厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回の登場人物


『如月龍神』
那須隊攻撃手。一言で言えば、厨二。

『熊谷友子』
那須隊攻撃手。一言で言えば、くま。

『那須玲』
那須隊射手。隊長。一言で言えば、可憐。

『日浦茜』
那須隊狙撃手。良く言えば、無垢。悪く言えば、無知。

『佐鳥賢』
嵐山隊狙撃手。一言で言えば、顔窓。

『鬼怒田本吉』
本部開発室長。一言で言えば……いや、待ってほしい。果たして、彼の魅力を一言で語れるだろうか。いいや、語れない。誰よりも優れた頭脳。全体的に丸っこい、親しみ溢れるフォルム。目元には日頃の努力を示す黒いクマが浮かんでいるが、それも彼にとっては丸顔に陰影をつけるコントラストだ。他人に対する口は悪いが、その裏には常に素直になれない思いやりがある。ツンデレである。なお、誠に遺憾ながら今回は登場しない。


もしも厨二が那須隊に入ったら その弐

 2月9日、日曜日。

 那須玲、熊谷友子、日浦茜の3人は、ボーダー本部の廊下を並んで歩いていた。目的地は自分達の作戦室である。

 

「まったく如月のヤツ、せっかくの休日に呼びつけてくれちゃって……玲、体の方は大丈夫?」

「うん、大丈夫。今日は調子がいいみたい。ありがとう、くまちゃん」

 

 珍しく生身のままでいる那須は、熊谷の問いに笑顔で答えた。トリオン体になれば体調を気にする必要はなくなるが、それに頼りきりになるのもよろしくないということで、生身で過ごせる時は生身で過ごすのが那須のポリシーだった。

 

「それにしても如月先輩は、何の用事があってわたし達を集めたんですかね?」

 

 基本的に何も知らない茜が、首を傾げて言う。

 

「小夜子関連の話し合いでしょ。そうよね?」

「そうだと思う。如月くん、何かいいことを思いついたって言っていたわ」

「アイツの言ういい事って、それ大抵はロクでもないことの気が……」

 

 うんざりとした表情になって、熊谷は天井を仰ぐ。そんな先輩の様子を横目で見た茜も、同じように天井を仰いだ。

 

「小夜子先輩と如月先輩にはもちろん早く仲良くなってほしいですけど……それよりもわたしは、次の対戦相手が心配ですよぅ!」

 

 溜め息を吐きながら茜が取り出したのは、ボーダー支給の携帯端末。画面には、B級全チームの現在順位が表示されていた。前日の夜の部の結果を受けて内容が更新されており、那須隊のランクはB級8位から6位までアップ。次はいよいよ、上位グループとの対戦が控えている。

 

「次の相手、影浦隊と生駒隊ですよ!? 完全に格上じゃないですか!」

「あたし達の最高順位はB級8位だったからね……まともに対戦した経験もないし、たしかにヤバいかも」

 

 渋い表情を作って、熊谷は頷く。

 No.6攻撃手、生駒達人が率いる生駒隊は現在B級3位。スカウト組で構成された関西人チームだ。攻撃手が2人に、射手と狙撃手が1人ずつ。奇しくも、現在の那須隊と全く同じ構成である。敵の戦術に流されず、常にマイペースに動く……逆に言えば行き当たりばったりな行動が目立つチームだが、それでも勝ち上がれるだけの地力を持っている。

 

「生駒さんの『旋空』が、もうすごいんですよね……」

「攻撃手ランク6位だからね。如月も『旋空』の攻撃パターンだけなら色々持ってるけど、生駒さんのアレはできないらしいし」

「実戦だと、記録(ログ)で見た印象以上に伸びてくるって。如月くんも難しい顔をしていたわ」

「そうだね。まあ、生駒さんが厄介なのはもちろんだけど……茜、あんたは隠岐先輩に捕まらないように気をつけなさいよ?」

「うぅ……頭を抑えられたら終わりですよね……がんばります」

 

 半分涙目になって、茜が肩を落とす。

 生駒隊には狙撃手であるにも関わらず『グラスホッパー』を使う、機動型狙撃手の隠岐孝二がいる。状況に合わせて狙撃ポイントを切り替えてくる為、非常に厄介だ。生駒と同じく、彼も要注意人物の1人と言えよう。

