如月龍神は正座していた。
正座とは元々、神様や仏様、将軍様といった『とてつもなく目上の偉い人』に対する座り方の作法である。龍神にとって鬼怒田は、神様仏様に限りなく近いとてつもなく尊い存在でいらっしゃるので、鬼怒田の目の前で正座し続けること自体は、龍神は特に不満ではなかった。
とはいえ、3時間も正座を続けていると、さすがに足に限界がくるわけで、
「……よくわかった。勝手に設備を触って勝手にトリオンを注入して、勝手に盛り上がってしまったことは心から謝罪する。本当にすいませんでした」
「わかったのか? 貴様は本当にわかったのか!? 何が問題なのか、理解したのか? 反省したのか? 心の底から悔い改めたのか!?」
「もちろんだとも。俺は理解したし、反省したし、心の底から悔い改めているぞ、鬼怒田さん! というか、3時間もぶっ続けで俺の説教をしているが、体は大丈夫か? ただでさえ普段から寝不足なんだし、そろそろ休んだ方がいいんじゃないか? 無理は後から体に響くぞ」
「む……んん……たしかに……って、なんで説教してるワシがお前に体を心配をされなきゃいかんのだ!? そもそも、誰のせいでこんな無駄な時間を使う羽目になったか分かっておるのかお前はぁ!?」
「ああ! 掛け値なしの100パーセント! 俺のせいだな!」
「貴様ぁああああああああああ!」
本日何本目か分からない鬼怒田の血管がブチ切れ、いい加減聞き飽きてきた怒声が室内に木霊する。もうすっかり目が覚めてしまった開発室のエンジニア一同は、かといって2人の間に割って入ってそのやりとりを止めるわけでもなく。龍神が持ってきた差し入れを呑気にパクつきながら、そのコントじみたやりとりを眺めていた。
「ふわぁあ……今日のお説教はいつにも増して長いなあ」
「ですねー。まあ、如月くん最近ここ来てなかったし、ひさびさに鬼怒田さんにかまってもらってうれしいんじゃないんですか? あ、このロールケーキおいしい」
「室長もツンデレだよなー。如月くんの試合は全部目通して、なかなかがんばっておるな……とか言ってたのに。オイ、そっちの煎餅とってくれ」
「はいよ。しかし、ひさしぶりに来たと思ったら、何の躊躇いもなくボタン押してアレを起動させちゃうんだから、やっぱ持ってるよなぁ。キラッキラ目ぇ輝かせてたし」
「ていうか、誰ですか? あそこのコンソールに『押すな』なんて張り紙したの? 如月くんが見たら押すに決まってるでしょう」
「あー、それ俺だわ」
「チーフだった!」
「なにやってるんですか雷蔵さん!」
「いやー、最近来てなかったから油断したわ」
呑気に笑うエンジニア一同。あまりにも開発室に入り浸り馴染み過ぎているせいで、龍神の敵になる人物は基本的にここにはいない。
「もうそのくらいでいいんじゃないですかー、室長?」
「如月くんは言えば分かる子ですよ」
「今回の件も上に報告あげて、反省文書いてもらえば大丈夫でしょう」
「最悪、記憶封印措置で今回の件だけすっきり忘れてもらうっていう手もありますし」
龍神の援護に回り始めた部下達を鬼怒田は寝不足の目で(いつも大体寝不足だが)、睨みつける。
「まったく……揃いも揃って如月を庇いおって……大体、記憶封印措置をこんなくだらんことに使えるわけがなかろう!? 少しは考えてからモノを言えっ!」
記憶封印措置が云々、と提案したエンジニアは体を縮みこませて反省の意思を示す。
「まあまあ。そんなに怒らないでくれ、鬼怒田さん。開発室のみなさんは俺を庇ってああ言ってくれているわけだし……」
「ワシがっ! いちばんっ! 腹を立てているのはっ! お前ただ一人だと言っておるだろうがぁああああああああああああ!」
「い、痛い! 愛の鞭でも痛いものは痛い!?」
拳骨でアホの頭を挟みこみ、ぐりぐりと圧迫する鬼怒田。反省のためにきっちりトリガーをオフして正座していた龍神は、その容赦ない攻撃に悲鳴をあげた。
「お前のこのエキセントリックな頭の中身は! 一体どうすればまともになる!? 頭蓋を切り開いて、脳みその中身を入れ替えてやろうか!?」
「いたたたた……いや、それは違うぞ鬼怒田さん。俺を突き動かす熱い衝動は、頭の中ではなく、この胸の内に在る。もちろん、鬼怒田さんへの尊敬の念もな!」
「お前はその尊敬の念とやらをもう少しまともな形で表にだせんのか!?」
