厨二なボーダー隊員   作:龍流

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※3月4日発売のBBFのネタバレ要素を含みます。物語の本筋には全く関係ありませんが、気になる方は注意してください。


お前の力を、みせてみろ

 ボーダーのチーフエンジニア、寺島雷蔵が開発した近接戦闘用ブレードトリガー『レイガスト』は、『剣』としての性能では他の二種のブレードトリガーに劣っている。

 目の前に二振りの刃物が置いてあるとしよう。剣でもいい、刀でも構わない。どちらか一振りを選べと言われた時、最初に比較するポイントは何だろうか? 取り回しの良さか、それとも単純な見た目か。人によって回答と選択は異なるかもしれないが、刀剣が敵を切る為の道具である以上、多くの人間に最も重要視されるのは、やはり『切れ味』だろう。

 古今東西、名剣や名刀と謡われる武器達は、並み居る敵をその刃で斬り裂き、勝利への道を切り開いてきた。そこまでスケールの大きな話にしなくても、もっと身近な例で考えてもいい。例えば、よく切れる包丁と切れない包丁、どちらがより多くの人に手に取られ、重宝されるかは明白だ。詰まるところ、大小関係なくよく切れる刃物は切れない刃物よりも重宝される。

 ボーダーの攻撃手の中で一番人気の『弧月』の攻撃力は、ランクに分類すれば『A』 たとえ集中シールドでも、全力で振りかぶれば叩き斬る威力を有し、まともに当たれば戦闘体は一刀両断される。

 同じく『スコーピオン』の攻撃力も『A』である。迅悠一がエンジニアと協力して開発したこのトリガーは耐久力では『弧月』に劣り、受け太刀に弱く、防御には向かない。とはいえ、刀身を自在に変形させるトリッキーな特性と、重さがほとんどないという高速戦闘に向いた特徴は、『弧月』と差別化するには充分な要素である。事実、使用者の数は『弧月』と比べて少ないが、開発者の迅をはじめとして、風間蒼也や影浦雅人など『スコーピオン』の扱いに長けた攻撃手達は独特の戦闘スタイルを確立した実力者揃いだ。

 そして最も使用者の数が少ない――人気がないとも言える『レイガスト』の攻撃力は『B』 『弧月』や『スコーピオン』と比較すると、純粋に攻撃力で負けている。要するに『切れ味』で劣っているのだ。

 さらに補足するならば、ブレードを自由に変形できる特性は『スコーピオン』と同様のもの。『レイガスト』は『弧月』よりも重い為、純粋に敵に斬り込む為に使うなら『スコーピオン』より『レイガスト』を優先する理由はない。他のブレードトリガーにはない特徴として『レイガスト』には『シールドモード』があるが、積極的な戦い方を好む攻撃手達に『レイガスト』が不人気なのは、ある意味当然と言えた。

 しかし、それは『レイガスト』というトリガーの性能を単体で分析した場合の話である。『弧月』に対応する『旋空』や『幻踊』のように、『レイガスト』にも機能を拡張できる専用のオプショントリガーが用意されていた。

 

(この距離なら、風間先輩はかわせないはずだ!)

 

 修は確信する。自分の手の平から凄まじい勢いで離れたブレードの切っ先は、真っ直ぐに風間に向かっていた。

 『レイガスト』専用オプショントリガー、『スラスター』

 トリオンを噴射し、瞬間的にブレードを加速させるこのオプショントリガーの活用方は多岐に渡る。

 『シールドモード』で相手に突進する盾突撃(シールドチャージ)

 攻撃ではなく『スラスター』という名が示す通り、移動の為の推進装置としての使用。

 修が龍神から参考として観ることを勧められたのは、『レイガスト』の数少ない使用者として知られているNo.4攻撃手『村上鋼』の戦闘記録(ログ)だった。

 以前、『弧月』を併用する彼の戦い方はあまり参考にならないと言われたので、修は首を傾げたが、

 

