18巻発売確定に「これで生駒さんを戦わせても単行本派のネタバレにならないぜ!」と、小躍りして喜びつつ、番外編を更新していくスタイル。次回更新は本編だから許してください。
今回の登場人物
『三上歌歩』
風間隊オペレーター。隊長と同じく身長152センチという小ささながら、かなりの高性能。小さな体に面倒見の良さまで完備し、小南や国近をはじめとするボーダー女子を日頃からメロメロにしている。実は好物は見かけによらず、とんこつラーメン。『味自慢ラーメン三門店』にて、おかわりの替え玉をしているところを厨二に目撃され、非常に恥ずかしい思いをした。かわいい。
『加賀美倫』
荒船隊オペレーター。龍神と一緒に粘土で何か作ろう、ということになり、何故かUFOを制作した。2人でかなりのクオリティに満足していたところ、その作品を見た穂刈が「ヤバい、そのUFO」と呟きながら昏倒。しばらく倒置法で喋らなくなるという謎の現象が発生した。UFOはヤバそうなので封印した。かわいい。
『仁礼光』
影浦隊オペレーター。こたつの主、力こそパワー型軍師、など数々の異名を持つ。仲間に「なるべく粘って死ね!」とか言っちゃうあたり、一見粗野に見えるが、隊のメンバーで鍋をした際は具材の配置を気にせずにぶちこんだのでやはり粗野である。結果、地味に料理にうるさい影浦がキレた。カワイイ。
『月見蓮』
三輪隊オペレーター。加古望と並ぶ、ボーダーに咲く可憐な一輪の花。才能があるダメ男を育てることに定評があり、太刀川を育てきった現在は三輪を育成している。ダンガーは育てきってもアレなので、幼馴染みとして正直困っている。とある厨二に対してもダメ男センサーが強烈に反応したが、三輪との同時育成が不可能だったために諦めた。ふつくしい。
『細井真織』
生駒隊オペレーター。すごく綺麗な名前なのに、隊のメンバーからは人類最強の配管工と同じアダ名で呼ばれる悲劇のオペレーター。しかし、本人は特に気にしていない。だが、龍神から赤い帽子とオーバーオールを渡された際はキレた。カワイイ。
『沢村響子』
本部長補佐。現役時代のポジションは、恋する突撃攻撃手。現在のポジションは、わたし今年こそ本部長にチョコ渡すんだ……系オペレーター。今年は太刀川がレポートを自力で完成させる位の確率でチョコを渡せると目されている。かわいい?
その他、野郎等大勢。
どうしてこんなことになったのか?
如月龍神はふと、至極真っ当な疑問を抱いた。
2月14日、バレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る日。そんな日に、なぜか龍神は――
「はやく食え。冷めるぞ」
「あっ、はい」
――風間蒼也と向かい合って、カツカレーを食っていた。
何故このような事態に陥っているのか、簡単に説明しよう。
完全な不意打ちでの接触。予想外の人物の登場。そんな状況でも龍神は冬島の指示にしっかり従った。まずは『気が弱い新人隊員』を装い、マニュアルパターンB3『憧れの先輩隊員に偶然出会って嬉し恥ずかしい後輩女子』の演技を開始。どうでもいいが、開発部はやけに後輩系女子を求めている気がする。年齢のせいだろうか? 年齢のせいに違いない。
とにかく、龍神は突発的な事態に完璧に対応し、実に自然な演技で風間にチョコレートを手渡した。その演技の完成度たるや、状況をモニターしていた寺島雷蔵が、
『ぐははははは! いいぞ如月くん! 風間が顔を赤くして照れる姿なんて、いくら金を積んでも見れないスペシャルレアシーンだ! こいつは録画して高画質保存して、木崎や諏訪と飲む時の酒の肴にするしかないな!』
と、変なテンションに早口が重なって気持ち悪さが限界突破な状態になったくらいである。
だが、しかし。風間蒼也は常にクールで冷静で、サイズはミニマムでありながらナイスガイだった。龍神が渡したチョコレートを受け取ると、風間はなぜか腕時計を確認して、
