厨二なボーダー隊員   作:龍流

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玉狛第一VS雷の羽

「――いくぞ」

 

 ランバネインの両手に、再び光が収束した。

 

「レイジさん!」

「分かっている。京介」

「了解。『エスクード』」

 

 龍神の呼び掛けに対して、木崎レイジと烏丸京介の判断は素早かった。隊長の指示に応じて、烏丸は3枚目の壁(バリケード)トリガー『エスクード』を展開。道路の道幅を全て埋めるように、防御壁が築かれた。

 ランバネインが撃ち出した2発の光弾はボーダー最硬の壁に阻まれ、龍神達には届かない。

 

「はっはぁ! 『雷の羽』の弾丸を止めるのか! 中々いい『楯』を持っているな!」

 

 豪快に笑うランバネイン。そんな敵に対して、玉狛第一はすぐさま反撃に転じる。

 レイジは機関砲を、烏丸は突撃銃を、『エスクード』で作ったバリケードの影から連射する。遠距離攻撃手段を持つ木虎と修も銃撃に加わり、先ほどまでとは真逆に弾丸の雨がランバネインを襲う。

 

「ヒュース!」

「指図をするな」

 

 しかし、身を守る『楯』を持っているのは彼らも同じだった。

 黒い欠片が寄り集まり、防壁を形成。レイジ達が放った弾丸を防御するどころか、反射して跳ね返す。

 

「流石は最新鋭のトリガーだな。器用な真似が出来るものだ」

「火力だけに頼りきった貴様の『雷の羽』と一緒にして貰っては困る」

 

 言いつつ、ヒュースは弾丸の反射方向を変更。バリケードがカバーしきれない上方から、レイジ達へと弾丸が降り注ぐ。

 当然、その程度の絡め手にやられる玉狛第一ではなく、全員が飛び退いて回避する。だが、レイジは表情をやや歪めた。

 

「厄介だな。あの火力の塊だけでも面倒なところに、それをカバーする防御役までいるのか」

「弾丸を反射されましたからね。撃って倒せる感じじゃなさそうですけど」

 

 冷静に分析する烏丸に、いくぶん落ち着いた様子の木虎が手を挙げる。

 

「烏丸先輩。私や小南先輩、如月先輩であの『楯』を使う方を崩しに行くのは……」

「それをやる為には、あの火力バカに真正面から向かっていく必要がある。現実的じゃないだろ」

「でも、とりまる。どっちにしろアイツら引き剥がさなきゃ面倒じゃない? いくら『エスクード』でも、あの極太ビームをずっと受けきれるわけじゃないんだし」

 

 巨大な『双月』の連結を一旦解除して、小南は握った手斧をくるくると回す。あの2人を組ませたまま戦うのはよくない、という点については龍神も同意見だった。

 

「俺も小南に賛成だ。あの2人は分断させた方がいい。それにこのまま戦闘を続けてしまったら、C級を巻き込みかねない」

「でしょ? アタシと龍神、木虎ちゃんで仕掛けるわ。なんなら、アタシ1人で抑えたっていいし」

「ヤツには俺の攻撃から逃れた『羽』がある。おそらく飛行能力持ちだ。逃げるにしろ、分断するにしろ、そう簡単には振り切れないぞ?」

 

 レイジの懸念に、龍神が答える。

 

「だが、そもそも敵はあいつらだけじゃない。レーダーを見てくれ」

「これは……まずいな。かなり面倒だ」

 

 レーダーに映る光点は、眼前の『人型』のものだけではなかった。

 それを踏まえて、龍神は口を開く。

 

「アイツの足は削ってある。レイジさん、ひとつ頼んでもいいか?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……仕掛けて来ないな。『壁』を展開して逃げたのか?」

 

 並び立つバリケードを見詰めて、ヒュースが呟いた。

 

「それはないな。『雷の羽』の火力をあれだけ見せつけてある。これ以上下がれば雛鳥達を巻き込んでしまうことは、あの手練れ達なら理解しているだろう。なにより、尻尾を巻いて逃げられては俺がおもしろくない」

