厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二の仲間探し
厨二と加古望 その弐


「どういうことですか!?」

 

 如月龍神は激怒した。かの邪智暴虐な城戸に……とまでは言わないまでも、そこそこ怒ってはいた。

 遠征トップチームと、玉狛、忍田派混成チームが激戦を繰り広げた翌日。龍神はボーダー本部長、忍田真史の執務室を訪れていた。

 部屋の中は忍田の質実剛健な性格を反映してか、機能性を重視したものでまとめられており、きれいに整理整頓されている。正しく『仕事の部屋』といった雰囲気だ。もちろん忍田も部屋を散らかすようないい加減な執務はしていないのだろうが、これは彼の隣で淡々と書類を片付けている本部長補佐、沢村響子の手腕によるものが大きいだろう。

 

(相変わらず、沢村さんは頑張っているな……)

 

 龍神がそんなことを思う間にも、彼女の手は休みなく動いていた。

 沢村響子は8歳年上のデキる上司である忍田真史に惚れている。それを龍神が知ったのには……まあ色々と複雑な事情があるのだが、とにかく「絶対言わないでよ! 絶対だからね!」と顔を真っ赤に乙女の表情で釘を刺されたのが、今となっては懐かしい。あの時は殺されるかと思った。

 今年中に忍田へ想いを伝えることはできるのだろうか……などと思考が他人の色恋沙汰への関心に傾きかけたので、龍神は慌てて頭を振った。

 今はそれよりも、自分の問題だ。

 

「いきなり部隊(チーム)を組め、と言われても……誰と何人で部隊を組むかは、隊員個人の自由のはずでは?」

「確かに理不尽な命令であるとは、私も思う。しかし、これは城戸さんとの取引条件でもあるんだ。いまさら覆すわけにはいかない」

 

 あの冷血眉なしめ。

 内心で毒を吐きつつ、龍神はさらに聞いた。

 

「『本部で』というのも、そういうことですか?」

「ああ。私が玉狛寄りだと思われている現状、お前が玉狛支部に転属するのを城戸派は避けたいんだろう。これに関しては、あちらから譲歩を引き出せなかった私の手落ちだな。すまない」

 

 30代前半とは思えない精悍な顔つきの忍田が、困ったような表情を見せるのは珍しかった。

 本部長を困らせるんじゃない、的な沢村からの視線が厳しい。が、龍神はめげずに反論した。

 

「いくらなんでも、2月までというのは無茶過ぎます」

 

 今はもう12月中旬。ランク戦は2月1日から始まる。長く見積もっても、年を跨いで1ヶ月と少ししかない。

 

「1月8日には『正式入隊日』だ。C級から有望そうな人間を選んで、風間のように引き抜いてもいい」

「しかし、1ヶ月でB級まで上がるような新人が何人もいるとは限りません」

 

 ボーダーに入隊する隊員は、まず『C級』と呼ばれる訓練生になる。訓練用トリガーには『トリガー』がひとつだけセットされており、その『トリガー』のポイントを『4000』まで上げることが、正隊員である『B級』に昇格する条件だ。ポイントは基本的に『1000』からスタートし、合同訓練や個人ランク戦を通じて稼いでいく。

 例外として、入隊時に高い成績を出した隊員は高ポイントからスタートすることができる。例えば木虎は3600ポイントからスタートしており、すぐに『B級』に上がると嵐山隊の新エースとして名を轟かせた。無論、木虎以外にも緑川や双葉といったスーパールーキーの実例はいるが、それでも1ヶ月で『B級』まで上がる隊員は希である。そんなに都合よく『強いヤツ』が入ってくるとは、龍神には思えなかった。また、仮にそんなルーキーがいたとしても、チーム結成の誘いに乗ってくれるとは限らない。

 やはり、この命令はめちゃくちゃなのだ。

 不満そうに顔をしかめている、木虎と同じ『1ヶ月でB級まで上がった隊員』に対して、そもそも、と忍田は言葉を続けた。

 

