厨二なボーダー隊員   作:龍流

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サブタイトル、バレンタイン・パニック 前編。

今回の登場人物

『如月龍神』
那須隊所属の攻撃手。前回女装した結果変な趣味に目覚めたりはしなかったが、邪な目的で開発室に連れて行かれることは増えた。男達の変な欲望を満たすための計画は、今日も正義の組織ボーダーの中枢で続けられている。

『寺島雷蔵』
ボーダーに5人いるチーフエンジニアの1人。かつては攻撃手の中でも屈指の弧月使いだったが、射撃トリガーの流行にムカついてエンジニアに転向。体重を増やすことと引き換えに、レイガストを開発した。しかし、村上と雪丸くらいにしか使われていない。今回、少しテンションがおかしい。

『冬島慎次』
A級2位冬島隊隊長、特殊工作兵(トラッパー)。さびしい学生時代を過ごしたせいで、女子高生にめっぽう弱い。当然あまりモテない。今回、かなりテンションがおかしい。

『那須玲』
那須隊隊長。今回は登場しない。

『熊谷友子』
那須隊攻撃手。今回は登場しない。

『日浦茜』
那須隊狙撃手。今回は登場しない。

『志岐小夜子』
那須隊オペレーター。今回は登場しない。




もしも厨二が那須隊に入ったら その参

「すいません……こんなところまで、来て貰っちゃって」

「いや、いいんだ」

 

 A級2位冬島隊隊長、冬島慎次29歳は、つとめて冷静な声でそう答えた。

 

「それで、今日はどうしてこんな場所に?」

「……もう。わかってるくせに」

 

 冬島の目の前に立つ少女は、首に巻いたマフラーを少し上げて赤く火照った頬を隠す。

 冬島と彼女が今いる場所は、校舎裏。そう、校舎裏だ。あの、校舎裏である。今日という日が持つ意味を考えれば、彼女が何をしようとしているのか、簡単に想像はつく。

 つまり……

 

「冬島センパイ……これ、受け取ってください!」

 

 手渡されたのは、赤いリボンでラッピングされた小さな包み。彼女の手のひらに収まるようなサイズのそれは、小さいけれど心を込めて飾り付けられたのが伝わってくる。

 

「これって……えっと、その」

「もう。センパイはほんとに鈍感ですね」

 

 焦りと緊張から、目をそらして頭をかく冬島。そんな彼に、彼女は背伸びをしながら顔を近づけて、

 

「センパイ。わたし、センパイのことが……」

 

 

 

 

 

「うおぉおおおおおおおおおおおお!?」

『カァーット!』

 

 冬島の絶叫を合図に、その虚構の空間は終わりを告げた。

 ピッ、という電子音声と共に2人の周囲の風景は切り替わり、無機質で何もないボーダー本部の訓練室に様変わりする。

 

「ヤっバい! ヤッバいなこれ!? マジヤバない!? ヤバいやろ!」

「口調がおかしくなっているぞ、冬島さん」

 

 しゃがみ込んで床をバシバシしている冬島に対し、つい先ほどまで顔を赤らめていた少女は汚物か何かを見るような口調で冷たく言い捨てた。

 

「どうでしたか、冬島さん?」

 

 訓練室の扉が開き、標準よりやや太ましい男――今のシチュエーションをプロデュースした張本人――が入室してくる。

 

「すごいな! これすごいな雷蔵! まさかトリオン体と仮想戦闘ルームに、こんな画期的な使い道があるなんてな!」

「でしょう? モノは使い用……要するに重要なのは、発想の転換ですよ」

 

 やたらドヤ顔で腕を組む彼は、寺島雷蔵21歳。ボーダーのチーフエンジニアである。こんなんでも、チーフエンジニアである。

 

「ああ……校舎裏でかわいい女の子からチョコレートを渡してもらって、告白される……ありがとう、雷蔵。俺、夢が叶ったよ!」

「ご満足頂けたようでなによりです。しかし、これはまだ計画の第一段階に過ぎません」

「なに……? この素晴らしいプロジェクトには、まだ続きがあるのか!?」

「ええ。冬島さんに体験してもらったのは、いわばこの計画の『正』の側面。俺が実行に移そうとしているのは、この計画の『負』の側面を最大限に活かした、大いなる野望……さっきも言ったでしょう? 重要なのは、発想の転換だと」

