厨二なボーダー隊員   作:龍流

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決闘。鋼に挑む龍

 乱戦で最も注意しなければならないこと。

 言うまでもなく、それは『不意打ち』である。

 熟練の達人であろうと、ずぶの素人であろうと関係ない。意識の外からの攻撃に、人間は弱い。トリガーを用いた戦闘では、身を守る『シールド』の存在が大前提となる。故に集団戦や連携において重要なのは、相手の防御をいかにずらすか、いかに崩すか。それを狙うための位置取りが勝敗を左右する。

 そういう意味では。3チームが入り乱れるこの大乱戦において、三雲修の位置取りはこれ以上ないほどにいやらしいものだった。一度、龍神と斬り結んで以降は通常弾で遊真の援護に徹し、決して前に出ようとはせず。それでいて存在感が完全に消えない程度に……相手に対して常にプレッシャーをかけられる位置取りを保っている。

 

(あれだけ俺を煽っておいて、距離が取れればこの動きか。つくづくいやらしさに磨きをかけてきたな)

 

 修は常に足を止めず、自分と敵の間に必ず遊真を"置く"ことで、龍神達の動きを制限していた。そのせいで遊真単体の持ち味である機動力が死んでいるが、遊真の側も修の意図を理解しているのだろう。先ほどまでの苛烈な攻めは一転して鳴りを潜め、修との連携に注力している。隙とタイミングを伺っているのだ。

 

「アステロイド!」

 

 修が放った牽制の通常弾を、龍神は余裕を持ってシールドで防ぐ。

 しかし、

 

(厄介だ)

 

 修の通常弾は威力が低く、弾数も少なく、それ単体では決して驚異には成り得ない。しかし、トリオン体の耐久力には明確な差が存在しない以上、そのひょろひょろ弾一発が、命取りになることも充分に有り得る。

 1人では力不足でも、仲間と協力すれば戦える。龍神の弟子の動きは、それを実感させるに充分なものだった。

 

(鋼さんは元々、基本的な立ち回りが防御寄り……後ろに太一もいるから、必要以上に前には出ない)

 

 レイガストを右手に構え、完全に『待ち』の姿勢に入っている村上を、龍神は横目で確認した。後ろの太一もライトニングを起動し、近距離の撃ち合いに備えている。注意が必要だろう。

 いい加減小うるさい射撃を『旋空弧月』の斬撃で牽制し返しつつ。龍神は丙が『エスクード』を数枚重ねて作った簡易バリケードに飛び込んだ。きちんと太一の狙撃が通らないように展開しているあたり、中々に気が利いている。

 

「丙!」

「はいはい」

「エスクードはあと何枚出せる?」

「さっきの足場とこれ作るのに、結構使っちまったんですよねぇ……この先の戦闘のことも考えるなら、『このサイズ』は精々6枚ってところっす」

「よし、充分だ」

「隊長! この簡易バリケードもまた雨取さんの砲撃きたら吹き飛ばされますよ! 村上先輩の『旋空』で斬り払われるかもしれないし、エスクードを重ねて張ったところで……」

「甲田。誰がこのまま守りに入ると言った?」

 

 追尾弾で応戦しながら反論してくる甲田の言葉尻を抑えつけて、龍神は弧月を構え直す。

 

「いい加減、リードされるのにも飽きてきた」

 

 乱戦で最初に狙われるのは、一番弱い者。そして、最初に動いた者だ。バトルロイヤルの場において、仕掛けるという行為は常に一定のリスクを伴う。

 だが、

 

「そろそろ、この試合(ダンス)の主導権を握り返すとしよう」

 

 我慢の限界、というものもある。

 

 

 

「そろそろくるぞ、太一」

「はいっす。どうします?」

「あっちの動き出しに合わせて、カウンターを狙う」

 

 あくまでも守勢を崩さず、淡々と戦況を伺う村上。その頼もしい背中におんぶにだっこされる気満々な太一は、また余計なことを口走った。

 

