厨二なボーダー隊員   作:龍流

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メガネ、奮戦す

 木虎藍は非常に困惑していた。

 木虎が所属する嵐山隊は、ボーダーの広報担当である。新入隊員の入隊指導を受け持つのはいつものことであり、これがはじめてではない。いい加減、慣れてきたといってもいいくらいだ。

 『ボーダー』は、よくも悪くも三門市を守る『ヒーロー』として見られている節がある。そんな『正義の味方』とも言える組織に入隊することができた新入隊員達は、やる気と希望に満ち溢れているのと同時に、言うまでもなく浮かれきっている。なので、そんな彼らの手綱を引くのが嵐山隊、ひいては木虎の仕事である。

 仕事である……のだが、

 

「ふっ……どうした? そんな呆けた顔をして? 俺の誘いがそんなに意外だったか?」

「……ふふん……いやなに。多少驚いただけさ、先輩?」

 

 新入隊員達のど真ん中。

 白い隊服のC級隊員の中に、同じく白いコートの隊服を着込んだ隊員がいた。

 できれば気付きたくなかった。可能なことなら関わりたくない。

 だが、彼は無視して放置するには、少々大きすぎる存在感を放つ男だった。

 事実、現在進行形で彼ら4人の周囲からは人が遠ざかり、まるでドーナツのように丸い円を形成していた。

 

「なるほど……たしかに俺達に目をつけたアンタは、中々いい『眼』を持っている」

 

 お洒落をしたい年頃なのだろう。自分ではかっこいいと思っているに違いない横に流した髪を撫でつけながら、3人組のリーダー格らしき1人が言った。

 

「だが、俺達はスカウトを受けて、はいそうですか、とついていくような単純な人間じゃない。そんな風に自分を『安売り』するつもりもないんでね」

「ああ、リーダーの言う通りだ!」

 

 前髪を伸ばしてみたい年頃なのだろう。そばかす面に片目を前髪で隠した3人組……もとい3馬鹿その弐も、リーダー格の発言に賛成する。

 

「それに、俺達はそこらへんの『B級』で終わる気はない。より『上』を目指して、着実にキャリアを積み上げ、ステップアップしていくつもりだ」

「俺達の実力は『これ』で示されている……けど、そういうアンタは強いのかよ?」

 

 周りとは違う自分のセンスに酔いたい年頃なのだろう。ニット帽を目深に被った3馬鹿その参は、リーダーの発言に被せて手の甲のポイントをひけらかして見せた。

 

 木虎は思う。

 なんだろう、あれ。

 

「ふっ……」

 

 3人組の失礼な発言に、木虎のよく知るその先輩隊員は余裕たっぷりな笑みを浮かべてみせた。というか、大体いつもあんな表情なのだが。

 

「上を目指す……か。いい心掛けだ。ならばますます、俺とチームを組むことはお前達にとってプラスに繋がるぞ」

 

 組んでいた腕はほどかれて、長身に見合った長い腕と人差し指が、一本の棒のように3人組に突きつけられる。

 そして、彼は言った。

 

 

「俺は強い」

 

 

 木虎は思う。

 本当になんなんだろう、あれ。

 

「……大した自信だな、先輩。だが、あんたの言葉が本当かどうか、俺達には分からないぜ?」

「強者は強者の空気を感じ取れるものだ。そんなことも分からないとは、お前達はやはりまだまだ未熟だな」

「なっ!?」

「言わせておけば……」

「まあ、待て」

「「リーダー!?」」

 

 今にも飛び掛からんばかりの取り巻き2人を、リーダー格が押し止めた。

 

「そこまで言うのなら、まずは俺達の実力をアンタに見せてやるよ。このポイント以上の『実力』ってやつをな」

「成る程……ならば、見せて貰おうか。お前達の『実力』とや――」

「すいません」

 

 遂に、意を決して。

 

