厨二なボーダー隊員   作:龍流

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誤字脱字報告機能が便利過ぎて、たしかなまんぞく。報告くれた方ありがとうございます。


厨二は運命と出会う

「これで終わりだ、龍神ぃ!」

 

 影浦雅人はボサボサの黒髪をかきあげ、大きく吠えた。

 

 

 

「『八切り』だぁ!」

 

 

 

 振り抜かれた手首は、コタツの天板の上へ。バァン!という小気味よい音と共に『スペード』の『8』のカードが叩きつけられる。

 対面に座る如月龍神を舐めるように見つめ、影浦は特徴的なギザギザの歯をちらつかせた。

 

「ハハッ……これでおめーの勝ちはねぇな!」

「ふっ……」

 

 影浦の手札は残り1枚、対する後輩の手札は2枚――しかし、龍神は一切の動揺を見せず、右手に握るカードを引き抜いた。

 

「それはどうかな?」

 

 影浦が出した『スペードの8』に対して、2枚のカードを重ねて置く。

 

「残念だったな、カゲさん。『四止め』だ」

「なん……だと!?」

 

 最後の最後に龍神が繰り出した2枚に、影浦の爬虫類のような瞳が大きく見開かれた。

 

「ざけんな……確かにあの時……っ!? まさか!?」

「そう。そのまさかだ。俺はカゲさんが『11』を2枚出しして『イレブンバック』を『ダウン』と宣言した時、明確な『敵意』を向けさせてもらった」

 

 龍神はこれ以上ないほどに得意気なドヤ顔で告げてみせる。

 影浦雅人の副作用(サイドエフェクト)は、感情受信体質。自分に向けられる『感情』の種類を、肌に刺さる感覚で識別することができる。少々大袈裟に言えば『相手の心を読む』能力だ。焦りや葛藤、怒りや余裕。相手が自分に対して向けてくる感情を大まかにとはいえ把握できるのだから、ゲームなどにおいて影浦が得るアドバンテージは計り知れない。

 しかし龍神は、それを逆手に取ったのだ。

 

「アレは俺に『11』より下の数字を2枚持っていないと……わざと思い込ませたわけかよ!?」

「テーブルゲームをプレイするにはとても便利な能力だと思うが、過信は禁物だな、カゲさん」

 

 今にも飛び掛からん勢いの影浦を手で制し、龍神は微笑んだ。

 見せびらかすように、空の両手を広げながら。

 

「俺の上がりだ」

「クソがぁ!?」

「おい、お前ら。いいからはやくカード切り直せよ。どうせ『貧民』と『大貧民』なんだからよー」

 

 コタツから手を出すのも億劫そうにカードの塊を突き出したのは、髪をサイドテールにまとめたジャージ少女、仁礼光。影浦隊所属のオペレーターであり、このコタツの主だ。彼女の許可なしに、影浦隊作戦室のコタツに立ち入ることは何人たりとも許されない。

 

「ほら、カゲさん。『大貧民』はコタツから出るルールだよ」

 

 最も年下でありながらも、この場で最も高い地位、即ち『大富豪』の座についている絵馬ユズルは影浦隊の狙撃手(スナイパー)。口数は少なく地味なように見えて、実はボーダー中学生組の中でもトップクラスの保有ポイントを持つ天才肌だったりする。

 

「だまれ、ユズル! 言われなくも分かってんだよ! クソっ!」

「カゲと違ってゾエさんはコタツに入れたままでホッとしているよ」

「うっせーぞ、ゾエ!」

 

 大きな体でコタツの面積を圧迫し、影浦には頭をはたかれ、光にはコタツの中からゲシゲシと足蹴にされても全く気にせず、柔和な笑みを浮かべているのは影浦隊の大型マスコット……ではなく、戦術の一翼を担うれっきとした銃手(ガンナー)、北添尋。大きな体に優しい性格がぴったり当てはまる人格者だが、生身の戦闘力はあの玉狛の筋肉と並び、影浦と8回に渡るタイマン勝負を繰り広げたりしているあたり、ただの『穏やかな人』では片付けられないすごい人物である。言うまでもなく皆から愛されているが、もちろん龍神も尊敬している。

 

「チッ……どうして勝てねーんだ」

 

