厨二なボーダー隊員   作:龍流

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番外編の前に本編更新。
玉狛支部訪問後編は次回更新予定です。


※最近のジャンプで判明した設定が登場します。コミック派の方はご注意ください。


蝶の楯を穿て

「ようやく『人型』撃破ってところね」

 

 小南桐絵は『双月』を腰のホルスターに納め、ほっと息を吐いた。いつもより短くなっている髪に手を当てて、羽のようなくせっ毛から塵を払う。

 隣に立つ烏丸も頭をかきながら軽く頷いた。

 

「そっすね。トドメに『全武装(フルアームズ)』は使っちゃいましたけど……レイジさん、トリオン大丈夫ですか?」

「ああ。ヤツはここで落としておくべきだと判断した。いちいちトリオンをけちっている場合でもないだろう」

「でも、わざわざ『全武装』使わなくても、トドメならアタシが刺したのに」

「お前が決めるには距離があり過ぎた。それに、いくら腕を落としていたとはいえあの火力だ。接近すれば最後の足掻きで反撃を食らう心配もあった」

「結局、トドメはレイジさんがベストだったってことすね」

「そりゃ、とりまるの『ガイスト』よりはまだ全然燃費はマシだけど……」

 

 腕を組みながら、小南は表情を渋くする。レイジの『全武装』はホルダーにセットしたトリガーを全て起動するその性質上、やはりトリオンの消費がはやい。もっともこれは烏丸の『ガイスト』や、『接続器(コネクター)』で威力を底上げする小南の『双月』にも共通して言える話である。玉狛支部のトリガーは基本的に短期決戦型だ。長期戦にはあまり向いていない。

 

「…………見事だ。よもや、この俺が3人足らずしか仕留められずに終わるとは……」

 

 トリオン体の換装が解け、仰向けに倒れたままのランバネインが言う。そこには、どこか満足気な響きが含まれていた。

 敵から贈られた賛辞に、小南がふんと鼻を鳴らす。

 

「生憎、アタシ達はボーダー最強のチームなのよ。あんた1人にやられるわけないじゃない」

「ははっ! 成る程な。個々の技量の高さに加えて、息が合ったあの連携。最強の部隊を名乗るのも頷ける。事実、こうして俺を撃破しているのだから、お前達の強さは認めるしかないようだ」

「じゃ、おとなしく捕まってもらいましょうか。あんたを本部まで連行するわ」

「今回の侵攻の目的に、トリガー技術についての諸々。話して貰いたいことはたくさんありますからね」

 

 小南と烏丸は、倒れているランバネインに歩み寄る。が、窮地に陥ってるはずの近界民は朗らかな笑みを浮かべたまま、言った。

 

「悪いが、それは無理な相談だ」

 

 唐突に。

 何もなかったはずの空間に、いくつもの丸い穴が浮かび上がる。

 

「京介! 小南!」

「ッ!?」

「これは……」

 

 レイジの警告を受けて、烏丸と小南がその場から飛び退く。穴から飛び出してきたのは、無数の黒い棘だった。もしも反応が数瞬遅れていれば、全身を串刺しにされていただろう。

 

「やられたわね、ランバネイン。あなたの仕事はここまで。退却するわ」

 

 一際大きな穴が開き、そこから現れたのは1人の女。全身を覆う黒い衣服に、ショートカットの赤毛。その間から生えているのは――黒い角。

 

「ふん……やはり不意打ちも通じんか。つくづく手練れ揃いだったらしい。まったく、本当に完敗だな」

 

 新たに現れた『人型』を警戒する小南達だったが、ランバネインはそんな敵の緊張を一切気にする様子なく立ち上がり、肩を大きく回す。

 彼は大柄な体を屈めて、仲間が開いた『門』を潜りながら、

 

 

「縁があれば、また会おう。『次』は俺が勝たせて貰う」

 

 そう言って、消えていった。

 先ほどまでの激戦が嘘だったかのように、あとにはぽつんと玉狛第一だけが取り残される。

 