「やっぱ、それしかないっすよね! 今回、珍しく来馬先輩が先に落とされちゃいましたし!」

『……ごめんよ、鋼、太一。ぼくが不甲斐ないばっかりに……』

『ちょっと太一アンタまたそういう余計なこと言って……!』

「うわああああ! ちがいます!ちがいますって! そういう意味じゃないっす!」

 

 慌てて否定する太一だったが、通信越しに聞こえた来馬のため息は予想以上に重く。ついでにオペレーター席に座るこわい先輩がこわい顔でブチ切れている様子が目に浮かぶように想像できたので、太一は真っ青になった。

 

「来馬さん」

 

 しかし、そんな太一の様子を欠片も気にせず。鈴鳴が誇るエースはやはり淡々と言う。

 

「オレがさっきの玉狛の砲撃で落とされずに済んだのは、来馬さんがバッグワームの起動を促してくれたからです」

『鋼……』

「だから、心配しないでください」

 

 当たり前のように、

 

「必ず勝ちます」

 

 断言することが難しい、その言葉を口にする。

 

『……うん。任せたよ、鋼』

「はい。任せてください」

 

 村上の隣で、太一はにっと笑った。

 

「やっぱ、狙いは落としやすいルーキーっすか?」

「いや」

 

 並居る敵を見据えて、村上は答えた。

 

「ここで必ず、如月か空閑を落とす」

 

 

 

 

「(どうするオサム? これだけ人数いるのに、わりと膠着状態だぞ)」

「(このまま、こっちから仕掛ける)」

 

 リーダーの強気な返答に、遊真はにっと笑みを浮かべた。

 

「(いいね。オレの役割は?)」

「(さっきと同じパターンだ。千佳の狙撃を合図に動く。まずはあのバリケードを壊して、如月隊から叩く。ここで全員落としきるくらいの気持ちでいってくれ)」

「(OK。オサムはどうするんだ?)」

「(ぼくは鈴鳴の狙撃手を狙う。倒せなくても、プレッシャーをかければ空閑の負担は減るはずだ。……もちろん、落とせるなら落とす)」

「(ん。たすかる)」

 

 現状、得点しているのは玉狛第二だけ。

 この先試合がどう転ぶにしろ、ここが正念場であることは間違いない。

 

「(いけるか、千佳?)」

 

 だが、

 

「(……千佳?)」

 

 幼なじみの返答が、なかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 呼吸が硬いのを自覚する。トリガーにかけた指はすぐに目標を撃てるはずなのに、その指先ひとつが鉛のように重い。

 あの時、決意したはずだった。守るために、引き金を引くことを。けれど『撃つ』前よりも『撃ってしまった』後に、その感触に再びの恐怖を感じてしまったのは、一体どんな皮肉だろうか?

 

『千佳! 大丈夫か、千佳!?』

「……うん。大丈夫」

 

 自分を案じる修の声に、千佳はなんとかそう答えた。

 さっきは撃てた。なら、今度も撃てるはずだ。深い呼吸を繰り返し、体と心をゆっくりと整えていく。再びスコープを覗き込むと、あの時、自分を助けてくれた少年が目に入った。

 

(甲田くん……)

 

 大丈夫だ。

 当てても、死ぬわけじゃない。

 

『千佳、無理はするな。当てなくても、足場さえ崩してくれれば充分だ!』

「大、丈夫……」

 

 落ちつけ、落ちつけ、落ちつけ。

 重ねて自分に言い聞かせながら、千佳はターゲットの少年を注視する。全神経をトリガーに注ぎ込み、集中する。

 

『千佳ちゃん!』

 

 修と同じように自分を案じる宇佐美に、千佳は強がって答えた。

 

「本当に、大丈夫です、宇佐美先輩」

『そうじゃなくて、うしろ!』

「……え?」

 

 困惑の声とトリオンは、ほぼ同時に漏れた。

 着弾した複数の弾丸が、小柄な千佳の体に容赦なく風穴を空ける。

 