 文句を垂れながらも影浦は手早くカードをまとめ、慣れた動作で切り混ぜる。

 ここ、影浦隊の作戦室で現在プレイされているのは、パーティーゲームの定番『大富豪』。

 ビリである『大貧民』は人数の関係上、コタツの外で正座をしながらプレイをすることで貧しさを味わうという、なんとも世知辛いルールをとっていた。

 

「ふっ……サイドエフェクトを逆手にとった俺の戦術が功を奏したな」

「さっきも言ったけど、アンタも『貧民』なんだからなー。おら、はやくアタシに強いカードを献上しやがれ」

 

 『大富豪』はそもそも様々な呼ばれ方があり、ローカルルールも多い。プレイしはじめてから「そんなルール知らねーよ!」と喧嘩にならない為にも、事前にルールの擦り合わせは必須だ。今回は基本に則り、『大貧民』が『大富豪』に2枚、『貧民』が『富豪』に1枚、手札の最も強いカードを渡している。

 

「ほら、カゲさん。こっちにもちょうだい」

「けっ!」

 

 ユズルに催促され、影浦も手札で最も強い2枚を渋々といった様子で選び、渡した。彼をよく知らない隊員がコタツの横で正座している今の状況を見れば、きっと呆気に取られるに違いない。もっとも、呆気に取られたあとで影浦を馬鹿にしようものなら、たとえ口に出さなくても『スコーピオン』による首刈りが待っているわけだが。

 カードの交換も終わったので、ゲーム再開である。

 

「そういえば、龍神さんはなんで今日ウチ来たの?」

 

 『ダイヤ』の『3』からスタートし、何枚かカードが重ねられたところに容赦なく『ダイヤ』の『2』を叩き込みつつ、ユズルが聞いた。

 

「ああ。今日は正式入隊日だろう? 知り合いが入隊するから、覗いていこうと思ってな。しかしかといって、入隊式の間待つのも面倒だから暇を潰させてもらう為にお邪魔した、というわけだ」

「あー、そういえば今日は正式入隊日だった。すっかり忘れていたよ。ゾエさんパスで」

「俺もパスだ。相変わらずそういう行事には興味が薄いな、この部隊は」

「くだらねえ。そんなもんいちいち覚えてねぇよ」

「カゲはパスなのかパスじゃないのか、ちゃんと言えよ」

「パスに決まってんだろ!」

 

 『富豪』からの指摘に『大貧民』が吠える。サイドテールを揺らし、光はふふんと笑って、

 

「なら、アタシは出すぜ! 残念だったなユズル! 『ダウンナンバー』だっ!」

 

 勢いよく『ダイヤ』の『A』のカードを叩きつけた。影浦といい光といい、この作戦室でトランプをしていると、高いテンションも相まってメンコをしているような錯覚に陥る。

 

「ん、じゃあ『K』で」

 

 ダウンナンバーにダウンナンバーで返され、光は数秒で崩れ落ちた。

 同じマークのひとつ下の数字を出すことができる『ダウンナンバー』のルールは戦略性は増すが、ありかなしかでかなりゲーム性が変わってくるので、事前確認必須のローカルルールのひとつだ。

 

「でも、そろそろ出た方がいいんじゃない? 忍田本部長って話長いタイプじゃないし。知り合いの入隊を祝うとかさっきは言ってたけど、実際は有望そうな隊員を探すのが目的なんでしょ?」

 

 光から悔し紛れに投げつけられたみかんをキャッチし、皮を剥きながら時計を確認。さらには龍神の本当の目的を鋭く見抜いて指摘するユズルは、やはりなんというか、非常に『有能』な中学生である。

 こいつが年を食ったら末恐ろしいな、などと思いつつ、龍神は素直に相槌を打った。

 

「まあな。何人か有望そうなヤツがいれば、声を掛けてみようとは思っている」

 

 気心が知れている影浦隊の面々に対して、特に隠しごとをする理由もない。

 2月の『ランク戦』までに個人隊員をやめ、部隊(チーム)に所属せよ。

 上層部からの無理難題も甚だしいこの命令。撤回はもはや不可能であり、様々な部隊からの誘いも断ってしまった以上、龍神に残された手段は新入隊員をスカウトして、自分の部隊を作ることだけだ。

 とはいえ、これは龍神自身が選んだ道である。隊員達には『隊長』と呼ばれてみたいし、なにより『如月隊』という自分の名前を冠するチームを結成する為なら、龍神はどんな努力も惜しまないつもりだった。

