厨二なボーダー隊員   作:龍流

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番外編のIF短編です。記者会見や冷や汗をかかない修を期待していた皆さんには申し訳ない……
通常の番外編と一緒にするとちょっとややこしいので、こちらに置くことにします。


今回の登場人物

『如月龍神』
色々あって那須隊に所属することになった黒一点(ブラック・オブ・ワン)。那須と組んで変化弾を絡めた連携技を模索したり、相変わらず熊谷と模擬戦を重ねたり、茜と指ぬきグローブのデザインを小一時間練ったり、小夜子から一方的に避けられたりと、そこそこ那須隊に馴染んでいる。

『那須玲』
厨二からグラスホッパーを学んだことで、殺意と機動力が増した華麗なる病弱少女。意外にもノリノリで龍神と一緒に必殺技を考えており、順調に厨二汚染が進行中。新開発した螺旋上昇変化弾で厨二を何度か蜂の巣にした。この隊長を怒らせてはいけないと、厨二は痛感した。

『熊谷友子』
厨二が同じチームになっても、特に何も変わらないことに違和感を覚えている那須隊攻撃手。厨二があまりにも自然に作戦室でくつろいでいた為、厨二が寝ているソファーの横で着替えようとしてしまった。幸い未然で済んだが、なんとなく恥ずかしくなったので寝ている厨二をソファーから蹴り落とした。

『日浦茜』
指ぬきグローブを心から愛し、厨二とわりと同じ感性を持つ那須隊狙撃手。龍神の隊服は小夜子と茜があれこれ相談しながらデザインした。厨二は自分の隊服がぴっちりスーツにならないか非常に心配していたが、出来上がった隊服は近未来的な素晴らしいデザインだった。指ぬきグローブも完備。厨二は満足した。

『志岐小夜子』
男性恐怖症の那須隊オペレーター。特に年上の男性が苦手。厨二の加入によって、最も危機に晒されている女。

『生駒達人』
生駒隊隊長。関西人。女の子が大好きで、基本的に全ての女の子をかわいいと言う。ご飯屋の新しいメニューが大好きで、基本的に全てのご飯をおいしいと言う。今回は一言だけ登場している。


IF短編
もしも厨二が那須隊に入ったら その壱


「決着ぅうう!」

 

 2月8日、土曜日。ボーダーはランク戦シーズン真っ盛り。今日も武富桜子の気合いの入った叫び声が、実況席で炸裂する。

 

「最終スコア、6対2対2! B級ランク戦第3戦、昼の部を制したのは那須隊です!」

 

 那須隊は4得点に生存点が加点されて、合計6得点。香取隊と荒船隊は、それぞれ2得点。結果は、那須隊の圧勝だった。

 会場の興奮が冷めやらぬ中、桜子は勢いのままに総評へと移っていく。

 

「では早速ですが……解説の東さん! 今回のポイントをお願いします!」

「そうですね。やはり、新たに前衛をチームに引き入れた那須隊が、最後まで戦場の主導権を握っていたと言えるでしょう」

 

 ランク戦の模様をリアルタイムで届ける大型モニターには、これ以上ないほどのドヤ顔でキレッキレの決めポーズを決める1人の男が映し出されていた。

 ちなみに観客席からは、「あれアカンやろ。あれ絶対、俺の決めポーズのパクりやん。完璧にキャラ被ってまうし……ヤバない? ヤバいやろ」「何の心配してはるんですか?」と、どこぞ関西人チームの漫才めいたやり取りが聞こえてきたが、桜子はそれを華麗にスルーして東に語りかける。

 

「那須隊に新たに加入した攻撃手……如月隊員ですね!」

「ええ。元々、那須隊の強みはエースの那須を軸にした中距離戦でした。攻撃手である熊谷も、これまでは那須を補助する為に防御メインの立ち回りだった。日浦の狙撃も『点を取る』というよりは、那須に相手を近づけさせないことを意識していたように思えます」

 

 良くも悪くも、エース射手(シューター)である那須を中心に据えて、彼女を全力でサポートするチーム。それが、これまでの那須隊だった。

 しかし、今は違う。

 

「如月という攻撃手が増えたことによって、戦術の幅が広がった。攻撃の軸を近距離と中距離……那須と如月、どちらにでもシフトできるようになった。前回のR2を観戦した時にも感じましたが、これは大きな強みですね。なにより、負担が軽くていい」

