな彼女を動揺させる質問は意外な方向から飛んできた。

 

「ところで、さや先輩。なんで泣いてるの?」

「え?」

 

 不意打ちじみた遊真の質問に、今度は紗矢が小さく息を詰まらせる。心なしか、頬が赤く染まった。

 

「べ、べつに泣いてなんか……」

「ウソだね」

 

 はっきりと遊真が言い切る。困惑している紗矢に、龍神は助言に入った。

 

「隠そうとしても無駄だぞ、江渡上。空閑に嘘は通用しない」

「それってどういう……?」

「遊真は『ウソを見抜ける』サイドエフェクトを持ってるんです」

「サイドエフェクト!? うそ!?」

「ウソじゃないよ」

 

 半信半疑、といった様子の紗矢に遊真はニヤリと笑みを向ける。

 

「でも、サイドエフェクト使わなくても分かったかな。目とか赤いし。とりまる先輩も気付いてたでしょ?」

「……ッ!?」

「まあ、たしかに」

「……ッッ!?」

 

 烏丸は相変わらずクールな表情のまま、けれどちょっとおもしろくなってきた、と言いたげに。遊真もあごに手を当てて、狼狽する先輩の姿を楽しそうに眺めていた。

 最初のお嬢様らしい態度はどこへやら。初対面の印象を取り繕うとしていた紗矢は、もはやタジタジのヘナヘナだった。脆い。小南といい紗矢といい、どうしてこう見せかけだけの『お嬢様』という人種はこうも脆いのか。

 しかし、遊真の追撃は続く。

 

「それで、どうして泣いてたの?」

「うっ……」

「念のためにもう一度言っておくが、嘘は通用しないぞ。正直に話せ」

「で、でも……」

 

 カピパラがこわくて泣きました。

 プライドが高い彼女からしてみれば、絶対に口にしたくないセリフだろう。しかも相手は初対面の、印象を良くしておきたい小南の同僚達である。

 言葉に詰まった紗矢の頬に冷や汗が流れる。

 

「ちょ、ちょっとびっくりしちゃったことがあって……」

「……ふむ。ウソは言ってないね。で、なににびっくりしたの?」

「えっ!?」

 

 遊真の質問は止まらない。初対面の相手であるにも関わらず、ぐいぐい押していく。

 

「か……」

 

 紗矢が下がる。

 

「か?」

 

 遊真は一歩前に出る。

 

「かぴ……」

「かび?」

 

 紗矢が呻く。遊真は首を傾げる。

 向き合うこと、数秒。

 遂に、観念したように、

 

 

「……カピパラが急に飛び出してきたから、びっくりして泣きました……」

 

 

 聞き取れないほどの小声で、紗矢は呟いた。

 龍神の隣で烏丸が口元を押さえ、うしろを向いて笑いを堪えた。実に珍しい。写メを撮って木虎あたりに送ってやりたいレアシーンだ。

 一方、答えを追求していた遊真は心底不思議そうに首を捻って、

 

 

「……ウソついてないのは分かるけど……雷神丸がそんなにこわかったの?」

 

 

 羞恥心という弾丸にプライドを撃ち抜かれ、江渡上紗矢は撃沈した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「で、小南はどこにいるの?」

「復活はやいな」

「だから私は切り替えがはやい女なの」

 

 しばらくは廊下の隅っこでしゃがみこみ、プルプル震えていた紗矢だったが、それはそれ。羞恥心を振り切ったのか、はたまた当初の目的を思い出したのか、遊真達に問いを投げられる程度にはすぐ回復した。

 

「こなみ先輩? さや先輩はこなみ先輩に用事があるの?」

「私は小南と同じ学校に通っていて、しかもクラスメイトなのよ」

「ほう、クラスメイト。なるほど……それにしても、うまいねこれ」

 

 頷く遊真は、紗矢から渡された手作りクッキーをもしゃもしゃと頬張っている。要するに「これをあげるからさっきのことは黙っててね!」という口止め料である。

 

「そういえば、遊真はいつもなら小南と模擬戦をしているはずじゃないのか?」

「え? そうなの空閑くん?」

「こなみ先輩はおれの師匠だからね」

「成る程……小南の愛弟子ということね。はい、クッキーまだ食べる?」

「いただきます」

 

 

 よほどお気に召したのか、遊真は遠慮なくタッパーに手を伸ばす。なんとなく、龍神の脳裏には犬の餌付けが思い浮かんだ。さっきひどい目に遭わされたので、多分紗矢はここで遊真を手懐ける気満々なのだろう。ついでに龍神も手を伸ばしたが、それは紗矢に容赦なくはたかれた。差別である。