「女の子を後ろから奇襲とか、あんまり気持ちいいもんじゃないし……あとでリーダーにドヤされそうだけど」

 

 視界の端で、バッグワームがはためく。

 

「ごめんなさい、雨取さん」

 

 ずっと姿を消していた、如月隊最後の1人。警戒はしていたはずなのに……

 敵ではなく、己自身に対応するのに精一杯になっていた千佳は、その不甲斐なさを悔いながら、

 

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 それでも最後に、引き金を絞った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「3部隊が入り乱れての膠着状態! このまま続くかと思われましたが……」

「……雨取が落ちたな」

 

 内心の動揺は表に出さぬよう、冷静にレイジが言う。

 本当は心配なくせに……と、やはり内心で思う小南だったが、さすがにそれは口に出さずに頷いた。

 

「早乙女の奇襲がキレイにきまったわね。1人だけ別で動かしていたのが、ここで生きてきた。千佳もこまめに移動して狙撃ポイント変えてたけど……さすがに逃げ切れなかったみたい」

 

 オペレーターがいいから当然か、という呟きは、後からきちんと試合内容と実況を見返すであろう友人を調子に乗らせてしまうので、胸の内に留め置く。彼女が素直ではないのと同様に、自覚こそなかったが……小南自身も、素直ではないのは同じだった。

 

「雨取隊員、意地で最後の砲撃を放つも、これは直撃ならず! 山肌を削り抜くだけに留まりました。しかし、これで玉狛の狙撃がなくなったということは……?」

「ああ」

 

 敵を崩す『砲撃』という選択肢が消えた、今。

 

「如月達が、仕掛けるぞ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

『ごめんなさい。最後に一発許したわ』

『すいません!』

「気にするな。まだ想定の範囲内だ」

 

 紗矢と早乙女の謝罪を、龍神は軽く流した。上空に打ち上がった光を見て、修の表情があからさまに強張る。それはこの試合の中で、図太くなった弟子がようやく見せた表情だった。

 仕掛けるなら、ここしかない。

 

「……いくぞ」

 

 エスクードで構成したバリケードから飛び出すと同時。龍神はグラスホッパーを起動し、さらに加速。ハッタリもかけず、ブラフも張らず。事前に定めたターゲットに向けて、一気に距離を詰めた。

 そう。龍神の狙いは最初から変わらず一択。

 

 

 ――真の悪だ。

 

 

「死ね、太一」

「でぇえええええええ! こっちきたぁああああああ!」

 

 情けない絶叫が響き渡る。

 

「落ちつけ、太一」

 

 無論、それを見逃す村上ではない。太一をガードするため、龍神を迎撃するために、冷静に前に出る。しかし、地面を蹴って構わず突進する龍神はにっと笑みを深めた。

 完全に予想通りと言える、No.4攻撃手の行動に、

 

「グラスホッパー!」

 

 ここで、楔を打つ。

 再びグラスホッパーを起動したのは、突貫する龍神ではなく、玉狛への牽制射を行っていた甲田。それを踏み込んで龍神と共に前に出たのは、村上と同じく本来は守備的な立ち回りがメインであるはずの丙だった。

 

「う……お! やっぱ慣れないなこれ!?」

 

 龍神とは異なり、あまり華麗とは言えないギリギリの着地を決めた丙は、グラスホッパーの取り扱いが得意ではない。それでも、甲田が片手間に展開したグラスホッパーを用いて、予想外の加速を得るくらいの芸当は充分に可能だった。

 崩れた体勢を保つため、丙は着地と同時に地面に手をついた。そこから、光るラインが伸びる。

 

「エスクード」

 

 瞬間、出現したバリケードトリガーに間を割られるように、村上と太一は分断された。

 

(しまった……グラスホッパーで前に出て、無理矢理エスクードの射程に……!)

