クリスマス休暇の終わる1日前に、リズとハーマイオニーはホグワーツに戻った。帰りの汽車にブラッドリーの姿はなく、セリア一人が手を振ってくれた。
ハーマイオニーはブラッドリーと一度顔を合わせたが、余所行きな感じな笑みを浮かべていた。それに、ハーマイオニー滞在中は仕事が忙しかったらしく、あまり家にいなかった。
「………」
「またあの男の子のについて考えてるの?」
汽車の中、黙って羊皮紙を眺めている私に向かって、ハーマイオニーが言った。
「うん。だって気になるじゃない」
ハーマイオニーは、未だに、男の子の使った呪文について、詳しいことはリズに言っていなかった。ハーマイオニー自身、頭の中で整理する時間が欲しかったのかもしれない。
「ニコラス・フラメルのことも、結局わからなかったし、もっと調べないと…」
リズが思案するように言う。
「こればっかりは先生にも聞けないし」
「ハリーたちに進展はあったかしら?」
「あるといいんだけど」
二人は小声でニコラス・フラメルやマンイーターについて話し合った。形状のこと、どのようにして倒すか、あの三つの頭の犬のこと。しばらくして、ふと二人のコンパートメントの前を、誰かが通り過ぎた。
そしてリズは、その誰かに見覚えがあった。
「………っ!!!」
あの男の子だ。リズは反射的に立ち上がった。
「どうしたの、リズ?」
「ごめん、トイレに行ってくる」
「いってらっしゃい」
ハーマイオニーを置いて、リズは男の子を追いかけた。
「待って!」
「………」
男の子は驚いたような顔をして振り向いた。それから、一目散に走って逃げ出した。
「…っ!速いっ」
しかし男の子は、次の車輌に行ったとき…姿を消してしまった。
「……どこに…」
ここは汽車の中だ。何処かに隠れることなんてできるわけない。
近くのコンパートメントを覗いてみたが、男の子の姿を見つけることはできなかった。
もしかして、ホグワーツの生徒なのか…?だけど17歳以下の子供が学校の外で魔法を使うことは出来ないはずだ。
「あの人は一体………」
誰なんだろう。
********
久しぶりにハリーとロンに会ったリズは、話を聞かされて驚きを隠せなかった。ハリーとロンが、クリスマス休暇中、夜の学校を歩き回っていたというのだから!ハーマイオニーも呆れて言った。
「どうせ歩き回るなら、ニコラス・フラメルについて調べればよかったのに!」
「調べたんだけど、見つからなかったんだよ」
ロンが拗ねて言った。
「そっちは何かわかった?」ハリーがリズに尋ねる。
「なんにも。家の図書館で探してみたけど、効果なし。あぁ、でも…」
リズは二人にも自身の家での不審な出来事と、助けてくれた男の子について、その男の子を汽車の中で見かけたことについて話した。
「ありえないよ!その男の子とやらが、僕らと同じ年齢で、しかもホグワーツの生徒なんて!」
真っ先にロンが叫んだ。その通りだとリズも思った。あの男の子は何かの魔法で姿を変えているのかもしれない。
「でも、確かにいたんだろう?だったら生徒に紛れて、校内にいる筈だよ」
「…そう、だね」
その後はニコラス・フラメルについては、話題に出ることもなく、四人は久しぶりの再会に興奮しながら休暇中の出来事について話した。
リズは、消灯時間近く、ふと休暇中に見た夢のことを思い出した。尻尾が二本に別れた猫が、鏡に映っていて、リズに言うのだ。
「忘れないで。危ない目に遭ったら私を思い出して」
危ない目にあったら…いささか忠告が遅いような気がするけど。
あの声の主は一体誰なのだろう?あの声を、どこかで聞いたことがあるような気がする。でも思い出せない。もやもやと頭に霞がかかっているかのようだ。もどかしい。
リズは頭の中で考えを巡らせながらベッドに入った。
その夜のことである。
ーー夢を見た。
不快な夢だった。そして、恐ろしい夢でもあった。最初に見たのは赤色。どこを見ても赤、赤、赤。視界が元々赤かったのかと勘違いするほど。
「はぁ、はぁ、はぁ」
やがて私は、真っ赤なのは周りじゃなくーー自分なのだと気づく。
