厨二なボーダー隊員   作:龍流

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混戦。進化の兆し

 土砂崩れに巻き込まれる。そんな経験をしたことがある人間が、果たしてこの世の中にどれだけいるだろうか?

 断言しよう。普通はいない。

 鼓膜を引き裂く轟音に、体が竦む。判断が鈍る。今の体は生身ではないトリオン体で、これが現実ではない『仮想空間』だと分かっていても。もっと根源的な恐怖が落ち着け、と叫ぶ理性を上塗りする。

 龍神が最初に選択したのは、グラスホッパーによる上空への回避だった。

 

「跳べ、甲田!」

「はいっ!」

 

 そして当然。対応する側ではなく、対応を迫る側である遊真が選択したのは上空への回避の阻止であった。

 龍神の視界の端を、遊真が横切る。落とすのに手間がかかる敵は無視して、獲りやすい点を獲りに行く。誰を狙っているのかは考えるまでもない。

 

「甲田!」

 

 迫り来る土砂など、気にも留めていない様子だった。グラスホッパーによって得た加速を存分に活かし、空中で甲田と切り結んだ遊真は甲田の体勢を崩しにかかる。地面に押し込まれ、着地した甲田は舌打ちを漏らした。離脱しようにも、遊真を相手に背中を向けるということは、その時点で緊急脱出と同義である。

 

「くそっ……ハウンド!」

「しぶといね、コーダ」

「こんっ……の! さっさと離れてくれませんかねぇ!? 土砂きてるの見えてないんすか!?」

「ん。もちろん逃げるよ」

 

 甲田の悪態に対して、遊真の薄い赤色の瞳は、すっと見下ろすように細められた。

 

「お前、殺したらな」

「っ……!」

 

 シールドを展開して追尾弾から回避機動を取っていた遊真の動きが、ガラリと変化する。直線的な突撃。一見、命知らずなようでその実、追尾弾の誘導半径を見切った冷静な突貫だ。どんな状況でも、クレバーに確実に。自分とは違う『場数』を感じさせる遊真の挙動に、甲田はまた内心で舌を巻いた。

 けれど、やられるわけにはいかない。

 

「アステロイド!」

 

 迎撃の弾丸が、青い隊服を掠める。それだけでは迎え撃つに足りないと、スコーピオンを振りかぶり、交差する一瞬。

 

 

 

「……んなっ…………!?」

 

 

 

 肘から斬り飛ばされた右腕に、絶句した。

 

 

 

 

(甲田が……やられる)

 

 斜面に点在するやせ細った樹木の上に着地した龍神は、振り返って2人を見る。スコーピオンで鍔迫り合いを演じ、今この瞬間にも遊真のブレードは甲田の喉元に喰らいつこうとしていた。

 

 そして同時に、土砂の到達も迫る。

 

『到達まで、あと10、9、8……もうダメっ……如月くん、退避を!』

 

 紗矢の悲鳴が耳朶を打つ。ぎり、と。龍神は歯軋りした。孤月を握り締めるグローブの下で、染み出た汗が滲む。

 

『5』

 

 たったの数秒が、コンマ単位で動く時間が、引き伸ばされていく。薄く広がる時間の中で、思考と現実の流れがずれ込んでいく。

 

『4』

 

 援護しなければ、甲田がやられる。

 だが『旋空孤月』では、確実に巻き込んでしまう。巻き込むことを前提にして、甲田ごと遊真を斬ったとしても、遊真を仕留められる保証はない。

 

『3』

 

 むしろ、乱戦を得意とする遊真はこの状況を正しく理解し、こちらの攻撃を誘っているのではないか?

 そもそも、この不安定な足場で。旋空を用いた正確な斬撃を打つことができるのか?