「……時間はあるか?」
「え? あ、はい!」
「なら、ついて来い。これも何かの縁だ。飯を奢ってやる」
そのまま歩き出してしまったのだ。
『なっ……』
『初対面の後輩女子を……』
『チョコレートを渡してきた女子を……』
『そのまま食事に誘う、だと!?』
イケメンな行動だった。その様子をモニターしていた男達には逆立ちしても出来ないであろう、実にイケメンな行動だった。
『くそっ……やはりチビでもイケメンはイケメンか!』
通信機越しに雷蔵が吐き捨てる。これ、録音しておけばあとで色々強請れそうだな、と龍神は思った。
『いや……まずい。この流れはまずいぞ!』
『どういうことですか冬島さん!?』
『このまま風間が如月を口説く展開になったらどうする? そしてもしも、そのままいい雰囲気で夜を迎えてしまったら!?』
『はっ!?』
『大変だ……チョコレートだけじゃなく、如月くんまで食べられてしまう!?』
『いや、でも女装トリオン体はあくまでも女装だから下は生えてるし……』
『いかん! それはそれで一部のお姉さま達が喜ぶ展開に!?』
「…………」
「どうした? 顔色が優れないようだが?」
「いえ、大丈夫です」
イヤホンを通して大音量で下ネタを聞かされる身にもなって欲しい。とりあえず戻ったら全員一発ずつぶん殴ろう、と龍神は固く決意した。
だが幸いなことに、冬島達の心配は杞憂だった。
風間が龍神を連れて行った場所は、龍神もよく知っているボーダーの食堂であり、風間が奢ってくれたのは彼の好物のカツカレーだったのだ。
まさかチョコレートを渡したらそのままカツカレーを奢って貰えるなんて、完全に想定外である。カレーとチョコレート……ルウの状態なら板チョコと似ているかもしれないが、特に関連性は見出だせない。多分、風間がカツカレーを食べたかっただけだろう。
「うまいか?」
「あ、はい!」
「そうか」
「……」
龍神は思う。
――リアクションしづれぇ。
元々、風間は愛想が良いタイプではない。すでに龍神のことなど眼中にない様子で、大好物のカツカレーを攻略しに掛かっている。ならば、演技をするだけ無駄というもの。さっさと完食してお礼を言い、離脱するに限る。
龍神は女子らしい仕草や気遣いを放棄して、ひさびさに食べるカツカレーをかきこみはじめた。
――――――――――――――――――――
黙々とカツカレーを食べる、風間と龍神。彼と彼女――正確に言えば『彼ら』――を偶然発見し、そのままこっそり観察していたのは、奇しくも風間隊のオペレーターだった。
「風間さんが、かわいい女の子とカツカレー食べてる……」
三上歌歩は困惑していた。元々小柄な体をさらに小さく縮めて身を隠しながら、非常に困惑していた。
三上にとって風間蒼也は尊敬できる隊長で、しっかりした大人で、ちゃらちゃらした付き合いを好まない実直で真面目な人物である。
そんな彼が、バレンタインデーに女の子と2人でカツカレーを食っている。女の子とご飯を食べるのにカツカレーというチョイスもどうかと思うが、とりあえずそれはどうでもいい。そもそも風間は隊の打ち上げでファミレスに行った時も、1人でカツカレーをかっ食らうほどのカツカレー好きである。三上や歌川が空気を読んでフライドポテトやピザなど、全員で摘まめるものを注文する中で一切の躊躇なくカツカレーを注文するほどのカツカレー好きである。風間がカツカレーを食べている光景は、風間隊メンバーにとってはもはや見慣れたものだ。空気を吸って吐いてるのを見るのと同じくらい見慣れたものだ。だから、バレンタインデーにカツカレーを食っているという点に関しては、どうでもいい。正直言って、風間がバレンタインデーに1人でカツカレーを食べていたとしても、三上は何も気にしなかった。
やはり問題は。
風間がバレンタインデーに女の子と2人で、食事をしているということだ。
(風間さんの彼女……なのかな?)
