ハリーとマルフォイは警戒を怠らず歩みを進めた。
天文台の塔まで来たが、フィルチはもちろんリズの姿はなかった。
猫の毛ひとつ落ちていない。
2人はリズが走り去った方角へと向かった。
「いないな…」
随分遠くまで来た。
外に出てしまったのだろうか?
ハリーは、ふと窓の外を見やった。
「待って、マルフォイ、あれはなんだ?」
「……?」
ハリーが指差した先……窓の外、禁じられた森の近くに、黒いローブを被った男が立っていた。
後ろ姿だから誰かはわからない。
「うっ…」
「ポッター…⁉︎」
ハリーは突然、頭が割れるような痛みを感じた。
傷が、突然痛み出したのだ。
思わず傷を抑えてしゃがみこむが、痛みは治る気配を見せない。
「…ポッター、おい、どうしたんだ!」
マルフォイが呼びかける声が聞こえる。
それがなんだか遠く聞こえた。
「……!ポッター、あいつ、こっちを見てないか…?」
歯を食いしばってもう一度外を見やる。
ローブの男が、こちらを見上げているような気がした。
「なんだかヤバい気がする…」
「マルフォイ、逃げるぞ!」
痛みに耐えながら、ハリーはリズを探して走り出した。
あの黒いローブを着た男は誰なのだろう?
もしかして、スネイプか?
スネイプは禁じられた森で一体なにをしているんだ…?
**************
ーーリズside
(……完全に)
迷った。
視界が低いだけでこんなに違って見えるものなのか……。
ここはどこだろう。
二階というのはわかるのだが、グリフィンドール塔がどこかわからない。
天文台の塔まで戻った方がいいだろうか…?
いや、そもそもここがどこかわからないから、天文台がどこかもわからないのだった。
(一番の問題は、人間にどう戻るかだけど…)
ハリー達の様子も気になるし、それは後回しだ。
(……?)
人の気配を感じた。先生だろうか?
廊下の角から見やると、先生でも生徒でもない、黒いローブの男が立っていた。
それを見た瞬間、突然、ぞわ、と全身の毛が逆立つような気がした。
(…あれは、ヤバイものだ)
近付いちゃいけないものだ。駄目だ、あれは。
人間としての理性も、猫としての本能も叫ぶ。
逃げろ、と。
リズは駆け出した。
絶対に振り向いちゃいけない。
なにをされるかわからない!
足音が後ろからついてくる。
気付かれてしまったのだろうか。
唐突に、赤い閃光がこちらに飛んで来た。
(……ッ⁉︎)
あの男が放ったものだ。ギリギリで避けた。
でも、もう一度飛んで来たら避けられる自信はない。
あれは偶々避けられただけ。
(速く速く、もっと速く逃げないと…!)
そんなリズの思いを無視して、再び、後ろから、赤い閃光が飛んでくるのが見えた。
*******
遠くから響いた爆発音に、ハリーとマルフォイは思わず顔を見合わせた。
「どこの音だ⁉︎」
「わからない。二階だと思うが…」
ホグワーツ城は広いし、音がよく反響する。
どこで音が鳴っているかを特定するのは、難しいのだ。
幸い、同じ階にいた二人は長い時間がかからずに見つけることができた。
「「……っ!」」
土煙に思わず咳き込みそうになる。
二階の廊下は、床が抉れ、煙が舞っていた。
なにが起こったのかはわからない。
しかし、ハリーの傷の痛みはピークに達していた。
ここにあのローブの男がいたのだろうか?
「……あ」
土煙に紛れて、白い猫が倒れているのが見えた。
リズだ!
マルフォイは素早くリズの身体を拾い上げる。
「怪我はしてないみたいだ…」
「…よかった」
「すぐに先生が来るぞ。行くぞポッター」
「待て、マルフォイ……あそこ」
ハリーは、以前リズの言っていた黒い髪の少年が、去って行くのを見てしまった。
**************
グリフィンドール塔へ舞い戻った二人は、リズをどうやって人間に戻すことができるかわからなかった。
下手な魔法をかけて新たな怪我をさせたらダメだろう。
魔法を解くよりも、リズが眼を覚ます方が早かった。
「リズ、大丈夫…?」
「にゃあん」
YES、ということだろうか。
リズは何故か頭をブンブンと振ったあと、念じるように眼を閉じた。
リズはぐるりと回転するように人間の姿に戻った。
「ごめん。ありがとう。助けに来てくれて」
「リズ、君、動物もどきだったのかい?」
「変身術で自力で人間に戻れるなんて、聞いたことないぞ」
「……えーっと、ごめん。自分でもよくわからないの」
案の定質問責めにされたリズは、困ったように頭を掻いた。
「でも、皆には黙っていてくれると嬉しい」
「わかった。でもひとつだけ答えて」
「なに?」
「あそこでなにがあったんだい?」
あそこ…勿論、あの二階の廊下だろう。
「黒いローブの男に襲われたのよ」
「「え…っ⁉︎」」
「誰かはわからない。でも……」
リズは黙り込む。
そして意を決して言った。
「血の匂いがしたわ」
「血の匂い…?」
「猫の鼻って人の何倍もいいの。だからすぐにわかったわ。でも、あれは人間の血じゃない…多分」
「……あの男、一体なにをしていたんだ…」
三人は黙り込む。
マルフォイはスリザリン寮に戻らなければならないが、危険な人物が出歩く廊下に飛び出して行く勇気はなかった。
「ドラコ、朝一番にスリザリンの寮に戻りなよ。皆が起きる前に」
「……わかった」
「あの人について勘繰るのは危険だと思う。気をつけて」
リズはそう言って女子寮への階段を上がろうとした。
「リズ!」
「!なに、ハリー」
階段の途中で、リズはハリーに呼び止められた。
「君はまた、あの男の子とやらに助けてもらったのかい?」
「……気付いてたの?」
「気付くっていうか…僕、あの廊下でその男の子の後ろ姿を見たんだよ」
ハリーが見た以上、あの男の子はリズの妄想じゃない。
ちゃんと存在している。そして、事あるごとにリズを守っていることになる。
「…男の子に教えてもらったの。人間への戻り方」
「…やっぱり」
「あの人はローブの男から私を守ってくれた。何故かはわからないけど…」
リズは難しい顔で腕を組む。
「疑問だらけだけど、仕方ないわ。とりあえず、おやすみ」
「ああ、おやすみ。…あ、そうだリズ!」
女子寮に入ろうとする足を止め、リズは振り向く。
「なに?」
「その赤いペンダント、よく似合ってる」
リズは一瞬きょとんとして赤いペンダントを見やり、それから少しはにかんだ。
「ありがとう。これ、大切なものなの」
リズが女子寮へ入ってから、ハリーも男子寮へ戻った。
皆が眠る中にそっと部屋に入り込み、天蓋のベッドに横になる。
(…疲れた)
すぐに睡魔が襲ってきて、ハリーは泥のように眠った。