厨二なボーダー隊員   作:龍流

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間が空いて申し訳ないです。お待たせしました!


影浦隊VS泥の王

 戦いが好きだ。

 人前で口にすれば、人間としての品性を疑われてしまう発言である。ともすれば良識ある人々から、野蛮人と揶揄されてしまうかもしれない。

 が、それでもランバネインという男は戦いが好きだった。

 理由を問われれば、答えようはいくらでもある。おもしろいから、楽しいから、気分が良いから、高揚するから……挙げればきりがない。理知的で物静かな『兄』とは違い、自分が粗野で野蛮な人間だという自覚がランバネインにはあった。

 べつにそれで構わない、と彼は思う。兄のように小狡く立ち回るのは性に合わないし、次男である自分が家を継ぐこともない。今回のように戦場へ赴き、強者と戦う機会さえ与えて貰えれば特に不満はなかった。

 

「ヒュース、お前はオレの『雷の羽(ケリードーン)』は加減ができんと言ったがな、そんなことはないぞ?」

 

 初撃の余韻が残る手のひらを握り締めて、ランバネインは笑う。

 

「多少手心を加えてやれば、こうして1人ずつ始末していくこともできるわけだ」

 

 それはあからさまな挑発だった。

 ランバネインは武人である。戦いという行為に誇りを持って臨んでいる。たとえ敵兵でも女は撃てない、などという甘い考えはとうの昔に捨てていたが、女子供を優先して狙うほど性根を腐らせているわけでもなかった。にも拘わらず、初撃から女を狙い、さらに相手を挑発するような言葉を重ねた理由はひとつ。

 ランバネインは興味があったのだ。モッド体とはいえ『ラービット』を最初に撃破した、あの『黒刀使い』の実力に。

 戦場で敵を挑発し、激昂させた時の主なパターンはふたつだ。

 冷静さを失い、考えなしに突っ込んできて自滅するか。

 相手への怒りを、憎悪を上手く転化させて……思わぬ底力を発揮するか。

 

「……ふん」

 

 ランバネインはほくそ笑む。果たして、あの少年はどちら側の人間なのだろうか?

 

「……」

 

 ランバネインの発言に対して、傍らに立つヒュースは相変わらず無愛想な面構えを崩さなかった。

 反応を示したのは、彼らと相対する敵。

 

「……ゆるさない」

 

 意外にも、先に感情の堰が切れたのは『黒刀使い』の隣に立つ少女だった。

 呟きと同時に、数え切れないほど分割されたトリオンキューブが乱れ舞う。ランバネインが撃ち抜いた少女と同様の隊服に身を包んでいる彼女は、こちらへ向けて腕を振り上げた。

 

「バイパー!」

 

 直進、湾曲、上昇、下降。激昂しながらも細心の注意を払い、避けきれぬように配置された那須玲の全方位射撃がランバネインとヒュースを覆い尽くし、

 

「……『蝶の盾(ランビリス)』」

 

 そして、いとも簡単に防がれた。

 

「なっ……?」

「曲がる弾丸か。ヴィザ翁も仰っていたが、玄界のトリガーもそれなりに多彩になってきているらしい」

「ははっ! そのようだな!」

 

 ランバネインとヒュースを取り囲むように浮かんでいたのは、黒い欠片。無数に浮かぶそれらは2人の周囲に寄り集まって、分厚い『盾』を形成していた。

 

「中々いい腕だ、女! しかし、そんな豆鉄砲では射撃とは呼べんな!」

 

 ランバネインは吠える。ヒュースが操る黒い欠片を振り払うように前に出た彼の左腕は一瞬で変形し、まるで機関砲のような無骨で長大な銃身を形作った。

 あまりにも巨大。外見を見ただけで絶大な威力を相対する敵に連想させるそれは、しかし同時に致命的な弱点も露呈しているように思える。長大な銃身は取り回しが難しく、そのサイズの砲では連射も不可能。ならば砲撃の隙を突き、接近すれば勝機はある、と。ランバネインと向き合う戦士は、普通ならそう考える。

