厨二なボーダー隊員   作:龍流

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最近なかなかリアルが忙しく、更新が遅れに遅れてもうしわけないです。
今回ちょいと短めですが、きりがいいのであげます。


隠し弾

「状況は?」

『荒船隊の穂刈先輩が落ちました。如月先輩は荒船さんと交戦中みたいです』

 

 オペレーターの宇井真登華からの報告を聞いて、柿崎国治は立ち止まった。

 

「柿崎さん?」

「…………」

 

 急に足を止めた隊長に、巴が声をかける。しかし柿崎はそれに答えず黙ったまま、深く考え込んだ。

 まずは1点。如月隊に先制を許してしまった状況だが、狙撃手が落ちてくれたのは柿崎隊としてもありがたい。問題はここからどう動くか、だ。

 龍神と荒船の一騎打ちは、荒船が孤月を抜いたとしても龍神の方に分がある、と柿崎は考えている。2人の対決をそのまま放置すれば、また如月隊に得点を許してしまうだろう。そうなれば戦場のパワーバランスは一気に如月隊に傾き、柿崎隊の逆転はより難しくなってしまう。チームの中心である如月龍神がA級上位に匹敵する実力者である以上、柿崎隊が勝つためにはここで得点をあげて点数だけでも如月隊に追いつくか……もしくは龍神以外の如月隊メンバーを今の内に落として、全体的な戦力を削いでおく必要があった。

 

『隊長、私が半崎くんを獲りにいきます』

「文香?」

『私の位置だと、隊長達と合流するのに時間がかかります。それに動くなら、如月先輩を荒船さんが抑えている今がチャンス……私が半崎くんを、隊長達が如月隊の2人を落とせれば、うちが一気に有利になるはずです』

「……はっ」

 

 思わず、柿崎は乾いたため息をこぼした。

 隊長である自分はどちらの作戦を取るか、うじうじと悩んでいたというのに、あろうことかこの後輩は「両方やりましょう」と言ってきたのだ。何も気負わず、自分達ならできると信じた様子で。

 

「そっちには多分、グラスホッパーを使う如月隊のルーキーがいる。やれるか?」

 

 如月隊は、明らかに最優先で狙撃手を狙う動きを取っている。龍神が足止めを受けている今、次点で機動力に優れた甲田が半崎を狙いに行っているはず。まず間違いなく、照屋は彼とかち合うことになるだろう。

 

『やります』

 

 それでも、照屋の返事は即答だった。

 一見おしとやかにみえて、その実気の強いところもある彼女である。歌川や奈良坂など、現役でA級を張る隊員達と新人王を争った俊才は伊達ではない。

 

「任せたぞ、文香」

『……はい!』

 

 元々、柿崎隊には上位に食い込めるだけのポテンシャルがある。自惚れているわけではなく、柿崎は確かにそう思っていた。このチームがいつまでも中位グループという地位に甘んじているのは、隊長である自分に能力が足りていないからだ、と。

 中堅止まりの安定性しか取柄のないチーム。そんな評価は、この戦いで払拭してみせる。

 

「柿崎さん! 右方向に2人、如月隊です!」

 

 巴に言われた方向に視線を移すと、ビルの谷間に2人。バッグワームを纏った影がちらりと見えた。

 

「よくみつけた、虎太郎! やるぞ」

「はい!」

 

 バッグワームを解除し、柿崎と巴はそれぞれ突撃銃と拳銃を起動する。

 

「あらら……」

「みつかっちまったな」

 

 如月隊の2人――早乙女と丙も柿崎達に気づいてバッグワームを解くが、先手を取ったのは柿崎隊の方だ。

 ちょうど2対2のシチュエーション。ステージの南側でも、戦端が開いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「如月隊の奇策で、戦況が大きく動きました。荒船隊の穂刈隊員を如月隊長が捕捉し、これを撃破。如月隊長は、そのまま荒船隊長との一騎打ちに臨む模様です。同時に、南側では柿崎隊と早乙女、丙隊員のペアが交戦を開始。一方で照屋隊員は単独行動。やはり狙撃手狙いか」

