厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今年はこれくらいのペースで更新できたらいいなって


駆け引きとプライド

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 無味乾燥な機械音声が、勝負の決着を告げる。

 荒船の緊急脱出を確認して龍神は大きく息を吐き出し、そのままその場に座り込んだ。

 

「危なかった……」

 

 利き腕を潰され、戦闘の主導権を握られ、ギリギリのところまで追い詰められた。一手でも間違えていれば、負けていたのは自分の方だった。そんな確信が、龍神にはあった。

 

「ファング0からデルタ1へ。今回の『メインターゲット』を撃破した」

『確認しているわ。結構手こずったみたいだけど?』

「言うな。苦戦したのは自分が一番よく分かっている」

 

 からかうような口調の紗矢に、龍神は憮然とした面持ちで答える。

 ダメージは軽くない。トリオンもそこそこの量を消費させられた。決してなめていたわけではないが、龍神や紗矢が想定していた以上に、荒船が手強かったということだ。

 

「なかなか消耗させられた。俺はもう十全には動けんぞ?」

『大丈夫。こっちもそろそろ片がつくから。休んでいろ……とまでは言わないけど、余裕をもって動いてくれればいいわ。あとはこちらでやるから』

「さっきの『緊急脱出』は誰だ?」

『柿崎隊の巴くん』

「なるほど」

 

 立ち上がり、まだ戦闘が続いている方向に目を向けた龍神は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「あいつらはうまくやっているようだな」

『ええ。それなりにね』

 

 

 

 

 

 

 

「解せねぇな……」

 

 喉の奥から、柿崎国治は言葉を絞り出した。その声音には、動揺と焦燥が滲んでいる。

 柿崎と虎太郎。早乙女と丙。龍神達とは離れた場所で行われていた2対2の戦闘は、柿崎隊優勢で進んでいた。否、進んでいたはずだった。そう、つい先ほどまでは。

 

「おまえは、半崎を獲りにいったものとばかり思ってたが……」

「単純な話っすよ、柿崎センパイ」

「おれ達は、2人だけで柿崎隊に勝てると思うほど、自惚れちゃいません」

 

 柿崎の前に立ちはだかるルーキー達は、淡々とした様子で言葉を紡ぐ。

 早乙女と丙、そして

 

「だから、やるなら確実に。人数の多さは、こういうところで活かすもの……って、ウチの先輩が言ってましたよ」

 

 甲田照輝が、言った。

 2対2だったはずの勝負は、いつのまにか3対1に変化していた。しかも甲田の奇襲によって、虎太郎が落とされるという最悪の形で、だ。

 

「やられたぜ、ちくしょう」

 

 自分が照屋に狙撃手を獲りに行かせたように、如月隊も機動力に優れた甲田を狙撃手の元へ向かせていると、柿崎は踏んでいた。4人編成の如月隊は、分散して索敵、各個撃破という戦術を取りやすい。そう思い込んでしまっていた。いや。虎太郎を襲うその瞬間まで、甲田が完全に姿を隠していたことを踏まえれば……思い込まされていた、という方が正しいか。

 いずれにせよ、完全に出し抜かれてしまった形である。

 

「3対1だからって、文句はなしだぜ、柿崎さん」

「悪いけど、確実に勝たせてもらうっすよ」

「はっ……わざわざ3人で取り囲みやがって」

 

 覚悟を決めて、柿崎はアサルトライフルを構える。

 

「過大評価されてもうれしくねえよ!」

 

 そして、弾丸を周囲にばら撒いた。

 

「シールド!」

「ハウンド!」

 

 が、空を切る弾丸の大半は丙が展開したシールドに弾かれ、逆に反撃の『追尾弾』が柿崎に食らいつく。1対3。火力の差は歴然だ。

 甲田のトリガーは両手の『追尾弾(ハウンド)』。同じく、早乙女も『追尾弾』を持っている。包囲射撃の圧力は甲田の高機動と相まって、間宮隊の『追尾弾(ハウンドストーム)』に勝るとも劣らない。

 

「ちっ……ちょこまかと……メテオラ!」

 