「お前ほどの実力があれば、欲しがる部隊はいくらでもいるだろう? 部隊を作るよりも、どこに入るかを考えた方がはやいと私は思うが?」

「それは……そうですが」

 

 途端に歯切れの悪くなった龍神を見詰めて、忍田は大きく溜め息をつく。

 見ていられなくなったのか、彼の背後で事務作業を続けていた沢村も会話の補佐に入ってきた。

 

「いい加減、如月くんもチームを組む時が来たってことよ。むしろ今までずっと『個人(ソロ)』だったのがおかしいくらいなんだから、観念なさい」

「沢村さん……」

「沢村くんの言う通りだぞ。お前もいつまでもふらふらしているわけにはいかんだろう。身を固めることを真剣に考えろ」

「ひゃっ……!?」

 

 響いた声は小さな悲鳴。同時に、纏めかけていたのであろう書類が床に散らばった。やや驚いた様子で、忍田が振り向く。

 

「大丈夫か、沢村くん!?」

「だ、大丈夫です! 失礼しました!」

「ならいいが……拾うのを手伝おう」

「す、すいません!」

 

 あたふたと赤面しながら書類を拾う沢村と、自分からしゃがみ込んでそれを手伝う忍田。流石、年下の部下のハートを掴んで離さない上司は、こういったふとした行動から人間性が滲み出ている。しかし一緒に書類を拾い集めながら、龍神は沢村に対して深く同情した。

 意識して言ったわけではないのだろうが、先ほどの忍田の発言には『いつまでも』だの『ふらふら』だの『身を固める』だの、未婚の女性に対するNGワードが詰め込まれていた。ましてや今は年末。もうすぐお正月。里帰りの時期だ。

 やっぱり、実家に帰ると色々言われるのだろうか……と。肩を震わせている沢村を見ると、考えずにはいられない。

 

「沢村くん、休憩にしよう。お茶を淹れてくれるか?」

「は、はい。すぐに!」

 

 気の毒なことに、声まで震えている。彼女の心中は如何ばかりか。

 

「如月、お前も一度座れ。これからのことを、少しじっくり話そうじゃないか」

 

 当の忍田はといえば、完全に太刀川を叱る時のお説教モードになって龍神を見ていた。これだけ部下を気遣ってくれるのだから、後ろの女性を気遣ってあげてください、と言うのは野暮なのだろうか?

 戦闘でも指揮でもあれだけキレッキレだというのに、どうしてここまでニブいのか。龍神には不思議でしょうがなかった。

 ともあれ、忍田の説教が長いのは太刀川の尊い犠牲によって実証済みであるし(もちろんdangerをダンガーと読むあの大学生に問題があるのだが)、カクカクとした挙動でお茶を淹れている沢村も見ていられないので、龍神はソファーには座らずに言った。

 

「お気遣いは有難いのですが、今日は失礼します。2月1日が期限となれば、はやめに動いた方がいいでしょうし」

「そうか。やる気になってくれたのなら、なによりだ。そういうことなら引き留めはしない。がんばれよ」

「はい。失礼します」

 

 せめて、2人きりでお茶の時間を。

 扉を開け、退室間際にちらりと後ろを見ると、沢村が小さくガッツポーズを取っていた。

 哀愁漂うあの背中を見ると、やはり思わずにはいられない。

 

 ――忍田さん、はやくもらってあげてください。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そんなわけで。

 忍田への直談判が失敗し、龍神はやや気落ちしながら廊下を歩いていた。

 今からでも命令をなかったことにできるかもしれない、と淡い期待を抱いて非番の日に本部まで出向いたというのに、結局は無駄骨だった。相変わらず、沢村の恋路が一向に進んでいないことを確認しただけである。どうせ進展していないのだから、確認するだけ無駄である。

