厨二なボーダー隊員   作:龍流

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【意味】
速い風、荒れ狂う波。時代、物事などが激しく凄まじく変化すること。俗に言う『シュトゥルム・ウント・ドラング』。 


疾風怒涛

 B級ランク戦ROUND1、夜の部。観戦ブースには昼の部に勝るとも劣らない隊員達が訪れ、フルシートとはいかないまでも座席の8割方が埋まっていた。

 実況席に座るのは、サイドテールが印象的なオペレーター。その隣を固めるのは、これまた特徴的なリーゼントと、ショートヘアに赤い隊服の少女である。

 

「お前ら待たせたな! B級ランク戦ROUND1、夜の部! 実況解説は影浦隊の仁礼と!」

「……あ、嵐山隊の木虎と……」

「冬島隊の当真でお届けするぜ」

 

 なんとも軽いノリでスタートする実況解説。

 事前に打ち合わせした通りになんとか自己紹介のタイミングを合わせつつ、木虎藍はややひきつった笑みで固い表情を誤魔化した。そして、こっそりと心の中で思う。

 

(正直苦手だわ……この2人)

 

 ちゃらんぽらんでいい加減な当真は言わずもがな。事あるごとに姉貴風を吹かせてくる仁礼は決して悪い先輩ではないのだが、所属する隊の雰囲気の差か、どうもコミュニケーションの取り方が女子にしてはワイルド過ぎていまいち馴染めない。

 

「影浦隊ってB級2位の部隊だっけ?」

「そうそう。たしか隊長が暴力事件起こしてA級から降格された……」

「ああ、だからオペレーターもあんな感じなのか」

 

「オイコラそこぉ! 聞こえてっぞ!」

 

「ひぃ!?」

 

 こんな感じである。

 実況用のマイクで怒鳴りつけたせいで、仁礼の怒気を孕んだ声が会場中に響き渡る。正隊員は笑って流しているが、当然、びくっと肩を震わせるC級が多数。

 木虎はまたこっそりため息を吐き、仁礼のわき腹をつついた。

 

「仁礼先輩。ああいう輩には好きに言わせておけばいいんです。気にする必要はありませんよ」

「ん? おお、木虎ちゃんは優しいなぁ……大丈夫大丈夫、べつにそんな気にしてるわけじゃないから。ありがとなっ!」

「……いえ」

 

 にへっと、無邪気に笑いかけてくる仁礼から、木虎は思わず顔を背けた。こういう妙に素直なところも、この先輩に苦手意識がある理由かもしれない。

 

「よーし。時間もあんまないからさっさと進めていくぜ! 今回の対戦は16位の吉里隊、17位の間宮隊、18位の海老名隊、んでもってビリっけつの如月隊だ。当真さんはどう思う?」

「今期は一気に2チーム入ってきたせいで、下位グループが四つ巴になってるからなぁ。人数が増えた分、大量得点を狙えっけど、乱戦のリスクはデカイ。そのあたりは、狙撃手のオレよりも前衛でエース張ってる木虎に聞いた方がいいんじゃねーの?」

「私に振るんですね……まあたしかに、意識を割く敵の数が増えるわけですから、攻撃手や万能手は注意が必要だと思います」

 

 4チームが入り交じる乱戦はうまく立ち回れば相手の隙を突きやすいが、それは逆に言えば自分もやられやすくなるということだ。迂闊に仕掛ければ、他のチームから集中攻撃を受けてしまう。

 

「奇襲を狙って単独で動くのもアリですが、不意打ちでやられてしまったら元も子もありませんし……とりあえずは合流優先で動くのが無難でしょう」

「なるほど。ウチの隊長は不意打ち効かねーからな~。あんまりそういうの気にしたことないや」

 

 年下の解説に、仁礼は心底感心したように頷く。隊長の影浦が好き勝手に暴れるタイプのため、影浦隊の指揮は基本的に彼女が執っていると聞いたが……それでいいのだろうか?