 さらに、なによりも厄介なのが、

 

「エスクード!」

 

 2人をカバーする、前衛の丙だ。

 柿崎が放った『炸裂弾(メテオラ)』は、地面から迫り出した『エスクード』に阻まれて届かない。

 

(守備寄りの攻撃手……エスクードなんて古いトリガーをよくもここまで……)

 

 ボーダー隊員の防御用トリガーは、シールド2枚のセットが基本である。エスクードは開発時期が古い初期型のトリガーであり、汎用性に優れるシールドと比べて、取り回しやトリオンの消費量に難がある。そもそも、二宮隊の二宮匡貴やアイビスを使う狙撃手を相手にしない限り、防御はシールドの強度で充分なのだ。正隊員でエスクードを好んで使用するのは、玉狛第一の烏丸京介や、草壁隊の佐伯竜司くらいのものである。

 しかし、そんな扱いの難しいトリガーを、このルーキーはこうも使いこなしている。乱発はしない。あくまでも要所要所で……味方の着地や、柿崎の炸裂弾に合わせて、エスクードを使用してくる。同時に隙さえあれば、懐に飛び込んでプレッシャーをかけるのも忘れない。強い、というよりは、巧い。

 

「やらしいじゃねーか、ルーキー」

 

 突撃銃を弧月に持ち替え、丙と切り結ぶ柿崎は、ひねくれた褒め言葉を贈る。

 

「これがオレの仕事なんで。褒め言葉として、有難く頂戴しますよ、せんぱい」

 

 丙は飄々と答えるが、的確な防御は凡庸な攻撃よりも神経を使う。B級に上がりたてで、これだけのフォローをこなす判断力と対応力。本当に大したものだと、柿崎は思う。もしも自分がこの中から1人だけ引き抜くとしたら、甲田よりも丙を取るだろう。

 もっとも、敵である今は、ただただ厄介なだけだが。

 

「……けどな、それでもお前らは新米だ。如月がいればすぐにでも俺を落とせただろうに、お前じゃ決定力が足りない。だから俺なんかに、いつまでも粘られるんだ」

「生憎、攻めるよりも責められる方が好きなんで」

 

 挑発も効果なし。この新人達は、極めて冷静だ。

 

「……それに」

 

 冷や汗が、頬を伝って落ちる。

 これは、マズい。

 

「そろそろ、決めさせてもらうっす」

 

 すっと、弧月にかかっていた圧力が抜けた。

 丙の後退と同時に、甲田と早乙女が柿崎を挟み込み、射線が交差する。

 ルーキーの連携攻撃にしてはいささか上等すぎる……十字放火(クロスファイヤ)。

 

「ハウンド!」

「メテオラ!」

 

 柿崎の姿は、爆炎と噴煙に包まれてかき消えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ところで犬飼くん」

「なんですか、加古さん?」

「部隊を率いる隊長に必要な素質って、なんだと思う?」

「素質、ですか?」

 

 加古望から唐突に投げられた問題に、犬飼澄晴は首を捻った。

 今は試合の解説中である。場を盛り上げるために、隣の人間に話を振るのはそう珍しいことではない。中には、全く関係のない話を始めるちゃらんぽらんな隊員もいたりするくらいだ。一度、解説席に呼ばれた生駒隊の隊長が延々と食堂のメニューについて語り続けた事件は、いまだにボーダー内で語り草になっている。もちろん、問題の隊長は解説席出入り禁止になった。

 それはともかく。勝負が決まりかけているこのタイミングで、この質問。食堂のメニューを語り続けた関西人とはちがって、加古には何かしらの意図があるに違いない。少し考えて、犬飼は口を開いた。

 

「うーん、そうですねぇ……とりあえず『強い』ことじゃないですかね?」

「あら。流石は力押ししかできないNo.1射手様が率いるチームね。すばらしい答えだわ」

 

 たっぷり皮肉を効かせた加古の言葉に、今度は慌てて首を横に振る。

 