 

『2』

 

 頬に、土の粒が当たった。

 見なくても、土の塊がすぐそこに迫ってきているのが分かった。

 不安定な足場が、凄まじい衝撃で揺れる。

 

 

「隊長っ! オレがいきます!」

 

 

 だから。

 甲田ではない。

 紗矢ではない。

 この場に飛び込んできた新たな1人の叫びを聞いて、龍神は動いた。

 

『1』

 

 薄く短く浅く早く、最も効率的な呼吸を。

 狙いは決まっている。ならば、そこを斬るのではなく。打てばいいだけのこと。

 そのための手段を、自分は持っている。

 

 

 できるのか?

 

 

「『打つ』」

 

 

 できる。

 

 

 参式・姫萩。

 踏み締めた木の幹が音を鳴らす。掌から出力されたトリオンが刀身に充填され、専用オプションが起動する。起動と同時、伸ばした腕に確かな感触が響く。

 

「……あっぶな」

 

 しかし。

 直撃、ならず。

 遊真は上体を大きく逸らし、傍らの地面を穿った孤月の切っ先を見た。そしてそのまま、展開したグラスホッパーを蹴って全力で離脱する。自分達で仕掛けた土砂崩れに巻き込まれるほど、遊真は間抜けではなかった。甲田のトドメこそ刺せなかったが、それは単純にタイムリミットに間に合わなかったことに加え……必要ないと、判断したからに過ぎない。

 龍神は、息を飲んだ。

 到達した轟音と衝撃が視界と足場を揺らし、白い隊服が見えなくなる。

 甲田の離脱は、間に合わなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「な、なんということでしょう……玉狛第二の地形を活かした作戦が見事に炸裂! 凄まじい土砂と土煙で確認はできませんが、鈴鳴第一の来馬隊長と村上隊員、それに如月隊の2人が呑まれた模様!」

 

 騒然とする会場に負けじと綾辻が声を張り上げる。モニターの様子はひどいもので、生き残っている隊員の様子がなんとか確認できるか……といった有り様だ。

 

「……正直、ひくわね。ウチの後輩とはいえ、意図的にこんな規模の災害を起こすとか……小雨の天候設定も、最初からこれを狙っていたってわけね。オサムのやつ、元からメガネだったけど、いつからこんな陰険陰湿クソメガネになったの?」

「地形の利用はランク戦を勝ち抜く上での絶対条件だが……よく考えたものだ。雨取の火力をうまく活かしている」

 

 火力、という単語に付随する『人を撃てない』という修飾は弟子のために飲み込んで、レイジは素直な賛辞を口にする。マイクを口元に近づけながら、綾辻は彼の顔を覗きこんだ。

 

「木崎隊長。トリオン体に対して、土砂による生き埋め……というのは、どの程度有効なのでしょうか? なんというか、見た目のインパクトに圧倒されて、いまいち実感が沸かないのですが……」

「たしかに、トリオン体にはトリオンでしかダメージを与えられない以上、土砂による直接的な外傷は望めないだろう。生身の感覚として再現されている『呼吸』も、トリオン体の機能としては不要なもの……窒息などの身体的機能障害も起こらないはずだ」

 

 レスキュー隊員であった父から聞いた土砂災害の知識を噛み砕いて説明するレイジ。淡々と口から出た『窒息』という物騒な単語に、実際効果がないと分かっていても「やっぱえげつないわ……」と小南が呟いたのは、仕方がないことだろう。

 

「とはいえ、ダメージがない、というのはあくまで理屈の上での話だ。これ以上俺が言葉を重ねても、あの戦術の怖さに説得力を持たせることはできない」

「と、いうと?」

「土の中に生き埋めにされたやつの気持ちは、実際に生き埋めにされてみないと分からないということだ」

 

 その発言に、観客席に座る何人かのC級が顔を青くする。

 ダメージはない。死ぬことはない。そう分かっていても、好き好んで生き埋めになりたい人間などいるわけがない。

 

「どこまで巻き込まれてしまったかにもよるが……来馬達や甲田が土砂の中から抜け出すのは厳しいだろう。仮に抜け出せたとしても、相応の時間がかかるはずだ」

「メテオラで爆破しようとしても、確実に自分も巻き込むだろうし……あの轟音と衝撃じゃ、普段通りの動きも難しいし。龍神のヤツ、よく『旋空弧月』打ったわね。結果的に、甲田は助けられなかったけど」

