厨二なボーダー隊員   作:龍流

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繋がる力

 ――時は遡る。

 

 近界民による大規模侵攻の可能性が、ボーダーに所属する全隊員に伝えられた日。時刻は深夜。場所は玉狛支部。

 トリガーを手にした龍神は、白髪の少年と向かい合っていた。

 

「『黒トリガー』を使った模擬戦? おれと?」

「ああ。そうだ」

 

 時計の針は、既に12時を優に過ぎている。正常な生活リズムを刻んでいる人間なら眠気が襲ってくる時間帯だが、空閑遊真は昼間と変わらずハキハキとした様子で声を発した。

 

「なんで?」

 

 単純な問い掛けである。単純だからこそ、どう答えるべきか迷う。

 が、何をどう答えるにしろ、遊真に対して嘘を吐くことはできない。龍神は、簡潔に理由を述べた。

 

「次の大規模侵攻、迅さんの予知通りに事が進めば、かなり激しい戦いになる」

「らしいね。『アフトクラトル』はデカイ国だから、もし攻めて来られたら総力戦だ」

「その総力戦に備えるために、俺に協力してほしい」

「……ふむ」

 

 遊真は呻きながら口をすぼめると、何もない殺風景な周囲をぐるりと見回した。龍神と遊真が今いる場所は、玉駒支部の地下。トリオンで作られた仮想戦闘ルームだ。

 

「夜は暇だし、たつみ先輩と戦うのはおれにとってもいい練習になる。だから模擬戦やるのは全然かまわないけど……いつも通りじゃダメなの?」

 

 言いながら、遊真の手がパーカーのポケットへ伸びる。取り出されたのはボーダー規格のトリガー。遊真が最近使用しているものだ。スコーピオンがメインにセットされており、現状、それを使った場合の対戦では龍神が大幅に勝ち越している。

 

「駄目だ」

 

 龍神は即答した。

 

「迅さんは本部所属の俺に『これ』を預ける為に、色々と手を回してくれた。逆に言えば、迅さんがそこまで下準備をして備えなければならないほどの……手練れの『敵』が来るということだ。おそらく……」

「敵はおれと同じ『黒トリガー』か。なるほどね」

 

 納得したように白い頭が縦に揺れる。

 

「頼まれてくれるか?」

「いいよ」

 

 返ってきたのは首肯。龍神は軽く頷いて、ポケットから自分のトリガーを取り出した。

 遊真は逆に、右手のトリガーを懐にしまい込む。そのまま左手の人差し指に付けた指輪をかざし、無機物であるはずのそれに向けて声をかけた。

 

「そういうわけだ。やるぞ、レプリカ」

『心得た』

 

 薄い青色のパーカーから、黒のボディスーツへ。遊真の姿が一瞬で変化する。

 

「……黒トリガー、か」

 

 誰に言うわけでもなく小さく呟いて、龍神もトリガーを起動した。

 龍神が遊真の黒トリガーを目にするのは、あの旧弓手駅での一件以来。そして、直接刃を交えるのは今回がはじめてになる。

 何年もの間、近界の戦場を渡り歩いてきた経験。そしてたった1本で、国同士の戦争を左右するだけの力。その両方を持ち合わせているのが、目の前にいる少年だ。

 龍神が求める仮想敵に、これほど相応しい相手はいない。

 

「へぇ……この部屋でもちゃんと『黒トリガー』は使えるんだな」

「ああ。仮想戦闘ルームのシステムは、黒トリガーの能力も問題なく再現できる」

「つまり手加減なしで、思いっきりやってもいいってことだ」

「当たり前だ。でなければ、練習にならない」

「そっか」

 

 龍神は腰から黒い『弧月』を引き抜いた。

 

「よし……はじめるか。いつでもいいぞ、空閑」

「いつでも?」

 

 その時。

 龍神は決して、油断していたわけではなかった。むしろはじめて戦う『黒トリガー』を前に、十分過ぎるほどの気合いを持って弧月を構えていた。

 だが。

 遊真の疑問の声が、耳に届いたのと、ほぼ同時。

 

