厨二なボーダー隊員   作:龍流

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抗戦、開始

「アステロイド!」

 

 分割されたキューブの弾丸は狙い通りに急所を穿ち、『バムスター』の巨体が民家に倒れ込んだ。

 

「なんだ? こっちに流れてくるトリオン兵が急に増えたぞ!?」

 

 三雲修は冷や汗を流しながら言った。それは決して、彼が弱気になっていたからではない。客観的に見ても、市街地を我が物顔で闊歩するトリオン兵の数は急増していた。

 

「よっ……と」

 

 修の隣で、モールモッドが真正面から斬り捨てられ、沈黙する。

 地面に着地した空閑遊真は次のターゲットを物色しつつ、周囲を見回した。

 

「たしかにおかしいな……敵が戦力を増やしたのか?」

『というよりは、先ほどまで維持できていた防衛ラインを突破されているようだ。何かあったのは間違いないだろう』

 

 訓練用トリガーで軽々とトリオン兵を倒していく遊真に、懐のレプリカが推測を述べる。

 修と遊真は学校から直接警戒区域に向かい、交戦を開始していた。最初は2人だけで流れてくるトリオン兵を抑えられていたのだが、先刻から敵の数が明らかに増え続けていた。たしかにレプリカの言う通り、単純に数が増えたというよりも、今まで他の隊員が抑えていたトリオン兵までこちらに流れている、と言った方が正しく思える。

 

「一体何があったんだ……?」

 

 そんな修の疑問に答えるかのように、2人の通信回線が開いた。

 

『司令部より、戦闘中の各隊員へ! 敵トリオン兵に『新型』を多数確認した。現在、諏訪隊、風間隊、那須隊、如月隊が交戦中。『新型』はこちらを捕らえようとする動きがある。極力、単独での交戦は避けて複数でかかれ』

「新型のトリオン兵?」

「ふむ……タツミ先輩が戦っているのか」

 

 理由が分かって納得したのか、遊真が軽く頷く。すると、彼の懐からにゅっと黒い影が這い出てきた。

 

『シノダ本部長。その新型トリオン兵についてのデータがある。おそらく、かつて『アフトクラトル』で開発中だったトリオン兵……名は『ラービット』だ』

「ラービット……?」

 

 レプリカが出した名前を呟き、反芻する。少なくとも、修はそんな名前のトリオン兵は聞いたこともなかった。

 『近界(ネイバーフッド)』最大の軍事国家。アフトクラトルは今回の侵攻予想国に含まれていたが、彼らが扱うトリオン兵のデータ全てをボーダーが有しているわけではない。開発中だった『新型』ともなれば尚更である。

 

『アフトクラトルのトリオン兵……だが、捕獲は大型の『バムスター』や『バンダー』の役目ではないのか?』

『役目は同じでも、その標的が違う。ラービットは、トリガー使いを捕獲するためのトリオン兵だ』

 

 通信機越しでも、忍田が息を飲むのが分かった。

 

『他のトリオン兵とは、別物の性能と思った方がいい』

 

 通信回線を司令部のみに限定したレプリカは、躊躇なく告げる。

 

『A級隊員であったとしても、単独で挑めば"食われるぞ"』

 

 無機質な機械音声が、その事実の深刻さを際立たせていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「大体は理解した。要するに『トリガー使い』を確保する為の『トリオン兵』か。性能が段違いに高いのも頷けるな」

『ああ。注意しろ、タツミ』

 

 懐に忍ばせた『ちびレプリカ』の言葉に、如月龍神は頷いた。

 切っ掛けは彼の些細なわがままだった。常に遊真を見守り、冷静沈着な状況判断と的確なアドバイスを与えるマスコットの鏡。そんなレプリカの姿を見て「俺もちょっと欲しい」と、言ってみたところあっさり要望が通り、龍神はレプリカの分身体とも言える『ちび』を1体預かることになったのだ。

 これは常に暗躍している実力派エリートが「龍神にもレプリカ先生がついていてくれた方がいい」と、レプリカ本人に助言したせいでもあるのだが、高性能なマスコットキャラをゲットして浮かれた馬鹿はそんなことは全く知らない。