 

 次々と切り替わるモニターの映像。正面から対峙する龍神と荒船に観客達の視線が釘付けになる中、三上は他の隊員達にもスポットを当てて淡々と現在の状況を整理していた。

 

「うーん、結構みんなばらけたなぁ」

「如月くんとしては、荒船くんとの接触は避けたかったでしょうね」

「近接もこなせる荒船を倒すのは手間ですからね。そりゃあ、先に半崎を狙いたいでしょう。このままだと、半崎は照屋ちゃんにとられちゃいそうだけど」

「如月隊長と荒船隊長の対決は、どちらに分があるでしょうか?」

「断然、如月くんでしょ」

 

 荒船を倒すのは手間、という発言とは裏腹に。拍子抜けするほどあっさりと、三上に問われた犬飼は断言した。

 

「荒船はマスタークラスの攻撃手だけど、今の本職は狙撃手。正面から如月くんの相手をするのはちょっとしんどい。まあ、ここで敵のエースを止めるっていう判断は間違ってないと思うけどね」

 

 荒船が自分から前に出たのは、如月隊に狙われている半崎をカバーするためだ。狙撃手は寄られれば弱い。これは狙撃手というポジションが抱える明確な弱点だが、元攻撃手である荒船は前に出て前衛を張ることができる。既に穂刈が脱落している現状、狙撃手としての立ち回りから攻撃手の近接戦に切り替えた荒船の判断は、総じて正しいものと言える。

 だが、判断の正しさと勝敗はまた別の話である。

 

「ここで荒船がやられたら、流れは一気に如月隊のものになる」

 

 言わばそれは、分の悪い賭け。チーム全体の勝敗を己の一騎打ちで背負う、リスキーな選択だ。

 狙撃手の孤月抜刀というインパクトに沸いていた会場が、落ち着きを取り戻しはじめる。やはり、狙撃手が孤月を持ち出しても本職の攻撃手には勝てないのか、と、

 

「私は、荒船くんにもチャンスはあると思うわ」

 

 犬飼のコメントで荒船不利の空気が流れる中、意外にも彼を支持する発言をしたのは加古だった。

 

「へえ。加古さんは基本的に如月くん贔屓だと思ってたんですけど、今回は荒船を推すんですね」

「あら? 私の解説はいつも公平でしょう?」

「いや、ウチのチームへのコメント、わりと辛くないですか? というか、二宮さんへの当たりがいつもキツイような……」

「犬飼くん」

「あ、ハイ。なんでもないです」

 

 うるさい犬(飼)を笑顔一発で黙らせた加古。彼女は咳払いをひとつして、緩んだ雰囲気を切り替えた。

 

「ゴホン……犬飼くんの言う通り、勝てない勝負を自分から挑むのは愚の骨頂。でも、荒船くんは無策でリスキーな賭けに臨むようなタイプじゃないわ」

 

 そしてなにより、

 

「荒船くんの、あの表情」

 

 口角をつり上げた、好戦的で獰猛な笑み。

 あれは決して、追い詰められた男の表情ではない。むしろ最初から、この状況、この窮地を待ち望んでいたかのような……

 

「きっと荒船くんは、如月くんと公式戦で戦うのをずっと楽しみにしていたはずよ。もちろん、如月くんの方もそれは同じのはず」

 

 困ったような、あきれたようなため息を吐き、加古はさらに一言。

 

「ほんと、男の子って大好きよね。宿命の対決とかそういうの」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 交差する刃が、火花を散らす。まるで一定のリズムを取っているかのように、耳を裂く甲高い音が響く。

 龍神と荒船の戦いは一進一退の攻防が続いていた。互いに太刀筋を熟知しているがゆえに、決め手となる一閃が繰り出せない。そんな状況だった。

 