「いやいや。オレが言う『強い』っていうのは、単純な『実力』だけじゃないですよ! 強さの在り方にもいろいろあるでしょう? いざという時の判断の強さとか、精神の強さとか」

 

 まあ、と。犬飼はそこで一旦言葉を区切り、

 

「そういう諸々を含めて、ウチの隊長は『強い』と、オレは自信を持って断言しますけどね」

「……犬飼くん。マイクが入ってるからって、無理に上司のお世辞を言わなくてもいいのよ?」

「加古さん、二宮さんに対して辛辣すぎじゃありません!?」

「それはともかく」

「流した!?」

 

 テンポのいいやりとりに、会場のあちこちでクスクスと笑いがおこる。しかしおそらく別の場所では、『に』からはじまって『か』で終わる名前の男が額に青筋を立てていることだろう。試合の後のことを考えて、犬飼は頭を抱えたくなった。

 もちろん、加古はそんな隣の様子を微塵も気にせず、さっさと話を進めていく。

 

「犬飼くんの言う通り、隊長に求められる資質は様々だわ。頭の回転のはやさ、純粋な実力、隊員達から尊敬を集める人柄……風間さんあたりは全部持ってそうだけどね」

「ふふっ……ありがとうございます」

 

 加古の褒め言葉に、三上がそつなく笑顔を返す。

 

「それでは、加古隊長が考える『隊長に最も必要な資質』とは何か。聞かせていただけますか?」

 

 完璧な合いの手に、加古もにっこりと微笑んで答えた。

 

「あくまで私の持論だけど」

 

 女性がはっきり口にするには、なかなかどぎついその解答を。

 

「チームの中の誰よりも、勝ちに執着すること」

 

 柿崎国治を、見つめながら。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ああ……やべーな」

 

 荒く息を吐きながら、柿崎は物陰に座り込んだ。爆発に紛れてバッグワームを起動し、なんとか3人を引き離してきたが……見つかるのは時間の問題だ。幸い、四肢は欠損していないので戦闘に支障はない。が、細かいダメージが積み重なった全身は満身創痍のボロボロ。トリオンの残量も、心もとない状態だった。

 

『ザキさん! 3対1は明らかに不利だよ! はやく離脱して文香と合流を!』

「こっちはもう囲まれてんだ。そう簡単に逃がしちゃくれないだろ。あっちにはグラスホッパー持ちもいるしな」

 

 こちらから動けば、甲田達はすぐにでも自分を捕捉するだろう。憎らしいことに、如月隊のオペレーターは優秀だ。逃走経路を算出して動きを読むくらいは、おそらく平気でやってのける。

 

『私が戻ります。それまでなんとか持ちこたえてください』

 

 焦りを押し殺した声で、照屋が提案する。

 

「ダメだ、文香。それじゃあ本末転倒になる。半崎の頭はもう押さえてるんだろ?」

『はい! だから、私がすぐに半崎くんを仕留めます。それですぐに隊長のところに……』

「ダメだ」

 

 ここで照屋を呼び戻せば、確かに柿崎の生存確率は上がるだろう。龍神が来る前に勝負を仕掛ければ、あの3人の内の1人くらいは落とせるかもしれない。しかし、それでは彼女を単独行動させた意味がなくなってしまう。そしてなにより、照屋が合流するまで自分が粘れる保障はどこにもない。

 

『……でも、このままじゃ……』

「そうだな。負けるだろうな」

 

 気休めの強がりすら言えないほど、敗色は濃厚だった。先ほど緊急脱出したのが荒船だったとしたら、如月龍神を単独で止められる隊員はもういない。この試合を見守っている観客の多くは、すでに如月隊の勝利を確信しているに違いない。

 もしも。如月隊のルーキー達が勝利を目前にして油断するような『バカ』であったなら、あるいはその隙を突いて一点の光明を見出すことが叶ったかもしれない。だがしかし、彼らの戦い方に油断や慢心の類は一切見られなかった。確実に着実に、3人がかりで柿崎を仕留めようと動いている。隊長の指導の賜物だろう。どうやら如月龍神には、戦闘のセンスだけでなく、隊長としての高い資質も備わっているようだった。

 

「……くそっ」

 

 悔しい、と思う。

 大規模侵攻での経験を得て、ようやく少しチームが前に進んだ気がしていた。事実、今までの戦術から脱却した初戦での大量得点は、久方ぶりの大金星だった。けれど、調子に乗って前回

と同じく、部隊を二手に分けた結果……招いたのが今の状況だ。

 

 どこで間違えた?