 ともあれ、この状況で敵の情報を的確に伝えてくれるレプリカの存在は龍神にとってかなり有り難いものだった。

 

『どうする、タツミ? シノダ本部長は先ほどの情報を踏まえて、B級隊員に合流の指示を出した。街への被害は広がるが、ここで戦力の消費を避ける本部長の判断は決して間違いではない』

 

 その有能なマスコットがこう言っているのだ。『新型』が手強い相手なのは確実。そして、確実に勝てるとは限らない。

 

「だが、このままあの『新型』が逃がしてくれるとも思えないな」

 

 電撃を受けた熊谷はまだ完全に回復しきっていない。手負いの彼女を抱えたまま『新型』を振り切るのは難しいだろう。

 龍神はレプリカではなく、別の人物に対して問い掛けた。

 

「江渡上」

『大丈夫。『新型』に吹っ飛ばされた那須さんは無事よ。そっちに向かってるわ。日浦さんも狙撃地点についてる。那須隊の志岐さんと情報共有を済ませてあるから、連携は充分可能だけど?』

 

 生意気なオペレーターは聞いてもいないのに、ハキハキとそう答えた。那須隊の状況把握を済ませているあたり、相変わらず手際が良い。

 

「那須が到着するまでの時間は?」

『結構吹っ飛ばされたからね。おおよそ3分といったところだと思う。どうする、隊長? 玉狛の炊飯器さんの言う通り、逃げるのも手よ?』

 

 問い掛けてくる声音は、明らかにからかいの色を含んでいた。やはり、ウチのオペレーターはいい性格をしている。

 如月龍神がどう答えるか、江渡上紗矢はもう分かっているだろうに。

 

「江渡上。俺はさっき何と言った?」

『『新型』と交戦する、と言ったわね』

「なら、そういうことだ」

『了解。周辺の地形情報を送信します。カップ麺を作る時間くらいは稼いでね?』

「ああ、そうだな」

 

 口の減らないオペレーターである。しかし、隊長の威厳を示すにはいい機会だ。

 龍神は通信相手をまた別の人物に切り替えた。

 

「日浦、聞こえるか?」

『は、はい! 聞こえています、如月先輩!』

「無理はしなくていい。狙えるタイミングで構わないから、援護を頼む。『ライトニング』を使っているなら『アイビス』に切り替えろ。あの装甲では『アイビス』でも抜けるかどうか怪しいが『ライトニング』や『イーグレット』よりはマシだ」

『わ、分かりました!』

 

 日浦茜の声音には動揺が滲んでいた。チームメイトが窮地に陥った直後だ。無理もない。

 とはいえ、龍神は狙撃を当てにする気はなかった。茜を信頼していないわけではない。那須の『変化弾(バイパー)』がまったく通用しない防御力だ。そもそも、射撃系のトリガーで致命傷を与えるのは難しいだろう。

 やはり、近づいて削り殺すしかない。

 

「如月……」

「大丈夫だ。さがっていろ、くま」

「気をつけて……ソイツ、かなりのパワーとスピードよ」

「ああ。分かっている」

 

 龍神は視線の先の『ラービット』に、『弧月』の切っ先をピタリと合わせて、

 

「充分に注意してかかるとしよう」

 

 一気に踏み込んだ。

 使用したのは『テレポーター』ではなく『グラスホッパー』。まずはどの程度まで反応できるのか、探る為である。

 初撃から狙ったのは、頭部の急所。

 躊躇なく切断した。しかし、弾かれる。『ラービット』は腕を交差させ、龍神の斬撃を受け止めていた。

 

(グラスホッパーからの突進に、ガードで対応できるのか……)

『ラービットは特に前腕と背後の装甲が厚い。遠距離攻撃はもちろん、近距離からブレードトリガーで攻撃しても、効果的なダメージは望めないぞ』

 

 イヤホン越しに助言が聞こえてきた。

 レプリカの言う通り、厄介だとは思う。この巨椀はどう見積もっても、『弧月』のブレードで三枚に卸せそうにない。

 削りきれない。ならば、削れる箇所から落としていくだけだ。

 さらに接近。懐に潜り込む。

 