 

「おおっ……龍神くんもついに個人(ソロ)隊員を卒業するんだね。しかも自分のチームを作ろうとしているなんて! ゾエさん感激だよ!」

「ハッ! まあ、このバカが隊長なんてやれるかどうか、怪しいもんだけどな」

「大丈夫じゃない? カゲさんですらなんとか隊長やれているんだから」

「オイ、待て。どういう意味だユズル?」

「そのまんまの意味だろ。ほんっとにこのチームはアタシがいなきゃなんにもできねーからなー」

 

 ユズルは影浦からの視線を涼しい顔で受け流し、光は胸を張って笑う。なんというか、このチームのメンバーは実に影浦の扱い方を心得ている。

 

「うんうん。ゾエさん達はいつも光ちゃんに助けられてるよー」

「おう、もっと感謝しろ! そしたらもっと頼っていいぞ!」

「ケッ……」

 

 ……否、北添とユズルが影浦と光をうまく転がしている、と言った方がいいのかもしれない。

 

「つーかよー、カゲ。お前唐沢さんから来たメール無視すんなよなー。あの時アタシ達も行けば龍神を引き抜けたかもしれないんだから」

「ああ? 『上』からのメールなんざいちいち確認するかよ、めんどくせえ」

 

 影浦は手札のカード(多分弱い)とにらめっこしながら、

 

「そもそも、この馬鹿がどこぞのチームに大人しく入るようなタマじゃないのは分かりきってることだろうが。行っても無駄なもんに行くほど、俺は暇じゃねえよ」

「カゲさん……」

 

 自分のことをよく理解してくれている影浦の発言に、龍神はじーんとなった。口と態度と目付きは悪くても、影浦は根がひねくれているわけではないのだ。

 

「……ていうか光、前にカゲさんが龍神さんをチームに入れようとした時、4人のオペレーションとか絶対無理だし!とか言ってなかった?」

「ありゃ、そうだっけ……?」

 

 てへへ、と首を傾げる光に、溜め息を吐くユズル。相変わらず、仲が良いようで何よりである。

 龍神はちらりと時計を見た。ユズルの言う通り、忍田は無駄な長話はしないタイプだ。そろそろ入隊式も終わって、隊員達が訓練室に移動し始めているかもしれない。

 

「では、俺はもう失礼するとしよう」

「あ? 待てコラ。勝ってもいねーのに、ここから帰すわけねーだろ」

「そうだぞ、龍神。ちゃんと勝負がつくまでやっていけ!」

「ああ、もう。カゲも光ちゃんも、龍神くんだって用事があるんだから」

「「ゾエは黙ってろ!」」

「ゾエさん悲しい!?」

 

 息がぴったりの即席コントを繰り広げる先輩3人は無視し、ユズルは手札のカードに手を掛けた。

 

「はいはい。じゃあ、さっさと終わらせよう。『革命』ね」

「「ユズル!?」」

「「よしっ!!」」

 

 前者2人の悲鳴が『富豪』と『平民』 後者2人の歓声が『貧民』と『大貧民』であるのは、言うまでもない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ボーダー本部、式典用のロビーには本日入隊のC級隊員達が集まっていた。

 三門市では街の防衛組織、つまりは『正義の味方』として市民の尊敬や羨望の眼差しを浴びるボーダー隊員だが、その入隊を祝う式典は意外にも素っ気ない。外部から来た関係者が式辞を述べるわけでもなく、隊員の親族の参観も許されていなかった。『ボーダー』が『トリオン』という機密の塊のようなテクノロジーを有している以上、これは致し方ないことである。

 

「――三門市の、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている。日々研鑽し、正隊員を目指してほしい」

 

 故に、壇上で式辞を述べる忍田真史も、長々と話をする気はなかった。

 メディア対策室長である根付などは、常日頃から入隊式を派手にして外部に公開すべきだと言っているのだが、忍田は反対だった。『ボーダー』の活動は三門市の防衛であり、その実態は『近界民(ネイバー)』との"戦闘"だ。『トリオン器官』の発達の都合上、現在の正隊員の大多数は未成年で占められている。『戦闘体』と『緊急脱出(ベイルアウト)』のシステムがあるため、隊員が命の危険に晒されることはまずないとはいえ、子供達を『戦い』に駆り出しているという事実に変わりはない。

