厨二なボーダー隊員   作:龍流

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お待たせしました。
節目の50話、ついでに連載一周年です。今回で大規模侵攻編が終わればきりもよかったのだが……すいません。もうちょい続きます。代わりと言ってはなんですが、過去最長のボリュームでお届けします。

ワートリの長期休載が正直めちゃくちゃショックですが……1人のファンとして、葦原先生の体調回復と連載復帰を、心から願っています。


かつて頂点に立った部隊

 キューブ化能力を持つ『人型』の足止めを出水達に託し、C級を引き連れて本部基地に向かっていた三雲修は、前方に自分達とは別の白い隊服の集団を見つけた。

 

「千佳!?」

「修くん!」

 

 幼なじみの姿を確認して最初に感じたのは、心の底からの安堵。ほっと息を吐いた修は、雨取千佳に駆け寄った。

 

「よかった! 無事だったんだな!」

「うん、修くんも……」

 

 無事でよかった、と。そう言おうとしたのであろう千佳の言葉は、しかし途中で遮られた。

 

「み、三雲先輩! 無事だったんですね!」

「他のC級を守りながら、死線を潜り抜けてきたのか……流石だな」

「ああ。それでこそオレ達の兄弟子だぜ」

「え、あ、うん……」

 

 やたら騒がしい3人組が、千佳の周囲で小躍りしていたからである。

 

「ちょっとアンタら! メガネ先輩が困ってるでしょ! チカ子との感動の再会のジャマだよ! ジャマ!」

「うっせーぞ夏目! オレ達は三雲先輩をリスペクトしてんだ! オレ達も再会を喜んで何が悪い!」

「それに、雨取さんを守るという約束も果たしたしな……あれ? でもそういえば、三雲先輩と雨取さんってどういう関係なんだ?」

「チカ子とメガネ先輩は幼馴染みだよ」

「なにッ!?」

「幼馴染み……だと?」

 

 夏目出穂から今明かされる、驚愕の真実。それを聞いて一瞬固まった甲田は、他の2人をひっつかんで道路の隅に寄った。

 

「おい、聞いたか?」

「ああ、聞いたぜリーダー」

「まさか三雲先輩と雨取さんが、お、幼馴染みだったとは……」

「どうするんだ、リーダー?」

「ど、どうするって何がだよ!?」

「幼馴染みってのは、かなりのアドバンテージだ。ぶっちゃけ今の戦況は、リーダーの方が不利だぜ」

「けど、さっきは命懸けで雨取さんを助けたし。勝ち目がないわけじゃないと思うぞ」

「は、はあ!? 俺はべつに雨取さんとそんな関係になりたいわけじゃ……」

「素直になれよ」

「オレ達の仲だ。隠すことないだろ。なあ、早乙女?」

「まったくだ、丙。前途多難だろうけど、おれはリーダーを応援するよ」

「そ、そそ、そんなんじゃねぇ! 俺はなぁ……」

「「はいはい」」

「話聞けよお前ら!」

 

 相変わらず騒がしい3人組を遠目で見守りながら、修は千佳に聞いた。

 

「えっと……千佳。あの3人は?」

「早乙女くんと丙くん。それに甲田くんだよ。わたしと出穂ちゃんを助けてくれたの」

「まあ、あんまり認めたくないけど、そうだね」

 

 千佳の言葉に、出穂が「うんうん」と頷く。どうやら彼らは、修との約束を果たしてくれたらしかった。少なくとも、ただ騒がしいだけの馬鹿な3人組ではないようである。

 

「それにしても……お前達だけで逃げてきたのか? トリオン兵を倒して?」

「あ、ううん。それは……」

 

 ズドォン!と。

 唐突に響いたその音に、千佳が肩を震わせた。敵襲かと思ったが、違う。話をしていた修達の目の前に、あるものが落下してきたのだ。

 

「これは……?」

 

 パラパラと破片が周囲に飛び散る。アスファルトの道路にめり込んでいたのは、修が散々に苦しめられたあの『新型』だった。ただし、その全身にはまるで蜂の巣のように穴が開けられ、ピクリとも動かない。完全に撃破されているようだった。

 

(あの全身が硬い『新型』をこんな……一体どうやって)

 

 疑問を抱き、『新型』が落ちてきた方を見上げた修は、屋根の上に人影を見つけた。

 地面に叩きつけられた……と言うよりは、彼が地面に"叩きつけた"と言った方が正しいだろうか。『新型』を撃破したのであろう張本人は、両手をポケットに突っ込んだまま屋根から飛び降りて、修達の前に着地した。

 180以上はある長身に、整った顔立ち。しかし表情に明るさは微塵もなく、むしろ鋭く冷たい印象を受ける。そんな彼が身に纏っているのはボーダーでメジャーなジャージタイプの隊服ではなく、黒のスーツだった。

 

「雨取、何をしている? 退路の確保は完了した。喋っている暇があったら本部へ急げ」

「は、はい!」

「……そこのバカトリオもだ。置いていくぞ」

「す、すいません! 二宮さん!」

「…………二宮?」

 

 首を傾げる修を、彼はちらりと一瞥した。

 

「お前、正隊員か?」

「は、はい! 玉狛支部所属の三雲修です」

「玉狛……」

 

 何か思い当たる節でもあったのか。彼は小さく呟いたが、

 

「……まあいい。二宮隊の二宮だ。お前にも、C級隊員の護衛を手伝ってもらう。いいな?」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 それだけ言うと、もう用はないとばかりに歩き出した。見た目の印象通り、冷静で落ち着いた人物らしい。修は面識がない隊員だったが、とりあえず正隊員の味方がいてくれるのは心強かった。

 

「千佳達は、二宮さんに助けてもらったのか?」

「う、うん」

「そうなんですよ! あの人、マジヤバいんですよ、三雲先輩!」

「うわっ!?」

 

 いつの間に背後に回っていたのだろう。急に背中から声をかけてきた3バカトリオの勢いに、修はたじろいだ。

 

「アステロイドのキューブもめっちゃデカイし!」

「易々と『合成弾』を作って撃ち込むし!」

「二宮匡貴。噂には聞いていたが、まさかこれ程とはな。流石はボーダーの……」

 