「負担、ですか?」

「那須は今まで、指揮も戦闘も1人で背負っていました。隊長兼エース、という役回りをこなすのは、中々難しいものです。それが、那須の他に点取り屋がいるだけでこうも変わってくる。部隊に新しい隊員が加入すると連携が上手く取れずに落とされる場合が多々ありますが、那須隊の場合はそれもない。ただ部隊の人数を増やしたわけではなく、フォーメーションや戦術をよく練ってきている証拠ですね」

「木虎隊員を新エースに据えて戦績を上げた、嵐山隊と似ていますね!」

「確かに。3人構成のチームに新たにエースを加える、という流れまでそっくりです。とはいえ、人数の多さがイコールで部隊の強さではないことは、A級2位の冬島隊が証明しています。4人構成の部隊はオペレーターの負担が大きいので、志岐隊員の影の頑張りも大きかったと思いますよ」

「なるほど!」

 

 東の解説に、会場の隊員達は聞き入っている。

 

「では出水先輩! 射手の観点からみて、今回の戦いはどのように思われましたか?」

「ええ~? 東さんのあとにオレに振るの? こんなに聞き応えのある解説されちゃったら、オレが喋ることなくない?」

「申し訳ない」

 

 愚痴っぽい出水の発言と年下に謝る東。2人のやりとりに、温かい笑いが起こる。

 

「そこをなんとか! A級1位部隊の射手として!」

「うーん。そうだなぁ。さっき東さんが近距離戦と中距離戦の切り替えについて言ってたけど、それは那須本人のスタイルに関しても当てはまると思うぜ?」

「と、申しますと?」

「射手や銃手みたいな射程持ちは、自分で点を取るよりも味方が点を取るのを補助するポジションだ。もちろん、例外はいるぞ。トリオン量を武器に攻め立てる二宮さんとか、相手を翻弄しまくってから仕留めにかかる加古さんとかな」

 

 出水は言葉を続けて「あくまでもオレは普通の射手なので、そこんところよろしく」と、また会場の笑いを取っていく。

 

「那須はチームのエースだったから、その数少ない例外に当たる。で、那須が持ってる武器は『変化弾(バイパー)』のリアルタイム弾道制御。よく『鳥籠』って呼ばれてるヤツだな。ちなみにオレもアレできるんだけど、誰かカッコいい名前付けてくれない?」

「マジメにやってください! 時間も押してきてるんですから!」

 

 桜子のツッコミに、また笑い声が響く。釘を刺された出水は肩を竦めて、口調を少々『マジメ』なものに切り替えた。

 

「もうひとつ付け加えると、那須は機動力が高い。今回のラウンドではさらに『グラスホッパー』まで使ってたから、また長所を伸ばしてるな。射手の中ではもうトップの機動力と言ってもいいんじゃないか?」

 

 誰が那須に『グラスホッパー』の扱いを教えたかは、深く考えなくても分かる。十中八九、あの馬鹿の仕業だ。観客達もそれについては薄々察しているようだったので、出水は詳しい言及を避けて話を進めていく。

 

「変幻自在のバイパーと、持ち前の機動力。これを活かしてエースの点取り屋をやってたのが、今までの那須だ。けど今回は、味方に点を取らせる援護重視の立ち回りもこなしてみせた。射手としての意見を言うなら、そこが一番おもしろかったかな」

「ちょうど如月が香取隊と相対していた場面ですね。戦いの行方を決定付ける、重要なポイントだったと思います」

 

 出水の意見を東が補足する。

 

「確かにあの場面は、まさに激戦!という感じでしたね」

「2VS3っていう不利なシチュエーションで、那須はバイパーで香取隊の動きを制限することだけに集中した。前に出過ぎず、援護に徹する。射手のお手本みたいな立ち回りだ。しかもエースの香取ちゃんを落とせた時点で、今度はいつもの機動戦のスタイルに戻した。今回の那須は、そこらへんの切り替えがいい感じに嫌らしかったな。那須の援護がなきゃ、香取ちゃんが龍神を落としてたんじゃないか?」