 そしてなにより、彼らは今日、スタートラインに立ったに過ぎない。この場にいる新入隊員全員が、正隊員になれるわけではないのだ。

 銃を撃つことに抵抗を持つ者もいるだろう。B級に上がれずに苦しむ者もいるだろう。『ボーダー』は甘い組織ではない。今は希望に満ちた表情でこちらを見上げる隊員達は、よくも悪くも現実を知り、様々な壁にぶつかるはずだ。

 だから忍田は無駄なことは言わない。短く、簡潔に。けれども確かな想いと願いを込めて、敬礼する。

 

 

「君たちと共に戦える日を待っている」

 

 

 簡潔な挨拶にどよめき混じりの拍手が起きる。それで構わない。ここから先は、文字通り『ボーダー』の『顔』の仕事だ。

 

「私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

 巻き上がる黄色い歓声を背に、壇上から下りる忍田は、いつも同じことを考える。

 さて、今回は『何人』上がってくるだろうか?

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「キャー!?」

「嵐山さん!」

「すげぇ! 本物の嵐山隊だ!」

 

 登場したのは、赤いジャージの隊服姿の男女4人。派手な色に負けず劣らず、全員が美男美女揃いだ。約1名、何故かやたらとドヤ顔の隊員がいるのが謎ではあるが。

 

「おー、あいかわらず人気だなー、アラシヤマ」

 

 C級の新入隊員達が『嵐山隊』の登場に盛り上がる中で、その少年だけは1人で感心したように呟いた。この場にいる隊員のほとんどが白い隊服に身を包んでいるので、黒い隊服に白髪という出で立ちは異常に浮いている。

 と、彼のジャージの襟から黒いコードのようなものが伸び、耳元で囁く。

 

『嵐山隊は広報部隊だとオサムから聞き及んでいる。一般市民にも広く認知されているのだろう』

「なるほど……そういえば修もそんなこと言ってたな」

 

 懐に忍ばせている自律型トリオン兵『レプリカ』の言葉に、空閑遊真は納得して頷いた。

 遊真は学校でのトリオン兵襲撃事件の際に、嵐山隊とは面識がある。記憶を辿ってみると、確かにやたらとキャーキャー言われていた気がする。事実、今現在も壇上で歓声を浴びているわけだが……

 

「あーあー、喜んじゃって」

「素人は簡単でいいねえ」

「仕方ないさ。皆が皆、オレ達のように情報に通じてるわけじゃないんだぜ?」

 

 となりから聞こえてきた声に、遊真は耳を傾けた。どうやら、素直に喜ぶ隊員ばかりではないらしい。純粋に興味があったので、遊真は彼らに聞いてみた。

 

「ふむ……それ、どういう意味?」

 

 突然話しかけてきた遊真に対し、その3人組は「なんだこいつ?」「頭白いな」などと不躾な呟きを漏らしたが、それでも真ん中にいたリーダー格と思わしき1人が訳知り顔で返事を返してくれた。

 

「無知な人間は踊らされ易いって意味さ」

 

 が、遊真はますます首を捻った。答えになっていない。というか、意味が分からないからだ。

 

「嵐山隊は宣伝用に『顔』で選ばれたやつらだから、実際の実力は大したことないマスコットチームなんだよ」

「ボーダーの裏事情を知っている人間にとっては、こんなことは常識」

「知らなくても、ちゃんと見ていれば見抜けるしな」

 

 やたら自信満々に彼らは言うが、遊真はまた首を傾げた。

 

(こいつら本気か……? ウソは言ってないっぽいけど) 

 

 空閑遊真は人の『嘘』を見抜くことができる『副作用(サイドエフェクト)』を持っている。『嘘』という言葉自体にも様々な定義があるので一概には言えないが、基本的に『嘘』とは他人を騙すために使われるものだ。遊真のサイドエフェクトは、今の発言には反応しなかった。要するにこの3人組は、遊真を騙すつもりは毛頭なく、本当に親切心から『嵐山隊はマスコットチーム』という情報を教えてくれたことになる。

 遊真は嵐山隊が戦っているところを見たことは一度もないが、少なくともその一員である木虎が『イルガー』を落とす程度の実力があるのは、実際に見て確認している。なので、彼らの言葉を素直に信用する気にはなれなかった。