「あのデカブツ、最後まで好き勝手言いながら消えてったわね……レイジさん、あいつ逃がしてよかったの?」

「退却するだけならそれでいい。女の方は『角』の色から見て『黒トリガー』だった。能力の詳細も分からずに突っ込むのは馬鹿のやることだ」

 

 アフトクラトルが独自開発した技術である『角(ホーン)』は『黒(ブラック)トリガー』と適合した場合は黒く変色する、とレプリカは語っていた。色なしのランバネインであの強さだったのだ。黒トリガーに適合した『角つき』の戦闘能力は計り知れない。

 

「それに、増援もこちらに近づいてきている。休んでいる暇はないぞ」

 

 ジャキン、と。レイジの全身に装着された武装が無機質な金属音を響かせる。トリオンの残量は限られていたが、戦闘はまだ継続可能だった。

 

「小南はこちらに残って俺とトリオン兵を一掃する。京介は如月達のフォローに向かえ」

「オッケー!」

「了解です」

 

 レイジと小南は先頭が見えはじめたトリオン兵の群れへと突進し、烏丸は彼らに背を向けて走り出す。

 『人型』を倒したと言っても油断はできない。玉狛第一の面々はそれぞれの行動を開始した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――見つけた。

 

 比較的低空を滑空していたヒュースは、北に向かって必死に走る『雛鳥』の群れを捕捉した。現状、今回の任務の相棒であるランバネインを置いてきた形になっていたが、彼は全く気にしていなかった。任務遂行の為であるし、何よりランバネイン自身が強者との戦いを望んでいたのだ。自分が心配する必要はない、とヒュースは目標を追うことだけに集中していた。

 疲労を感じず、尚且つ身体能力も強化された『トリオン体』の人間が全力疾走で逃げればそれなりの距離を稼ぐことはできるが、斥力の作用で加速する『蝶の楯(ランビリンス)』の翼から逃れるのは不可能だ。

 結果として、すぐに追いついた。

 

「なんだアレは……?」

「鳥か? 飛行機か?」

「いや……人型近界民だ! 逃げろ!」

 

 こちらに気付いたらしい。やけに騒がしい3人組が叫び、慌てて散らばろうとする『雛鳥』達。そんな彼らに向けて、ヒュースは黒い破片を射出した。雨のように降り注いだそれらは、C級隊員の白い隊服に黒点を刻む。

 ヒュースが操る『蝶の楯(ランビリス)』はアフトクラトルの中でも最新鋭に近い新型トリガーである。その一番の特徴は、無数の磁力片を斥力で操ること。『トリガー角(ホーン)』で得た処理能力を最大限に活かし、多彩な攻撃と様々な応用が効くトリガーに仕上がっていた。今のように翼を形成して飛行も出来れば、欠片を撃ち込んだ相手を磁力で引き寄せることも可能。

 さらに言うなら、あの欠片にはもう少し別の『役目』もある。

 

(が、今はいい。とりあえず、ヤツらの足を止める)

「それ以上はやらせん」

 

 突如、至近距離から響いてきた声に、ヒュースは思わずぎょっとした。

 周囲を見回すまでもなく、正面。彼の前には、腰の『弧月』に手を添えた1人の男がいた。

 空中で、緑色に光る板のような足場――『グラスホッパー』を踏み込みながら。

 ヒュース自身が滑空していたこともあって、両者が交錯するのは一瞬だった。その一瞬で、飛行機能を担っていた黒い翼が斬り落とされる。

 

「ぐっ……!?」

 

 安定を失い、きりもみするようにヒュースは落下。地面に叩きつけられ、二転三転。なんとか膝をついて、態勢を立て直す。

 そこに、追撃の銃弾が叩き込まれた。

 

「……意外だな。部隊を分けてまでオレを追ってきたのか」

「ええ。私もとても不服だったのだけれど、仕方ないわ」

 

 ヒュースの前に立ちはだかる木虎藍は右手にスコーピオン、左手にハンドガンを構えていた。不意打ちの弾丸をはじかれたことに彼女は動じず、むしろ淡々と言葉を紡ぐ。

 