「『スコーピオン』」

 

 両手で保持していた『弧月』を左手持ちに変え、右手のブレードトリガーを起動。手数を増やして、龍神は一気に攻めかかった。

 『弧月』と『スコーピオン』の二刀流。黒トリガー争奪戦の以後、隠す理由もなくなったので、龍神はランク戦で『スコーピオン』を使うようになっていた。迅の指導である程度形にはなっていたが、やはり様々な相手と模擬戦を重ねた方が得るものは多い。その過程でこの戦い方の利点だけでなく、弱点もはっきりと見えてきていた。

 太刀川慶や風間蒼也などのトップ攻撃手達は『弧月』や『スコーピオン』の二刀流を用いる。理由は単純。攻撃の手数が増えるからだ。だが、ブレードを保持するのが片手になる分、どうしても剣速は落ちてしまう。重さがほとんどない『スコーピオン』はまだしも、『弧月』にはそれが顕著に表れる。そんな『弧月』で二刀流をやってのける太刀川慶は、やはり異常といえるだろう。

 今回のような"硬い相手"を倒すには、龍神の選択は間違いのように思える。耐久力に差のないボーダーの『トリオン体』を相手にするならともかく、装甲に覆われた『トリオン兵』に対してはブレードをより強い力で振るって"食い込ませた"方が良いに決まっている。

 しかし、これでいい。

 一撃、また一撃。打ち込む度に、刃が弾かれる甲高い音が鳴り響く。龍神の攻撃は致命傷を与えられないが、ラービットも龍神に対して攻撃を当てられなかった。

 

「"乱空天舞"」

 

 『グラスホッパー』を周囲に分割して展開。ラービットの囲むように飛び回りながら、龍神は考える。

 

(コイツは『トリガー使い』の捕獲を念頭においたトリオン兵。モールモッドやバムスターとは比較にならない高いコストが掛かっている。1人の相手にこんなに好き勝手にされるのは想定外のハズ……戦闘プログラムの観点から見ても、だ)

 

 予想は当たった。

 攻撃を受けるがままになっていたラービットが、痺れを切らしたように腕を大きく持ち上げる。

 これを待っていた。

 右の大振り。予備動作。隙が生まれる。

 

『タツミ』

「分かっている!」

 

 地面に叩きつけられた拳をかわし、一閃。

 深追いはしない。舞い上がったコンクリート片に紛れて、龍神は即座に距離を取った。

 

『如月、大丈夫!?』

「大丈夫だ。とりあえず、一発お見舞いしてやったが……」

 

 

 心配する熊谷の声に答えながらも、龍神は言葉をそこで切った。ラービットの腹部には腕部についたものとは比べものにならない傷が刻まれていたが、未だに健在。動きにも戦闘にも支障はなさそうだった。

 

「まだ、足りんな」

 

 もう一撃、欲しい。

 その時。ちょうどよく、"視界"を遮っていた粉塵が風で吹き飛ばされた。

 

「旋空――"死式"」

 

 敵との距離、状況。それらを鑑みて、龍神の判断は早かった。

 横薙ぎに放たれた『旋空弧月』はラービットの頭部を正確に捉え、

 

 

「"赤花"」

 

 

 瞬間、一撃目とは逆方向。ラービットの背中に『弧月』のブレードが炸裂した。

 『旋空弧月』から『テレポーター』の瞬間移動による奇襲。ボーダーの攻撃手達に『初見殺し』と揶揄されるその技は、見事に決まったように思えたが……

 

「ちっ……」

 

 龍神は二撃目を打った空中で身を捻り、ラービットの攻撃圏内から『グラスホッパー』ですぐさま退いた。

 

「……いくらなんでも硬すぎるんじゃないか?」

 

 まだ砕けていないコンクリートの地面に着地し、愚痴るように吐き捨てる。龍神は『弧月』を右手に持ち替えて、左手首を軽く振った。手応えはあったが、片手で思い切り斬りつけてやったせいで反動が凄まじかった。生身であれば、逆に手首がイッていたかもしれない。