 なんとも言えない目で仁礼を見る木虎の横で、当真が頭の後ろに腕を組む。

 

「ま、とりあえずこの試合の注目は如月隊だろ」

 

 現状、最下位にいるチームの名前が当勇の口から出たことに、会場が少しだけざわつく。仁礼は「おおっ!」と目を輝かせた。

 

「龍神のとこは今期デビューだもんな! 昼の部では玉狛第二が派手にやらかしたし、ちょっと楽しみにしてるのはアタシだけじゃないだろ! なぁ木虎ちゃん?」

「……そうですね。如月隊長の実力はそれなりに高いので、他のチームが真正面から当たるのは少々厳しいかもしれません」

 

 口に出すと認めているみたいになるので非常に癪だが、事実をねじ曲げて伝えるのは解説の役目に反する。木虎はぎこちない笑顔で言った。

 

「でも、ランク戦は個人の実力が高ければ勝てるような甘い世界ではありません。如月隊の他の3人はB級に上がったばかりのルーキーと聞きますし、そう簡単には……」

「いや、それは大丈夫だろ」

 

 木虎の発言を遮ったのは当真だ。

 

「あいつは言うこと成すことバカばっかだが、必要な準備を怠るようなヤツじゃねー。あの3人にも、何かしらきっちり『仕込んでる』に違いないぜ?」

 

 リーゼント頭のNo.1狙撃手は、木虎に見えていないものが見えているかのように、ニヤリと笑う。

 ……黒トリガー争奪戦の時は頭を撃ち抜かれたし、やっぱりこの先輩も苦手だ。

 

「よーし、じゃあそろそろ時間だな!」

 

 八重歯を覗かせて、仁礼が元気一杯に叫ぶ。

 

「全チーム、転送スタート! ステージは『市街地A』……おっ?」

 

 表示された中継画面を見て、サイドテールが左右に揺れる。仁礼が驚くのも無理はない。なんだか頭が痛くなってきて、木虎は額に手を当てた。

 今回、ステージ選択権を持っているのは最下位の如月隊である。なんともまあ、あの馬鹿な先輩らしいチョイスだった。

 

「いいねぇ……デビュー戦にぴったりなんじゃねーの?」

「……馬鹿なだけでしょう」

 

 人前で猫を被ることすら忘れて、木虎は素の口調で吐き捨てる。

 ステージ『市街地A』。

 時刻設定『深夜』。

 暗闇に包まれた街を、満月が静かに照らしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 B級16位吉里隊は、よく言えばバランスの取れた……悪く言えばこれといった特徴がない、B級の下位チームである。銃手の吉里に、攻撃手の月見、万能手の北添のバランス型編成で、近、中距離戦においては安定した戦いを展開できる。しかし、安定しているというのは言い方を変えれば、決定力に欠けているということ。このチームには絶対的な『エース』がおらず、個々の技量もA級やB級上位のマスタークラスには及ばない。

 だからこそ、彼らは早い段階で合流を終え、チームとして動く作戦を立てていた。たとえ四つ巴の乱戦になっても、お互いにカバーしあえば生存率は上がる。木虎が解説で述べた通りの『堅実な戦術』で吉里隊は動いていた。

 

「よし、全員そろったな」

「思ったよりあっさり合流できましたね」

 

 攻撃手、月見花緒がほっとした様子で言う。転送位置がよかったおかげで、吉里隊は開始1分ほどの早い段階で全員が合流できた。四つ巴の戦いで、このアドバンテージは大きい。

 

「他のチームはまだバラけてるみたいですね。数が合わないからバッグワーム使ってるヤツもいるみたいですけど」

 

 

 レーダーを見ながら呟くのは、万能手の北添秀高だ。

 

「よし……バラけているうちに、他のチームを取るぞ。狙うのは間宮隊か、如月隊の新人だ」

 

 間宮隊はメンバー全員が射手のコンセプトチーム。全員がタイミングを合わせて放つ『追尾弾嵐(ハウンドストーム)』は脅威だが、1人ずつ相手にすればそう厄介な敵ではない。如月隊の新人を狙う理由は言わずもがなである。