「次の訓練がありますから、喋るのをやめて移動してもらえますか?」

 

 木虎藍は、馬鹿達の間に割って入った。

 改めて周囲を見回すと、困った先輩の後ろには、見慣れたメガネと白髪の少年がいた。彼らに言っても仕方がないことだが、木虎は思わずにはいられない。

 

 ――アンタ達、止めなさいよ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 訓練場への移動を開始したC級隊員達。木虎、修、遊真、そして龍神も彼らに紛れて、ボーダーのSFチックな廊下を歩いていた。

 

「……それにしても、本当だったんですね。チームを組むっていう話」

 

 しばらく仏頂面で前を歩いていた木虎は――龍神からは彼女の表情は見えなかったが、とりあえず笑顔でないことだけは間違いない――やや躊躇いを感じさせる口調で、唐突に切り出した。

 

「ああ。俺もこれで個人(ソロ)生活とはおさらばというわけだ」

「遅過ぎるくらいです。如月先輩は、自分の行動に責任を持つべきですから。チームを組むこと自体は、私も賛成です」

「お、意外に素直だな、キトラ」

「私は相手の認めるべきところは、きちんと認めるわ。好きかどうかは別にしてね」

 

 茶化したような遊真の声に、木虎は振り返りもせずに即答する。「やっぱりえらそうだな……」と、苦笑いを浮かべたのは遊真だけではない。

 

「でも、如月先輩はどうして急にチームを組むことにしたんですか?」

 

 修の質問に、今度は振り返った木虎が怪訝な顔になった。

 

「なんでって……それは如月先輩が迅さんと」

「それは無論、お前達のチームと競い合う為だ!」

 

 まるで戦闘時のような身のこなしで龍神は木虎の背後に回り込み、そのまま口を塞いだ。当然、木虎は目を白黒させてもがく。

 

(ちょっと!? いきなり何するんですか!?)

(迅さんと俺がA級部隊と戦闘した件は、内密に頼む)

(……空閑はあの一件の当事者じゃないんですか? 空閑を入隊させる為に迅さんは『風刃』を手離したんですよね?)

(だが、空閑や三雲はそのことを知らん。迅さんも、なるべく知られたくはないらしい。だから、頼む)

 

 なんて面倒な……と、分かりやすい表情になった木虎だったが、一応は頷いた。それを確認して、龍神も手を離す。

 

「如月先輩、木虎となにか……?」

「なにもない」

「なんでもないわ」

「……ふむ?」

 

 普段の仲の悪さはどこへやら。息だけはぴったりと合わせて、龍神と木虎は即座に否定の言葉を修に突き返す。遊真は首を傾げて2人を見詰めたが、特に何も言わなかった。

 

「……話を戻しますけど」

「ん?」

「さっき言った通り、あなたがチームを組むこと自体は構いません。先輩の実力なら、ランク戦でもいいところまでいくでしょうし。チームに入れば、そのエキセントリックな言動と行動も少しは落ち着くかもしれませんしね」

「なんだ? いつになく素直じゃないか」

「黙って聞いてください。でも……」

 

 と、そこで木虎は言葉を区切って、さらに前方を歩く3人組を見る。

 

「……あの3人はちょっと……」

「なんだ? 何か問題があるのか?」

「問題しかないと思います」

 

 一言でバッサリと切り捨てる木虎。

 

「ポイントが上乗せされているくらいですから、実力はそれなりにはあるんでしょうけれど……」

「けれど?」

「正直に言って、ムカつきます」

「いや、お前も大概だぞ?」

 

 木虎も基本的にプライドが高く、自分に厳しく、自負が強いタイプである。「木虎って見た目はかわいいけど、本っ当にかわいげがないよなー」とは出水の談。確かに、その通りだと龍神も思う。

 かといって、素直な木虎というのも想像がつかないのだが……

 

「修、遊真。それに如月先輩も来てたんすね」

 