 早乙女と丙の言葉をまとめ、かっこよく締めくくろうとした甲田の発言を丁度遮るタイミングで、修の耳元でコール音が響いた。

 宇佐美からの通信だ。

 

『修くん! そっちは大丈夫?』

「宇佐美先輩? こっちは千佳達と合流できました。正隊員の人も一緒です」

『本当!? 千佳ちゃん無事だったんだね! よかったぁ……』

「あの……何かあったんですか?」

『うん。落ち着いて聞いてね、修くん』

 

 彼女らしからぬそんな前置きを挟んで、宇佐美は言った。

 

『陽介が……緑川くんや出水くん達が、緊急脱出したの』

「……え?」

『あの『人型』にやられたみたい』

 

 それはつまり、米屋達が敵の足止めに失敗したということである。

 

『でも大丈夫。陽介達もかなり粘ったから、そう簡単には追いつけ……』

 

 楽観的な励ましは、最後まで続かなかった。

 顔は見えなくても、宇佐美が息を飲んだのが修には分かった。おそらく、オペレーターがモニターしているレーダーにも、その反応があったのだろう。

 驚いて当然だ。事実、それを見た修も、息を飲んで固まるしかなかった。

 悪い冗談だと思った。

 忘れもしない。つい先刻見たばかりの、

 

「――追いついたな」

 

 

 あの『人型』が、黒い『門』から現れた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ひっ……!?」

「人型近界民!?」

「どうして、こんなとこに……」

 

 広がるざわめき、広がる悲鳴を屋根の上から見下ろすハイレインは、うっすらと口元をつり上げた。

 先ほどの足止めで取り逃がした『雛鳥』の集団も、『金の雛鳥』がいるグループと合流したようだ。ばらばらに逃げていれば探す手間があったものを、わざわざ固まってくれるとは、

 

「捕まえやすくなって、こちらとしては有難い」

 

 皮肉が混じった言葉を聞き咎めたのか、『雛鳥』達を守るようにして2人の人物が前に出る。二宮匡貴と三雲修だ。ハイレインは牽制の生物弾丸を生成しつつ、立ちはだかる彼らを観察した。

 1人目。まだ若いメガネの少年。こいつは論外だ。先ほど交戦した槍使いの少年が手強かったように、見掛けの年齢で実力の判断は下せない。が、ハイレインは彼に対して何の脅威も感じられなかった。すぐに片付けられるだろう。

 2人目。問題はこの男の方である。スーツ姿の彼は、既に複数の『ラービット』を撃破している。それなりの手練れと見て間違いない。しかし、彼は武器らしきものは一切携えておらず、無手だった。少なくとも、ブレードを扱うようなタイプではないということだ。ならばおそらく、撃ち合いがメインのポジション……。

 そこまで思考をまとめたハイレインは、敵へ口を開いた。

 

「先ほどの少年といい、玄界にはレベルの高い射手が多いらしいな」

「先ほどの少年? そうか……出水をやったのは、お前か」

「気をつけてください! A級1位の出水先輩ですら、アイツにッ……」

 

 修は、二宮に向けて警告した。仲間に対する気遣いは、本来誉められるべきものだ。しかしそれに対する返答は、

 

「…………チッ」

 

 あからさまな舌打ちだった。

 

「出水がやられた? それがどうした?」

「え? でも、二宮さんは出水先輩と同じポジションで……」

「ああ、そうだ」

 

 二宮と呼ばれた男の両隣に、トリオンキューブが出現する。

 ただしそのサイズは、

 

「――俺が1位だ」

 

 出水公平よりも、大きい。

 

「……ほう」

 

 ハイレインの彼に対する警戒は、それを目にしただけで一段階吊り上がった。

 圧倒的なトリオン量と黒トリガー。三雲修のようなトリオン弱者からしてみれば、それは開幕からしてまるでレベルの違う戦いだった。

 

「『ハウンド』」

 

 最初から全力全開。開幕を告げる最大火力の両攻撃追尾弾(フルアタックハウンド)が牙を剥く。

 出水公平と比べても遜色のない……むしろ多いのではないかと思うほどの大量の弾丸が、ハイレインへ殺到する。

 

「……やるな」

 

 感心したように呟くハイレインもまた、大量の生物弾丸を生成し、それに応戦した。

 物量と物量の、正面からのぶつかり合い。膨大な弾丸が空中で交差しては消失し、キューブとなり、道路上に転がり落ちる。

 

(コントロールはあの少年の方が上に思えるが……しかし、弾数はこちらの方が多いな)

 

 それに加えて、二宮のトリオンキューブの分割は一風変わっていた。

 通常の四方体ではなく、より複雑な四角錐の分割。それは一見、見栄えが良くなるだけで何の意味もないように思えるが……

 

(撃ち方を工夫すれば、被弾する面積はあの分割の方が広い……まさか俺の弾丸を抑え込む為に、そこまで考えて?)

 

 ボーダーNo.1射手。そして、太刀川慶に次ぐ個人総合2位。それが二宮匡貴という男だ。

 通常は味方の援護がメインとなるのが射手の立ち回りだが、彼はそんな常識には縛られない。

 単独で、個人で、たった1人で。

 相手が『黒トリガー』であろうとも、真正面から撃ち合える。

 

「……なるほど。豪語するだけの力は持ち合わせているようだ」

 

 さしずめ『射手の王』とでもいったところか。

 この期に及んで、新たに現れた実力者。じっくりやれば勝ち筋はいくらでもあるが、ハイレインは敵との戦闘にこれ以上無駄な時間を割く気はなかった。

 このまま撃ち合っていても、拉致があかない。

 先刻の戦闘で玄界の兵に対する判断を改めていた彼は、すぐに決断を下した。

 

「射手の王よ。お前の実力に、俺は敬意を表そう」

 

 故に、とハイレインは言葉を繋げた。

 そして、修は絶句した。

 ハイレインの周囲に再び広がった、黒い『門』。そこから次々と『新型』が這い出てくる。次々と、だ。1体だけではない。

 その数、合計5体。

 

