厨二なボーダー隊員   作:龍流

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師弟。誇りが進化の糧となる

 三雲修は、如月龍神という人間のことを未だによく理解しきれていないと思う。

 その独特なノリと、やたらキザったらしい言動と、常人の予測を遥かに上回るエキセントリックな行動については……まあ、慣れた。がんばって慣れた。修の方が努力して、彼のノリについていけるようにした、と言ってもいい。過言ではない。最近は、少なくとも出会った頃のように、言動と行動に振り回され、困惑して冷や汗をかくことが随分少なくなった。小南には呆れた目を向けられながら『毒された』と言われたが、彼と一緒にいて全く影響を受けない人間の方が珍しいと修は思う。なので、できれば『慣れた』と言ってほしかった。

 まだ、龍神が玉狛支部に来ることを控えるようになる前。時期的には大規模進行の少し前。修はそういった『毒された』云々の話を、龍神にしたことがある。

 訓練の合間の休憩時間。一息ついて椅子に腰を下ろした龍神は、わざとらしくあごに手を当てて頷いた。

 

「ふむ……確かに最近のお前のツッコミは、また一段とキレを増してきたな」

「いや、キレを増したいのは近接戦の動きであって、僕はべつにツッコミを鍛えたいわけじゃないんですが……」

「そろそろ、デビューを狙えると思うぞ。どうだ? 俺とコンビを組んでみないか?」

「……なんの?」

「無論、お笑い芸人の」

「アホなんですか?」

 

 こういうやりとりを自然なテンポで繰り返してしまうから、小南に『毒された』呼ばわりされてしまうのだろう。以前の自分なら、先輩に対して「アホなんですか?」などとは絶対に口走らなかった。というか、今も龍神以外の先輩に対しては絶対に言わない。

 またそんなことを噛み砕いて伝えると、龍神はドヤ顔を浮かべながら言った。

 

「ふっ……いい変化だな。俺の指導が、お前の人格にまで影響を及ぼしているということか」

「おぞましいことをしたり顔で言うのはやめてください。というか、それが嫌だと言っているんですけど……」

「そうつれないことを言うな。俺はお前を一方的に蹂躙し尽くすこの時間を意外と気に入っているぞ?」

「せめて『鍛える』と言ってもらえませんか?」

 

 思わず反発したが、龍神の言葉は事実だった。修は未だに、レイガストのみを用いて行う龍神との勝負で一本も勝つことができていない。少しずつ、成長しているとは自分でも思うのだが、それでも龍神に勝てるビジョンは欠片も見えず。

 簡潔に言えば、この頃の修は一種のスランプのようなものを感じている時期だった。

 だから、あんな質問をしてしまったのだろう。

 

「如月先輩は、どうしてぼくの指導を続けてくれるんですか?」

「ん?」

 

 今度こそ。

 水分補給用のペットボトルを傾けていた龍神は、怪訝に首を傾げた。

 

「どうした? なぜ急にそんなことを聞く?」

「……ぼくは如月先輩の指導を受けられることを、とても有り難く思っています。でも、如月先輩には、ぼくの指導に時間を割くメリットがありません」

 

 普段は胸の内に秘めていた感情が、ふと。修も手にしているそれを無造作に傾けたように、流れ落ちる。

 

「普段は使わない『レイガスト』をわざわざ使って、ぼくの訓練に付き合うくらいなら、本部で強い人達と個人ランク戦をした方が絶対に如月先輩のためになるはずです。それに、最近はぼく自身、強くなっているという実感がどうにも薄くなっていて……正直、如月先輩の労力に見合う成果をあげられているとは、とても……」

「バカか、お前は?」

 

 一刀両断。馬鹿な先輩に、真正面から『バカ』と言われた。

 共感するわけでも、反論するわけでもなく。例えるなら、ペットボトルを取り上げられてそのまま顔に水をぶちまけられたような。そんなざっくばらんな語調で言葉を断たれ、修は押し黙った。

 

「くだらんことを、ぐだぐだと……この時間が俺のためにならない、だと? 思い上がるな。それはお前が決めることじゃない。俺自身が決めることだ」

「それは……そうですけど」

「では、逆に聞くが……お前は人と交流を持つ時、人のために時間を使う時、いちいちそれが自分にとってメリットになるかデメリットになるか。プラスかマイナスか。全て考えて、打算で動いているのか?」