 

「小南先輩なら今はキッチンにいるはずですよ」

「キッチンに? 今日は小南が料理当番なのか」

「はい。だから俺が遊真の模擬戦の相手をしていました」

「とりまる先輩もなかなかに手強かったぜ」

「ちなみに修はモールモッド相手の自主練中です。宇佐美先輩がみてくれています」

 

 最近は遊真とセットで一緒にいることが多い小南だが、そういう理由があるならこの場にいないのも納得できる。

 ただ、まだひとつ疑問があるとすれば、

 

「作りはじめるには早すぎじゃないか? まだ3時にもなっていないぞ?」

「そうなんすよね。いつもよりちょっと高い材料買ってましたし」

「そうなのか?」

「間違いありません」

 

 飲食店やスーパーでバイトしているだけあって、烏丸はそういうところに目がきく。遊真もクッキーを頬張りながら頷いた。

 

「俺との勝負もはやめに切り上げてとりまる先輩とチェンジしたし」

「ほほう……『いつも』とは違うものを作る、とか?」

「いや、それはないですね」

「……なんか私を置いて話が進んでいるみたいだけど、つまり小南は料理中なんでしょう? なら、はやくキッチンに行きましょうよ。もしよかったら、手伝いたいし」

 

 うずうずしているのが丸分かりな紗矢がそう言う。たしかに、ここでいつまでも立ち話しているわけにもいかない。ぞろぞろと連れだって、龍神達はダイニングキッチンに向かった。

 扉の前で立ち止まると、やはりトントントンとリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。龍神は振り返って聞いてみた。

 

「……どうする?」

「江渡上先輩は小南先輩に、今日来ることは伝えてないんすよね?」

「え? あ、うん。急に来ちゃったから」

「……じゃあ如月先輩。ここはサプライズで驚かせる方向でいきましょう。とりあえず中の様子を」

「ふっ……了解だ」

 

 口に出す必要はない。その方がなんかおもしろそうだし、というシンパシーを龍神は烏丸から感じ取った。全く以て同意見である。

 小南に気づかれないように、ゆっくりドアを開く。遊真、紗矢、烏丸、龍神の4人は、だるま落としの如く頭を並べて部屋の中を覗き込んだ。全員が中の様子を見るにはこうするしかないのだが、体勢としては中々に苦しい。誰か1人がバランスを崩したら倒れそうだった。

 

「ここからだとキッチンは微妙に死角なんだな。だが、何を作っているのかは丸分かりだ」

「そうすね。この匂い……間違いなくカレーです」

 

 鼻孔を刺激するスパイスの匂いを確かめて、烏丸がおもむろに頷く。

 

「まあ、そもそも小南先輩はカレーしか作れないので、当然と言えば当然ですけど」

「え? そうなの?」

「そうです。江渡上先輩、いい反応ですね」

 

 素で驚いた様子の紗矢に、烏丸は無表情のままサムズアップした。小南的な反応がよかったのだろう。

 ちなみに補足しておくと、龍神達の会話は超小声である。

 

「お。ちらっと見えたぞ」

「ほんと?」

「ところでさや先輩、おもいよ」

「な……っ!? そんなことは……」

「えぇい、静かにしろ」

 

 どうやら、冷蔵庫から食材を取り出すつもりらしい。ようやく小南の姿が、ドアの隙間からちらりと覗いた。

 

「~♪」

 

 赤いエプロンに長い髪をポニーテールでまとめている姿は、いつもとは印象ががらりと違って見える。しかも鼻歌のオマケつき。明らかに上機嫌だった。

 

「すごい……小南が料理してる。おしとやかに見せかけようとして見せかけることすらできていない、あのがさつな小南が……」

 

 やたら感動したように紗矢が呟いたが、その反応はあんまりだと龍神は思った。小南だって女子高生(斧)なのだ。料理くらいは作れるのである(ただしカレーのみ)。

 しかし事実として、小南の料理の手際はドアの隙間から観察していても中々に手早かった。既にスパイスの香りが漂っているのはルウ以外に何種類かのスパイスを用意しているからだろうし、鶏肉の下ごしらえも入念に行っているように見える。

 

「高級な食材、と聞いた時はもしやと思ったがやはりカレーだったな」

「当たり前っすよ。小南先輩にはカレーしかありませんから」

 

 しれっと、本人に聞かれたらヘッドロック確定なことを烏丸は言う。

 