 

 ――確かに村上さんは基本的に防御を『レイガスト』で、攻撃を『弧月』で行っている。ログを全て観るのは時間の無駄だ。だから『レイガスト』を"巧く"活用している場面だけを、知り合いのオペレーターに抜き出して編集して貰った。有り難く見ろよ。

 

 そんな言葉と共に龍神から渡されたディスク。それを観た修は、自分と村上の『レイガスト』の使い方の違いに愕然とした。彼の戦い方は決して派手なものではなかったが、堅実かつ実直で、観ている人間が思わず唸るような魅力があった。

 

「こんな戦い方……ぼくにもできるでしょうか?」

 

 修は聞いた。

 

「無理だな」

 

 龍神は即答した。

 

「そ、そこまではっきり言わなくても……」

「俺は弟子に対して、歯に衣着せるような物言いをする気はない。大体、意味がないだろう」

「……意味がない?」

「俺がお前と近接戦の訓練をしているのは、あくまでも『接近された場合』の対処の為だぞ? お前は攻撃手ではなく、あくまでも『射手』だ」

 

 戦場を俯瞰で観察し、一歩引いた位置から戦局をコントロールする。チームにおいて修が果たすべきなのはそういった役目であり、遊真と共に前に出ることではない、と。龍神は言い聞かせるように語った。

 

「だが正直な話、お前の場合は火力不足が深刻な問題だ。烏丸にも言われているだろうが、射手をするにはトリオンが少な過ぎるからな」

「……トリオンが少ないのは自覚しているつもりです」

 

 実際、それが原因で一度は『ボーダー』の試験に落ちている。修が絞り出すような声で答えると、龍神は何故か嬉しそうに笑い、くつくつと喉を鳴らした。

 

「……なにかおかしいですか?」

「それでいい」

「はい?」

「ここで強がって反駁するようなら、また10回でも20回でも斬り捨ててやるところだった」

 

 実際にそれをやられた身としては、冗談に思えない発言だ。地獄のような連続連敗を思い出し、修の顔色は青くなった。

 対して、龍神は笑みを浮かべたまま、

 

「だが、お前はきちんと自分の弱点を掴んでいる。自分の弱さを認められない人間は多い。それを認められるのは、お前の『強さ』だ。大切にしろ」

「…………」

 

 普段は理解できない、反応に困るような意味不明な言動が多い先輩ではあるが。

 時々、本当に反応に困るようなことをさらりと言ってのけるのだから、余計に困ると修は思う。

 

「そんなわけで、お前の『弱さ』を補う為の『必殺技』だが……」

 

 そしてやはり、何が『そんなわけ』なのか全く理解できない。

 言葉に詰まる修は無視して、龍神は村上が『レイガスト』を振りかぶっている場面でモニターを一時停止させた。

 

「まずはコレだな。見た目、威力、ロマン、どれを取っても申し分ない」

「これは『スラスター』を利用した……?」

「そうだ。コレは近接攻撃ではなく遠距離攻撃だが、射手には逆に向いているかもしれん」

「なるほど……」

「まずはコレをきちんと当てられるようになれ。『スラスター』を使う際には掛け声も忘れずにな」

「……それ、本当にいるんですか?」

「当たり前だ。トリガーは音声で起動認証を行うこともできる。他の隊員と同じように『スラスター、オン』と言っても、おも……オリジナリティに欠けるだろう?」

「必要なんですか、オリジナリティ?」

「必須だな」

「…………」

 

 本当に『イグニッション』などという珍妙な掛け声が必要なのかはともかくとして。

 修は、龍神と協力して実用レベルにまで完成させたこの『技』に、ある程度の自信を持っていた。

 簡潔に言えば『スラスター』を使った『レイガスト』の投擲。しかし、その実態はそう単純なものでもない。

 『レイガスト』のブレードを投擲に適した形状に変形させ、さらに『スラスター』の推進力を利用して対象に向かって"投げる"。言うなれば、サーカスの曲芸で披露される『投げナイフ』のようなもの。現実の殺し合いでナイフを投げるくらいなら、銃を撃った方が威力も命中率も高く、効率的だ。だが、修達の戦闘――『トリオン』によって構成された体と武器を用いた戦闘では、また話は違ってくる。

