厨二なボーダー隊員   作:龍流

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隠密戦闘

 隠密(ステルス)トリガー『カメレオン』は、正確に言えば完全に姿を消せるわけではない。

 周囲の風景に溶け込み、いわば透明化する反則的なこの『トリガー』の弱点は、起動中に他の『トリガー』を使えない、という点にある。

 通常なら主(メイン)トリガーと副(サブ)トリガーは同時に使用できるが、『カメレオン』に限ってはセットしたのが主(メイン)であろうと副(サブ)であろうと、『トリガー』を同時起動できない。その為、『カメレオン』を起動している人間のある程度の位置は『戦闘体』に標準装備されている『レーダー』で捕捉できる。が、『レーダー』で分かるのは大まかな位置だけで、高度や細かい距離などは分からない。『カメレオン』を起動したまま攻撃に移ることができない以上、『カメレオン』を解除した瞬間に叩く、というのが対隠密(ステルス)戦闘のセオリーである。

 では、『カメレオン』同士の戦いはどうなるのか?

 

 迅達から離れ、住宅街の中を走っていた龍神は、アスファルトの地面を踏み締めて急停止した。

 姿は見えなくても、風間がこちらを追ってきているのは分かっている。

 

「旋空壱式――虎杖!」

 

 輝きを放つ刀身が、刃鳴りの音を響かせて宙をはしる。コンクリートが抉れ、郵便ポストが弾け飛んだ。龍神は、なにもない空間を凝視する。手応えは、ない。

 そして、立ち止まっている暇もない。姿の見えない『カメレオン』を相手に足を止めるのは、自殺行為にも等しい。龍神も『カメレオン』を起動し、周囲の風景に溶け込み、再び走り出した。

 レーダー上では風間の位置は右斜め前方。とはいえ龍神には、自分と風間の間に正確にはどれだけ距離があるのか分からない。そもそもレーダーで相手の正確な位置が分かるなら、『カメレオン』はとっくの昔にただの役立たずの『トリガー』に成り下がっている。

 

(どうする? もう一度『カメレオン』を解除して『旋空』で炙り出すか?)

 

 『カメレオン』を使う相手との戦闘経験はあっても、『カメレオン』同士の戦闘を龍神は経験したことがない。次にどう動くか。風間の正確な位置をどうやって割り出すか。

 そんなことばかりに注意が向いていたせいで、龍神は足元に転がっていたそれに気が付けなかった。

 カツン、と。

 固い、何かを踏みつけた感触。足の下にあるそれが、『旋空弧月』に破壊された、道路や壁の破片だと分かった――

 

「そこか」

 

 ――その瞬間。

 聞こえてきた声は、予想よりもはるかに近かった。

 

「ぐっ!?」

 

 光刃が闇を裂く。姿を現した風間が突き出した『スコーピオン』を、胸の前でギリギリ受け止める。『カメレオン』の解除が間に合っていなければ、致命傷になっていただろう。

 風間は奇襲の一撃目を防がれたことに一切の動揺も見せず、すぐさま二撃目を繰り出した。龍神も右手に『スコーピオン』を起動し、即座に反撃。2人の『スコーピオン』が、薄暗い闇の中で交差する。

 結論を言えば。

 一瞬の攻防は風間の方に軍配が上がった。

 

「ぐっ……」

 

 当然と言えば当然である。仕掛けたのは風間からであり、龍神はそれになんとか反応しただけに過ぎないのだから。

 咄嗟に身をよじったこともあって、傷は浅かった。しかし袈裟斬りにされた胸から、少なくない量の『トリオン』が溢れ出る。

 

「……"乱空天舞"」

 

 

 ここで引けば、勢いのままにやられる。反撃の糸口を掴む為、龍神は『グラスホッパー』を使用し、飛び上がった。展開した『グラスホッパー』は1枚だけではない。複数枚だ。

 『乱反射(ピンボール)』

 攻撃手(アタッカー)の中では草壁隊の緑川などが得意とするこの技は、周囲に複数枚展開した『グラスホッパー』の反射によって、ターゲットを取り囲むように高速移動する。不規則な移動で相手を撹乱し、

 

「……無駄だ」

 

 斬り込む、ハズだった。強烈な踏み込みと共に放たれた『スコーピオン』の一閃は、あっさりと宙を切る。風間は再び、夜の闇に紛れて姿を眩ましていた。

 

(くそっ……どうする? もう一度『カメレオン』を使うか?)