 何をミスした?

 判断ミスがあったとすれば、それは隊長である自分の責任ではないのか?

 

 ぐるぐると。頭の中で自責の言葉が回る。

 

『……まだです』

「文香?」

 

 だが、そんな柿崎の思考は、

 

『……まだ、私達は負けてません』

 

 静かで、けれど確かな部下の一言で、吹き飛ばされた。

 

「…………」

 

 情けない。

 本当に、自分自身が情けないと思う。どうして、こんな簡単なことに今まで気がつけなかったのか?

 手近な電柱に、柿崎は自身の頭を思い切り打ち付けた。

 

「ほんっと、ばかだなオレは……」

『ザキさん?』

『隊長?』

 

 部下がまだ、戦おうとしているのに、

 

「よく聞け、文香」

『は、はい』

「俺は……俺達はまだ勝負を捨てたわけじゃない」

『っ……はい』

 

 真っ先に諦める隊長が、どこにいる?

 

「こっちから、仕掛けるぞ。ただし……」

 

 最後の最後まで、後手に回るわけにはいかない。

 如月隊に、一泡吹かせてやるために。

 

「半崎は、まだ獲るな」

 

 柿崎は、ひとつの指示を部下に出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 甲田は、突然浮かび上がったその反応を、何かの見間違いだと思った。隣を走る早乙女が「お!」と声をあげる。

 

「レーダーに反応あり」

『確認したわ。柿崎さんね。でもこれは……』

 

 涼やかな紗矢の声にも、若干の動揺が見られる。

 

「自分から、バッグワームを解除した?」

「狙いがよめねぇな。トリオンの残量が心もとないとか?」

 

 丙が疑問形でそう言うが、可能性は低いだろうと甲田は思った。柿崎に負わせたダメージは確かに大きいが、緊急脱出もできないこの距離で『バッグワーム』を解除するのは、それ以上にリスクが大きい。もし、柿崎の立場に自分がいたなら、バッグワームを限界ギリギリまで維持できる可能性に賭けて、緊急脱出可能な距離まで逃走を試みるだろう。

 

『逃げ切れないと踏んで、イチかバチか迎え撃つつもりか……それとも、何か策が……?』

「考えてもしょうがないっすよ。どちらにせよ、もう1点取るチャンスですし」

「それに、下手に時間をかけて合流される方が厄介だと思います。照屋さんらしき反応はまだレーダーに写ってるんですよね?」

『ええ。反応はさっきからずっと消えていないし、こちらに向かって来てもいないわ』

「なら、仕掛けましょう。センパイが柿崎さんを囮にした奇襲を警戒するのは分かりますけど……照屋さんと合流できるなら、とっくにそうしてるんじゃないすか?」

 

 甲田の提案に、紗矢は数秒考えてから「そうね」と、返事を返した。

 

「あとはアレか? まだ荒船隊の狙撃手が1人残ってるよな?」

「半崎センパイか」

『大丈夫。半崎くんは照屋さんが抑えているし、逆に照屋さんの動きから、半崎くんの大体の位置は逆算できる』

「心配する必要はないってことですね」

 

 照屋は最初から柿崎達とは合流せず、狙撃手の頭を抑える動きを取っていた。照屋からしてみれば、3人揃っている甲田達や実力が上の龍神を狙うよりも、もう味方がいない半崎を狙った方が得点の可能性はよほど高い。半崎もそれは重々承知しているのだろう。だから、迂闊に撃ってはこれない。しかも、如月隊は狙撃がくるおおよその方向も把握している。この条件下なら、民家などの建物を盾にして動けば、狙撃手はさほどの脅威にはならない。