 弾を"撃つ"ポジションは、ボーダーの中で大きく分けて3種類ある。

 まずは銃手(ガンナー)と射手(シューター)。最もポピュラーな射撃戦用トリガーであり、威力も高い『通常弾(アステロイド)』は、しかし防御用トリガーである『シールド』を撃ち抜くことができない。無論、銃撃を集中する十字砲火(クロスファイア)や、特殊な『合成弾』を使えば『シールド』の耐久限界まで削り倒すことも可能ではある。だが、個人では難しい。銃手(ガンナー)や射手(シューター)が、単独で得点するのが困難だと言われる所以だ。

 次に『銃』を扱うポジションである狙撃手(スナイパー)が使う狙撃用トリガー『イーグレット』の威力は『B』 一発に多量のトリオンを消費し、連射もきかない欠点こそあるものの『イーグレット』は『シールド』単体では防げない威力を持っている。『イーグレット』の攻撃を防ぐ為には、両手にセットしたシールドを同時起動する『両防御(フルガード)』や、急所をピンポイントでガードする『集中シールド』を使わなければならない。

 さて。

 先ほど説明した通り、『レイガスト』の攻撃力は『B』 他の二種のブレードトリガーと比べれば『切れ味』は劣るものの、これは敵に撃ち出す『弾丸』として見るならば、単体の『シールド』を突き破るだけの充分な攻撃力を有している。

 つまり、銃を撃つよりも――『通常弾(アステロイド)』のような遠距離射撃よりも、『レイガスト』の投擲はより強力な『飛び道具』になるというわけだ。これは『トリオン』が少ない修にとって、大きな利点だった。

 とはいえ、射程は決して長いとは言えず、当て方にも"コツ"がある。止まっている的に必ず命中させられるようになるまで、1週間以上の時間がかかった。

 しかし、いや、だからこそと言うべきか。

 満を持して風間に向けて放った反撃に、修はこれ以上ないほどの手応えを感じていた。

 

(風間先輩は『追尾弾(ハウンド)』の防御の為に、右側に『シールド』を集中している……いけるッ!)

 

 『レイガスト』を投擲する最高のタイミングは、敵が自分から間合いを詰めて飛び込んで来た時だ。射手にとって距離を詰められるのは死活問題だが、逆に言えば敵の方も近づけば"勝ち"だと思っている。

 

 その油断を、突く。

 

 修のコントロールは正確であり、練習の成果がはっきりと出ていた。

 目にも止まらない速さで空を裂く『レイガスト』は、そのままいけば間違いなく風間の胸元に突き刺さり、致命的なダメージになっていたはずだ。

 

「…………」

 

 だが、風間は僅かに目を細めただけで。

 正面へ突進したまま、右腕を振り上げた。

 

「ッ……!?」

 

 普通なら。

 凡庸な攻撃手が迫り来る『レイガスト』を受け止める為に『スコーピオン』を振りかざしたのなら、防御の為に伸ばされたブレードはあっさり砕け散っていただろう。

 しかし、風間蒼也は違った。

 ブレードが砕ける派手な音は鳴らなかった。ただ、風間の右腕から生えた『スコーピオン』は、刃と刃が接触するほんの少しの高音を響かせて、修の必殺の一撃をあっさりと受け流した。

 防御したわけではない。受け流したのだ。

 凄まじいスピードで迫る『レイガスト』を。あろうことか、耐久力の低い『スコーピオン』で。

 

「くっ……」

 

 驚愕に体を固めた修は、けれどもすぐに次の行動へ移った。

 

「アステ――」

 