 だが、神の国の『強化トリガー』はそんな脆弱な想像の遥か先を行く。

 長大な銃身の側面に接続されたのは、外付け式の給弾ベルト。無論それは、トリオンというエネルギーの塊で構成されていた。

 唖然とする少女へ向けて、ランバネインは告げる。

 

「本物の『射撃』とは、こういうことだ」

 

 一撃必殺。そう表現するに値する威力を持つ『弾丸』の『連射』だった。

 心地良い反動を腕に感じながら、ランバネインは銃身を右腕でホールドし、エネルギー弾を乱れ撃つ。炸裂し、爆発するそれらは路肩の塀や電柱を呆気なく吹き飛ばし、さらにその周囲の家屋にまで破壊の手を伸ばす。

 視界は一瞬で爆炎に塗り潰され、直後に一筋の光が空中へ舞い上がった。それが玄界のトリガーに備えられた脱出機能だと知っていたランバネインは、しかし僅かに首を傾げる。

 『門(ゲート)』を潜ってきた時に確認した敵の数は計5人。一撃目で1人、今の攻撃で曲がる弾丸を扱う少女を仕留めたとして……

 

(残りの3人はこの俺の弾幕から逃れたというのか?)

 

 そんな疑問を抱いた、直後。

 まるでそれに答えるかのように、煙の中から白い影が飛び出した。

 

「――――ふ」

 

 堪らず、口元が綻ぶのを自覚する。

 

「はははははは! そうこなくてはなぁ!」

 

 マントを広げ、腕を振り抜き、ランバネインは大口を開けて高笑いを響かせた。

 それでこそ。

 こちらに来た甲斐が、あったというものだ。

 彼への援護のつもりなのか、遠方から狙撃が飛来する。余計な横槍だ。ランバネインは頭部に展開していたシールドで弾丸を防ぎ、背部からミサイルランチャーを連想させる射撃用のトリガーを展開した。

 

「邪魔をするな!」

 

 叫びと共に、一斉射。

 目標に向けてホーミングするレーザーの半分は、身を潜めているであろう狙撃手へ。もう半分は、果敢にも自分へ向かってくる『黒刀使い』へ。

 玄界の『シールド』では防げず、普通に考えれば回避も不可能であるはずの掃射だ。これをどう捌く、とランバネインは向かってくる少年を注視していたが、

 

「なに!?」

 

 消えた。

 何の前触れもなく、少年の姿が唐突に、跡形もなく消え去る。

 

「ッ……上だ! ランバネイン!」

 

 反射的に、頭上を見上げる。ヒュースの言葉通り、ランバネインの視界に映り込んだのはブレードを振り上げる少年の姿と、

 

「ぬっ……お!?」

 

 眼前にまで迫る、黒い刃の切っ先だった。

 

「ちぃ!?」

 

 ギリギリで。

 薄皮一枚分もないほどの本当にギリギリで、展開したシールドが間に合い、ブレードが止まる。

 だが、敵の攻撃は一撃ではなく、連撃だった。おそらく瞬間的に"伸ばして"いるのであろうブレードが、執拗にランバネインの元へと降りかかってくる。

 

「洒落くさいッ!」

 

 ホーミングレーザーを再び乱射。十数本もの光は発射時の軌道から補正を効かせながら、空中で身動きの取れない少年へ向かって駆けていく。

 先ほどの"回避"のタネが『瞬間移動』などの空間干渉系のトリガーによるものだとすれば、連続使用はあり得ない。『黒トリガー』並みの出力がなければ不可能だ。

 故に。今度こそ、捉えた――そう確信したランバネインは、少年の唇が僅かに動いていることに気がついた。

 

「――"天舞"」

 

