厨二なボーダー隊員   作:龍流

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※単行本未収録の設定があります。話の本筋に関わるものではありませんが、ネタバレを避けたい方はご注意ください。


厨二と鬼怒田さん

「い、痛い……手加減してくれ、鬼怒田さん! 今の俺は『トリオン体』じゃないんだから!」

「うるさい! そんなことは分かっとるわい! わしは分かってやっとるんだ! 叩けばお前の馬鹿な頭も少しは治るかもしれんからな!」

 

 大袈裟に頭を抱えている龍神に向かって、鬼怒田は唾が飛びそうな勢いでまくし立てた。

 チョップをされても、馬鹿な頭と言われても、龍神は鬼怒田には逆らわない。

 

 如月龍神にとって、鬼怒田本吉は神にも近しい存在だからである。

 

 年は48歳。生まれは7月14日。身長は161センチ。体重は多分重い。星座はつるぎ座のB型。好きなものは家族と仕事とカップ麺と散歩。

 プロフィールを諳じて言えるほど鬼怒田に心酔している龍神ではあるが、確かに彼の外見の印象はお世辞にも良いとは言い難い。一見、冴えないハゲかけのチビでデブの偉そうなおっさんだ。

 しかし逆に言えば、人を見かけで判断してはいけない、という言葉がこれほど似合う人間もいないはずだ。

 ゲート誘導システムの開発、本部基礎システムの構築、ノーマルトリガーの量産、小型トリオン兵『ラッド』の解析とそれを探知するレーダーの開発、遠征で新しく入手したトリガーの解析、遠征艇の開発、トラップシステムの開発……鬼怒田の功績は枚挙にいとまがない。

 ぶっちゃけ、仕事し過ぎなレベルである。

 有能。それも超がつくレベルで有能なボーダーのトリガー技術の第一人者。それが、鬼怒田本吉という男なのだ。

 鬼怒田のことを偉そうで威張っていると言う隊員が時々いるが、龍神はまったくそうは思わない。そんなことを言う連中は馬鹿である。

 彼らは一体、誰のおかげで自分達が戦えると思っているのか?

 鬼怒田がいなければノーマルトリガーの量産は出来ず、通常兵器が通用しない近界民と戦うことすらままならなかったのは、少し考えれば容易に分かることだ。

 偉そうにして当たり前。むしろ偉いのだから、敬うのが当然というもの。

 だから龍神は、鬼怒田への感謝の気持ちを決して忘れない。

 まさしく神様、仏様、狸様……ボーダーは鬼怒田の銅像でも立てて、崇め奉るべきだろう。

 要するに、鬼怒田さん超スゴい。

 そんなわけで、龍神の思考回路は基本的に鬼怒田の行動を好意的に解釈するようになっている。故に龍神は、一瞬考え込むように顎に手を当てると、

 

「成る程……つまりこれは鬼怒田さんから俺への『愛の鞭』ということだな。ならば、甘んじて受けようじゃないか!」

「ならもう一発受けておけぇい!」

 

 まったく反省の色が見えない馬鹿の脳天に向かって、鬼怒田は再びチョップを振り下ろす。

 古いテレビは叩けば直るが、若い馬鹿者は叩いても叩いても、一向に治る気配がなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 思い返してみれば、鬼怒田本吉の如月龍神への第一印象は、決して悪いものではなかった。

 ある日の午後、いつも通りに仕事に励んでいた鬼怒田は自分に会いたいと言う『B級隊員』がいると聞き、面会の時間を作った。

 

「如月龍神? 誰だそいつは?」

 

 鬼怒田の役職は本部開発室長。隊員達の命を預かる『トリガー』開発の、いわば総責任者だ。だからこそ、正隊員である『B級』の名前と顔くらいは一致させて覚えていた鬼怒田は、記憶にない名前に首を傾げた。

 

 

「なんでも最近『B級』に上がった子みたいですよ。最初の対近界民戦闘訓練の記録は木虎ちゃんよりも上で……えーっと『4秒06』みたいですね」

「なにぃ!?」

 

 チーフエンジニアである寺島雷蔵から渡された個人データを見て、鬼怒田は思わず目を剥いた。

 実物よりもやや小型化した『バムスター』が相手とはいえ、入隊したばかりの隊員なら最初の記録は『1分』を切れればいいところ。むしろ『1分』を切れる隊員は、優秀な部類に入る。