「如月が香取隊に囲まれた時、那須と熊谷が分かれたのには驚きましたね。それこそ、今まで那須隊ではあり得なかったことです。あの判断は大きかった。熊谷は結果的に荒船に落とされましたが、日浦のカバーという役割は立派に果たしましたし」

「その日浦ちゃんがきっちり1点取ってるしな~。ほんと、今回の那須隊はいろいろきっちりはまってた」

 

 ふむふむ、と感心しながら頷く桜子。

 

「では、他のチームについてはどうでしょう?」

「荒船隊は半崎がいい仕事をしましたね。乱戦の中、漁夫の利で若村を取りましたから。あのまま行けば、如月と那須が香取隊を全員落とし切って、7点取っていたかもしれません。今回は荒船が早い段階で弧月を抜いていたので、狙撃手3人が連携するいつもの戦法を使えなかったのは惜しいところです」

「荒船さんは転送位置が悪かった! 今回のラウンド、荒船隊以外の狙撃手は日浦ちゃんしかいなかったし、距離を取って戦えれば、もうちょい有利に運べたかも」

「なるほど! 香取隊についてもお願いします!」

「合流もはやく、全体的によく動けていたと思いますよ。ただ、如月を倒すことに些か拘り過ぎていたような気もしますが……」

「香取ちゃんが龍神を親の敵みたいに追ってたしなぁ……でもまぁ、途中で穂刈さんを落とせてるし結果オーライと言えば結果オーライなんだけど」

 

 苦笑いする出水の横で、東が話をまとめに掛かる。

 

「今回はステージもオーソドックスな市街地Aでしたし、那須隊の地力がはっきり示された形になりましたね。メンバーのそれぞれが、自分の役割を理解した上で行動する。これはどんな場面でも共通して言える、チーム戦の基本です。しかし基本であるからこそ、それを実際に成すのは難しい。毎回、バランスの取れた良い連携を見せてくれる彼らが、果たしてどこまで上がってくるのか。私も少々楽しみです」

「女子(ガールズ)チームが黒一点を迎え、心機一転! その勢いは止まらない! 次は格上の上位勢を相手にどのような戦いを見せてくれるのか、注目です!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 一方その頃。

 話題の那須隊作戦室では。

 

「……るー、るーるーるー」

 

 新たに加入したチーム唯一の男性隊員、如月龍神が塩昆布を片手に、那須隊オペレーター、志岐小夜子を部屋の隅に追い詰めていた。

 

「ちょ……ちょっと待ってください! やっぱり無理です! まだダメです! 早すぎます!」

「大丈夫だ……何もこわくない。こわくないぞー。心配せずに、俺の手を取るんだ。ほーら、最高級の塩昆布がここにあるぞー。るーるーるーるー!」

 

 龍神が加入したことで近接戦闘での決定力不足を解消し、遠中近、全ての距離に対応するオールラウンドチームへと生まれ変わった新生那須隊。破竹の勢いで快進撃を続けるこのチームには、しかし早急に解決しなければならない問題があった。

 そう。志岐小夜子の男性恐怖症である。

 小夜子のそれは、特に年上の男性の前では社会生活に支障をきたすレベルのもの。当然、前から知り合いだった龍神も例外ではなかった。合同任務や業務上の連絡なら顔を合わせなくても特に問題はないが、チームメイトともなればそうはいかない。必然、作戦室で顔を突き合わせて話す機会も増えてくる。

 そんなわけで。

 小夜子に男性恐怖症を克服して貰うべく、龍神は警戒心の強い動物を餌付けする感覚でコミュニケーションを図ろうとしていた。

 

「し、塩昆布……おいしそう……じゃなくて! だ、ダメです。それでも無理なものは無理です!」

「目を背けるな、志岐! 俺の目を見て喋れ! そして塩昆布を受けとれ!」

 

 ゆっくりと。しかし確実に、龍神は小夜子との距離を詰めていく。それに比例して、小夜子の顔は段々と青ざめていく。

 そして龍神の指ぬきグローブに包まれた手が、彼女の体に触れるか触れないかの距離まで近づいた、その瞬間。

 

「ご、ごめんなさいッ!」

 

 咄嗟に小夜子が振り上げたのは、オペレーター用の大型モニター。普通にデカイそのモニターの普通に鋭い角が龍神の顎を捉え、殴り飛ばした。

 

「ぶべらッ!?」

 