 まさか、と。

 ランバネインは、空中を見上げる己の瞳が驚愕で見開いたことを自覚する。対する少年の瞳は、真っ直ぐにランバネインを見下ろしていた。

 何もないはずの空中で足をつき、膝を折り曲げ、踏ん張り、そして――前へ出る。

 横合いから少年を穿つはずだったホーミングレーザーはあえなく宙を切り、霧散。横に逃れる程度であれば捉えきれただろうに、彼はあろうことか地面に激突せんほどの勢いで、空中から下方への突進を選択していた。

 『雷の羽(ケリードーン)』の火力を目の当たりにした敵は、普通はその威力に恐れ戦き、距離を取ろうと後ろに下がる。彼らの行動はランバネインからしてみれば思う壺で、逃げようとすればするほど的がよく狙いやすくなるだけだった。

 しかし、今相対している少年はそんな有象無象の敵とは、違う。

 攻撃こそ最大の防御。それはこの状況で、限りなく最善に近い解答だった。

 

「ランバネインッ!?」

 

 ヒュースが叫ぶ。

 手のひらから放った二発のビームも彼は身を捻るだけでかわし、空中で踏み込んだ勢いのまま地面に着地。

 そして着地と同時に、黒刀はランバネインの首筋に叩き込まれていた。

 結果。響いたのは、甲高い衝撃音。

 

「…………惜しいな」

 

 ぽつり、と。

 ランバネインは呟いた。

 悪くない、むしろ鋭く力強い。素晴らしい攻撃だった。久方ぶりに肝も冷やした。

 だが、結論から言えば。

 漆黒のブレードは、ランバネインが展開した『シールド』によって、首を切り落とす前に止められていた。

 

「…………」

 

 斬り込んだ態勢のまま、少年はランバネインの顔を見上げる。至近距離で見る眼光の鋭さに、ランバネインは自分の見立てが間違っていなかったことを確信した。同時に、本当に惜しいとも思う。

 

「そう睨むな。しかし見事だったぞ。お前の胆力と技量は称賛に値する」

 

 もしも『雷の羽』が『角』のサポートを受けた『強化トリガー』ではなかったら、今ごろ自分の首は地面に転がっていただろう。

 だが、これは戦いであり『戦争』だ。

 "もしも"はない。

 

「久々に興奮させてもらった礼だ――」

 

 ランバネインの手のひらに、光が収束する。

 密着した状態。吹き掛けた息が届くほどの距離から放つ、一撃。

 

「――受け取れ」

 

 もはや、少年に避ける術はなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 『感情受信体質』。

 B級2位影浦隊隊長、影浦雅人の『副作用(サイドエフェクト)』に付けられた名称である。性質としては、そう複雑なものではない。喜び、怒り、悲しみ……自分に対して向けられるそういった人間の感情を『刺さり方』という感覚で判別できる。説明するならこれだけの能力。

 しかし実際のところ――このサイドエフェクトはどれほど言葉を尽くしても表現できないほどの重圧とストレスを、使用者である影浦本人にもたらしていた。

 話している相手の気持ちを知れたら……と、どんな人間でも一度は考えたことがあるだろう。そんな願いを抱いたことがある不特定多数の人間に対して、影浦は一言で断言できる。

 クソだ、と。

 日常を平穏に過ごす、という点においてこれほど面倒なサイドエフェクトは早々ない。悪い意味で注目を集めがちな影浦に四六時中突き刺さるのは、視線だけでなく色のついた『感情』である。知りたくないものを知ってしまう。結果、本来隠されている、隠しておきたいはずだった心の奥を覗き見てしまう。見てしまった以上は、放っておけないのが彼の悪癖だった。結果、起こした暴力沙汰は数知れず。折角登り詰めた『A級』の地位も、キツネのようで気に入らない上層部の人間を物理的にシメたことにより、パアになってしまった。

 影浦にとって、己の力は放り投げたいようなクソ能力。正に文字通りの『副作用』だった。

 そういう意味では。

 目の前の敵が向けてくる『感情』は、一種類で大変分かりやすく、また好ましいと言える。

 

「当たれぇ! 当たれ当たれ当たれ当たれぇええ!」

 