 『追尾弾(ハウンド)』は敵を追尾してホーミングする弾丸。だが、誘導の効く範囲、『誘導半径』と呼ばれる距離の内側に入られてしまうと、追尾効率が落ちてしまう。故に修は『追尾弾(ハウンド)』の連射を取り止め、すぐにトリガーを『通常弾(アステロイド)』に切り替えた。

 冷静かつ、的確な対応だった。それでも、

 

「がっ……!?」

 

 『通常弾(アステロイド)』が放たれるよりも数段はやく、風間の軽やかな蹴撃が修の首に叩き込まれた。

 勿論、爪先には『スコーピオン』のブレードを添えて。

 

『三雲、ダウン!』

 

 仰向けに倒れた修を、風間は冷ややかに見下ろした。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「いい技だ。だが『隙』も大きい」

 

 息が詰まったのは、首を切られたせいではない。事実、それは的確な指摘だった。

 

「威力も高い分、『レイガスト』を投げている間は無防備になる。ブレードを起動したまま投擲するのだから、当然のことだ。変わった音声認証には少々面食らったが……その技、教えたのは如月か?」

「…………」

 

 切り裂かれた首筋に手をやりながら、修はゆっくりと起き上がった。

 隙を突いたつもりが、逆だった。風間は格下の修に対して、油断も慢心もしていなかった。

 淡々と、隙を伺っていたのだ。

 修が龍神との特訓で習得した『必殺技』は、風間に通用しない。自分の甘い考えと迂闊さに、歯噛みしながら立ち上がる。

 どうする?

 再び、正面から風間と向かい合う。

 

 七本目。

 

 迷うことなく、修は『それ』を選択した。

 

「アステロイド……『バックショット・スロー』」

「ッ!?」

 

 『カメレオン』を起動しようとしていた風間は、迫り来る弾丸を見、動きを止める。

 否、それらは『弾丸』と呼ぶには、少々遅すぎた。

 修のトリオンキューブから、溢れるように『アステロイド』が広がる。目で追うのが容易いほどの低速。しかし、部屋全体を覆い尽くす勢いで、光の粒子は拡散していく。

 

(さっきの"手"が通用しないのなら……次の"手"を打つだけだ!)

 

 この訓練室にはトリオン切れがない。常に『トリオン』を消費する『カメレオン』を、風間はいくらでも使うことができる。トリオン無限というルールは風間の戦い方に多大な恩恵をもたらすが、それを享受するのは彼だけではない。

 条件は、修も同じだ。

 トリオン切れがないのなら、理論上はいくらでも『弾丸』を放ち続けることができる。普段の自分のトリオン量では絶対に出来ない芸当だが、弾丸の調律(チューニング)については烏丸から基礎練をみっちり受けていた。

 『通常弾(アステロイド)』の低速散弾は『追尾弾(ハウンド)』とは異なり、空間全体に広がることによって相手の移動を制限することができる。

 空中に揺れる『通常弾(アステロイド)』を、風間は両手の『スコーピオン』で迎撃する。迂闊に動けば当たる可能性がある以上、風間はまだ弾丸の密度の少ない場所を見て取って、そこから修に接近せざるを得ない。

 だが、彼もA級隊員である。『シールド』の消耗を嫌ってか、それとも単純にその方がはやいのか。風間は『スコーピオン』で弾丸を切り落としながら、修に向けて突進した。

 修は『レイガスト』を構える。

 風間の強みは、俊敏な身のこなし。今まで散々に翻弄されたが、移動方向さえ分かれば、

 

「スラスター、イグニッション!」

 

 修にも、対応できる。

 盾突撃(シールドチャージ)。『スラスター』の推力と、『シールド』以上の耐久力を誇る『レイガスト』の強みを活かしたテクニックである。

 真正面からの突撃をもろに食らって、風間の小柄な体躯は一気に壁まで押し込まれた。

 

「……くっ!?」

 