「……下らん。目的と手段をはき違えるな。オレ達は……」

「言い渡された任務はあくまでも雛鳥の捕獲、だろう? 言われなくても分かっている。だがな、お前が『エリン家』の為に手柄を挙げたいように、俺の目的は強者との戦いだ。それに文句を言われる筋合いはない」

「…………」

「だからそう睨むなよ。こちらもいつまでも待つわけにはいかない。雛鳥に逃げられるからな」

 

 ランバネインの背中から羽のようなパーツが浮き上がり、ゆっくりと振動する。

 

「こちらから仕掛けるとしよう」

 

 瞬間、黒のマントに包まれた巨体は宙へと舞い上がった。ヒュースが弾丸をはじき返した時と同じく、防壁ではカバーしきれない『上』からの攻撃。

 こちらを見上げる玄界の兵達に向けて、ランバネインは叫ぶ。

 

「相談は終わったか? 悪いが時間切れだ!」

 

 だが、同時にランバネインは眉を潜めた。先ほどよりも明らかに数が少ない。自分を殴り飛ばしたあの大男と、もう何人かが姿を消していた。どこに身を隠したのかは分からないが、気にしていても仕方がない。ランバネインはそう割りきった。とりあえず、見えている敵から狩っていけば問題はないだろう。

 『雷の羽(ケリードーン)』は、それに適したトリガーなのだから。

 スラスターの噴射は高度が取れた時点で取り止め、重力に任せて自由落下するランバネインはそのまま両手のレーザーを乱れ撃った。一発が必殺の威力を持つその砲撃はアスファルトを容易く抉り取り、爆発の煙を大量に舞い上げる。あまりにも派手な爆炎は、自身の攻撃の強烈さを改めて認識させた。

 

「ふんっ!」

 

 築かれたバリケードのちょうど裏側に、ランバネインは着地する。同時に正面に向けて、ホーミングレーザーを一斉射。

 轟音。次いで爆発。しかし、手応えはない。

 やはり、

 

「ここで俺を止める算段かッ!」

 

 横合いから躍り出たのは、黒いブレードを携えたあの剣士。伸びる斬撃を身を引いてかわし、距離を取る。『雷の羽』は中距離での撃ち合いを主としたトリガーだ。近接戦を仕掛けてくる敵には、距離を取るのが上策。

 

(だが……)

 

 この男は、はやい。

 ランバネインの認識は正しく、彼が次弾を放つよりも先に如月龍神は『テレポーター』で姿を消す。転移先に弾丸を撃ち込もうとするランバネインだったが、そこに別方向からの銃撃が降りかかる。

 

「ぬっ……」

 

 右手の高層マンションからは木崎レイジが。左手の家屋からは烏丸京介が。龍神の攻撃に合わせて、援護射撃をランバネインへ集中する。

 角度を活かした、挟撃。

 

(分散することによって俺の火力を散らす算段か……)

 

 固まっていればやられる、と考えて行動したのは賢明な判断だ。こうも散らばられては、ランバネインも同様に火力を散らしてバラ撒かざるを得ない。

 もっとも、分散して撃ち合ったところで『雷の羽』が押し負けるとは少しも思わないが。

 シールドを張りつつ、右側へ下がる。築かれたバリケードは、ランバネインにとっても背後からの奇襲を防ぐ有用な楯だった。背中を預け、展開した左腕の機関砲を撃ち返す。

 

(やはり、もう一度飛んで上から潰すか)

 

 いくら火力や防御力があっても、囲まれて攻撃を集中されれば不利になるのは自明の利。あちらの攻撃が届かない立体的な距離を取って、まずは砲撃で数を減らす。目新しさはないが、確実で使い慣れた、ランバネインのいつもの『手』だった。

 だが、背中のスラスターを吹かし、再びランバネインが空中へ身を踊らせようとした、その刹那。

 ブレードを振りかぶり、彼の頭上へと飛び込んでくる白い影があった。

 

「やはりな」

 

 ランバネインは笑う。

 もしも自分自身が敵であったのなら、隙を突くのは空中へと飛び上がる瞬間だ。加速するまでに生じる若干のタイムラグ、自身が移動している為にブレる照準。このタイミングを見逃さない理由がない。

 だからこそ、

 

「読めていたぞッ!」

 

 ランバネインは叫ぶ。

 如月龍神も答えた。

 

「――そうだろうな」

 

 周囲に展開したトリオンから放つ雷撃を、龍神は『グラスホッパー』を展開して避ける。まるで最初からランバネインを仕留めに来ていないような、いつでも回避に移れるように余裕を残した上での接近――

 

(陽動か!?)