 

「あと1点。ここはキッチリ取るわよ』

「了解!」

「りょーかいっす!」

「了解です……ん?」

 

 返事の最後に、早乙女が疑問符を付け足した。

 前方に、見間違えようのない柿色の隊服を確認したからだ。

 

「見つけた!」

「……おっと。見つかったか」

 

 甲田達3人は、互いにフォローできる距離を保ちつつ、柿崎をぐるりと包囲する。彼はすでに、足を止めていた。

 

「しつこいな、お前らも」

「そう言う柿崎さんも」

「しぶといですね」

「そりゃあ、このままやられたら0点だからな」

 

 満身創痍の体で、柿崎は突撃銃を構え直す。対する甲田達も、

 

「分かってるな!お前ら!」

「もちろんだぜ、リーダー! 最大の警戒を払うべきは、五体満足の強敵ではなく」

「強い意思を持った、手負いの相手ってね!」

 

 全力で、仕留めにかかる。

 

「……なるほど」

 

 如月はいい部下を持ったな、という呟きは口には出さず。

 柿崎は、3人の敵をたった1人で迎え撃つ。

 

「けどな、ルーキー」

 

 シールドを張って撃ち合ったところで、さっきの繰り返しになるだけだ。だから柿崎は、最初から不利な撃ち合いに付き合う気などない。

 

「このまま負けてやる気はねぇぞ!」

 

 選んだのは『炸裂弾(メテオラ)』。

 ばらまかれたそれらが爆発し、周囲の建造物を崩していく。しかし、その狙いはまるでデタラメで、甲田達には掠りもしない。

 

「へっ……こんな攻撃当たるかよ!」

「どこを狙って!」

 

 先ほどの攻防で、柿崎は腕や足にいくらかのダメージを負っている。突撃銃にセットされる『炸裂弾(メテオラ)』は威力が大きい単発タイプで、当然反動もデカい。自由に動かない手足では、扱いきることができないのだろう。

 柿崎の狙いが甘いことを見切った早乙女と丙は、シールドをそれぞれの攻撃用トリガーに切り替えた。甲田も同様に『追尾弾』を起動し、

 

(……おかしい)

 

 止まる。

 柿崎には、もうあとがない。今の『炸裂弾』は、残り少ないトリオンをかき集めた決死の反撃であったはずだ。ダメージを負っていることを加味しても、いやダメージを負っているからこそ、貴重なトリオンを使い潰すような真似はしないはず。『炸裂弾』の使用には、必ず何かの意図がある。

 奇しくも、甲田と紗矢がその可能性に思い至ったのは、全くの同時だった。

 

『っ……狙撃警戒!』

「お前ら! 頭伏せろ!」

 

 あるいは、どちらかの警告がコンマ数秒早ければ。回避は間に合っていたかもしれない。

 狙われたのは『両攻撃(フルアタック)』の態勢に入っていた早乙女だった。横合いから、噴煙の中を抉り抜くように飛来した一発の弾丸。それは、寸分違わず早乙女の頭部の中心を撃ち貫いた。

 

「早乙女!」

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 うめき声ひとつ出せず、急所を抜かれた早乙女の戦闘体が崩壊する。

 

「狙撃ぃ!?」

『崩れた建物からは離れなさい! 二発目がくるわよ!』

「姐さん! スナイパーは柿崎隊が抑えてるんじゃないんすか!?」

 

 狙撃が飛来した方向に対して『エスクード』を展開。防御態勢を取りつつ、丙が紗矢に問う。紗矢はその質問に対する解答をすでに導き出していたが、悠長に答え合わせをしている時間はなかった。

 敵は、待ってはくれない。

 

『無駄口叩かない! 柿崎さんがくる!』

「丙!」

「っ!」

 

 相手が崩れた瞬間を、敵が見逃す理由はない。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 獣のような咆哮を伴って、柿崎は突進する。『通常弾(アステロイド)』を撃ち尽くす勢いで丙に浴びせかけ、限界が近い体に鞭打って、意地と執念だけで丙に肉薄する。当然、甲田は彼の接近を阻止してトドメを刺すために、トリオンキューブの弾丸を構えた。しかし、撃つことはできない。距離と角度が、悪すぎるからだ。