 その過程で風間の背中には何発かの低速散弾が当たったが、全て『シールド』で防がれる。咄嗟の『トリガー』の切り替えは、流石と言うべきか。

 すぐさま体勢を立て直した風間は『スコーピオン』を振りかざし、

 

 ガキン、と。

 

 ドーム状に変形した『レイガスト』が、それを阻んだ。

 すっぽりと半透明のシールドに覆われた風間はどこにも動けないし、逃げられない。数秒間だけ、袋の鼠となる。

 

 捕まえた。

 

「な……!?」

 

 小揺るぎもしなかった彼の表情に、はじめて驚愕の二文字が浮かぶ。

 

 ――"読み"は通した。

 

 これで、トドメ。

 

「アステロイドッ!」

 

 ドーム状の『レイガスト』にわずかな穴を開け、修は威力重視の『通常弾(アステロイド)』を叩き込んだ。

 確かな手応え。

 避けようのない状況。

 それでも、着弾の衝撃で明滅するドームの中へ修は必死に目を凝らし、

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 鋭利な視線と、目が合った。

 二重に張られた『シールド』越しに。

 

(しまった……)

 

 『両防御(フルガード)』

 全身全霊をかけた修の一発は、風間の防御に阻まれていた。

 

「…………終わりか?」

 

 外見に似合わぬ低い声と共に、『スコーピオン』がドームの中で振り回された。

 ギンギンギン!と、耳に痛い高音が連続して響く。いくら防御力『SS』の『レイガスト』といえども、攻撃を受け続ければ割られるのは当然。

 

(まずいッ……)

 

 とにかく一旦距離を取ろうと、修は後退する。

 いや、"後退しよう"とした。

 

「ぐっ!?」

 

 右足が動かない。まるで地面に縫いつけられたかのように、不自然につっかえた。

 修は、足下を見て絶句する。 右足には、地面から生えたブレードが深々と突き刺さっていた。

 

(しまった……)

 

 『もぐら爪(モールクロー)』を知らなかったわけではない。ただ、ドーム状に変形させた『レイガスト』で、風間を完全に押さえ込めた気になっていた。

 そして、後悔している暇などなかった。

 

 次の瞬間には『レイガスト』が砕け散り、棒立ちになっていた修は風間に一撃で叩き伏せられた。

 

『トリオン供給器官破壊! 三雲ダウン!』

 

「…………ッ」

 

 切り裂かれた傷はすぐに修復する。だが、すぐに立ち上がることはできなかった。

 

「カウンターで突き返してやってもよかったが……おもしろいものを見せてくれた礼だ。俺も確実にやらせてもらう」

 

 本当に何でもないように、風間は言う。

 ――元々、勝てるとは思っていなかった。それでも、届くかもしれないと思った。

 そう思える程度には、修は2人の師匠との訓練に、今まで見えなかった『可能性』を見出だしていた。

 けれど、その結果がこれだ。

 自分よりも小さいはずの風間の背中が、とてつもなく大きく見える。

 

(…………やっぱり、ぼくじゃダメなのか?)

 

 心の中で、戦闘には不必要な疑念が広がっていく。『トリオン体』からなんとか気持ちを切り離して、修はよろよろと立ち上がった。

 

「…………ふん」

 

 そんな修を見て、風間はつまらなさそうに鼻を鳴らし、呟いた。

 

「……迅め。やはり理解できんな。『黒トリガー』を手放すほどの価値があるのか……」

「……え?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「残念ながら、これはどうやら勝負あったな。あのメガネくんの実力じゃ勝てない」

 

 3馬鹿の1人、前髪を伸ばしたそばかす――『早乙女文史(さおとめふみふみ)』は、肩を竦めながらそう言った。

 

「メガネも結構がんばってたけどな。流石にA級隊員には及ばないってことだろ」

 

 同じく3馬鹿の1人――『丙秀英(ひのえひでひで)』も自慢の帽子を被り直しながら、早乙女の言葉に同意した。

 