 

 会場全体が玉狛第二の奇策とも言える作戦に動揺している間にも、戦闘の状況は観客の理解が追いつくのを待たずに変化していた。

 

「さあ、この状況は明らかに仕掛けた側である玉狛が有利。ここぞとばかりに空閑隊員が如月隊長に切りかかる! 村上隊員と来馬隊長の無事はモニターではまだ確認できていません。このまま生き残った3人で乱戦の構えか?」

「……いや」

 

 激しい応酬を繰り広げる遊真と龍神。そんな彼ら……ではなく、まだ土煙で視界が悪い一点をじっと見詰めて、レイジは呟いた。

 

「まだ、生きているな」

 

 瞬間、遊真に対して食い尽くように飛来したのは数発の『追尾弾』だった。有り得ない方向からの有り得ない射撃に、綾辻は目を見開く。

 

「これは……?」

「ふーん」

 

 普段通りの動きは難しい、と。口にしたばかりの小南は、いたく感心したように『普段以上の動き』を見せた隊員に笑みをこぼした。

 

「あの土壇場で……やるじゃない。斬られたがりのあの変態」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 降り注ぐ『追尾弾』をシールドで受け止め、遊真は土煙が晴れた先を見た。

 雪崩のように崩れた土砂を、まるでせき止めるように。複数展開された『壁トリガー』が、文字通りその役目を果たしていた。奇しくも遊真は、本部では使う者があまりいないそのトリガーをよく知っている。

 

「……エスクード」

「……ふぃ~、あっぶねーあっぶねー」

 

 顔を出したのは、目つきの悪さとニットのキャップがトレードマークの少年……3バカ3号である。

 

「あの土の濁流に飛び込むとか、正直生きた心地がしなかったけど……なんとか間に合ったぜ」

「死ぬかと思った……マジで死ぬかと思った……」

 

 土砂をせき止めている壁の横から、顔面を蒼白に染めた甲田も顔を出す。しかし、その手には展開した『追尾弾』のキューブが油断なく構えられていた。

 土石流に呑まれる寸前。甲田を守るために飛び込んだ丙がエスクードを展開した。文字にすればたったそれだけのことだが、迫り来る轟音と衝撃を恐れずに突っ込むその度胸は、生半可なものではない。

 

「やるじゃん」

「そうだろう? 意外とやるんだ、ウチのルーキーは」

 

 そして、その独り言に返ってきた律儀な返答。再び飛来した斬撃を体を捻って回避しつつ、遊真は跳躍。同じく飛び上がった龍神と、空中で斬り結んだ。

 

「策が外れて残念だったな。3対1になったが、恨んでくれるなよ?」

「ふむ。ちょっと想定外かもだな、これは」

「それはなによりだ。ぜひ、このまま落ちてくれ」

「それは勘弁」

 

 ニヤリと笑みをこぼす龍神に、遊真は普段のような調子で言葉を返す。しかし、そのやりとりは軽くても、斬撃は重く。腕にきた衝撃にスコーピオンが半分ほど欠け、続けて受けた二撃目で中ほどからへし折れる。

 遊真はスコーピオンを手放し、再生成。着地と同時に先ほどの攻撃を逆再生したように、斬撃の応酬を繰り返す。しかし、空中では互角だった斬り合いには、明確な変化があった。

 

「む……?」

 

 両足を踏ん張り、横凪ぎに孤月を振るおうとした龍神の足元が揺らぐ。その瞬間を見逃さず、遊真は崩れた胴体に二刀を叩き込んだ。

 

「隊長っ!」

 

 フォローに回った甲田が『追尾弾』を放ち、距離を詰めた丙が孤月を振るう。龍神に比べれば狙いもプレッシャーも甘いそれらの攻撃をシールドとスコーピオンで全て捌ききり、遊真は再びグラスホッパーで回避行動に移った。