 殺意という感情に基づいたその行動は、これ以上ないほどに純粋な破壊の連続だった。

 これでもかと繰り出される液状化ブレード。それを迎撃するのは変幻自在の『スコーピオン』。弾いては鍔迫り合い、砕いてはまた砕き返し、切り返しては切り結ぶ。

 そんな苛烈としか言い様がない剣戟の応酬に、遠方から降り注ぐ狙撃と爆撃の雨が花を添える。

 まさに『激戦』という表現がぴったり当てはまるような、そんな状況。

 

「このクソ寝癖猿がぁあああ! さっさとくたばりやがれ!」

「バカが! くたばるのはテメェの方だ。クソおかっぱスライム!」

 

 エネドラの吐き捨てるような叫びに、影浦は犬歯を剥き出しにして不敵な笑みを返す。

 クソおかっぱスライム――もとい、液状化能力を持つこの『人型』は、確かに厄介な相手ではある。全身を流体に変化させ、相手の死角から自由自在に変形するブレードで襲ってこられては、並みの隊員はまず無事では済まない。どこから来るか分からない攻撃を、永遠に捌き切るなど絶対に不可能だ。

 しかし、影浦雅人には『それ』ができる。目の前の敵が『どこ』から自分を狙っているのか、手に取るように分かる。

 

(ハッ……バレバレだぜ)

 

 分かりやすいほどに突き刺さってくる『感情』は、殺意一色。全身を液状化させるエネドラが、そもそもどこに『視点』の基準を持っているのか。影浦には分からなかったが、ただ戦闘を継続する分には、何の問題もなかった。

 右。左。足元。胸。頭。右腕。また頭。今度は首。

 エネドラが次にどこを狙ってくるのか。影浦には手に取るように分かる。怒りで感情の波が昂っている状態なら尚更だ。

 さらに。

 

「そら! オレばっかにかまっていてもいいのか!?」

「ちィ!?」

 

 影浦の周囲に展開し、彼を適切な距離からフォローするのは増援として到着したB級柿崎隊。

 元々周囲に展開していた荒船隊の援護狙撃も、硬質化した部位を確実に削いでいく。

 極めつけに加わるのは、攻撃特化チームとも揶揄される影浦隊の連携援護。

 『黒トリガー』を相手に、戦況をコントロールしているのは間違いなくボーダー側だった。

 

「くそがくそがくそがくそがくそが……くそったれがぁあああああああ!」

 

 怒りのボルテージが臨界に達したのか、液状化の範囲が一気に広がり、そこから無数のブレードが突き生える。

 荒船隊と北添の爆撃に任せて、影浦達は回避を選択。エネドラから一旦距離を取った。

 

「オイ、カゲ! あんまり敵を挑発するようなことを言ってんじゃねぇよ! お前がよくてもこっちの身がもたねぇだろ!」

 

 柿崎隊隊長、柿崎国治は冷や汗を垂らしながら影浦に向けて叫んだ。同じく柿崎隊所属である照屋文香と巴虎太郎も、トリオン体であるにも拘わらず息を切らしている。

 

「わりぃな、ザキさん。けど、もうちょいなんだ」

「はあ? もうちょいって一体何が……」

「(あのおかっぱスライムの本体。それがもうちょいで掴めそうなんだよ)」

「な……?」

 

 途中から会話をトリオン体の無線通信に切り替えて、影浦は言った。

 『感情』が刺さる、ということは。その『感情』の出所が分かる、ということであり、それはつまり敵の位置特定に繋がる。ボーダー内に置いて、影浦雅人には狙撃が通用しないと言われる所以である。

 あの『人型』は全身を流体に変化、広域に分散させて攻撃を仕掛けてくる。しかし敵が『トリオン体』である以上、弱点である『伝達脳』と『供給器官』は必ずどこかに存在する。

 

「(供給器官の場所は掴めねぇ。が、あのクソスライムが俺に攻撃の『意識』を向けている場所……おそらくそこがヤツの『伝達脳』がある本体だ)」

「(なら、そこをピンポイントで潰せば)」

「(ああ。あのクソスライムはそれで終わりだ)」

 