「…………な」

「いつでもいいって言ったよね?」

 

 彼の拳は、正面から龍神の胸に突き刺さっていた。

 

「一応言っとくけど、ほんとの戦いは『よーいどん』じゃはじまらないよ?」

 

 思わず、膝をつく。

 はやい。

 分かっていた。理解していたつもりでいた。それでも、さらに予想以上。

 『黒トリガー』と、それを扱う本気の空閑遊真の力は、龍神の予想を遥かに超えていた。

 

「黒トリガーと、しかも1対1で戦うってのは、やっぱり戦力差がデカイよ。どうする、たつみ先輩? 普通のトリガーに戻してもいいけど」

「……馬鹿を言うな」

 

 仮想戦闘ルームにはランク戦の時とは違い、緊急脱出がない。貫かれた胸部の再構成が済んだ龍神は、息を吐いて立ち上がった。

 大きく深呼吸をして、一旦脱力。改めて、対峙する少年と視線を合わせる。普段の様子からは想像もつかないほど、今の遊真の瞳は冷たかった。

 龍神は考えを改めた。遊真が挑み、龍神が受けて立つ。普段の模擬戦とは、立場が完全に逆だ。

 今の自分は、身の程知らずの挑戦者なのだから。

 

「……ルールをきちんと決めよう。トリオン体が破壊されたら、その時点で1本。破壊された部位の修復が終わり次第、戦闘再開だ」

「待たなくていいの?」

「待たなくていい」

 

 最初から、全力で。

 『ガイスト』を起動した龍神の全身から、漏れ出たトリオンが迸る。

 

「遠慮なく、容赦なく、徹底的に。俺を叩き潰すつもりでやってくれ」

「……ん、わかった」

 

 心も体も仕切り直して、2人は再び向かい合う。

 

「……胸を借りるぞ、空閑」

「いつでもどうぞ」

 

 その日から、龍神と遊真の模擬戦はほぼ毎日行われることになった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 やはり、防がれた。

 

 正面からヴィザと斬り結ぶ龍神の胸に浮かんだのは、驚きよりも当然、といった感情だった。『ガイスト』を起動した状態での、全力の斬撃。強がりでもなんでもなく、今の自分なら、あの『新型』も一撃で切り捨てることができるだろう。

 そんな攻撃を、ヴィザは止めた。一太刀。たった一回の打ち合いで、予感が確信に変わる。

 この老人は強い。とんでもなく、強い。

 貴様は俺が斬る、と。挑発の言葉を投げてみても、反応は薄かった。柔らかな微笑みを浮かべる彼の表情は、そのままピクリとも動かない。

 このまま接近した状態でいるのは危険だと、龍神の直感が警告を鳴らす。

 

「機動戦特化(スピードシフト)」

 

 後手に回る前に、龍神は動いた。

 

「……むっ?」

 

 互いに息がかかるほど密着した状態から、一転。鍔競り合いから刃を退き、後方へと飛び上がる。斬りかかった時と同様、通常のトリオン体では考えられないスピードで動いた龍神は間合いを改め、距離を取った。

 そこに、

 

「やれ、烏丸」

「了解」

 

 怒涛と形容する他ない光弾の嵐が降り注ぐ。『ガイスト』によって強化された烏丸の『通常弾(アステロイド)』だ。龍神が退いたタイミングを見計らっての攻撃。完璧な連携である。

 爆発の連鎖が崩れかけの建造物にまで破壊を伝播させ、再び轟音と共に地形が変化する。その隙に、龍神はオペレーターに呼びかけた。

 

「江渡上!」

『迅さん、烏丸くんと戦術情報共有確認。斬撃の予想範囲は視覚支援で表示するけど、あまり当てにしないで』

「充分だ」

 

 鈴の音を転がしたような声はあくまでも冷静で、指示と支援は的確だった。

 

『……緊急脱出まで、残り175秒。勝っても負けても、如月くんは戦線から離脱することになる。ここが、踏ん張り所よ』

「ああ」

 

