厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二と生意気オペレーター

「か、加古さん? 出水くんまで?」

 

 突然現れた2人に、熊谷だけでなくラウンジにいた他の隊員達までもが大きくどよめいた。大袈裟な表現のようだが、決して誇張ではない。

 A級1位太刀川隊射手、出水公平とA級6位加古隊隊長、加古望。『射手(シューター)』の中でも指折りの実力を持つ2人が並んで歩いてきたのだ。これで騒ぐなと言う方が無理な話である。

 

「うぃーす、熊谷」

「こんにちは、熊谷ちゃん」

「ど、どうも……えーと、2人はどうしてここに?」

「そりゃもちろん、龍神に呼ばれたからに決まってるだろ。だよな、加古さん?」

「ええ。まったく私達をいきなり呼び出すなんて失礼しちゃうわ」

「ふっ……問題ない。2人のシフトはすでにチェック済みだったからな」

「そういう気回しが小憎らしいわ。だから思惑通りに呼び出されちゃうのよ」

 

 金髪をかきあげながら、加古が唇の端をつり上げる。その仕草は、年不相応な魅力に溢れていた。

 何気なく会話を続ける3人だったが、そこに状況から置いていかれた2人が割って入る。

 

「……あ、あのー」

「ちょっといいですか……?」

「ん? なんだ?」

「た、隊長はお二人とどういったご関係で?」

 

 恐る恐るといった感じで、甲田と早乙女が龍神に対して質問を投げる。しかし緊張感に満ちた彼らの様子とは裏腹に、その『呼称』を聞いた出水は突然吹き出した。

 

「ぶっ……ぐふふ。聞きました、加古さん? 『隊長』ですって……くくっ」

「ええ、とっても微笑ましいわね。きっと呼ばれる度に嬉しくて仕方ないんでしょう」

「おいおい、からかうのはよしてくれ」

「あらそう? 顔がニヤけてるけど?」

「なっ……」

「ふふっ……うそよ」

「……はあ、加古さん……」

 

 年上の貫禄にいいようにあしらわれ、龍神は溜め息を吐きながら頬をかいた。ボーダー広しと言えども、龍神を会話で手玉に取れる人間はそう多くない。加古はそんな数少ない人物の1人である。

 気を取り直して、龍神は甲田と早乙女に向き直った。

 

「では紹介しよう。まずは出水公平。お前達も知っての通り、A級1位部隊『太刀川隊』の射手だ」

「どうもどうも。このバカの友人やってる出水公平です。よろしくな」

「誰が馬鹿だ。この弾バカめ」

「うるせ。これからは年下の部下の面倒も見るんだから、お前はいい加減自覚しやがれ」

 

 バカバカ言い合う2人に、早乙女は毒気を抜かれたように呟いた。

 

「……仲いいんですね?」

「そうだな……出水は普通に友人だ。同級生だし、同じクラスだぞ?」

「A級1位部隊の射手と同じクラス!?」

「しかも普通に友達……流石は隊長だぜ!」

「……加古さん、なんかこいつら面倒臭そうな感じしませんか? つーか、なんか同じ匂いが……」

「いいじゃない。私は嫌いじゃないわ。如月くんと方向性も似てるし」

 

 そういうの大事よ、と加古はニコニコ微笑んだ。黙って炒飯を作らなければ普通に美人な彼女の笑顔に、甲田と早乙女は分かりやすく鼻の下を伸ばしている。

 だが、龍神は顎に手を当てて考え込んだ。出水は友人の一言で説明できるが、加古については何と説明すればいいだろうか? 無難に『尊敬できる先輩』とでも言えば……

 

「か、加古隊長はうちの隊長とはどういったご関係なんですか!?」

「そうね、どういう関係かと言えば……私は如月くんにフラれちゃったの」

 

 悩んでいる間に、いきなり問題発言をぶっ込まれた。

 

