ものごとの変化が非常に激しいこと
「お疲れ様」
転送が終了し、作戦室に戻ってきた龍神達を迎えたのは江渡上紗矢の勝ち気な笑顔だった。
「目標達成ね」
「ああ。完全試合を逃したのが少々惜しいが……」
「二桁いけば上々じゃない? 玉狛第二より目立つっていう、あなたの目標も達成できたわけだし」
「そうだな。初試合としてはまずまずというところだろう。甲田達もよく動けていた」
龍神の素直な賛辞に、甲田、早乙女、丙の3人の表情がだらしなく弛む。
「いやいやいや、隊長こそ吉里隊を一瞬で撃破した手際、お見事です」
「あれは江渡上の合流ルート予想があってこそだ。いいタイミングで奇襲できた」
「当然よ、私を誰だと思っているの?」
「……お前は少しは謙遜しろ。甲田を見習え」
呆れた調子で言いながら、龍神はシックでアンティークなソファーにどっかりと腰を下ろす。
龍神と紗矢の筆舌に尽くしがたい攻防の結果、如月隊作戦室は全員がくつろぐリビングルームをモダンな雰囲気の調度品でまとめ、作戦立案などを行うモニタールームをSF風にすることで決着がついた。ちょうど部屋の半分で世界観が様変わりしたかのような有り様であり、隊の結成を祝って訪れてくれた隊員達からは様々な不評の声をいただいている。それぞれのデザインを切り取って見ればそこそこ好評なのだが、混ぜ合わせると違和感がヤバい。そんな感じである。
一応、龍神は特級戦功を手土産に鬼怒田さんの元へ「ボタンひとつで作戦机が床からせり出てくるような、完全変形する作戦室作ってください」とお願いしにいったのだが、結局ブチギレられて終わってしまった。ただ「A級に上がったら考えてやらんでもないわい」と言っていたので、完全に望みが断たれたわけではない。言質は取ったので、あとはA級に上がるだけである。
また上を目指す理由が増えてしまったな……と、龍神は感慨深く部屋の中を見回した。
「そういえば、新調した隊服はどうなの?」
「最高だ。実に着心地が良い」
紗矢の質問に応じて、龍神は右手をヒラヒラと動かす。当然その手には、指ぬきグローブがしっかりとはまっている。
「思ってたより動きやすかったですし、違和感とかはとくになかったですよ」
「なによりかっこいいしな!」
「……それならいいのだけれど、後ろの『ひらひら』とか邪魔じゃない?」
半眼で龍神達を見詰めながら、紗矢は白いコートの裾を指差す。が、甲田達は音が鳴りそうな勢いで首を振って否定した。
「なに言ってるんすか姐さん!?」
「コートの裾が長くないと、風を孕んで翻らないでしょう?」
「そうそう! 空中から飛び降りる時とか、バサッて広がらないじゃないですか?」
「……理解できない」
「気にするな。これは男のロマンだ」
頭を抱える紗矢に悠然と告げて、龍神はリビングルームの方に備えられているモニターを起動した。ちょうど、解説席に座る仁礼光がアップで映しだされたところだ。
「よし、全員座れ。総評がはじまるぞ」
◇◆◇◆
「如月隊が昼の部の玉狛第二を追い抜いて、まさかの10得点! なははー! すげぇな龍神!」
「仁礼先輩、実況に私情を混ぜないでください」
1人で大笑いしている仁礼に、木虎がやんわりと釘を差す。
仁礼は小声で「ごめんごめん」と言いながら木虎を拝み、声の調子を一段落ち着いたものに切り替えた。
「さてさて~、それじゃあ後ろも詰まってることだし、今回の試合の感想について実況の2人にサクッとお願いするぜ」
「簡潔に言えば、終始如月隊が圧倒していましたね」
本当にさらりと木虎が言う。
「元々、如月隊長の攻撃手としての力量はボーダートップクラスです。彼が中心になってチームを組めば、下位を圧倒できるのはある意味必然でしょう」
プライドが高いことで知られる木虎藍が如月隊を認める発言をした。それだけで、ただでさえ騒がしかったC級達の声がさらに高まる。
「それにしても、中々やるじゃねーの。1試合の得点が二桁に乗っかるなんて中々ないぜ?」
「如月隊長は、グラスホッパーとテレポーターを使い分けますから。今回はその機動力を活かして、遊撃に回った感じですね」
「他の3人も結構動けてたな。特にあの甲田ってヤツ、射手のくせにグラスホッパーを使うのがおもしれぇ」