 ましてや10秒台を切れる隊員は、即戦力のトップエース。A級入りや個人ランカーになる可能性も充分に有り得るほどだ。

 

「不覚だったわい。そんな優秀な隊員を見逃しておるとは」

「自分もよく知りませんけど、噂だと随分個性的な子らしいですよ」

「個性的?」

「…………室長は、『厨二病』という言葉はご存知ですか?」

 

 雷蔵の口から発せられたそのワードは、鬼怒田にはまったく縁のないものだった。

 

「ちゅ……なんだそれは? 病気か?」

「ええ、まあ。そんなようなものです。精神的な疾患とでも言いますか……」

 

 遠い目で「自分にも覚えがあります」などと語る雷蔵に送り出され、鬼怒田はその隊員が待つ会議室へと向かった。

 思えばこの時、自分とは年が離れたこの部下に『厨二病』とは何か、ということを詳しく聞いておけば、鬼怒田とその隊員の関係はまた違ったものになっていたかもしれない。

 扉を開けると、なぜかブラインドカーテンに指を突っ込み、窓から外の景色を眺めている少年がいた。

 ほどほどの長身にぼさぼさの黒髪。イケメンで通っている嵐山ほどではないにしろ、一般的には"整っている"部類に入るであろう顔立ちだ。

 

(ふん……いけ好かない顔をしとるな)

 

 クール。もしくはすまし顔とも言える表情に、鬼怒田は一瞬嫌悪感を覚えたが、その印象は数秒ももたずに崩れ去った。

 

「もしや……貴方が! ノーマルトリガーの量産に尽力した、鬼怒田本吉さんですか!?」

 

 こちらを振り向いたその少年が、いたく感激した様子で両手を握ってきたからだ。

 開発室の仕事は基本的に裏方である。C級隊員などからは『なんか偉い人』という接し方ばかりされてきた鬼怒田にとって、彼の反応はとても新鮮なものだった。

 

「お、おぅ!? 確かにわしが鬼怒田だが……」

 

 突然の出来事に反応が追い付かず、鬼怒田はなされるがままに握られた手を振っていたが、

 

「む……これは失礼」

 

 一方的に握手をしたことが無礼に当たると考えたのか、少年は慌てて手を引っ込め、一礼する。

 

「お会いできたのがあまりにも光栄でつい……はじめまして、俺は如月龍神といいます」

「あ、ああ。話だけなら聞いておる。撃破記録4秒台を出したそうじゃないか。優秀だな」

 

 本当はついさっき聞いたばかりなのだが、ややリップサービスをきかせてそう言うと、少年――龍神はさらに感激したように身悶えた。

 『変わっている』というのは、こういうところなのだろうか?

 

「そんな! 自分が出した記録など、大したことはありません! 使ったのは鬼怒田さんが量産した『トリガー』です! 鬼怒田さんが『トリガー』を量産してくれなければ、俺は異世界からの侵略者と戦うことができませんでした。本当に鬼怒田さんはすごいと思います! 尊敬しています!」

「お、おう。ありがとう」

 

 あまりの勢いに、鬼怒田は堪らず一歩下がった。が、その分だけ目の前の少年は詰め寄ってくる。

 

「俺は『弧月』を使っているのですが、他の『トリガー』も興味を引かれるものばかりで……特に『旋空』は素晴らしい! 瞬間的にブレードを拡張! 飛ぶ斬撃が撃てるなんて、まるで夢のようで――」

     

 龍神は大袈裟に手を広げながら、早口で鬼怒田が作った『トリガー』を誉め讃えた。

 どうしてここまで称賛されているのか。鬼怒田にはよく分からなかったが、素直に尊敬の気持ちを伝えられて、悪い気分になる人間などいない。

 

「ふ……ふむ。若いくせに、なかなか分かっておるじゃないか。見所がありそうだな、きみは」

「鬼怒田さんにそこまで言って頂けるなんて、感激です!」

 

 ――訂正しよう。

 

「もしも『トリガー』について困ったことがあれば、いつでも開発室を訪ねてきなさい」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 最初は。

 本当に最初は、鬼怒田の如月龍神への印象は、最高に近いものだったのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そもそも、どうしてお前は1週間に1回は開発室にやってくるのだ!?」

「鬼怒田さんに会いたいからに決まっているだろう!」

 

 それが今では、この有り様である。

 龍神の鬼怒田に対する尊敬の念はあの頃から少しも変わっておらず、むしろ日に日に増しているほどなのだが、いかんせん鬼怒田の龍神への態度が、最初に出会った頃とは真逆になっていた。