 

 バッ!バッ!バッ!という感じに。効果音とパースが効きそうな角度で腕を掲げながら、寺島雷蔵は声高らかに宣言する。

 

「我々開発部が開発した『女装トリオン体』! そして、如月くんの無駄に高い演技力! これらを組み合わせ、バレンタインデーで浮かれている男共に最高のシチュエーションでチョコレートをプレゼント! しかし最後には中身が男であることを告げ……完膚なきまでに叩き落とす!」

 

 結果、彼らにもたらされるのは……最悪の絶望。

 

「これは我々モテない男達のバレンタインデーへの反逆! その名も、『リベンジ・バレンタインデー』計画です!」

「す、素晴らしい!」

「なあ、俺帰ってもいいかな?」

 

 今日は、2月14日。

 日本中の男達が、天国と地獄の狭間をさ迷う、運命の1日。

 バレンタインデーである。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「じゃあ、俺はブースで模擬戦してくるので」

「待ってくれ如月ぃ!」

「如月くん! きみに! きみにいなくなられたら、この計画が!」

 

 艶やかな黒髪を揺らすセーラー服姿の少女に、20歳を越えた男2人がすがりつく。少女……もとい、本来の性別は立派な男である如月龍神は、かなり補正がかかっている可愛らしい顔をこれ以上ないほど歪めた。

 

「大体、どうして俺がこんな計画に協力しなければいけないんだ? 雷蔵さんと開発部のみなさんには前回ワガママをきいてもらった借りがあるから、今回は仕方なく協力したが……」

 

 少し前の話である。龍神は男性恐怖症のオペレーター、志岐小夜子との距離を縮めるために「俺自身が女の子になることだ」をリアルに実践。開発部の変態……もとい有志の協力を得て、見た目だけは完璧な女の子になることに成功した。その際、ただでさえ激務続きの開発部の面々に、さらに徹夜という無理をさせてしまった為、龍神は彼らに「何か俺にできるお礼はないだろうか?」と聞いたのだ。

 そして、彼らが龍神にお願いした『お礼』が『これ』である。即ち、『女装トリオン体』と仮想戦闘ルームの機能を無駄にフル活用した疑似告白体験。

 ボーダー開発部には馬鹿しかいないのだろうか、と龍神は最近心配になってきている。

 

「しかも、こんな細かい台本まで用意して……覚えてくるのが大変だったぞ、これ」

「そこにはおれ達の夢が詰まっているからね」

 

 『女装トリオン体』を解除して元の性別に見た目を戻しつつ、龍神が懐から取り出したのは、寺島雷蔵と開発部の有志が己の妄想力を全力で注ぎ込んだ『告白シチュエーション集』だ。校舎裏、部活帰り、人のいない教室など場所に関するものから、ツンデレ、クーデレ、ボクっ娘等々、設定されたパターンは10種類以上。台詞や仕草、表情に至るまで事細かに演技内容が記されている。ぶっちゃけ、これを読んだ龍神はちょっと引いた。

 

「でも、如月くんはこの台本を完璧にマスターしてくれたじゃないか!? つまり、きみにもあるんじゃないのか? バレンタインデーに対する、反逆の意志が!」

「いや? そもそも俺は今朝、那須隊作戦室でチョコを貰ったからな」

 

 言いつつ、さらに龍神が懐から取り出したのは3つの箱。どこからどう見ても、バレンタインデーのチョコレートだった。

 那須隊。所属隊員が全員女子高生であり(とある馬鹿が入るまでは)ガールズチーム(だった)という、色々な意味で男子羨望の的の部隊である。

 そんな彼女達から贈られた、チョコ。

 それらはモテない成人男性2人に対して、少々刺激が強すぎた。

 

 

「「ぐわぁあああああああああ!?」」

 

 

 絶叫しながら、トリオン体の身体能力を活かして存分に床をのたうち回る雷蔵と冬島。

 

「目がッ……目が!? それはおれ達にはまぶしいッ……まぶし過ぎる……」

 

「はやくそれを仕舞え如月!」

「ん、失礼」

 