「喜べ。お前の為に呼び寄せた『ラービット』だ」

 

 白い『色なし』も、それぞれカラーが異なる『色つき』もいた。居並ぶ5体のラービットに、C級達も修も、表情にこそ出さなかったが二宮匡貴さえも、愕然とした。愕然として、見入ってしまった。

 その一瞬が、ハイレインは欲しかった。

 

「……注意が逸れたな」

 

 それが、誰に向けて告げられた言葉なのか。

 答えは、結果を伴って示された。

 

「…………あ」

 

 雨取千佳の背後に開いた、黒い『門』。そこから飛び出した無数の『ハチ』。新たに現れたラービットに注意を引かれ、誰も背後からの奇襲を察知することはできなかった。

 当然、千佳自身も。

 

「……千佳ッ!?」

 

 一番はやく気がついたのは、修だった。しかし、それは果たして気がついたと言えるのか。

 身に迫る危険は、間に合わなくなってから気づいたのでは遅すぎる。

 

「修く……」

 

 本当に、一瞬だった。

 雨取千佳の姿は、無機質で四角いキューブへと一瞬で変化した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……ありゃりゃ?」

 

 二宮隊銃手、犬飼澄晴は目の前で起こったその現象に間抜けな声を漏らした。犬飼達と交戦していた『新型』が、突然黒い『門』に吸い込まれ、姿を消したのだ。

 

「『新型』消えたよ? どうなってんの」

「……ひゃみさん、これは……?」

『うん。隊長のところに『新型』がまとめて送られちゃったみたい』

「敵さんはそんなに小まめにワープできちゃうのか。なんかズルくない?」

 

 口を動かしながらも手は止めず。チームメイトの辻とオペレーターの氷見の会話を耳に挟みながら、犬飼は前に出た。『新型』が消えたのをこれ幸いとばかりに、手にした短機関銃から『通常弾(アステロイド)』をばら蒔く。正確な射撃を浴びてモールモッド数体とバムスターが沈黙し、道が開けた。

「はいはーい! C級隊員のみんなはこっち逃げてねー! まだ気ぃ抜いたらダメだよー。ほら、走って走って!」

 

 避難するC級隊員を誘導しながら、しかし犬飼はボリボリと頭をかいた。

 

(『新型』がいなくなったから、こっちは楽になるけど……)

 

 トリオン兵の波が途切れている間に、隊長との通信を開く。

 

「二宮さん、すいません。『新型』がそっちに行っちゃったみたいです。大丈夫ですか?」

『………………チッ』

 

 長い長い溜めのあとに、返ってきたのは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな舌打ち。

 あ、これアカンやつや。

 長年の付き合いから二宮が非常に苛立っていることを察して、犬飼は顔を青くする。案の定、通信はそのままブチリと途切れた。

 

「……どうしよ辻ちゃん。二宮さんおこだよ。激おこだよ?」

「それはそうでしょう。ロクな足止めも出来ずにみすみす『新型』を取り逃したんですから」

「いやだって仕方なくない? あんなワープとかどうやって止めればいいのさ。無理でしょ?」

「言い訳はあとにしましょう。どうします? 二宮さんの援護に向かいますか?」

「んー、でもC級が散らばっちゃってるしなぁ」

 

 安全だと思っていた地下通路を襲撃されたせいで、まとまって避難していたC級隊員はバラバラに逃げてしまっている。『新型』が消えたとはいえ、犬飼達はそのフォローで精一杯。正直に言えば、まだ人手が足りないくらいだ。

 犬飼は自分達と同じく、C級のフォローに回っている部隊に状況を確認してみることにした。

 

「奥寺くん、コアラくん。そっちはどんな感じ?」

『厳しいですね。これ以上来られたらカバーしきれる自信がありません』

『あー、もう! 東さんはいつになったら戻ってきてくれるんだよー!?』

「……ん? そっちに東さんはいないの?」

『はい。東さんはオレ達と分かれて『人型』を抑えに……まだ戦闘中みたいです』

『でもその『人型』に出水先輩も米屋先輩もやられちまったんだろ? やばくね?』

『コアラ! 無駄口叩かない!』

『だって摩子さーん!』

 

 なるほどね、と犬飼は思った。言い方は悪いが、それなら東隊の仕事がいつもより遅いのに納得がいく。奥寺と小荒井は組んで戦えば格上も食える攻撃手だが、彼らを動かす指揮役がいないのでは力も半減だ。

 

(でも東さんが『人型』の方にいるってことは……二宮さんのフォローには東さんが入ってるわけか)

 

 ならば、余計は心配は不要だろう。東春秋という男は、二宮のことをある意味自分達よりもよく分かっている。あちらの戦況は気になるし、二宮も舌打ちを漏らしてはいたが、彼は「C級の避難を援護しろ」という最初の命令を取り下げたわけではない。

 与えられた命令を堅実にこなすのが、部下である自分達の仕事だ。

 

『次のトリオン兵の集団が接近中』

「だ、そうですよ犬飼先輩」

「よし。オレ達はこのままC級の保護を優先だ。2人共、OK?」

『了解』

『了解です』

 

 犬飼は再び突撃銃を構え直した。視認可能な範囲にまで、トリオン兵が近づいてくる。やはり、数だけは多い。

 

「まーた、うじゃうじゃと」

 

 とはいえ、文句を言っても何も始まらない。おしゃべりの時間が終わって、戦闘は再開する。

 

「……」

 

 辻が無言のまま『旋空弧月』を放ち、敵の先頭集団に切り込んでいく。

 乱戦の援護には角度が必要だ。犬飼は民家の塀を踏み込み、一気に屋根の上まで駆け上がった。

 

「さて、と」

 

 左手の突撃銃はトリガーを引きっぱなしにして、ひたすら連射。火力を上げるべく、右手の副(サブ)トリガーも起動する。

 

「ハウンド!」

 

 弾速はそこそこ、威力もそこそこ。分割したトリオンキューブの弾丸を、視線誘導でトリオン兵の集団に食らいつかせていく。犬飼の本来のポジションは『銃手』だが、広範囲を面制圧するのには『射手』の弾丸の方が都合が良い。置き弾や弾速の調整など、色々と応用も効く。二宮隊で戦う中で、戦術に横幅を持たせる為に犬飼が身につけたスタイルだ。