 年不相応なほどに落ち着いた、青年の声。背後から聞こえてきたそれに振り返ると、遠目からでも分かるイケメンが歩み寄ってくるところだった。

 

「烏丸先輩!」

「お、とりまる先輩」

「か、かかか、烏丸先輩!?」

 

 三者三様の反応の中で、最後の声だけは明らかに上ずっており、烏丸の登場に慌てているのがありありと分かる。

 無理もない。烏丸京介は、木虎藍がボーダーの中で『かわいげ』を見せる、数少ない人物の1人なのだから。

 

「バイトはもう終わったのか、烏丸?」

「はい。今日はちょっとはやめに終わって……お、久しぶりだな、木虎」

「は、はい! お久しぶりです! お疲れ様です、烏丸先輩!」

「いや、それを言うならお前の方だろう。今回も嵐山隊が入隊指導か? お前も毎回大変だな」

「いえ! もう慣れましたから!」

 

 烏丸は横に並んで歩き、労いの言葉を掛ける。憧れの先輩が自分の隣を歩いているのがよほど嬉しいのか、木虎の頬は朱に染まっていた。なんとも分かりやすい反応である。

 

「烏丸先輩、最近ランク戦に顔出されていませんよね? お時間あったら、ぜひまた稽古つけてください!」

「いや、お前はもう充分強いだろ? 俺が教えることは何もないよ」

「そんなことありません! 私なんてまだまだです!」

「ふっ……」

「……なんですか、如月先輩?」

「いや? 特に何もないぞ?」

 

 女子中学生とは思えない普段の冷淡さからは全く予想できない豹変っぷりに、龍神はくつくつと笑いを堪えた。木虎が自分の実力を謙遜するところなど、滅多にお目にかかれない光景だ。

 

「なんか……普段の木虎とは違うような……」

「ほう、分かるか、三雲。流石、伊達にメガネをかけているわけではないな」

「……すいません、メガネ関係ないですよね?」

「烏丸に対する木虎の反応は、見ていて飽きないからな。お前もしっかり観察して、雨取との関係を進展させる為の参考にするといい」

「千佳はただの幼馴染みです」

「ふっ……今はそれでいい。だがな、三雲。誰かを守りたいという気持ちは、それだけで人を強くする。恋愛にかまけろとは言わんが、自分の気持ちには正直になってもいいんだぞ?」

「いや、だからそれがぼくの正直な気持ちです」

 

 修の返事は素っ気なかった。龍神の発言に対して常日頃からツッコミを続けているせいか、修は会話のレスポンスがはやくなっている。最近は冷や汗を浮かべて戸惑う前に、先に口が動いていた。

 

「そういえば、お前と修って同い年か?」

「はい、そうですけど……?」

「そうか。なら、修に色々と教えてやってくれ。こいつ、俺の弟子なんだ」

「は…………?」

 

 喜色に染まっていた木虎の顔は、烏丸の口から飛び出た『弟子』という単語だけでかちんこちんに固まった。まるで油が切れた人形のように、緩慢な動作で背後の修を振りかえる。

 ついさっきまでと同じく、けれども幸せな感情が完全に抜け落ちた、普段の木虎からは想像もできない腑抜けた表情。そんな彼女の様子に修は戸惑い、龍神は込み上げてくる笑いを必死に堪えた。

 

「弟子……というと、そのマンツーマンで指導する的な……?」

 

 むしろ、それ以外にどんな意味があるのか。

 

「そんな感じだな。まあ、これから大分先は長そうなんだが……」

「すいません……」

「別に謝ることじゃない。ところで、嵐山さんはどこにいるか分かるか?」

「あ、多分先頭の方にいると思います」

「そうか、挨拶しにいくかな……如月先輩は行かなくていいんすか?」

「俺は前日に入隊指導に同席する旨を伝えてある」

「相変わらず、そういうところはまめっすね……」

「俺に抜かりはない」

 