「どうした如月? 大規模侵攻じゃ特級戦功の大活躍をしたんじゃなかったのか?」

「そういう荒船さんこそ、やはり狙撃手になってから腕が鈍ったな。太刀筋がバレバレだ」

「はっ! 言ってろよ!」

 

 荒船の強気な踏み込みを、龍神は真正面から受け止める。音を立ててきしむブレードを受け流し、返す刃で切りはらう。しかし、この程度の反撃はやはり読めているのか。荒船は後ろに飛びずさって斬撃を回避。距離を取った状態から、孤月を腰溜めに構えた。

 

 刀身が、うっすらと光を帯びる。

 

「旋空――」

「……七式――」

 

 龍神も、それに応じる。己の代名詞とも言えるオプショントリガーを起動する。

 

 

「――弧月ッ!」

「――浦菊!」

 

 伸長したブレードとブレードが、凄まじいスピードで激突した。強烈な手応えが、2人の腕の芯まで響く。痛みがないトリオン体だというのに、龍神は奥歯を噛み締めた。

 

「くっ……『旋空』に『旋空』ぶつけてんじゃねぇよ」

 

 やはり腕に衝撃がきたのだろう。悪態を吐きながら、荒船が再び弧月を上段に構えた。

 二撃目がくる。回避か、防御か。1秒にも満たない数瞬、龍神は思考する。

 

「…………」

 

 いや、

 

 

「――"天舞"」

 

 

 前進だ。

 

「ッ!?」

 

 グラスホッパーを踏み込み、龍神は突進した。斬撃の軌道さえ見極めてしまえば、上段から振り下ろす『旋空弧月』はまず当たらない。ましてや荒船は、そこまで『旋空』を多用するタイプの攻撃手ではない。荒船が龍神の攻撃のクセを把握しているように、龍神もまた、荒船の攻撃パターンは掴んでいる。

 アスファルトを切り裂く一撃は鋭かったが、龍神にはかすりもしなかった。

 

「旋空八式……捩花!」

 

 攻守が入れ替わる。

 空中で全身を捻り、龍神はグラスホッパーの勢いを絡めた変則斬撃を繰り出した。手抜きは一切なく、仕留めるつもりで放った攻撃。やはりこれもぎりぎりのところで回避される。だが、強引な回避で荒船の体勢は大きく崩れた。

 龍神は孤月を持つ左腕ではなく、空の右腕を彼に向かって突き出した。

 

「っ……」

 

 光刃が、唸る。

 龍神の手のひらから伸びた、孤月とは違うブレードが荒船の頬をえぐり取った。見た目よりも深く入ったらしい切り傷から、トリオンが派手に漏れる。

 

「……スコーピオン」

 

 呻くように、荒船が呟いた。

 

「孤月よりは、ネタが割れていないだろう?」

「そうだな。また馬鹿みたいな曲芸を見せてくれんのか?」

「お望みなら、な」

 

 軽口の応酬が続く。斬撃の応酬が続く。少しずつ、だが確実に、荒船のトリオン体にダメージが蓄積していく。

 

(このまま押し切れるか……?)

 

 龍神がスコーピオンを本部の模擬戦で使うようになったのは、去年の暮れの黒トリガー争奪戦から……つまり、つい最近のことだ。自分の手の内が荒船に知られているのは認めるしかない事実だが、スコーピオンを絡めた攻撃ならまだ見せていないパターンがいくつかある。

 これから『先』の戦いを――特にこの試合を観戦しているであろう『No4攻撃手』の存在を――考えれば、未公開のカードを晒すのは最低限に留めておきたい。しかし、切れるカードを抱えたまま敗北するのは、策士ではなくただの馬鹿。そしてなによりも、荒船は手を抜いた状態で勝てるほど甘い相手ではない。

 如月隊は当初の予定に反して、まだ半崎を仕留められていない。柿崎隊の動きも気になる。

 