 数分前のランク戦を無事に切り抜けた龍神の体は、トリオン体。故に大きなダメージはなかったが、それでも引きこもりオペレーターから繰り出された突然の強打には、相応の衝撃と驚きがあった。

 結果。龍神の喉からはちょっと情けない感じの叫び声が上がり、力が抜けた手からは最高級塩昆布がするりと落ちる。

 小夜子はそれを脅威の反射神経で空中キャッチし、テレポーターと見紛うほどのスピードで扉の前まで移動して、

 

「す、すいません! ごめんなさい! 今日はもう失礼します! お疲れ様でした! き、如月先輩……ごちそうさまです!」

 

 言葉を並べ立てて頭を下げると、そのまま作戦室を出て走り去って行った。

 

「あ……」

「小夜ちゃん、行っちゃった……」

「如月、大丈夫?」

「……意外と重いんだな、あのモニター」

 

 後に残されたのは床の上で大の字に伸びる厨二馬鹿と、それをなんとも言えない顔で見守る茜、那須、熊谷の3人であった。

 

 

 

 そして数分後。

 

「やはり駄目だな」

「駄目ね」

「だめだわ」

「ダメですね」

 

 志岐小夜子を除く那須隊メンバーは本日の反省会を開始した。議題は当然ランク戦云々についてではなく、志岐小夜子に男性恐怖症をどうやって克服してもらうか、である。

 那須隊の作戦室は、入って手前側の部屋に作戦立案用のテーブルやオペレーター席が配置され、奥の別室がソファーやテレビなどを置いた休憩室になっている。そちらに集まった龍神達は、いつものように失敗した小夜子へのアプローチに頭を悩ませていた。

 

「何が悪いんだろうな……一応、今日用意したのは俺が知る限り最高級の塩昆布だったんだが……」

 

 ソファーにふんぞり返りながらボーダーの個人用端末を操作して、ネット通販のサイトをザッピングする龍神。「天然岩塩を使用した拘りの一品」「まごころを込めて作りました」等々。様々な売り文句が並ぶ画面を隣から覗き見た熊谷は、龍神に対してじっとりとした視線を向けた。

 

「あんたはもう小夜子を餌で釣ろうとするのはやめなさいよ。犬やネコじゃないんだから」

「やはり日本国内という概念に縛れていたのが間違いだったか……次は最高級の天然水を海外から取り寄せてみるか……どう思う、くま?」

「ねぇ人の話聞いてる?」

 

 志岐小夜子の好物は塩昆布と水である。基本的に塩昆布と水があれば彼女は生きていけるらしい。

 

「でも小夜子先輩、進歩はしてますよね。一応、如月先輩と視線を合わせない状態で普通に話せるようになりましたし。1週間かかりましたけど」

 

 これまでの努力をフォローするように、茜が言う。確かに、龍神が正式に那須隊に加入した直後と比べれば、今の小夜子の状態はかなりマシになっていた。当初は、龍神と会話するだけで緊張して黙り込んでしまうほどひどかったのだ。深く考えるまでもなく、オペレーターと会話できないのはチーム戦において致命的である。ランク戦シーズンに入る前に、なんとか会話だけでも交わせるようになったのは、大きな進歩だった。

 

「うん……小夜ちゃんもがんばってはいると思うんだけど」

 

 リクライニングチェアに体を預けている那須は、浮かない表情でオペレーター席の方を見る。

 現在、那須隊のオペレーター席は洋服屋の試着室の如く、カーテンで間仕切りされている状態だ。龍神が作戦室にいる時は、このカーテンを引いてオペレーター席を隔離し、小夜子のパーソナルスペースを形成することで対応している。特に年上の男性が苦手な小夜子は、龍神と視線を合わせるだけで軽いパニックに陥ってしまうのだ。これはそれを避ける為の措置である。

 

「小夜子の男嫌いは知ってたけど、まさかここまでとはね……まあ、今まではあたし達だけでやってきたから、分からなくて当然なんだけど」

 

 そもそも半分引きこもりだった彼女をスカウトしたのは、那須と一緒にチームを組もうとしていた熊谷である。「あたし達が作るのは女子(ガールズ)チームだから」という熊谷の説得を受けて小夜子がまず加入し、そこに当時最年少狙撃手だった茜を加えて完成したのが、先日までの那須隊だった。だがそこに、最後のメンバーとして男が加入した。