「ほんとに……あの人と組むことになるなんて」

 

 直後、

 

「旋空――八式」

 

 ヒュースの足元に、影が落ちた。彼の翼を切り落とした声の主は躊躇いも躊躇もなく、刃と共に真っ直ぐ急降下する。

 

「『捻花』」

 

 炸裂した斬撃は、いとも簡単にアスファルトを砕いた。ばら撒かれた破片が地面を叩くのと同時に、如月龍神が着地する。

 目前まで迫っていた近界民に怯えていたC級隊員達が、わっと歓声を上げた。もちろん、彼を知る者は殊更大きく叫んだ。

 

「隊長!」

「遅いぜ……隊長」

「流石……完璧な登場タイミングだ」

「厨二先輩!」

「如月先輩!」

 

 甲田、早乙女、丙、夏目、千佳。これからのボーダーを支えるC級隊員。大勢の守るべき者達の声を背中に浴びて、龍神はゆっくりと『弧月』を構えた。

 そして、ニヤリと口元を歪める。

 

「聞こえるか、木虎? この惜しみない声援が」

「はいはいすごいですね」

 

 嬉しそうな先輩の発言を、木虎は軽くスルーする。素っ気ない後輩の反応は読めていたので特に気にせず、龍神は声を張り上げた。

 

「C級隊員各員、足を止めるな! 基地に向かって走れ! 時間は俺達で稼ぐ」

「なっ……?」

 

 龍神の宣言に、驚いたのは甲田達だ。

 

「そりゃないぜ隊長!」

「オレ達だって戦える!」

「そうですよ! ここで修行の成果を……」

「あまり駄々を捏ねていると、首を落とすぞ。お前達はそんなに生身で走りたいのか?」

「よし! みんな行くぞ!」

「隊長が時間を稼いでくれている今の内だ!」

「走れ走れ!」

 

 龍神の恫喝が本気であることを察した甲田達は前言を即座撤回。くるりと回れ右して、他のC級を先導する勢いで脱兎の如く走り出す。

 

「三雲、頼む」

「はい。如月先輩達も気をつけてください」

「ああ」

 

 C級の護衛に回る為、修が離脱する。

 一方、『蝶の楯』の防御越しに襲撃者の顔を確認したヒュースは、忌々しげに舌打ちを洩らした。

 

「……『黒刀使い』か」

「……おい。聞いたか木虎? 遂に俺にも『異名』的な何かが……」

「ほんとに心底どうでもいいので仕事をしてください」

 

 烏丸と引き剥がされたことによりテンションが急落している木虎は、非常に機嫌が悪かった。なまじ彼に窮地を救われてテンションレベルが一気に振り切れていたので、そこから落ちた時のショックが大きい。険しい山道を登りきったと思ったら、崖から転がり落ちるような急落である。

 なので、とりあえず苛立ちをぶつける相手としては、目の前の敵は打ってつけだった。

 遠慮なく、噛みつきにいける。

 

「私が崩します。如月先輩はトドメを」

「よし、任せろ」

「足を引っ張らないでくださいね」

「こちらの台詞だ。油断するなよ」

 

 もう油断はしません、という言葉は飲み込んで、木虎は龍神と並び立つ。

 2人の敵と相対し、ヒュースは目を細める。寡黙な彼にしては珍しく、自ら口を開いた。

 

「……意外だな」

「何がだ?」

「貴様はランバネインを倒すことに拘ると思っていた。まさかこちらに駆けつけてくるとはな」

「あの赤鬼か。たしかにアイツは俺が仕留めたかったが、こちらにはお前達と違って信頼できる仲間が大勢いる。だから、頼れる先輩に預けてきた」

「……オレの実力をランバネインより低く見積もっているのなら、それは間違いだぞ」

「べつにそんなことは思っていないさ。お前がアイツより強かろうが弱かろうが、関係ない。溜まりに溜まった俺の鬱憤は、お前を倒して晴らさせて貰う」

 

 木虎藍が駆け出した。

 向かってくる少女を見据え、ヒュースの顔にも僅かな苛立ちが浮かぶ。

 