「やはり……出し惜しみはなしだ」

 

 呟きと同時に、龍神は跳んだ。まるで荒船に飛びかかるような形で、右腕の弧月――

 

「っ!?」

 

 ――ではなく、左足から伸ばした『スコーピオン』が、荒船の胸を薄く裂く。

 

「脚からかよッ!?」

 

 表情を歪めながらも、心底おもしろい、と言いたげに。吠えた荒船はすかさず反撃してくるが、龍神はそれらの斬撃を全て弧月で受け止める。

 木虎からヒントを得た『脚スコーピオン』にも反応された。流石と言うべきだろう。荒船は地に足をつけた状態。こちらは空中。届かせるためには、もう一押し。

 ならば、と。次の瞬間、龍神は荒船の前から姿を消した。

 

「今度は『テレポーター』か!?」

 

 視線を向けた方向への移動を可能にするオプショントリガー『テレポーター』。消費トリオンとそのトリッキーな特性故に使用者は少ないが、うまく使えば決定的な攻撃チャンスを生み出すことができる。

 

「けどなあ!」

 

 だが。荒船の対応は素早い。即座に『旋空』を起動した彼は、振り向き様に龍神が移動したであろう背後に斬撃を叩き込んだ。『テレポーター』から背後を取るのは、龍神の十八番とも言うべき奇襲パターン。当然、この手には荒船も慣れている。

 だからこそ

 手の内が"読まれていることを読んだ"龍神は、『テレポーター』からさらに『跳んだ』。

 

「なっ……?」

 

 荒船の表情が、今度こそ驚愕に歪む。

 反射的に放たれた旋空孤月は、テレポート後の龍神の位置を確かに捉えていた。龍神が選び取った一手が『テレポーター』だけだったなら、あるいはこの時点で勝負は決まっていただろう。

 テレポーターだけではない。テレポーターによる瞬間移動から、さらに『グラスホッパー』を用いることによる、連続移動。移動を補助するオプショントリガー2種を併用した、如月龍神にしか行えない変則高速機動。

 テレポーターで一度距離を取ったはずの龍神は、また一瞬で荒船に肉薄した。荒船は『旋空』で弧月を振り切った状態。この距離、この間合い、このタイミング。弧月とスコーピオンの二刀を防ぐのは、絶対に不可能。

 

 ――獲った。

 

 左手で弧月を。右手でスコーピオンを。荒船の首に王手をかけた龍神は、勝負の決着を確信する。

 

 しかし、

 

 

「あめぇよ」

 

 

 迫る刃を見詰める荒船の顔には、まだ不敵な笑みがあった。

 右腕の弧月ではなく、空いた左腕がすっと持ち上がる。そこに握られていたのは、

 

 

「なっ……!?」

 

 

 一丁の『拳銃』だった。

 

 重なる発砲音。至近距離で瞬く発火光(マズルフラッシュ)。

 衝撃とダメージを受けた龍神は大きく体勢を崩し、地面に転がるような形で着地した。

 

「……くっ」

 

 堪らず、呻き声が漏れる。

 

「なぁにが『出し惜しみはなしだ』だ? この野郎、先輩なめやがって」

 

 右脇腹に2発。左肩に1発。穿たれた弾痕を満足そうに眺めて、荒船は構えた拳銃の銃口をぴったりと龍神にマークした。

 

「オレが何の仕掛けも対策もなしに、お前とタイマンやるとでも思ったか?」

 

 右手に孤月を。左手に拳銃を携えて。荒船哲二は笑う。

 荒船は、攻撃手用のトリガーと狙撃手用のトリガーを共に扱える、ボーダーでも数少ない人物の1人である。

 

「後輩がガチで勝ちに来てるんだ。こっちも、隠し玉くらい用意するに決まってんだろうが」

 

 そして今。

 『銃手用トリガー』を持ち出した彼は間違いなく、木崎レイジに次ぐ2人目の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』に最も近い男だった。


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