 

『トリガー使いを複数捕らえるためのトリオン兵だ。多人数に囲まれても凌げるだけの防御力は有している』

「つくづく面倒なタイプだな」

 

 背中を覆う装甲の中腹は割れ、人間でいう脇腹部分からトリオンの煙が漏出。さらに『耳』に当たると思われる部位は完全にへし折れていたが、それでもラービットはまだまだやれると言わんばかりに龍神の方へ振り向いてくる。

 シャッターのようなシールドで閉じられていた眼球部分が、再び開いた。

 

「『赤花』の一撃目で急所を狙ったんだが……外したな」

『外したというより、反応されたな。視覚情報だけでなく、あの耳のようなパーツで聴覚情報も収集して周囲の状況を確認しているようだ』

「分かりやすい急所は閉じてカバーか。つくづく防御力の高いトリオン兵だ」

『この様子では、ボーダーの透明化トリガーを用いても反応される恐れがあるぞ』

「いずれにせよ『カメレオン』はセットして来ていない。今回のトリガーセットは防衛戦用にキツキツだからな」

 

 強いて言うなら隠密戦闘が主戦術の風間隊にとっては厄介な能力だが、『カメレオン』に対応されただけで崩れるほど『A級3位』の称号は軽くない。それに、あのチームにはもっと耳のいいヤツもいる。

 今するべきは、自分達の心配だ。

 

『どうする、タツミ? 敵がラービット単体ならこのまま時間を掛けても問題はない。しかし他のトリオン兵や、最悪『2体目』と合流されてしまう可能性もある。そうなれば、倒すのがますます厳しくなる』

 

 ちびレプリカが言ってくる。この相手にこれ以上時間を割きたくない、というのは龍神も同意見だ。レプリカが述べた合流の可能性もあるし、なによりこの場に釘付けにされてしまえば他の地域への救援に向かえない。

 なので、龍神は答えた。

 

「大丈夫だ、レプリカ。問題ない」

 

 言って、前へと足を踏み出す。半壊状態の『ラービット』に、ゆっくりと近付いていく。

 相手はトリオン兵だ。聞こえているか分からないし、音声データとしては拾えても、理解はできないだろう。

 それでも、龍神は言った。

 

「覚えておけ、白ウサギ」

 

 口元には、笑みすら浮かべて。

 

 

「お前の敗因は、こわい女を怒らせたことだ」

 

 

 瞬間。

 複数の『弾丸』が、龍神の隣を駆け抜けた。

 その数、6発。複雑な軌道は描かず、直進する弾丸は真正面から目標へ向かう。当然、ラービットはそれを防ぐために腕を交差させて防御態勢を取る。

 トリオン兵の戦闘プログラムが『回避』ではなく『防御』を選んだ時点で、結果は確定した。

 直進していたのは、その時、その瞬間まで。

 くん、と。

 6発の弾丸はまるで推力を失ったかのように急降下し、そのまま地面すれすれを複雑な軌道で走り抜け――

 

「流石だ、那須」

 

 ――ラービットの足元で直角に跳ね上がり、下からえぐり込むように着弾した。

 響いたのは、耳を裂く轟音。目に映るのは、爆発の煙。まるで顎にアッパーを食らったボクサーのように、ラービットは大きく仰け反った。

 『変化弾(バイパー)』にそんな威力はない。『炸裂弾(メテオラ)』では複雑な弾道は設定できない。それを可能にするのは、一部の『射手(シューター)』のみが扱える高等技術。弾丸の特性を組み合わせた『合成弾』である。

 名を『変化炸裂弾(トマホーク)』。

 ちらりと後ろを見れば、白い隊服に身を包んだ少女が屋根の上に佇んでいた。

 自分がいない間に仲間がやられかけたという事実を、余程腹に据えかねているらしい。すすけた頬を拭うことすらせず、敵を見下ろす彼女の瞳はどこまでも冷淡だった。

 

「決めて。如月くん」

 

 那須玲は言った。

 

「任せろ」

 