 嵐山に挨拶をする為に遠ざかっていく烏丸の背中を、木虎は固まったまま見送った。

 弟子。

 玉狛支部で、朝から晩までマンツーマンの個別指導。自分が味わったことのないそんな贅沢を、背後のメガネは享受している。

 

(なんてうらやましい……)

 

 腸が煮え繰り返るほどの怒りが沸き上がってきた木虎は、訳が分からず冷や汗を浮かべているメガネの顔をこれでもかと睨みつけた。

 

「ど、どうした木虎……?」

「なんでもないわよ……」

「ふっ……まあ許してやれ、三雲。こいつは、師匠に恵まれているお前の境遇に嫉妬しているのだ」

「な、なな、なにを!? そんなわけないでしょう!?」

「そう慌てて否定するな。なにせ、三雲の師匠は烏丸だけでなく、この俺も勤めているのだからな!」

 

 自信満々の龍神の宣言に、木虎はまた目を見張ることになった。

 

「……そうなの、三雲くん?」

「……うん、まあ……」

「……ふーん」

 

 よかった、と。

 木虎は胸の中で小さく呟いて、烏丸を追う為に早足で歩き出した。

 大好きな烏丸をいけ好かない同輩に取られたのはとても癪に障ったが、いらない『オマケ』がついてくるのなら、また話は別である。

 木虎は思った。

 

 

(全然うらやましくないわ!)

 

 

◆◇◆◇

 

 

 さて。

 自信満々で数字以上の実力を見せるといった3人組だったが、トップバッターのリーダー格は58秒という記録で訓練を終えた。それまでで最もはやいタイムに、3人組はこれ以上ないドヤ顔を観客席の龍神に向けたが、その記録は57秒以上の差をつけて、一瞬で遊真に塗り替えられることになる。

 遊真の正体を知っている龍神からしてみれば、当然の結果である。元々龍神は、あの3馬鹿が遊真に勝てるとは微塵も思っていない。だというのに、あの3人は「計測機器の故障だ!」「やり直せ!」などといちゃもんをつけたので、やり直した遊真の記録はますます縮むことになった。

 鬼怒田さん特製の計測機器が故障するわけなかろう……と、溜め息を吐く龍神の横で、

 

「あの時学校で『モールモッド』を倒したのはアイツだったのね!」

 

 木虎が水を得た魚の如く元気になり、修の学校での一件の真実が露見したりもしたのだが、特に問題はなかった。

 事件が起きたのは、その後である。

 

「訓練室をひとつ貸せ、嵐山。迅の後輩とやらの実力がみたい」

 

 風間蒼也が、訓練に乱入してきたのだ。

 しかも、対戦相手に遊真ではなく、修を指名して。

 

(まさか、風間さんがこんなことをするとは……)

 

 嵐山は城戸の関与を疑っていたが、城戸が一介のB級隊員をそこまで気にかける理由もない。今回の行動は、風間本人の意思に寄るものなのだろう。

 

「なんだか、面倒なことになりましたね」

「ああ。だが、三雲にとってもいい機会だろう」

「なにがいい機会ですか? 瞬殺されるに決まっています」

 

 烏丸はやれやれと頭をかき、木虎はつっけんどんに吐き捨てる。なんだかんだと言いつつも、2人の視線は風間と対峙する修をしっかりと捉えていた。

 しかし、龍神の視線は2人からは離れ、別の方を向いていた。

 嵐山と遊真が、何事か話している。遊真はこの勝負を見届けるようだが、他の隊員はそうもいかないらしい。

 

「……そうだな。三雲だけでなく、俺にとってもいい機会かもしれん」

「……はい?」

 

 首を傾げる木虎には答えず、龍神は足早に観客席の階段をかけ降りた。

 

「すまん、時枝。少しいいか?」

「どうしたんですか、如月先輩?」

 