 

 気づいた時には、ランバネインの『羽』は背後から飛来した弾丸に撃ち抜かれていた。

 何故、バリケードがある背後からなのか?

 ランバネインが振り返れば、赤い隊服が印象に残る少女――木虎藍がバリケードの上から拳銃を構えていた。この距離、このタイミング。成る程、確かに外しようがない。

 多角的で、絶妙な連携だった。

 飛び上がりかけていたランバネインは推力を失い、落下。地面に片膝をつく。

 

「はっ、不覚だな! そんな豆鉄砲を食らってしまうとは!」

「余計なお世話よ」

 

 拳銃を乱射してくる少女は、しかしそれ以上踏み込んでくる気配を見せない。自分の実力と役割を弁えた、冷静な動きだった。

 

「ちぃ……ヒュース! 何をやっている!?」

 

 一向に援護に来る様子がない仲間に向けてランバネインは叫ぶが、バリケード越しに返ってきたのは弾丸が炸裂する爆音。

 喜色と苛立ちをない交ぜにして、ランバネインは渋面を作った。

 

(あの『斧使い』がヒュースを抑えて……? つくづく良い連携だな)

 

 損傷した『雷の羽』の飛行機能を再構成するまでに、およそ20秒。足をやられているランバネインにとって、このダメージは大きい。

 完全に動きを止められた形になったランバネインだったが、龍神はそれ以上攻撃を仕掛けず、木虎に向けて声を張り上げた。

 

「木虎!」

「分かっています。離脱します」

 

 ――離脱。

 その言葉が意味するところに気づいた時には、時既に遅く。龍神の言葉を合図に、木崎レイジは手にした『ワイヤー』を引き絞った。

 

 瞬間。

 

 

「……しまっ――!?」

 

 

 道路の両脇のマンションと家屋が爆発。砲撃によって既に崩れかけだった瓦礫の山が、ランバネインの頭上へと一気に雪崩れ込んだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 着々と推移する戦況に、ボーダー司令部は重い空気に包まれていた。

 

「沢村くん。こちらの損害は?」

「香取隊、茶野隊、那須隊が全滅。風間隊も歌川隊員が緊急脱出、残りの2名も負傷しているようです。人型近界民と交戦中の荒船隊からも2名緊急脱出が出ています」

 

 あくまでも淡々と報告を告げる沢村の声に、根付が頭を抱えて唸る。

 

「この短時間でこれだけの部隊が壊滅させられるとは……」

「敵は人型近界民。加えて玉狛から報告があがっていた『角つき』が相手ときた。一筋縄ではいくまい」

「ですがこのままではっ……」

「それはワシではなく忍田本部長に言ってくれい」

 

 焦りを見せる根付に対して、モニターを見上げる鬼怒田は憮然とした表情で言い返す。忍田も同様にモニターを見詰め、口元を硬く引き結んでいた。

 

「……各方面の状況はどうなっている?」

 

 忍田に代わって、城戸が口を開く。

 

「二宮隊、嵐山隊はそれぞれ『新型』の排除を主に進行中。南部の影浦隊は柿崎隊、荒船隊などと合同で黒トリガーと思われる『人型』と交戦中です」

「如月達はどうした? 那須隊は全滅なのだろう!?」

「南西部には玉狛第一が現着。木虎隊員や如月隊員と合流して2人の『人型』と戦闘中の模様」

「ぬぅ……」

 

 短い腕を組み直し、鬼怒田は唸った。

 

「南西部は玉狛に任せておけば、とりあえず大丈夫でしょう。やはり問題は……」

「風間隊と香取隊を壊滅に追い込んだ、あの『人型』か……」

 