 短く返答すると、ほんの一瞬、間が空いた。通信機越しでも、緊張が伝わってくる。

 本当なら……江渡上紗矢は、第一線で近界民と戦いたいに違いない。第一次大規模侵攻の被害者である彼女は、ある意味で龍神よりも三輪に近い人間である。本人は気にしていないと言っていたが、再び大軍で押し寄せてきた『近界民』に対して思うところもあるはずだ。

 だが、紗矢には『トリオン』が足りない。直接、近界民と戦うための力が足りない。それに対して、葛藤もあったはずだ。

 けれど、彼女は。

 本当にいつも通りの、何も気負わない、涼やかな声で、紗矢は言った。

 

 

『――がんばって、隊長』

 

 

 たった一言だけ。

 その一言を言ってくれる仲間が、今はとても心強い。

 龍神は答えた。

 

「まかせろ」

 

 『ガイスト』の制限時間がある為、それ以上の会話はなかった。だが、数秒前に口に出して言った通り、それで充分だと龍神は思った。

 

「……龍神、京介、気をつけろ! くるぞ!」

 

 なにより、今は戦闘中。あの老人は、呑気に会話をしている間など与えてくれない。

 案の定。彼を取り巻く爆煙は、すぐに光刃で切り開かれた。

 

「……無傷っすね」

 

 烏丸が動揺を滲ませた声で呻く。

 『ガイスト』によって強化された『通常弾』の威力は、苛烈の一言に尽きる。まともに食らえば、ただでは済まない。だが、あれだけの弾丸を身に浴びてなお、煙が晴れた先に立つ老人は五体満足であり、少しのダメージも負ってはいなかった。

 とはいえ、そこまで驚くことではない。迅と三輪が、2人がかりで潰せなかった相手だ。むしろ、ここまでは予想通りと言える。

 

「あの程度で倒せるなら、最初から苦労などしないさ」

「だな」

 

 龍神の呟きに、迅が頷いた。強がって軽口を叩いている間にも、輪を描く光刃は絶え間なく龍神達の首を狩りにくる。

 

「『エスクード』」

 

 すぐさま迅が『エスクード』を展開。その影に隠れるようにして、龍神と烏丸は回避行動に移った。バリケードと建物の間を縫うように走りながら、全員が無線を開く。『ガイスト』の制限時間があるとはいえ、まさか無策で突っ込むわけにもいかない。

 

「(射撃、外したつもりはないんですけどね)」

「(おそらく、直撃する弾丸は全てブレードで斬り落としているんだろう。あのサークルブレードは、攻防一体だ。射撃だけでは崩せない)」

 

 目を凝らして見なければ分からないが、烏丸が放った弾丸はヴィザに着弾する前に爆発していた。ふざけた反射とコントロールである。あの老人が何をしてきても、もう龍神は驚かない自信があった。

 

「(俺も近接戦に切り替えますか? 迅さんは片手ないですし)」

「(……本当に面目ない。今回の実力派エリートはサポートに回らせていただきます)」

「(まだ落ちないでくれよ、迅さん。いなくなられたら困る)」

 

 『ガイスト』を『機動戦特化(スピードシフト)』に固定したまま、龍神は傾いたビルの壁面を駆け上がった。

 

「(おっ、何か考えがあるのか? 振られた仕事は受け持つよ)」

「(なら、正面に出て注意を引いて貰えるか? 烏丸はそのまま『射撃戦特化(ガンナーシフト)』で頼む。当てなくても構わない。火力で揺さぶって、動きを止めてくれ)」

『OK、任せろ』

『了解です』

 

 2人の返事の直後。また一段と激しい轟音が轟き、鼓膜を強烈に揺さぶった。しかしそのお蔭か、龍神を追いかけていたブレードが不意に途絶える。

 

(迅さん、烏丸……助かる)

 

 ヴィザの背後へと回り込むように。崩落した市街地を、龍神は駆ける。視界の隅に表示された残り時間は、151秒。

 試作トリガー『ガイスト』は、戦闘体のバランスをあえて崩し、武器や脚部にトリオンを集中。戦闘能力を一時的に増強する、短期決戦型のトリガーだ。武装や機動力は飛躍的に向上するが、安定性を失ったトリオンは戦闘体から漏れ出し、戦闘継続時間は持って3分弱といったところ。タイムリミットを迎えてしまえば、自動的に緊急脱出することになる。