 勝者の余裕でチョコレートをポケットに戻した龍神は、地面に這いつくばる弱者達を上から見下ろす。

 

「じゃあ、俺はもう行くからな。正直、付き合ってられん。さっきのやつも、冬島さんに告白するあたりで気持ち悪くて吐きそうだったし」

「おいちょっと待てどういう意味だそれは?」

「言葉通りの意味だが?」

 

 ガクッ、と。這いつくばる冬島慎次(29歳)は後輩(17歳)の容赦ない言葉で心が折れかけていたが……寺島雷蔵(21歳)の瞳には、諦めの二文字はなかった。

 彼の瞳には、なんとしてでもこの計画を完遂させてやる、という鉄の意志と鋼の強さが宿っていた。

 そして事実。雷蔵には秘策があった。

 

「……分かった。如月くん、こちらからも報酬を用意しよう」

「報酬、だと?」

 

 雷蔵の言葉に足を止めた龍神は、しかしその提案を鼻で笑った。

 

「なんだ? 言っておくが、俺は何を出されても人の心を弄ぶようなこんな計画に、力を貸す気はないぞ」

 

 邪な誘惑になんて、絶対に負けない!と、強い抵抗の意志を示す龍神。

 

「4月に開かれる、開発部の新入社員歓迎会。そこできみには、鬼怒田さんの隣の席を用意しよう」

「よし、誰からいこうか?」

 

 即オチだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

『いいかい? 最初に狙うのはあくまでも、モテてなさそうな……チョコを貰えていなさそうな隊員だ』

 

 再び性別をトランスフォームさせた龍神は、那須や小南が通う『星輪女学院』の制服、すなわちセーラー服姿でボーダー本部の廊下を歩いていた。左手に提げている紙袋には、雷蔵が用意した『女の子が心を込めてラッピングしたっぽいけど中身はただの安いチョコレート』が大量に入っている。

 雷蔵と冬島、そして開発部の有志達は様々な理由を付けて強引に貸し切りにしたオペレータールーム(予備)にて、龍神をサポート。トリオン体の視角共有と一部の監視カメラで状況を逐一モニタリングしながら、通信機で指示を出すという完璧な態勢だ。

 

「どうしてモテそうな隊員は狙わないんだ?」

『馬鹿だな如月~。モテてる隊員はチョコなんて貰い慣れてるから、普通にそつなく対応されて終わりに決まってるだろ?』

『そう。おれ達が見たいのは、チョコレートを貰ってあたふたする浮わついた反応……』

『そして、モテ期が来たと錯覚したそいつらが、お前の正体を知って一気に叩き落とされる、絶望の表情だ!』

「あんたら最低だな」

 

 それにしても、と龍神は廊下を見回した。周囲にはちらほらとC級隊員の姿はあるが、龍神や雷蔵達が見知っている隊員――正隊員達の姿は見えない。適当に歩いていればちょうどいいターゲットが見つかると思っていたが、どうやらそう上手くはいかないらしい。龍神は小声で呟いた。

 

「これは、直接作戦室に乗り込んで渡しに行った方が早いかもしれんな」

『いざやるとなったらノリノリだね如月くん』

「どうだろう? とりあえず嵐山隊の作戦室に行って、佐鳥あたりから攻めてみるというのは」

『前から思ってたんだけど、お前なんか佐鳥に恨みでもあんの?』

 

 とはいえやはり、あてもなく歩き回っても仕方がない。オペレータールームの雷蔵と冬島は、集まった有志達と相談を始めた。内容が龍神にも聞こえるように、スピーカーを入れた状態である。

 

『やっぱ本部長いきましょうよ、本部長。沢村さんの目の前でこう、あからさまに手渡して……』

『バカ野郎! お前そんなことしたら、如月くんが沢村さんに殺されちゃうだろ!』

 

 確かに、そんなことをしたら血のバレンタインになりそうだ。龍神はまだ死にたくない。

 

『最初は堤くんでいこうぜ! なんかほら、女慣れしてなさそうで素朴な感じだしさ!』

『堤くんは加古ちゃんにお呼ばれして作戦室に行くって言っていたぞ。なんか、バレンタイン炒飯がなんとかって、死んだ目で呟いてたな……』

『うわぁ……うらやましくない』

 