 

「わしは顔も見たくないわ! 呼びもしないのに来るんじゃない!」

「だが、いつでも来い、と言ってくれたのは鬼怒田さんだろう?」

「お前は社交辞令も分からんのか!?」

「ふっ……俺と鬼怒田さんの仲だ。社交辞令だなんて、そんな水臭いことを言わないでくれ」

「今すぐ帰れ!」

 

 さすがの鬼怒田もタイムマシンは作れないが、もしも過去に行くことができたとしたら、とりあえずこの馬鹿にそんなことを言った自分を一発ぶん殴りたい。

 龍神と関わるようになってからますます薄くなった気がする頭をかきむしり、鬼怒田はドアを指差した。

 

「大体いつもいつも……なぜ飛び込んで入ってくる必要がある!? 普通にドアを開けて入れんのか!?」

「鬼怒田さんに新鮮な驚きを届ける為に、俺は常にダイナミックな入室方法を模索している」

「そんなサプライズはいらん!」

 

 ブレない。というか、この少年は出会った頃から少しも変わっていない。

 逆に、色々と悪化している気がする。

 鬼怒田は再び溜め息を吐いた。

 この馬鹿の性格が『個性的』という言葉で片付けるには少々問題がありすぎることに気がついたのは、いつだったか。

 鬼怒田と会ってから龍神は毎日のように開発室に通うようになり、『トリガー』に関して様々なことを質問してきた。思い返せば、まだこの頃はきちんとドアをノックして入室していたのだ。この時期にしっかり"しつけて"おくべきだったと、今さら悔やんでもあとの祭りである。

 何が悪かったのかと言えば、鬼怒田の対応が悪かった。

 まるで子犬かなにかのように自分になついてきた龍神を、鬼怒田は隊員個人へのえこひいきにならない範囲で、散々に甘やかしてしまった。離婚によって娘と離れていた寂しさもあり、『息子』とまでは言わないまでもそれに近い感覚で可愛がってしまったのは、もはや否定できない事実である。

 

 ――鬼怒田さん、肩を揉みましょうか!?

 ――鬼怒田さん、カップラーメン持ってきましたよ!

 ――鬼怒田さん、たまには運動しましょう! 散歩しましょう、散歩!

 

 仕方なかったのだ。自分の話を常に笑顔で聞き、徹夜明けにはカップメンを差し入れてくれる。そんな息子のような年の隊員に、好感を持つなという方が無理な話だ。

 さらに言うなら、『トリガー』の性質を深く知ろうとする姿勢は技術者から見れば大変好ましいものだったし、龍神は開発室の面々とも個々に親交を深めていった。

 

「あ、そうだ。雷蔵さんに借りていた映画を返さなければ……ありがとう、お借りしました」

「ああ、まだ返さなくてもよかったのに。どうだった? おもしろかったかい?」

「Hasta la vista Baby!」

「「イエーイ!」」

 

 ご機嫌にハイタッチを交わす、龍神と雷蔵。

 今となっては、チーフエンジニアともこの仲である。

 

「えぇい……それで今日は何の用だ? またいつもの下らん『必殺技』の開発か!?」

 

 そのまま映画の品評会をはじめそうな2人の間に割り込んで、鬼怒田は吠えた。

 まるで空気のように開発室に馴染んでいく龍神に対して、鬼怒田が最初に違和感を抱いたのは、彼の口からとある願望を聞いた時である。

 

 ――鬼怒田さん、俺……必殺技が欲しいです。

 

 この発言を「なにを阿呆なことを言っとる!」と、一蹴しておけばよかったのだろうが、まだ龍神に対して甘かった鬼怒田はそのアイディアを真剣に聞き入れ、あろうことか実験につき合ってしまった。

 おそらく、ここが第二のターニングポイントだったのだろう。

 『旋空』を利用した『突き』というオリジナリティー溢れる『必殺技』を会得した龍神は、これに味を占めてしまったのか……元々そういう『かっこいいもの』に憧れる性質ががさらに悪化してしまい、やたらと無茶な提案をすることが増えていった。

 『旋空』で『弧月』を13キロメートル伸ばしてくれだの、『弧月』から『アステロイド』を撃てるようにしてくれだの、その程度はまだ序の口。雷蔵が貸し出したロボットアニメに触発され、「ドリル型の近接戦闘用トリガーを作ってくれ」などと言い出した時は、本当に真正面から張り倒してしまったほどだ。