 

(こっちを終わらせば二宮さんの援護に行けるわけだし、手早く済ませるか。コアラくんも言ってたけど、A級が2人やられるくらいには手強い敵みたいだし)

 

 C級の保護を優先するとは決めたが、二宮の援護に向かえればそれに越したことはない。戦力的な面でも、二宮の機嫌的な面でも、だ。

 何分で終わらせられるかな……などと思案する犬飼だったが、そこで再び奥寺から通信が入った。

 

『犬飼先輩! こっちにも増援のトリオン兵が……応援には来れませんか?』

「……うわ、マジか」

 

 レーダーの精度を上げて確認すると、確かに新手のトリオン兵が小荒井と奥寺のいる方向に向かっていた。しかも、数だけ見ればこちらよりも多いときている。

 

(どうしたもんかな、これは……)

 

 奥寺達の救援には向かうべきだ。しかしその場合、犬飼か辻のどちらかは戦場で孤立することになる。いくら『隊章(エンブレム)』持ちの元A級とはいえ、単独戦闘はなるべくなら避けたいところ。

 わりと本気で頭を悩ませていた犬飼の前で、敵集団の一角が崩れたのはその時だった。

 

 

「――『韋駄天』」

 

 

 目にも止まらぬ速さで駆け抜ける影は、強く鋭く。されど、地面に着地したのは身に余る『弧月』の鞘を背中に負う、小さな1人の少女だった。

 

「お待たせしました。遅れてすいません」

 

 A級6位、加古隊所属の攻撃手。黒江双葉はいつも通りの仏頂面のまま、そう言った。

 

「……」

「双葉ちゃん! どうしてここに?」

「加古さんと市外へドライブに出ていたので、ついさっき到着しました。遅くなって、本当にすみません」

 言いながら、ぺこりと頭を下げる双葉。自分よりはるかに年下の少女に頭を下げられた犬飼は、「いやいや」とかぶりを振った。

 

「ちょうど手が足りなくて困っていたんだ。こちらこそ、双葉ちゃんが来てくれて助かったよ。じゃあ、辻ちゃん――」

「奥寺くん達のフォローに向かいます」

「いやはやいよ!? たしかにそうだけど!?」

 

 犬飼の指示を食い気味に了解した辻は、自力で道を切り開いてさっさと離脱していく。もちろんその間、彼の視線は間違っても双葉と合わないようにあらぬ方向へむけられていた。辻新之助は年上、年下を問わず、女の子が大の苦手なのだ。

 

「あー、なんかゴメンね。辻ちゃん、年下の子でもダメだからさ。同い年とか年上よりかは、まだマシなんだけど」

「いえ。特に気にしてないので、大丈夫です」

 

 この子はこの子で、こういうところ年齢にそぐわずドライだよなぁ……と、犬飼は苦笑いを浮かべた。嫌われていないと思える程度には仲がいいつもりだが、双葉の他人への対応は基本的に淡々としたものだ。挨拶などはしっかりするので礼儀正しいと言えば正しいのだろうが、少なくとも愛想はあまりよろしくない。不仲な木虎などに至っては、そこに冷たい声音と凍えるような視線が加わるので、見ている方が気の毒になってくる。まあ、気に入らない相手に対しても最低限の応答をする分、まだマシなのかもしれないが。

 犬飼の知る限り、双葉が素直に感情を露にするのは加古隊のメンバーと幼なじみの緑川。それに……

 

「如月くん、とかかね?」

「……如月先輩がどうかしましたか?」

 

 おっと、声に出てたか。

 犬飼は作り笑いをキープしたまま、顔の前で右手を振った。

 

「いや、べつになんでもないよ。ただ、如月くんの方も『人型』とぶつかって大変みたいだからさ」

「……そうですか」

 

 予想に反して、双葉の反応は非常にあっさりしたものだった。一拍間があったが、それ以上は何も聞いてくる気配がない。

 なんとなく拍子抜けした犬飼は、双葉に問いかけた。

 

「あんまり心配じゃない? もちろん、オレ達には緊急脱出があるから特に危険はないと思うけど」

「そもそも、心配する必要がないと思うので」

 

 特に何の感情も見て取れなかった双葉の表情に、誇らしげな色が浮かぶのを犬飼は見逃さなかった。

 

「如月先輩は強いですから」

「……なるほどね」

 

 表情と同じく、少しだけ感情が込められたその返事を聞いて、犬飼は色々と納得がいった気がした。

 

(こりゃ、加古さんが欲しがるわけだね。イニシャルも『K』だし。ま、ウチの隊長もそうだけど……ん?)

 

 そこで犬飼はふとした疑問を抱いて足を止め、銃を下ろした。

 ちなみに犬飼と双葉は会話を続けながらトリオン兵を駆逐しており、その数はもう残り少ない。遅れてきた分を取り戻そうと気合いが入っているせいか、双葉の動きにもいつもよりキレがあった。

 

「そういえば双葉ちゃん。加古さんはどうしたの?」

「加古さんですか?」

 

 最後のバムスターにトドメを刺した双葉は、犬飼の方へ振り返る。

 

「到着してすぐに、誰かから通信を受けてそのまま行ってしまいました。あたしはここの増援に向かうように、と指示はくれましたが」

「……どこに向かったんだろ? まだヤバい地区かな?」

「わかりません」

 

 犬飼の疑問に対してあっさり言い返す双葉だったが、そこで何かを思い出したように「そういえば」と付け加えた。

 

「加古さんが言っていました」

「ん?」

「今日の私は隊長をやめるわ、と」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 目の前で、雨取千佳がキューブにされた。

 守れなかった。助けられなかった。

 そんな後悔が、修の頭の中で渦を巻く。四角い箱になってしまった千佳を、呆然と眺める。

 もっと後ろに下がらせていれば。もっとはやく逃げていれば。もっと背後を警戒していれば――

 

「……何をしている」

 