 今日は加古隊作戦室には絶対に近づかないようにしようと、龍神は誓った。龍神はまだ死にたくない。

 

『よし、ここは友チョコ作戦でいこう。那須隊いこうぜ、那須隊! 女の子同士でチョコを贈り合う、初々しい反応を……』

『黙れ百合厨』

『ていうか、主旨ずれてね?』

 

 馬鹿ばっかである。

 

『しずまれ、諸君! ここは平等にくじ引きで決めよう』

 

 この計画のリーダー兼発案者兼実行委員長である雷蔵が、意見をまとめるために動いた。通信機越しに聞こえてくるのは、ガシャガシャと箱を振る音だ。

 

『このボックスには、全部隊の名前が記されたカードが入っている! 今から1枚引くから、如月くんはそのチームの作戦室に突撃だ!』

「如月、了解」

 

 そして、雷蔵が引いたカードは……

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なんでアタシ達はバレンタインデーに任務で本部待機なわけ? 不公平」

 

 香取隊隊長、香取葉子は大型ふわふわのソファー(通称、人をだめにするソファー)に体を預けながら、スマホをいじっていた。

 

「まあまあ葉子ちゃん、仕方ないよ」

「こっちだってせっかくのバレンタインだ。好きで任務になんか入らねぇよ。シフトでそうなってるんだから、仕方ないだろうが」

 

 葉子のぼやきに、チームメイトの三浦雄太は優しく穏やかに、若村麓郎はきつく刺々しく答える。

 主に麓郎の方の答えが気に入らなかったので、葉子は彼に絡みにいくことにした。

 

「なに麓郎? アンタ、バレンタイン楽しみだったの? ふーん、アンタみたいなメガネでも女子からチョコ貰えるんだ? ちょっと意外だわ」

「ヨーコてめぇ……人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ! あとメガネ関係ないだろ!」

「ま、まあまあろっくん! 落ち着いて!」

 

 椅子から立ち上がりかけた麓郎を、雄太が得意技の「まあまあ」で押し止める。

 

「ヨーコちゃん、ろっくんは結構モテるんだよ? 去年は隣のクラスの女子からも貰ってたし」

「ふーん、雄太は?」

「ぼ、ぼくはあんまりかな……」

「ああ、やっぱり」

「う……」

 

 葉子は基本的に口が悪い。そんなことは、このチームに所属していれば嫌でも分かるし慣れる。しかし、今日という日が特別だったこともあってか、雄太はあからさまに落ち込んだ。

 

「ヨーコてめぇ……言い方ってものを考えろよ! 他にも何かこう……言い様はあるだろうが!」

「ごめんろっくん……その追撃は辛い」

 

 麓郎はフォローが下手くそである。

 

「大体、お前も女子なんだから、オレ達にチョコのひとつやふたつ、用意してくれてもいいだろうがよ」

「はぁ? なんでアタシがアンタ達のためにチョコ用意しなきゃいけないのよ、メンドクサイ」

 

 ごろり、と寝返りをうって姿勢をうつ伏せに変えながら、葉子は大きな欠伸をひとつ。

 

「そもそも、バレンタインにチョコとか、家族以外じゃ華にしかあげたことないし」

「「え?」」

「……なによ?」

「お前、華さんにはチョコあげてたのか?」

「華、ヨーコちゃんからチョコ貰ってたの?」

 

 意外な事実に、食い付く男2人。ここでようやく、黙々とキーボードを打っていた香取隊オペレーター、染井華が会話に加わった。

 

「ええ。葉子は毎年、私にチョコをくれるわ」

「ウソだろ……?」

「ヨーコちゃんが?」

「ちょっと!? その反応はどういう意味よ!?」

「じゃあ今年も!?」

「うん。今朝もらった」

 

 いつも通りの無表情のまま。けれど少しだけ嬉しそうに、華は手袋を嵌めた手で手作りらしきチョコレートを取り出した。

 

「ほんとだ!」

「ありえねぇ……」

「アンタらアタシをなんだと思ってんの!?」

 

 むがー!と、葉子が投げつけたクッションは麓郎に直撃。彼のメガネをふっとばす大ダメージを与えた。

 