「でもおれ、こっちに来てから食べたもので一番うまかったのはこなみ先輩のカレーだよ?」

「意外な高評価ね。カレーしか作れない代わりにカレーに特化している、と……ていうか空閑くん。こっちに来てから、ということは、もしかして今まで外国に住んでたの?」

「そうだよ。さっきもらったさや先輩のクッキーもうまかったし、こっちの食べものはおいしいものばっかりでびびるね。『近界』とは大違いだ」

「ふふっ……冗談言っちゃって。そんな風に言うとまるで『近界民』みたい」

「ん? おれ『近界民』だよ?」

「……え?」

「あ」

 

 止める間もなく。

 本当にさらりと。玉狛支部と本部上層部、それに三輪隊や龍神しか知らない事実を、遊真が口にした。

 数瞬、空気が固まって、

 

 

「えぇえええええ!?」

 

 

 絶叫とともに、紗矢の体勢が大きく崩れた。当然、下から二段目の彼女がぐらつけば、その上の烏丸と龍神にも影響が出る。

 結果。薄く開いていたドアを突き破り、4人は部屋の中に雪崩れ込んだ。

 床に倒れたまま、龍神はやれやれと溜め息をひとつ。

 

「……これは思わぬところで意外な事実が発覚してしまったな」

「あまりにも自然に言いましたからね」

「どういうこと!? ねぇどういうこと、如月くん!? 説明して!」

「めんどくさいな。どこから説明すればいいんだ」

「如月先輩が三輪先輩に『鉛弾』撃ち込まれたとこからでいいんじゃないすか?」

「おいやめろ」

「……おもい。とりあえずみんな下りて欲しいんだけど」

 

 3人の先輩の下敷きになっている遊真が、唇を尖らせて文句を言う。

 とりあえず起き上がって上を向いた龍神は、目の前に1人の少女が仁王立ちしていることに、ようやく気がついた。

 

 

「……あんた達、なにしてるの?」

 

 

 小南桐絵はお玉を持ったまま。なんとも言えない表情でこちらを見下ろしていた。

 

「ていうか、とりまると遊真はともかく。なんで龍神と……紗矢までいるわけ?」

 

 どうやら、状況に理解が追いついていない様子である。小南の顔には困惑が満ちみちていた。

 なんでいるの?と聞かれれば、答えはもう決まっている。

 龍神と紗矢は顔を見合せると、きれいに声を重ねて答えた。

 

 

「「きちゃった」」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……つまり要約すると、サプライズ感覚でいきなり遊びにきたってわけ?」

「まあ、そういうことだな」

 

 龍神と紗矢が軽い感じで小南を誤魔化そうとした、およそ5分後。

 呆れたような小南の言葉に、龍神は首を縦に振った。こうなった経緯はひとしきり説明し終えたわけだが、どうにもこのエプロン姿の女子高生は納得していない様子だった。

 半眼を作りながら、小南は正座して小さくなっている紗矢の方へ目をやる。

 

「で、わざわざ休日に、こんなところまでなにしにきたの?」

 

 いかにもツンツンした小南の質問に、紗矢は躊躇いがちに答えた。

 

「あ、遊びに来ました……」

「いきなり押しかけられても、いい迷惑なんだけど?」

「う……」

 

 冷たい言葉を浴びせかけられて、紗矢がますます縮こまる。

 と、そこで烏丸が紗矢の助けに入った。

 

「まあ待ってください、小南先輩。急に江渡上先輩がウチに来たのには、ちゃんとした訳があるんです」

「訳ぇ? なによそれ?」

 

 明らかな喧嘩腰で小南が問うが、烏丸は憶さず。むしろ彼女に向かってゆっくり言い聞かせるように、悲しげに口を開いた。

 

 

「実は江渡上先輩は……もうすぐ転校してしまうんです」

 

 

「……えっ?」

 

 思わぬ発言だった。龍神だけでなく、張本人のはずの紗矢までもがぎょっとして顔を強張らせた。

 そしてなによりも、小南桐絵の変化が劇的だった。

 つり上がっていた目尻は力なく下がり、逆立っているように見えたくせっ毛も萎み。あまりの衝撃に理解が追いつかないのか、小南は急に落ち着きをなくして紗矢の方へと向き直り、そして華奢な肩をガシッと掴んで揺さぶった。

 

 ――はい、騙された。

 