 

 村上の後悔を嘲笑うかのように、続けて1枚、さらにもう1枚、とエスクードが重ねて展開される。1枚だけならまだなんとかなったかもしれないが、複数枚を重ねて横に展開されてはすぐに回り込むのは困難だった。だが、それでも回り込むのが困難なだけ。ここは狭い屋内ではない。開けた空間が広がる山中だ。横の機動を封じられても、まだ縦の機動がある。

 

(上にさえ跳べば、)

 

 どうとでもなる、と。

 

「狙撃の圧力が消えた今。そう考えないわけがない」

 

 龍神は呟いた。

 応じるその手を封じる一手を、自分とオペレーターが考えないわけがない。

 

「ハウンド!」

 

 村上が跳んでエスクードを飛び越えようとした、その絶妙なタイミングで。曲射軌道の追尾弾が頭上から降りかかる。

 時間差で仕掛けたグラスホッパーによる接近。詰めた距離を活かしてエスクードを用いた分断。残された縦の機動を封じる追尾弾。その流れるような多重の連携に、村上は目を見開いた。

 玉狛の狙撃手を仕留めて動揺を誘っておきながら、その実、徹底して玉狛ではなく鈴鳴狙い。狙撃手という不安要素を排除することで、前衛の厚さで押し勝とうという如月隊の意図が、見え隠れしていた。

 

「太一! 逃げろ!」

 

 いくら村上といえども、追尾弾の雨に晒されたまま跳ぶことはできない。例え無理に跳んだとしても、壁を隔てた向こうには龍神が待ち構えている。レイガストで防御したまま上に跳んでも、龍神に喰われるのがオチだろう。あるいは、太一狙いと見せかけて動揺した自分を仕留めるのが本命か。

 

 ならば、

 

(旋空弧月……!)

 

 龍神の代名詞とも言える拡張斬撃を、村上は振るった。エスクードが届く距離まで敵が詰めてきたということは、言い換えればこちらの攻撃も届くということである。

 鋭い一閃は、弧月を握る丙の右腕を一撃で奪い去った。

 

「マジかよっ……!」

 

 レイガストで頭上からの追尾弾を防ぎながら放つ旋空弧月。そんな高等技術を当たり前のように行ってみせたNo.4攻撃手に、丙は悪態を吐く。腕ごと地面に落ちた弧月は放棄。村上の『旋空』の射線だけでも切るために、なけなしのトリオンをはたいてエスクードを自分の前に展開しようと……

 

『丙くん! 後方!』

「うしろだ、丙!」

 

 した瞬間、紗矢と甲田からの警告。エスクードと同時、反射的に首筋に集中展開したシールドに、堅い感触が伝わった。

 

「やっぱ、防御うまいね」

「っ……空閑、先輩」

 

 まるで暗殺者のように。するりと背後まで寄っていた遊真の斬撃に、背筋が凍る。

 

「でも、防御がうまいのはさっきみた」

 

 宣言と同時。あっさりと丙の横を駆け抜けた遊真は、行きがけの駄賃をむしり取るような気安さで、一撃。シールドでカバーしきれない左足を、スコーピオンで両断した。太ももから下半分が消え、膨大なトリオンが傷口から溢れでる。

 

『トリオン漏出甚大』

 

「う、あ……!」

『丙くん!』

 

 玉狛の動揺の隙を突く。そう考えての鈴鳴集中狙いだったが、玉狛の対応が予想以上にはやい。少なくとも、狙撃手を仕留めるまでは数の優位を保たなければ、如月隊のアドバンテージが失われる。

 紗矢は叫んだ。

 

『カバー!』

「わかってますよっと!」

 

 紗矢の指示を受けて、甲田が跳ぶ。再び丙に接近しようとする遊真に対して射撃を行えば、丙にも当たってしまう。だからこそ、甲田はグラスホッパーで2人に対して急接近し、至近距離で弾丸を叩き付けた。

 前回の戦闘で、接近する柿崎に対して甲田は丙をフォローすることができなかった。それは、射撃による距離を取った援護に拘り、近づくという選択肢を自然に捨ててしまったからだ。しかしかといって、純粋な近接戦で自分が遊真に勝つことはほぼ不可能。

 それなら、

 