 

「でもあたし、一番コワイのは影浦先輩です!」

「ああ……まあ、こわいわね。見た目も態度も」

「そうかな? わたしは、そんなにこわい印象はないけど」

「たしか、如月は結構仲良いんだっけ?」

「如月先輩は戦っている間に友情を育んだとか、きっとそんな感じなんですよ! わたしは無理です! 睨まれただけで固まっちゃいそうです!」

 

 B級2位、影浦隊は元A級6位の部隊。隊長の影浦がメディア対策室長の根付栄蔵にアッパーをかましたせいで降格になったが、実力は言うまでもなく折り紙付き。ボーダー内では攻撃に特化したチームとして認知されている。二宮隊と並ぶB級不動の2トップだ。

 

「影浦先輩の前で固まったら、首を狩られて終わりでしょ……ランク戦ではちゃんと逃げなさい。もし狙われたら、あたしもできるだけ粘ってカバーするから」

「熊谷先輩~!」

「あー、はいはい。抱きつくな」

 

 茜を引き剥がしつつ、熊谷は聞こえないように小さく溜め息を吐いた。かわいい後輩の前だから強がって見せたが、不安なのは彼女も同じだった。

 影浦は隊務規定違反のペナルティによりポイントを没収されているので、個人ランカーではない。しかし彼は、No.4攻撃手の村上鋼に「勝ち越せない」と言わしめるほどの実力を有している。そして生駒は攻撃手ランキング6位。つまり次の対戦では、龍神よりも格上の攻撃手が両方のチームにいるということだ。

 果たして、今までのようにうまく試合を運べるかどうか……

 

「大丈夫よ、くまちゃん」

 

 チームメイトの表情に浮かぶ不安。それを目敏く見つけた那須は、覗き込むようにして熊谷に顔を近づけた。

 

「私達は、ここまで勝ち上がって来たんだもの。如月くんと組んで戦えば、生駒さんにも影浦先輩にも、きっと勝てるわ」

「……もう。玲はまたそういうこと言って」

 

 敵わないなぁ……と。熊谷は苦笑いを浮かべた。

 次のラウンドは、一筋縄ではいきそうにない。むしろ間違いなく、今までで最も厳しい戦いになるだろう。

 だが、それがどうした? 隊長の言う通りだ。1人で勝てないなら、2人で挑めばいい。正攻法で倒せないのなら、搦め手を使えばいい。今の那須隊は、前回のシーズンとはまるで違う。あの馬鹿が入ったことで、このチームは間違いなく強くなった。そう断言できるのだから。

 喋りながら歩いていると、時間が経つのがあっという間だ。いつの間にか、作戦室の前まで来ていた。

 

「……ねぇ、玲」

「なに?」

 

 扉を開ける前に、熊谷は那須に言う。

 

「一応、言っておくけど……あたし、べつに勝てないなんて一言も言ってないから」

「……うん。そうだね」

 

 余計なお世話だったかな?と、呟いて。那須は微笑んだ。

 次も、絶対に勝つ。

 口には出さなくても、熊谷と那須の心は通じ合っていた。

 

「入るわよ! 如月、いる?」

 

 決意を新たに、熊谷は作戦室の扉を開いて、

 

 

「よく来たな」

 

 

 そして、凍りついた。

 

「…………は?」

 

 間抜けな声が漏れる。

 熊谷友子は冗談抜きに、自分の目と耳と頭がおかしくなったのかと思った。

 

「え……?」

「如月先輩、なんですか?」

 

 震えながら紡がれた茜の言葉は、完全に疑問形。対して、『彼』か『彼女』か判別のつかないその存在は、いつも通りに答えた。

 

「ああ。俺だ」

 

 電話越しの詐欺師みたいな応答を返しながら、如月龍神は手を腰に当てて胸を張る。瞬間、胸の上の『ナニカ』が揺れた。

 心臓がバクバクする。視覚は目の前の光景をしっかり捉えているのに、脳が理解することを拒む。つまりは、それくらいの異常事態だった。

 

「え、え、え……?」

「うそでしょ……?」

「信じられない……」

 

 三者三葉。それぞれなんとか言葉を絞り出した3人の心境は、しかし完全に共通していた。

 

 驚愕。

 

 その一言に尽きる。

 