「たった2人で相手をする気か?」

「そうだが、何か?」

 

 黒い破片が、目に見えて大きく渦を巻く。

 

 

「――舐めるな」

 

 

 いくつかの塊に別れた黒片は鋭利なブレードとなり、木虎に向かって襲い掛かる。無論、それを見逃す龍神ではない。

 

「伍式――"野薊"」

 

 二連続で放たれた『旋空弧月』がヒュースのブレードを弾き飛ばし、木虎が進む道を文字通り切り開く。突進に迷いはなく、スピードを弛めないまま木虎はハンドガンを連射した。

 

「無駄だと言っている!」

 

 もう何度も行われた繰り返し。弾丸は黒片に阻まれ、ヒュースには届かない。むしろ、分厚い楯はその攻撃を撃ち込んだ者へと反射する――

 

「……な!?」

 

 ――はずだった。

 木虎のハンドガンから伸びた『ソレ』は確かに反射された。が、その過程で破片に絡まり、木虎の拳銃とヒュースの間に一本の線を繋ぐ。

 『スパイダー』。木虎が愛用する『オプショントリガー』だ。

 それ単体では、何の攻撃力も持たない。だからこそ使用者も少なく、日の目を見ることはほとんどないトリガー。

 しかし、

 

「いけ、木虎」

 

 組み合わせれば、化ける。

 斜めに展開した『グラスホッパー』。龍神はそれを木虎に"踏ませた"。

 巻き取られたワイヤーはピンと張り詰め、ヒュースを起点として、まるで逆さまにした振り子のように木虎の体が宙に舞う。

 派手なアクロバットをこなしながらも、射線は繋がった一直線上。引き金は連続で引かれて、ヒュースの直上から銃撃が降り注ぐ。

 

「だからどうしたっ! こんな曲芸で……」

 

 吐き捨てた言葉は、最後まで続かなかった。

 

「七式――"浦菊"」

 

 鋭い呼気を伴って、龍神は手にした『弧月』を首目掛けて一閃。ヒュースはなんとか防御を間に合わせて刃を止め、斬撃は彼の頬を掠めるだけに留まった。

 だが、一撃だけでは終わらない。

 龍神は横なぎに振り抜いた刃身をそのまま直上に構え、

 

「壱式――"虎杖"」

 

 打つ。

 ヒュースが急所をカバーした直後に、今度は大上段からの振り下ろし。伸びたブレードは漆黒のマントを縦に切り裂いた。

 龍神は軽く『弧月』を振る。

 

「派手な動きで注意を引いて、防御を広げさせれば……と思ったが、存外にマントが固いな」

「なにやってるんですか。ちゃんと決めてください」

「貴様ら……」

 

 正面の龍神に攻撃を集中させようにも、ヒュースの背後には既に木虎が着地していた。ワイヤーを使ったアクロバットと遠隔斬撃。互いが互いをカバーし合い、標的を挟み込む形を作った。こうなってしまえば、ヒュースは前後に防御の意識を割かざるを得ず、ガードも全方位に広げなければならない。

 そして、

 

「旋空――"六式"」

 

 薄くなった防御なら、突き破る自信が龍神にはあった。

 

「『鳶尾』」

 

 輝く刀身に、ヒュースは身構える。

 

(伸びる斬撃!)

 

 そう何度も、一方的に攻撃を食らい続けるわけにはいかない。玄界のトリガーは原始的だが、それでもヒュースはエネドラのように慢心している気はなかった。そもそもこれだけ連発されれば、特徴も自ずと見えてくる。

 ブレードトリガーを伸ばしている分、威力は射撃トリガーよりも高い。しかし、攻撃の軌道は直線的で読みやすい。

 導き出された答えは至極単純。ガードに頼らず、避ければいい。

 『蝶の楯』の防御力に頼り切りになっていた弊害なのかもしれない。交戦を開始してから、ヒュースはおそらくはじめて自分の足で回避行動を取った。

 斜めに振り下ろされた一撃に、ギリギリで身をよじる。

 だが、確かに斬撃をかわした。飛び退いて、避けた。その事実に、ヒュースはようやくこの戦闘の突破口を見出だし、

 

 

「がっ……!?」

 

 

 下から跳ね返るように襲ってきた刀身をもろに食らい、空中に吹き飛んだ。

 

(なっ……に?)