 だからその前に、必ず決める。

 大きく傾いたビルの屋上から、龍神は跳んだ。眼下には、迅とヴィザの姿。

 

 ――背後を取った。

 

「ガイスト――『特戦特化(スペシャルシフト)』」

 

 トリオンの安定性を崩し、特定の能力を強化する。『ガイスト』の能力は簡潔に言ってしまえばそれまでだが、厳密にはトリオン量を調節できるパラメーターは5種類ある。

 耐久の『甲』。近接攻撃の『斬』。機動力の『速』。遠距離攻撃の『射』。

 

 

『特戦特化認証。攻撃補助機能(ブレードオプション)、全力稼働(フルドライブ)』

 

 そして『特』。

 

「――――"旋空"」

 

 小刻みな振動が腕に伝わってくる。握り締めた『弧月』が、急激に注入されるトリオンに悲鳴をあげていた。

 『斬』と『特』。

 龍神は自身が持つ全てのトリオンを、一振りの刀へ集約する。

 

 

「『特式』」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 アフトクラトル侵攻部隊の隊長――ハイレインにとって、現在の状況は良くも悪くも誤算が重なっていた。

 形勢が不利、というわけではない。ヒュース、エネドラ、ランバネインの3名は既に敗北しているが、その内の2名は最初から捨てる予定だった『駒』である。エネドラはミラが始末し、無事に『泥の王(ボルボロス)』を回収。ヒュースの敗北が予想以上に早かったが、こちらに関しても玄界に置いていくことで処分の算段はついている。手勢の半分がやられた計算になるが、ヴィザ翁は未だ健在。いざとなれば彼をミラのワープで送り込むことで、戦況はどうにでも動かせるだろう。

 戦場の主導権は、まだアフトクラトルの側にある。やはりハイレインにとって最大の誤算は『金の雛鳥』を、この世界で発見できたことだ。

 元より、見つかれば幸運、程度の期待しか抱いていなかった。最初はトリオン計測器の故障かとも思ったが、そんな疑念はすぐに確信に変わっていた。ラービットを一撃で破壊できるだけのトリオン量を、疑う余地はない。本国に持ち帰れば、あの少女を次の『神』に据えることができる。

 故にハイレインは、自ら重い腰を上げて前線に赴いていた。

 

(しかし……これは少々面倒だな)

 

 彼の前に立ちはだかっている敵兵は、3人。全員が年端もいかない少年だったが、いずれもすぐには倒せそうにない手練れ揃いだった。

 当然と言えば当然である。米屋陽介、緑川駿、出水公平。ハイレインと戦う3人は、全員がA級部隊に所属する、ボーダーのトップエース達なのだから。

 牽制代わりに『卵の冠』で鳥の弾丸を生成。それらをばら蒔きながら、ハイレインは思考する。

 

(まず厄介なのは、後方に陣取っているあの『射手』か)

 

 黒いコートを着込んだ少年は、トリオン能力が高くコントロールも緻密だった。正面から落とすには、相応の仕込みがいる。

 先ほどハイレインに手傷を負わせた槍使いは、攻撃力だけなら3人の中で随一。あの『伸びる突き』の仕掛けがよく分からない以上、彼には最大の注意を払う必要があるだろう。

 

(ならば……)

 

 最後の1人。3人の中で特に若い少年は、最も機動力に優れていた。周りを跳ね回られるのは鬱陶しいが、使用している武器はブレードだけ。『卵の冠』が、最も与しやすい相手だ。

 

「……お前から、仕留めようか」

 

 ハイレインは、最初のターゲットに狙いを定める。

 

「…………」

 

 彼の言葉を聞いた少年――緑川駿は、僅かに目を細めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 緑川駿にとって、三雲修はよく分からない先輩だった。