「ど、どどど、どういうことですかっ!? どういうことですか、隊長!?」

「フッた……っていうのはやっぱりそういう!? そういうことなんすか!?」

「えぇい、黙れ。加古さんも誤解を招くような言い回しはやめてくれ」

「あらあら? 私の熱烈なラブコールを蹴ったのは事実でしょう?」

「年上のお姉さんからの……」

「熱烈なラブコール……」

 

 何を勘違いしたのか、甲田と早乙女は頬を赤くしている。龍神は頭を抱えた。意外と年上好きなのだろうか、このチェリーボーイ共は。

 

「言っておくが、お前達が想像しているようなことは何もないぞ。ただ俺が加古さんのチームに誘われて、それを丁重にお断りしただけだ」

「私の目の前で『お断りしただけ』なんて……そんなことを言うとは、いい度胸じゃない」

 

 手のひらをワキワキと広げ、加古はキラーンと擬音がつきそうなドヤ顔になる。

 そんな馬鹿げたやりとりをしている間にもラウンジの喧騒は増していたが、龍神はもちろん2人にも周囲の喧騒を気にする様子は一切なかった。そもそもA級1位部隊の出水は羨望の眼差しを受けることなど慣れっこであるし、加古の方もマイウェイをマイペースでモデルウォークするような性格である。

 とはいえ、世間話を続けるのも飽きたのだろう。出水が特に躊躇いもなく、さっさと本題を切り出してきた。

 

「んで、オレが面倒を見るのはどっちなんだ?」

 

 面倒を見る。

 その言葉の意味するところを理解したのか。甲田と早乙女の表情が目に見えて強張った。

 

「面倒を見る……って、まさか」

「ああ、お前達の希望ポジションは『射手』だろう? 俺が訓練に付き合うには限界があるし、満足な指導もできないからな。それでこの2人に来て貰ったというわけだ」

 

 龍神の知る限り、指導を頼むならこの2人以上の『射手』はいない。一応、射手にはランキング1位の『あの男』などもいるのだが……彼の場合は指導を頼んで受け入れてくれるとは思えなかったし、この前隊服を「コスプレみたいでかっこいい」と言ってから何故か避けられている節がある。仕方がないので、選択肢からは除外していた。

 

「なんというか……また豪華なメンツね。ていうか、このメンバーに私が混じってるの違和感しかないんだけど」

 

 隣の熊谷が半眼を作って龍神の方を見てくる。自分を卑下するような物言いだったが、それは間違いだ。龍神は即座に声に出して否定した。

 

「そんなことはないぞ。たしかにコーチングを頼んだメンバーはほとんど『A級』だが、俺はくまに頼みたかったんだ。それに……」

「それに?」

「双葉だけというのはどうにも不安だろう?」

 

 言って、モニターを見上げる。

 

『韋駄天』

『ギャー!?』

 

 モニターには、無表情のまま『韋駄天』を続ける双葉とそれに蹂躙され続ける丙が映っていた。

 龍神の言いたいことを察してくれたのか、熊谷は息を吐いて、

 

「……まあ、できるだけ協力はするけど、あんまり期待はしないでね」

 

 と、頷いてくれた。

 熊谷も納得してくれたところで、改めて話に戻ろうとした、その時。

 

「ん? わりぃ、オレだ。ちょっと待ってくれ」

 

 軽快な音楽が鳴り響き、その音源を出水が懐から取り出した。

 

「ハイハイ、もしもし。なんだよ、唯我? オレは今日は用事あるって言っただろ? ん……柚宇さんが? あー、禁断症状出ちゃったか……」

 

 最初はぞんざいに言葉を返す出水だったが、次第に眉がつり上がり、額にしわが寄っていく。

 

「それなら太刀川さんとやればいいだろ? あん? レポート? なるほど、そりゃダメだ。じゃあ2人プレイで……いや、お前じゃ話になんねぇな。めちゃくちゃザコいし」

 