「どうだ? 完璧だろう?」

 

 如月龍神は自分の『今の姿』を見せびらかすように、その場でくるりと回ってみせた。

 見慣れたボサボサの黒髪は影も形もなく消失し、代わりに背中に広がっているのは、艶やかな黒のストレートロングヘアだ。発せられる声音も、いつもより数段高い。隊服はぴったりと身体にフィットした、那須隊共通のデザイン。ただし、全体のカラーが反転されて、基調が白から黒に変更されている。その隊服が強調する身体のラインと、元の存在の面影が残っていると言えなくもない顔立ちは、もはや『男』のものではない。

 目の前の存在の性別を100人に聞いたら、100人全員が『女』と答えるだろう。目の前の木崎レイジをどう思いますか?とボーダー100人に聞いたら、100人全員が『筋肉』と答えるくらいにそれは『女』だった。

 つまり、那須達の前に立つ如月龍神は、上から下まで完膚なきまでに女の子になっていたのである。

 恐る恐る、那須は目の前の馬鹿に対して聞いた。

 

「如月くん、まさかとは思うけど……これが、如月くんの言っていた『いい考え』なの?」

「ああ、そうだ」

 

 即答だった。

 

「志岐は男が苦手だ。最高級塩昆布や最高級天然水の力を持ってしても、こればかりはどうにもならない。ならば、導き出される結論はひとつ……志岐に変わって貰うのではなく、俺が変わればいい」

 

 相変わらず無駄な決めポーズを取りながら、もはや『彼』ではない『彼女』は宣言する。

 

 

「そう――俺自身が、女になることだ」

 

 

 わけがわからないよ、と言いたくなるのをぐっと堪えて固まる那須と熊谷。もはや脳が理解を放棄して頭がオーバーヒートしかけている茜。そんな3人を見やりながら、龍神は肩や足をぐりぐりと回して体の調子を確かめる。

 

「ふむ。この体も、ようやく馴染んできたな……」

 

 どこぞの時を止める吸血鬼のようなことを呟きながら、満足そうに頷く女装厨二病馬鹿。

 普段から馬鹿に付き合っているせいで、ある程度馬鹿の行動に対して耐性のある熊谷がようやく口を開いた。

 

「……そもそもどうしてそんな考えに至ったかも意味不明だけど……え? あんたそれどうしたの? どうやったの?」

「鬼怒田さんが一晩でやってくれた」

「あんたちょっと鬼怒田さんを便利に使いすぎじゃない!?」

 

 トリガーを使って換装される戦闘体……即ちトリオン体は、設定すれば使用者の外見をある程度変化させることができる。小南桐絵のように髪型をロングからショートに変えたり、香取葉子のように胸のボリュームを増量することだって可能である(真偽不明)。

 今の龍神の姿は、云わばその機能を高精度でフル活用した高度な応用。トリガー技術の完璧な無駄使いだった。

 どこぞの青いタヌキも真っ青の万能っぷりを発揮する鬼怒えもんは、「お願いだよー! 助けてよー!」と、いつものように泣きついていくる龍太くんの要望に応えてくれた。より正確に言えば、龍神の提案に悪ノリしたボーダー開発部一同が残業疲れから派生する謎のテンションで徹夜して仕上げた結果が、これなのだ。ちなみに、妙に凝った隊服のアレンジはレイガストなどを開発したチーフエンジニア(匿名希望)の仕業だったりする。

 ボーダー脅威の科学力に唖然となっていた那須や茜も、目の前の状況にようやく理解が追い付いてきたのか、遠慮がちに手を挙げる。

 

「えっと……体の動作とかは大丈夫なの?」

「そ、そうですよ! 明らかに体格とか変わっちゃってますけど、違和感はないんですか!?」

「そうだな。骨格や根本的な体つきが違いすぎて、動かしにくいことは動かしにくいぞ。そのあたりの調整は全部鬼怒田さんがやってくれたから、なんとかなっているが」

「だから鬼怒田さんに何させてるのよ!?」

 

 熊谷の鋭いツッコミが炸裂する。ぶっちゃけ、鬼怒田さんが四次元ポケットとか開発しても、もう驚かないレベルである。その内自力でタイムマシンを開発して、迅悠一の未来予知とかを改変できそうだ。

 