 そう。ボーダーにおいて(良くも悪くも)知らぬ者はいない厨二系変則攻撃手、如月龍神である。

 正隊員の間では龍神がどのチームに入るのか、様々な予想が飛び交っていたこともあって、女子チームである那須隊への加入は大きな話題を集めた。「意外だ」とか「羨ましい」とか「ざけんな! ハーレムチームじゃねーか」だとか、様々な声があったが、とにもかくにも龍神は正式に那須隊のメンバーとなり、現在に至っている。

 

「俺の加入で、志岐には要らぬ苦労をかけている……情けない話だ」

「何言ってんの。あんたが入ってくれたお陰で、ウチは勝ち上がれてるんだから」

「そうですよ! 如月先輩はわたしが那須隊に残れるように力を尽くしてくれたんですから! 感謝してもしきれません!」

「如月くんと茜ちゃんの事情は、小夜ちゃんも分かっているわ。だからこそ、ちょっとずつ自分の苦手なことに向き合おうとしているんだもの。だから如月くん、自分を責めないで」

 

 那須の言う通り、龍神の那須隊への加入には、少々複雑な事情があった。

 チームを組めと城戸に言われたにも関わらず、隊長と呼ばれたい一心で年下のチームメイトを探していた龍神は既存チームからのオファーを蹴り、特にいく当てもなくふらふらしていた。ちょうどいいルーキー3人組や、高飛車で小生意気なお嬢様オペレーターが都合よく見つかるわけもなく。龍神を誘った各チームの隊長達も「ランク戦前になれば焦って泣きついてくるだろう」と、夏休みの宿題を溜め込む小学生を突き放す感覚で完全放置プレイ。そうこうしている内にアフトクラトルの大規模侵攻が起こり、気が付いた時には、ランク戦シーズンは目前まで迫ってきていた。

 

 これはまずい。

 

 宿題が終わらないよ助けて鬼怒えもん!と、開発室に駆け込もうとしていた龍神は偶然、廊下で泣きわめく日浦茜を発見した。

 

 ――どぅわあああぁあああ~

 

 もしもこの時。茜と出会っていなければ、龍神の未来はまた違うものになっていただろう。

 特徴的な泣き声で泣きまくっていた茜を宥めて話を聞くこと約10分。茜がボーダーをやめるつもりであること、三門市から引っ越すつもりであること、けれど茜本人は那須隊をやめたくないこと……諸々の事情を全て理解した龍神は、そのまま茜を引き連れて彼女の家へ突入。同じく引っ越しに絶対反対であった茜の兄、宙人と共に両親へのダブル土下座を敢行。三門市に残るように、説得を試みた。

 

 ――日浦は那須隊に必要な狙撃手です。彼女自身、これからもボーダーで戦っていくことを望んでいます。どうか、もう一度考えて直して頂けないでしょうか。

 

 誠心誠意、頭を下げ続けること約1時間。ついでに茜も加わってトリプル土下座になった効果もあったのか。茜の父親は言った。

 

 ――茜。お前の気持ちはよく分かった。だがそれでも、娘を心配してしまうのが父親だ。街の人達を守るために、全力を尽くす。それはもちろん、素晴らしいことだ。しかし、お前がいざという時、誰がお前を守ってくれるのか? 父親としては、それが本当に心配でならないんだよ。

 

 

 

 父親として、娘を心配する親心。その想いを汲み取り、感極まった龍神はその場で立ち上がり、茜の父に言った。言ってしまった。

 

 ――俺が守ります。

 

 言ってしまったのだ。

 力強い龍神の宣言に、何故か茜の母は色めき立ち、兄の宙人は唖然とし、それまで紳士的だった茜の父は態度が豹変し、「お前のような若造に娘がやれるか!」とブチ切れた。修羅場であった。茜は訳が分からず龍神と父親を交互に見ていた。

 その後、龍神は父の怒りの鉄拳を食らいそうになったりと色々あったが、日浦家の両親は子ども達の熱意にとうとう折れて、引っ越しの予定をキャンセル。とりあえず、三門市に残ることを了承してくれたのだった。

 

「あー、もう聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ。なによ? 俺が守ります、って……ほんとかっこつけなんだから」

