魔法使いになった猫   作:雪兎 銀杏

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21.情報漏洩

 

『猫の姿から戻りたければ、自分の姿を強くイメージすることだ。リズ・プリズンリバー』

 

 黒いローブの攻撃から、リズを守ったあの少年は、そう言った。

 途切れ行く意識の中で、少年から放たれた一言を、リズはなんとか聞き取った。

 

(……待って…)

 

 声は出せなかった。

 猫なのだから当然だ。

 

 でも、あの男の子は存在する。そして何故か、自分を守ってくれる。

 誰かはわからない。でも何故か、自分を守るときにだけ現れる。

 

 

 

 **************

 

 

 

 翌日の朝、起きた時には、マルフォイはすでに出て行った後だった。

 しかし校内放送で、先生達により厳戒態勢が敷かれた。

 夕方5時には談話室に戻ること、と。

 

「あんなことがあれば当然か…」

 

 リズとハリーは眠い頭を叩き起こし授業に集中した。

 期末試験まであと少ししかないのだ。

 

 

 二階の廊下は、既に綺麗に修復されたあとだった。生徒たちを不安がらせない為だろう。

 魔法薬学の授業で一瞬マルフォイと顔を合わせたが、お互いなにも言わなかった。

 

 試験の勉強やクィディッチの練習もあって、ハリーと話す機会が段々と減ってきた。

 賢者の石のことも勿論大切だが、目下は期末試験だった、というのもある。

 

 期末試験の勉強がてら、リズは猫になったり、戻ったりの練習を繰り返した。

 今ではほぼ自由に戻れるようになっているが、ハリーとマルフォイ以外、リズがこんなことをできるとは知らなかった。

 

 

 それにこれは多分、動物もどきでも、変身術でもない。

 

 変身術で動物になると、自我が希薄になり、思考が保持されなくなってしまう。しかしリズは、猫の状態でもきちんと自分の意志で行動できていた。

 

 動物もどきは魔法界に七人いるが、どれも自身の魔法でその力を得ている。

 

(……でも、私の場合)

 

 猫になれるのは多分、ブラッドリーという第三者の介入と、猫から人間になったという経歴によるものだ。

 

 リズはブラッドリーに猫になれることを伝えようか迷ったが、結局言わなかった。

 何故かわからないが、伝えてはいけない気がしたのだ。

 

「……リズ、大丈夫?」

 

 顔を上げると、ハーマイオニーとロンが心配そうに顔を覗き込んでいた。

 険しい顔で考えこんでいたからだろう。

 

「わからないところでもあった?」

「いや、ちょっとこの前の事件について考えていて…」

「あー、ローブ男の奴か」

 

 ロンが言った。

 

「僕はスネイプじゃないかって思うけどね。だってアイツ、ものすごく怪しいじゃないか」

「賢者の石を狙ってるしね。わからなくはないけど…でも…うーん」

 

 リズは、あの黒いローブの男をスネイプだと断定するのは、少々早慶に思えた。

 

(あれはスネイプには思えない。…匂いが違かった)

 

 濃い血の匂いに混じっていたあの匂い…どこかで嗅いだことがあるような気がしたが、思い出せない。

 

「ロン、リズ、今は賢者の石よりも試験勉強でしょ。頑張って良い成績とらないと…」

 

 ハーマイオニーがくどくど言い始めると、ロンは鬱陶しそうに羽ペンを握りなおした。

 

 

 

 ******************

 

 

 

 期末試験まであと二週間といったところで、授業もいよいよ佳境に差し掛かった。

 授業は難解さを増していたり、復習がメインになったりと様々だった。

 普段は眠たそうに首をもたげている生徒でさえ、きちんと顔を上げて授業に聞き入っていた。

 

 四人は授業が終わったあとも質問をしにいったり問題を出し合ったりと忙しい日々を送っていた。

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業は肩透かしでつまらないことが多かったが、その日、わからないところができたリズはクィレルに質問をしにいった。

 

「なるほど。ありがとうございます、先生」

「い、いえ。お役に立てたなら、な、な、なによりです」

 

 相変わらずどもりながら、質問に答え終えて、クィレルは言った。やはりまだ脅されているのだろうか、クィレルは頰がこけ以前にも増して弱々しく見えた。

 

「……と、ところで、プ、プリズンリバーさん」

「はい?」

 

 リズは教科書から顔を上げる。

 