「いや、しかし流石だな、鬼怒田さんは。言いだしっぺの俺がこんなことを言うのも何だが、まさか1日で完成させてくれるとは思わなかった。本当に流石だな鬼怒田さんは」

 

 流石、鬼怒田さん。略して、さすきたである。

 

「か、顔はどうしたの?」

 

 震え声で那須が聞く。龍神は本来の顔立ちもそこそこに整っていたが、俗に言う『中性的』という分類にカテゴライズされる顔ではなかった。しかし本人が正体を申告しなければ別人と言っても通るほどに、今の龍神の顔は『強気な女の子』になっている。

 

「そこらへんはなんか雷蔵さんがな。ぱぱっとやってくれた」

 

 レイガストなどを開発したチーフエンジニア、寺島雷蔵(匿名希望)の優秀な技術とセンスは、こんなところでも遺憾なく発揮されていた。

 

「む……」

「無?」

「む……」

「夢?」

「む、胸はどうしたの?」

 

 顔を真っ赤にしながら、それでも勇気を振り絞って熊谷はその疑問をぶつけた。正直言って、彼女が一番気になるポイントはそこだった。龍神の胸で存在を主張している『ソレ』のサイズが、自分のものよりも大きい気がしたからだ。

 

(もしかして如月も大きいのが好きだったり……って何考えてんのよ! あたしのバカ! あたしもバカ! バカッバカ!)

「ああ。そのあたりはどうでも良かったから、雷蔵さんに丸投げした」

 

 レイガストなどを開発したチーフエンジニア、寺島雷蔵(匿名希望)の優秀な技術とセンスは、こんなところでも遺憾なく発揮されていた。

 ドン引きする那須や熊谷を尻目に、龍神は長い黒髪を揺らしながら自分の胸に手を伸ばす。

 

「まあ、こんなに盛らなくてもよかったとは思うが……雷蔵さんの趣味なんだろう。多分」

 

 特に根拠のある風評被害が寺島雷蔵を襲う!

 

「え……ほんとにそれ……その、再現されてるっていうかなんていうか……」

「ん? これか? これは取れるぞ」

「と……?」

 

 首を傾げる熊谷の前で、龍神は自分の隊服の中に腕を突っ込み、あろうことかその膨らみの原因を取り出してみせた。

 

 

「と……うぇえええええええええ!?」

 

 

 まさかの着脱式である。

 乙女にあるまじき叫び声を上げた熊谷は、龍神の手の中にある丸いボールのような物体を凝視する。黄色くて丸い。手頃なサイズよりもやや大きいクッションのようにも見えた。

 

「な、なにそれ……?」

「開発部の方で試作しているトリオン製のクッション材らしくてな。雷蔵さんがそれっぽい形に仕上げてくれた」

「へ……へぇ。だから取れるんだ……」

「すごいだろう。開発部のみなさんの技術力には、いつも本当に驚かされる」

 

 そんなことを言いながら、龍神はクッション材をまたいそいそと胸に詰め込んだ。萎んでいた胸部が、再び膨らむ。巨乳需要にも貧乳需要にも対応できる。まさにパーフェクトオールラウンダーである。

 龍神が胸の形を整えている絵面は異常にシュールだったが、熊谷はなんとなく安堵してほっと息を吐いた。

 

「なんていうか……ほんとに女の身体になっていたわけじゃないのね……ちょっとほっとしたわ」

「ふっ……冗談を言うな、くま。常識的に考えて、男が本当に女の身体になったらまずいだろう。倫理的にも、色々と問題があるだろうしな」

「いや、その格好で常識とか倫理とか言われても、まったく説得力がないんだけど……」

「下半身もちゃんと『男』のままだぞ。確認するか?」

「セクハラで叩き出すわよ?」

「冗談だ」

 

 ちょっと真面目に常識や倫理観を説いたと思ったら、これである。いや、女装しながら常識や倫理観を説かれても、反応に困るだけなのだが。

 龍神は熊谷から向けられる非難の視線など全く気にせず、きょろきょろと周囲を見回した。

 

「で、肝心の志岐はどこにいる?」

「いや、小夜子は今日はいないわよ。防衛任務とランク戦の時以外はほとんど外に出てこないの、あんたも知ってるでしょ?」

「そういえばそうだったな……なら、俺が直接出向くしかないか」

「…………へ?」

 