 

(くそっ……ここから撃ったら丙に当たっちまう。なら『グラスホッパー』で跳んで、上から……)

『甲田くん、跳んじゃダメ!』

「っ……なんでですかセンパイ!?」

『狙撃を忘れたの!?』

 

 たった一言で、グラスホッパーを起動しようとしていた甲田の左手が止まる。

 そう。今、この戦闘は狙撃手に見られている。柿崎の上を取るのは簡単だが、空中には障害物がない。迂闊に飛び上がった丸見えのターゲットは、狙撃手からしてみれば絶好のカモである。加えて、柿崎は『エスクード』で射線を切った丙に接近している。『炸裂弾』で自ら射線を通しておきながら、柿崎自身は狙撃のターゲットにはならない。必然、もたらされる状況は彼と丙の一騎打ち。

 他の部隊の狙撃手がいる、というプレッシャーを示すことで、柿崎は劣勢でありながらも如月隊の動きを見事に制限していた。

 

「けど、そんなズタボロで!」

 

 思惑通りに接近を許したとはいえ、寄ってきてくれるなら攻撃手の丙にとってはむしろ好都合。突撃銃を足下に捨て、弧月を抜いた柿崎と丙は真正面から切り結んだ。

 

「やられましたよ、柿崎さん。でも、オレに近づいてそれでどうするんすか?」

「お前を倒すに決まってんだろ」

 

 じりじりと。鍔迫り合いで押されながらも、柿崎は不敵な一言を突き返す。丙は笑った。

 

「やれるもんなら……」

「やってみろ、ってか!」

 

 勢いにのっているのは、間違いなく柿崎。しかしながら、斬り合いならそう簡単にやられない、という自負が丙にはあった。

 だが、丙は失念していた。たとえ、B級中位でくすぶっていようとも、実力を示す機会に恵まれなかったとしても。柿崎国治は紛れもなく、現ボーダー設立時から戦い続けてきた古株の1人。

 そしてなにより、

 

「そうさせてもらうぜ」

 

 彼のポジションは『攻撃手(アタッカー)』ではなく『万能手(オールラウンダー)』である。

 丙の視界の端で、何かが持ち上がる。それは、柿崎が一度手放したはずの……

 

「アサルトライフル……っ!」

 

 ライフルのストラップに爪先を引っ掛けて、蹴り上げる。彼らしからぬ博打めいた『魅せる動作』に、丙は目を見開いた。

 右手で弧月は保持したまま。もう一つの攻撃手段を掴み取った柿崎は、左手の銃口を目の前の敵に突きつける。親指が、トリガー横のスイッチを再び切り替える。

 

「ベテランの技有り、だ」

 

 時間を止めたかのように、丙の表情は凍りついた。

 背中には、自分が展開してしまった『エスクード』がある。この距離で、この状況で、そんなモノを撃ったら――――

 

 

「自爆、かよ!?」

 

 

 ――――そして『炸裂弾(メテオラ)』は爆ぜた。

 両者の体を起点にした爆発は、トリオン体を吹っ飛ばすには充分すぎる爆風と威力を持っていた。不意を突かれた丙はシールドすら間に合わず。左腕ごと体の半分がもっていかれた柿崎も、その勢いのまま地面を転がり、

 

「……自爆じゃねえ。相討ちだ」

 

『トリオン漏出甚大。緊急脱出』

 

 力尽きる。

 まるで、最後の意地を見せつけるかのように。二筋の光が、青空に上った。

 

「くそ! 最後の最後に……」

『やられたわね……』

 

 

◇◆◇◆

 

 

 実際にスナイパーライフルで狙撃を行う場合、現実的な最長射程距離は約1キロメートルだと言われている。これはボーダーで使われているライフルにも当てはまり、最も射程距離が長い『イーグレット』を用いて、俗に言う『1キロ狙撃(スナイプ)』を行える狙撃手は、数えるほどしかいない。No.1狙撃手の当真勇やNo.2の奈良坂透、

