久々の更新が番外編。申し訳ない気持ちで一杯ですが、このネタは投稿するなら今日しかない、と思ったので。
12月25日、クリスマス。
世界一有名な聖人の誕生日を世界中の人々が祝う、おめでたい日。本来は仏教の国である日本も例外ではなく、街にはイルミネーションが灯り、子供にはプレゼントが渡され、食卓にはチキンとケーキが並ぶ。とはいえ、日本の人々が盛り上がるのはどちらかと言えば前日の24日、クリスマスイヴの方だろう。25日になってしまえば浮かれた空気はあっという間に切り替わり、大掃除、年賀状、おせちにお雑煮といった年を越す為の準備に忙しくなる。特に最近は『イヴイヴ』なんていう言葉も出てくるほどで、12月25日はわりと蔑ろにされてしまっている。日本人の年末は忙しいのだ。
そんなわけでクリスマス(イヴ)も終わって、いよいよ迫ってきた年の瀬を感じながら――
「……遂にこの日が、来てしまったか……」
――如月龍神は絶望に染まった表情で、とある部隊の作戦室の前にいた。
無機質で近代的な扉はファンシーに飾り付けられており、分かりやすく大きな文字で書かれた張り紙も張ってある。そこには、こう記されていた。
『加古望主催! スペシャルチャーハンパーティー会場』
12月25日は、ボーダー隊員にとって世間一般とは違う意味を持つ。
今日は、世界で一番有名な聖人が生まれた日。
そして、A級6位加古隊隊長。加古望の誕生日である。
――――――――――――――――――――
約1ヶ月前。
その招待状が届いた時、龍神は冗談抜きにわりと本気で死にたくなった。
やたらかわいいピンクの便箋には、やたら達筆に『如月龍神様』と記されており、やたら丁寧に記されたパーティーの詳細が同封されていた。差出人は言うまでもなく、加古望。その内容を簡潔にまとめれば「12月25日は、私の誕生日! みんなへの感謝を込めて、張り切って炒飯を作っちゃいます! 必ず参加してね♪」というものだった。
加古望の炒飯(チャーハン)は、10分の2の確率で劇物が含まれる、危険物質である。
それをパーティー形式で、しかも"張り切って作って"振る舞ってくれるというのだ。比喩でもなんでもなく、龍神は世界の終わりだと思った。そう、セカイノオワリだ。何の対策もなしに参加すれば、胃袋がファイヤーとフォレストのカーニバルになってしまう。要するに死ぬ。
だからといって、行かないという選択肢はなかった。加古からの招待状が届いた以上、この死のパーティーには必ず参加しなければならない。断ったら何をされるか分からないからだ。「年上お姉さんに何をされるか分からないとか、なんかエロくないっすか?」と他人事のように笑っていた佐鳥賢を、龍神はぶん殴った。
それでも一応、断る方法は模索した。招待状を受け取った直後、偶然通りかかった香取葉子に「女子の誘いを断る、何かいい理由はないだろうか?」と、聞いてみたのである。女子のことは女子に聞いた方がはやい。当然の思考だ。女子という年齢に加古が当てはまるのかは、とりあえず置いておく。
藁にもすがりつく思いで、龍神は返答を待った。しかし香取は、さも面倒そうに整った顔立ちを歪めただけで、
「は? なにそれ? そのパーティーに誘われなかったアタシに対する嫌み? うざっ……」
と、取り付く島もなくそう言い捨てただけだった。
龍神は激怒した。
本気で悩んで本気で相談したのに、なんと無責任な発言だろうか。龍神は決意した。必ず、かの邪智暴虐な香取葉子を除かねばならぬと決意した。不幸なことに、その場には「まあまあ」と言って場を取りなしてくれる三浦雄太はいなかった。
「香取」
「なに?」
「ブースに入れ。先輩への口のきき方を教えてやる」
「……ふーん。やれるもんならやってみれば?」
その後。かつてない怒りに身も心も支配された龍神は、個人戦で香取をボコボコにして、ポイントをむしり取れるだけむしり取った。怒りの力(パワー)は強かった。危うく暗黒面(ダークサイド)的な何かに落ちかけるところだったと思う。
ちなみに負けまくった香取は「もぎゃあああ!」と泣きながらどこかへ走り去ってしまった。正直、反省はしている。しかし後悔はしていない。
回想終了。
そんなことより問題は、炒飯パーティーをどう乗り切るか、である。だがそもそも、龍神の取れる選択肢は限られている。
行くも地獄、帰るも地獄。逃げ場はどこにもない。ならば、前に進むしかあるまい。前進あるのみ、だ。目の前に立ちはだかる巨大な敵(炒飯)に己の力(舌と胃袋)で挑み、粉砕玉砕大喝采……はやっぱり嫌だ。絶対に避けたい。
やはり、生き残る方法はたったひとつ。
当たりの炒飯を引く、それだけだ。
「やあ、如月くん」