 柿崎達の表情に、光明が灯る。いつまでも続くか分からなかった、無敵と思われる敵との攻防にようやく終わりが見えたのだ。当然の反応である。

 

(まあ実際……そう単純な話じゃねーんだが)

 

 影浦はその呟きを無線通話にはのせず、己の内心だけに留めた。

 敵の『コア』は絶えず移動している。あの根暗スライムは、弱点を常に移動させながら影浦達と戦闘を行っているのだ。

 

(しかもその『コア』を、おそらくヤツは硬質化でカバーできる。斬り結んだブレードの強度から考えるに、ザキさん達のアステロイドじゃ撃ち抜けねぇ)

 

 荒船達の『イーグレット』でいけるかどうか、というレベル。しかも常に流体の中を動く的を狙うとなれば……トドメを任せることができるのは荒船隊でも精密射撃を得意とする半崎か、自分のチームの最年少狙撃手か。

 いずれにせよ、その『コア』の位置は影浦が指示しなければならない。

 

「……あー、めんどくせーな」

「カゲ?」

 

 元々、深く考えるのは苦手である。そもそも影浦達のチームは攻撃特化の一点重視。他の隊と急場凌ぎの連携程度はこなせても、いずれはボロが出る。

 

「……ザキさん。次で決める。援護たのんます」

「ッ!? おいカゲ!?」

 

 うだうだと考えるのはやめだ。

 要は、自分が前に出てあのおかっぱスライムの『コア』を切り刻めば済む話なのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 性懲りもなくまた突っ込んでくる寝癖猿を視認して、エネドラは怒りのあまり目を見開いた。

 

「くそったれ……」

 

 何度やっても。どれだけ繰り出しても。

 当たらない。当たらないのだ。エネドラの『泥の王(ボルボロス)』の攻撃は、あの妙なブレードを使う男には当たらない。

 

(……間違いねぇ。ヤツにはオレの攻撃を避ける、何らかの『カラクリ』がある)

 

 いい加減、エネドラも勘づいていた。自分を挑発し、前に出てくるあの敵が攻撃を避け続けることができるのには、何らかの明確な理由があるということに。

 このまま戦闘を続けても、敵のペースに引き摺られるだけ。事実エネドラは、まだ3人の敵しか仕留めることが出来ていない。

 玄界(ミデン)の猿を相手に、だ。

 

(ふざけるな……このオレ様が、猿共に手玉に取られたまま終われるかよ!)

 

 どうして『泥の王』の攻撃が回避されるのかは、まだ分からない。それが『サイドエフェクト』によるものか、何らかの特殊な『トリガー』によるものか、エネドラには分からないし見当もつかない。

 詰まるところ。

 彼も影浦雅人と同様、深く考えるのは苦手なタイプだった。

 

「…………やめだ」

「あン?」

 

 何かを呟いたエネドラに、影浦は思わず聞き返した。

 

「テメェと遊ぶのは、一旦休憩だ。寝癖猿」

 

 宣言と同時、エネドラは全身を液状化。手近な配水管へと自分自身を潜り込ませる。

 当然、影浦からしてみればエネドラの姿が一瞬でかき消えたように見え……実際に、彼の姿を見失う。

 

「あの野郎ッ……どこに!?」

 

 周囲を見渡し、叫ぶ影浦。その声だけを聞き取って、エネドラは内心で鼻を鳴らした。

 

(バカが。オレがテメェみたいな雑魚から逃げるわけがねぇだろうが)

 

 だが、一度頭を冷やし、冷静になってみて分かったことがひとつ。

 エネドラははじめて、攻撃を行わずに身を潜めることに集中した。そして、はじめて影浦から『焦り』を引き出した。

 あの寝癖猿は自分が『攻撃』を仕掛けなければ、居場所を看破することができないのかもしれない。ということは、何らかの手段でこちらの『攻撃』だけを察知している可能性が高いのではないか?