 真っ白になった修の意識を揺り戻したのは、二宮匡貴の一言だった。

 

「……え?」

「はやくそいつを抱えて本部まで走れ。キューブにされても、まだ敵に奪われたわけじゃない」

 

 修に背中を向けたまま、彼は淡々と……やや苛立ちを滲ませた口調で、声を紡ぐ。

 

「そいつには個人的に、聞きたいことがある。時間は俺が稼いでやる」

「で、でも……あの数の『新型』と『黒トリガー』を、たった1人で……」

「お前みたいな雑魚が1人増えても、弾よけにしかならない。むしろ邪魔なだけだ。だが、お前は曲がりなりにも正隊員だろう?」

 

 異論を挟む暇など与えず、彼は修へ言葉を叩きつける。

 それはどこまでも傲慢な一言だったが、

 

「はやく行け。少しは、俺の役に立ってもらう」

 

 その一言は、折れかけていた修の心に再び火を点けた。

 

「……お願いします!」

 

 千佳のキューブを拾い上げて、二宮に背を向ける。後ろは振り返らず、修は一目散に走り出した。

 C級隊員はもはや集団での避難を放棄し、それぞれに逃げ出している。が、そんな中でも修に付いて来るグループがあった。

 

「お供しますよ、三雲先輩」

「チカ子を一緒に守りましょう、メガネ先輩!」

 

 夏目出穂と、あの3馬鹿……甲田達だ。

 

「なっ……ダメだ! 敵の狙いは千佳なんだぞ!? 僕には『緊急脱出』があるからいい! でも、きみ達にはっ……」

「おいおい、今さらそれは水臭いぜ!」

「ウチのリーダーなんか、さっきも雨取さんを守るために相当命張ったんですよ?」

「こうなりゃ、最後まで一蓮托生だ」

 

 修と同じように冷や汗を浮かべながらも、甲田は不敵な笑みを無理矢理顔に張りつけて、宣言する。

 

「三雲先輩、俺達にも手伝わせてくれ。雨取さんを守るのを」

「…………ありがとう」

 

 だが、それを許すほど彼らの前に立つ敵は甘くない。

 

「ミラ。敵本部の屋上を抑えろ。さっきのように狙撃に邪魔をされるのは御免だ。予備のトリオン兵を全投入して構わん」

「承知いたしました」

「……さて」

 

 ミラへの指示を終えたハイレインは、逃げていく修達に目をやる。冷えた眼光が、遠ざかっていく背中を射抜く。

 

「逃がすとでも思っているのか?」

 

 ハイレインの言葉を切っ掛けに、5体のラービット達が動き出す。だがその正面には、二宮が立ちはだかった。

 

「……悪いが、お前にはもう援護はないぞ。たった1人で、勝てるとでも?」

 

 目を細めて、ハイレインは二宮に問う。対して、射手の王は答えた。

 

「試してみればいいだろう」

 

 彼の不遜な発言に、ハイレインは手を上げて応じた。

 

「…………なら、そうさせて貰おう」

 

 それが合図だった。

 色なしの『プレーン体』が2体。色付きの『モッド体』がそれぞれ3体。沈黙を保っていた5体の『ラービット』達が、二宮へ一斉に襲い掛かる。

 

「アステロイド」

 

 真っ直ぐ接近してくるラービットに向けて、二宮は迎撃の弾丸を放った。しかし細かく分割した『通常弾(アステロイド)』は装甲を叩くだけで、穿ち砕くには至らない。

 確実にラービットを倒すには分割しない威力重視の大弾か、もしくは合成した『徹甲弾(ギムレット)』を使う必要があるが、複数を相手にしたこの状況ではそれすらも難しかった。

 1体であれば余裕を持って対処できただろう。2体いたとしても、二宮の火力なら押しきれたはずだ。たとえ3体でも、多少の無理をすれば足止めは可能だと断言できる。

 しかし、敵は5体だ。

 

「チッ……」

 

 振り下ろされるラービットの豪腕。上体をそらし、紙一重でそれを回避した二宮は、攻撃を仕掛けてきたのとは別の個体……自分を無視してC級を追おうとしていた1体に狙いを定めた。

 

「アステロイド!」

 

 撃ち出したのは数秒前と変わらない『通常弾』。ただし、スピードをギリギリまで削って威力偏重に調整した"大弾"である。

 先ほどよりは距離が近かったのも手伝って、全弾が命中。横合いから攻撃を受け、『色なし』の個体は大きく立ち揺らいだ。

 ようやくまともに入ったダメージに、手応えを感じるのも束の間。

 

「…………ッ!」

 

 自分を無視した相手に怒りを覚えたのだろうか。今度こそ二宮に攻撃を当てようと、正面のラービットが腕を振り回す。凄まじいパワーで叩きつけられる拳がアスファルトを粉砕し、砂埃と破片が宙に舞った。

 もはや射手の間合いではないが、なりふり構っていられない。

 

「――メテオラ」

 

 爆発と轟音が、至近距離で木霊する。二宮のトリオンから生成された分割なしの『炸裂弾(メテオラ)』は、ラービットを吹っ飛ばすには十分な威力を有していた。他のトリオン兵と比べれば比較的小型な、とはいえ決して軽くないラービットの体が、後方へと文字通りに吹っ飛んだ。

 無論、そんな弾丸を放った二宮自身もただでは済まない。攻撃の瞬間に体を後方へ流していた二宮は、それでも爆風の煽りを受けて二転三転。道路上に体を転がして勢いを殺し、立て膝をついた。

 近づいていた敵を引き剥がし、距離を取った。爆発でほんの一瞬だが、隙も生まれた。それは、二宮が待ち望んでいたチャンスだった。

 

「アステロイド+アステロイド」

 

 桁外れに分厚い腕部装甲は、この合成弾の威力でも貫くことができない。致命傷を与える選択肢は捨てて、足止めを第一に考えるならば、

 

「ギムレット」

 

 狙いは足だ。

 多少のダメージを受けた1体と、『炸裂弾』で後方へ吹き飛ばされた1体。その2体と入れ違いに、次の2体が突進してくる。二宮は合成が完了した『徹甲弾(ギムレット)』をスピード重視の調整で、地面ギリギリの水平に撃ち出した。多少思考パターンが練ってあったところで、相手はトリオン兵だ。足下の防御までは、頭が回らない。