 それにこの3人組は、なんというか非常にバカっぽい。

 

『無知ゆえに踊らされている可能性があるな』

 

 先ほどのリーダー格の発言を、レプリカはほぼそのまま耳元で突き返してきた。確かに理由としては、それが一番しっくりくる。

 そんな風に遊真が1人で悩んでいる間にも、彼らに『マスコットチーム』呼ばわりされた嵐山隊の隊長、嵐山潤は淡々と入隊指導を進行させていた。

 攻撃手(アタッカー)と銃手(ガンナー)志望の隊員はこのままこの場に残り、狙撃手(スナイパー)志望の隊員は他のポジションとは少々勝手が違うせいか、他の場所に移動してのオリエンテーションになるらしい。

 となると、遊真達も一旦別れなければならない。

 

「千佳、1人で大丈夫か?」

「うん、平気」

 

 心配する修に、千佳ははにかんだ笑みを浮かべて頷いてみせた。

 相変わらずやたらドヤ顔で「はいはーい! 狙撃手組はこっちだよ~」と手を振っている三枚目な隊員に連れられて、狙撃手志望の隊員達がホールから出ていく。

 それを確認してから、嵐山は残った隊員達に向き直った。

 

「では、改めて。攻撃手組と銃手組を担当する嵐山隊の嵐山准だ。まずは、入隊おめでとう」

 

 ちらりと向けられた目は、明らかに遊真と修の方を見ていた。修は軽く会釈し、遊真も手を振る。

 

「さて。忍田本部長もさっき言っていたが、君たちは『訓練生』だ。『B級』に昇格して『正隊員』にならなければ、防衛任務には就けない。じゃあどうすれば『正隊員』になれるのか? 最初にそれを説明する」

 

 そう言うと嵐山は、新入隊員達に自分の左手の甲を見るように促した。

 曰く、遊真達が今起動させている『トリガー』には各自が選んだ戦闘用トリガーがひとつだけセットされており、手の甲に浮かんでいる数字がその『トリガー』をどれだけ使いこなせているかを表すらしい。

 遊真の場合は『スコーピオン』の『1000』 この数字を『4000』まで上げることが、『B級』昇格の条件なのだそうだ。

 

「ほとんどの人間は1000ポイントからのスタートだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者は、ポイントが上乗せされてスタートする。当然その分、即戦力としての期待がかかっている。そのつもりで励んでくれ」

 

 そんな奴もいるのか、と遊真は周囲を見回した。

 そしてまさしく、自分のすぐ隣に『そんな奴ら』がいることを確認する。

 遊真はともかく、他のC級隊員達は彼らの手の甲に浮かんでいるポイントを見て、大きくどよめいた。

 

「ふふん……全員がオレ達に注目しているようだな」

「仕方ないさ。力を持つ『原石』は、そこらへんの石コロとは違う」

「おいおい、強気な発言はそれくらいにしておけよ。周りの奴らがますます萎縮しちまうだろ?」

 

 先ほどの3馬鹿……は学校の3人組と被るので、新3馬鹿とでも呼ぼうか。意外にも彼ら3人は、嵐山が今言った『高い素質を認められた者』だったようだ。

 目付きの悪いニット帽が2100ポイント。そばかす面が1900ポイント。リーダーっぽい最後の1人が2200ポイント。なるほど、確かに遊真と比べても彼らのポイントは倍に近い。

 

「ははあ……だからなんか偉そうだったのか」

「ふっ……初期ポイントが高いからといって、慢心するなど烏滸がましいにもほどがあるがな」

 

 唐突に横から返ってきたのは修の声ではない。しかし、その声の主が突然現れるのは、遊真にとってはもう慣れたものだ。

 

「お。たつみ先輩」

「如月先輩!」

「空閑、三雲。雨取はどうした?」

 

 如月龍神は周囲を見回し、白いコートをはためかせながらそう聞いた。

 遊真と同じく、この先輩が玉狛の実力派エリート並みに神出鬼没であることには修も慣れているので、特に驚きもせずにその質問に答えた。

 

「千佳ならもう、狙撃手の方の訓練場に行きましたけど……?」

「む、そうか……」

「なにかあったの?」

「いや、雨取には基地内で『アイビス』は撃つな、と忠告したかったのだが……」

 