 

 問われた内容の意味するところを察して、修はまた口をつぐんだ。わざとらしく肩を下げて、龍神は言葉を続ける。

 

「違うだろう? まったく……人のために動くことを躊躇わない『面倒見の鬼』が、今さら何を気にしているんだ? 馬鹿らしい」

「……いつも思うんですけど、誰が言っているんですか、それ……」

「迅さんと雨取と空閑とそれから」

「すいません、もう言わなくて大丈夫です」

 

 たしかに、自分は余計なことに首を突っ込んでしまう質だが。それにしても、周りの人間にこぞって『面倒見の鬼』などと言われるのは……なんというか、こそばゆいものがあった。

 そんな修の羞恥を知ってか知らずか。龍神は腕を組みながら、したり顔になる。

 

「それに、努力の成果がない、ということに関してもそうだ。以前、学校での事件のことを空閑に聞いたことがある。あの頃のお前は、モールモッドに歯が立たなかった。だが、今はどうだ? 訓練用トリガーと正隊員用のトリガーという違いこそあるかもしれないが、今のお前ならモールモッドが相手でも決して遅れを取ることはないはずだ」

 

 学校の事件。修にとっては苦い経験の一つであるモールモッドとの戦闘を、龍神は持ち出した。

 

「いいか、三雲。自分の成長の度合いまで、他人に勘定させるなよ。他の人間にはよく気を回すくせに、自分のことになると妙に鈍いのは、お前の悪癖だぞ」

 

 ――自分の手柄も他人に勘定してもらわなきゃダメなのか?

 

 なんとなく、あの時遊真に言われたことと龍神の発言が重なって。また同じことを言われているな、と修は思った。

 

「まぁ……成長の実感が沸いてこない、というのは俺達の指導メニューに少々問題があるのかもしれんが。どうしたものか……烏丸と相談してメニューを少し変えてみるか……?」

「ち、違うんです如月先輩! ぼくはべつに、如月先輩や烏丸先輩の指導に問題がある、と文句を言いたいわけじゃなくて……強くなれないのは、強くなった実感が持てないのは、ぼく自身の資質の問題だと、そう思うので……」

「ふむ……資質の問題、か」

 

 修の発言をオウム返しに、どちらかと言えば自分に言い聞かせるように呟いた龍神は、一度組んだ腕をほどいた。

 

「そんなお前には、そのままの受け売りで悪いが、ひとつ。言葉を贈ろう。誰の言葉かは忘れてしまったが……俺自身が『教える側』になって、はじめて分かったような気がしたことだ」

 

 曰わく、

 

「無駄な努力、というものは間違いなくある」

 

 努力は必ず実を結ぶ、とか。

 重ねた努力は、自分を裏切らない、だとか。

 そういった、良くも悪くも自分の師匠が好みそうな発言を予想していた修は、予想外の答えに押し黙り、龍神の顔をまじまじと見詰めた。龍神は、その視線から目を逸らさずに、さらに言う。

 

「例えば、お前が今からありとあらゆる手段を使ってトリオンを増やす努力をしたとしても、雨取以上のトリオンを得ることはできないだろう。これは先天的な要素……言うなれば『才能』の問題だ」

 

 才能。

 

「例えば、お前が今から攻撃手を目指して血の滲むような努力をしたとしても、空閑のような攻撃手には絶対になれないだろう。これは、積み重ねてきた経験……言い換えれば『時間』の問題だ」

 

 時間。

 

 同情や憐みは紡ぐ言葉の中に含めず、ただ淡々と。龍神の声には、まるで事実をそのまま口にしているかのような気安さがあった。

 

「天才と呼ばれる人々はほとんどの場合、幼少期からその分野に深く浸かり、訓練を受けている。そして、それに加えて凡人とは異なる何かを持っている」

「……才能と時間」

「ああ、そうだ」

 

 スタートラインに立つための『才能』がない。

 追いつくための『時間』が足りない。

 修には、そもそも正規の手段でボーダーに入隊するためのトリオンがなかった。修には、幼い頃から経験を積むような環境がなかった。いや、仮にそんな環境……遊真のように戦場だらけの近界に自分がいたとしても、すぐに命を落としてしまうのがオチだろう。