 電話越しでも「その言い方はあんまりですよ! 出水先輩!」と嘆きの叫びがはっきり聞こえた。

 

「よーし、分かった。ちょっと待ってろ。すぐ行く」

 

 それだけ言って電話を切ると、出水は龍神の方へ向き直った。

 

「龍神」

「なんだ?」

「柚宇さんが駄々をこねている」

「ほう」

「4人プレイをご所望だ」

「なるほど」

「で、どっちだ?」

「こっちだ」

 

 龍神は早乙女の背中を押し込み、出水の方へ突き出した。その意味が分からないのか、突然の出来事にどう反応すればいいか迷っているのか、早乙女は目を白黒させた。

 

「へ? え?」

「お前、名前は?」

「さ、早乙女文史です!」

「よーし、早乙女。龍神の頼みだ。これからオレがお前をビシバシ鍛えてやる。よろしくな」

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 頭を下げる早乙女に、出水はうんうんと頷いて、

 

「んじゃ、早速訓練……といきたいところなんだが、その前にちょいと用事ができちまった。お前にはその用事に付き合って貰いたいんだが、いいか?」

「もちろんです、出水先輩!」

「おお、サンキューサンキュー。あ、ちょっと聞いておきたいんだが……」

 

 憧れのA級射手から、一体何を聞かれるのか? 早乙女はごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 

「――お前、ゲームは得意か?」

 

 

「…………は?」

 

 この日、太刀川隊作戦室へ連れて行かれた早乙女文史は、夜になっても帰ってこなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「よし、残るはお前だけだな」

 

 敵をふっとばす格ゲーとレーシングゲームだったらどっちがいい?などと早乙女に聞きながら作戦室へ向かう出水を、龍神は生暖かい目で見送った。あれは下手をすれば徹夜コースだろう。丙とは別の意味で心が折られないか心配だ。無論、訓練ではなくゲームで、出水ではなく国近に、という意味で。

 ともあれ、これでかわいい後輩2人を無事に師匠の元へと送り出すことができた。口に出して言った通り、残るは1人である。

 

「じゃあ、私がこの子の担当っていうことになるのね?」

「ああ、そうだな」

「よ、よろしくお願いします。加古隊長!」

 

 加古にまじまじと見詰められて恥ずかしいのか、甲田は顔を赤くしてもじもじしていた。先が思いやられる反応である。

 だが、それ以前に。

 

 

「イヤよ」

 

 

 モデルウォーク美女は、またしても問題発言をかましてきた。

 たった三文字で、簡潔に。いきなり否定の言葉を突き返してきたのだ。

 

「おいおい、加古さん……」

「だって、私がこの子の面倒を見るメリットがないでしょう? 私の誘いは断ったのに、自分の頼みは聞いてもらえると思っていたなんて……ちょっと虫が良すぎるんじゃないかしら? 悪いけど、私は双葉ほど優しくないわよー」

 

 唇をすぼめて尖らせるその仕草すら、コケティッシュでかわいらしい。が、言っている内容は全然かわいくない。龍神としては非常に困る。

 というか、いつも何気なくチームへの誘いを断っていたが……実は拗ねていたのだろうか、この人は?

 そんな口に出せない疑問を抱く龍神だったが、今さら考えたところで始まらない。龍神は甲田に言った。

 

「おい、お前からもきちんとお願いして……」

「あ……い、イヤ……? 俺が……俺がイヤ……?」

 

 これは駄目だ。

 余程ショックだったに違いない。甲田は真っ白な状態(C級の隊服は元々白いが)になって、さながら壊れたテープレコーダーの如く言葉を吐き出し続けていた。

 

「……加古さん。分かっていると思うが、俺ではこいつに『射手』の戦い方を教えることはできないんだ」

「べつに私じゃなくてもいいんじゃないかしら? 折角だし、二宮くんにでも頼んでみたら?」

 

 加古は唇を尖らせたまま、できないことを平然と言ってくる。

 