 が、その馬鹿らしい提案を試す為の実験が、意外にも開発室のデータ蓄積に大いに貢献しているのは、認めるしかない事実である。技術者にとって、モチベーションが高いテスターは得難いもの。独創的な『トリガー』の活用法を提案し(時々本当にバカらしいものが混じるとはいえ)、自分から嬉々として実験に協力する龍神を止める理由はなかった。

 『旋空』による『弧月』の延長の耐久限界や、『スコーピオン』を刀剣以外の武器に成形した際の有用性など、今や開発室の側からしてみても、龍神を便利な実験要員として使ってしまっている節がある。

 要するに、いなくなられると困る人材になりつつあるのだ、この馬鹿は。

 そんなわけで龍神と鬼怒田の関係は、鬼怒田がグチグチと文句を言うようになった以外は特に変わらず、今日に至っている。

 

「いや、今日は『トリガー』関連の相談ではないんだ」

「なにぃ? ならば何の用だ?」

「ああ。昨日の『黒トリガー争奪戦』のせいで、城戸司令にチームを組むことを強要されてしまって……すごく困っている。なんとか鬼怒田さんから城戸司令に、命令を取り下げるように頼んで貰えないだろうか?」

 

 虎の威を借ることに失敗した龍神が、ボーダーの青い狸とも言える鬼怒田に助けを求めるのは必然だった。

 しかし、鬼怒田からしてみればそれは聞けない相談だ。

 

「そうだ! お前が玉狛側についたせいで、こちらの計画はめちゃくちゃになってしまったわい! この裏切り者めが!」

「そんな冷たいことを言わないでくれ! 鬼怒田さんなら城戸司令を説得できるだろう!?」

「バカモンが! わしはそもそも城戸司令の命令には大賛成だ! お前はいい加減にチームを組め!」

「なっ……俺を裏切るのか!?」

 

 ガーン、とやたらショックを受けた様子の龍神に向かって、鬼怒田は指を突き出した。

 

「まったく……いいか!? お前もチームを組んで『A級』に上がれば、自分の『トリガー』を自由にカスタマイズできる! 今のように『弧月』の色を変えるだの、鍔をつけるだの、そんなせせこましいマイナーチェンジではなく、もっとお前に合った改造を開発室でしてやることができるのだ!」

 

 鬼怒田の言葉通り、『A級』に上がった隊員は特典として、『ノーマルトリガー』をより自分好みに改造することができる。玉狛製のようなワンオフ品とまではいかないまでも、隊員の個性をより発揮できる独自のカスタマイズだ。

 

「認めたくはないが、お前の『トリガー』に関する発想や着眼点は、大いに興味深いものがある! それを活かすためにも、とっととチームを組んで『A級』に上がってこい!」

「……鬼怒田さん」

 

 ショックのあまり床に膝と両手をついていた龍神は、呆然と鬼怒田の顔を見上げた。

 

「ふん! もしも『A級』に上がれたら、わし自らお前の『トリガー』のカスタムを手掛けてやる。有り難く思え!」

「鬼怒田さん……ああ、鬼怒田さん!」

 

 龍神はわなわなと震え、それでもゆっくりと立ち上がり、鬼怒田に向けて言った。

 

 

「やっぱり、鬼怒田さんはツンデレだな!」

 

 

 ――ちょうどその時。

 ボーダー外務営業担当である唐沢克己が、開発室のドアを開いたのだが、

 

「失礼。鬼怒田開発室長、来年度の予算の件なんですが……」

 

 

 

「誰がツンデレじゃあ!? このドアホウがぁああああ!」

 

 

 

 部屋に入った彼が最初に耳にしたのは、鬼怒田の口から飛び出したとは思えない単語と、ボーダー本部の全フロアに響き渡るのではないかというレベルの凄まじい怒声だった。

 その声量には、さすがの唐沢も冷や汗を流さずにはいられなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なるほど、そういうことだったのか」

「はい。鬼怒田さんも『ツンデレ』の意味は知っていたみたいです」

「……はは」

 

 「誉め言葉のつもりだったんですが……」と首を傾げる龍神に、唐沢はやや苦い笑みを浮かべた。

 場所はうって変わって、ボーダー本部内に多数ある会議室のひとつ。文字通り鬼のような怒りが鎮まる気配のない鬼怒田から逃げ出した龍神は、今度は別の上層部の人間に話を聞いて貰っていた。

 