よくよく目を凝らしてみれば、スプーンを握る風間の手の横にはリボンでラッピングされた包みが置いてあるのが分かる。風間自身はカツカレーを食べることに集中して目もくれていないが、十中八九、彼女が風間に渡したチョコレートだろう。
(ここからだとあんまり顔がよく見えないけど、かわいらしい子だし……)
しかも女子にしては、結構な勢いでカツカレーを食べてるし。
なんかお似合いだな、と思うのは、ある意味当然のことで。三上は自然に、胸の前に抱えた紙袋をぎゅっと抱き締めていた。その中には、昨日がんばって作ったチョコレートが入っている。
でも、今渡しに行くのはいくらなんでもタイミングが悪すぎる。また今度、日を改めてでも、べつに構わない。三上は2人から視線をそらし、立ち上がろうとして、
「なにしてんの?」
「わっ!?」
不意打ちで突然かけられた声に、あわててのけ反った。
「き、菊地原くん?」
背後に怪訝な顔で立っていたのは、風間と同じチームメイトだった。
「こんなところでコソコソして、端から見てるとなんかバカみたいだよ」
菊地原士郎の毒舌は相変わらず容赦がない。しかし、それはもう慣れっこになったもの。特に気にならないし、菊地原が本当はどういう人間なのか、三上は分かっているつもりである。
どうやら彼は、食堂の自販機の影でコソコソしていた三上を見咎めて、声を掛けに来たらしい。
「……あれ、風間さん?」
1年以上の付き合いになる自分達の隊長を身間違えるはずがない。しかし、菊地原が呟いた言葉は疑問系。少なからず、彼も混乱しているようだった。自分と同じような反応を見て、三上は少しほっとする。
「菊地原くん、どう思う?」
「どう思うって……風間さん、ああいうのがタイプなんだ。意外」
「……やっぱりそういうことなのかな?」
「それしか考えられないでしょ。むしろ、それ以外になんかあるの?」
「そうだよね……ねぇ、菊地原くん。ここから、風間さんとあの子が何を話してるか聞こえる?」
「盗み聞き? ずいぶん趣味が悪いね」
「そ、そういうつもりじゃないけど……でも」
「気になる?」
「…………」
こくん、と。三上は頷いた。
盗み聞きはよくない。そんなことは分かっている。分かってはいるのだ。けれど、気になるものは気になる。自分達が尊敬する隊長に関することなので、それは尚更だった。
たっぷり5秒間。菊地原は沈黙を保つ。
そして、
「……はぁ。こういうことに使うのは、今回だけだから」
ポケットの中からヘアゴムを取り出して、長い髪を後ろで括った。
サイドエフェクト『強化聴覚』。菊地原の耳を持ってすれば、喧騒に包まれた食堂の中でも盗み聞きは容易い。風間隊の特徴である隠密戦術、その中核を担うサイドエフェクトが今、盗み聞きに効力を発揮する――
「……なんか、黙々と食べてるんだけど」
「え?」
――発揮しなかった。
「ほんとに何も聞こえてこないの?」
「スプーンと皿が触れ合う音しか聞こえてこない」
「ほんとに何も喋っていないの?」
「だからスプーンと皿が触れ合う音と、コップをテーブルに置く音しか聞こえてこない」
「…………」
三上はますます混乱した。
本当に一体、あの2人はどういう関係なのだろう?