 

「才能の差は、絶対に埋められない。俺が今からポジションを転向して射手になっても、出水や二宮さんのようになることはできない。同時に、時間の差を埋めることも難しい。自分が鍛錬を積み重ねている時間、相手も同様に己を磨いていたら、その差は中々縮まらない」

 

 モニターの電源を、龍神は入れた。仮想戦闘空間の中で、遊真と小南が激しい斬り合いを演じている。もうひとつの画面の中では、千佳が黙々と狙撃訓練に打ち込んでいた。

 

「……だったら、ぼくはどうしたら……」

「違うぞ、三雲」

「え?」

「『だったら』ではない。『だからこそ』だ」

 

 思わず漏れ出た弱音に、龍神は間髪入れずに返答した。

 

「才能がない。追いつくための時間が足りない。だからこそお前は『自分の持っているもの』で勝負するべきだ」

「自分の、持っているもの……」

「後ろ向きになるな。前を向け。あいつらと同じ方向を見なければ、背中を追うことすらできなくなる」

「……如月先輩。ぼくの『持っているもの』ってなんですか?」

「ふっ……さっきも言っただろう。それは、自分で考えろ。考えて、重ねて、自分で気付け。俺はお前に教えられる限りのことを伝えるが、だからといって全てを教えられるわけではない」

 

 だが、と。龍神はそこで一旦、言葉を区切って、

 

「これだけは、信じてほしい。俺も烏丸も、お前に無駄な努力をさせているつもりはない」

 

 声音は深く、響きは重く。

 如月龍神の態度は、1人の後輩に対してどこまでも真摯だった。

 だから、一度は解決したはずのその疑問が、再び口を突いて出てしまったのは、きっと修のせいではない。

 

「どうして、如月先輩はぼくにそこまでしてくれるんですか?」

「またそこに戻るのか……つくづく面倒臭い奴だな、お前は」

 

 ――めんどくさいやつだな、オサムは。

 

 また頭の中で言葉が重なって、小さく笑った。

 

「……そうかもしれません」

 

 修の肯定に、龍神もまた小さく笑って手の中のトリガーを宙に放り投げた。くるくると回転するトリガーを器用にキャッチして、龍神は言う。

 

「いいか、三雲。お前は弱い。動きが悪いし、センスもない。スタイリッシュさも、キレもない。極めつけに、ネーミングセンスもいまいちときている」

「最後、関係ありますか?」

 

 修のツッコミは明らかに無視して。

 はっきりと、龍神は告げた。

 

 

「だが……かっこわるくはない」

 

 

 ……なんだ、その理由は、と。

 反駁しようとした声は、けれど喉から出なかった。

 

「自分が為すべきだと思ったことを貫くその姿勢は。強くなろうとするその気概は。きっとお前が思っている以上に『かっこいいもの』だ。俺だけじゃない。空閑も、雨取も、お前のそういうところに惹かれて、可能性を感じた。でなければ、お前が言う『弱いお前』と、チームを組もうとはしないだろう?」

「……」

「なんだその顔は? まったく、本当に自分に鈍感な奴だな」

 

 心底呆れた、と言いたげな様子の先輩に、返す言葉はもうなかった。

 

「強いか弱いかは関係ない。俺はお前がかっこいいと思った。だから応援する。だから助ける。だから鍛える。そういうことだ」

 

 バカで、アホな理由でも。そういう理由を大真面目な顔で言って、大真面目な顔で相手に向き合う。

 如月龍神が、そういう人間であることを。

 

 

「お前が……」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ――――お前が……今よりもっとかっこよくなってくれれば、俺は嬉しい。

 

 三雲修は、よく知っている。

 

「ようやく会えたな、馬鹿弟子」

「如月先輩っ……」

 

 正面から対峙する師匠の顔が……というか。こうして対峙すること自体が、何故か懐かしく感じられた。

 ぎりぎり、と耳障りな音をたてながら押し込まれるレイガスト。トリオンの火花が、そもそもの出力で負けていることを物語っていた。

 だが、それは後ろに下がる理由にはならない。地面を踏みしめ、押し込まれる弧月に抗い、修は龍神に向けて言葉を投げかける。

 

「胸を、お借りします」

「ふっ……強気だな。いいだろう。いくらでもかしてやる」

 