「『射手』なら誰でもいいわけじゃない。俺は加古さんにこいつの訓練を頼みたい。加古さん以外には考えられなかったんだ。だから……お願いします」

 

 言って、龍神は再び頭を下げた。加古の誘いを断ってきたのは、一重に龍神自身の我が儘だ。厚かましい願いなのは理解している。今の誠意を相手に示すのであれば、頭を下げる以外に方法はない。

 すると、隣に立つ熊谷もなぜか頭を落とした。

 

「えっと……あたしからもお願いします」

「くま……」

 

 2人の後輩に頭を下げられ、流石に拗ねたような表情が崩れる。腕を組み直して、加古は小首を傾げた。

 

「あらあら、熊谷ちゃんにまで頭を下げられちゃうのはつらいわ……でもねぇ、なんていうかこう、フィーリングが微妙なのよねー」

 

 真っ白になっている甲田を流し目で見、呟く加古。だが、そんなことはない。龍神とて、何も考えずに甲田を彼女に預けようと思ったわけではないのだ。

 

「待ってくれ、加古さん。この3人は初期ポイントにボーナスを貰う程度には優秀だが、甲田はその中でも最もポイントが高い。将来有望だぞ」

「……ふーん、なるほど。一番才能があるってことね? でも……」

「まだ気が付かないのか、加古さん?」

「……何にかしら?」

「甲田はイニシャルが『K』だ!」

 

 人差し指を突き出し、龍神はハッキリと宣言した。加古もようやく気がついたのか「そういえばそうね……」と呟いて、大きくよろめく。

 効いている。龍神は心の中で密かにガッツポーズを取った。イニシャル『K』好きという、よく分からない不思議な拘りを持っているのが、こんなところで有利に働くとは思わなかった。加古は確実に心を動かされている。もう一押しだ。

 

「んー、だけどそれだけじゃ……」

「それだけじゃない」

「あら?」

「実はな……あいつの好物は――」

 

 

 それを口にすることを龍神は躊躇った。しかし、全ては甲田の為である。龍神は心を鬼にして、その単語を口にした。

 

 

「――炒飯(チャーハン)なんだ」

 

 

 効果は絶大だった。

 なぜか右手にいちごジャム、左手に甲田の手を握り締め、加古はスキップしそうな勢いで作戦室へと向かって行った。

 甲田の好物が炒飯かどうかなんて、龍神は知らない。だが少なくとも、ピンポイントで炒飯が嫌いという人間はいないだろう。そんな人間は二連続で加古の『ハズレ』を引いてしまった自分くらいで充分だ。幸いなことに、加古の炒飯は全てが『ハズレ』というわけではない。生き残れるかは、甲田の運次第だ。龍神は遠ざかる白い背中に、無言で合掌した。

 この日、甲田照輝が夜になっても帰ってこなかったのは、言うまでもない。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「よし。とりあえず暇だから俺達も一戦どうだ?」

 

 合掌を済ませた龍神は気分をすっきり切り替える為、熊谷にそんな提案をした。

 

「べつにいいけど……丙くんの面倒は見なくていいの?」

「ああ、まだかかりそうだしな」

 

 熊谷と一緒に、再びモニターを見上げる。

 

「『韋駄天』」

「ギャー!?」

 

 液晶画面の中では、とてもデジャヴな光景が相変わらず繰り広げられていた。双葉が何本勝負の設定にしたのかは知らないが……まあ、最初から気合いが入っているのは良いことである。

 

「そういえば、如月」

「なんだ、くま?」

「あんた、オペレーターはどうするの?」

「……………あ」

「…………え?」

「忘れていた」

 

 ずでーん、と。

 さながらギャグ漫画のように、熊谷は頭からずっこけた。

 そしてむくりと起き上がり、叫ぶ。

 