 胸を抑えて片膝をつく龍神を守るように、甲田と丙が前に出る。

 

「隊長に一太刀浴びせるとか、やっぱやべーな、玉狛の白いやつ!」

「大丈夫っすか!?」

「かすり傷だ。しかし、なかなか厄介だな、この足場は。踏ん張りがこうも効かないとは……いつも通りというわけにはいかないようだ」

 

 先ほど受けた傷を右手で押さえながら、龍神はぼやいた。胸を薄く裂いた傷口からは、うっすらとトリオンの煙が尾を引いている。

 抜け目なく安定した木の上に着地した遊真を見やりながら、龍神は問いかけた。

 

「やれやれ。土砂崩れだけでなく、崩した後の戦闘まで織り込み済みか?」

「さて、どうだろうね?」

「まったく……俺のクソ弟子の講じる策はいちいち陰湿で頭が下がるな」

 

 受け太刀に回れば、耐久力で劣るスコーピオンは孤月に対して不利。しかし、手数とスピードで勝負を挑み、それがうまくハマれば……形勢はいとも簡単に覆る。不安定な足場では、重さの乗った斬撃は打ちにくい。孤月とスコーピオン、異なるブレードトリガーを扱う攻撃手同士の戦いは、個人の力量だけでなく戦場のシチュエーションにも影響を受ける。

 土砂が雪崩れ込み、いつまた崩れるとも知れない、不安定極まりない地面の上。身軽で乱戦にも慣れている遊真にとって、この場所は絶好の狩場と言えた。

 

(さて、どうしたものか……)

『如月くん。一度、ここから離れるのも手よ。狙撃も止んでいるし、仕切り直しても……』

 

 通信越しに届く紗矢の提案は筋が通ったものだ。しかし、グラスホッパー持ちの龍神と甲田はともかく、機動戦用のトリガーを持っていない丙は機動力が足りない。離脱しようにも出足が揃わなければ、1人遅れた丙が遊真に喰われて終わるだけだ。

 けれど、

 

「いいや、退くのはなしだ」

 

 紗矢だけでなく、甲田と丙にも言い聞かせる目的で龍神は言う。

 鈴鳴第一が土砂に流され、自分達3人対遊真という構図が確定したこの状況。例え、相手の思惑通りに動かされているのだとしても、この数の優位を捨てるのは惜しすぎる。

 

「空閑はここで潰す。……丙!」

「はいはい、りょーかいっすよ」

 

 なにより。策にのせられているのであれば、

 

 

「エスクード!」

 

 

 対応すればいいだけのこと。

 足元から浮き上がった新たなエスクード。崩れかけの土砂の地面とは違う、しっかりとしたその足場を両足で踏みしめ、龍神は弧月を振るった。同時に起動した『旋空』が、トリオンの光を孕んで鋭く輝く。

 

「七式・浦菊」

 

 瞬間、拡張された斬撃が文字通り地面を割った。飛び退った遊真は、感心したように呟く。

 

「……へぇ、足場か」

 

 エスクードはシールド以上の耐久力を誇る『壁トリガー』だが、その使用方は『盾』だけに留まらない。烏丸や迅のような手練れが扱えば、疑似的なジャンプ台として用いたり、相手を挟み込むトラップに早変わりする。初期に開発されたトリガーである分、消費トリオンはバカにならないが、シールドにはないエスクードの強みがここにある。

 

「お前達の土俵にはのってやる。だが、お前達のペースにまでのる気はないぞ」

「ふむ……さすが、たつみ先輩」

 

 表面上は余裕を見せていても、遊真は内心で舌を巻いていた。状況を動かしているのはこちらであるはずなのに、予想以上に龍神達の対応がはやい。一方的に喰うつもりだったが、これではこちらが逆に喰われかねない。

 数の利を活かし、遊真をぐるりと取り囲む動きを取る如月隊。こうなってしまえば、遊真の取る選択肢はひとつしかなかった。

 

