翌日リズが目を覚ますと、時計はもう十時を指していた。
ソファにいたはずなのに、寝心地のいいベッドに横になっていて、カーテンを開くと、出窓からの光で部屋が明るくなった。
「…ん」
出窓に乗り出してみると、庭が見えた。
今日も薔薇が咲いていて、美しい。
庭の真ん中で、セリアが薔薇の手入れをしているのが見えた。
リズの視線に気がついたのか、セリアは顔を上げてリズに手を振った。
慌てて手を振り返すと、セリアはにっこり笑って、手元に手を戻した。
リズはいつの間に着替えたのか、真っ白なネグリジェを着ていた。
胸に青いリボンが付いている。
セリアの趣味なのだろうか。
部屋は広かった。
本棚には色んな本が入っていて、大体は物語が置いてあったが、中には呪文集や歴史書もあった。
家具は白に統一されていて、ベッドの枠や机や、鏡台まで白い。
床は青い絨毯が敷かれ、白い薔薇が描かれている。
ベッドは出窓の横につけてにあり、丁度ドアの真正面にある。
壁にはタペストリーと絵が飾ってあった。
絵の中の女の人は、髪をとかしている。
ベッドの横に、車椅子が置いてあった。なんとか腕を使って乗り込む。
猫だった時の身体能力は、まだ失ってないようだ。
クローゼットを開いてみると、服がズラリとハンガーにかけられていた。
青っぽい服ばかりだ。
クローゼットの下に、靴がいくつかあった。
冬用のブーツと、スニーカーとサンダル。
三足だけだった。
どれも新品のようだ。
リズはネグリジェのまま外に出た。
広すぎてここがどこかがわからない。
案内板が欲しいくらいだ。
だが、幸運なことにすぐ、屋敷しもべに会うことができた。
「ねぇ!」
「なんでございましょう?」
「先生を見なかった?」
「ご主人様なら、食堂にいらっしゃいます。……ご案内しましょうか?」
「お願い」
屋敷しもべは、すぐに案内してくれた。
何回角を曲がったかわからない。
階段を降りるときは、車椅子が勝手に浮かび上がって、下まで運んでくれた。
「あぁ、リズ、おはよう」
「おはよう先生」
テーブルの上に、ジャムとトーストが置いてあった。
「食べていい?」
「いいよ」
ブラッドリーは本から目をあげずに言った。
不思議なことに、焼いたばかりのように温かった。
リズは食べ終わってから尋ねた。
「先生、今日私はどうしたらいいの?」
「…好きにしてていいよ。屋敷の案内は、屋敷しもべにさせるし」
「えー、でも…」
「魔法の事なら半年後にやればいい。本読んだり、絵を描いたり…なんでも好きにしてていい。私は午後から仕事に行かないといけないが…」
「仕事?なんの?」
「私は魔法省の闇祓いをやっている。魔法省っていうのは、魔法界の政治をやるところだ。一番の仕事は、魔法があるってことを、マグルにわからないようにすること」
「マグルってなに?」
「魔法の使えない人間のことをいうんだ」
「ふぅん…」
「そうだ…魔法界のことについて今日は教えようか。セリアは今日休みだし…。どうだい?」
「わかった」
「それとその服も着替えた方がいいな。ネグリジェのままだと動きにくいだろう」
「どの服着ればいいの?」
「私は女性の服については詳しくないんだ…」
「じゃあ、適当に着てくる」
部屋までの道順を教えてもらって、リズは部屋に戻った。
服は、クローゼットの中にあった、適当な黒いパンツとセーターを着、スニーカーに足を突っ込んで、また食堂に戻った。
座ったまま着替えるのは大変だった。
食堂に、もうブラッドリーはいなかった。
代わりにセリアが立っている。
泥だらけの長靴を脱いでいるところだった。
「魔法界のことについてだっけ?ちょっと待って!」
「ああ、うん」
長靴を脱ぎ捨てて、セリアはリズに向き合った。
「食堂で説明するのは面倒ね。別館の図書館にでもいきましょう」