 クールビューティーな加古望の動作を真似たのだろうか。黒の長髪をかき上げて、女装男はニヤリと笑う。

 

「この姿は、志岐の為に用意したものだ。志岐がここに来ないというのなら、俺自ら出向くしかあるまい?」

 

 全速前進だ!と言わんばかりの勢いで作戦室を出て行こうとする龍神。熊谷はそんな馬鹿を慌てて引き止めた。

 

「待って待って待って! その格好で行く気? 馬鹿でしょ? アホでしょ!?」

「いや……だってほら。さっきも言ったが、いつもの身体とちょっと感覚が違うからな。志岐に会うまでに慣れておかないと」

「慣れなくていいわよ! むしろ慣れたら困る!」

「……くまちゃん」

「ほら、怜も止めるの手伝って!」

「如月くんの考え……一理あるかもしれない」

「は!?」

 

 熊谷は耳を疑った。

 うちの隊長は何を言っているのだろうか? この馬鹿に影響されて、とうとう頭がおたんこ那須になってしまったのだろうか?

 

「男性恐怖症は、小夜ちゃんにとってもいつかは克服しなきゃいけない問題だもの。だったら思い切って、これくらいの起爆剤を投与した方がいいのかも……」

 

 どう考えても、思い切りが良すぎる。熊谷はぶんぶんと頭を振った。

 

「いやいやいや! これは刺激強すぎでしょ! ショックが大きすぎるでしょ!?」

「刺激が強すぎる……? そうか! 貧乳にすればいいのか!」

「違ぁう!」

 

 元から頭がおたんこなすな馬鹿の頭を、熊谷はハイキックで蹴り倒した。

 

「ぐぼぁ!?」

 

 恵まれたリーチから繰り出された一撃を受け、龍神が床に倒れ伏す。トリオン体なのに何故かピクピクしている彼女に、茜が慌てて駆け寄った。

 

「き、如月先輩!? 大丈夫ですか!?」

「ふっ……この程度の攻撃、当たったところでどうということはない。あと、日浦よ。今日に限っては俺のことを『龍子先輩』と呼んでくれ」

「た、たつこ……?」

「だからなんでアンタはさっきから微妙にノリノリなのよ!?」

「はぐぁ!?」

 

 立ち上がりかけていた龍神の腹に熊谷の追撃ローキックが炸裂し、偽りの女体が吹き飛ぶ。しかしようやくその女体(偽)に慣れてきた厨二は、衝撃の勢いを逆に利用して、作戦室の扉の前まで体を転がした。見事な身のこなしである。

 

「くま……残念だが、止めても無駄だ。悪いが、俺は行くぞ! 志岐が俺のことを待っている!」

「いや、絶対待ってないわよ! あんたがちょっと待ちなさい!」

「いいや、待たない!」

 

 見た目はふざけた女装でも、中身は立派なトリオン体。生身では、龍神を取り押さえることはできない。

 もはや、トリガーを使うしかない。最悪、緊急脱出させてやる!と、熊谷がポケットに手を突っ込んだその時。

 

「どうも~」

 

 龍神が開閉ボタンに触れる前に、那須隊作戦室の扉が開いた。

 

「すいませーん。那須先輩いますか……って、こちらはどちら様っすか?」

「さ、佐鳥くん?」

 

 嵐山隊狙撃手、佐鳥賢は目の前の少女(偽)と熊谷を見比べながら、彼にしては珍しい困惑の表情を浮かべた。

 

「どうしたの?」

「あ、実は前に那須先輩の特集を組んだテレビ局から、またインタビューの話が来ていて……まあ、それはとりあえず置いておきましょう!」

「え」

 

 明らかに大事そうな本題を放り投げ、佐鳥は自分の目前にいる龍神をまじまじと見詰めた。

 

「熊谷先輩、俺の目の前にいる黒髪美人さんは何者ですか!? もしかして新人さんっすか?」

「え、あ、いや……この人はその……」

 

 答えに詰まり、熊谷は視線を泳がせた。

 これは何て答えればいいのだろうか。普通に「それ、女装した如月龍神だよ」って言っちゃっていいのだろうか。それはそれで、佐鳥が那須隊に対して、あらぬ勘違いをしそうな気がする。