 

 困惑と衝撃で表情を歪めるヒュースは、龍神の手元に浮かぶ小さな『板』を見る。

 緑に発光するそれには、見覚えがあった。

 

(あの反発するジャンプ台のトリガーを……切り返しに……?)

 

 体勢を崩したヒュースを見上げ、龍神は酷薄な笑みを浮かべる。

 

 『旋空六式・鳶尾(イチハツ)』

 『旋空弧月』を振り下ろした瞬間に、『グラスホッパー』を起動。手首に反発させて、普通ならあり得ない軌道で二連撃を浴びせかける。

 説明するならこれだけだが、如何せんタイミングが辛い攻撃だった。『旋空』を起動するタイミングもそうであるし、なにより『グラスホッパー』で強引に切り返すせいで『刃』をまともに相手に当てることができない。今の龍神の技量では、刀の『峰』の部分で殴りつけるくらいが関の山である。

 だが、それでいい。

 体勢を一瞬崩すことは、対人戦において致命的な隙を生む。

 

「旋空――"参式"」

 

 そこに、一撃を。

 

「『姫萩』」

 

 これまで繰り出されてきた『斬撃』とは明らかに種類が違う、一点集中の『突き』。迫りくる刃の先端に、ヒュースは目を見開いた。

 そして、

 

「……ッ?」

 

 ブレードは、ヒュースのマントの表面を撫でただけで終わる。

 全く感じられない手応えに歯軋りするように、龍神は呟いた。

 

「…………しくじった。"足りない"か」

 

 家屋の屋根に着地したヒュースは冷や汗を拭い、自分の心臓の辺りを確かめるように触れた。

 今の一撃。ともすれば、急所を貫かれていたかもしれない。そう思わせる程度には、あの一撃は強烈なものだった。

 だが、そうはならなかった。

 

 何故か?

 

「…………見えてきたぞ。その攻撃の致命的な『弱点』が」

「……ふっ、そうか。だからどうした!」

 

 叫びながら、龍神は跳躍してヒュースとの間合いを詰めた。再び『弧月』にトリオンを込める。

 

「死式――"赤花"」

 

 『旋空弧月』を放った直後に、龍神はヒュースの背後へテレポート。そのまま、右手の『スコーピオン』を振り抜いた。

 ガギィン!と耳障りな高い音が響く。

 振り向いたヒュースは腕に纏わせた黒片で、輝くブレードを受け止めていた。

 

「"瞬間移動"のトリガーは『ラービット』との戦闘記録で見ている。何度も通用すると思うなよ」

「目立つのも困りものだな」

「軽口を叩けるのも、ここまでだ。貴様の攻撃はもう見切った」

 

 目の前の龍神に向けて、ヒュースは言った。

 

「およそ、15から20メートル」

「…………」

「それが貴様の『伸びる斬撃』のリーチだ。この距離よりも長ければブレードは届かず、かといって短ければ初速が落ちた斬撃の威力は落ちる」

「……いい観察眼だ」

 

 ギチギチと鍔迫り合いを演じながら、ヒュースと龍神の視線は至近で交差する。

 

「では、俺の技の性質を見抜いて、その後はどうする?」

「知れたことだ」

 

 ヒュースの瞳には、既に自信と冷静さが戻っていた。

 

「貴様の間合いは、もう作らせない――ランビリスッ!」

 

 黒片が、大きく動いて『円』を形作る。同時に『スコーピオン』の刃に付着した黒片が、何かの力を受けたように突然弾き飛ばされた。

 

「如月先輩! 離れてください!」

「ちっ……」

 

 木虎の警告を受け、龍神はすぐに回避を選択した。足元を、高速回転する黒い車輪が抉り抜いていく。龍神を引き剥がし、ヒュースの周囲で回転するそれは、彼が攻勢に出たことを顕著に示していた。