 モニターの地図上には、トリオン兵や部隊の現在位置がリアルタイムで表示されている。その中で『黒トリガー』を示すひとつの黒点が、悠々と移動を続けていた。

 戦闘能力やトリガーの詳細は不明だが、その実力からまず『黒トリガー』と見て間違いはない。

 

「……本部長! 間宮隊が『黒トリガー』に捕捉された模様!」

「交戦を避けるのにも限界があるか……防衛ラインを下げても構わん! 間宮隊にはすぐに退がるように伝えろ!」

「りょうか……あ!」

 

 沢村が通信を繋げようとしたその瞬間に、地図上から隊員の位置を示す光点が消える。

 

「…………間宮隊総員、緊急脱出。全滅です……」

「くそぅ!」

 

 怒声と共に、鬼怒田が思い切り机を叩いた。

 

「A級部隊は何をやっとる? 非番の加古隊は!? まだ到着せんのか!?」

「加古隊長と黒江隊員は市外に出ていたので……現在、こちらに向かっていると連絡はありましたが……」

「やはり、侵攻が予測された時点で片桐隊と草壁隊を呼び戻しておくべきだったのでは……」

「今さらそれを言ってどうなるものでもあるまい!? 迅の予知からしても予想以上にはやかった! 問題は、今をどう凌ぐかだ!」

「なら、嵐山隊と空閑隊員を向かわせましょう! 黒トリガーには黒トリガーをぶつければ……」

 

「私が出よう」

 

 白熱する議論を、忍田真史は一言で切って捨てた。

 

「忍田本部長……」

「空閑隊員を向かわせるには、少々距離があり過ぎる。ここから私が出た方がはやい」

 

 鬼怒田や根付とは違い、表情を変えぬままの城戸を忍田は見上げる。

 

「城戸司令。指揮をお願いします」

「いいだろう。だが、きみが出て倒せるのかね?」

「城戸司令!? なにを!?」

 

 遠慮も何もないその発言に、根付が裏返った声で反駁する。しかし城戸は顔の傷を指でなぞりながら、淡々と言葉を紡いだ。

 

「考慮するべき可能性だ。口に出し、議論することに何の問題もない。むしろ、無策で忍田本部長に頼りきりになる方が問題だと、私は思うが?」

「……それは」

 

 ノーマルトリガー最強。黒トリガーを除けば本部の最大戦力である、忍田真史が敗北してしまったら?

 城戸の言葉は正しかったが、誰もが想像したくない光景だった。

 

「この日の為に、我々は牙を研いできた」

 

 しかし、敗北の可能性を口にされた忍田は扉に向けた足を止めなかった。

 

「倒さなければならない敵がいる。ならば、私は刺し違えてでもその敵を斬る。これでは不服か、城戸さん?」

「……いかにもきみらしい精神論だ」

 

 議論は決していない。けれど今は、それ以外に打つ手がないのも事実。

 司令部にいた誰もが、忍田の背中を見送ろうとした。

 その時。

 

 

『こちら実力派エリート。本部聞こえますか?』

 

 

 相も変わらず、空気を読まない間の抜けた声が響いた。

 

「じ、迅くん!?」

『どーも、沢村さん。あ、忍田さんまだ本部にいるよね? もしかしてもう出ちゃった?』

 

 予想していなかった人物からの通信に、思わず素の口調になる沢村。忍田は彼女の背後に歩み寄り、マイクに顔を寄せた。

 

「どうした、迅? 戦闘中じゃなかったのか?」

『おれの担当は天羽に投げてきちゃった。それよりも忍田さん。今、戦場を引っ掻き回してる『黒トリガー』の敵がいるでしょ?』

「私が出て対処しようと思っていたところだ。何かあったか?」

『うん。そいつのことは、おれに任せてくれないかな?』

 

 通信機越しである為に、顔色は見えない。

 あくまでも気楽に。

 

『そいつはおれ達で止めるよ』

 

 迅悠一は言った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……いいんですか? 如月先輩達を先に行かせちゃって」

「いいか悪いか、と言うよりはそうするしかない」

 