 

 龍神がそうして悩んでいる間にも、風間は既に次の手を打っていた。

 バラバラと周囲に降り注ぐ、アスファルトの欠片。いつの間に拾い集めたのか。『カメレオン』で透明化した風間が、自分の周りにばら蒔いていることだけは分かった。

 

(俺には『カメレオン』を使わせない気か……)

 

 だが、地面に欠片が散らばっているこの状態では、当然風間も迂闊には動けない。逆に隠密(ステルス)状態の風間の位置を見極めることができれば……

 

 カッ!

 

 研ぎ澄ましていた聴覚が、先ほどと同じ音を捉えた。視界の隅、ひび割れた舗装の上で、不自然に破片が跳ねたのを、龍神は見逃さなかった。

 思慮も思考もかなぐり捨てて、動物的な反射で横薙ぎに『旋空弧月』を叩き込む。ブロック塀が崩れるのを見るのは、今夜で何回目だろうか。そんなことを考えるのも束の間、龍神は背筋を凍らせた。

 何故だ?

 また、手応えがない。

 もしも、ほんの数秒。『テレポーター』で跳ぶのが遅れていれば、龍神の首は音がした方向、破片が跳ねた方向とは、まったくの逆――背後から肉薄していた『スコーピオン』に切り落とされていただろう。

 

「さっきの狙撃といい、良い判断だ。いや、直感か?」

 

 つい数秒前まで龍神が立っていた場所に降り立ちながら、風間は言う。彼は"手のひらに握り込んでいた破片"をこれ見よがしに弄んでいた。

 民家の屋根にテレポートした龍神は、風間の方へ振り返る。

 

「性格が悪いな、風間さん。こちらに『カメレオン』を使わせない為にばら蒔いた欠片を、さらに陽動に使うとは」

 

 今回はアスファルトや塀の残骸を使っただけで、場所によっては落ち葉でも石でもなんでも良いのだろう。そうした細かい物を地面に散乱させれば、たとえ透明化していても足とそれらが触れて音が鳴り、居場所が分かる。相手にはそう思わせておき、自分自身は『カメレオン』を起動。隠密(ステルス)状態で破片を放り投げて注意を向けさせ、完全に逆方向から仕掛ける。

 まるで暗殺者のような、悪辣な戦い方だ。

 

「菊地原がいなければ、『カメレオン』同士の戦闘も五分に持っていけると思っていたのか?」

 

 悪いな、と風間はらしくない笑みを漏らし、

 

「お前とは『これ』を使っている年季が違う」

 

 そうして、また消える。

 普段『カメレオン』を使わない龍神との戦闘で、この対応。部隊の『耳』である菊地原がいない状況でも、対『カメレオン』戦闘を想定していたということか。

 それとも、これまでの経験の積み重ねから練り上げた、即興の戦術か。

 何れにせよこれが、攻撃手(アタッカー)2位であり、個人総合3位の実力。隠密(ステルス)戦闘のプロフェッショナル、風間蒼也。

 彼個人の確立された戦術を、龍神は崩せる気がしなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「どうした迅!? さっきの勢いはどこへいった!?」

「太刀川さんが張り切り過ぎなんでしょ?」

 

 口を利きながらも、腕は決して休めない。太刀川と迅は一進一退の攻防を続けながら、住宅街の中を走り続けていた。

 いや、正確に言えば一進一退の攻防ではないのかもしれない。単純な剣の腕比べならば、太刀川の方が勝る。徐々に押されているのは、迅の方だった。

 

「『風刃』は接近してしまえばただのブレードだ」

「さすが太刀川さん、よく研究してるじゃん」

 

 迅は余裕たっぷりに言い返したが、太刀川の言葉は正しい。『風刃』は接近してしまえば『弧月』と同じただのブレード。そして『弧月』を使った勝負では、迅は太刀川に勝ち越せたことはない。

 さらに厄介なのが……

 

「足を止めるなよ、迅! 狙撃で終わりなんて面白くないからな!」

「ははっ……じゃあ援護はなしでやらない?」

「それは無理だな!」

「だよねぇ……」

 

 迅が太刀川と距離を取れば、間髪入れずに狙撃がとんでくる。サイドエフェクトのお陰で被弾はないが、厄介極まりない。

 

「よっと!」

 