「なんでそんな大事なこと忘れてんの!? あの子達の師匠探す前に、オペレーター見つける方が先でしょう?」

「くっ……俺としたことが迂闊だったな」

「俺としたことが……じゃないわよ! なんでそんな大事なことが頭から抜け落ちてるのよ!?」

「どうやら、隊長と呼ばれて俺も舞い上がっていたらしい。あいつらを強くする方法ばかり考えて、オペレーターのことを失念していた」

「このバカ! どうするの!?」

「……家に引きこもってどのチームも目をつけていないような、機器操作に優れたオペレーターとかいないだろうか?」

「そんな小夜子みたいな子いるわけないでしょ!」

「むぅ……」

 

 顎に手を当てて考え込む龍神と、我が事のように頭を抱えて悩む熊谷。

 その時だった。

 

 

「まったく……そんなことだろうと思ったわ」

 

 

 2人の前に、救世主とも言える人物達が現れたのは。

 

「こんにちは、如月くん。くまちゃんも」

「玲……?」

 

 1人目は那須玲。

 詳しく説明するまでもなく、熊谷の所属する那須隊の隊長である。病弱なことで知られている彼女だが、今は熊谷と同じくやや身体のラインを強調する白い隊服に身を包んでいた。

 

「それに……桐絵?」

 

 2人目は小南桐絵。

 玉狛支部所属のA級隊員であり、那須や熊谷と同い年でありながら、ボーダーの中でもかなりの古株。そして同時に、トップクラスの実力を誇る攻撃手だ。

 熊谷は那須や小南と通っている学校は別だが、小南とは普通に面識もあり、友達である。ならばどうして、彼女の呟きに疑問符が付いたのかといえば……その理由は、小南の格好にあった。

 インナーには白のブラウス。紺色の上着にタイトスカート。オレンジのラインのアクセントが入ったそれらは、ボーダーのオペレーター制服である。ご丁寧に、小南はしっかりとネクタイまで絞めてそれを着用していた。

 オペレーターの制服を着ている。これが意味するところは、即ちひとつ。

 龍神は思わず息を呑んだ。

 

「小南、まさかお前……俺のチームの為に、攻撃手からオペレーターに転向を!?」

「違うわよ!」

 

 違った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「正体を隠したい……だと?」

「ええ、そうなの」

 

 人目のある場所での話は避けたいということで、龍神は廊下を歩きながら小南の服装について、那須から事情を聞いていた。

 小南や那須の通う『星輪女子学園』は三門市内でも有名なお嬢様学校。そんな環境でボーダー活動時のようなお転婆っぷりを発揮するわけにもいかず、小南は学校ではおとなしく過ごしている……要は"猫を被っている"らしい。

 

(被れているのか……猫を?)

 

 小南は筋金入りのちょろかわだまされガールだ。そんな小南が学校で猫を被ってバレていないとは、どうにも信じられない。

 訝しげな龍神の視線を察したのか、那須は曖昧な笑みを浮かべた。小南がそのつもりでいても、周囲の人間から見ればボロが出ているのだろう。というか、出ないわけがない。

 だが、それでも隠し通せていることがあるらしく……

 

「桐絵ちゃんは学校ではボーダーの戦闘員じゃなくて、オペレーターだってみんなに言ってるの。もちろん、A級隊員だっていうことも秘密」

「なるほどな……」

 

 龍神は振り返った。後ろを歩く小南は、明らかにげっそりと項垂れている。隣を歩く熊谷も、心配そうに小南のことを見詰めていた。

 

「では、あの格好は?」

「それは……」

「玲ちゃん、さすがにそこからはあたしが話すわ」

 

 言って、小南は顔を上げた。

 

「実は、あんたに会わせたい子がいるの」

「俺に会わせたい? なら、その子がうちの部隊に入ってくれるかもしれない、新任のオペレーターということか?」

 

 ボーダーのオペレーターは最初に基地全体の業務処理を行う『中央オペレーター』という部署に配属される。そこで機器の操作や基本的な仕事を覚え、部隊オペレーターへと転属していく。なので、小南の言うそのオペレーターは『中央オペレーター』として仕事に関しては及第点をクリアしているということだ。