風間は普段から寡黙だが、いくらなんでも恋人との食事中にずっと黙っているということはあるまい。いやむしろ、口数の少ない風間に合わせて、彼女も言葉を紡がずに黙々とカツカレーを食しているのか。だとしたら、彼女はかなり風間蒼也という人間を理解している……
「あ、食べ終わった」
「え?」
菊地原の言葉に視線を戻すと、口元をナプキンで拭った少女がちょうど立ち上がるところだった。彼女は風間に軽く会釈すると、そのまま自分の分の食器を持って、すたすたと食堂を出て行く。
同じように立ち上がった風間も食器を持ち、彼女とは別の方向……というか、こちらに向かって歩いてきた。
「お前達はそんなところで何をしているんだ?」
「か、風間さん……」
「なんだ。やっぱり気づいていたんですね」
慌てふためく三上とは対照的に、菊地原は唇を尖らせておもしろくなさそうに呟いた。
「視線を感じたからな。諏訪あたりに見られていたらめんどくさいことになると思っていたが……まあ、お前達ならいいだろう」
「その口振り、やっぱり彼女さんとかではないんですね」
「まったく、そんな目で見ていたのか……」
どこか呆れた様子で、ため息を吐く風間。
渡すなら今かな……と。三上は気まずさを振り切って、袋の中に手を突っ込んだ。そして取り出した包みを、風間に手渡す。
「あの、風間さん! これ私からも……もしよかったら」
「ほう」
他の女の子からチョコを貰っていたのに、余計なお世話かもしれない、とか。自分からみればおいしくできたとは思うけど、風間の口には合わないかもしれない、とか。そんな考えで頭がいっぱいになる。風間の反応を見るのがこわくて、目線を下に向けてしまう。
「うまいな」
「えっ?」
だが、気がつけば。
風間はラッピングを破り取り、むしゃむしゃとチョコレートを頬張っていた。恐るべき早業である。
「これは三上が作ったのか?」
「え? あ、はい!」
「いい味だ。甘さがちょうどいい」
「あ、ありがとうございます」
風間は続けて2個目3個目を口に入れて、さらに素知らぬ顔で立っている自分の部下にチョコを突き出した。
「菊地原、お前も食え」
「えー? 今べつに食べたくないんですけど」
「隊長命令だ」
「職権濫用だ……」
ぶつくさ文句を言いながら、菊地原もチョコレートをつまむ。すると、普段から分かりにくい表情が少しだけ綻んだ。
「ん、思っていたよりもおいしいですね」
「だろう?」
素直じゃない誉め言葉。けれど三上は、にっこりと微笑んで紙袋を掲げた。
「菊地原くんの分もちゃんとべつにあるからね。もちろん、歌川くんの分も」
「……どうも。じゃあ、風間さんからもう1個もらって、あとで自分の分も貰うから」
「何を言っている。お試しは1個だけだ。もうやらんぞ」
「え?」
良くも悪くも、真面目な人間が集まった部隊だ。こういうやりとりをすることはたまにしかなかったが、三上はその『たまに』が好きだった。
「ところで、風間さん。余計なお世話かもしれないんですけど……」
「なんだ?」
「えっと、あの子から貰ったチョコは食べなくてもいいんですか?」
「これか? 見掛けは取り繕ってあるが、中身は安物だからな」
「え?」
予想外の返事に、三上は目を丸くする。取り繕う、安物。風間は貰ったものに対して、そんな配慮のない言葉を使う人ではないはずなのに。
戸惑う三上に対して、風間は意味ありげなため息をもう一度吐いて、
「まあいい。ここで会えたのはちょうどよかった。お前達を呼び出す手間が省けたからな」
「何かあったんですか?」
「ああ、緊急任務だ。歌川を呼び出せ。馬鹿どもを捕縛しに行くぞ」
◇◆◇◆
「ふぅ……うまかったな」
『お前カツカレー食ってただけじゃねーか』
カツカレーを食べ終えた龍神は、引き続き不毛極まりないミッションを継続するべく、膨れたお腹をさすりながら廊下を歩いていた。
『くそっ……風間のせいで余計な時間を浪費してしまった』
『それにしても、女の子を食事に誘ってカツカレーを食べただけなんて、アイツは一体何を考えているんだ!?』
「とりあえず、あんた達みたいにバカなことは考えてないと思うぞ」