 

「那須隊に入隊希望の子ですか? あれ? でもこの前如月先輩が加入したから、人数的に新メンバーは無理だし……」

「あ、あはは……うーん、そう! そうなのよ! その子はB級に上がったばかりの新人で……」

「あ、やっぱり新人ちゃんだったんすね!」

 

 納得したように、佐鳥は大きく頷いた。そして顎に手を当てながら、目の前の女子を観察し始める。

 

「いや~、如月先輩じゃなくて、この子をメンバーに加えた方がよかったんじゃないすか? すごいかわいいですし!」

「で、でもほら……如月はもうウチのチームの一員だから……」

「如月先輩なんかポイッとリリースしちゃえばいいんですよ! 那須隊はガールズチームに戻るべきっす! 長年、ボーダー広報を担当してきたオレの勘がそう言ってます!」

「…………」

 

 何故かすごい真顔になっている龍神は、何も言わない。

 いやだからあんたの目の前の女の子が如月なの!と、熊谷は叫びたくなった。しかし、彼女はそれをぐっと堪えた。堪えてしまった。恥も外聞も構わずに女装する馬鹿とは違い、熊谷には世間体を気にする常識が備わっていたからだ。

 結果として。その一瞬の躊躇が、クオリティの高い女装をして調子に乗ってる馬鹿に、付け入る隙を与えてしまった。

 

「……あっ! もしかして嵐山隊の佐鳥先輩ですか!? わー、すごーい! 生ではじめて観る~」

「ッ!?」

 

 いきなりノリノリで喋り始めた龍神に、熊谷は目を剥いた。

 妙にギャルっぽいハイテンションな口調。いたずらっぽい軽い笑顔。付き合いの長い熊谷には分かる。この馬鹿(女装)は、明らかに『何かやらかす』つもりである、と。

 

「はいはい! 嵐山隊の誇るスーパーツイン狙撃手! 佐鳥賢とはオレのことですよ!」

 

 緊張と動揺で固まった熊谷とは逆に、佐鳥は元気良く手を挙げながら『かわいい新人隊員』に答えた。

 この世全てのありとあらゆる女子を平等に愛する博愛主義の塊のような男、それが佐鳥賢である。はじめて見かける女の子に親しげに話しかけられて、答えないわけがない。

 

「すごーい! 私、まさかお会いできるなんて思っていませんでした~! 感動です!」

「おっ! なになに!? もしかしてもしかすると、オレのファンだったりしちゃったりしゃう!?」

「そうなんですよ~。私、ボーダーに入る前から嵐山隊のファンで……」

 

 佐鳥賢はこの世全ての女子を平等に愛する男である。彼の懐は宇佐美栞のメガネ愛よりも深く、彼の守備範囲はハゲかかっている鬼怒田さんの頭頂部よりも広い。つまりどんな雑なアプローチだったとしても、その存在が『女子』である限り、佐鳥賢の鼻の下はコンマ数秒で伸びるのだ。

 

「あの……佐鳥先輩」

「ん? なにな……うわ、ちょ!?」

 

 さらに付け加えれば、如月龍神という男は芝居掛かった口調や仕草が妙に上手かった。外見が女子になったこの状況でも、その無駄な演技力は遺憾なく発揮される。

 まず細い腕がさりげなく佐鳥の胸に触れて、そのまま彼の体を外に押し出した。作戦室の外に出た佐鳥は、為されるがまま、押し込まれる勢いのままに、廊下の壁に背中をつける。端的に言ってしまえば、逆壁ドン。初対面の男女としては、明らかにパーソナルスペースを割った状態だった。

 

「え、ちょ、マジ!?」

 

 積極的なアプローチを受けて、青少年佐鳥賢の心臓が一気に熱いビートを刻み始める。

 馬鹿な男がかっこつけても、それはただの厨二病だ。しかし見目麗しい美少女が可愛らしく振る舞えば、それは相手の心を射止める必中の矢となる。

 

「…………佐鳥先輩」

 

 ゾクリと。一瞬で全身に鳥肌が立つほどの甘い声が、耳元で響く。

 

「は、ハイ!」

「私は実は……佐鳥先輩のことが……」

「さ、さささ、佐鳥先輩のことが!?」

 