 そもそも2人が知り合った切っ掛けは、噂話だ。あの風間蒼也に勝ったB級上がりたての隊員がいる、という話はそれなりに本部に広まっていて、緑川も何度かその噂を耳にしていた。興味がないわけではなかったが、そこまで心惹かれる話題でもなく、「風間さんも油断する時があるんだなー」と軽く聞き流す程度(後日そのことを風間本人に言ったら個人ランク戦でボコボコにされたが)。所属している草壁隊が県外へスカウトに出ていることもあって、その日はやや暇を持て余しながら本部の廊下をぶらぶらと歩いていた。

 そんな時。緑川はロビーで何やら注目を浴びている、冴えないメガネを発見したのである。

 周囲のヒソヒソ声に耳を傾けてみれば、彼が噂の『風間を倒したB級隊員』であることはすぐに分かった。なので早速、フレンドリーに話し掛けに行き、個人ランク戦を申し込んだ。そこまで興味がなかったにも関わらず、緑川がいきなりそんな行動に移ったのにはもちろん理由がある。話題の先輩の肩に、玉狛の部隊章(エンブレム)があったからだ。

 本部から転属。しかも『迅悠一』の口利きで転属したと聞いて……緑川の三雲修への興味は敵意に変わった。

 緑川にとって、実力派エリート迅悠一は憧れであり目標である。その迅から直々に誘いを受けたと言われては、黙って見過ごすわけにはいかなかった。

 模擬戦は10本勝負。

 ギャラリーも集めて、たっぷりボコボコにしてやろう、と。正直に言えば、その時の緑川はとても意地の悪いことを考えていた。逆に言えば、実力があるのならそれをはっきり示してみろ、と。それくらいの気概で勝負に望んでいた。

 だが、実際に戦ってみて緑川は驚いた。強かったのではない。弱かったのだ。それはもう、彼には驚くほど光るものがなかった。レイガストをメインで使う防御寄りの『射手(シューター)』というスタイルからして消極的であったし、動きも鈍い。おまけにトリオンキューブのサイズもびっくりするほど小さい。C級の素人に毛が生えたレベル。何の特徴もないB級下位、という表現がぴったり当てはまる。

 

 正直言って、ザコだった。

 

 かといって手を抜く気は全く起こらず(むしろどうして迅さんはこんなヤツを?とイライラは増した)、緑川は一方的に先輩をボコボコにした。多分端から見ていて、容赦がなさ過ぎると思うくらいに。

 だから。一方的に蹂躙する中で、いつの間にか気が抜けていた、だとか。勝ち星を重ねる中で、油断して不覚を取った、だとか。そういった類いの言い訳は、いくらでもできるだろう。それでも、事実だけを述べるならば。

 最終スコア、9対1。

 ラストの1本。最後の最後で、緑川はしてやられた。三雲修に、1度だけ負けた。

 

「なんで最後、オレの動きを読めたの?」

 

 すぐに個人戦用ブースから出た緑川は、修にそう聞いた。攻撃も、スピードも、全て自分が上回っていると思っていた。事実、圧倒していたはずだ。それなのに、なぜ負けたのか?

 緑川は、その答えが知りたかった。

 

「……べつに、動きを読んでいたわけじゃないんだ」

 

 頬にうっすらと冷や汗を浮かべて、メガネの先輩は口を開いた。

 

「ただ、きみと真正面から戦って勝てる気がしなかったから、最初の9本は思いきって勝ちを捨てた。手を抜いていたわけじゃないけど、その、なんていうか……ごめん」

「いや、べつに謝らなくてもいいけど。ていうか、だから最後の一戦だけ『レイガスト』のブレード使ったの?」

 

 そう。最終戦の決まり手はアステロイドではなくレイガストだった。調子に乗ってグラスホッパーで接近した緑川は、スラスターを利用したレイガストの斬撃にぶった斬られたのだ。本職が射手の相手にブレードトリガーでやられたのも、緑川からしてみればおもしろくない。非常におもしろくない。

 

「うん、まあ……温存はしてた。戦っていて分かったと思うけど、ぼくはトリオンが少ない。だから、これを使っているんだけど……」

 

 ポン、と修の右手がレイガストのホルダーを叩く。

 