 突き進む数発の弾丸は、ボーダー規格のシールドならあっさり食い破る威力を有する。正面から受け止めて、無傷で済む攻撃ではなかった。

 

 この戦場にいる、ただ1人の黒トリガー使いを除いては。

 

「アレクトール!」

 

 射線上に割り込んだ『鳥』達が、全ての『徹甲弾』と接触する。それだけで、強烈な貫通力を持つ弾丸が、無機質なキューブに変わってしまった。

 

「俺もいるのを、忘れたのか?」

 

 『黒トリガー』と『ラービット』の連携。味方同士がフォローし合い、短所や隙をカバーする。本来はボーダー側が取るべき戦術が、孤軍奮闘する二宮に向けて牙を剥く。

 ハイレインが酷薄な笑みを浮かべるのと同時、唯一後方に待機していたラービットが大口を開いた。眼球を思わせるその部位に、光の束が収束する。

 

 ――砲撃。

 

 空を裂くトリオンの奔流は、二宮が反射的に展開した『両防御(フルガード)』のシールドと激突した。砲撃を受け止めた透明な壁は、ひびを広げながらもなんとか持ちこたえて、二宮を守り切る。

 

「ほう。『モッド体』の砲撃を止めるか。本当に大したトリオン量だ」

 

 金の雛鳥が見つからなければ、お前の捕獲を優先しただろうな、と。敵へのそれ以上の賞賛は胸にしまって、ハイレインは駆ける。

 シールドを張る瞬間は、どうしても弾幕が途切れる。弾幕さえ途切れてしまえば、突破は容易い。単純な理屈だった。

 遂にハイレインは、射手の王の防壁を破った。

 

「3体はくれてやる。抜かせてもらうぞ」

 

 二宮の横合いを抜いたハイレインに、続いて2体。突破を成功させたラービットは、二宮を意にも介さずに走り抜ける。

 ハイレインは、振り向かずに言い捨てた。

 

「やはり、無謀な挑戦だったようだ」

「…………そうだな」

 

 残り3体の個体と向かい合う二宮にも、もう振り返る余裕は残されていなかった。

 だから彼は、自分の防御を突破したハイレインに対して、顔すら向けずに呟いた。

 

 

「やはり、俺だけでは止められないようだ」

 

 

 瞬間、周囲に展開された『鳥』達の防御を抜けて、数発の"黒い弾丸"がハイレインに突き刺さった。

 

「なにっ……?」

 

 キューブ化能力を誘発させなかったその弾丸は、着弾と同時に『錘』となって、ハイレインの動きを拘束する。体にまとわりつくその重量は、身体能力が強化された『戦闘体』でも無視できないほどに強烈なものだった。

 走るどころか歩くことすらままならず、地面に膝をつくハイレイン。そこでようやく、二宮は動けなくなった彼の方を振り返った。無様に這いつくばる敵の姿を確認する為……ではない。

 

「よくやった、秀次」

 

 奇襲を成功させた味方に、労いの言葉を述べる為だ。

 

「……見つけたぞ。『人型』の近界民」

 

 民家の影から現れた三輪秀次の全身には、数えきれない程の傷跡があった。そもそも外見から分かる大きなダメージとして、彼の右腕は肩口から失われていた。度重なる戦闘で傷も疲労も蓄積し、満身創痍と言っても過言ではない状態だ。

 しかし、ハイレインを見据える彼の瞳には、爛々と輝く闘志が満ちていた。

 だから二宮は、迷わずに次の指示を出す。

 

「秀次。残りの『新型』も止めろ」

「……その必要はありません、二宮さん」

 

 だが、返ってきたのは『了解』ではなく。

 何故か苦虫をまとめて噛み潰したような表情で、三輪は吐き捨てた。

 

「迅め……やはり、そういうことか」

 

 

「――強(ブースト)印、七重(セプタ)」

 

 

 直後、二宮の視界に入ってきたのは、とても小柄な1人の少年だった。

 その、小柄な少年が。

 ボーダー隊員達をあれほど苦戦させた、2体のラービットを。

 

「よっ……と!」

 

 まとめて、殴り飛ばした。

 圧倒的な運動エネルギーをその身に浴びたラービットは、空中で踏ん張ることもできず。さながらゴムボールの如くバウンドし、地面との衝突を繰り返しながら、二宮の頭上を通り過ぎて、

 

「…………!?」

 

 『錘』で身動きが取れなくなったハイレインを巻き込み、民家の壁に激突してようやく止まった。

 その光景を見た残りのラービット達は、突然現れた彼を新たな脅威と判断したのだろう。攻撃を取り止め、あからさまに距離を置く動きを取った。

 

「あれ? 重くなる弾の人じゃん。なんでこんなところにいるの?」

「……それはこっちのセリフだ」

 

 忌々しげに顔を背ける三輪は、どうやら少年と知り合いらしかった。

 明らかにボーダーの規格から外れたトリガー。『新型』を一蹴する脅威的な性能。一つの可能性を思い浮かべた二宮は、少年に向かって問う。

 

「お前、黒トリガーか?」

「うん」

 

 彼は平然と頷いた。

 

「空閑遊真。玉狛支部所属のボーダー隊員です。どうぞよろしく」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 あくまでも、俺を"使う"気か。

 

 三輪秀次は、自分を取り巻くこの状況が気に入らなかった。思い出すのは、あの日の屋上で迅悠一が言った、意味深な言葉だ。

 

 ――次の大規模侵攻で、お前は三輪隊以外の誰かと組んで戦うことになる。けど、お前が組む相手は『お前が気に食わない人間』になる可能性が高いんだな

 

 こういうことか、と。

 ようやく彼の真意に気づく。

 たしかに。今、目の前にいる近界民は、三輪が知る限りもっとも気に食わない人間だ。まさしく、迅の予知通りだった。

 

「レプリカ。お前は修を助けにいってくれ」

『いいのか?』

「こっちよりも、修や千佳の安全が優先だろ? たのむ」

『心得た』

 