 直属の上司に言って駄目となると、別の方法を模索しなくてはいけないのかもしれない。具体的には、派閥の壁を乗り越える必要がありそうだ。

 

「……最近遊びに行ってないし、頼みに行ってみるか」

 

 考えを呟いて、顔をあげる。目的の場所に行くには、次の曲がり角を右へ行く方が近道だ。ボーダー本部の中は複雑な構造になっており、近未来的、というかSFチックな廊下が長く続いているので、道に迷いやすい。龍神も慣れるまで、随分と時間が掛かった。

 

「…………ん?」

 

 が、廊下が広く長いということは、見晴らしが良いというわけで。

 龍神は正面からずんずんと近づいてくる、2人の人物の姿を捉えた。

 

「あら、奇遇ね。如月くん」

 

 出やがったなファントムばばあ、などと影浦のような恐れ多いことは言えないので、龍神は普通に挨拶した。

 

「どうも、加古さん。双葉も一緒か」

「こんにちは、如月先輩」

 

 加古の隣の双葉も、ペコリと頭を下げた。

 2人は今日は非番らしく、隊服やエンブレム入りのパーカーではなく、私服姿だった。加古はオシャレな女子大生らしい、シャツにカーディガンを合わせたパンツルック。いつも不思議に思うのだが、なぜかセレブオーラが漂っている。別に老けて見えるという意味ではない。

 双葉はハイネックのセーターにチェックのスカートと、こちらの方が女の子らしい服装をしていた。こうして目の前に並んでいるのを見ると、年の離れた姉妹のようだった。

 

「ふっ……こうして見ると姉妹みたいだな」

 

 『年の離れた』という余計な一文をごっそりカットしつつ、龍神は言った。

 

「あらあら。私達姉妹みたいだって、双葉。どうする?」

「私は嬉しいです」

「ふふっ……」

 

 加古と双葉が目を合わせて笑う。仮に「親子に見える」などと口を滑らせたらどうなるのだろうか、と一瞬考えたが、ロクなことにならないのが確実そうだ。

 二、三言、言葉を交わして、龍神は片手を上げた。

 

「では、俺は行くところがあるので失礼する」

「あ、それは駄目よ」

 

 がっしりと。

 加古の細い指が龍神の右腕に食い込んだ。

 

「……は?」

「逃がしません」

 

 双葉も左腕を掴み、龍神を上目遣いに見上げた。

 傍目から見れば、右手に美女、左手に美少女の両手に花状態なのだろうが、しかし龍神の背中には冷たいものが走り抜ける感覚があった。

 何故だろう。嫌な予感がする。

 

「聞いたわよ、如月くん。次のランク戦シーズンまでにチームに入らなくちゃいけないそうじゃない?」

 

 にんまりと笑い、あっさりと加古は言った。

 

「な……? 誰からそれを?」

 

 龍神は驚愕した。あの命令のことは、まだ誰にも話していない。知っているのは自分と迅、上層部の人間、それに……

 

「太刀川くんから聞いたわ」

 

 いた。バカが1人いた。

 龍神の脳裏に、腹を抱えてゲラゲラ笑っているひげ面が浮かび上がる。

 確かに昨日の夜、あの場には太刀川と風間もいた。風間は「お前もチームで戦う時が来たということだ」と真っ当なことを言っていたが、太刀川はニヤニヤしているだけだった。

 まさか、こんなかたちで仕返しを受けるとは。

 

「太刀川くんが散々広めてるわよー。如月龍神は上層部からチームに入るように釘を刺された。引き抜くなら今だ、ってね」

 

 あの野郎、絶対に叩き斬ってやる。

 龍神がそんな決意を新たにする中、加古はさらに両手で腕を掴んできた。

 

「と、いうわけで」

 

 なにが「と、いうわけで」なのか、まったく分からないが、離す気がまったくないのはよく分かった。手を握るわけではなく、腕を掴みにきているのが、またこわい。

 冷や汗が流れはじめた龍神に、加古は微笑みかける。

 