「ふふっ……くまちゃん、羨ましいんでしょう?」

「は、はぁ!? ちょっと玲、なに言ってんの!? べつに羨ましくなんかないし!」

 

 だが、話はまだ終わらない。

 日浦父に睨まれ、そそくさと立ち去ろうとしていた龍神。そんな馬鹿の肩を、今度は嬉し涙で顔をぐちゃぐちゃにした茜が、がっちりと掴んだのだ。

 茜は龍神を見上げて、言った。

 

 ――如月先輩。ウチのチームに入ってください。

 

 茜がボーダーに残ることを認めた後。話の最後に、日浦父は娘に対してある条件を付け足した。それは、次のシーズンのランク戦でこれまでの最高順位を取ること。つまりは、B級上位チーム入りを、ボーダーに残る条件として提示したのだ。

 それは、父親の不器用な優しさ。自分の身を自分で守る強さがあることを証明しろ、という意味らしかった。

 が、そういう難しいことがよく分からない茜は、所属するチームもなく、後輩の面倒事にわざわざ首を突っ込むくらいには暇していた隣の隊員を、早速頼った。母はまた色めきたった。兄は頭を抱えた。父はまたキレた。

 そこからさらに紆余曲折を重ね、龍神の那須隊への加入が決まったのは2日後のことだった。

 

「色々迷惑をかけちゃいましたけど、でもよくよく考えてみれば、如月先輩がウチに来てくれたのはわたしのおかげですよね? 熊谷先輩が那須隊結成の立役者なら、如月先輩加入の立役者はわたしってことになりませんか!?」

「はいはい。すごいすごい」

「なんですかそのテキトーな反応は!? 如月先輩がウチに来るって決まった時、一番喜んだのは熊谷先輩のくせに!」

「そういう余計なことを言うのはこの口かっ!? この口なのか~?」

「ギャー!?」

 

 いつもの如くじゃれあい始めた2人に巻き込まれないように、龍神はくつろいでいた場所からさっさと避難。ソファーをプロレス会場にして取っ組み合う2人を眺めながら、那須の隣に腰を下ろした。

 

「ごめんね、如月くん。騒がしくて」

「いや、もう慣れた。だがあの2人は那須の家に泊まりに行く時も、あんな感じなのか?」

「うん。あんな感じかな。くまちゃんと茜ちゃんの口喧嘩から始まって、結局枕投げまで発展したり」

「それは騒がしいな」

「騒がしいけど、でも楽しいよ? このチームのみんなで過ごす時間が、私の幸せだから」

 

 そこで言葉を区切った那須は、龍神に向けてにっこりと微笑んだ。そして、彼女らしくないおどけた口調で、さらに言う。

 

「もちろん今は、その『チームのみんな』に如月くんも含まれています。どう? 嬉しい?」

「……光栄です。隊長」

「はい、素直でよろしい。……あ、そうだ。今度如月くんも、うちに泊まりに来る?」

「それは勘弁してくれ……」

 

 本気か冗談か判断がつかない質問を受け流しながら、龍神は考える。

 今の那須隊は、順調そのものと言っていいだろう。那須の火力、熊谷の防御、そして龍神自身が受け持つ近接戦闘。茜の狙撃も以前より磨きがかかり、『トドメ』の一手として選択肢に入るレベルまで成長している。自惚れになるかもしれないが、それでも龍神はこのチームの仕上がりに絶対の自信を持っていた。

 だからこそ。戦闘、戦術面に不安がないからこそ、それ以外の不安は早めに解決しておきたい。オペレーターとして優れた能力を持つ小夜子と、もっと色々な意見を交換できれば、それは間違いなく先に繋がる。B級上位チーム入り……だけではなく。上位2チームまで勝ち残り、A級を目指すことだって夢ではないはずだ。

 その為には、小夜子とコミュニケーションを取らなければならない。

 どんな手段を使っても、だ。

 

「那須。明日は防衛任務のシフト、入っていなかったよな?」

「うん。ランク戦の直後だし、日曜日だからオフにしているけど……どうかしたの?」

「明日の昼、ミーティングを開いてもいいか?」

「小夜ちゃんのこと?」

「そうだ」

 

 つい先ほど閃いたアイディアを胸の内に秘め、龍神は不敵に笑った。

 

 

「俺にいい考えがある」

 


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