「うそ……転校って……ほんとなの紗矢!? どうしてそんな急に!?」

「え、うん? いや、ちが……」

「いつ? いつ転校しちゃうの? なんで!? もしかして、あたしが最近冷たかったから!? わりと冷たくあしらってたから? そうなの!?」

「ええと、小南。少し落ち着いて……」

「あれは違うの! ほら、あたし性格こんなだから、学校で演技するの色々大変だし! べつにあんたのことが嫌いとかそういうわけじゃなくて、ちょっと戸惑っていただけっていうか……」

「小南先輩、少し落ち着いてください。江渡上先輩が困ってます」

「とりまる! あんた、紗矢のこと知っていたなら、なんでもっとはやくこの事を言わないのよ!?」

「この事って、なんですか?」

「紗矢が転校することよ!」

 

 半分涙眼になりながら、小南が吠える。対し、烏丸はいつものように答えた。

 

「すいません、ウソです」

「…………え?」

「だからそれ、ウソです」

 

 すとん、と。紗矢の肩を掴む小南の手のひらから、力が抜ける。

 

「う、そ……?」

「はい。ウソです」

「ついでに言うと、烏丸と江渡上はさっき会ったばかり。ほぼ初対面だ」

「…………」

 

 一拍、間を置いて。

 

 

「だましたなぁああああああああぁああ!!」

 

 

 部屋を震わす絶叫とともに、小南は紗矢の首をがっしりホールドした。玉狛支部ではお馴染みの、小南ヘッドロックである。

 

「よくも騙してくれたわね!?」

「こ、小南!? ちがっ……ウソついたのは烏丸くんだから!」

「あんたも共犯よ!」

 

 嬉しいのか苦しいのか、顔を赤らめながら紗矢が小南の手をタップする。思いっきり胸が当たっているが、それもいつものこと。本人が気にしていないので特に問題はない。元々薄いから問題ないのかもしれない。口に出したら殺されるだろうが。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、龍神も小南いじりに参戦する。

 

「ほほう。そんなにムキになるということは、それだけ江渡上のことを心配したということか?」

「はあ? なに言ってるのよ! このバカ厨二! あたしがそんな心配するわけないでしょ!?」

「うん、ウソだね」

「遊真ぁああ!?」

 

 弟子の奇襲に、さらに小南の顔が赤くなった。鼻の真ん中から耳の端までが朱に染まり、まるで茹でダコのようだ。

 せっかくおもしろいことになってきたので、龍神はさらに追い討ちを掛けることにした。

 

「ん? なんでこんなところにフードポットが2つもあるんだ?」

「あ!? ちょっとそれは……」

 

 作りかけのカレーの材料が並ぶキッチンには、出来上がりもまだだというのに2人分のフードポットが置いてあった。キッチンを覗き込んだ龍神は、それらを手にとってわざとらしく首を傾げてみせた。

 

「たつみ先輩、そのフードポットっていうのは何?」

「一言で言えばちょっと魔法瓶と弁当箱を掛け合わせたようなものだ。保温が効くから、汁物などを運ぶのに適している」

「ほうほう……2人分のぽっと……そしていつもより気合いを入れて作られていたカレー……ふむふむ」

 

 名探偵空閑遊真は数秒間だけ考え込むと、ぽんと腕を叩いた。謎が解けたらしい。

 

「そうか。こなみ先輩はさや先輩のためにカレーを作っていたのか」

「なっ……そんなわけないでしょ!? どうしてあたしがこいつのためにお弁当なんて作らなきゃいけないのよ?」

 

 遊真の名推理に、小南が慌てて反論する。見事なツンデレである。

 

「これはたまたま偶然、今日が料理当番だったから明日のお昼にちょうどいいと思って……そしたらまあまあいい感じのフードポットがちょうど2つあったから買ってきただけよ!」

 

 苦しい言い訳だった。

 小南を見詰める全員の視線は、それはもう生暖かいものだった。

 そんな中で1人、感極まった紗矢は優しく小南の手を両手で包む。

 

「……ありがとう、小南」

「あ、あたしはただ貰いっぱなしになるのも嫌だったから……これで今度のお昼にでも、お互い弁当を交換しあえば貸し借りなしのウィンウィンでしょ? だ、だからべつに、あんたの為なんかじゃないんだからね!」

 

 重ね重ねになるが、あえて言おう。ツンデレである。

 ここまで来てしまえばもう女子特有のノリで、「それならせっかくだし那須さんも誘ってみる?」「照屋ちゃんにも声かけてみよっか?」と乙女2人は勝手に盛り上がりはじめた。