「絡め手で、勝負だ」

 

 接近した甲田自身からの接射。それに伴う別方向からの射撃に、遊真の片眉がぴくりと跳ねる。

 置き弾を用いた一人時間差。グラスホッパーによる高機動を絡めた、加古直伝の『ファントム・ミラージュ』。角度と射程を調整した追尾弾が、遊真に喰らいつく。さらに、もう一手。スコーピオンによる突き。三段構えの、多重攻撃。

 腕を裂かれ、足を取られた丙も、甲田の決死の突貫をただみているわけではなかった。弧月を再展開し、倒れた状態からブレードを抜刀。遊真に振るう。

 

 気合い、一閃。

 

「「落ちろぉおおお!」」

 

 2人の雄叫びが重なる。

 追尾弾、スコーピオン、弧月。瞬間、過剰とも言えるほどに重ねられた攻撃から、遊真はもはや逃げることはできない。

 そもそも、

 

「落ちないよ」

 

 逃げることを、考えていなかった。

 エスクードを踏みしめる、軽やかな音が響く。展開したシールドで追尾弾を受けきり、同時に使えるトリガーはあとひとつだけ。されど、迫りくる刃はふたつ。それならば、避ければいいだけのこと。

 身をよじって弧月を躱し。突き出されたスコーピオンは手首ごと掴んで止める。扱いに習熟していれば、スコーピオンを再展開して遊真の手首を突き刺すことも叶っただろうが……残念ながら、このルーキーは弾丸はともかくブレードの扱いに関してはまだ甘い。

 

「なっ……!」

 

 掴んだ手首を離さず、エスクードを蹴り上げる。防御のために展開されたそれは、遊真にとって実に有用な足場だった。くるりと天地が逆さまになり、体捌きだけで宙返りを行ってみせた遊真の体はそのまま一回転。爪先から細く三日月のように伸びたスコーピオンが、甲田の背中に突き刺さる。

 

「やっぱ、片方生かしといて正解だったな」

「……っ!」

 

 何気ない遊真の呟きに、甲田は声を失う。

 たしかに、この白い悪魔の技量なら、あの一瞬で丙を落としていたとしても不思議ではない。落とせたはずの丙を、あえて足だけを奪うだけに留めたのは、

 

「また寄ってきてくれて、助かった」

 

 甲田の接近を、誘うため。

 おそらく遊真は、前回の戦闘の記録を観た上でこの行動を選択した。丙を生かしておけば、前回の戦闘の反省を活かし、必ず接近してくると……そう予想していたのだろう。

 相手の思考を逆手に取った悪辣とも言える誘導に、けれど甲田は改めて実感する。

 

(格が、違う)

 

「これで『3点』だ」

 

『トリオン供給器官破損』

 

 甲田と丙の頬に、戦闘体の崩壊を示すひびが広がった。

 

 

 

 

『如月くん!』

「分かっているっ!」

 

 耳に届く悲鳴に似た声に、けれど構っている暇はない。甲田と丙が身を呈して作ったこのチャンス。活かさなければ、それこそ勝敗に関わる。

 太一のライトニングが瞬いた。弾速は速い。しかし、威力はそこまでではない。前面にシールドを展開し、龍神はそのまま突っ込んだ。

 

(落とす!)

 

 決意と同時、1人の影が視界に飛び込んでくる。

 

「スラスター、イグニッション!」

「……三雲っ!」

 

 引きずられるように不格好に。それでも低いトリオン能力を全開にしたスラスターに回し、龍神と太一の間に修が飛び込んだ。

 レイガストのシールドに押し出され、龍神の体は大きく立ち揺らぐ。

 

「その決断は大したものだが……」

 

 しかし、焦りはない。

 

「蛮勇に過ぎる」

 

 閃く二刀。その斬撃に、修が対応できるわけもなく。斬りとばされた腕が、レイガストごと落ちる。

 呆気ない決着。瞬間の攻防は、圧倒的な力の差を如実に示していた。

 

「お前はまだ、俺には勝てん」

 