 無用な盛り上がりを避けるためなのだろう。C級隊員を訓練室からラウンジに誘導していた時枝に、龍神は頭を下げた。

 

「頼みがある。嵐山さんにも相談したいんだが……」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 突然申し込まれた勝負だった。

 現場の監督を任されている嵐山は「無理に受ける必要はない」と言い、隣にいた烏丸も「模擬戦を強制することはできない。イヤなら断れる」と言ってくれた。実際、断ろうと思えば断れたのだろう。

 しかし、三雲修は風間蒼也からの挑戦を受けることにした。

 相手はA級3位部隊の隊長。技術も経験も、何もかもが格上の相手だ。けれども同時に、いずれ超えなければならない相手。遠征部隊に選ばれる為には、いつかは絶対に勝たなければならない存在だ。ここでその実力を知っておくのは決して悪いことではないと、修は思った。

 そもそも修は、自分の実力で『B級隊員』になったわけではない。遊真と迅から手柄の『おこぼれ』を譲られ、その功績を上層部に認めて貰う形で『B級』に上がっている。2人の好意がなければ、今も自分は『C級』の白い隊服に身を包んだままだったかもしれない。

 迅と遊真には、本当に感謝している。だが同時に、修は自分自身の弱さを恥じていた。他の隊員達とは違う方法で――ともすれば狡いと言われかねないやり方で『B級』に上がったという事実は、修の心にしこりのように残っていた。

 

 だからこそ、今の自分の実力を確かめる為に。

 

 

『模擬戦、開始』

 

 

 この勝負には、意味がある。

 正面に立つ風間は、修が思っていたよりもずっと小柄だった。もしも初対面で年下だと言われれば、簡単に信じてしまいそうなほどである。そんな体格の彼は、模擬戦開始の宣言と同時に両手の『トリガー』を起動していた。

 

(……スコーピオン)

 

 攻撃手が使う近接戦闘用のトリガー。特徴はふたつ。軽量でほぼ重さがない点と、自由に変形できる点。龍神と一緒に学んだ『トリガー』の特徴を振り返れば、風間のポジションが攻撃手(アタッカー)であることはすぐに分かった。

 風間はそれを両手に展開している。二刀流。どうやら攻撃手の中でもより尖った戦い方をする、スピードタイプらしい。

 風間の戦法をある程度予測した修は、すぐに左手の『レイガスト』をシールドモードに切り替えた。

 

(近接戦でぼくが勝てる要素はない。こっちから仕掛けるよりも、ここはセオリー通り、距離をとって……)

 

「なるほど。『レイガスト』を『盾』として使う、防御寄りの射手(シューター)か」

 

 だが、修が風間の戦い方を分析していたように、風間も修の挙動を見定めていた。呟くと同時に、風間の姿は忽然とその場から消失する。

 

「っ!?」

 

 隠密(ステルス)トリガー『カメレオン』

 なにを使ったかは理解できても、体の反応が追いつくかはまた別の話だ。

 視認不可能のステルス状態で急接近され、修は成す術なく最初の一撃を食らった。

 

「な……?」

 

『トリオン供給機関破壊。三雲ダウン』

 

 ――はやい。

 

 一撃で戦闘体の急所を突く技量。『カメレオン』起動からの急接近。出鼻を挫くという意味では、風間の一本目は完璧だった。

 それとも、容赦がないと言うべきか。

 胸に『スコーピオン』を突き刺された修はそのスピードに驚愕しながらも、なんとか起き上がった。訓練室に緊急脱出(ベイルアウト)はない。すぐに『トリオン』が戦闘体に充填され、修の体は元に戻る。

 それを待ちながら、風間は冷たく言い捨てた。

 

「立て、三雲」

 

 表情は微塵も変えず。ただ、淡々と。

 

「まだ小手調べだぞ」

 

 そうして、再び修の前から消える。

 

(……落ち着け)

 