「普通、射手ってグラスホッパー使わないよな?」
「ええ」
首を傾げて問いを投げてきた先輩に、木虎は頷いた。
「基本的に、射手や銃手の仕事は射程を活かした相手の崩し……味方のサポートです。高機動で敵を追い込むような点の取り方をするのは、那須先輩や加古さんですね」
思い浮かべ、口に出した名前になんとなく合点がいく。どちらも龍神と交流がある隊員だが、那須は体調の問題があるので彼を指導したのはおそらく後者だろう。
ただ、加古望は基本的に『才能がある人間』を好む。そんな彼女の指導を取り付けたということは、龍神が余程巧く交渉したか……はたまた、甲田照輝自身にも加古の興味を引く何かがあったのか。
「弧月とスコーピオンの変則攻撃手に、ハウンドメインの機動型射手。他の2人はあんま目立ってなかったけど、なかなかおもしろいチームになったな」
「……下位に対しては、それでもいいでしょう。しかし奇抜なことをやるだけでは、上位に通用しませんよ」
「それなりに形にはなってただろ? そもそも、奇抜って言うなら隊の編成自体が奇抜だろうが」
「……どういう意味ですか?」
「今までボーダーに『狙撃手』抜きの4人チームなんてあったか?」
「あ……」
当真の言葉に、木虎は思わずはっとする。
木虎自身が所属する嵐山隊はもちろん、草壁隊や三輪隊、生駒隊……ボーダーの4人編成チームには狙撃手が必ず在籍して"いた"。
そういう意味で如月隊というチームは、これまでの常識を塗り替える存在だ。
「前衛2人に中衛2人。前面に火力を集中できるのはつえーけど、いかんせん遠距離は射程不足だ。狙撃手なしのこの構成でどこまでいけるのか……見物じゃねーの」
狙撃手なしの4人編成チームが通用するのか、という問題提起。
No.1狙撃手がそれを言うのだから、説得力は倍増しだった。
「今日の大勝利で、如月隊は一気に暫定9位まで急上昇! ついでに夜の部の結果を受けて、次の対戦相手も決定!」
モニターに表示されたのは、翌日昼の部、中位グループの組み合わせ。
「これは……?」
「おっとぉ?」
木虎は眉を潜め、当真は薄く笑った。
「如月からしてみれば、いきなり厄介なチームに当たったんじゃねーか?」
暫定9位、如月隊。
暫定12位、柿崎隊。
暫定14位、荒船隊。
如月隊の次の相手は、総合バランスに優れた柿崎隊。そして奇しくも、狙撃手3人という特化構成の荒船隊だった。
――――――――――――――――――――
「さすがだな、たつみ先輩」
「……ああ」
三雲修の隣に立つ空閑遊真は、素直に感心した様子でそう言った。修は彼の言葉に頷きながら、ごくりと唾を飲み込む。やはり、記録(ログ)ではなくリアルタイムで見に来て正解だと思った。
自分達……玉狛第二の得点を超える、圧巻の10得点を挙げた如月隊。一気に順位を上げてきた彼らとは、近いうちに必ずぶつかることになるだろう。
「そんなに難しい顔するなよ、オサム」
「……空閑」
「せっかく自分の師匠と戦えるチャンスがきたんだ。成長を見せつけるいい機会だぞ?」
「……うん。そうだな」
お前本当に本部所属なの?と思うほどに玉狛支部に入り浸っていた龍神は、ランク戦開始と同時に玉狛への訪問を断つことを公言していた。自分の師匠はそれだけ本気で、今回のランク戦に臨んでいるということだ。
「多分たつみ先輩は、おれ達を本気で潰しにくる。負けてらんないな」
「……ああ」
如月隊に勝つためにも、まずは次の戦いに勝たなければならない。
暫定8位、鈴鳴第一。
暫定10位、玉狛第二。
暫定11位、諏訪隊。
暫定13位、漆間隊。
No.4攻撃手、村上鋼を擁する鈴鳴第一。近接火力に優れた諏訪隊。
玉狛第二の次の相手も、一筋縄ではいきそうになかった。
――――――――――――――――――――
「やっぱり『たっつー』は強いね」
「そうだな。周りを固めているのはB級上がりたてのルーキーらしいが、なかなか動きが良い」
「うん。それにしても、4人編成で狙撃手がいないチームか……まったく、たっつーはいつもおもしろいことを考えるね」
顎に手を当てて、軽く頷く。人によってはキザに見えるその所作も、しかし彼が行うとまったく嫌味に見えなかった。
王子隊隊長、王子一彰である。