 しかし、

 

「……そう、なんだけど……そうなんだけど」

 

 自分で話すと言っておきながら、小南は口をつぐんだ。なんとも珍しく、歯切れが悪い。それを見かねたのか、那須が隣からフォローに入った。

 

「その子がね……私や桐絵ちゃんと学校で同じクラスなの」

「ああ、そういうことか」

 

 龍神はぽんと拳を叩く。

 ようやく合点がいった。簡潔に言えば、小南はそのクラスメイトに自分の正体を隠しておきたいのだ。

 

「それで俺に口裏を合わせろ、と。そういうことだな?」

「……そうよ。そういうこと」

 

 本部での仕事しかしない中央オペレーターならまだしも、他の部隊との接点も増える部隊オペレーターになれば、流石に隠し通すのも難しくなってしまう。それならば、知り合いのいる部隊にそのクラスメイトを放り込んだ方が、いくらか秘密がバレるリスクが減るというわけだ。

 事情は理解した。しかし、それでも龍神は首を傾げた。

 

「オペレーターに心当たりがない現状、そのクラスメイトを紹介してくれるのは非常に助かる。だがな、小南。俺が心配することではないのかもしれないが……隠し通せるのか?」

「うっ」

 

 いたって当たり前の指摘に、小南は明らかに言葉を詰まらせた。

 ボーダーの防衛任務はシフト制である。基本的に5部隊が3交代制で任務に当たるが、その中でも特例として『1人でも1部隊相当の戦力』としてカウントされる隊員が4人いる。

 ボーダー本部長、忍田真史。

 実力派エリート、迅悠一。

 完璧万能手、木崎レイジ。

 そして、小南桐絵である。

 1人だけで1部隊相当の戦力とかなにそれカッケー!という龍神の勝手な憧れは置いておいて、本部での業務でもシフトを見る場面はいくらでもあったはず。シフト表に非戦闘員で通っている小南の名前があれば、一発でバレてしまう。

 

「……中央オペレーターの研修中は、事情を説明してなんとか沢村さんに誤魔化してもらってたのよ。ウチの支部のシフトは『玉狛』表記で統一すればバレないし。あたしだって、防衛任務中は支部にいる栞との通信だけに絞っていたしね」

 

 流石、忍田本部長が絡まなければ有能なことに定評がある沢村さんである。細やかな気配りだ。

 だが、部隊オペレーターになってしまえばそんな沢村のサポートも行き届かなくなる。龍神が口裏を合わせるにしろ、やはりいつまでも隠し通せるとは思えなかった。

 

「……そんなにバレたくないのか?」

 

 今ここにいる那須や、柿崎隊の照屋文香は小南の正体(本性?)を知っている。同じ学校に通う……しかもクラスメイトなら、尚更隠し事はやめておいた方がいい。少なくとも、龍神はそう考える。

 

「絶っ対にイヤよ!」

 

 しかし、当人がこれではどうしょうもない。那須に目配せしても、首を横に振るだけだった。

 

「なんていうか、そんなに問題のある子なの? その子は」

 

 熊谷が小南の顔を覗き込んで聞く。

 

「おおありよ、くまちゃん! あんなヤツにあたしの秘密を知られたら、一体どうなるか……顔はちょっとだけかわいいけど、高飛車でワガママで偏屈で無駄にプライドが高い、本当にめんどくさいヤツなんだから!」

「如月とどっちが変人?」

「いい勝負よ!」

「ふっ……誉めても何も出んぞ」

「ほめてないッ!」

 

 冗談はさておき、並べ立てられた言葉から察するに、中々個性的な性格をしているらしい。那須の方をちらりと見ても曖昧に笑うだけ。小南のそのクラスメイトに対する評価は、あながち間違っていないようだった。

 