 カチリ、カチリと。エネドラの中で、少しずつピースが繋がっていく。

 

(まァ、とりあえずヤツの能力の正体はどうでもいい)

 

 エネドラが影浦を仕留めることができないのは、彼の周囲に展開する雑魚共の援護があるからだ。1対1の状況にさえ持ち込めれば、『黒トリガー』が『ノーマルトリガー』に負ける道理などない。

 つまり、

 

「よぉ――ちまちま隠れてオレを撃つのは楽しかったか?」

 

 周囲の雑魚から、狩っていけばいいのだ。

 

「は……?」

 

 ボーダーのレーダーはトリオン反応の大まかな位置までは掴めても、その高度や細かい位置までは把握することができない。

 それが災いした。

 高層マンションの一角を狙撃ポイントにしていた半崎義人は、配水管を上って現れたエネドラを呆けたように眺め、

 

「じゃあ、死ね」

 

 エネドラはそんな彼を、容赦なく一撃で串刺しにした。

 

「うわ……こりゃ、ダルいっすわ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 距離を取っていれば安全だと思い込んでいたのだろう。狙撃手が寄られれば、所詮はこんなものだ。

 

「ハハハハ! ようやくスッキリしたぜぇ!」

 

 敵を圧倒的に、一方的に撃破する。蹂躙する。

 それがエネドラ本来の戦い方。彼が好む戦いの在り方だ。

 

「荒船! クソスライムがそっちに行ったぞ! 散れ!」

 

 エネドラの狙いを察した影浦が叫ぶ。しかし、もう遅い。

 エネドラは既に、次の獲物に狙いを定めていた。

 

「これで2人ィ!」

「抜かったな……これは」

 

 半崎に続いて、荒船隊の穂刈も緊急脱出。一度狙いをつけられてしまえば、流体に変化できるエネドラから逃げ切るのは至難の技だった。

 

「ははははははは!」

 

 エネドラは笑う。

 雑魚がいくら寄り集まろうと、所詮雑魚であることには変わりない。『泥の王(ボルボロス)』は最強。絶対無敵の『黒トリガー』だ。

 帽子を被った最後の1人を、エネドラは見つけた。

 

「テメェで最後だ! 隠れて狙撃するしか能がねぇ猿がぁ!」

 

 地上から銃撃が立て続けに襲ってくるが、全て無視。ビルからビルへと飛び移り、逃げまどう背中を追い立てる。

 扉や壁は液状化で通り抜け、時には破壊して迫ってくる危機感を煽る。

 そうしてビルの屋上へと追い込まれた最後の1人に、エネドラはこれ以上ないほどに酷薄な笑みを突きつけた。

 

「終わりだ! 死ね!」

 

 エネドラを一方的に攻撃していた狙撃銃は、もう使えない。この距離は、ブレードの距離だ。

 故に。

 次の瞬間にエネドラを襲ったのは、その『ブレード』による一閃だった。

 

「な……に?」

「誰が狙撃だけしか脳がない猿だって?」

 

 狙撃手だったはずのその男はスナイパーライフルをあっさりと放り捨て、濃紺の外套を脱ぎ捨てた。

 彼の手に握られているのは、日本刀型のブレードトリガー。

 

「こっちも効かねぇ弾ばっか撃ち続けてイライラしてるんだ……」

 

 狙撃手がブレードを使う。その奇妙な組み合わせに、エネドラは一瞬、ほんの一瞬だけ、怯んだ。

 その一瞬が功を奏し、影浦が、来馬が、柿崎隊が彼の元へと駆け付ける。

 頼れる仲間に囲まれて、彼はあくまでも強気に、目の前の『黒トリガー』に向けて宣言した。

 

「ぶった斬るぞ、この野郎」

 