言いつつ、各部隊の作戦室があるエリアに向かう。次の冬島の指示は簡潔かつ明確だった。
『もうめんどくさい! 片っ端から行け!』
完全にヤケになっている気がするが、それはそれ。雑過ぎる命令にも龍神はしっかりと従い、加古隊を除く作戦室を次々と訪問していった。
しかし……雷蔵や冬島の目論見は、ここでも打ち砕かれることになる。
まず最初に向かったのは、荒船隊。
「どう!? 今年のチョコレートは自信作なんだけど!?」
「……独創的だな、形が」
「つーか、デカイな」
「ていうかこんなデカイの、作るのダルくなかったんすか?」
「ううん、楽しかったよ? チョコ盛って形作るのおもしかったし!」
「……食い切れるのか、3人で?」
「鋼やカゲ……あと、如月にも声かけてみるか」
「ダルいっすけど、崩さないように切り分けてみますね」
「えっ!? せっかく作ったのに崩しちゃうの?」
「どうしろと!?」
次に、影浦隊。
「おー、集まったな我がチームの寂しい男どもよ! 今日はアタシがモテないお前らのために、チョコレートを用意してやったぜ! 泣いて喜べ!」
「いや光……これチョコレートっていうか、チョコフォンデュじゃん。ふつう、バレンタインのチョコって固形でしょ」
「お前はそーいう細かいこと気にしてるからモテないんだぞユズル! ほらゾエ! どんどん具材ぶちこめ。チョコもかき混ぜろよ!」
「これ結局、働いてるのゾエさんじゃない?」
「ゾエさん、おれマシュマロね」
「アタシはバナナな! おい、カゲ! おまえなにしてんだよ~? はやく食え!」
「うるっせぇ! 今電話中だ! ……あ? いや、こっちの話だ。ウチも今、あめぇもん食ってるからな。わざわざオマエのところにチョコ食いに行く気はねぇよ。あん? 見た目がすごい? 知るかボケ!」
三輪隊。
「はいみんな、わたしからチョコレートね」
「ありがとうございます、蓮さん! 嬉しいです! ホワイトデーにちゃんとお返ししますね!」
「ふふっ、ありがとう。でも章平くんは、わたしなんかよりも貰いたい人がいるでしょう?」
「な、ななな、なんのことでしょうか!?」
「そういえば、宇佐美ちゃんが本部に来ているってさっき聞いたような……」
「すいません、蓮さん。急用を思い出したのでちょっと出かけてきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
「……すまない、蓮さん。俺の分が見当たらないんだが……」
「奈良坂くんのは別に用意してあるわ。はい、いつものたけのこ」
「……たけのこ」
「陽介くんは個人ランク戦に行っているからいいとして……三輪くんはどうしたの?」
「あ、三輪先輩は気分が悪いと言って帰りました。どうしたんでしょうね? なぜか加古さんに声をかけられてから、急に顔を青くして……」
「……ああ、そういう」
「……たけのこ」
生駒隊。
「ピーチョコってあるやん?」
「ピーナッツチョコですか?」
「せやせや。アレウマイけど、食ったら歯の間とかに詰まるやろ」
「詰まるっすね」
「だから結局は、ふつーの板チョコとかに原点回帰する気がしてな? 食べやすいし、ふつーにうまいし。まあ、チョコにもいろいろ種類はあるんやけど」
「そもそもイコさん、チョコの味のちがいとか分かるん?」
「あー、イコさんチョコは全部甘い甘い言うからな~」
「いやいやいや。それはバカにしすぎやろ。俺も高級なチョコと安物のチョコのちがいくらい分かるわ」
「じゃあここにあるマリオちゃんの愛たっぷりのチョコと、前に海が買うてきた安売りのクソみたいなチョコ。目ぇつぶって食べて、当ててくださいよ」
「よーし、マリオちゃんよーく見とけよ? マリオちゃんの愛を俺がばっちり見極めたるからな!」
「ええからはやく食えやボケ!」
司令室。
「し、忍田本部長!」
「どうした沢村くん。何かあったか?」
「えっと……あの、そのですね……あー、あ……今日はいい天気だな、と思って!」
「そうだな。今日はバレンタインだし、街に出ているカップルも多そうだ」
「そ、そうですよね! カップル多そうですよね! えっと、その、それで……」