 不思議そうに顔を見合わせる遊真と修。それ以上の説明は面倒なので言わなかったが、龍神は内心で、もう少し『上がる』のが早ければ間に合ったかもしれないな……と、やや後悔していた。

 雨取千佳の『トリオン量』は恐ろしいほどに多い。龍神はその量を詳しく調べたわけではないが、ボーダー内でも特に『トリオン量』が多いことで知られている二宮や出水以上なのは、少なくとも間違いない。狙撃手用トリガーは、それぞれの特徴とも言える能力が『トリオン量』に比例しており、『イーグレット』は射程、『ライトニング』は弾速、そして『アイビス』は威力が向上する。

 つまり千佳の『トリオン量』で『アイビス』を撃った場合、狙撃どころか砲撃のような威力になってしまうのだ。おそらく、基地の壁に穴くらいは簡単に空くだろう。

 まあその場合、どうせ責任を取るのは現場監督をしている佐鳥だし、壁の穴程度は鬼怒田さんがいとも簡単に修復してみせるだろうし、訓練初日に千佳が『アイビス』を試し撃ちするような偶然も早々あるまい。そう考えた龍神は、心配の種をさっさと心の片隅に放り投げた。

 

「ところで、たつみ先輩。オコガマシイってどういう意味?」

「馬鹿げていて、みっともない、という意味だ。他にも自分を過大評価していて生意気である様子、という風な意味合いでも使われるな」

「ほほう、なるほど。勉強になるな」

 

 懇切丁寧な説明を受け、遊真は感心して頷いたが、それを聞いて黙っていられないのは、ついさっき龍神に「烏滸がましい」と言われた3人組である。

 

「おい……ちょっと待てよアンタ!」

「オレ達のことを、今なんて言った? 笑っただろう!?」

「ふっ……少し成長の早いヒヨコがピーピー鳴いているのだ。笑うのも無理はあるまい?」

「なにおう!? 正隊員だからって偉そうにしやがって!」

「一体どこの部隊だ!? 何位だ!?」

 

 先輩だからといって物怖じするような様子は微塵も見せず、血気盛んに噛みついてくる彼らに向かって、龍神は胸元のエンブレムを突き出してみせた。

 B級部隊共通の『剣』のマークがあしらわれたそれに刻まれている数字は……

 

「なっ……『B-000』だと……?」

「ま、まさか1位を超えた0位……? A級予備軍の強者なのか!?」

 

 変な方向に勘違いをするそばかすとニット帽。2人の後ろのリーダー格は、やれやれと肩をすくめた。

 

「落ち着け、お前ら。『B-000』ってのは、つまりチームランク戦に参加していない『無所属』ってことだ。その偉そうな先輩もそのうしろのメガネも、『B級』に上がったのにチームも組めていないお気の毒な人達ってわけだ」

「さすがだぜリーダー!」

「リーダーは何でも知っているな!」

「この程度は常識さ」

 

 何も言っていないにも関わらず、なぜか馬鹿にされてしまった修は完全にとばっちりである。だが、自分とセットで弟子が馬鹿にされたというのに、龍神は何も言わなかった。

 既に龍神の関心は、彼らの減らず口よりも、彼らの手の甲に浮かんでいるポイントに移っていた。

 上から『2200』『2100』『1900』

 

「…………ほう」

 

 悪くない。いやむしろ、かなりいい。

 口と態度は悪いが、新入隊員は下手に萎縮しているよりも、これくらい生意気な方が龍神としては好ましく思える。良いか悪いかはともかくとして、この3人組には威張る理由になるような、それなりの『実力』があるわけだ。

 

「オレ達はこれから『ボーダー』に名を残す」

「生憎だが、アンタのような無名の隊員とお喋りを楽しんでいる時間はない」

「分かったら、オレ達を馬鹿にしたことを謝って貰おうか?」

 

 無駄に息がぴったりであることも高ポイントだ。喋っている分にはうざいだけだが、この見事な連携はチーム戦でも確実に発揮されるだろう。

 龍神は聞いてみた。

 

「お前達、ポジションはどこなんだ?」

「はっ……なんでそんなことを教えなきゃなら」

「オレは射手(シューター)だ。メインは『ハウンド』 ポイントは2200」

「「リーダー!?」」

 

 手の甲のポイントを見せながらあっさり答えたリーダー格に、他の2人が驚く。

 