 自律型トリオン兵が彼の腕から分離し、離脱していく。

 理解できない、と三輪は思った。

 三輪は、三雲修や雨取千佳を助ける気は毛頭ない。近界民を庇う玉狛支部の人間がどうなろうと、知ったことではないのだ。

 そもそも近界民である彼が、どうしてそこまでボーダーの仲間を守ろうとするのか。三輪には分からなかった。

 

「……おい」

「ん?」

 

 声をかけると、彼は意外そうに顔を上げた。

 

「なに? 重くなる弾の人」

「俺はお前を信用していない。だが……この前言ったことを、覚えているか?」

「お姉さんの仇討ちを手伝う、ってやつ?」

「そうだ」

 

 レプリカが飛び去っていった方角を指差し、三輪は言う。抑えきれない感情を、それでも押し殺しながら。

 

「この戦いが終わったら、あの自律型トリオン兵に調べさせろ。第一次大規模侵攻で攻めてきたトリオン兵、それに関連するデータ。全て洗い出して、あの襲撃を行った『国』を、全力で特定しろ」

「……約束するって言ったら、信用してくれんの?」

「……ああ。信用してやる」

 

 答えると、彼は黙って三輪をじっと見上げた。ほんの一瞬、こちらを覗き込む瞳の色が変化した気がした。

 

「べつにいいよ。つまんないウソつかなくても」

「ッ……」

「あんたが近界民を憎んでるのは知ってるし、それはそれで別に構わない。お姉さんを殺されてるなら、むしろ憎んで当たり前でしょ」

 

 返ってきたのは三輪の嘘を咎める言葉ではなく、純粋な肯定だった。彼は「この国は仕返ししようってやる気があるヤツが少ないから、むしろあんたはエライくらいだ」などと呟いて、

 

「でも、おれはオサムとチカを守りたい。そのためには、アイツを倒さなきゃならない」

 

 三輪に向けて、ニヤリと笑いかける。

 

「だから、この戦闘中はいきなりおれを撃たない。それくらいの保証があれば、じゅうぶんだ。そしたら協力して戦うし、国を特定するのも手伝うよ」

「…………」

 

 見掛けは少年だというのに、彼の言葉はどこか渇いていた。

 

「……わかった、約束してやる」

「ありがとう。重くなる弾の人」

 

 三輪は顔をしかめた。

 こいつと馴れ合いたいわけではない。こいつに気を許したわけでもない。

 しかしいい加減、その呼び名はどうにかならないものか。

 

「……三輪秀次だ。空閑遊真」

「……わかったよ、ミワ先輩」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 2人が言葉を交わしているのを横目で眺めながら、二宮はオペレーターの報告に耳を傾けていた。

 

『宇佐美さんに確認とれました。彼は玉狛支部の所属で間違いないようです』

「(そうか)」

 

 遊真が到着してから1分も経っていなかったが、氷見亜季の仕事は早い。これで、遊真が味方であることは正式に確認できた。

 玉狛支部の新しい黒トリガー。迅悠一が『風刃』を手離したのはそういうことかと、今更ながら納得する。年が明ける前、三輪隊をはじめとしたA級の面々がやけに慌ただしかった理由も、これでようやく分かった。

 二宮隊は元々、A級部隊である。今はB級であるために、迅の『風刃』譲渡に関する詳しい事情は知らされていなかったが、原因を推測するくらいはできる。おそらく『黒トリガー』――空閑遊真が発端となって、本部と玉狛支部がボーダー内のパワーバランスを巡って争ったのだろう。玉狛支部は近界民擁護派だ。空閑遊真が近界民である事実を隠蔽してボーダーに入隊させたのであれば、三輪が彼を目の敵にしていることにも説明がつく。

 もっとも、この場に限って三輪秀次は、空閑遊真との対立ではなく共闘を望んだようだが。

 

(変わった……いや、大人になったのか)

 

 それが彼にとって良い変化なのか、悪い変化なのか。二宮には判断できない。

 姉を殺した近界民に復讐する。敵討ちの為に必死に戦う三輪を、二宮はずっと前から知っていたし、二宮自身も近界民に対して……というよりは『近界』そのものに対して、複雑な感情を抱いていた。

 今はもういない、二宮隊の狙撃手。彼女がどうしていなくなったのか、何を思ってあんなことをしたのか。二宮は未だに、答えを掴めていない。

 その答えのヒントになるかもしれない少女が、雨取千佳だ。

 だから二宮は、雨取千佳を近界民に奪われるわけにいかない。絶対に、守りきる必要がある。

 信用ならない『近界民』と手を組んでも、だ。

 

『……あの、隊長』

 

 と、そこで報告が済んだはずの氷見から、再び通信が繋がった。

 

「(どうした?)」

『すいません。その、非常に言いにくいのですが……』

 

 珍しく歯切れの悪い氷見の言葉に、二宮は眉を潜める。いつもの淡々とした口調ではなく、実に言いにくそうに彼女は切り出した。

 

『……もう1人、援軍がいます』

「……なに?」

 

 

「あら、よかった。まだ終わってないみたいね」

 

 

 不意に聞こえてきたその声は、氷見が心配していた通り、二宮をこの上なく不機嫌にさせるものだった。

 涼やかな声音の発声源を確認すべく、二宮は仕方なく振り向いた。残念ながら聞き間違えではなかったし、見間違えるはずもなかった。そこにいたのは、飽きるほど顔を突き合わせてきた、昔のチームメイトだったのだから。

 

「…………加古」

「お待たせ、二宮くん」

 

 A級6位加古隊隊長。加古望は、にっこりと笑った。

 

「……待ってなどいない。どうしてお前がこんなところにいる?」

「ひどい言い種ね。二宮くんがピンチだっていうから、いそいで駆けつけてきたのに」

「来てくれと頼んだ覚えはないが」

「ああ、やだやだ。素直じゃないのは、ほんとに相変わらず」

 

 彼女を見てまず目を奪われるのは、美しい金髪だろう。日本人離れしたその髪色は、どうしてか彼女の雰囲気にはよく合っている。

 そんな自慢の髪をかき上げて。やや唇を尖らせながらも、加古は表情を切り替えた。

 