「……というわけで、これから紹介するのはそんなヤツだけど、本当にいいのね?」

「ああ、問題ない」

 

 話をしている内に、龍神達は目的の会議室の前にたどり着いていた。

 なんでも勝手に龍神に会いに行こうとした彼女を宥めすかして引き止めて、この部屋の中で待たせているそうだ。

 

「本当に本当にいいのね?」

「くどいぞ、小南。俺はそのクラスメイトのことをまるで知らない。お前が彼女にどんな感情を抱いていようとそれはお前の勝手だが、お前から聞いた話だけで彼女の人柄を判断するわけにはいかないだろう? それは直接話をして、俺が決めることだ」

「……分かったわよ」

 

 観念したように、小南が後ろに下がる。龍神から入れという意味らしい。

 初対面の人間を先頭にして入るのはどうなんだとも思ったが、今さら文句を言っても仕方ない。龍神は意を決して扉を開いた

 

 そして、

 

 

「――よく来たわね、ボーダー屈指の変人馬鹿さん?」

 

 

 降りかかってきた声に、思わず息を呑んだ。

 迎えの言葉は、高圧的な嘲笑だった。

 それはいい。問題はその声の主が、何故か"机の上に仁王立ち"してこちらを見下ろしていることだった。

 

「ふふっ……なるほど。白いコートに黒い『弧月』か……こうして間近で見ると、本当に"拗らせている"痛々しい男って感じがするわね」

 

 尊大な口調で言う少女は、しかしそんな態度を判断基準に含めなければ充分過ぎるほどに可憐な顔立ちをしていた。

 ハーフアップに括られた黒髪。小南と同じお嬢様学校のセーラー服の上に、髪色と同じ黒のカーディガンを羽織っている。全体的に可愛いというよりも、綺麗という言葉の方が似つかわしいだろう。自分の容姿に絶対の自信を持っている小南が「ちょっとだけかわいい」と言うだけはある。

 が、何故だろうか。彼女が発する言葉と雰囲気が、彼女のイメージを見た目の印象そのままに感じることを阻害しているような……どこか『子供っぽい』印象も、龍神は同時に感じていた。

 

「……彼女が?」

「……ええ、そうよ。こい……彼女があん……貴方に紹介したかったクラスメイトのオペレーターよ」

 

 途中から猫を被った口調になりながら、小南が言う。だが、その言い様には明らかに呆れの色が滲み出ていた。

 

「はじめまして、如月龍神さん。小南さんからご紹介に預かりました、ボーダー期待の敏腕オペレーター………」

 

 小南と同じくらいの慎ましい胸に手を当て、仁王立ちの状態でさらにふんぞり返りながら、少女は自信満々に言い放った。

 

「江渡上紗矢、と申します。以後、お見知りおきを」

 

 なるほど、と思う。

 この自信満々の態度と口調は、ボーダーのオペレーターには中々いないタイプだ。自分で敏腕オペレーターと言ってしまうあたり、いい性格をしている。

 机の上に立つ彼女を見上げて、龍神は挨拶を返した。

 

「如月龍神だ。よろしく」

「こちらこそ。早速で申し訳ないのだけれど、本題に移らせてもらってもいい?」

「と、いうと?」

「あなたの作る『部隊(チーム)』に私が入るか、入らないか……そういう相談よ」

「なるほどな。世間話は嫌いなタイプか?」

「ええ。物事は合理的に進めたい主義なの。可愛げがないかしら?」

「いや、そんなことはないさ。単刀直入にハッキリと切り出してくる女性は、むしろ好ましい」

「ありがとう。お世辞でも、一応受け取っておくわ」

「だが……そうだな。まず俺から、ひとつ言わせて貰っても構わないか?」

「どうぞ?」

「では、遠慮なく」

 

 言葉通り、本当に遠慮なく。

 偉そうにふんぞり返っている彼女に向かって、龍神は言った。

 

 

 

「パンツみえてるぞ」

 

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