 斬り結んだ状態から、太刀川を蹴り飛ばし、迅は強引に距離を取った。そのまま足下の地面を『風刃』で"斬りつける"。

 瞬間、『風刃』の光の帯が一本消失し、『斬撃』が太刀川に向かって飛んだ。

 黒トリガー『風刃』の能力は一言で言えば『遠隔斬撃』 目の届く範囲ならばどこへでも攻撃が可能であり、刀身から伸びる光の帯は『斬撃』の『弾数』を示している。現在の『残弾』は残り4本。

 斬撃を受け止めた太刀川に対して再び走り込み、このまま斬りつけ――

 

「おっとと」

 

 ――られればいいのだが、迅はすぐさま身をよじる。トリオンの弾丸が空を切り、背後の民家の表札を打ち砕いた。

 やはり狙撃に阻まれる。それだけなら、まだいい。問題はこのあとだ。

 

「おおっ!?」

 

 次いで、さらに2発。

 撃たれた方向からは別方向から、弾丸が飛来する。堪らずしゃがみ込んだが、今度の狙いはさらに正確で、迅の頬を掠めていった。

 狙撃が『別方向』から、次々にこちらを襲ってくる。あり得ない。まるで全方位を狙撃手に取り囲まれているようだった。

 

(やっぱり、こりゃ間違いなく『あの人』が来てるな……)

 

 弾丸の雨に晒され、仕方なく迅は再び太刀川と斬り結んだ。

 

「だめだよ、太刀川さん。体調悪い人を無理矢理連れて来たら。労ってあげないと」

「はて、なんのことだ?」

「つまんないウソつくなあ……ほんとに」

 

 今、この戦いの原因となっている少年の顔を思い浮かべながら、迅は言った。

 はっきり言って、この状況はあまりよろしくない。太刀川との近接戦を嫌って距離を取れば、狙撃に晒される。予知で狙撃はかわせるが、攻撃の密度が濃くなればこちらの『行動』が制限される。なにより、比較的距離を保ちながら戦うべき『風刃』の優位が、完全に殺されていた。

 

(こりゃ、ちょっとばかししんどいかも)

 

 そんな迅の心中を見抜くように、太刀川が薄く笑う。

 

「なんだ? そんなに俺との斬り合いは嫌か?」

「嫌いじゃないけど疲れるね」

「そうか……なら」

 

 太刀川は『風刃』の刃にがっちりと噛ませていた『弧月』を緩め、

 

「お望み通り、ちょいと離れてもいいぞ」

 

 体ごと引いて、迅を受け流した。

 自分から『距離』をとった。

 

(あっと……これは)

 

 太刀川は両腕を胸の前で交差させ、両手の『弧月』を脇に納めるように刃を伏せる。そして、全身全霊の力で再び"引き抜いた"。

 光刃が、唸る。

 まったく同じタイミングで二つの斬撃が、左右同時に、挟み込むようにして迅を襲った。

 自分でも、顔から全ての余裕が消え去ったのが分かった。

 

 読み逃した。

 

 なんとか飛び退き、地面に膝をつく。右腕から漏出する『トリオン』を押さえながら、迅は呻いた。

 

「ちょっと……なに、太刀川さん? 今の攻撃は?」

「はっ……ようやくダメージが入ったな。当然だ。これが、お前を倒す為に俺が編み出した必殺の一撃……」

 

 心底愉快そうに、太刀川は笑って、

 

「『双撃旋空』だ」

 

 はっきりと、宣言した。

 ヤバいな、と迅はあらためて思う。

 本人は絶対に否定するだろうが、自信満々に二振りの刀を握り締める、目の前の20歳の大学生は――

 

 

「さあ、迅。今夜、俺はお前を叩き斬る」

 

 

 ――間違いなくあの馬鹿に毒されている。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 逃げていく龍神をレーダーで追いながら、風間は妙だと思った。

 『カメレオン』は起動中、常に『トリオン』を消費する。風間隊の『戦闘体』の隊服には『カメレオン』による『トリオン』の消費を抑える、独自のカスタムが施されているが、龍神は違う。ただでさえ傷を負い、『トリオン』を失った状態で『カメレオン』を使い続けるのは、無視できないリスクのはずだ。

 

(にも拘わらず、やつは『カメレオン』を使って逃げの一手。嵐山達の方へ向かっているようだが……)

 