流石に怒鳴り疲れて怒り果てたのか。鬼怒田はそこまで言い切ると龍神から離れ、空いている椅子にどっかりと腰を下した。龍神もそれを見て、正座していた足を解く。お説教の終了タイミングを完璧に見切っているあたり、この厨二がいかに普段から怒られ慣れているかが伺える。
「それで……どうしてお前は、あのラッド……エネドラにそこまで興味を示す? 何か理由があるのか?」
「理由、か。ふむ……時に、鬼怒田さん。俺のチームに足りないモノは、何だと思う?」
「足りないモノ?」
「ああ。将来有望な部下、生意気だが優秀なオペレーター。そしてなにより、俺という優秀な隊長。チームに必要なものは、全て揃っているように見えるだろう。だが、俺のチームにはまだ、決定的に不足しているものがある」
「不足しているモノ、だと?」
「そう俺のチームに決定的に不足しているもの……」
痺れた足のせいで、生まれたての小鹿のように立ち上がりながら。
それでも、龍神は鬼怒田を見据えて宣言した。
「―――それは『マスコット』だ」
室内の空気が、よく分からない感じに固まる。
(最近はマジメにランク戦に取り組んでいたからすっかり忘れてたけど)
(如月くんってやっぱりバカだなぁ)
(どうしてこんなにバカなんだろう?)
開発室のエンジニア達は、生温かい目で龍神を見守る。鬼怒田に至っては怒る気すら失せたのか、脱力しきって天井を見上げる始末である。
「……なんというか、ああ、お前はやはりなんというか……相変わらずだな」
「そんなに褒めないでくれ。照れるだろう?」
「褒めとらんわい」
怒る人間と怒られる人間の内、『怒られる人間』の方をタイプ分けした場合。怒っていると口答えしてきて、さらにこちらをイライラさせるタイプ。怒ったらその分きちんと反省してきっちり謝罪するタイプ。さらに、必要以上に萎縮して、怒っているこちらが申し訳なくなってくるタイプなどがいる。龍神はこのどれにも当てはまらず、怒っている内に「なんかもういいや」と、怒っている側の怒りをそぎ落とす珍しいタイプであった。
そのくせ、ちゃんと3時間正座の状態で説教を聞いたり、相手への尊敬ははっきり口に出して言うので、始末に悪い。
事実、鬼怒田は「もういいか……反省文書かせて終らせよう」みたいな気分になっていた。
「なるほどなぁ」
だが、生粋の厨二が巻き起こした騒動が、この程度で収束するはずがなく。
「つまりてめーはオレ様の力を借りたいと。そういうわけだ」
カサカサと天井を這い回り、こっそり彼らの会話を盗み聞きしていた黒い影は、自分の出番だと言わんばかりに龍神と鬼怒田の目の前へ。鮮やかに飛び降りて、着地を決めた。
突然天井から落ちてきたゴキ〇リみたいな物体に、龍神は目を見開く。
「お前は……エネドラッド!?」
「エネドラだ! ラッドをくっつけるんじゃねえ!」
訂正すべきところはきっちり訂正するエネドラッド……もといエネドラ。
お説教の過程で、鬼怒田から彼の事情―――仲間に裏切られ、死亡した黒トリガー使いの意識を『トリガー角(ホーン)』ごと移植しなおした―――を聞いていた龍神は、あらためてまじまじとその姿を見た。そして、顎に手を当てて唸る。
「ふぅむ……見れば見るほどカッコいいな」
(如月くんのセンスってどうなってるの?)
(分からん。あんまり分かりたくもない)
(俺たちのような凡人には理解できない領域だ)
ひそひそと喋るエンジニア達に向かって、鬼怒田がくわっ!と目を剥く。
「おい! コイツの拘束処置を担当していたのは誰だ! そもそも、尋問の時以外はトリオンを抜いておけと言っただろう!?」
「す、すいません! 如月くんが起動した後、ついそのままに……」
「ばかもん! 逃げられでもしたらどうする気だ!? いいからさっさと捕まえて電源を落とせ!」
「待ってくれ、鬼怒田さん。逃げようと思えば逃げられたのに、コイツはこうしてここにいる。それはつまり、俺達への協力の意思があるということじゃないか?」
「むっ……?」
龍神の発言に、エネドラは一つ目を歪めて……意図的に笑みに近い表情を作って、おそらく笑った。
「察しがいいじゃねぇか。ところでサル。そのマスコットってのはなんだ? なんかの役割か?」
「ふむ……簡単に言うと『顔役』だな。そのチームの存在を他の人間に知らしめたり、象徴として一番目立つポジションに立ったりする」
「へぇ……あんまり気乗りはしねぇが、まぁ悪くねぇな」
(悪くはないんだ……)
(ていうか、如月くんの説明……間違ってはない。間違ってはないけれども!)