 修は深呼吸した。

 『カメレオン』は無敵じゃない。オプショントリガーの性質を龍神から学んだ時に、くどいほど言われた言葉だ。

 

 ――確かに一時期『カメレオン』を用いた隠密戦闘は大流行した。

 

 眼鏡をかけた龍神の顔を思い浮かべる。自分の2人目の師匠がボードに書き連ねた『カメレオン』の弱点を思い出す。

 

 ――だが、その性質と明確な弱点が明らかになるにつれて、使用者は減っていった。

 

「アステロイド!」

 

 右手にセットした『通常弾(アステロイド)』を起動。前方へ、威力を捨てて速度重視の調整(チューニング)を施した散弾をばらまく。

 『カメレオン』を使っている間は、他の『トリガー』は使えない。攻撃、防御を行うには、使用者は必ず『カメレオン』を解除する必要がある。

 ダメージを与える為ではない。例え当たったとしても致命傷にはなり得ない。風間の居場所を探し当てる目的で放った『アステロイド』だった。

 しかし、修が放った十数発もの弾丸は、あえなく空を切る。

 

「……判断はいいが、」

 

 そもそも風間は、既に修の背後へと回り込んでいた。

 

「――まだ甘い」

 

 いつの間に、うしろに?

 そんな疑問を口から吐き出す暇すらもなく、修は首筋を『スコーピオン』で捌かれた。

 

『伝達系切断。三雲ダウン!』

 

 倒れた修を見下ろし、風間は口を開く。

 

「『カメレオン』を使用した相手に、2回目で『アステロイド』を散弾にする対応は悪くない。だが、生憎とその手には慣れている」

 

 3本目。

 

『三雲ダウンッ!』

 

 頭に『スコーピオン』を突き立てられた。

 

 4本目。

 

『三雲ダウン!』

 

 右足を先にやられ、バランスを崩された。

 

 5本目。

 

『三雲ダウン』

 

 背中を袈裟斬りにされた。

 淡々と。ただ淡々と、斬り倒される。

 そして風間は、また姿を消す。

 

「……ふぅ」

 

 修は自分に言い聞かせた。

 

 落ち着け。

 

 シールドモードの『レイガスト』を正面に構える。とはいえ、どこから攻撃を仕掛けてくるか分からないのだから、気休めにしかならない。

 

(……『アステロイド』じゃ、ダメだ)

 

 普通の相手が『カメレオン』を使っただけなら、散弾の『アステロイド』で捉えられたかもしれない。しかし、風間は素早く、おまけに小柄だ。紛れ当たりは期待できない。

 なら、どうする?

 

 ――お前はトリオン量が少ない。敵にまともにダメージを与えたいのなら、『通常弾(アステロイド)』を使うのが一番だ。というか、基本的にはまともに当てて致命傷を与えられる弾は『アステロイド』しかないと思え。

 

 分かっていた事とはいえ、改めて自分の『トリオン能力』の低さを指摘されるのは辛かった。

 

 ――しかし、射手が『弾』を一種類しか使わないというのも、勿体ない話だ。例え威力が期待できなくても、あくまでも『牽制』として使える『弾』を持っておいて損はないだろう。烏丸としっかり相談しろ。

 

 射手としての基本的な立ち回りを学ぶ中で、同時に2種類の弾丸の取り扱いをマスターできるほど、修は器用ではなかった。あくまでも、メインは『アステロイド』 これはサブウェポンであり、使いこなせているかというと、正直言って自信がない。

 けれど、

 

「ハウンド!」

 