「あ、は、あは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
口から笑いが漏れた。何故か楽しかった。高揚感で体が火照っていた。目から涙が溢れて、止まらなかった。しかし笑い声はいつしか嗚咽に変わり、いつしか止まってしまった。
「………」
それは喉が枯れたせいかもしれなかったし、面白くなくなったからかもしれなかったが、とにかく。
私は何処かに【落ちる感覚】で目が覚めた。
「………っ!」
目を開く。
見慣れた天蓋、白いシーツ。周りを見渡す。隣のベッドに、ハーマイオニーが眠っている。
どこも、赤くなんかない。
安心して、震える手を必死に抑えつけ息を整える。大丈夫、大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
恐ろしい夢だった。
今まで見た夢と全然違かった。怖くて仕方ない。リズは毛布の中で肩を抱いて、目を閉じて眠ろうとしたが、ちろちろとあの赤色がちらついて眠れなかった。こんなときどうしたらいいのだろう、わからない。
ーー眠るのが怖いなんて、いつぶりだろう。
でも猫だったときには、慰めてくれる母も、一緒に寝てくれた兄妹もいた。
でもーーもう皆いないのだ。私だけが、生き残ってしまった。
泣き出したくなり、仕方なく、リズはベッドから這い出して談話室まで降りて行った。
わかっていたことだが、談話室は誰もおらずしんとしていた。リズはそれを好都合に思い、ひとりでに泣いた。ソファに座り、膝を抱えて泣き始めた。声を殺していたが、静かな談話室に嗚咽は反響した。
「……眠れないのかね」
「……っ!」
顔を上げる。なぜここにいるのだろう、向かいのソファに、ダンブルドアが座っていた。リズは顔を隠すようにセーターの袖でゴシゴシとこすった。涙を拭いても、目は充血したままだし、目元は赤いままだった。
「え、えっと」
リズは口籠る。何を言ったらいいかわからなかった。
「……眠れないのかね」
ダンブルドアがもう一度言った。リズはゆっくりと頷いた。
「怖い夢でも見たのかな?」
「……よくわかりますね」
「なに、儂も幼い頃はそんな風に泣きじゃくったものじゃ。そういうときは母が一杯ホットチョコレートを作ってくれた。君も飲むかね?」
ダンブルドアが杖を一振りした。いきなり暖炉が赤々とした火が燃え盛り、テーブルの上にホットチョコレートの入ったカップが二つ並んでいた。
「…す、すごい…」
リズはおそるおそるカップを手に取った。暖かい味が口の中に広がる。自然と口が綻んでいた。
「リズ、君のお兄さんは元気かな?」
ダンブルドアが言った。
「えっと…そうですね、元気です」
「お姉さんも?」
「はい」
正直に答えると、ダンブルドアはにっこり笑い、半月形の眼鏡をくいっと引き上げた。
「それはよかった。クリスマス休暇は楽しかったようだね?」
「楽しかったです!」
「ほほほ、よかったよかった。それじゃあ儂からも、少し遅いがクリスマスプレゼントをやるとしようかの」
「プレゼント…?」
ダンブルドアは長いマントの下から、何かを取り出した。
「知っていると思うが、君のおじいさんは私の友人でね。あの人が君に渡してくれと言ったものがある」
「は?私に?」
でも、私はあの人に会ったことがない筈だ。
だって【私】が産まれたのは一年ほど前。おじいさんに会ったことがある筈ない。
「ほほほ。不思議な男じゃったよ。まるで未来が見えてるのかと思うほど。君のおじいさんはな、『三人目の孫にこれを渡せ』、と最後に言ったんじゃよ。だから、今渡そうと思う」
「……?」
包みにくるまれたそれを、そっと外へ出す。銀色の箱が入っていた。美しい細工の施された箱だ。蓋にはプリズンリバー家の家紋が彫られている。
「開けてみるといい。儂がいなくなったあとで」
「え?」
顔を上げると、そこにはもう、ダンブルドアの姿も、ホットチョコレートも暖炉の火もなかった。リズと、手元の銀色の箱だけがあった。
リズは、しばらく箱を見つめたあと、意を決したように、しかし、恐る恐る、銀色の箱を開けた。そこにはーーペンダントが入っていた。
…To be continued