 ぽつりと疑問を口にした烏丸に、レイジは手元の機関砲を突撃銃に切り替えながら答えた。龍神と木虎、修の3人は避難を続けるC級を援護するべく、既にこの場から離脱していた。

 敵の足止め。

 言うだけなら簡単であるし、木崎レイジはその手の戦闘に関しては得意分野と言っても過言ではないほどのスペシャリストである。しかし、それを行うには今回の敵は少々相性が悪すぎた。

 長射程を誇る強力な射撃に、空を自由に飛び回る飛行能力。加えて、『弧月』のブレードを止めるレベルのシールドも持っている。下がりながら戦おうにも、あれだけの威力を持つ攻撃を連発してくる敵が相手では、龍神の言った通りC級を巻き込んでしまう恐れがあった。

 原理の分からない『楯』を使う『人型』も要注意だったが、まず優先するべきは射撃タイプの敵の足止めである。その為に玉狛第一はこの場に留まり、龍神達をC級の援護に向かわせていた。

 

「なるべくなら、ここで如月先輩達と連携して2人一緒に倒しておきたかったですけど」

「C級の方に別方面から増援のトリオン兵が向かっている。そういうわけにもいかない」

 

 

 レーダーを確認しながら、レイジは言う。折角合流を果たしたにも関わらず、再び戦力の分散という悪手を取らざるを得なくなった最大の理由である。『人型』だけでなく保険に追加のトリオン兵まで投入してくるとは、敵の大将はかなり慎重な性格らしい。

 分かれるなら、やはり玉狛第一はチーム単位で動いた方が良い。レイジとしても龍神、木虎、修という構成には若干の不安がないわけでもなかったが、なんとか上手くやってくれることを祈るしかない。

 玉狛第一の仕事は、何としてでもここで『人型』を止めることだ。

 

『レイジさん!』

「どうした、小南?」

 

 普段ならともかく、戦闘中は珍しい、焦りが混じった小南の声。単独で『楯』を扱う『人型』を足止めしていた彼女に、何かあったのか……と、バリケードの向こうにレイジと烏丸が注意を向けた、直後。

 凄まじいスピードで、黒い翼を形作った『人型』が頭上を駆け抜けた。

 

「なっ……!?」

『アイツも飛べるとか聞いてないんだけど!? ていうか、仲間を置いていくなんてどういうつもり!?』

 

 小南の怒声は無視し、烏丸は空に向けて突撃銃を連射した。レイジも瞬時に『イーグレット』を起動してスコープを覗き込んだが、高度を下げた人型は建物の影に入って射線を外れていた。

 トリオン体は通常の肉体より身体能力に優れているとはいえ、あのスピードで追われたらすぐに追いつかれてしまうだろう。

 

「ごめん。油断したわ……」

 

 バリケードを飛び越え、烏丸の傍らに着地した小南が悔しげに顔を伏せる。レイジは首を振った。

 

「いや、俺のミスだ。アイツも『飛べる』可能性まで考慮していなかった……宇佐美! 如月達に伝えてくれ。『人型』を1人逃した!」

『あいあいさー!』

 

 小南に飛び去った『人型』を追わせるか、と考えたレイジだったが、その思考は一瞬で途切れた。

 

「任務が最優先か……ヒュースめ。まったく情のないヤツだ」

 

 瓦礫の山が、内部からの衝撃で吹き飛んだ。

 自身の周囲にトリオンの塊を浮かべ、口を裂いて笑うその姿は鬼か雷神か。

 ランバネインは周囲を見回しながら、ゴキリと肩を鳴らす。

 

「だが、アイツが雛鳥を追ったのなら、俺もきちんと役目を果たさなければならんな。お前達は俺と遊んでくれるのだろう?」

 

 マントが揺れ、その背中が震える。木虎が撃ち抜いたはずのスラスターと思わしき『羽』の部位が、まるで何事もなかったように再生していた。

 

「……再生とか、勘弁して欲しいんだけど」

「ははっ! 俺達のトリガーは身体の一部のようなものだ! 悪いが、もう少し付き合って貰おうか!」

 