ふと背後からかけられた声に、龍神はゆっくりと振り返った。
「……堤さん」
「きみも、呼ばれてしまったんだね」
「……はい」
諏訪隊銃手、堤大地。いつもは柔和で優しげな印象の彼だが……その表情は今、永遠の地獄に落ちる罪人のように絶望に染まっていた。
例えるなら、娘から送られて来た手紙の中に「最近好きな男の子ができました!」という一文を見つけてしまった鬼怒田さん。
例えるなら、烏丸京介に「ゆりさん、彼氏できたらしいっすよ」とウソを言われて愕然と崩れ落ちた木崎レイジ。
例えるなら、烏丸京介に「宇佐美先輩が、お前のメガネのフレームはあんまり好きじゃないって言っていたぞ」とウソを言われてメガネ屋へダッシュした古寺章平。
例えるなら、まだヤンチャだった頃の忍田に、旋空弧月の試し斬りで愛車を一刀両断された城戸正宗。これは龍神が実際に見たわけではなく、林藤からその時の話を聞いただけなのだが、今の城戸からは想像もできない表情をしていたとかなんとか。
それはともかく。
「堤さん……大丈夫か?」
「はは……後輩に心配されるなんて、先輩失格だなあ」
「そんなことは……」
「大丈夫だよ、如月くん」
悟りを開いたような優しい声で、堤は言う。もしかしたらこの頼れる先輩は、状況を打破する何か有効な手立てを……
「死ぬ時は、2人一緒だ」
死ぬ前提だった。
「堤さん!だめだ堤さん!諦めるな!希望を持つんだ!何か……きっと何か手があるはずだ!」
諦観と絶望の表情に染まった堤の肩を掴み、龍神はその体をこれでもかと前後に揺さぶる。しかし、いくらシェイクしても反応は変わらなかった。
「はは……無駄だよ如月くん。加古ちゃんのチャーハンに小細工なんて通用しない。俺は……俺は死ぬんだ」
気の抜けたように言葉を吐きながら。物理的な限界まで力無く後ろに折れた首が……
「そして、キミも死ぬ」
グキリと持ち上がって、残酷な事実を告げる。
「やめろおおおおおおおおおあああああ!!」
生物という種が逃れ得ぬ、根源的な恐怖。それを肌に感じとった龍神は、堤を突き飛ばして思わず叫んだ。おそらく、ボーダーの誰も聞いたことがない、如月龍神の心からの絶叫。押し倒された堤は、起き上がろうともせず。力無く唇を吊り上げて、にひゃりと笑う。
「最初は……チョコレートクリームだった」
普段は閉じられている細目の奥に、絶望の闇が浮かび上がる。
「デザートチャーハンみたいなもんだって……ほんとうに、最初は笑っていたんだ……でも、加古ちゃんの調理はどんどん加速していって……」
何もない天井を、虚ろな瞳は見つめ続ける。
「どうして……どうして止められなかったんだ!? 最初に……こんな風になる前に止めていれば……ッ」
「できなかった……できなかったんだよ。如月くん。あんなに笑顔で、おれ達にチャーハンを振る舞ってくれる加古ちゃんを……俺や太刀川は、止めることができなかった……」
「堤さん……」
「だって、きみもそうだろう? 如月くん」
「……は、い」
もう本当にどうしてアンタそんなに嬉しそうなんだっ……という表情で、自分達に料理を振る舞ってくれる加古。そんな彼女の期待を、龍神と堤は裏切ることができなかった。
「あと、加古ちゃん、基本的に人の言うこと全然聞かないし」
「たしかに」
というか、こっちの方があのゲテモノ料理を止められないメインの理由な気がするが。
堤は廊下の床に寝そべったまま。龍神は廊下の隅に頭を抱えて縮こまったまま。数秒間沈黙を保ち、頭を冷やし、ようやく落ち着いてきた2人は、よろよろと重い腰をあげる。
「……行きたくないな」
「……でも、行くしかないしなあ」
「……行かなかったら行かなかったで、かなり厄介なことになるのは目に見えているしな」
「そうだよなあ」
「「はあああああ……」」
見事なまでにシンクロするため息。
「だめだ堤さん。思考を切り替えよう。『俺は死ぬ』と考えるから、死ぬんだ。『俺は死なない』思っていれば、きっとこわくないし死なない」
「なんだその根性論」
「しかし事実として、最近の俺達は『一皿』では死ななくなっている。もしかしたら、加古さんの炒飯に対して耐性ができているのかもしれない」
「……前向きな考えだ。さっきまで取り乱してたのに」
「べつに取り乱してなんていない。加古さんの炒飯なんて全然こわくない。ほんとにこわくない。こわくないったらない」
まるで自己暗示のように、龍神はぶつぶつとくり返す。
幸い、廊下の隅に縮こまって頭を抱えて震える如月龍神という有り得ない状況を目撃する人間は堤以外にはいなかった。故に、龍神はべつに廊下の隅に縮こまって頭を抱えて震えてなどいない。いないったらない。
「あとは、ハズレを引かないようにすることだけど」
「それは加古さんの調理次第……つまり、純粋に運の問題だ」