「ぐほっ……くっ……しかもこれ、手作りじゃねぇか。どうせ作るんだったら、ちょっと材料増やしてオレ達の分も作ってくれよ」

「なに? アンタ、アタシからチョコ欲しいの?」

「その言い方はクソムカつくから、この瞬間に欲しくなくなりそうだが……まあ、基本的に女子からチョコ貰って嬉しくない男なんていないだろ。なあ雄太?」

「そ、そうだねろっくん! オレもそう思う!」

 

 珍しく麓郎ナイスフォロー、に見えかけて、特に何も考えずにこんな台詞を吐いているあたり、麓郎がそこそこモテる理由である。彼には雄太の恋をフォローするようなフォロー力はない。所詮、ろっくんにはこれが限界なのだ。

 

「へぇ……そうなんだ」

 

 チームメイト2人から「ヨーコちゃんのチョコが欲しい!」アピールされた葉子は、満更でもない様子でニヤリと笑って、

 

「ま、欲しがってもあげる気はないけど」

 

 あっさり言い切った。

 

「ああ、そうだよな……やっぱりお前はそんなヤツだよ……」

 

 麓郎ががっくしと肩を落とす。雄太に至っては膝から崩れ落ちていた。

 

「アンタらは精々がんばって、学校の女子から貰いなさいよ。あとは、自分を慕ってくれる後輩隊員とか?」

「あん? そんな後輩いるわけ……」

 

 ピンポーン、と。

 まさにそのタイミングを見計らったかのように、訪問者を告げるインターホンが鳴った。

 

「……誰?」

「さあ? 本部長とか沢村さんじゃないか? 何か業務連絡とか」

「ヤバッ……もしかしてこの前の報告書、華にやってもらったのがバレてお説教!?」

「ヨーコ……お前また、華さんに事務仕事をやらせて……」

「だって苦手なんだもん! 仕方ないじゃん!」

「とりあえず、開けるよ?」

 

 何事にも率先して動く雄太が、訪問者を迎え入れる為にドアを開ける。

 

「えと……失礼します」

 

 そこに立っていたのは、セーラー服を着た1人の少女。背中まで届く黒髪が特徴的な、普通の女の子だった。

 ……否。『普通の』という言葉を頭に付けるには、彼女は少々可愛らしすぎた。少なくとも、対面で向かい合う雄太が緊張で顔を赤くするくらいには。

 

「な、何か用かな? ここは香取隊の作戦室だけど……もしかして間違えた?」

「その制服、星倫だな。もしかして新入隊員か?」

「は、はい。わたし、ボーダーに入ったばかりなんですけど……」

 

 伏し目がちに視線をそらしながら、煮えきらない様子で彼女は言葉を紡ぐ。

 瞬間、葉子はなんとなく思った。

 

(コイツ、なんかウザい)

 

 なんだろうか。理由は分からないが、何故かその態度が鼻につく。葉子の直感が「アタシ、コイツキライ」と、全力で警報を鳴らす。ついでに、ちょっとデレデレしてる男2人も癪に障る。

 自分でも理解できないイライラが沸き上がってきた葉子は、ソファーから立ち上がった。あたふたしている雄太や麓郎を押し退けて、ぐいと前に出る。

 

「悪いけど、ウチ今待機中だから。用ないんだったら出ていってくれる?」

「おいヨーコ!」

「ヨーコちゃん、それはさすがに……」

 

 慌てた2人は葉子と少女に交互に視線を移し、結局少女の方に向き直る。

 

「ご、ごめんね! ヨーコちゃん、悪気はないんだ」

「道に迷ってんのか? もしよかったら、行きたい場所まで案内するけど」

「麓郎くん、それはダメ。今、私達は待機中よ。作戦室を離れるのは隊務規定に反する」

「う……すんません、華さん」

 

 ぴしゃりと飛んできた華の指摘に、麓郎は肩を小さくする。するとその女子は、何か慌てたように両手を振って、

 

「す、すいません! みなさんの任務を邪魔するつもりはなかったんです! ただわたし、若村さんと三浦さんに受け取って貰いたいものがあって……その、えっと……」

 