 この『弾丸』は、今の相手には相性がいい。

 修は正方形のトリオンキューブを分割。先ほどと同様に、前方へ斉射した。放たれた弾丸達は、姿が見えないはずの風間を追うように、弾道を曲げる。

 『ハウンド』

 『追尾弾』や『誘導弾』と呼ばれるこの『トリガー』は、目標を追尾して弾道を補正する機能を持っている。文字通り、相手を追う弾丸である。

 誘導方法は2種類。使用者の視線で誘導する『視線誘導』 トリオン反応を感知して追尾する『探知誘導』

 『カメレオン』はトリオンを消費し、使用者の体を風景に姿を溶け込ませる。それはあくまでも視覚的な隠蔽であり、『戦闘体』のトリオン反応を隠すまでには至らない。

 つまり、『カメレオン』に対する『追尾弾(ハウンド)』は、最も有効な対抗手段といっても過言ではないのだ。

 しかし、有効な対抗手段であるということは、それだけ『使われてきた』手段だということであり、

 

「シールド」

 

 隠密戦闘のプロフェッショナルである風間は、いたって冷静に迫り来る弾丸に対処した。

 『カメレオン』を解除。『シールド』を展開。たったそれだけの動作で、いとも容易く修が放った弾丸を受け止める。

 

(なるほど、『ハウンド』も持っていたか。当然と言えば当然の選択だが……)

 

 風間はやや落胆した。

 セットできる射撃用トリガーの種類が2種類に限られる銃手(ガンナー)と違い、射程や命中精度以外の工夫で勝負をする必要のある射手(シューター)が、複数の弾種をセットするのはある意味当たり前だ。この状況で『追尾弾(ハウンド)』を選択したのは、『カメレオン』に対する手段としては何も間違っていない。しかし、間違っていないからこそ、面白みがない。

 訓練室は『トリオン』が無制限に供給される。いくらでも連射はできるだろうが、そんな当たり前の手段で倒されてやるほど、風間蒼也は甘くない。

 馬鹿の一つ覚えのように『ハウンド』を撃ってくる修に対して、『シールド』を『両防御(フルガード)』で展開した風間は、一気に距離を詰めに掛かった。左側から迫る弾丸を防御しつつ、右から回り込むように接近する。この数戦で、修が『戦闘体』での敏捷性に優れていないことを、風間は看破していた。攻撃手とその他のポジションが戦う場合においては当たり前かもしれないが、ブレードが届く範囲に接近さえすれば、攻撃手側の優位は揺らがない。

 ましてや、修の左手のトリガーは『レイガスト』である。重量のある『レイガスト』で『スコーピオン』とは斬り合うのは、まさに至難の技だった。

 

 しかし、

 

 

「……ブレードモード」

 

 

 これまで"守る"為に『シールド』の形状で固定されていた『レイガスト』が、"攻める"為の『ブレード』に変形する。

 修がこれまでとってきた行動は、全て風間の予想の範囲内だった。だが、これは予想外の行動だ。

 

(『レイガスト』を『ブレードモード』に? 何故だ……?)

 

 風間と修との距離はまだ十数メートルある。大剣のような『レイガスト』の刃渡りでも、風間を捉えることはできない。

 

(俺と斬り合うつもりか?)

 

 もしも、風間がこの疑問を口に出していたならば、修は声を大にして答えただろう。

 

 自分には、そんな技量も才能もない、と。

 

 修の左手の『レイガスト』が、さらに変形する。

 ブレードを延長し、間合いを伸ばしたいはずの状況で、取り回し安い小太刀のような形状に変化する。

 それは"斬る"というよりも、

 

 

「――――"スラスター"」

 

 

 "投擲"に適した形状だった。

 

 

「――――イグニッション!」

 




原作の修のトリガーセット。

主(メイン) 左手
レイガスト
スラスター

副(サブ) 右手
アステロイド
シールド


やや厨二に毒された修のトリガーセット。

主(メイン) 左手
レイガスト
スラスター
???
???

副(サブ) 右手
アステロイド
ハウンド
???
???


3月発売予定のワートリの公式ファンブックに、正隊員のトリガーセット(トリガー構成)が全部載るみたいです。Q&Aも303問という天に召されそうな大ボリュームみたいですし、もう楽しみすぎる……

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