「今までは気楽なソロ生活でよかったかもしれないけど、上から命令じゃ仕方ないわよね。ここはやっぱり、前々から勧誘を続けてきたウチに入るべきじゃないかしら?」

「いや……しかしだな、加古さん。加古隊は女子だけのガールズチームだろう? そこに俺が入るというのは……」

「如月くんの為ならガールズチームの看板を降ろすこともやぶさかではないわ。そもそも特に拘りがあるわけでもないし」

 

 染められたロングの髪が、顔の前で揺れる。

 

「イニシャル『K』縛りは満たしているから、問題なし! むしろ大歓迎よ。ねぇ、双葉?」

「はい、歓迎です」

「いや……それでも男1人というのは……」

 

 なおも拒絶の意思を示す龍神に、加古は形のいい眉を潜めて、

 

「もう、如月くんは一体何が不満なの? こんな美少女2人に勧誘されているのに……」

 

 『美少女』にはツッコむべきなのだろうか。

 

「だからそういう問題ではなく……」

「なるほど。男1人だけでハーレムになるから、他の隊員から嫉妬を受けるのがつらいのね! 大丈夫、私がいくらでも庇ってあげるわ!」

 

 駄目だ。やはりこの人は、人の話を全然聞かない。

 これ以上話しても話にならないと判断し、

 

「すまない、加古さん。俺はチームに入る気はないんだ」

 

 一応、詫びの言葉を入れて、

 

「悪いが、これで失礼する」

 

 龍神は加古の前から、忽然と姿を消した。

 

「へっ……?」  

 

 握り締めていたはずの手のひらを開いて、加古は目を白黒させた。

 隣の双葉が、咄嗟に周囲を見回す。

 

「加古さん! あっちです!」

「え?」

 

 双葉が指差した方向を見ると、廊下を猛ダッシュする龍神の後ろ姿が。

 そのスピードを見て、加古はようやく理解した。

 

「なるほど……『トリオン体』だったのね」

 

 『トリオン体』もとい『戦闘体』は『トリガー』をオンすると、基本的には登録してある隊服に服装が変更される。だが、普段着のままでも換装は可能であり、服装や髪型の設定などは意外と自由に調整できるのだ。玉狛支部の小南などは『戦闘体』を昔の髪型で登録しており、換装するとロングヘアからショートに変わり、がらりと外見のイメージが変化する。

 要するに龍神は、加古と会った時から既に『トリオン体』だったということだ。目の前からいきなり消えたのは『テレポーター』を使ったのだろう。

 

「なんて往生際の悪い……どうやらなんとしてでも、私達から逃げたいようね」

 

 もしかして先約でもあるのかしら、と加古は首を傾げる。

 

「……残念です」

 

 しょぼん、と双葉がツインテールを揺らして肩を落とす。加古は目を細めて、かわいい後輩の頭に手を置いた。

 

「なに言ってるの、双葉? このまま逃がすなんて言語道断。こういう時に諦めがはやいのはダメよ。女はもっと強欲に生きないと」

 

 そう言って、加古は懐から細長い棒状の物体を取り出した。

 

「いくわよ、双葉」

「っ……はい!」

 

「「トリガー、オン!」」

 

 無駄に気合いの入った2人の声は、凛と廊下に響き渡った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 加古達の視界から逃れた段階で『バッグワーム』を起動し、レーダーステルス状態で廊下を疾走していた龍神は、前方に見えた目的地の扉に頭から転がり込んだ。

 もんどりうって体を転がし、どうにか止まったところで『トリガー』をオフ。顔をあげると、ちょうど目の前に龍神がボーダーという組織の中でもっとも敬愛する人物が、呆気にとられた表情で立っていた。

 龍神は言った。

 

「追われている! 匿ってくれ、鬼怒田さん!」

「アホかキサマはぁ!」

 

 返事は、怒声とチョップだった。

 

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