「ああ、バレンタインといえば、嵐山隊宛てのチョコレートの量が去年より増えたんですよ」
「ッ!?」
「それはすごいな、根付さん。また何か広報イベントを?」
「いえいえ、私は何も。彼らが持つ元々の人気の賜物ですよ。とはいえ、こういった贈り物は市民からの人気……特に女性からの人気の指標になりますからねぇ。メディアが取り上げてくれることも多いですし、今後はもっと積極的にアピールしていこうかと思いまして。今年はもう無理ですが、来年はボーダーで公式にバレンタインイベントなどを企画してみてもおもしろそうです」
「しかしそれだと、嵐山達にはまた負担を強いてしまうな。他の部隊にも、もう少し広報の仕事を回せれば楽になるのだろうが……どうした沢村くん?」
「………………なんでもないです」
道中、今年もチョコを渡せそうにないとある女性の様子に涙を飲んだりもしたが……様々な作戦室を訪れ、外から盗み聞きをした龍神は、結局誰にもチョコレートを渡さずに撤収することを決断した。
結論。
「わりとみんなチョコレート貰ってるな」
『ちくしょおおおぉぉおおおおお!』
冬島の絶叫がマジでうるさいので、龍神は通信機のボリュームを二段階くらい下げた。
『なんで!? どうして!? あいつらは当たり前のようにチョコもらってんだよ!?』
「まあそもそも、基本的に各チームには女子が1人、必ずいるからな」
ボーダーのチームオペレーターは情報処理能力の関係上、基本的に女子が勤める。喧嘩や仲違いが一切ないと言うのは流石に嘘になるが、少なくともオペレーターと隊員が常にいがみ合っているようなチームは存在しない。任務の際には協力し合う仲間なのだから、それは当然のことだ。
日頃の感謝の気持ちを込めて。たとえ義理チョコだとしても、ほとんどのオペレーターは自分の部隊の隊員達にチョコレートを贈っているというわけである。影浦隊のあれがバレンタインチョコに分類されるのかは、とりあえず置いておく。
「まあ、元々無理がある計画だったということだ。おとなしく諦めて、このチョコは全員で食べて消費しよう」
『い、いやだ! 何が悲しくて自分達で用意した安物のチョコをバレンタインに食べなくちゃいけないんだ!』
「しかし、食べ物を粗末にしてはいけないだろう?」
『ふざけるな! 作戦はぞ――』
「……ん?」
ブチン、と。
なんだかめんどくさそうな冬島の作戦続行命令が聞こえてくる前に、通信が唐突に途切れた。下げたボリュームを上げてみても、聞こえてくるのは雑音だけである。龍神は立ち止まって首を傾げた。
「故障、か……?」
思わずそう呟いたが、トリオン製の機器が故障することなど滅多にない。例えば激しい戦闘で衝撃を受けたり、機器そのものが破損した場合なら話は別だが、今日の龍神はカツカレーくらいしか食べていない。故障の原因に心当たりはなかった。
一度、オペレータールームに戻るべきか。それとも、このまま知らぬ顔で帰ってしまうか……悩んでいると、
「あ、如月いた!」
廊下の奥から、見知った顔が走ってきた。
「くま? どうしたこんなところで」
「どうしたもこうしたもないわよ。朝、作戦室に来てから姿が見えなくて探してたんだけど」
「それはすまなかったな」
「……ていうか」
那須隊の中で最も付き合いが長い1人、熊谷友子は龍神の姿を爪先から頭の上まで眺めると、深い深いため息を吐いた。
「あたしはとりあえず、どうしてあんたがまたその格好になってるか聞きたいんだけど……」
「ふっ……前回よりもグレードアップしているだろう?」
「なんで得意気なのよ」
ツッコミという名の切り返しを鋭く返しつつ、熊谷は龍神に向かってラッピングされた袋を突き出した。
「ん!」
「ん?」
「だからぁ……バレンタイン! 一応あたしからも。玲と茜、小夜子も渡してるのに、あたしだけ渡さないわけにもいかないでしょ」
軽く顔を背けながら、熊谷は言葉を紡ぐ。
「あんた、今年はすでに3個も貰ってるわけだから、もういらないかもしれないけど……一応ね。まあ、あたしなんかよりも、普通に女の子っぽい玲や茜からもらった方が嬉しいだろうし? 余計なお世話かもしれないけど」