 トドメを刺される、刹那。

 

「……はい」

 

 それは先ほどと同じように、修がこの試合ではじめて見せる表情だった。冷や汗が滲み、流れ落ちる。悔しさを堪えた眼光が、レンズの奥から龍神を射貫く。

 だが、それでも。敗北が確定したその瞬間を迎えてなお、修が浮かべたそれは、敗北を悔いる苦悶の表情ではなく、

 

 

 

「最初から、勝てるとは思っていません」

 

 

 

 何かを確信した、精悍なものだった。

 レイガストを握っていない、もう片方の手に。小さなトリオンキューブが浮かぶ。

 

(相討ち狙いっ……!?)

 

 飛び退くように、龍神は修から距離を取った。もちろん、その胸に深々とスコーピオンを残すことは忘れず、シールドを張りながら後退する。

 しかし、弾丸は龍神に向かって飛ばなかった。

 

「え?」

 

 分割もされず、修の手のひらから離れたその通常弾は。龍神の旋空弧月を警戒していた太一の胸に、深々と突き刺さった。

 三雲修のトリオン能力は低い。どうしようもなく低い。

 けれど、分割なしの修にとっての大弾。二宮や出水といったトップ射手と比べれば、大弾と呼ぶにはあまりにも小さなその弾丸でも。

 

 

「ようやく……"一本"取れました」

 

 

 当たれば、落とせる。

 ノールックで行う、背面撃ち。才能がない少年が行うにはあまりにも難しいその一手を、修は土壇場で決めてみせた。

 他ならぬ師匠に、勝つために。

 

「っ……!」

 

 龍神は固まった。

 その成長に驚き、その決断に驚き、そしてなによりも。

 弟子であるはずの少年に『してやられた』という事実に、歯噛みする自分自身に驚いた。

 

 

『供給器官、破損。活動限界』

 

 

 胸部を深々と撃ち抜かれ、太一の体はゆっくりと崩れ落ちる。取り落としたライトニングを拾うことも、もはや立ち上がることさえ叶わない。

 

「太一っ!」

 

 それでも尚、自分を気遣う声に。どんな状況でも仲間を気遣うエースに向けて、太一は叫ぶ。

 何もできなかった。でもせめて、足手纏いになることだけは……

 

「鋼さんっ! オレにかまわずやってください!」

 

 追尾弾はやんだ。今なら跳べる。けれど後輩の感情がのった叫びを聞いて、村上はエスクードを飛び越えようと縮めた足のバネを止めた。

 

 この状況。自分がすべき行動は何だ? 自分はさっき、太一に何と言った?

 

 ――ここで必ず、如月か空閑を落とす。

 

 視線が移る。

 思い出すのは、大規模侵攻で見たあの『旋空弧月』。新型の装甲を易々と両断していた、あの斬撃の閃きだ。自分が見てきた中で最高の、太刀川慶すら凌駕する刃の輝き。

 直接、師事したわけではない。龍神の技をコピーしたように、練習を重ねたわけでもない。それでも村上は、今この瞬間、再現すべきはあの斬撃だと考えた。

 レイガストを手離す。両腕で弧月を握る。縮めた足のバネを、地面を踏みしめ力の反発に変換する。普段は呼ぶことのない、その技の名を口にする。叫ぶわけでもなく、気合いを伴うわけでもなく、ただ静かに。

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

 

 刃が、拡張する。

 旋空によって拡張される弧月のブレードは、遠心力とトリオンの影響で先端にいくほどにその威力も上がる。起動のタイミングと間合いのコントロールが難しいため、オプショントリガーとして『旋空』を装備している隊員は多くても、本当の意味で『旋空弧月』を使いこなせる隊員は少ない。

 しかし逆に言えば。本当の意味で『旋空弧月』を使いこなす隊員がその拡張斬撃を振るえば……スコーピオンをはじく装甲を一撃で破断することも、自爆モードとなり硬度を増したイルガーを両断することも、複数の家屋を広範囲に渡って斬り払うこともできる。