 

「朝霧、敵の位置は?」

『隊長達から見て、南に反応がありますね』

「わかった。まずは南に……ん?」

 

 向かうか、と言い終わる前に、吉里は言葉を止めた。自分の足下。元々暗かった地面に、さらに濃い影が差したように思えたからだ。

 

 咄嗟に、空を仰ぎ見る。

 

 頼りない月明かりだけが浮かぶ、漆黒の空。黒に塗り潰されたその空間に――輝く白い影が、陽炎の如く浮かび上がっていた。

 

『奇襲、直上!』

 

 耳元で響く、オペレーターの声。ランク的にはB級下位とはいえ、吉里隊の反応は素早かった。

 吉里は即座に銃口を上空へ向け、北添は『スコーピオン』を、月見は『弧月』をそれぞれ抜き放つ。

 だが襲撃者からしてみれば、その対応すら遅かった。

 濃紺のバッグワームをはためかせながら、彼は夜の闇と同色の『弧月』を抜刀する。

 

「このっ……」

「……旋空弍式」

 

 吉里と襲撃者の攻撃は、ほぼ同時だった。

 銃口から吹き出す『通常弾(アステロイド)』のマズルフラッシュが、闇に紛れる襲撃者を照らし出し、そして――

 

 

「『地縛』」

 

 

 ――胴体から切り離された吉里の首は、静かに地面へ落下した。

 頭部を失った体は銃を構え、引き金を引いたまま。しかし弾丸が不規則に撒き散らされたのは、ほんの数瞬だけ。伝達脳が消失したトリオン体に、亀裂がはしる。

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 無情に響く、無機質な機械音声。空中へ舞い上がる、一筋の光。下手人は着地と同時に不敵な笑みを溢し、宣言した。

 

「まずは、1人」

 

 挑発とも取れる言葉に、残された2人の闘志が沸騰する。

 

「よくも、隊長を!」

「舐めるなッ!」

 

 月見は横合いから。北添は背後から。襲撃者を挟み込み、同時にブレードを振りかぶった。タイミングを合わせた挟撃は、完全に彼の退路を断つ。

 だが、襲撃者は動かなかった。あるいは、そもそも動く気すらなかったのかもしれない。彼は、空いた右手で身に纏った濃紺の外套を掴み、引き剥がし、無造作に放った。

 

「なっ!?」

 

 脱ぎ捨てられたバッグワームが風を受けて広がり、月見の視界を塞ぐ。トリオン供給を絶たれ、物質化の維持を放棄された布地が、空中でほどけるように崩壊していく。

 遅れる反応。止まる思考。それらが、月見にとっては致命的な――襲撃者にとっては決定的な一瞬を生みだした。

 

「がっ……あ?」

 

 月見の体に痛みはない。しかし、絞り出すような呻き声が漏れた。

 襲撃者の右手から細く鋭く伸びたのは、一振りの『スコーピオン』。レイピアを連想させる刃の先端は、当然のように人体の急所である心臓を――トリオン供給器官を一撃で、正確に貫いていた。

 

「ぐっ……あ」

 

 さらに同時に、トリオンの煙が勢いよく噴き出す。月見が受けた傷から、ではない。彼女を刺したのとは、逆の腕。襲撃者の左手の弧月が、北添の右肩をやはり一撃で切り落としていた。

 月見と北添は、ただ唖然として無名の攻撃手を見詰める。

 彼は、マスタークラスの実力者ではない。

 彼は、ランキングに名を刻むトップランカーではない。

 だが彼は、着地したその場から一歩も動かず。弧月とスコーピオンを同時に用いて、2人の敵を屠ってみせたのだ。

 

「……くそっ」

 

「悪いな」

 

 白いコートが、風に揺れる。

 北添の右肩を両断した刃が、今度は首を求めて鈍く輝く。

 

 

「これで、3点だ」

 

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 

 僅か数秒。

 油断も慢心もなく、如月龍神は吉里隊の全員を一瞬で切り伏せた。

 