 荒船哲次、抜刀。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 回避不可能。

 ランバネインの零距離射撃に対して、如月龍神が取れる有効な回避手段はない。それは紛れもない事実だった。

 『両防御(フルガード)』ですら論外。例え防御力を増す『固定シールド』を用いたとしても、あの威力の連射の前には詰む。

 だからこそ、龍神の選択に迷いはなかった。

 

「む……」

 

 僅かに。ランバネインは呻く。

 違和感から視線を下げてみれば、輝くブレードが右足を貫いていた。仕掛けは理解しかねるが、かろうじて繰り出した最後の反撃。よくもここまで食らいついてくるものだと、ランバネインは心中で驚嘆する。

 それだけ、最初に撃ち抜いたあの少女を侮辱されたことに怒りを覚えているということか。

 しかし、貫かれたのはあくまでも足の甲だけ。砲を撃つのには、何の支障もない。

 一瞬視線を下げたランバネインは、改めて前方を確認し――

 

「…………な」

 

 ――如月龍神の背後に降り立った、大柄な男に目を奪われた。

 自分と肩を並べるのではないかと思うその男は、濃紺のマントの下から太い腕を振り上げる。

 ランバネインの左腕の砲が、トリオンを膨大な運動エネルギーに変換する。

 そして、同時に。

 

 

「ぐっ……ぬぉおおおおおおおお!?」

 

 

 打ち出された。

 撃ち出された。

 

 攻撃は、完全に同時。

 結果。男の拳を顔面に受けたランバネインは叫びと共に背後へと吹き飛び。零距離で敵を撃つはずだった弾丸は砲口が上を向いたことにより、曇天の空へと吸い込まれていった。

 

「…………耳がもげるかと思ったんだが」

 

 頭のすぐ横を駆け抜けていった殺人パンチに対して、龍神は純粋な感想を漏らした。

 

「ギリギリのタイミングだったんだ。文句を垂れるな。『もぐら爪(モールクロー)』でヤツの足を縫いつけたのは上出来だ」

 

 軽く拳を振りながら、木崎レイジは身に纏った『バッグワーム』を解除して、背後を見やる。爆撃の余韻とも言える粉塵が晴れた先には、ボロボロになりながらも辛うじて原型を保っている『壁』があった。

 

「無事か、京介?」

「すいません。那須先輩までカバーできませんでした……修と木虎は無事です」

 

 防御用としては最高レベルの壁(バリケード)トリガー、『エスクード』の影から、烏丸京介が顔を出す。彼の背後には、呆気に取られたままの修と顔を赤らめた木虎が五体満足で尻餅をついていた。

 

「何者だ……貴様達」

 

 突然の増援。想定外の奇襲。

 黒い破片を周囲に展開しながら、ヒュースは呻くように問う。ランバネインの安否は不明だが、まだ残り2体のラービットがいる。手練れと思わしきこの増援相手に、なんとかやれるか……と。

 辛うじて保っていた彼の冷静な思考は、2体のラービットの頭部が一撃で破断されたことにより完全に崩壊した。

 

「なっ……に!?」

「――よっと」

 

 身の丈を越える戦斧を背負い、1人の少女が地面に着地する。不意打ちとはいえたった一撃でラービットを倒したその洗練された動きは、彼女もまた相当の実力者であることを示していた。

 

「助けにきてやったわよ、龍神。斧は咬ませ犬っていうあの発言、取り下げてもらいましょうか?」

「…………なんだ。まだ根に持っていたのか」

「まだってなによ!? まだって!?」

 

 到着早々、ギャーギャーと喚く小南桐絵。龍神は軽く耳を塞ぎつつ、溜め息をひとつ。

 ともあれ、これで全員集合である。

 木崎レイジ。烏丸京介。小南桐絵。扱うトリガーの特殊性からランク戦には参加できず、A級でありながら順位もない。しかし、誰もが認める『ボーダー最強』の部隊(チーム)。

 それが『玉狛第一』だ。

 これほど心強い増援はいない。

 

『小南きた。これで勝ったわね』

「……江渡上。嬉しいのは分かるが、通信でフラグを立てるな」

 