 同性から見ても魅力的に思えるであろうサラサラの前髪は、僅かに彼女の視線を隠している。けれど、その間から覗く潤んだ瞳は、間違いなく自分を上目遣いに見上げていて。

 佐鳥賢16歳は、その瞬間に己の勝利を確信した。

 

 

 ――遂に、遂にオレに、モテ期が……

 

 

 そして、胸の内で佐鳥がそんな確信を抱いた瞬間。その瞬間、そのタイミングを完璧に狙いすまして。

 彼女の唇から、言葉は紡がれた。

 

 

 

「もうほんとに三枚目で、なんかウケるな~って!」

 

 

 ピシリ、と。

 佐鳥の満面の笑顔に亀裂が入る音を、熊谷は確かに聞いた。

 例えるなら、正確無比で冷酷なスナイプ。まさにハートショット。違う意味で、彼の心臓は完膚なきまでに撃ち抜かれた。

 

「なんていうか、佐鳥先輩って完全に嵐山隊のギャグ担当ですよね!」

「ギャ、ギャグ……」

 

 顔をひきつらせる佐鳥に、龍神は爽やかな笑顔を浮かべながらたたみかける。

 

「嵐山さんは超イケメンですし、綾辻さんと木虎……さんは美人ですし、時枝さんは落ち着いた雰囲気が魅力的ですけど……」

 

 たたみかける。

 

「佐鳥先輩は本当に根っからのコメディリリーフっていうか、美男美女揃いの俳優の中に芸人が1人混じっている感じっていうか」

 

 たたみかける。

 

「そもそも、自称必殺技の『ツイン狙撃』でしたっけ? アレ、名前からしてダサいですよね? ネーミングに何の捻りもないじゃないですか。はっきり言ってセンスがありません。あんなネーミングで必殺技を名乗るなんて、烏滸がましいにもほどがあります」

 

 たたみかける!

 

「ダ、ダサい……オレの必殺ツイン狙撃が……ダサい?」

「ええ、クソダサです」

 

 ふらふらと体を揺らし、もはや吐血でもしそうな様子の佐鳥。どうやら彼的には、ツイン狙撃を「ダサい」呼ばわりされたのが最も響いているらしい。

 あ、一番気にするのそこなんだ……と、熊谷は思った。

 

「だって『ツイン狙撃(スナイプ)』とか、ほんとにそのまんまじゃないですか。例えば『ツヴァイ・リヒトシュトラール』みたいな、カッコいい名前は付けられないんですか? あ、そっか。佐鳥先輩は元々かっこよくないから無理ですよね! ごめんなさい!」

「うわぁああああああぁああああ!?」

「ちょっと佐鳥くん!?」

 

 泣きながら走り去っていく背中は、止める間もなく。哀しい叫びだけがドップラー効果を伴って響き渡り、そして消えていった。

 よく分からない沈黙が、その場を包み込む。

 

「…………なあ、くま」

「なによ?」

 

 振り返った如月龍神は、熊谷友子が知る限り最上の笑顔を浮かべて、溌剌と言い切った。

 

「この身体、使えるな!」

「…………」

 

 無言でトリガーをオンした熊谷は文句なしに美少女なその顔面へ、全力の拳を叩き込んだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 数時間後。

 

「と、いうわけで一応コイツはコイツなりの考えがあって女装したらしいんだけど……どう? 小夜子。いけそう?」

「すいません。これはこれで、なんか生理的に無理です」

「なん……だと?」

 

 やはりダメだった。

 




女装癖のある主人公が、仲良くなったエンジニア(寺島雷蔵)に頼んでトリオン体を女の子にして貰い、C級時代にハンドガンで無双。B級に上がると根付さんに「キミ、カワァイイね!」みたいな感じでスカウトされて茶野隊に入隊。全員二丁拳銃銃手という何か拗らせたチーム構成で頑張ろうとするも、彼はチームメイトの秘密を知ってしまう。そう。茶野真が実は女の子だという事実を……(茶野くんは初期設定で男装女子。葦原先生はこの事実を揉み消した) 女装男子と男装女子。2人とオマケの藤沢樹が出会う時、彼らは見開きでランバネインに撃ち抜かれる!みたいな感じの勘違いモノを思いつきました。誰か書いてください(ぶん投げ)

こんな作者ですが、今年もよろしくお願いします。
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