「ブラックでよかったかな? 俺の奢りだ」

「いただきます」

 

 お礼を言いつつ、龍神は唐沢から缶コーヒーを受け取る。龍神がプルタブをあけて口をつける間に、唐沢は懐から取り出した煙草に火を点けた。

 

「まあもちろん、我々『城戸派』としてはきみを戦力として遊ばせておく手はない、と考えているよ」

 

 何の前置きもなく、いきなり本題だった。

 唐沢克己はボーダーの外務営業部長。組織運営の為の資金調達を一手に引き受けている、かなりの『やり手』である。その辣腕ぶりは、5年前まで『悪の組織』で働いていたと噂されるほどだ。

 彼がそういう大人なのは理解しているつもりだったし、覚悟していたつもりだったが、それでもその話の切り出し方には少々面食らってしまう。龍神のそんな気持ちを見透かしてか、唐沢は肩を竦めてみせた。

 

「忍田本部長から聞いているだろうが、『本部で』という条件はそういうことだ。きみに『玉狛』に行かれてしまうのは、やはり困る。汚い大人の思惑と言ってしまえばそれまでだが、まあ当然と言えば当然の条件だな」

 

 煙と一緒に吐き出されたのは、嘘偽りのない本音なのだろう。

 

「だが、さっきの鬼怒田さんの言葉が嘘ってわけじゃない。きみの実力を上層部が高く評価しているのは事実だし、それを今よりも活かしたいと思っている。俺たちの都合に転がされているようで、きみからしてみれば癪に触るのかもしれないが……チームを組むのはそんなに嫌かい?」

「……嫌、というわけではありません」

 

 表情が苦くなってしまったのは、コーヒーの味のせいではない。

 龍神は唐沢を見詰めて、躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 

「ただ、俺には目標があります。『太刀川慶』を倒す、という目標が……それを為し遂げるためだけに、俺は今日まで剣を振るってきました」

「……きみはどうして、そこまで太刀川くんに拘るんだ?」

「…………俺は」

 

 椅子から立ち上がり、龍神はブラインドに指を突っ込んで窓の外を見る。

 過去を振り返り、回想するためには必要な動作である。

 

 ――あの日。

 

 太刀川に弟子入りをあっさり断られ、失意の底に沈んでいた龍神は、夕暮れの川原で1人の男と出会った。

 黒いスーツに身を包み、余裕ある大人の雰囲気を醸し出している男だった。川原で体育座りをしていた少年に、どうして彼が興味を示したのかは分からない。ほんの気紛れだったのかもしれない。

 けれども彼は、スーツが汚れるのも構わず、龍神の隣に体育座りで座り込み、悩みを親身になって聞いてくれた。

 そして、彼は言ったのだ。

 

 ――ならばきみは、その男の『ライバル』になりなさい。

 

 彼は粛々と語った。

 ライバルと競い合えば、お互いの技術を高めることができ、毎日の生活にもハリが出る。

 ライバル関係を意識することで『シビアな勝負の世界に生きる男のかっこよさ』が自然に身につき、同性には一目置かれ、女性にはモテる。

 かっこいいことをするたびに「さすがわがライバル……」と言ってもらえたり、さらにはライバルと渋い『ニヤリ』を交換したり、ライバルの危機に高い所から颯爽と現れたりすることもできるのだ、と。

 

「彼の話を聞いて、俺は太刀川の『ライバル』になることを決意しました」

「……ところでつかぬことを聞くけれど、その男は名前は名乗らなかったのかい?」

「はい。ただ『通りすがりの紳士』とだけ言い残して去ってしまいました……名前を聞けなかったのが、今でも心残りです」

 

 何故か、唐沢は軽く頬をひきつらせた。

 

 

「……どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。話を戻させて貰うけど……つまり、きみは目標を達成するまでチームを組む気はない。そういうことかい?」

「……そう思っていました」

 

 過去形の返答に、唐沢は片眉を釣り上げた。

 

「いました、ということは?」

「さっき、鬼怒田さんに言われてしまったんです。チームを組んで『A級』に上がってこい、と」

 

 龍神はブラインドから指を抜き、唐沢の方を振り向いた。

 その表情に、もう迷いはない。

 

「あんなことを言われて、チームを組まないわけにはいきません」

 

 唐沢は思う。

 こいつ、鬼怒田さんのこと好き過ぎだろ、と。

 

 

「唐沢さん。俺、個人(ソロ)隊員は卒業します!」

 

 