 右手の『スコーピオン』を破棄し、龍神は『弧月』を両手で構え直す。

 

「……俺も見えてきたぞ。お前のトリガーの『正体』が」

「だからどうした?」

 

 先ほど龍神の台詞を突き返して、ヒュースは黒片をさらに寄り合わせる。

 

「オレは貴様の攻撃の『正体』だけでなく、その『性質』まで見抜いた。もはや底が知れている。だが、オレは貴様に『蝶の楯(ランビリス)』の全てを見せてはいない」

 

 漆黒のマントの下から、ヒュースは手をかざし、

 

「タネが割れた手品で、いつまで持つか見ものだな」

 

 高速回転する刃が、龍神と木虎に襲い掛かる。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 基地南部。

 影浦隊をはじめとしたB級合同部隊とエネドラの戦闘も、悪い意味で『地力』の差が出始めていた。

 

「ははははは! そろそろネタ切れか雑魚ども!?」

「黙れスライム!」

 

 笑い声を響かせるエネドラに、影浦雅人は負けじと吠える。

 口では負けていなかったが、徐々に押されているのは間違いなく彼の方だった。

 単純な理屈である。エネドラは影浦の攻撃を受けても全く問題ないが、影浦はエネドラの攻撃を避け続けなければならない。どちら方が神経と体力を消耗するかは、それこそ猿でも分かることだ。

 

(……クソったれ。『マンティス』を打ち込む暇もなくなってきやがった)

 

 『スコーピオン』と『シールド』を切り替えながら、四方八方から襲いかかってくる液状化ブレードを捌く。

 影浦が得意とする、しなる斬撃――通称『マンティス』は2本の『スコーピオン』を強引に連結させ、形状変化させながら鞭のように敵に振るう。両手のトリガーを用いたこの技は、言うなれば攻撃手版『両攻撃(フルアタック)』であり、攻撃を繰り出している間は他のトリガーを使えない。加えて、『スコーピオン』のブレードを間合いの外へ伸ばしている以上、どうしても隙が生まれてしまう。本来その隙は、放った『マンティス』で首を狩ってしまえば考える必要のない問題である。

 だが、影浦が今戦っている相手は胴体を真っ二つにしても、体を八つ裂きにしても、首を飛ばしたとしても、そのまま反撃してくるのだ。

 必然、影浦は防御を重視した立ち回りを強いられることになる。

 

「どうしたんだよ寝癖猿!? 勢いがなくなってきたんじゃねぇか? まさかあれだけデカイ口を叩いておいて、もうスタミナ切れってわけじゃねぇだろ、オイ?」

「けっ……寝言は寝てからほざきやがれ! テメェは黙ってぷるぷる震えてろ!」

 

 突破口が見えない。もとはマスタークラスの攻撃手である荒船も、今は狙撃手が本職だ。今の影浦達は、近距離戦の決め手が圧倒的に不足していた。

 トリオン体の無線通信を通じて、荒船が影浦に呼び掛けてくる。

 

「(おいカゲ! このままじゃじり貧だぞ!)」

「(んなことは言われなくてわかってんだよ、クソが!)」

 

 正直なところ。

 影浦のサイドエフェクトは、徐々にエネドラの『感情』の発信点を特定しつつあった。おそらくそこが、この無敵の怪物が抱える唯一の弱点。

 だが、駄目だ。足りない。エネドラが繰り出す攻撃を掻い潜り、弱点を潰す為には『攻撃力』が欲しい。強力な、『黒トリガー』を相手にしても見劣りしないほどの攻撃手が――

 

『カゲ! おいカゲ! まだ生きてるか!?』

 

 オペレーターの仁礼光から通信が入る。影浦はあからさまに声を荒げて、言い返した。

 

「レーダー見れば分かるだろうが! 集中が乱れるから話しかけんな!」

『あともうちょっとだけ踏ん張れ! 援軍が到着する!』

「あぁ?」

 