 浮かれたオペレーターに、釘を刺す。既に通信を繋いでいるのか、小南の顔があからさまにげんなりとしているのはもはやご愛敬である。

 

「とにかく、C級隊員を逃がすのが最優先だ。『人型』に対しては足留めに徹するぞ」

 

 ガトリングガンを模した機関銃型のトリガーを起動しつつ、レイジが言う。

 

「倒しちゃダメなの? デカイ方はレイジさんのパンチでぶっ飛ばしたじゃない。残りは細っこい『人型』だけ。何とかなりそうだけど?」

 

 小南は専用トリガー『双月』を一旦分離させ、ヒュースに向けて勢いよく突きつけた。

 

「いやいや、小南先輩。多分、あのデカイ方はまだ"生きて"ますよ」

 

 心底面倒そうに、烏丸がそう言った瞬間――コンクリートが崩れる轟音と同時に、数多の弾丸が再び宙を駆けた。

 

「ッ!?」

「げっ……」

「『エスクード』」

 

 レイジ、小南、龍神の3人は飛来する弾丸を跳躍して回避。烏丸は再び『エスクード』を展開し、修と木虎、ひいてはその背後にいるC級隊員達を含めてカバーする。

 

「――まったく。油断したな。まさかこんな形で足元を掬われるとは」

 

 顔面の左半分に『ヒビ』を入れられながらも……むしろ愉快そうに笑うランバネインの背には、ゆっくりと振動する昆虫の『羽』のようなスラスターがあった。

 

「うっわ……とりまるの予想通り。やっぱデカイとタフなのかしら」

「微妙に手応えが弱かったからな。インパクトの瞬間に後ろへ跳んで衝撃を殺したんだろう。見かけによらず器用なヤツだ」

 

 不意打ちを決めた敵が無事だったことを特に気にする様子もなく、レイジは淡々と分析を口にする。龍神も頷いた。

 

「大雑把に見えて、意外と頭を使って動く敵だ。用心してくれ」

「ああ、分かった」

「了解っす」

「はあ? 誰に言ってんの?」

 

 龍神の声に、玉狛の3人はそれぞれ応じる。が、トリオン体の無線通話でないそれを聞き取ったランバネインは、ますます楽しげに表情を歪めた。

 

「大雑把に見えて、か。それを言うなら俺も貴様を誤解していたようだな。玄界の剣士」

「……どういう意味だ?」

「どうもこうもない。我を忘れて俺に飛びかかってきたと思っていたが、増援が来ることまで織り込み済みだったわけだ。俺からしてみれば、貴様の方が思っていたより冷静で意外だったよ」

「ふっ……何を言うのかと思えば」

 

 龍神は鼻を鳴らして笑った。つい先ほどまで殺しあっていた敵と、言葉を交わすというのも妙な話。しかしなによりも、ランバネインの指摘が少々的外れであることに、龍神は笑う。

 

「俺は最初から冷静だ」

 

 熊谷が撃ち抜かれ、那須が吹き飛ばされ、自分の援護をしてくれた茜までもが成す術なくやられ。

 それでも如月龍神の頭は、脳の芯に氷を差し込んだように冷えきっていた。

 

「――ただ冷静に、お前達をどう殺し切るかしか考えていない」

「……なるほど。やはり認識を改める必要がありそうだ」

 

 これはまだ、前哨戦に過ぎない。

 本当の勝負は、ここからはじまる。

 




「荒船が抜きやがった!」が大好きな作者です。

話題沸騰中の関西弁チーム生駒隊に、残念イケメンっぷりをネーミングセンスだけで最大限に示している王子と、最近のワートリが非常にアツい。
「ナスカレー」を見て「那須華麗」と読んでしまった自分は、やはりランバに那須さんを吹き飛ばさせた罪悪感でいっぱいいっぱいらしい……

そんな訳で、次回は筋肉ゴリラVS空飛ぶジェットゴリラ。
『玉狛第一VS雷の羽』に、トリガーオン! 

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