 龍神は唐沢の目を見据えて、はっきりと宣言した。

 本人にその意思が芽生えたのなら、これ以上言うことはない。唐沢は静かに頷いた。

 

「……そうか。まあ、なにはともあれ、決断してくれたのならよかったよ」

「はい」

「チームで戦うことは、きみにとっても必ずプラスになる。俺が保証しよう」

「それは経験談ですか?」

「もちろん。俺はラグビーやっていたからね」

 

 タバコを揉み消し、立ち上がりつつ、唐沢は言った。

 心底安心したように。

 

「いや、決断してくれて本当によかった。これで俺の『仕込み』も無駄にならなくて済む」

「…………はい?」

 

 突然出てきた『仕込み』という言葉。

 その意味が分からず首を傾げる龍神に対して、唐沢は薄く笑ってドアを開いた。

 

「あとは隊員同士で、仲良く相談してくれ」

 

 ぞろぞろ、と。

 会議室に入ってきたのは、言うまでもなく見覚えしかない隊員達だ。

 龍神は自分でも、顔の表情が驚きで固まっているのが分かった。

 

「話は聞いたぞ、如月。うちに入れ」

「落ち着け、荒船。はやいぞ、気が」

 

 荒船隊隊長、荒船哲次。倒置法、穂苅篤。

 

「おいコラ荒船! ぬけがけしてんじゃねぇ! 如月をとるのはウチだ!」

「まあまあ。落ち着いてください、諏訪さん。これから、ちゃんと話し合うんですから」

 

 諏訪隊隊長、諏訪洸太郎。同じく諏訪隊銃手、堤大地。

 

「間に合ってよかったね、くまちゃん」

「あ、あたしは別にどうでもいいけど……まあ、確かに戦力としては悪くないし」

 

 那須隊隊長、那須玲。同じく那須隊攻撃手、熊谷友子。

 

「まったくもう……必死に追いかけていた私達が馬鹿みたいね」

「追い付く自信はあったんですけどね」

 

 ファントムばばあと、黒江双葉。

 龍神と面識があり、普段から親しくしている隊員達に加え、

 

「いいや……この場にいる皆さんには悪いが、如月くんはうちが取らせてもらおう!」

「う、うちのチームにも来て欲しいです! 特に、オレ達は2人だから……」

 

 間宮隊隊長、間宮(多分)に、茶野隊隊長、茶野真まで入ってくる。

 会議室の席は、あっという間に埋まってしまった。

 

「か、唐沢さん!? これはどういう……?」

「わるいな、如月くん。俺は何をするにしても『保険』はかけておきたいタイプなんだ。もしかしたら、きみがまた逃げ出してしまうかも、と思ったのでね」

 

 言いつつ唐沢は、スマートフォンの画面を龍神に見せた。

 一斉送信されたと思われるそのメールの文面は、いたって簡素なものだった。

 

 如月龍神と交渉したい部隊の隊員は、第七会議室に集合。

 

 龍神は頭を抱えて天井を仰ぐ。

 やはり、唐沢の方が一枚上手だったということか。

 

「謀ったな……唐沢さん!?」

「ははは……いやでも、個人(ソロ)隊員は卒業するんだろう?」

「ぐっ……」

「ゆっくりじっくり、話し合ってくれ。人気者はつらいな」

「ぐぐっ……」

 

 大人の余裕で龍神をあしらい、部屋から出て行こうとした唐沢だったが、

 

「……おや、きみ達もか」

 

 最後の来訪者に気付き、入り口を譲った。

 

「な……?」

「ああ!?」

「……げ」

 

 荒船は驚き、諏訪は叫び、加古は前者2人よりも露骨に嫌そうな顔をした。

 その人物の登場に、龍神はさらに驚愕する。

 

「おーおー、皆さんお集まりで」

 

 ひょっこりと顔を出したのは、マスタークラスの銃手(ガンナー)、犬飼澄晴。

 

 そして、

 

「に、二宮さん……?」

 

 いつもと変わらぬ仏頂面に、隊服のスーツ姿。

 両手をポケットに突っ込んで立っている、二宮匡貴がそこにいた。

 




今さらな気もしますが、最近戦闘がないのでオマケ。

如月龍神 トリガー構成

主(メイン)
弧月
旋空
シールド
バッグワーム

副(サブ)
スコーピオン
シールド
グラスホッパー
テレポーター

黒トリガー争奪戦時のみ、メインのシールドとカメレオンを入れ換えています。

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