「『ファング0』から『デルタ1』へ。目標を全てを撃破した。次のポイントに移動する」

『デルタ1、了解。流石、手際がいいわね』

「ふっ……世辞はよせ。誉めてもコーヒーくらいしか奢れないぞ?」

『いりません』

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「なんだよアレ……?」

「間違ってもB級下位の動きじゃねぇだろ……」

 

 数秒で3人を瞬殺。昼の部の玉狛第二を思い出させるその展開に、会場の空気は一気にヒートアップしていた。

 自慢げに口の端をつり上げた仁礼が、意気揚々と叫ぶ。

 

「まずは如月隊が先制3得点!」

「さすがにはぇえな」

「……ま、こんなものでしょう」

 

 口笛を吹く当真と、冷めた調子で言う木虎。2人はさして驚きもせずに、淡々と画面を見詰めていた。

 

「にしても、吉里隊を食ったのはいいが……この配置、如月は他のやつらと合流できねーな」

「そうですね。如月隊長が転送されたのは、マップの北端。如月隊の他の3人はバラけて転送されてますし、海老名隊は中央で合流する動きです。このままいけば……」

「如月隊のルーキーが、間宮とかち合うな」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「今の緊急脱出は?」

『吉里隊が全滅したみたいです、間宮隊長』

「そうか……」

 

 呟きながら、間宮桂三は夜の市街地をひた走る。

 

「鯉沼、秦。聞こえるか?」

『吉里隊が落ちたのは確認したよ。やっぱり、如月くんに正面から当たるのはよくないね』

『あの時、ウチに勧誘できていればなぁ……』

「今それを言ってもしょうがないだろ」

 

 以前、間宮隊は他のチームの人間と一緒に龍神へ勧誘のオファーをかけたことがある。性格や行動原理はともかくとして、彼が攻撃手として高い技量を持っているのを、間宮は知っていた。まさか、敵に回るとこうも厄介だとは思っていなかったが。

 

「2人とも、バッグワームを起動しろ。一番近いポイントで合流だ」

『バッグワームを着て合流? 堅実な一手だけど、それなら今のうちに如月隊の新人を倒した方がいいんじゃないの?』

「いや、ここは堅実にいく。新人に粘られているうちに如月くんがこっちに来る可能性もあるからな。新人を狙うにしても、最低限2人合流してからだ」

『鯉沼、了解』

『秦、了解。こっちはお前らと合流する前に、海老名隊に捕まっちまうかも……フォローたのむ』

 

 間宮はレーダーを確認した。確かに、秦の位置が少々悪い。

 

 

「安心しろ。俺と鯉沼が近い。合流したらすぐに迎えに行ってやる。意地でもたせろ」

「了解」

 

 通信を切り、視界に表示された鯉沼との距離を確認する。何事もなければ、3分もかからずに合流できる距離だ。

 

「こっちも全員揃えば、まだ勝ちの目はある……」

 

 

 

 

 

「とかなんとか思ってそうだから、合流される前に間宮隊を潰すわ」

『容赦ないっすね姐さん……』

 

 キーボードを叩く江渡上紗矢は、丙の声に顔をしかめた。

 

「ランク戦は真剣勝負。容赦する方が失礼でしょう?」

『いや、そうなんすけどね……』

「それより丙くん、指定ポイントにはついた?」

『そろそろです。あと、オレのコールサインは『ファング3』です』

「このコールサイン、本当に必要なの……? 正直面倒なんだけど」

『必要っす。カッコいいので』

「……まあいいわ。タイミングはこちらで指示するから『ファング3』は指定ポイントで待機。まだ動かないでね」

『ファング3、了解』

 

 丙(ファング3)との通信を切り上げて、紗矢は別の回線を開く。

 

「デルタ1からファング1、ファング2へ。準備は?」

『ファング1、準備完了です』

『ファング2、いつでもどうぞ』

 

 転送位置がやや悪かったために3人を龍神に合流させることはできなかったが、それを除けばここまでの動きは上々。ついでに、宇佐美おすすめの三面モニター(風間隊のものと同型)の使い心地も良好だ。