(アイツが宣伝とか広報イベントに登場したら殺虫剤ぶちまけられそうだな)
何とも言えない顔で沈黙するエンジニア達は一切気にせず。龍神とエネドラは会話を続ける。
「単刀直入に聞くぜ。玄界のサル。てめぇ、オレのことをカッコいいと言ったな?」
「ああ。たしかに言った」
「このオレの情けねー体を見て、一体全体、どこがカッコいいと思った?」
「色々あるが、なによりも惹かれたのは……その黒いボディだな」
ちなみにボディの色は、エネドラが目覚めて最初にエンジニアに注文をつけて変えさせた、一番の拘りポイントである。
「けっ……なるほどなぁ。なにも考えてねぇただのアホザルかと思ったが、なかなかどうして話が分かるみてぇだ。玄界の人間はクズばっかりだと思ってたが……少しばかり気に入ったぜ」
(あれ……? なんかいい感じに話進んでる?)
(如月くん、地味に人心掌握するのうまいからなあ)
(……やっぱアイツ、ボディの色には拘り持ってたんだな)
(生身の時は独特な髪型してたし、ああ見えてオシャレさんか? オシャレさんなのか?)
「オイ、クソハゲジジイ」
「……ワシはここの責任者の鬼怒田だ。あまり生意気ばかり言っていると、貴様の電源を即刻叩き落すぞ」
「ちっ……ああ、わかったよ。なら、鬼怒田さんよぉ……元の身体を失った、哀れで悲しい捕虜のお願いをひとつ聞いてくれよ」
「…………言ってみろ」
「なぁに、そう難しい話じゃねぇ。むしろオレはお前らに協力してやる気満々だ。オレが知っていることは、なんでも話してやる」
多脚の内の一本を、ゆっくりと掲げて、
「だから、オレへの尋問はそこにいる話が分かる馬鹿を通じてやってくれ」
黒い爪の先端を使い、龍神を指さした。
「な、な……?」
「ほう。そちらから名指ししてもらえるとは光栄だな」
鬼怒田は固まり、龍神は頷き。残りのエンジニア達はやっぱりかと言いたげに、ため息混じりの苦笑い。
「勘違いするんじゃねえ。サルどもの中じゃ、お前がマシな部類に入るってだけだ」
「それでもいいさ。よろしくな、エネドラ」
「けっ……」
手を差し出した龍神の意図を理解したのだろう。「くだらねぇぜ」と呟きながらも、エネドラは片足を龍神に向けて突き出した。その小さな黒い足先を、しっかりと指先で掴み込み。龍神とエネドラは形ばかりの握手を交わした。形ばかりとはいえ、少なくとも互いに歩み寄る意思を、2人は明確に示していた。
捕虜の尋問をスムーズに行う、という意味で。それは大きな進展ではあったが。
「どうして、こうなる……?」
鬼怒田の頭痛の種は、増えるばかりであった。
◇◆◇◆
「さて……いっちょやるか」
ROUND2が終わった翌日。空閑遊真は1人で本部の模擬戦ブースに来ていた。きたるROUND3に向けて、体を慣らしておくためである。
「オイ……あれ」
「玉狛の空閑だろ? 昨日、鈴鳴第一の村上先輩と引き分けに持ち込んだ……」
「ああ。制限時間ギリギリまで戦って決着つかなかったんだっけ?」
「でも粘ってたのは村上先輩の方で、かなり押されてたって話だぞ」
「マジかよ!? 攻撃手4位相手に!?」
「でもさあ、村上さんのサイドエフェクトってたしか……」
遠巻きにひそひそと。遊真は注目を集めていた。昨日のランク戦でも村上と派手にやりあったので、注目されるのは当然といえば当然だが、どうにも居心地が悪い。
「どう? そこのキミ、おれと個人戦しない?」
「た、玉狛の……い、いえ! 大丈夫ですっ!」
フレンドリーに、にこやかに話しかけても、逃げられてしまう。せっかく本部まで足を運んだというのに、相手がいないのでは何の意味もなかった。
(むう……ミドリカワかヨースケセンパイがいればいいのに……)
そう思いながら周囲を見回したが、こういう日に限って槍バカな先輩も迅バカな後輩も見当たらない。特徴的な白髪をかきながら、遊真は仕方なく休憩スペースのソファーに座り込んだ。