 如月龍神は答えた。

 隙は彼女が作ってくれた。もう無理に、硬い部分を削る必要はない。

 柔らかい腹が、丸見えだ。

 

「旋空――"七式"」

 

 純粋に。迅速に。

 前へと踏み込みながら。真一文字に放つ、一閃。

 

 

「――――"浦菊"」

 

 

 極限まで研ぎ澄ました『旋空弧月』の一撃は、白い腹部を粘土のように裂く。

 手強いトリオン兵だった。龍神だけでは、倒せなかったかもしれない。たとえ倒せていたとしても、もっと時間が掛かっていたに違いない。

 故に、龍神は思う。

 これまで自分は、ずっと個人で技を磨いてきた。太刀川慶を倒す為に、ある意味自分だけで戦えるように努力を重ねてきた。

 けれど。だからこそ、改めて思うのだ。

 個人が積み上げてきた研鑽が、さらに協力という形で重ね合わさった時。

 それは、こんなにも強い力になるのだ、と。

 ラービットの上半身と下半身は真っ二つに分かれ、地面へと落下した。

 決着だ。

 

『対象の沈黙を確認した。流石だな、タツミ』

 

『はじめてにしては、まずまずの連携ね、隊長』

「とりあえず、全員無事で済んでなによりだ」

 

 

 素直なマスコットと生意気なオペレーターの称賛を耳にいれながら、『弧月』を一旦鞘に収める。同じように、張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩んだのが自分でも分かった。

 

「ありがとう、如月くん」

 

 彼女もほっとしたのだろう。屋根から飛び降りた那須は、乱れた髪を直しながら礼を言ってくれた。

 

「本当に助かったわ。くまちゃんも大丈夫?」

「そこの馬鹿が助けてくれたから大丈夫」

「その調子なら、体の痺れも問題なさそうだな」

「当然よ! 不覚を取った分はここから取り返すわ!」

「無理はダメよ、くまちゃん」

 

 立ち上がる熊谷を那須が諌める。確かに無理は禁物だが、ゆっくりしていられないのも事実である。

 龍神は通信回線を開いた。

 

「本部へ。こちら如月。敵の新型トリオン兵を那須隊の協力で排除した。このまま、トリオン兵を排除しつつ南へ向かう」

 

 おそらくこれが、新型討伐一番乗り。忍田か鬼怒田の労いの声を期待した龍神だったが、

 

「……本部?」

 

 返事は、一向に返ってこなかった。ノイズがひどい。通信状態が悪いのだろうか。

 

「どうしたの?」

「いや、通信に少しノイズが……聞こえるか、江渡上? 司令室と連絡が繋がらない。通信状況のチェックを……」

『――迎撃―――爆撃型が接近して――直撃が』

「ッ!?」

 

 ノイズ混じりに聞こえてきた紗矢の声は、龍神達の弛緩した雰囲気を引き戻すには充分過ぎた。

 見上げれば、空には黒い『門(ゲート)』が浮かび、大型のトリオン兵が三門市の空に身を踊らせていた。

 

「あれは……この前の爆撃型トリオン兵!?」

「『イルガー』か……まさか、直接本部を狙うつもりで!?」

 

 既にボーダー本部からはいくつもの火線が伸びていたが、イルガーはそれをものともせずにまっすぐ突っ込んでいく。

 

『まずいな。自爆モードで特攻する気だ』

 

 龍神にだけ聞こえるように、懐のレプリカが囁いた。

 本部に設置された迎撃砲は、正確に1体を捉えている。集中された火力でそのイルガーは浮力を失って落下していくが、接近する2体目を迎撃するだけの火力は本部にはなかった。

 

「ぶつかる!?」

 

 熊谷の悲鳴。

 次いで、轟音と閃光が迸った。

 

『そんな、本部が……』

 

 呆然と茜が呟いた。

 

「……大丈夫だ」

「え?」

 

 それは確かに凄まじい爆発だった。市街地に落下していたら……などという想像をしたくないほどの。

 だが、煙が晴れた先のボーダー本部は健在だった。あくまでもこの距離からの観察だが、外壁にも目立った損傷は見受けられない。

 