「意表を突きたかったから、10本目までブレードモードは見せたくなかったんだ」

「たしかにアレは驚いたけど……でもさ、先輩。失礼なこと言うけど、先輩ってあんまり動けないよね? オレの動きも全然目で追えてなかったっぽいし。それでなんで、最後だけあんな反撃ができたの?」

「緑川……くんの動きは」

「呼び捨てでいいよ」

「……緑川の動きに、ぼくはついていけなかったし、攻撃のパターンもあまり読めなかった。だから……なんて言えばいいかな。パターンを読むんじゃなくて、緑川の視点に立って考えたんだ」

「オレの視点?」

 

 よく分からないな、と緑川は思った。緑川は自他ともに認める感覚派であるし、戦闘中にあれこれ考えを巡らせる思慮深いタイプでもない。考えを読まれたといっても、思い当たる節は――

 

「……最後のアステロイド?」

 

 口に出して改めて、はっと気付く。最終戦で修が放った『通常弾(アステロイド)』。拡散していくような弾道の、調節(チューニング)が甘いヒョロヒョロ弾。緑川はその合間を掻い潜って、修に接近したが、

 

「もしかして、あえて弾幕の薄いところ作ってた?」

「そもそもぼくのトリオン量じゃ、弾幕を張るような真似はできないし……きみの身のこなしなら、隙があれば飛び込んでくると思ったんだ。例えば、風間さんならシールドを張って防いだだろうけど、緑川はあまりシールドを使っていなかったし」

 

 緑川は絶句した。

 何でもないように言っているが……要するに自分は動きを読まれたのではなく、誘導された? このメガネに?

 それはある意味、動きを読むよりも難しく、質の悪い戦い方ではないだろうか。

 

「……ごめん、先輩。名前なんだっけ?」

「え? 三雲。三雲修だけど」

「三雲先輩、誰か師匠いるでしょ? 誰? 迅さん?」

「いや、迅さんじゃなくて……玉狛第一の烏丸先輩と」

「……と?」

 

 思わず、首を傾げる。烏丸以外に、もう1人師匠がいるのか。

 

「あとは、本部の如月先輩っていう……」

「え? たつみん先輩!? あ、でも……あぁ~」

 

 頭を抱え、緑川はその場にうずくまった。かなり驚いたが、それなら色々な意味で納得がいく。

 

「たつみん先輩かぁ……だからかぁ……」

「な、なにが?」

「イグニッション」

「……へ?」

「レイガストでスラスター使った時のアレ。イグニッション、ってヤツ。あんなの教えるの、たつみん先輩くらいだよ」

「……やっぱり変かな?」

「変? なんで?」

「え?」

「アレめちゃくちゃカッコいいじゃん!」

「……え?」

 

 この後。緑川は一部始終を目撃していた白チビの先輩にギャラリーを集めたことを咎められ、ボコボコにされたりもしたのだが……それはともかく。

 三雲修の名前は、緑川の中で『ウザメガネ先輩』のニックネームで記憶されることになる。もちろん失礼な呼び方なので口には出さないが、これは一応誉め言葉だ。尊敬と畏怖を込めた愛称である。

 そして、どこまでやれるかは分からないが。緑川は彼のそんな戦い方を、ほんの少しだけ真似してみようかと思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 ――相手の視点に立って考えろ。

 緑川は出水のように、大火力で生物弾丸を迎撃できるわけではない。米屋のように、防御の間を縫うような突きを繰り出すこともできない。緑川がやっているのは、ただ敵の周囲を馬鹿みたいに跳ね回ることだけである。

 相手からしてみれば、目障りで、それでいて排除しやすい敵。それが自分だ。

 

「お前から、仕留めようか」

 

 ほら、やっぱり来た。

 

「グラスホッパー!」

 

 展開枚数は2枚。ハイレインの真横を通るような場所に『グラスホッパー』を設置し、緑川は鳥の群れの間を駆け抜けた。

 

「ちょこまかとよく動く……」

 

 背後に回った緑川を警戒してか、ハイレインは生成する弾丸を『鳥』から『サカナ』に変え、自身の周囲へ展開した。数えるのも馬鹿らしくなるような群体が、彼の姿を覆い隠す。