セリアはリズの車椅子を押し始めた。
本当に広い館だ。
別館へはすぐついた。
セリアは、屋敷しもべに紅茶とビスケットを持ってくるよう伝えると、図書館から数冊本を持ってきた。
「半年はここに引き篭もっててもいいかもね。私の杖を貸すから、少し魔法の練習ってのもいいかも」
「本当⁉︎」
「そういえば、どうして兄さん、あなたに先生って呼ばせてるのかしら…?」
「さあ?」
「まあいいわね!あの人ならなんて呼んでも起こらないと思うわよ!」
そう言って、セリアはどさっと数冊の本を机に置いた。
本は勝手に動いていた。
あっちこっちに飛び回り、時々正面衝突して落ちるのもあった。
「俗に言う魔女とか魔法使いってのは、元々普通の人間が突然変異で魔力を有した人間が出てきたことから始まったの。
魔法力は母から子へと受け継がれ、魔力を持たない人間をマグルと呼ぶようになったわ」
セリアは杖でとんとんと本を叩いた。
ページがめくれて、マグルについて書かれているページが出てきた。
「魔法生物って、生きるためとか食べるためとかに魔力を使うから、こういう生活的魔法を使うような知能のある生物はとっても珍しかったでしょうね。屋敷しもべ妖精は力のある人間に進んで仕え始めた」
今度は違う本が開いた。
中には、様々な妖精や、小鬼、エルフなどが絵で描かれていた。
小鬼は慎重にコインを秤にかけながら動いていた。
魔法の世界では、写真や絵は動くようだ。
そういえば、部屋にあったあの女の人の絵も、動いていたなとリズは思い出す。
「でも、問題はマグルだった。マグルはなんでも魔法で解決しようとしたわ。それに、自分たちにはない力を妬んで羨んだ。
それで、魔法省ができたのね。魔法省は魔法を知る人間が少なかったから、忘却魔法で全て忘れさせ、魔法の道具とか、魔法が広まるのを防ぐために、おとぎ話として魔法を定着させたりとか…。まあ細かいのは省くけど、とにかくいろんな役所を作ったのね。それで、マグルに隠れるように、マグルに溶け込むように、マグルとうまくやるように暮らし始めたの。
マグルって魔法は使えなくても、魔女狩りとかえげつないことやるのよ…。
魔女狩りってのは、昔魔法を恐れたマグルが、魔女とっつかまえて拷問して殺す…みたいなやつ。まあ意味のない行為だったんだけど…。そのうち詳しく教えるわ…」
少し身震いして、セリアは続けた。
「まあ、そういうのもあってマグルに対する差別主義が広がっていって、それに従ってに”純血主義”ってのも広がり始めたの。
”純血”っていうのは、初代から今代に至るまで、マグルの血が一滴も流れてない家柄のことよ。
プリズンリバー家は純血なの。誇ることでもないけどね。
他にも、ウィーズリー家とか、マルフォイ家とかが有名ね。
”純血主義”は、マグル生まれの魔法族や彼らを擁護する魔法族を排除し、純血の魔法族が魔法界を支配すべきであるという思想のことなの」
セリアは少し顔をしかめた。
少しいらついているようだ。
「”純血主義”はマグルを根本から否定してるわ。マグル生まれの魔法使いでも、いい人はいるのに…」
「マグル生まれって?」
「マグルでも、魔法の素質を持って生まれてくる人がいるのよ。マグル生まれでも優秀な人がいるわ」
「へぇ」
「……」
「セリア?」
「………………リリー」
「え?今なんて?」
「………そうね、これも教えましょう」
「?」
黒い表紙の本が飛んできた。
それは、アルバムだった。
中に、今よりも幼い顔をしたセリアが写っていた。
その隣に、優しそうな女の人も。
二人とも動いている。
「私がホグワーツにいた時の写真…。これは先輩のリリー…。リリーは卒業した後、ジェームズと結婚して…子供を産んだの…。ハリーっていう…」