結局のところ。
龍神達に残された選択肢は、二つしかない。
炒飯を食べて、生きるか、死ぬか。デッド・オア・アライブ。それだけである。
「ここで悩んでいても、仕方ない……入ろうか」
「堤さん……」
「大丈夫だよ、如月くん。覚悟はもう決まった。どうせ逃げられないのなら、俺はどこまでも足搔いてみせる。足搔いて、足搔いて、最後の最後まで足搔ききって、生き残ってみせる」
数分前まで「だめだあ……もうおしまいだぁ」的な発言をしていた男は、もういなかった。
龍神の目の前にいるのは、胸に小さな希望を抱いて『死』に立ち向かう、1人の漢だった。
「じゃあ、いこうか」
「はい」
龍神と堤は信念と覚悟を持って、地獄の門を開く。
言葉を交わさなくても、分かる。通じあえる。2人の決意は、全く同じだった。
俺達は死なない。絶対に生き残るのだ、と――
「柿崎ッ! 柿崎ッ! しっかりしろ! 柿崎ィイイイイイイ!」
――もう死んでた。
◇◆◇◆
「……状況を説明しろ、太刀川」
ソファーの上でぐったりと動かなくなった柿崎国治を見詰めながら、龍神は苦々しげにそう聞いた。
対する太刀川慶は、頭を抱えながら低い声で呻く。
「見ての通りだ……ちょっとはやくここに着いた俺達は、先に部屋に入って……柿崎が前菜の炒飯を食べて……この有り様だ」
「どうして俺達の到着を待たなかったんだ!?」
「仕方ないだろ! 扉の前で待っていたのを加古に引きずりこまれたんだから!」
そもそも前菜の炒飯、という時点で軽く意味不明ではあるが、加古は暇さえあれば炒飯を作っている。おそらく作り置きを温めたものを柿崎は食して、そのまま死んだのだろう。
しかし、柿崎を物言わぬ屍にしてしまった張本人の姿はどこにもなかった。
「……加古さんはどこに行ったんだ?」
「加古さんは車の中に食材を置き忘れたので、取りに戻りました」
疑問に答えてくれたのは太刀川ではなく、龍神がよく知る後輩だった。
「双葉」
「如月先輩、今日は来てくれてありがとうございます。堤さんも、どうぞ」
黒江双葉はお盆の上に乗せたお茶を龍神と堤に出して、ぺこりと頭を下げた。トレードマークのツインテールが、頭の動きに合わせて揺れる。
龍神はコップを受け取りながら礼を言った。
「すまんな、双葉」
「ありがとう、双葉ちゃん。いただくよ」
「はい。加古さんはすぐに戻ってくると思うので、しばらく待っていてください。今回は材料をたくさん買い込んでいたので、1人で持って来れるかちょっと心配なんですが……」
たくさん材料を買い込んでいた。
その言葉だけで、龍神と堤はお茶を噴き出しそうになった。材料……一体どんな材料なのだろうか。加古の好奇心を満たす、危険な食材が含まれている気がしてならない。
叶うことなら、このまま加古が戻って来なければいいのに……と、2人は切に願った。
「ハーイ! みんなお待たせ!」
「加古さん!」
そして死神は、願ってる側から速攻で戻ってくる。
運命は残酷である。神は龍神達に、心の準備をする暇すら与えてくれないようだ。
両手一杯に様々な食事を抱えた加古望は、お茶のコップを持ったまま固まっている龍神と堤を見て、にっこりと笑った。
「2人とも時間通りに来てくれたのね。感心感心……あれ? 柿崎くんはなんで寝てるの?」
「柿崎はもう疲れたらしくてな。そっとしておいてくれ」
死んだ目で太刀川が言うと、加古は小首を傾げて眉を潜めた。
「ええ? パーティーはこれからなのに? もう柿崎くんったら……」
「年末で色々と疲れも溜まっていたんだろう。太刀川の言う通りだ。休ませてやれ」
聞こえてきたのは、意外な声。
女性にしては長身の加古の後ろから。男性にしては小柄なその人物は、にゅっと顔を出した。
「風間さん!?」
「どうして……」
「なんで風間さんがここに……?」
「……なんだその口ぶりは。俺がここに来るのがそんなに意外か?」
やや不満そうに、彼は元々鋭い目付きをさらに細める。言わずと知れたボーダー屈指の隠密戦闘チーム、A級3位風間隊隊長、風間蒼也がそこにいた。
龍神はもちろん、太刀川や堤も信じられない面持ちで、小さな先輩を凝視する。
「いや……まさか風間さんが来るとは……」
「折角のクリスマスだ。たまには羽を伸ばすのも悪くないだろう。それに、招待状も貰ったしな」
言いながら、ファンシーなピンクの便箋をヒラヒラさせる風間。正直、子どもにしか見えない。
「はいはい。それじゃあみんな揃ったことだし……」
ボーダー内屈指のクールな美女は、そのイメージとは真逆の、まるで太陽のような朗らかな笑顔を咲かせて……
「パーティーをはじめましょうか」
彼らに、死刑宣告を突きつける。
好きなバルキリーはYF19です