 と、風間の予想通りと言うべきか。『トリオン』を温存する為なのか、我慢が利かなくなったのか、『カメレオン』を解除した龍神が、唐突に『旋空弧月』を振るってきた。

 

(勘にしては悪くないが……)

 

 所詮はレーダー頼り。風間は連続して襲いかかってくる斬撃を避けながら、さらに接近する。

 背後からは既に何度も仕掛けている。真横や正面からも、反応次第ではまた防がれるだろう。

 

(真上から殺る)

 

 ブロック塀の上を走っていた風間はそのまま跳躍し、思惑通りに龍神の頭上をとった。

 『カメレオン』を解除。『スコーピオン』を頭部に向けて右腕を全力で振るい、

 

「ッ……!?」

 

 受け止められた。

 

「分かるよ、風間さん」

 

 同意を示す言葉は、しかしこれ以上ないほどに冷たく、

 

「俺も真上からの奇襲は大好きだ」

 

 こちらを見もせずにその一閃を止めた男は顔を上げ、風間に向かって語りかけた。

 驚愕で、思わず目を見開く。

 

(勘だけで……俺がどこから"仕掛ける"のか、読みきったのか?)

 

 受け太刀をした『弧月』を保持しているのは、左手のみ。右手から『スコーピオン』がくる。

 そう判断した風間が、左手の『スコーピオン』を龍神よりもはやく突き立てようとしたのは、決して間違いではない。

 ただ、先ほどの攻防と決定的に違うのは。

 彼の攻撃を受ける側であったはずの如月龍神が、今度は仕掛ける側にまわっていたことだった。

 

「なっ……!?」

 

 風間が見たのは、自分の右手首に深々と突き刺さる、まるで海賊が使う『フック』のように形成された『スコーピオン』

 それは『弧月』を握る龍神の『左手首』から伸びていた。

 『スコーピオン』は軽量かつ出し入れ自由、そして体のどこからでもブレードを『生やす』ことができる特徴を持っている。故に主(メイン)トリガーを扱っている手で、同時に副(サブ)トリガーの『スコーピオン』を使う、という芸当もできる。風間自身もトリッキーな攻撃として使う手のひとつだった。

 まさか、まんまとそれに嵌められるとは。

 

「くっ……!?」

 

 風間の左手の『スコーピオン』が届く前に、龍神は『弧月』を捻り、空中で踏ん張りの効かない彼を斬り払う。その過程でフック状の『スコーピオン』にねじ切られた風間の右手首はかろうじて繋がっていたが、もはや使い物にならないのは明白だった。

 後退し、地面に着地した風間に向けて、龍神は挑発の言葉を重ねて投げる。

 

「頭や急所に伸ばしても、避けられると思ったからな。まずは確実に、右腕を一本もらった」

「……調子に乗るなよ」

 

 腕になんとか皮一枚で張りついているような右手首を、風間は左手の『スコーピオン』で自ら切り落とし、

 

「お前が獲れたのは『右腕』ではなく『右手首』だけだ。半人前め」

 

 その切断面からブレードを伸ばして、龍神に向かって突進した。

 龍神は動かない。『弧月』を構え、風間の接近を待ち構える腹積もりらしかった。舐められたものだ、と思う。

 ――警戒するべきは、三つ。

 『グラスホッパー』による跳躍。

 『テレポーター』による瞬間移動。

 『旋空』を用いた大技。

 

(『テレポーター』の移動先は視界の中のみ。瞬間移動は前方にしかできない)

 

 『グラスホッパー』で後方に跳躍する程度なら、追い縋れる。狙うべきは、もう一度背後からの奇襲。

 あえて姿を晒したまま、真正面から突進した風間は、刃が届くであろうぎりぎりの距離で『カメレオン』を起動した。

 『弧月』を振りかぶっていた龍神の瞳が、驚愕の色に染まる。通常、敵に接近する為に使用する『カメレオン』を、あえて接近してから使用した。敵がこちらの攻撃に慣れてきたのであれば、違う『パターン』を織り混ぜるのは、風間にとっては当然の選択だった。

 隠密(ステルス)モードでは、他のトリガーは使えない。防御も攻撃もできない。そんなセオリーから外れた行動を見て、龍神の剣速は鈍る。

 

「…………チィ!」

 