「だがまぁ、A級隊員の……それもA級3位部隊の隊長の戦いを間近で観ることができたのは、オレ達の今後にもプラスに繋がる。この勝負の観戦許可を取ってくれたことには感謝するぜ、先輩?」

 

 最後に3馬鹿のリーダーが――『甲田照輝(こうだてるてる)』が、2人の意見を締めくくるように言って、オールバック気味の髪をかきあげた。

 

「…………はぁ」

 

 龍神の隣の木虎が、なんとも言えない溜め息を吐く。そのさらに隣にいる烏丸のクールな表情も、やや呆れた様子に崩れていた。

 龍神は腕を組み直し、口を開く。

 

「ふっ……お前達の今後に繋がるというのなら、それは何よりだ。俺も嵐山さんと時枝に頭を下げた甲斐がある」

 

 木虎の表情があからさまに歪んだ。別に修の肩を持ちたいわけではないのだろうが、それでも3馬鹿の発言は素直に許容できないらしい。「……イライラするわ」と、呟きが口から漏れている。

 が、そんな彼女の憤慨も全く目に入っていないのか、3馬鹿はますます調子に乗って言葉を続けた。

 

「だが、オレ達はレアだぜ?」

「観戦させてくれたことには素直に感謝するが、それだけでオレ達をスカウトできると思ってもらっても困る」

「スカウトを受けるかどうかは、あんたの実力をハッキリ見極めた上で決めさせて貰う」

 

 木虎の顔がますます渋くなる。隣に烏丸がいるのにこんな表情をするのは極めて珍しい。

 

「それに関しては好きにすればいい」

 

 龍神は木虎とは対照的に、笑みを浮かべた。

 

「だがな、お前達が見るべきなのは風間さんじゃない」

「……それはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。俺がお前達に見せたかったのは、お前達の言う『メガネ』の方だからな」

 

 一瞬、戸惑ったように顔を見合わせた3人だったが、すぐに彼らは笑い出した。

 

「はっ……先輩には悪いが、あのメガネくんにそんな実力があるとは思えないな」

「事実、今もあいつは風間さん……だっけか? あのA級隊員に負けまくってる」

「それでもあいつの戦いから学べることがあると……先輩はそう言いたいのか?」

「ああ、そうだ」

 

 龍神の返事は、はやかった。ただ頷いて、甲田の言葉を首肯した。

 

「あいつはたしかに弱い。トリオン量は少ない、運動能力も高くない。お前達のように初期ポイントがプラスされるような『才能』はない。それどころか、最初の戦闘訓練の記録は時間切れだ。全くもって情けない」

 

 木虎の冷めた視線は一切無視して、言葉を続ける。

 

「ランニングをすれば雨取より先に息切れするし、必殺技のロマンも中々理解しないし、技名を叫ぶのも恥ずかしがる始末だ」

「ははっ……やっぱり、所詮メガネには……」

 

「だがな、あいつはお前達よりも強い」

 

「…………は?」

 

 龍神は振り向き、訓練室の中にちらりと視線をやる。

 風間の前で、修はまだ膝をついていた。

 

「オイオイ……あんたはオレ達が、あのメガネくんより弱いって言いたいのかよ?」

「ふん……分からないでもないさ。『訓練用トリガー』のオレ達には、戦力的に不利な面も多々ある」

「けど……いや、それゆえに聞き捨てならないな。俺達の秘められたポテンシャルがあいつに劣っていると、あんたは本気で思っているのか?」

「では聞くが、お前達は風間さんと戦って勝てるのか?」

 

 龍神の問いに、3人は揃って肩を竦めた。反論するというよりも、答えること自体が馬鹿らしいと言いたげに。

 