やや跳ねた茶髪に、二重の大きな目。全体的に柔らかな雰囲気に対して、軍服に近いデザインの黒い隊服を纏っていることがほどよいギャップになっていた。
「ウチは人数で負けているし、はやめに対策を考えておいた方がよさそうだ」
「如月隊は、このまま上がってくると思うか?」
「もちろんだよ。たっつーは強いからね」
「如月のことを随分かっているんだな」
「そりゃあ、ね? 弧月とスコーピオンの変則攻撃手……そんな戦い方をするのは、ぼくとたっつーくらいのものだ。シンパシーを感じるのも当然じゃないかな?」
「なるほどな」
王子の隣に座るチームメイト、蔵内はその発言に納得した。確かに、弧月とスコーピオンを同時運用するような変人は、自分の部隊の隊長とあの馬鹿後輩くらいしかいない。
「……ところで、何を書いているんだ?」
「ん? もちろん如月隊のアイコンの仮デザインだよ。対戦する前に、羽矢さんにはやく作ってもらわなくちゃ。人数が多いから大変だしね」
「そうか」
手元のメモ帳に、なにやら独創的なデザインのイラストを書き連ねていく王子。端から見ればツッコミたくなる光景だが、彼はこれで平常運転である。
「……はっ! 閃いたよ、蔵内」
「どうした?」
「たっつーのチームメイトのニックネーム! さっきの試合でグラスホッパーを使っていた……甲田くん、だったかな? 彼のイメージに合ったアイディアが中々思い浮かばなかったけど、今閃いた!」
パチン!と。指を鳴らして王子は言う。
「『こだっく』でいこう!」
「いいんじゃないか?」
いつも通りの無表情で、蔵内は隊長の提案に賛成する。
B級暫定4位王子隊。このチームには、ツッコミが不在だった。
――――――――――――――――――――
「如月隊、ヤバいな」
「ヤバいっすね」
「え、マジヤバくないっすか?」
「いや、ほんとにヤバいやろ」
「ヤバいヤバい言うてないで、はやく対策考えーや!」
生駒隊オペレーター、細井真織は自分のチームの男どもを背後から怒鳴りつけた。
「いやいや、そうは言うてもなマリオちゃん? これはホンマにヤバいで」
「二桁得点とかひさびさに見たわ」
「これ、あとでもっかい記録(ログ)見直した方がええな」
「じゃあオレ、2万回みるっす!」
「なにィ!? じゃあ俺は三万回みるわ!」
「イコさん、そんなとこで海と張り合わんでください」
荒ぶる生駒をチームのブレインである水上がどうどうと諌める。ようやく少し真剣な表情になって、狙撃手の隠岐が胸の前で腕を組んだ。
「しっかし、玉狛第二といい如月隊といい、今回は厄介なチームが目白押しですわ」
「けど実際、どないします? このままいったら確実に上位まで上がってくるでしょ、如月隊」
「でも狙撃手がおらへんからなー。当真も言うてたけど、隙があるとしたらそこやろ」
「隠岐先輩が4人全員狙撃してくれたら勝てるっす!」
「アホか」
発言の流れは隠岐、水上、生駒、海、水上のツッコミ、の順である。
「いやでもな? 如月隊、もっとヤバいとこがあるねん」
「なんすかイコさん」
「さっき試合始まる前、如月隊のオペレーターの子とすれ違ったんやけど――」
そこで、生駒は大きく言葉を溜め、
「――ごっつかわいいねん!」
「いやなんでやねん」
水上にツッコまれた。
「イコさん、女子はみんなかわいいかわいい言うから当てにならないわ~」
「はぁ? 俺がかわいいって言った女の子はみんなかわいいやろ?」
苦笑いを浮かべる隠岐に対し、生駒は「そもそもな……」と指を突きつける。
「お前みたいなイケメンは、何もしなくてもかわいい女子が寄ってくるからいい。でも俺みたいな強面は、日頃からかわいい女子を探す努力をしてお近づきにならないとチャンスが来ないやん」
「なんですかその理論?」
「イコさんの場合、チャンス来ても無駄にしそうですけどね」
「あんたら、まじめに作戦会議しないならウチ帰るからな?」
B級暫定3位、生駒隊は今日も賑やかだった。
――――――――――――――――――――
「太刀川さん太刀川さん!」
A級1位部隊の作戦室に、驚いたような焦っているような……出水公平の珍しい声が響く。
「はやく雑巾とティッシュ持ってきてください! 据え置きハードにきなこぶちまけたなんて知られたら、柚宇さんマジギレですよ!?」