 準備は完璧。不安など微塵もない。それでも紗矢は、己を鼓舞するために小さく呟いた。

 

「さぁ……いきましょうか」

 

 キーボードを叩き、早乙女(ファング2)に視覚支援を入れる。

 

「ファング2、バッグワーム解除と同時に指定目標へ『炸裂弾(メテオラ)』を両攻撃(フルアタック)」

『ファング2、了解!』

 

 隊員をサポートするだけではない。指揮も支援も十分にこなせる、優れたオペレーターを目指す。

 甲田達と同様に、江渡上紗矢にとって今回の戦いはデビュー戦だった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 轟音と共に何発もの弾丸が直撃し、マンションの一部が崩落した。

 

「なに!?」

 

 間宮桂三は射手(シューター)だからこそ、その攻撃の正体を理解する。弾種は『炸裂弾(メテオラ)』。しかもこの威力と弾数は『両攻撃(フルアタック)』だ。例えるなら、両手一杯の火薬を思い切り叩きつけたようなものである。

 

「ちっ……」

 

 全力で走っていた間宮は急停止し、落ちてくる瓦礫のシャワーから身を守るために慌てて後退した。

 

(あと少しで鯉沼と合流できたのに……ここで出くわすなんて)

 

 ツイてない、と心の中で吐き捨てて、敵を迎え撃つためにバッグワームを解除する。そのまま、ほとんど反射に近い感覚でレーダーを確認。

 そして、間宮は絶句した。

 

(いつの間に……?)

 

 反応は前だけではなく、後ろにもあった。

 

「――やっぱすげぇな、紗矢センパイは」

「ッ……!」

 

 しかも、かなり近い。

 

「合流ルート、予想どんぴしゃだ」

 

 建物の影から、白いコートを身に纏った少年が躍り出た。

 

「ハウンド!」

 

 出会い頭、全火力を注ぎ込んだ射撃が容赦なく襲いかかってくる。反撃が間に合わないと判断した間宮は、咄嗟に展開した『両防御(フルガード)』でなんとか全ての弾丸を受け止めた。

 

「コイツ……ッ!」

 

 レーダーから消える『バッグワーム』を使っていたにも関わらず、見つけられた。それはつまり、間宮隊の合流ルートを予測されていたということだ。

 間宮の脳裏に、小生意気で高飛車なオペレーターの顔が過る。

 

(アイツか……アイツにこっちの動きを読まれたのか……くそ!)

「射手対決だ。1点もらうぜ、センパイ!」

「調子に乗るなよ!」

 

 悪態を吐きながら、間宮は両手にトリオンキューブを生成、分割。即座に発射する。

 『追尾弾(ハウンド)』は間宮隊の専売特許だ。B級上がりたてのルーキーに、そう簡単に負けるわけにはいかない。射手としての経験と立ち回りなら、間宮の方に分がある。

 

(上等だ! 撃ち合いがお望みなら正面から削り倒してやる!)

 

 だが、間宮が放った『追尾弾』に対して、少年はシールドを張らなかった。

 むしろ、

 

 

「グラスホッパー!」

 

 

 真正面から、突っ込んできた。

 

「なっ……に!?」

 

 トリオン探知誘導と視線誘導。『追尾弾』には2種類の誘導方法があるが、弾速が速すぎると誘導性能を十分に発揮できず、弾丸の誘導範囲にも限界がある。彼の選択は『追尾弾』の誘導半径を見切った上での行動。言うなれば、回避するための突撃だった。

 だが、なによりも問題なのは……

 

(コイツ、射手のくせに『グラスホッパー』を……どんな師匠がついたらそんな戦い方になるんだ!?)