「ハーイ、三輪くん。結構ボロボロだけど、大丈夫?」

「……平気です、加古さん」

「おお。また新しい人だ」

「そっちの白い子は、はじめましてね。A級6位、加古隊の加古望よ。よろしくね」

「どうもどうも。玉狛支部の空閑遊真です。こちらこそ、どうぞよろしく」

 

 可愛らしくウィンクする加古。それに応えて、遊真も丁寧に頭を下げた。

 

「まあ、礼儀正しい! どこかの誰かさんとは大違いだわ!」

「……今まで何をしていた?」

「市外へ双葉とドライブに出ていたのよ。それで、いきなりこの騒ぎでしょう? 戻ってくるの大変だったんだから」

「で、今さら到着か。呑気なことだな」

「なぁに? ケンカ売ってるの? あとで買ってあげるから、とりあえず引っ込めてくれるかしら」

 

 言いつつ、加古の視線は二宮から別の場所へ向けられる。「それに」と、彼女は言葉を繋げて、

 

「メインディッシュには間に合ったでしょう?」

 

 彼女の視線の先。

 起き上がった2体のラービット。そして立ち上がったハイレインは『サカナ』の生物弾丸で、三輪が撃ち込んだ『鉛弾(レッドバレット)』を中和していた。ボロボロと、小さなキューブが地面に落ちる。

 

「手強そうね。あの『黒トリガー』」

 

 加古は笑う。ただしその笑顔は、先ほどとはまるで種類が違うものだ。

 そう。例えるなら、獲物を前に肉食獣が舌舐めずりをするような。

 弧を描く口元には一点だけほくろが浮かんでいたが、彼女の場合は薄い唇を際立たせるアクセントになっていた。

 やる気満々といった様子の彼女に、二宮は溜め息を吐いて釘を差す。

 

「戦列に加わるなら、俺の指示に従ってもらう」

「ええ? 二宮くんが指揮するの? 嫌よ」

「加古さん、それは……」

「ああ。勘違いしないでね、三輪くん。流石に遅れてきた分際で、偉そうに指揮取ろうなんて思ってないわ。大体、今日の私は『隊長』やる気ないし」

「ふむ?」

「加古さん。それはどういう……」

 

 遊真は首を傾げ、三輪は訝しげに目を細め、二宮は黙ったまま。

 そんな彼らに今度はいたずらっぽく……どこか楽しげに、加古は笑みを漏らした。

 

「だって、私達の指揮をするならもっと相応しい人がいるでしょう?」

 

 ちょうど、そのタイミングで。

 遊真を除いた3人の耳に、1人の男の声が届いた。

 

 

『二宮、加古、秀次。聞こえるか?』

 

 

 よく通る声だった。全員が知っている声だった。

 彼の声音は、こんな状況でもとても静かで、落ち着いていた。

 

『指揮は俺が執る。玉狛の空閑隊員を主軸にして、敵を叩くぞ。あの『黒トリガー』はここで仕留める』

 

 その命令に耳を傾けながら、二宮も加古も三輪も、ふと考える。

 

 彼の指示を受けるのは、いつ以来だろうか?

 

 二宮達は『隊章(エンブレム)』持ちの部隊を率いる隊長だ。つまり彼らは本来、命令を受けるのではなく、命令を出すべき立場にある。隊長ではなく隊員として動くのは、本当にひさしぶりだった。

 どうやら、彼も同じことを考えていたらしい。

 

『お前達と組むのは、久々だが……やれるな?』

 

 しかし、それは愚問だった。

 彼の指示を受けることに不服はない。不安もない。

 

「二宮、了解」

 

 むしろ、確かな安心と信頼がある。

 

「加古、了解」

 

 そして、思い出す。

 

「三輪、了解」

 

 かつて、彼の下で戦っていた日々のことを。

 だから、彼に従うことに迷いを抱く者は1人もいなかった。

 全員の応答を確認した彼――東春秋は、言った。

 

「よし……はじめようか」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 もはや苛立ちを隠す素振りもなかった。

 ハイレインは立ちはだかる4人を見据えながら、傍らに呼び寄せたミラに告げる。

 

「あまり時間もない。連携してやつらを潰すぞ」

「かしこまりました」

 

 もはや臆する様子はなかった。

 二宮匡貴は2人の『黒トリガー』と5体のラービットを見詰めながら、拳を構える空閑遊真に言った。

 

「援護はしてやる。好きなように動け」

「ん、わかった」

 

 ハイレインやミラとは違い、ボーダー側は所詮急場しのぎのチームだ。ましてや遊真は、二宮や加古とはほぼ初対面である。強いて言えば、三輪とも一度戦ったことがあるだけだ。息が合った連携など、最初から望めるはずもない。

 けれど、何故だろうか。遊真に不安はなかった。

 2人の黒トリガー使いと正面から対峙しながら、それでも彼らが心強いと、遊真は思う。敵ではなく、味方でよかったと思う。遊真は彼らのことを何も知らなかったが、二宮と加古と三輪と……それから、この場にいないもう1人。彼ら4人の繋がりは、とても強いものだと感じられた。要するに、長年戦場を渡り歩いてきた遊真の直感が告げていたのだ。

 

 彼らは強い、と。

 

 そして、その直感は決して間違いではない。

 

 B級7位東隊隊長、東春秋。

 B級1位二宮隊隊長、二宮匡貴。

 A級6位加古隊隊長、加古望。

 A級7位三輪隊隊長、三輪秀次。

 ボーダーの中でもトップクラスの実力を持つ彼らは、かつて同じチームに在籍していた。

 この戦場で、この一瞬だけ、彼らは昔に戻る。

 二宮隊でも、加古隊でも、三輪隊でもない。ボーダー最初の『狙撃手(スナイパー)』――東春秋が率いた、最強の部隊。

 

 

 A級1位東隊として、空閑遊真を援護する。

 

 

 未来の分岐点まで――あと60秒。

 




次回、決着。
これからも厨二なボーダー隊員をよろしくお願いします。

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