これなら、玉狛支部で宇佐美特製の『夜叉丸シリーズ』と戦っておいた方がよかったかもしれない。最近、新作の『夜叉丸ゲシュペンスト』や『夜叉丸ナハト』を追加したと宇佐美は自慢げに語っていたし、そこらへんの隊員を相手にするよりは余程戦い甲斐がある。
「なんだ? 暇なのか?」
「お?」
だからこそ。もう少し待って誰も見つからなかった帰るか……と、後ろ向きに考え始めていた遊真にとって、その声の主は待ち望んでいた相手だった。
「えーと、村上、センパイ?」
「昨日はどうも、とでも言えばいいか? 空閑」
「いえいえ、こちらこそ。昨日散々苦戦させられました」
手を合わせて唇を尖らせる遊真に、声をかけてきた人物―――ボーダーNo.4攻撃手、村上鋼は苦笑する。
すでにトリガーを起動して、緑を基調にした隊服に身を包んでいた彼は、薄く笑って遊真の発言を否定した。
「昨日、苦戦させられたのはオレ達の方だろう。結局、最後まで防戦一方でお前を落とせなかった。あのメガネの隊長も含めてな」
「ウチのオサムは弱いけど、いろいろ考えてるからね。でも、それを言うなら……」
人なつっこい笑みを絶やさないまま、遊真は村上を見上げて言う。
「昨日の村上センパイも、本気じゃなかったでしょ?」
空気が、目に見えて引き締まった。
2人の会話を遠巻きに聞いていた隊員達は、思わず息を飲んで村上の次の発言を待つ。が、緊張感に満ちた場の雰囲気とは真逆に、村上はいたって自然な調子で肩を竦めた。
「やれやれ。それはまあ……たしかにその通りだ。オレの『サイドエフェクト』について、誰かから聞いたのか?」
「しおりちゃんから聞いてるよ」
「しおりちゃん……ああ、宇佐美か」
「サイドエフェクトについて聞くの、まずかった?」
「いや、そんなことはないぞ。新入りの隊員じゃなければ、大体みんな知っているしな。隠すようなことでもない」
「ふむ……そういうものか」
「ああ。そういうものだ」
独特なテンポで会話を続ける遊真と村上。だが、2人は世間話をするためにここに来たわけではない。模擬戦をしに来たのだ。ならば、やることは決まっている。
「……さて。今日、オレは軽い調整のつもりで本部にきたんだが」
「奇遇だね。おれもだ」
「なら、話ははやいな。けど、いいのか? 『強化睡眠記憶』について聞いているなら、オレと『本番前』に個人戦をやることが自分にとってどれだけマイナスに働くか……分かるだろ?」
感情を読み取りにくい瞳が、遊真を上から見下ろす。
「それでもやるか?」
「うん。やるよ」
考える素振りすら見せず、遊真は即答した。ソファーから立ち上がった玉狛のエースを見て、周囲がざわめく。
「マジかよ……!?」
「玉狛と鈴鳴のエースが、タイマン勝負!?」
「昨日の今日でやりあうのかよ!」
「どっちが勝つんだ!?」
静寂から一転。騒ぎ始めた隊員達を一瞥して、村上は大きく息を吐いた。
「……あんまり、目立つのは好きじゃないんだけどな」
「そうなの?」
「ああ。こういう雰囲気が好きなのは、それこそ……」
「―――ほう? なにやら、おもしろそうなことになっているな」
その瞬間、無駄によく通る声が、村上の言葉を遮る形で響き渡った。ボーダーのマークが入った白いパーカーを翻し、その男は野次馬の集団を真っ二つに分ける形で姿を現す。例えるならば、海を割ってエジプトを出立したモーセの如く。
ただの隊員なら、遊真と村上を取り囲んでいた野次馬達は道を空けなかっただろう。彼らが自分から道を譲ったのは、その隊員が遊真と村上の次の対戦相手だったからだ。
もしかしたら、という期待が、彼らに自然と道を開かせた。
「……噂をすれば、だな」
まるで、彼が来ることを分かっていたかのように村上は言う。同様に、遊真も心のどこかでそれを期待していたのか、彼の名を嬉しげに呼んだ。
「たつみセンパイじゃん。奇遇だね」
「また、大層なご登場だな。如月」
「ふっ……主役は遅れてやってくるものだ。ひさしぶりだな、鋼さん、空閑」
自分が主役であることを、まったく疑わない強気な発言。
やはり如月龍神は少しも変わっていないことを再確認して、村上は笑った。