 緑川の動きに合わせて横合いを突こうとしていた米屋は、忌々しげに舌打ちを漏らした。

 

「ちっ……キリがねーな。削れ、弾バカ!」

「削ってやるからきっちり決めろよ! ハウンド!」

 曲線の弾道を描く弾丸が『サカナ』達とぶつかり、キューブに変化して地面へと落ちる。もう何度も繰り返されてきた光景だ。

 出水がガードを削り、米屋と緑川が決めに行く。射手がフォローし、攻撃手がトドメを請け負う。基本に忠実なフォーメーションで3人は戦っていたが、きっとそれだけではこの『人型』を倒すことはできない。ハイレインが様子見をやめ、1人ずつ確実に落としにくれば、不利になるのは間違いなく緑川達だ。

 というか、このままいけば最初に落ちるのは自分……

 

「緑川! そっちにいったぞ!」

「うわっと!?」

 

 建物の影から急に飛び出してきた『ハチ』に面食らって、緑川は反射的に手を突き出した。

 

「シールド!」

 

 本来は使い勝手がいい防御用トリガーも、キューブ化能力の前では使い切りの盾にしかならない。再び『グラスホッパー』を起動し、追いすがってくるハチの群れを振り切る。

 

(ほんとチートすぎるでしょ、アイツの黒トリガー……)

 

 心中で毒づきながら、緑川は弾丸を生成し続けるハイレインを見る。

 そして、気がついた。

 

(……アレ?)

 

 ハイレインの周囲を飛び交う、サカナの群れ。一見、突破が不可能に思える防衛線の中に、ほんの僅かな隙間があった。

 明らかな、防御の穴を見つけた。

 

「(くっそ。サカナとハチもうぜぇけど、あのマントが地味に硬いな。中々崩せねぇ)」

「(ぼやいてる暇あったら、手を動かせ槍バカ。ふわふわ鬱陶しいわくわく動物を駆除するか、もしくはアイツを本人を動かさないと、狙撃も通らない)」

「(……よねやん先輩、いずみん先輩)」

「(あん?)」

「(どうした緑川?)」

 

 やはり、深く考えるのは性に合わない。色々考えて迷うのも自分らしくない。

 即断即決。本能の赴くままに。

 

「(オレ、落ちるかもしれないけど、隙作るからがんばって決めてね)」

「はぁ!?」

「オイ!?」

 

 緑川は動いた。

 米屋と出水の返事は待たず、『グラスホッパー』を力強く踏み込み、加速。一気にハイレインの懐へと飛び込む。

 三雲修に負けた時と、同じように。

 目標へ肉薄した緑川の手の中で、スコーピオンが輝いた。

 

「……大した身のこなしだ」

 

 近づきさえすれば、こちらものだ。

 一閃。全力で振るったスコーピオンはハイレインのマントを切り裂き、

 

「だが、まだ青い」

 

 振り抜いた刃は、まるで折れたかのように半分から先を失っていた。

 

「……ん?」

 

 切り裂いた、マントの中。そこに潜んでいたハチ達が顔を出し、緑川の腕に直撃した。ぐにゃり、と腕が歪み、スコーピオンが手のひらからこぼれ落ちる。

 同時に、ハイレインの周囲を泳いでいたサカナ達もそのまま包囲を固め、いつの間にか緑川を取り囲んでいた。

 

「あちゃあ……」

 

 完全に退路を絶たれた。自慢の機動力も、そもそも逃げ場がなければ意味がない。

 

 ――やってしまった。

 

「緑川ッ!」

 

 米屋が叫ぶ。

 

「終わりだ、少年」

 

 ハイレインが宣言する。

 そして、キューブ化の効果で揺らぐ腕を押さえる緑川は――

 

 

「……やっぱ相討ちコースだな、コレ」

 

 

 ――笑った。

 

「ッ!?」

 

 