「じゃ……まずは、お前からだ」

 

 龍神は簡単には倒せない。甲田は射程持ちかつそこそこの機動で、微妙にやりづらい。

 ならば、足場を作ることができる、サポーターから落とす。

 

「だよなぁ、やっぱり!?」

「丙、そっちにいくぞ」

「わかってますよっと!」

 

 スコーピオンと弧月の刃が衝突し、もう何度目かも分からない火花が散る。一撃、二激、三撃。連続で斬撃を叩き込んだ遊真は、予想以上の手応えに目を丸くした。

 

「お前も、結構やるね」

「はっ……ちびっこくて素早い相手は、ドSの後輩で慣れてるんでね!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「…………」

「どうしたの? 双葉。そんなにムスっとして……」

「なんとなく、今すごくバカにされた気がします」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ガードが硬く、落としにくい攻撃手、というのも中々に珍しい。丙が口にした『ドSの後輩』とやらに心当たりはなかったが、そいつともぜひ戦ってみたい、と遊真は思った。

 

「でも、守ってばっかじゃ勝てないよ?」

「へっ……わりぃけど、挑発にのる気はないぜ……エスクード!」

 

 いくら丙が防御に長けているとはいっても、限度はある。もう捌ききるのが限界、というタイミングで再び地面から『エスクード』が飛び出し、遊真と丙の接近を完全に遮断する。顎先を削る勢いで伸びたバリケードトリガーを仰け反って避けた遊真は、しかしそこで呼吸を完全に止めた。

 

『遊真くん!』

 

 地面から垂直に生えたエスクード。その壁面に重力を無視して飛び乗るように着地した龍神と、目が合ったからだ。宇佐美の警告に、何か言葉を返す余裕などなかった。

 突き出される弧月の切っ先が、こめかみを裂く。遊真が反射的に放った応撃のスコーピオンを、シールドすら展開せず。腕を押さえることでトリオンに頼らず物理的に止めてみせた龍神は、体重と重力を乗せた膝蹴りを容赦なく遊真の顔面に叩き入れた。しかし、響いたのは鼻を潰す鈍い音ではなく……何かをはじく硬質な高音。

 

「これも止めるか」

 

 漏れ出た呟きは、どこか楽し気だ。

 膝に纏うように形成したスパイク状のスコーピオンを、頭部に集中展開した局所防御のシールドで防ぎきった遊真。押さえた腕を即座に離し、スコーピオンの再展開による手首の切断を回避する龍神。

 攻撃の組み立て。トリガーの展開スピード。急所を的確に突く一撃の殺意。No.4攻撃手である村上が不在でありながら、既に両者の攻撃の応酬はボーダートップレベルといっても過言ではない質にまで高まっていた。

 遊真は、ふと思う。

 

(……楽しいな)

 

 戦闘中に考えるには似つかわしくない言葉だったが。不思議と、そう思わずにはいられなかった。息をつく間すらなく、再び斬光が交差する。

 龍神は踏み込んだエスクードの足場を活かし、そのまま体勢を崩した遊真を押し込みにかかった。対する遊真は初動で重心を後ろに下げたために、踏み返しが効かない。かといって、先ほどまでのように後ろに跳んで回避すれば、

 

(コーダのハウンドが食らいついてくる……)

 

 前には龍神が、後ろには甲田がいる。正しく、絶体絶命。

 だが、

 

 

 ――――遊べよ、遊真。楽しいことはまだまだたくさんある。

 

 

 これを切り抜けるのは"おもしろい"。

 

「グラスホッパー」

 

 胸を打った衝撃に、龍神は両の目を見開いた。まるで透明なトランポリンに正面衝突したかのように、体が真上に打ち上げられる。遊真の手元には、大きめに形成された薄緑のプレートがはっきりと浮かんでいた。

 

「なっ……?」

 