「ふっ……流石は鬼怒田さんだ。外壁の強化も抜かりないとは」

「ちょっと!? そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

 1人で目を輝かせている馬鹿に、熊谷が噛みつく。けれど焦る彼女とは対照的に、龍神はそれ以上の心配をしていなかった。

 

「落ち着け、くま。どうしてそんなに焦る?」

「だって、あれがまだ出てくるのよ!? 基地の迎撃砲だけじゃ絶対に防ぎきれない!」

「迎撃砲だけなら、な」

「え……?」

 

 腕を組んだまま、龍神は本部をじっと見据える。

 初撃は防いだ。なら、屋上に上がって迎撃用意をするだけの時間は稼げたはず。

 

「大丈夫だと言っただろう? 安心しろ。あそこには、お前の名字を6回間違えた男がいる」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 自分がとつもなく不名誉な称号で呼ばれていることなど露知らず、その男は黒コートを靡かせて屋上に立っていた。

 

「おいおい……またずいぶんと派手なお客さんだな」

 

『本部の外壁はあと1回しか耐えられないよ! なんとかして太刀川さん!』

「まかせろ」

 

 かわいいオペレーターに泣きつかれているのだ。どんな無理難題でもこなしてみせるのが隊長の気概である。

 しかし、このまま屋上で爆撃型を迎撃するにしても彼の攻撃では届かないし、爆発の余波で本部に被害が及ぶ恐れがある。

 

「……よし。近づいて斬るか」

 

 太刀川慶は両腰に差した『弧月』を引き抜き、走り出した。

 助走による勢いをつけ、片手の『弧月』をオフに切り替えて、オプショントリガーを起動。

 

「グラスホッパー」

 

 180の長身が、踏み台の助けを得て宙に舞う。

 だが、彼は推力を得たわけではない。最高点まで飛び上がれば、あとはそのまま落下するだけである。

 なので、落ちている間に斬るしかない。

 眼下にはちょうど、1体目のターゲット。1秒にも満たない一瞬で太刀川は『グラスホッパー』を切り替え、自らの愛刀にトリオンを流し込んだ。

 

 

「旋空弧月」

 

 

 手応えは重い。かなりの硬さと、デカさだ。

 しかし、斬れないことはない。

 要は、硬い装甲の『隙間』を抜いてやればいいのだ。

 限界まで伸ばしたブレードは、見事に役割を全うした。

 まずは1体目の『イルガー』を十文字に切り裂くことに成功。自爆を命令された哀れな特攻機は、そのまま警戒区域に落下していった。

 

『やったよ! 太刀川さん!』

 

 国近の歓声が耳に響く。そんなに喜ばれると、もっと頑張りたくなるのが人情である。

 1体目に攻撃を加える過程で、既に太刀川の高度は残り2体のイルガーよりも下になっていた。

 面倒だが、もう一度上がるしかない。

 

「グラスホッパー!」

 

 先ほど同じ手順で『グラスホッパー』を起動し、空中で方向転換、跳躍。

 再び、イルガーの上を取る。

 二振りの『弧月』を交差させるように構え、

 

 

「双撃旋空」

 

 

 引き抜く。

 1体目は4つに分割してやった。2体目は真っ二つだ。

 二連続。続けて本部からの迎撃で墜とされた3体目を含め、凄まじい爆音が三連続で轟いた。

 

『よくやった、慶』

 

 太刀川の剣の師匠も、流石に肝を冷やしたらしい。忍田の声には、安堵の気配が見え隠れしていた。

 

『おまえの相手は『新型』だ。斬れるだけ斬ってこい』

「忍田さん、見ました? 俺の『双撃旋空』を」

『馬鹿を言ってないで、さっさと仕事をしろ』

「ははっ……了解了解」

 

 冷たくあしらわれてしまったが、幸い斬る目標には困らない。司令官の命令はシンプルで分かりやすかった。

 

「さっさと片付けて昼飯の続きだ」

 

 1人で2体のイルガーを墜とした男は、自由落下で戦場へ向かう。

 


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