 援軍。それは心強い。だが、下手な部隊が駆けつけてくるのなら、正直いない方がマシだった。攻撃手同士の連携は難しい。決め手となる攻撃手が欲しいのは事実だが、影浦や荒船の前でうろちょろされても邪魔なだけである。

 

「どこの部隊だ!?」

『いや、部隊じゃなくて1人だけ』

「……光。オメー、この状況でふざけられるとは大した度胸だな?」

『いやいや違うんだって! だって――』

 

 光が言い終える前に、轟音は響いた。

 影浦達の頭上の高層マンションが、まるで"ブレードで切断した"ように音を立てて崩れ落ちる。

 漆黒のロングコートを靡かせながら、その男は空中で腰の刀を抜いた。

 

 

「『旋空弧月』」

 

 

 瞬間、エネドラの体は真っ二つに両断される。

 

「ぐ……ご……ッ!?」

「おぉう、こいつはおもしろいな。本当に斬っても斬れない。実に斬り甲斐がありそうだ」

 

 影浦達の前に着地した彼は矛盾した物言いをしながら、『弧月』の峰を肩に乗せる。

 三日月をバックに、三本の刀が配されたエンブレム。普段やる気を感じさせない間の抜けた瞳は、今は爛々と輝いていた。

 

「太刀川、現着した」

 

 影浦達にとって、最高最良の援軍。

 

「ようやく会えたな、『黒トリガー』」

 

 A級最強の攻撃手――太刀川慶は、腰に差したもう一振りの『弧月』を抜き放つ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 まずいな、と。

 握りしめた『弧月』から散る火花を見ながら、龍神は漠然とそんなことを思った。

 

「くっ……」

 

 勢いがついた黒い車輪を振り払うのは無理だ。龍神は体を斜めに倒し、車輪の軌道をずらしてなんとか回避を成功させる。もうこれで、何度目か。

 現状を一言で言い表すなら、防戦一方。いつまでも、防御だけに専念しているわけにはいかない。

 龍神は跳んだ。

 

「弐式――"地縛"」

 

 反撃の斬撃を放つ。けれど、その攻撃はもうヒュースには届かない。

 彼の変化は顕著だった。絶えず足を動かし、移動し、龍神に『旋空』を使うための距離を調整させない。龍神が接近すればヒュースは離れ、龍神が自分から離れればヒュースは追わない。そのまま距離で攻撃する手段が『蝶の楯(ランビリス)』にはあった。

 対して、龍神達の遠距離攻撃は『旋空』と木虎の『通常弾(アステロイド)』のみ。しかも木虎の装備は撃ち合いではなく、格闘戦向きだ。中距離戦に持ち込まれれば不利になるのは、ある意味当たり前だった。

 

「(『旋空』の間合いが明らかに読まれてますね)」

 

 射出される黒片を捌きながら、無線通話で木虎が言う。

 

「(はっきり言ってやり辛いな。きちんと頭を使ってくる敵らしい)」

「(情けないですね。生駒さんみたいにもっと長く伸ばせないんですか?)」

「(簡単に言うな。あれはイコさんの『技』だ。俺が真似して簡単にできるものではない)」

 

 木虎が名前を出したのは、攻撃手ランキング6位『生駒達人』。彼はボーダー屈指の『旋空弧月』の使い手であり、その射程は規格外の40メートルを誇る。

 そもそも『旋空』は『弧月』を振るう際に起動し、斬撃を拡張するオプショントリガーだ。ほとんどの攻撃手の起動時間は約1秒。得ることができる間合いは約15メートル。この原則は龍神や辻などはもちろん、太刀川も例外ではない。

 唯一の例外が生駒だ。起動時間をコンマ数秒まで絞った最長の『旋空』は、ボーダー内では『生駒旋空』の異名で知られている。

 龍神も同様の技術の習得を目指していたが、未だに会得には至っていない。

 

「(じゃあ、どうするんですか? このままじゃ、足止めだけで精一杯。最悪、このままやられますよ)」

「(……安心しろ。まだ手はある)」

「え?」

 

 予想外の返事だったのだろう。龍神の返答に木虎は思わず声を出して聞き返した。

 