 玉狛第一に向けられたのは、トリオンの給弾ベルトを伴う左腕の大砲。黒衣の周囲を覆うトリオンも、主の意思に呼応するかのようにスパークする。

 完全な正面。逃げ場はない。

 ランバネインが『雷の羽』の力を全開で振るおうとしたのと、同時。

 

「冗談じゃないわ。願い下げよ」

 

 小南桐絵は『炸裂弾(メテオラ)』を放った。

 相対するランバネインへ向けて、ではなく。

 

「っ……!?」

 自分達の足下へ、だ。

 爆発がランバネインの視界を覆い隠し、攻撃の出先を鈍らせる。

 

「目眩ましか!」

 

 小賢しい真似を、などと言う前にランバネインは構わず攻撃を仕掛けることを選択した。

 連射、連射、連射。左腕の大砲からは大量の弾がばら撒かれたが、それらは舞い上がった粉塵を切り裂くのみで、標的には当たらない。

 そして。

 煙のカーテンから、転がり出たレイジは、突撃銃でも機関砲でもなく、起動していた『イーグレット』をそのまま構えた。

 無論、このまま狙撃したところで致命傷など望めない。

 ブレードを止めるレベルのシールド。展開スピードもはやく、カバーの範囲も広い。防御の判断も的確。急所を狙った狙撃は、十中八九防がれる。

 故に。

 狙いは自然と決まっていた。敵の意識の外。強大な攻撃を支える、不用意にさらけ出された弱点。

 敵の弾丸は『炸裂弾(メテオラ)』と同様、着弾すれば爆発する。だとすれば、左腕の大砲に接続されたあの弾薬ベルトを撃ち抜いてやればどうなるか?

 

 ランバネインの砲撃に比べればあまりにもちっぽけな一発は、しかし正確に光の帯を撃ち抜いた。

 

 一撃必殺。そう形容するに相応しい威力を持つ弾丸の爆発が、

 

「ぬ、おぉおおおおおおおおおおぉお!?」

 

 伝播する。

 まるで爆導索のように。

 数珠繋ぎになった弾丸が暴発し、圧倒的な破壊と衝撃を生む。

 爆発の衝撃にランバネインの右手は吹き飛ばされ、同時にその巨体すらも爆圧で宙に舞う。

 

「く、そ……ッ」

 

 それでも。ここまで追い込まれても尚、黒衣の下で光が瞬く。スラスターを吹かし、空中へ逃れようとランバネインはもがく。距離的に、小南の攻撃では届かない。このまま逃してしまえば、致命傷を与える機会を完全に逸してしまう。

 体勢が崩れた。隙が生まれた。

 ならば、全力を叩き込むべきはここだ。

 レイジは迷いを振り切った。

 

 

「『全武装(フルアームズ)』起動(オン)」

 

 

 機関砲。突撃銃。多弾頭ランチャー。レールガン。2本のサブアームに保持された『レイガスト』。

 特殊なカスタムを施し、限界ギリギリまでチップ数を増設したレイジのトリガー。そこにセットされた武装の全てが、一瞬で起動する。同時使用可能なトリガーは二種までという原則を完全に無視した、完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)のポテンシャルを最大限に活かす為の、木崎レイジ専用トリガー。

 それが『全武装(フルアームズ)』だ。

 

「…………」

 

 だが、今は小器用に武装を使い分ける必要はない。

 ただ、展開したトリガーの全てを。持てる火力の最大限を、出し惜しみなく叩き込むだけでいい。

 天羽月彦の『黒トリガー』などを除けば、おそらくはボーダー最大。そんな弾丸の暴雨が、ランバネインに降りかかる。

 

「――本当に、不覚だな」

 

 ひび割れていくシールド。身体を穿つ光弾。それでもランバネインの顔から笑みは消えなかった。

 

 

「この俺が、撃ち合いで遅れを取ってしまうとは――」

 

 

 シールドの破片が宙を舞い、数え切れない弾丸が巨体に穴を空ける。

 やはり、赤鬼は最後まで笑っていた。

 




一応弁明しておきます。
作者はべつに間宮隊が嫌いなわけじゃない!

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