 グラスホッパーを相手に当てることで吹き飛ばすテクニック。それは思い返すまでもなくつい先ほど、龍神が村上を崩すのに使った"手"だった。戦場で培われた、豊富な経験。生粋の戦闘センスと常識に囚われない自由な発想。それが、空閑遊真の強さだ。グラスホッパーの取り扱いをトレースすることなど、造作もない。

 

「いいね、これ」

 

 今度は自らの足でグラスホッパーを踏み込み、さらに追撃。空中でまたワンセットの斬り合いを演じ、着地。両者は、互いに間合いを図り直す。

 妙な空気だった。緊張しているのに、どこか浮ついている。重いはずなのに、どことなく軽い。そんな、妙な空気感。けれど、それは不快ではなかった。

 

「……ふぅ。楽しいね、たつみ先輩」

「……ああ。楽しいな、空閑」

 

 だから、笑い合う。

 

「しかし……これは個人戦ではなくランク戦だ。楽しいことを否定はしないが、タイマン勝負に付き合ってやる気はないぞ」

「もちろん。わかってるよ、そんなこと。むしろ、わかってないのは、たつみ先輩の方なんじゃない?」

「……なに?」

 

 挑発とも取れる、強気な問いかけ。しかしそれの意味を掴みきれず、龍神は僅かに首を傾げた。スコーピオンを構えながら、遊真は語りかける。

 

「戦っているのは、おれだけじゃない」

 

 目の前にいる敵に……龍神達に、ではなく。

 

 

 

「そうだろ? 隊長(オサム)

 

 

 誰よりも信頼するリーダーに向けて、である。

 返答は、すぐにあった。言葉ではなく、行動で。

 

 

 飛来したのは、弾丸……というにはあまりにも大きい、一筋の光条。

 

「砲撃っ……雨取か!」

 

 もはや弾丸ではなくビームとも言えるアイビスによる狙撃は、地面を容易く抉り取り、なんとか安定し始めていた斜面を再び流し崩す。

 

「のあぁああああ!?」

「さ、さすが雨取さん! すげぇ威力だ……じゃなくて! 隊長、どうするんですかこれ!?」

 

 悲鳴をあげる甲田と丙は散開して回避行動を取りつつ、しかしどちらか言えば砲撃よりも崩れる足場に意識を向けながら移動する。龍神と同様、この2人は千佳が『人を撃てない』ことを知っているからだ。砲撃の直撃よりも、土砂に足を取られないように動くのは当然のこと。

 だが、それにしても龍神は違和感を覚えた。千佳の狙撃は上位ランカーには及ばないとはいえ、龍神が知る限り既に一定のレベルに達している。にも関わらず、絶え間なく降り注ぐこの『砲撃』はどこか大味で、狙いが荒い。足場を崩す目的なら……もっとやりようはありそうなものだが。

 胸の内に燻る疑問を、龍神は挑発という形で吐き出した。

 

「砲撃で足場を崩されるのは厄介だが……狙いが甘いな。この程度なら」

「なに言ってんの? たつみ先輩。ちゃんと、狙ってるよ」

 

 心底不思議そうな遊真の否定を受けて、龍神はようやくその可能性に気づく。最初から排除していた、その選択肢に。

 

「まさか……」

 

 彼女の砲撃は足場を崩す目的で放たれていたのではなく。

 

 

 

「ほら、当たった」

 

 

 

 本当に、狙っていた。

 不敵に笑う遊真の背後から舞い上がった"緊急脱出の光"に、龍神は絶句した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 まずは、最初の1点。

 それは文字通り、この試合で最初に取った玉狛第二の得点であり……そしてなにより彼女にとっても、正真正銘最初の得点だった。

 

「いいぞ。よくやった、千佳」

 

 ここまでは、ほぼ全てが予定通り。

 遊ぶ気などない。持てるもの全てを活かして、どんな手を使っても。

 

 

 持たざる者(三雲修)は、勝ちにいく。

 

 

 

 

 




多分読めば分かってもらえると思うのですが、今週のジャンプのワートリ最新話みて、リアルでお茶噴き出しかけました。村上先輩なにやってんの……!?

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