「何かあるんですか?」

「あるぞ。とっておきがな」

 

 そう言いつつも、龍神の表情は苦かった。奥の手は確かにある。だが、その切り札をここで切るかは、また別の話だ。

 龍神は懐に向かって声をかけた。

 

「レプリカ」

『どうした、タツミ』

「この状況、お前はどう思う?」

『率直に言えば、思わしくないだろう。龍神と木虎のトリガーは高速戦闘向きで、火力と射程に乏しい。防御力が高いあの『人型』に対しては不利だ。龍神の主な攻撃手段である『旋空』も既に性質を見抜かれている。このまま戦闘を継続すれば、不利なのはこちらだ』

「憎らしいけど、言ってることは正しいですね……」

 

 プライドが高い木虎も反論しない。ちびレプリカの分析は、それだけ的確で正確だった。

 もう一度、龍神は問う。

 

「『奥の手』を使うべきだと思うか?」

 

 遊真との模擬戦で試した『奥の手』を、レプリカは知っている。とても使いこなせているとは言えず、対戦相手を申し出てくれた遊真には何度も土をつけられた。まだまだ荒削りで、はっきり言えば未熟。迂闊に使えば、致命的な隙を生んでしまうかもしれない。だからこそ、龍神は迷っていた。

 しかし、レプリカは言った。

 

 

『それを決めるのは私ではない。龍神自身だ』

 

 

 素っ気ない返事だった。

 

「……ふっ」

 

 だが、龍神は笑った。

 どうして遊真がレプリカを信頼しているのか、分かった気がしたからだ。

 

「ありがとう。レプリカ」

 

 覚悟を決める。

 迷う必要は、もうない。

 

「木虎! 援護を頼む」

「如月先輩!?」

 

 返事を聞く前に、龍神は動き出した。

 ヒュースとの距離を、目測で計る。おおよそ、35から40メートルといったところ。普通の『旋空』なら、届かない距離だ。

 

「旋空――参式」

「無駄だというのが、まだ分からないか!」

 

 龍神が取った『突き』の構えを見て、ヒュースが吠える。だが、向かってくる黒いギロチンに構わず、龍神はそのまま突っ込んだ。足は止めない。ひたすらに動かして、突き進む。

 

 

「――――姫萩『改』」

 

 

 回転するブレードの切っ先が、龍神の体に触れようとした、その刹那。

 "龍神自身"が、加速した。

 『グラスホッパー』

 それを踏み込み、宙に舞う。極限まで集中を高め、刃を繰り出す。

 その切っ先が、

 

「ぐっ……う!?」

 

 『蝶の楯』の隙間を縫って、標的の肩に喰らいつく。

 一瞬の出来事だった。

 血が噴き出すように、トリオンが漏出する。呆気に取られたヒュースは肩を押さえ、堪らず膝をついた。

 

 ――有り得ない。

 

 予想外の事態に、脳が混乱する。理解が追いつかない。

 間合いは確かに見切っていた。にも関わらず、攻撃が届いた。

 いや、違う。目の前の男が、届かせたのだ。

 

「なんだ……それは……?」

 

 ヒュースが問う。

 龍神は答えた。

 

 

「『穿空虚月』」

 

 

 意味が、分からなかった。

 




『穿空虚月』と書いて『せんくうこげつ』と読む。
読みが変わらない? そこがいいのだ。

素晴らしい技名は炬燵猫鍋氏様からいただきました。ありがとうございます。




※以下、今週のジャンプのネタバレあり。




『旋空弧月』の詳細な設定と射程キター!(感涙)
これでふわふわと『伸びる斬撃』って書かなくて済むよ! 距離とか間合いとか描写できるぜヒャッハー!!(変なテンション)

とりあえず最近の感想としてはイコさんマジパネェ。『生駒旋空』すごい。尚、既に濃いワートリファンの皆さんが『旋空』の『反比例』の検証に入っている模様。コミック内の僅かな描写から本部基地の大きさを計算している時も思ったけど、ワートリのファンどもは変態かよ……(誉め言葉) 
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