「分かってるって! いいから、お前ははやくそっちエリアを拭け! 証拠隠滅しろ!」
「大体、ウチの作戦室で『きなこ餅』食うのは禁止でしたよね!? なんできなこ持ち込んでるんすか!?」
「食いたくなったんだからしょーがねーだろ!」
太刀川隊作戦室は、実はボーダー内屈指の汚部屋として知られている。メンバー4人中、餅を食ってばかりの隊長、散らかすだけの弾バカ、汚い部屋に慣れきったゲーマー、片付けなんてしたことがないおぼっちゃまと、片付けができない人材がきっちり4人揃っているため、定期的に職員の清掃が入る始末である。
さらにちなみに、きなこ餅を食べると作戦室が二割ましで汚れるため、太刀川は忍田から直々にきなこ餅禁止令を受けたりしている。もしもバレたら、間違いなく大目玉。もっとも、国近愛用のゲームハードにきなこをぶちまけてしまった時点で、証拠隠滅は必須なのだが。
太刀川は雑巾とティッシュの二刀流で、出水は持ち前の精密なコントロールを活かして、飛び散ったきなこを拭き取っていく。
このままいけるか……と、2人が思った瞬間。作戦室の扉が、唐突に開いた。
「太刀川さん! 出水先輩、大変です!」
一瞬固まった太刀川と出水は、現れた人物が国近でも忍田でもなかったことにほっとする。
扉の前で(トリオン体なのに)息を切らしていたのは、太刀川隊銃手(お荷物)唯我尊だった。
「唯我! 珍しくいいタイミングで来たな! ちょっとお前も手伝え!」
「それどころじゃありません! 大変なんですよ!」
「大変? お前こそ、作戦室のこの惨状をみろ。こっちの方が絶対大変だろ」
「なんで太刀川さんは胸張ってるんすか?」
「あー、もう! いいから聞いてください!」
自慢の長髪を振り乱し、唯我が叫ぶ。
「いいですか、驚かないでくださいよ? あの男の……如月龍神の部隊が、ランク戦の初戦で10得点をあげたんです!」
「「ふーん」」
「反応、うっす!?」
A級1位太刀川隊は、ハプニングに見舞われてランク戦どころではなかった。
◆◇◆◇
ROUND1終了から、2時間後。
「次の相手は、荒船隊と柿崎隊か……」
コーヒーカップから立ち昇る湯気を見詰めながら、龍神はポツリと呟いた。
作戦室にはまだ全員が揃っていたが、起きているのは龍神と紗矢の2人だけだ。つい数十分前まで、とりあえず今日の大勝を祝ってどんちゃん騒ぎをしていたのだが、はしゃぎすぎたせいか甲田達3人はそのまま眠りこけてしまっている。そろそろ深夜に近い時間帯であるし、彼らはまだ中学生。今日まで短期間で集中的な特訓を行ったので、疲労もさぞ溜まっていたのだろう。
「アルコールを入れたわけでもないのに、ほんとよく寝てるわね」
「まあ、今日まで頑張っていたからな。寝かせておいてやろう」
「作戦室に泊めるのはべつに構わないけど、親御さんが心配したりしない?」
「問題ない。連絡は済ませておいた。明日の朝は、はやめに起こして家に帰すと伝えてある」
「……相変わらず、妙なところで手際がいいわね……」
苦笑いを浮かべる紗矢。彼女は「それじゃあ」と呟いて、モニターに荒船隊と柿崎隊のデータを表示させた。
「次の対戦のことだけど」
「ああ。うちには狙撃手がいない以上、荒船隊に注意を払うのは当然として……」
「柿崎隊も気になるわ。正直言って、次の相手は諏訪隊や那須隊を想定していたし」
「柿崎隊はROUND1で5点取っているからな。以前までと同じとは思わない方がいいだろう」
B級中位の堅実なチーム。そんな印象を持たれがちな柿崎隊だが、隊長の柿崎は現役ボーダー隊員の中でもかなり古参の部類に入り、確かな実力を有している。柿崎だけでなく、隊員の照屋文香は新人王候補、巴虎太郎は唯一の小学生隊員だった時期があり、隊のポテンシャルは総じて高い。
「記録(ログ)を見て、データを洗い直さないとね」
「どちらにせよ、やることは変わらないさ」
コーヒーを一口飲み、喉を湿らせてから龍神は宣言する。
「次も勝つ。それだけだ」
「ぐへへ……雨取さん……俺の活躍をみて……ちがう、チャーハンじゃな……」
「……柚宇さん。起き攻めはやめてください柚宇さん……」
「あっ……双葉ちゃんのいだてんが……まこうが……」
「……この寝言、録音してもいいかしら?」
「やめてやれ」