 風間がいるであろう、ついさっきまではいた空間を、龍神は『弧月』で斬り裂いた。当然のように、手応えは、ない。

 風間は既に龍神の頭上を飛び越え、その背後に着地していた。

 迷う必要はない。龍神の目は、背後の風間を見ることができない。着地と同時に『カメレオン』を解除。振り向き様に、『スコーピオン』を叩き込む。

 熟達し、洗練された、流れるような動作だった。

 

 だからこそ。

 その攻撃がまたしても敵を仕留めるに至らなかったという事実が。

 風間には、信じられなかった。

 腕には、確かな手応えがあった。ただしその手応えは『トリオン体』を突き刺したものではなく、『シールド』を突き破った衝撃だった。

 通常の『シールド』では、ブレードを防ぎきることはできない。ましてや背後全体をカバーするように張った『シールド』は、一撃で砕け散る。が、それでも刃の勢いを、スピードを殺すことはできる。

 

(振り返っての迎撃では、間に合わないと踏んだのかっ……?)

 

 突き出しのスピードが死んだ『スコーピオン』は、龍神の背中には届かず。その背中は刃から逃れる為に、空中に浮き上がっていた。

 『トリオン体』の純粋な脚力で宙返りするようにジャンプした龍神と、それを見上げる風間の視線が、至近距離で交差する。

 そして次の瞬間には、刃も交差していた。

 

「くっ……」

 

 風間が咄嗟に突き上げた『スコーピオン』は、龍神の左肩に食い込み、

 

「ちっ……」

 

 龍神が突き下げた『弧月』は、風間の右目を抉っていた。

 

「……はやいな、反応が」

 

 苦悶の表情を浮かべてそう呟き、龍神は眼下の風間から視線を『外した』

 そして、消える。

 

 ――今度こそ、『テレポーター』か。

 

 距離にして、約30メートル。道路の中央に着地した龍神を片目で見定めた瞬間に、風間は『カメレオン』で姿を消し、突進した。

 ここが、攻め時。

 龍神の左肩に突き刺さったままの『スコーピオン』を見れば、分かる。『弧月』を握る左腕は、あれでは満足に動かない。龍神もそれを理解し、逃れる為に『テレポーター』を使ったのだろう。あの距離を一気に跳べば、次の使用までは時間がかかる。ならば、風間にとっては今が最高のチャンスだ。

 ここで、仕留める。

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に。

 

 風間の足は、唐突に止まった。

 自分の意思で止まったのはではない。止められたのだ。

 足首に、膝に、腕に、胴体に。全身に何かが絡みつき、それ以上の前進が、止められた。

 

 ――バカな。

 

 夜の闇に紛れるように、暗い保護色で編まれたそれらは、いわば『トリオン』で作られた『糸』

 

 ――ワイヤー……『スパイダー』だと?

 

 ちょうど、龍神が『テレポーター』で跳んだ20メートルほどの空間に。

 獲物を捕獲するための罠のように、オプショントリガー『スパイダー』が張り巡らされていた。

 風間は驚くよりも、疑問に思った。

 こんなものを。

 こんなものを『仕掛ける』暇が、一体いつあった?

 

「いけ好かない後輩に、頼んでおいた甲斐があった」

 

 視線の先で、疑問に答えるように開かれた口からは、白い歯が覗いていた。

 この先の方角では、嵐山隊が戦っている。そして嵐山隊には『スパイダー』を使う隊員がいる。

 それが答えだ。

 逃げていたのは、風間をこの場所まで誘導する為。

 突進してくる風間を、立ち止まって待ち構えたのは、背後の空間の仕込みを悟らせない為。

 『テレポーター』で遠距離を跳んだのは、『スパイダー』が張り巡らされた空間を、自分だけは通り抜ける為。

 全てが、この一撃の為。

 風間蒼也は、認めざるを得ない。

 このバカは、

 

「…………ふっ」

 

 馬鹿ではない。

 

「そこか」

 

 ギチギチ、と。

 耳障りな音がした場所に向かって。

 糸が軋む音がした場所に向けて。

 『弧月』を右手に持ちかえた龍神は、全身全霊の『旋空弧月』を叩き込んだ。

 延長されたブレードはその切れ味を存分に発揮して地面を叩き割り、粉塵を舞い上げた。張り巡らされていた『スパイダー』も全てが断ち切られ、ほどけて揺れる。

 

 

「…………やったか?」

 

 

 肩で荒く息をしながら、龍神は呟いた。

 




次回、迅さんVSちょっとパワーアップした太刀川さん、決着。

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