「勝てるわけないだろ? オレ達は優秀だが、だからといって自分達の実力を過信はしない。むしろ、正しく理解している」

「勝負ってのは、戦う前から始まってるんだ。はっきり言って、あのメガネくんはA級の相手をするには力不足。だからあいつは今、あんな不様を晒している」

「勝てる相手に勝つ。それが、賢い人間の選択だ」

「……ふむ。まあ、間違ってはいないな」

「ふっ……」

 

 隣に座っていた遊真が頷き、龍神は笑った。

 たしかに。

 3馬鹿の言うことは、ある意味間違ってはいない。どちらかと言えばつい先ほど、修に対して苦言を呈した木虎の意見に近いくらいだ。

 

 ――「ダメで元々」「負けも経験」 いかにも三流の考えそうなことね。勝つつもりでやらなきゃ、勝つための経験は積めないわ。

 

 厳密に言えば、木虎と3馬鹿の言葉の意味するところは、やや異なる。しかし、風間と戦うには早すぎるという点で、3人と1人の意見は一致している。

 だが、龍神はそうは思わない。むしろ……

 

「だから、お前達は弱いというんだ」

「なっ……?」

「一度ならず二度までも……」

「どこまで俺達をコケにする気だ!?」

 

 噛みついてくる3人を、今度は正面から見据えて言う。

 はっきりと、語調を強める。

 

「お前達に言われるまでもない。あいつは自分の未熟さや弱さを知っている。知っていても、それを逃げる為の言い訳には使わない」

 

 余裕がなくても。

 どんなに不様でも。

 三雲修は、自分が正しいと思った最大限を常に実行する。

 長所であり、短所でもある。けれど龍神は、そんな修の在り方を好ましく思う。

 きっと千佳も、そして遊真も、そんな修を隊長として認め、ついて行くことを決めたのだ。

 

「勝てない相手? 実力不足? 大いに結構。目の前に立ちはだかる壁は、高ければ高いほど燃えるものだろう?」

 

 三雲修は弱い。

 小さいけれども、とてつもなく大きな壁。あれを乗り越えることは、修が次のステップに踏み出す切っ掛けになるはずだ。

 ならば師匠が、それを後押ししない理由はない。

 そしてこれは、あくまでも龍神の個人的な『好み』になるが……

 

「悪いが俺は、勝つことが確定した勝負に楽しみは見出だせない。勝つか負けるか、勝ち負けがどう転ぶか……分からないからこその『勝負』だ」

 

 訓練室の中で、修と風間は何か話しているようだった。何を話しているかまでは聞こえない。

 だが、話を終えた修の表情は、今までとは変わっていた。

 

「……じゃああんたは、あのメガネがA級隊員に勝てる、と。そう信じて疑わないんだな?」

「あいつは俺の弟子だ。弟子を信じられなくて、師匠を名乗れるか?」

 

 念押しするように、胸に拳を当てて、龍神は3人に向けて断言した。

 

「三雲は強い」

 

 それでも、3人は鼻を鳴らして訓練室の中を見る。

 丙が首を横に振って言った。

 

「……けど、ご自慢の弟子の心は、もう折れたように見えるけどな?」

 

 その言葉に、同じく龍神も首を横に振る。

 

「そう見えるなら、お前達の目は節穴だな」

「ッ……?」

「刮目して見ろ」

 

 確認する必要はない。しかし龍神は弟子の姿を両の瞳にしっかり捉え、自慢するかのようにニヤリと笑った。

 

 そして、

 

「まだ、勝負は終わっていないぞ?」

 

 三雲修が、立ち上がった。

 




VS風間さんは2話完結の予定でしたが、予想以上に長くなったので3話構成になりました。風間さんが張り合ってカウンターを狙わなかったせいで、ただでさえハードの難易度がベリーハードに……

BBFが素晴らしい。3馬鹿のフルネームが分かってホッとしたぜ! でも、陽太郎の家族構成が『不明』のままという……片桐や雪丸の例がある以上、『実力派エリート迅』からお借りしようとしていた、とってもかわいいオペ子さんが重要キャラの可能性があって手が出せない……

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