「…ハリーって、聞いたことあるわ。昨日、ダンブルドア先生が言ってた人よ」
セリアは上の空で続けた。
「私がホグワーツの学生だった頃は、魔法界にとっての、”暗黒の時代”だった。その頃、ある恐ろしい人間が、魔法界を支配し始めたからよ。暗黒の闇の魔法に手を染めた、狂った化け物…。とても強い魔法使い…。逆らった人はみんなみんな殺された。子供も、大人も…関係なかった…。恐れて彼に仕えた人もいたわ。
彼の名前は…
”ヴォルデモート”
彼は…彼は、私が学校にいるとき、殺したの…そう…リリーたちを…。それで二人とも死んでしまった…」
「え…?」
「だけど、その日、…ハロウィーンだったわ。あの日は…例のあの人は…消えた」
「……なんで?」
「二人を殺して…例のあの人は、ハリーも殺そうとしたらしいの。だけど、死の呪文が、ハリーに当たったのに、跳ね返って…」
「死んだの…?」
「消えたのよ。まだ…霊魂が残ってる…。あの人はまだ復活の機会を伺ってるの…」
「……セリア?」
セリアは自分の二の腕を抑えて震えていた。
目を見開いて、顔は恐怖に歪んでいる。
「セリア、セリア大丈夫?セリア‼︎」
「!…ごめんなさい…。冷静さに欠けてたわ」
「………」
丁度そのとき、屋敷しもべが紅茶とビスケットを持ってやってきたので、話は一旦中断になった。
そのあと、気を取り戻したセリアは、魔法界のことについて色々説明してくれた。
ランチを済ませてからは、庭で少し箒に乗せてもらい、それから杖で簡単な呪文を練習した。
数ヶ月は、退屈しないと思われた。
足の方も上々だった。
数日後には、走ったり、一輪車に乗ったり、自力で箒に乗るのにも困らなかった。
猫のときのような鼻のよさも、耳のよさも失っていなかったが、夜目が効かないのが難点だった。
ブラッドリーとセリアは、夕食どきは一緒にいたが、それ以外ではほとんど一緒にいなかった。
リズは、ブラッドリーは、セリアをどこか手のかかる妹と見ていると感じた。
セリアは、リズとよく話したけれど、ブラッドリーとはあまり話さなかった。
…三ヶ月半後
リズは庭を歩いていた。
何か目的があったわけではないが、暖かい日和になんとなく入っただけだ。
すっかり春になっていた。
薔薇は丁度ピンクのが咲いており、屋敷しもべが水をあげていた。
「あ、猫」
庭に猫がいた。元同胞の。
こうして見ると可愛いものだ。
動物にはやはり好かれるようで、リズは猫の頭を撫でた。
『元気?』
「元気だよ」
『いいわねぇ、幸せそうで』
「この屋敷で飼われて見る?」
『それはお断りね。だってつまらないもの』
「そっか」
『さっき蛇が死んでたわ』
「……先生かな」
『センセイってのが誰からはよくわかんないけど、多分そう』
「ありがと。またね」
猫はなぁんと鳴いてどこか言ってしまった。
リズは、生きてる蛇に話しかけていた。
「大きいのね」
『さっき食ったばかりだからね』
「ネズミ?」
『ちっちゃなトカゲとかヤモリさ』
「死んだ蛇を見た?」
『蛇はもういないよ。俺しかいない』
「死んだのはどこに?」
『ヒトが持って行った』
「ヒト?」
蛇は去って行った。
元猫だからか、リズは動物の言葉はわかった。
動物も、リズの言葉がわかるようだ。
家の中に戻ると、セリアが蛇の牙を抜いているところだった。
「何やってるの?」
「蛇の毒を薬に使おうと思って!」
「また屋根吹っ飛ばす気?」
セリアは薬作りが趣味だった。
度々新薬を作って家を破壊するので、屋敷しもべは気が気じゃなかっただろう。
また猫に戻りたいかと言われたら、もう戻りたくないと、リズは答えるだろう。
午後の庭に、弱い太陽がさしていた。
冷いベンチの上で、猫がなぁんと鳴いた。
…To be continued
かくの楽しい。
次回からハリー登場!