「おいおい! 情報は重要なアドバンテージだろ!?」

「いくら直接戦う機会がない正隊員だからって、こちらの手の内を晒すのは……」

「まあまあ、落ち着けよ。どうせオレ達は『まだ』C級なんだ。使える『トリガー』が一種類しかない以上、オレ達ほどの実力があればすぐに情報は行き渡る。いずれにせよ、遅いかはやいかの話、だろ?」

「なるほど……そういうことか」

「俺としたことが……頭に血が上って、冷静な判断力を欠いちまっていたな。すまない」

「いいさ、気にするな」

 

 龍神は溜め息を吐いた。

 どうもこいつら、いちいち話が長い。

 

「で、他の2人は?」

 

 ニット帽は帽子に手を掛けながら、やれやれと言いたげな調子で答える。

 

「リーダーの意向には従うのが、有能な部下……か。俺は攻撃手の『弧月』使い。ポイントは2100だぜ」

 

 そばかすも、ジャージの襟を立てながら口を開いた。

 

「オレはリーダーと同じ射手。メインも同じ『ハウンド』で、ポイントは1900だ。おっと……オレだけポイントが低いからって、みくびるなよ? 数字だけで人を見ていると火傷するぜ?」

 

 その言葉、そっくりそのまま熨斗でも付けて送り返してやりたいところだったが、龍神は静かに頷いて口をつぐんだ

 射手(シューター)が2人に攻撃手(アタッカー)が1人。中々どうして、バランスも悪くない。むしろ、優先して欲しい人材だった中距離戦をこなせる射手が2人もいるのはかなり大きい。攻撃手のニット帽もメインは『弧月』ということだし、教えられることはたっぷりあるはずだ。

 

「……どうしたんだ? 黙っちまって?」

「オレ達のポイントの高さに、声も出ないんだろうさ」

「よせよ、お前ら。目の前にいるのは正隊員の先輩だ。すぐにそこまで上り詰めるとはいっても、今は礼儀を弁えて接するのが、後輩の務め……だろ?」

「目上の人間を立てるのも、社会を生き抜いていく為には大事なスキルだからな」

「肝に命じておくぜ、リーダー」

 

 やはり、些か性格と態度と言動に問題があるように思えるが、その程度は今後の指導でどうにでもなるだろう。龍神自身、風間や東、忍田にこってり絞られたことは1度や2度ではない。先輩である隊員達に叱られ、指導され、『スコーピオン』に切り刻まれたり、『弧月』で一刀両断されれば、嫌でも分かる。人間はいくらでも変われるものだ。

 そんなわけで、龍神の決断は素早かった。

 

 

「よし、お前達。俺とチームを組まないか?」

 

 

「……ん?」

「……え?」

「……は?」

 

 今まで小憎たらしいほどに調子にのっていた3人組は、はじめて顔の表情を変えた。

 具体的に言うと、穴が空くほどに龍神を見詰め、そのあとは互いに顔を見合せ、あんぐりと呆けたように口を開ける。

 より端的に言えば、彼らは唖然として固まった。

 




《新3バカを100倍楽しむ講座》

Q.そもそも、こいつら誰?
A.4巻第33話で登場した、期待の新人ルーキー達。3人全員が初期ポイント加算者であり、才能は主人公である修をも凌駕する、とカバー裏でお墨付きを頂いている。

Q.名前とかあるの?
A.アニメのキャスト欄で判明。リーダーが『甲田』。目付きの悪いニット帽が『丙』。地味に笹森に先駆けて登場したそばかすが『早乙女』。この機会にぜひ覚えてね!

Q.アニメではリーダーが『ハンドガン』を使っていた気がするんだけど?
A.バムスターを倒す時は使っていなかったし、多分作画ミス。彼のことだから、諏訪さんを呼び出して戦うスタイルから拳銃に浮気してしまったのだろう。忘れよう。

Q.実際強いの?
A.菊地原の入隊時ポイントが2800、歌川が2950であることを踏まえてみても、そこそこ優秀だと思われる。バムスターを倒す威力の必殺技『酉の陳・輝く鳥(ヴィゾフニル)』を初の実戦で連携して決めているあたり、中々すごい。どうでもいいが、個人的には早乙女のポーズがめちゃくちゃツボに入った。

Q.チームメンバーが男だけになったら、潤い足りなくない?
A.大丈夫だ。オペ子がいる。

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