 もじもじしながら、少女は後ろに回していた手を前に出して、

 

「これッ……受け取ってください!」

 

 リボンで飾り付けられた2つの包みを、麓郎と雄太に押しつけた。

 

「え……?」

「これ……オレ達に、か?」

「は、はいッ……えっと……ご迷惑、でしたか?」

 

 困惑して顔を見合わせる麓郎と雄太は、心なしか顔が赤くなっているように見える。そんな彼らを、上目遣いで見上げる少女。明らかに『自分が可愛く見える角度』を計算してやっているその仕草は、葉子のイライラを一気に引き上げた。

 

 ――なんか、ムカつく。ホントにムカつく。

 

「迷惑だなんて、そんなことないよ! ありがとう!」

「ああ、有り難く受け取るぜ。ほら見ろヨーコ。オレ達もチョコもらったぞ?」

 

 どうだ見たかと言わんばかりにチョコを見せびらかしてくる麓郎。それを完全に無視して、葉子は2人の奥で微笑んでいる少女を睨みつける。

 すると。

 彼女の唇が、あからさまに弧を描いた。

 

「ッ……」

 

 ――コ、イ、ツ!?

 

 葉子は即座に踵を返し、作戦室の奥にストックしてあるお菓子袋を引っ付かんで取り出した。

 

「お、おいヨーコ?」

「ヨ、ヨーコちゃん?」

 

 ポテチ、せんべい、アメ。違う、そうじゃない。スナック菓子や駄菓子の袋をそこらへポイポイと放り出して、葉子は探していたものをようやく袋の奥に見つけた。

 それを2人分……というか『2粒』取り出して、雄太と麓郎に向かって思いっ切りぶん投げる。

 

「うわっ!?」

「ごふっ!?」

 

 腐っても攻撃手の雄太はそれをなんとか片手でキャッチ。しかし銃撃手の麓郎はメガネのセンターにそれが直撃し、トレードマークが顔の中央からまたずり落ちた。

 

「おまっ……いきなり何投げてんだ!?」

「ろ、ろっくん! これ……」

「あん?」

 

 メガネを元の位置に戻しながら、麓郎は下を見る。床に転がっているのは、コンビニでいつでも買えるような……

 

「って……これチロルチョコじゃねぇか!?」

「……バレンタイン。アタシから。ホワイトデーに3倍で返して」

 

 一方的にそう宣言して、葉子はそっぽを向く。

 

「はあ!? お前……こんなもん1個でバレンタインのチョコって言い張るつもりかよ!? そもそもこれ、お前がまとめて買いだめしてたヤツだろうが!」

「はぁあ? なに贅沢言ってんの? アタシからチョコもらえたらうれしいんでしょ!? 文句言ってないで、感謝しなさいよ!」

「うん! ありがとうヨーコちゃん! めちゃくちゃ嬉しいよ!」

「おい雄太!?」

「ふんっ……」

 

 たった1粒のチョコ。されど、チョコはチョコである。雄太は小さなチロルチョコをニコニコしながら見詰めていた。それはもう、本当に嬉しそうに。

 ぐっ……と、麓郎は息を詰まらせた。好きな人からチョコを貰えれば、誰だって嬉しい。しかし麓郎がチョコを貰いたいのは葉子ではなく、チームメイトのもう1人の女子の方だ。

 伺うようにちらりと視線を向けると、いつもクールな彼女はどこか呆れたように溜め息を吐いた。

 

「……本当は、任務のあとに渡そうと思っていたのに」

「……え?」

 

 デスクの引き出しを開けて、華が取り出したのは2つのチョコレート。葉子が彼女に渡したものとはまた違う意味で、几帳面に綺麗にラッピングされていた。オペレーター席から立ち上がった華は、まだチロルチョコに浮かれている雄太と呆気に取られている麓郎の手に、それを乗せた。

 

「葉子みたいに手作りじゃないけど、包んだのは私だから……雄太、麓郎くん。いつもありがとう」

「わあ……華からも貰えるなんて、嬉しいよ!」

「あ、あ……ありがとうございます!」

 

 雄太は普通に華に感謝し、今度は麓郎が分かりやすく顔を真っ赤にして喜ぶ。一気にテンションが上がった男子2人を呆れた目で見詰めていた葉子は、そういえば、と振り返った。