 最初から、江渡上紗矢の心配は杞憂だったのだ。

 自分で淹れたお茶をすすりながら、烏丸がいつもの無表情で言う。

 

「仲良さそうっすね」

「いいことだ。こうなるまでがめんどくさかったし、多分これからもめんどくさいと思うが」

「頑張ってください」

「他人事みたいに言うな。小南はお前の担当だ」

「からかいネタのレパートリーが増えそうで、俺的にはなによりです」

 

 流石に最後は聞こえないように小声だった。

 結局、小南と紗矢は一緒にカレーを作るということで合意したらしい。

 まあ、お嬢様がお昼のお弁当に『カレー』というのはどうかと思うのだが、小南桐絵はそれしか作れないのだから仕方がない。

 それに。

 

「紗矢ー、とりあえずご飯の準備とかしてくれる? 炊飯器がそっちにあるから。使い方分かる?」

「私を馬鹿にしないでくれる? カレーしか作れない小南と違って色々作れるのよ? お米を炊くくらい朝飯前だわ」

「言ってくれるじゃない……まあ、あたしの超おいしいカレーを食べればその失礼な認識も一瞬で改めるに決まっているけど」

 

 本人達があれだけ楽しく作っているなら、できあがるカレーはとてもおいしいに違いない。

 

「……ねえ小南。この炊飯器、スイッチ類がどこにも見当たらないんだけど?」

「なに? お米炊くのなんて朝飯前だとか言ってた癖に、ご飯のセットもできないわけ? ていうか、スイッチが見当たらないわけないじゃない。どうやって操作するのよ?」

「で、でも本当にこの黒い炊飯器、うんともすんとも言わないわよ?」 

 

『申し訳ないが、わたしは炊飯器ではない』

 

「…………へ?」

 

 紗矢の口から漏れ出た呟きは、今日の反応の中で最も間抜けなものだった。

 スイッチを探してぺたぺた触っていた『黒い炊飯器』から、不意に声が響いた。

 否。それはそもそも『炊飯器』ではない。

 手を離して呆然とする紗矢の前で、その黒い炊飯器のような物体は重力を無視して空中に浮き上がる。

 

『はじめまして、サヤ。わたしはレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「………………」

 

 炊飯器からのご挨拶。

 完全に固まったまま、紗矢は突然自己紹介をはじめたレプリカを見上げる。

 先ほどの『遊真が近界民』という件についての説明が、まだだったせいもあるだろう。カピパラに突進されたり、ウソを見破られたり、炊飯器だと思っていたものに挨拶されたり、今日の彼女はエキサイティングな出来事を体験しすぎた。

 故に。

 

「………………ゅう」

 

 江渡上紗矢は小南にもたれかかるようにして、その場で倒れ込んだ。

 脳のキャパシティが処理限界を超えたのだ。

 

「えっ! ええっ!? ちょっとウソ!? 紗矢!? 紗矢ー!?」

『これはいかん。驚かせてしまったか』

「レプリカがいきなり出てきたら、普通はびっくりして当然かもな」

『……ふむ。脈拍を測ってみたが特に問題はなさそうだ。すぐに目を覚ますだろう』

「まったく、この程度のことで意識を失ってしまうとは……我が隊のオペレーターとして情けない」

「そんなこと言ってないではやく運ぶの手伝いなさいよ!?」

「……あれ? なんか焦げてないすか?」

「ほんとだ。煙でてるね」

「なにっ!? それはいかん! 俺の晩御飯が!?」

「あんたはオペレーターとカレーとどっちが大事なのよ!? このバカッ!」

 

 ちょうどその時。

 リビングダイニングのドアが開いた。

 

 

「これは……?」

 

 

 メガネを持ち上げながら、彼は呟いた。

 鍋からうっすらと上がっている煙。普段は絶対に見せない焦った様子で木べらを握り締め、一心不乱にその鍋の中をかき混ぜる師匠。小南に支えられた見知らぬ人物。そして、やたら騒がしい室内。

 

 

「…………いったい、なにが?」

 

 あまりにも混沌としたその有り様に、部屋の入口に立つ三雲修は冷や汗を浮かべた。

 




なんか予想以上に長くなった(白目)
文量が膨らむのが、自分の悪い癖だと思っています。そして調子に乗って頻発する誤字……誤字報告を送ってくださる皆さん、いつもありがとうございます。
それと、大変有難いことに推薦をいただきました。紹介文が短くクールにまとまっていて素敵!(厨二とは言わない。失礼で言えない) 本当に嬉しいです。ありがとうございます!

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