「そんなことないぞ」
つらつらと並べ立てられる言葉を、龍神は途中で遮った。さっきとは逆に、今度は龍神が黙り込んだ熊谷の姿を爪先から頭の上まで不躾に眺める。あまり紳士的とは言えないその行動に、熊谷は若干引きながら一歩後退した。
「な、なに?」
動きやすさ重視のパンツに、上はボーダーのエンブレムが入った黒のジャージ。確かに、女の子らしい格好とは言えないかもしれない。というか、そもそも龍神は目の前のチームメイトを女子として意識したことはあまりない。龍神にとって熊谷は貴重な女子の修行仲間であり、今は信頼できる仲間だ。
しかし、それはそれとして。
「チョコを貰って余計なお世話とか、嬉しくないとか、そんなことはないだろう?」
――正直に言えば。
龍神は雷蔵や冬島に3個のチョコを見せびらかしていた時……心のどこかで「4個じゃなくて3個だけか」と、思っていた自分を否定できなかったりする。
「お返しがめんどくさいとかなんとか言って表面上は見栄を張っても、女子からチョコを貰えたら結局喜ぶのが男だぞ」
総じて、男とは馬鹿な生き物である。
「だから、俺はくまからチョコが貰えてすごく嬉しい。ありがとう」
「……どういたしまして」
「そうだ。とりあえずお返しに、このチョコを渡しておくか」
「なにそれ?」
「雷蔵さんが用意してくれた、見た目は本命っぽいけど実は全然高くない安物のチョコだ。どうせ余るだろうから、お前も1個どうだ?」
「深く追求する気はないけど、あんた本当に何してたの……?」
頬に朱が差した表情から一転。また呆れ顔に戻った熊谷は、その『見た目は本命っぽいけど実は全然高くない安物のチョコ』を呆れ顔のまま受け取った。が、数秒間だけ包装等を眺め回すと、熊谷はそのままチョコを龍神に突き返した。
「やっぱいらないわ」
「何故だ?」
「お返しはそんな安物じゃなくて、ホワイトデーに3倍だから」
「……了解」
合計4人分。色々な意味で、用意するのが大変そうだ。なにせ3倍らしいので、懐も厳しくなる。今後はチームで入る防衛任務だけでなく、個人シフトにも多めに入る必要があるだろう……と。頭の中でトリオン兵の出来高と給料を計算しつつ、
「個人戦やってく?」
「やっていこう」
龍神は熊谷と並んで歩き出した。
◇◆◇◆
A級3位風間隊はステルストリガー『カメレオン』の特性を活かした特殊隠密部隊である。部隊としての性質上、汚れ仕事やボーダー内部の特別な任務に関わることも多い。
そんなわけで彼らの本日の任務は、バレンタインで浮かれすぎた馬鹿どもの鎮圧だった。
「オペレータールームの私的使用。鬼怒田開発室長の許可を得ないトリオン体の無断改造と、それを利用した計画……馬鹿馬鹿しすぎて、城戸司令に報告をあげるか迷うくらいだな」
「くっ、殺せ……」
風間蒼也に組み伏せられた寺島雷蔵は、忌々しげに吐き捨てた。すでに冬島を含めた残りのメンバーは両手をあげ、完全に降伏の意思を示している。
「くそ……こんなことなら廊下にスイッチボックスでも設置しておけばよかった……」
「いやバカでしょ? 年いくつですか?」
「冬島さん。申し訳ないですけど、今回の件は真木先輩にも報告しますからね」
「待ってくれ歌川! それだけは! それだけは勘弁してくれ!」
「無理です」
「いやぁああああああ!」
とても三十路手前とは思えない冬島の反応を半眼で眺めていた菊地原は、視線をモニターへ移した。
「風間さん、あっちの厨二馬鹿は放置でいいんですか?」
「……そうだな」
菊地原にそう聞かれて、風間もモニターを見る。未だに龍神の視覚をトレースしている画面には、なにやら照れた様子の熊谷の顔が大写しになっていた。
目配せだけで歌川に指示を出し、モニターの電源を落とさせる。熊谷のプライバシーを守った風間は、部下達に向かってゆっくりと答えた。
「……事情を聞くにしても、とりあえず当事者はここにいる。如月を呼び出すのは後日でも構わないだろう」
「そうですね」
「えー、なんか甘くないですか?」
「甘くもなるさ」
馬鹿騒ぎの元凶である同級生を引っ立てながら、風間は言った。
「今日はバレンタインだからな」