 瞬間、ハイレインの視界は衝撃で揺れた。攻撃を受けたわけではない。

 ただ、純粋に。『何か』の反発を受けて、ハイレインはその場から吹き飛ばされた。

 そう。彼のトリオン体に対して、緑川が当てたのは『攻撃』ではなかった。

 たしかに緑川は、三雲修と戦った時と同様に、誘われるままに敵の懐へと飛び込んだ。

 だが、あの時と違う点が、ひとつだけ。

 緑川は策を練った上で、あえて敵の誘いに乗った。

 

「……ジャンプ台の、トリガーを……?」

 

 『グラスホッパー』は、機動戦用のトリガーである。空中に足場として設置し、自身の足で踏み込んで使用するのがセオリーだ。しかし、『グラスホッパー』を使えるのは自分だけとは限らない。相手に踏ませることも……『当てる』こともできる。

 

「くっ……」

 

 ハイレインも、ただやられているばかりではなかった。

 緑川を包囲していたサカナ達が、主人の敵を討たんと一斉に襲いかかる。

 だが、その前に。

 

『緊急脱出』

 

 自主的な脱出により、緑川は戦場を離脱した。

 そして。

 意表を突かれ、体勢を崩され、はじめてハイレインに生じた隙。緑川が捨て身で作った千載一遇のチャンスを、米屋陽介は見逃さなかった。

 

「もらうぜ」

 

 槍の穂先が空を切って唸る。『旋空』でリーチを延長した米屋渾身の突きが、ハイレインに襲いかかる。首を狙った初撃とは異なり、今度の一撃はマントがカバーしきれない右足を抉り抜いた。

 

「足一本、ゲット」

「ちっ……」

 

 崩れた体勢のまま、ハイレインは転がるように地面に落下した。

 着地の衝撃で傷口が広がり、さらにトリオンが激しく流出する。それは誰がどう見ても、歩行が困難なレベルのダメージだった。

 しかしハイレインは、してやったりと言いたげな表情の少年へ向けて言う。

 

「捨て身の連携は見事だが……致命傷ではない」

「と、思うじゃん?」

 

 ハイレインの前で米屋が不敵な笑みをこぼした、その刹那。

 一筋の光が、彼の胴体を撃ち貫いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 米屋達とハイレインの交戦地点から、約600メートル。周辺の建造物よりも、少しだけ背が高いマンションの屋上で。

 無骨な大型ライフルを構えたその男は、ふっと息を吐いた。

 

『命中。お見事です……東さん』

「緑川が『サカナ』の防御からヤツを弾き飛ばしてくれたおかげだ」

 

 オペレーターに答えながら、東春秋は僅かにずれた照準を修正した。

 やろうと思えば『イーグレット』や『ライトニング』で防御の合間を"抜く"こともできたが、そもそもこの場所からではターゲットが家屋の影に隠れて捕捉できなかった。射点の移動も考えていたところだったので、機転を利かせた緑川の『崩し』は東にとって実に有り難かったと言える。

 

「さて……」

 

 スコープの中に見える『人型』は、膝をついたまま動かない。体を覆う黒いマントが存外に固いようだったが、そもそも対大型トリオン兵用である『アイビス』には関係ない話だった。『イーグレット』や『ライトニング』では無理でも、『アイビス』なら一発で問題なく撃ち抜ける。

 呼吸を整え、意識を研ぎ澄まし、けれど心は焦らず淡々と。全ての集中を、指先に込めて。

 

「…………」

 

 東春秋は、ゆっくりと引き金を絞った。

 




大規模侵攻編もそろそろ終盤。あと3話くらいで終わる……ハズ。多分。



※以下、今週のワールドトリガーのネタバレ含むので注意







城戸さぁあああああん!(涙)
旧ボーダー集合写真が悲しすぎる……今週の話を読んだら、城戸さんの発言の印象が色々と変わる。

「ボーダーのルールを守れない人間は(死ぬから)、私の組織には必要ない」
とか
「特に重要なのは、敵に黒トリガーが(仲間の遺品)がいるかどうかだ」
とか、そういう捉え方もできるわけだ……
ちょっと前半巻読み直して来なきゃ駄目だな、これは。
あと、ロリこなみ先輩がかわいかった(こなみ感)
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