「で、どうする? まさか、立ち話をするためにギャラリーをかき分けて割り込んできたわけじゃないだろ?」
「おれたち、今から個人戦やるとこだったんだけど」
「それはいいな。エネドラの件といい、これといい、どうやら今日の俺はついているらしい」
「えねどら?」
「ああ、いや、こっちの話だ」
ゴホン、と咳払いをひとつ。気を取り直すように喉を整えて、龍神は遊真と村上を正面から見据える。トリガーを取り出すために懐に手を入れ、周囲の人間にもはっきりと聞こえるように、言った。
「当然、俺も混ぜてもらおう」
奇しくも、次のROUND3。それぞれのチームのエースが一同に会するという運命のいたずら。こんな光景を目の当たりにして、興奮するなという方が無理だろう。
「すげええええ!」
「今期一番の注目株2人と、No.4攻撃手が模擬戦か!」
「おい、他の奴らにも教えてやろうぜ」
「それよりも、誰か武富さん呼んで来いよ。実況いるレベルだろ、これ」
「解説に、誰か暇してる正隊員の人とかきてくれないかな!?」
熱量が最高潮に達した隊員達の歓声が、一気に爆発する。
「うぉ……たつみセンパイは盛り上げ上手だな」
「どいつもこいつも……今期のルーキーはバカばっかりだ」
天井を見上げて、村上はぼやいた。思わず、呆れが口を突いて漏れ出てしまったが……試合前に自分と戦うことが『どれだけマイナスに働くか』分かっていながら、それでもなお、果敢に向かってくる後輩達。流石に村上も、こんな挑戦を叩き付けられて何も感じないほどクールではない。
本番前の前哨戦。コンディションを整え、心に火を点けるには絶好の機会だ。
「じゃあ、3人のバトルロワイヤルでやるか。本数は10本で……って、どうした如月?」
「ん? ああ、いや……」
トリガーを取り出して決めポーズを取る気満々だった龍神は、なぜか全身のポケットをひっくり返して固まっていた。顔には珍しく、うっすらと冷や汗まで滲んでいる。しばらく考え込んだ後、ボーダー屈指の厨二馬鹿は「ああ!」と何かを思い出した様子で手を叩いた。
「……えっと、その。アレだ。なんというか……すまん、鋼さん」
「……なんとなく予想はつくが、言ってみろ」
実にあっけらかんと。
「トリガー、整備点検のために開発室に置いてきたんだった」
「……」
「……」
「「はぁあああああああああああああああああああ!?」」
別の意味で湧き上がる歓声……いや、ブーイング。
集まっていた野次馬達の内、何名かが実に見事なリアクションですっころんだ。
「いやあ、すまない。気分が盛り上がり過ぎて、すっかり忘れていた」
「…………しっかりしてよ、たつみセンパイ」
「まったくお前は……」
村上鋼はクールというかなんというか、表情から感情を読みにくいタイプの人種である。だが、そんな村上にしては珍しく、落胆と呆れの色がありありと顔に浮かんでいた。
「お前、どうする気だ? ここまで盛り上げておいて……」
「お困りのようだね! たっつー!」
その瞬間、またもや響いたのは龍神とは別の雰囲気でよく通る声。
今日はよく話を遮られる日だな……と村上は思った。
「……その声! その呼び方は……まさか!?」
はっ!と上を見上げる龍神に投げ渡されたのは、龍神が所持しているものとは別の『トリガー』。それを投げ渡した張本人は、龍神達がいるラウンジを吹き抜けの2階から見下ろしていた。
龍神と同等クラスの派手な登場。仲間のピンチにパワーアップアイテムを渡すお約束。そんな王道展開を正しく理解し、実行できる人間はボーダー広しといえども1人しかいない。ついでに、龍神のことを『たっつー』という変なあだ名で呼ぶ人間も、1人しかいない。
「トリガーが手元にないのなら、ぼくのそれを使うといい。ついでに、きみ達の勝負も見届けさせてもらうよ」
甘いマスクに、白い歯をきらりと輝かせて。
名は体を表すを地でいくボーダー随一のイケメン隊長(ただし、性格とネーミングセンスに多大な問題アリ)、王子一彰は爽やかな笑顔でそこに立っていた。
なお、王子隊長はけっこう毒されている部類に入ります。