 

「ふぃー。なんとかゼロ点回避っと……」

 

 荒船隊所属の半崎義人も、彼らと同等の技術を持つ、数えるほどしかいない内の1人である。

 彼が陣取っていたのは、如月隊の無差別爆撃から難を逃れた、比較的高さがあるアパートの屋上。周囲の建造物が崩れた瞬間に、噴煙に紛れたターゲットの急所を射貫く……という神業染みた狙撃を成功させた半崎は、大きく息を吐いて体の緊張を解いた。

 

「あー、でもこれ逃げ切れないパターンだなあ……」

「うん。ごめんなさい、半崎くん」

 

 背後から聞こえてきたソプラノボイスに、半崎は観念して振り返る。

 

「……見逃してもらう、とかは?」

「それも無理」

 

 一応、同級生であるはずの女子は、しかし同い年とは思えない圧力を伴って、笑顔で迫ってくる。というか、距離を詰めてきているのは知っていたが、それでも距離を詰めてくるのが早すぎる。このあたりのそつのなさは、さすが歌川や奈良坂と新人王を争った才女と言うべきか。

 

「オレを獲らなかったのは、柿崎さんの指示?」

 

 半崎の問いに照屋文香は頷いた。

 

「そうだよ」

「やっぱそうなのか……」

 

 そりゃダルイわと言いかけて、半崎は後半の言葉を胸の内に留めた。今の自分は狙撃態勢そのままの状態。『イーグレット』をしまった瞬間に(突撃銃で)撃たれるだろうし、あるいは『バッグワーム』を解いた瞬間にも(弧月で)切られるだろう。要するに『シールド』を起動して逃走する素振りを見せた瞬間に、死ぬ。

 目の前のコワイ女子に気づかれないようにじりじりと下がりつつ、半崎は小声で通信を繋いだ。

 

「……荒船センパーイ。頑張れば、逃げ切れたりしませんかね、コレ」

『そこまで寄られておいて、今さらなに言ってんだ。ウチは柿崎隊のおこぼれで1点もらったようなもんなんだから、諦めてやられてこい』

「えー。うまく『使われた』だけじゃなっすか……」

 

 宿敵との一戦を終えてどこか満足げな荒船は、とりつく島もない。

 

『観念しろ、男なら』

「……いや、一応逃げます。ダルいっすけど」

 

 半崎は思い切って踵を返し、駆け出した。駆け出した、が。

 

「時間もないから、ごめんね」

 

 首と胴体が、泣き別れになった。

 

「……あー」

 

 わざわざ、そっち(旋空弧月)を使うなんて、本当に抜け目ない。

 

「マジダルイわ……」

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 首だけの状態でため息を吐き、荒船隊最後の1人は脱落した。

 

「……よし」

 

 それを見とどけてしまえば、照屋の役目は完了だ。もうこの場に残る理由はない。もたもたしていると、60メートル圏内に入られて、緊急脱出できなくなってしまう。

 

「……次は、必ず」

 

 一瞬だけ。彼女は如月隊の隊長がいるであろう方角を見つめて、

 

「『緊急脱出』」

 

 自らの意思で、戦場から離脱した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「む……」

 

 緊急脱出の光が、立て続けに二つ。それを見て、龍神は小さく声を漏らした。

 

「間に合わなかったか」

『……ごめんなさい。詰めを誤ったわ』

「気にするな。照屋は状況判断も咄嗟の事態の捌き方も巧い。逃げ切られるのはある意味当然だ」

 

 街路樹に背中を預けて、龍神は大きく伸びをする。

 

「うまく粘られてしまったが……」

 

 如月隊、4得点。生存点2。計6点。

 柿崎隊、2得点、計2点。

 荒船隊、1得点、計1点。

 

 総合、6対2対1で、

 

「とりあえず、俺達の勝ちだ」

 

 B級ランク戦、ROUND2昼の部、決着。




個人的に、ザキさんと照屋ちゃんはかなりお似合いだと思ってます。

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