 シールド以上の硬度を誇る、エスクードを。その裏にいる隊員ごと真っ二つに両断することすら、可能になるのだ。

 

「やられた……」

 

 上半身と下半身が裂かれ、遊真はどこか自嘲気味に呟く。

 

「前の決着つけたかったけど……まぁ、しかたない」

 

 

『トリオン漏出、甚大』

 

 

「仕事はした」

 

 いくもの攻防が重なった。互いが互いに手を読み合い、持てる策を巡らし、持てる(カード)を全て切った。

 

 

 その結果。

 

 

 太一が、

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 修が、

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 遊真が、

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 甲田が、

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 丙が、

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 全くの同時に、落ちる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「こ、膠着が一転! 連続の緊急脱出! なんということでしょう!? これは一体、誰が誰の得点だ!?」

「甲田と丙が遊真。太一が修。修が龍神。遊真が鋼さんの得点ね」

 

 持ち前の動体視力がなせる技か。それともA級隊員としての経験の賜物か。動揺する綾辻の横で、小南はあっさりと誰が誰を落としたかを言い当ててみせた。

 

「やるわね、鋼さん」

 

 さらに、彼女にしては本当に珍しく。いたく感心したように、小南はさらに呟いた。

 

「あのシチュエーションで、エスクードの裏にいる遊真を斬るなんて。中々できないわよ、普通」

「ああ。村上が勝負所で遠距離から大振りの『旋空』を使うのも珍しい。本当に、よく決めたな」

「玉狛第二は全員が脱落……しかし、これは……?」

「ああ」

 

 最初に脱落したのは、たしかに玉狛第二。しかし、ようやく得点表に表示されたその合計得点をみて、レイジは軽く頷いた。

 

「合計4得点……この後の展開によっては、このまま玉狛第二の逃げ切りもありえる」

「ふーん。おもしろくなってきたじゃない。如月隊はまだ早乙女が生きているから、動かし方によって戦況は変わる。でも、距離的にすぐに駆けつけることはできないわけで……」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて、小南は頬杖を突いた。視線の先にいる2人の攻撃手を、品定めするが如く。

 

「勝負の行方は、龍神と鋼さんの一騎打ちに託されたってことね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 激しい戦闘から一転して訪れた静寂。切り裂かれ倒れたエスクードや、複数の弾痕が残る地面を踏み締める音が、やけに耳に届く。

 龍神は深呼吸をした。トリオン体に呼吸の機能はないが、深く息を吸い込むその行為は、心を落ち着けるために必要だと思った。

 

「……意外な展開になったな」

 

 空気は、やはり雨の匂いが濃い。

 

「そうか? オレは案外、予想通りだ」

 

 長雨が、少しは土の汚れを洗い流したのか。頬を拭う村上の表情は、どこか憑き物が落ちたように朗らかだった。

 いや、先ほど放った『旋空弧月』。落ちたのではなく、何かを得た。彼の中で何か……欠けていたピースのようなものが、カチリとはまった。そんな印象を、龍神は目の前のNo.4攻撃手から感じ取った。

 

「お前とは、個人ランク戦じゃない……こういう形で、戦える日がくればいいと、ずっと思っていた」

「……ああ、俺もだ」

 

 その言葉を、心から肯定する。

 

「悪いが、あまり時間もない」

「……俺はもう少し、お喋りをしていたいが」

「そうはいかない」

 

 濡れたレイガストの表面が、うっすらと光る。構えた弧月の切っ先から、雨水が滴り落ちる。

 

「……待ってくれないのなら、仕方ないな」

 

 龍神は左手に弧月を、右手にスコーピオンを。

 村上は左手に弧月を、右手にレイガストを。

 

 

()ろうか」

 

 

 開戦の合図は、龍神が打った『旋空弧月』。水の玉がブレードから振り落とされ、受け止めたレイガストの表面で、火の花が咲く。

 瞬間、散っていく火花の光を、逃さぬように。落ちる水滴が、幾重にも輝いた。


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