 応じる龍神の口元は、楽し気であると同時に、どこか酷薄な色を伴っており、

 

「もっとも……お前がすぐに終わらなければ、だが」

 

 果たして、それは、間違いではなかった。

 地面から突き出る光刃。出合い頭に繰り出すにはあまりにも悪辣な、足元からの『もぐら爪(モールクロー)』。一流の攻撃手でも、不意を突かれれば足首を串刺しにされる。そんな奇襲を、

 

(知っている)

 

 修は、空中への回避で避けてみせた。

 龍神の攻撃のメインは、あくまでも弧月。スコーピオンは絡め手や不意打ちに用いることが多い。そして『旋空』を用いた派手な大技を連発する反面、接敵直後の初撃や状況を崩す一手に、初見殺しの奇抜な攻撃を使うことを躊躇わない。

 

 三雲修は、如月龍神が『天才』と呼ばれる人種であることを知っている。

 如月龍神は、三雲修が『凡人』の域から抜け出ることができないのを理解している。

 

 師は強く。

 弟子は弱く。

 

 師は常に笑い。

 弟子は常に歯を食いしばる。

 

 その高い才能とセンスに。そして、なによりもそれらに頼らない彼の精神性に、三雲修は憧れた。

 

 持てる者と持たざる者。

 その差は残酷だ。

 

 

 だからこそ、思う。

 

 

 才能?

 能力?

 センス?

 

 そんなもの、

 

 

 

「……スラスター!」

 

 

 

 くそ食らえ、だ。

 

「っ……ぐ!?」

 

 龍神の両の目が、驚愕で見開かれる。

 まるで、最初からそこに『もぐら爪(モールクロー)』がくることが分かっていたかのような、回避。そこから繰り出される、レイガストを用いたシールドチャージ。その流れるような迎撃に、龍神は上体を仰け反らせた。吹き飛ばなかった理由は、単純明快。龍神の右足は『もぐら爪』で地面に縫いつけられていたからだ。

 

 ――もぐら爪は初見殺しとしては強力だが、

 

 修は、知っている。

 知らなければ、動けなかった。他の人間なら、才能とセンスだけで切り抜けることもできただろうが、そんなものは自分にはない。

 けれど、

 

 ――動きのパターンさえ見切ってしまえば、反撃は容易だ。何故なら、相手は足を地面に固定したも同然の状態だからな。

 

 その教えが、波紋のように広がって頭の中に反響する。

 積み重ねたものがあれば、戦える。

 

「……………ハッ」

 

 龍神の口の端から、渇いた笑いが漏れた。

 

(いけるッ……!)

 

 『通常弾』を起動し、修は確信する。

 シールドで崩した体勢。応撃の弧月を放てるほどの余裕はなく、スコーピオンの再展開は間に合わない。

 

「アステ、ロイドッ!」

 

 分割なしの、大弾。射程を捨て、威力に殆どのトリオンを割いた、さながら拳の如く突き出した一撃は、頭部に集中展開されたシールドにはじかれる。

 

「惜しいな」

 

 呟きと同期して、逆手に持ち替えられた弧月が空を薙ぐ。顎先をブレードの先端に削られ、修は深追いせずに後退を選択した。崩した体勢から地面に片手を突き、器用に宙返りを決めてみせた龍神は、改めて自らの弟子を見据えて口角を上げた。

 

「ふっ……やるようになったな、三雲」

 

 一瞬の攻防。時間にしてみれば、僅か3秒にも満たない攻守のやりとり。たったそれだけで、龍神は修の成長を実感したようだった。

 しかし、まだだ。

 

「……いいえ」

 

 まだ、足りない。

 

「これからです。如月先輩」

 

 修は、レイガストを深く構え直した。

 自分の持っているものが、何か。それを見つけるのは自分自身だと、龍神は言った。その答えを見つけることは、まだできていない。だからこれは、単純な意地の問題。ささやかでちっぽけな、プライドの問題だ。

 

 ――弱いからこそ、見える世界がある。

 

 笑う龍神の口元は、けれど雄弁に言葉を紡ぐ。

 

 ――さあ、証明しろ。

 

 言われるまでもない。

 自分が積み重ねてきたものが、決して無駄ではなかったことを。

 

 

 

 今こそ、師に示す。


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