 

「……あのネコ被り女、どこに行ったの?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ふっ……俺は香取をからかえて楽しかったし、若村と三浦はチョコを貰えて喜んでいたし、なんだかんだと丸く収まったな。よかったよかった」

 

『よくないだろうがぁあああああああああ!』

 

 龍神の耳元で、甘酸っぱい高校生活を過ごすことができなかった男子代表(今は30手前)、冬島慎次の絶叫が轟き響く。すごくうるさい。

 

『なんでわざわざ現役高校生どもの! 背中が痒くなるような! あんなやりとりを見せつけられなきゃいけないんだよぉおおお!』

『なんかあれだよね……香取隊ってなんかさ……なんかこう、見てるこっちがむずむずするよね』

「おもしろいだろう?」

『おもしろくない! 俺はこれっぽちもおもしろくないんだよ!』

 

 本当に、冬島がすごくうるさい。龍神は長くなっている黒髪を揺らし、ため息を吐いた。

 

「冬島さん。そもそも冬島隊にも、真木がいるだろう? 真木だって現役女子高生だぞ? 真木からチョコを貰えばいいじゃないか」

『如月お前……理佐ちゃんはなんかこう、JKってカテゴリじゃないだろ? 理佐ちゃんはなんかもう、理佐ちゃんっていう独立したカテゴリだろ?』

「本人に聞かれたら殺されそうだな」

 

 冬島隊の中で最年少のオペレーター、真木理佐は実は冬島隊結成の立役者だ。当時中学生だった彼女は、当時ふらふらしていた現No.1狙撃手、当真勇のケツを「働け」と叩きまくり、ついでに当時はエンジニアだった冬島も特殊工作兵として引っ張り込み、たった2名で構成されるA級2位部隊を作り上げた。

 だから冬島と当真は真木理佐に頭が上がらないし、真木理佐がきびしいので作戦室をいつもキレイにしているし、みんなでゲームをするのは真木理佐が留守の時だし、真木理佐の書斎に冬島と当真が立ち入ることは絶対に許されない。

 要するに、真木理佐はこわい。真木理佐というよりもマキリッサという感じである。プラズマフィールドとか余裕で形成できそうなレベルなのだ。

 

『えぇい、それはともかく! いいか如月! 次は、次こそはうまくやれよ! いい感じにあざとい演技で男心を弄んで、いじり倒して、俺のささくれた心を満足させるんだ!』

「失敬だな。まるでさっきの俺の演技……パターンNo.9のB、『ちょっと気が弱い後輩キャラ』がいまいちだったみたいな言い方じゃないか」

『演技はいいんだよ! さっきは場所が悪かったんだよ! いいか? 次は最初に会った正隊員に仕掛けろ! いいな!』

「またそんないい加減なことを……嵐山さんや烏丸に遭遇してそつなく爽やかに受け流されても、俺は責任取らないからな? 全力の演技で媚びを売りに行くからな? 失敗しても文句を言うなよ!?」

『前から思ってたんだけど、如月くんのそのプロ意識はなんなの?』

 

 と。

 そんなやりとりをしていた龍神は完全に前方不注意な状態で、曲がり角から出てくる人影に気づくことができなかった。

 

「うっ……キャッ!?」

 

 飛び出しかけた男っぽい驚き声を慌てて飲み込み、女子っぽい悲鳴をあげる。一応、反射的に派手にこけてみせたが、ぶつかった時の衝撃はわりと小さかった。

 

「すまない。大丈夫か?」

「い、いえ……こちらこそすいません。わたしの不注意で……」

「いや、俺の方も気付くのが遅れた」

 

 差し伸べられた手を取る。標準よりもやや小さな手のひら、小柄そうな声の主を龍神は見上げ……そして、絶句した。

 

「見ない顔だな?」

 

 小さい。標準よりも、明らかに小さい身長だ。しかし、その中身がハイスペックであることを、龍神はよく知っている。

 

 

『…………うわぁ、風間かよ』

 

 

 彼の同級生である雷蔵の、なんとも言えない呟きが耳に響いた。

 




後編に続きます

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