 

 間宮桂三は知らない。

 目の前の少年――甲田照輝の師が、ボーダー屈指の自由人射手であることを。ちょっとだけ指導をめんどくさく思った彼女が、弟子に「せっかく如月くんがいるんだから、グラスホッパー習ってきたら?」と余計な一言を吹き込んだのを。

 

「くそっ!」

 

 立て続けにグラスホッパーのパネルを踏み込んだ甲田は間宮の真横を通り過ぎ、背後を取るように着地する。

 完全に、振り回されている。その事実に歯軋りしながら、間宮は振り返った。

 

「アステロイド!」

 

 次いで甲田が撃ち込んだのは、純粋に威力が高い『通常弾(アステロイド)』。しかも弾速重視に調律(チューニング)されたそれを、間宮はかわせない。肩と腕に、数発分を浴びてしまう。

 

(けど、威力は高くない。この程度のダメージなら!)

 

 左手でシールドを正面に張りながら、間宮は右手で反撃のキューブを生成する。多少のトリオンは削られたが、戦闘続行に支障はない。

 まだいける、と。間宮は思った。だが、生意気なルーキーは反撃に対応する動きすら見せず、むしろ落ち着いた声で言い切った。

 

 

「これで終わりだぜ。センパイ」

 

 

 そして次の瞬間、間宮の体を貫いたのは、十数発の弾丸だった。

 

「…………は?」

 

 正面から、ではない。それらの弾丸が飛来したのは、間宮が全く注意をはらっていなかった後方。

 信じられない思いで、間宮は後ろを振り向く。誰もいない。他の人間に奇襲されたわけではない。つまりこれは――

 

(コイツ、グラスホッパーで移動する前に『置き弾』を……?)

 

 ――自身の高速機動を絡めて弾丸の発射タイミングをずらした、"1人時間差"とでも呼ぶべき攻撃。

 

「名付けて『ファントム・ミラージュ』。加古師匠の下で編み出した、俺の新たなる牙だ」

 

 膝をつく間宮。崩壊するトリオン体に向けて、甲田照輝は渾身のドヤ顔を伴って宣言する。

 ……お前それ意味被ってるじゃねーか、と突っ込む間もなく。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 間宮の意識は、仮想空間から離脱した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『デルタ1からファング0へ。ファング1が間宮さんを取ったわ』

「ファング0、了解。ふっ……甲田もやるようになったな」

 

 夜空を見上げて、龍神は離脱していく光を確認する。すると、さらに2つ。地上から光が昇った。

 

「……誰だ?」

『ファング2とファング3が間宮隊の1人を撃破。最後の1人も海老名隊にやられたみたい』

「海老名隊に1点取られたか……仕方ないな。緊急脱出される可能性は?」

『それは大丈夫。というか、何のためにあなたをフリーにしてそっちに行かせたと思ってるの?』

「そうだな」

 

 グラスホッパーを連続で踏み込み、跳躍。海老名隊を視認した龍神は、再び弧月を引き抜いた。

 ランク戦で自主的に緊急脱出できるのは、敵が半径60メートル以内にいない時のみ。

 

『逆方向から甲田くん達が挟み込むわ。逃がさないでね?』

「了解だ。桜子には悪いが、残りは全て戴こう」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 閉幕と同時に、会場の興奮は大歓声という形で爆発した。

 

「試合終了!」

 

 間宮隊、0点。

 吉里隊、0点。

 海老名隊、1点。

 如月隊、8得点に生存点2点を加算して、合計10得点。

 

「最終得点、10対1対0対0! まさかまさかの大量得点! 如月隊の大勝利だ!」

 

 モニターに、生き残った4人の姿が映し出される。全員が白を基調に黒のアクセントが入ったコートを着用しており、機能性よりも見た目を重視しているのが丸分かりだった。

 壁に体を預けて腕を組んでいるのが1人。屋根の上で空を見上げているのが1人。腰に手を当ててカメラ目線になっているのが1人。そして、漆黒の弧月を天に向かって掲げているのが隊長である。

 

(……バカだな、うん)

(……馬鹿だな、オイ)

(……馬鹿だわ、全員)

 

 実況解説に座る3人の心の声は、見事に一致した。

 




BBF厨二版に甲田のデータを追加しました。よろしければご覧ください。
次回で総評やら隊服やらに触れて、次の対戦にいきます! 

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