「そ、その、ぺ、ペンダントは、誰から貰ったのですか?」

 

 クィレルは興味深そうにリズの首に掛かったチャームを見ていた。

 どうやら、シャツの隙間から見えてしまったらしい。

 

「ああ、すみません。これはその、祖父に貰ったんです。クリスマスプレゼントに」

「こ、これは失礼を。ず、随分古いものにみ、見えたものですから。ここ、こ、校則違反ですからね、外した方がいいですよ」

 

 クィレルは慌ててそう言い、羽ペンとインクを仕舞った。

 

「……?」

 

 てっきり没収されると思っていたのだが、そうではないらしい。

 

「で、では私はこれで…」

 

 クィレルが教室から出て行こうとする。

 

 そのときふと、リズの鼻に、嗅いだことのある妙な匂いが飛び込んできた。

 ーーこれは血の匂いだ。しかも、人間のものではない。

 

「先生!」

 

 びくっと肩を震わせて、クィレルが振り向く。

 

「ま、ま、まだなにかありましたか?」

「えっと、そうではなくて…」

 

 なんと言おう?

 この教室の中から血の匂いがする、とでも言うつもりか?

 

「…すみません、なんでもないです」

「そ、そうですか。では…」

 

 リズはクィレルが立ち去ったあと、教室を調べたが、大したものは見つからなかった。

 この血の匂いを漂わせた何者かがーーおそらくあのローブの男がーーいたのは確かだが……。

 

(…多分、クィレルはそいつに脅されている)

 

 

 賢者の石の守りについて、彼が話してしまう日は遠くないかもしれない。

 そうなると、生命線はひとつだけだ。

 ハグリッドが、フラッフィーについて洩らしていないことを願うしかない。

 

 

 **************

 

 

 期末試験は、思ったより早く訪れた。

 リズはハーマイオニーと復習した多くの知識をフル活用して試験に挑んだ。

 忘れ薬の調合方法、天文学に呪文学、覚えることが多すぎて頭がパンクしそうだったが、なんとか終えることができた。

 

 試験が終わってからは、皆大喜びだった。一つの重い枷が取れたような気分だったのだ。

 あと一週間、試験の結果が出るまでは、とても自由な時間が待っている。

 

 しかし、ハリーだけは傷がずっとズキズキと悲鳴をあげるように痛んで不機嫌だった。

 

「大丈夫?ハリー」

「マダム・ポンフリーのところへ行ったら?」

 リズとハーマイオニーが言った。

 

「僕は病気じゃない…それに、これは多分、なにかの警告なんだと思う」

 

 この前の黒いローブの男を見つけた時と一緒だ。危険が迫っているのだ、とハリーは悟る。

 

 それにーー

 

「なにか重大なことを忘れてる気がするんだ」

 

 そう、なにか、重大なこと。一番の懸念事項であるハグリッドが、ダンブルドアを裏切ってフラッフィーのことを喋ることはないとわかっている。しかし…。

 

 ロンはハリーの肩にぽんと手を置いた。

 

「ハリー、リラックスしろよ。ダンブルドアがいる限り、石は無事だ。ハグリッドがフラッフィーの突破方法を教えるわけないんだし」

 

「そうだけどーー」

「待ってハリー」

 

 リズがハリーに真っ青な顔で呼びかけた。

 

「確かにおかしいことがある。あのドラゴンよ」

「え…?」

「ハグリッドはあのドラゴンをどうやって手に入れたのか覚えてる?」

「確か、パブで賭けに勝ったって…」

 そこまで言って、ハリーも気がついた。

 

「そうだ。普通ドラゴンの卵を持っている人が、都合よくハグリッドの前に現れるわけがないんだ。話がうますぎる!」

 

「ちょっと二人とも、どうしたんだよ?」

 

 戸惑うロンとハーマイオニーを置いて、二人はハグリッドの元へ走り出した。

 

 

 

 ********************

 

 

 

「卵をくれたやつ?わからんよ。マントを着たままだったしな」

 

 四人は絶句する。卵を譲ってくれた人がだれかわからないのか?

 

「ハグリッド、その人とどんな話をしたの?」

 

 ハグリッドは思い出そうと顔をしかめた。

 

「悪いがよく覚えてないんじゃ…次々酒を奢ってくれるんで…」

「どんな些細なことでもいいんだ!」

 

 ハリーの気迫に面食らいながらも、ハグリッドは話し始める。

 

「森番をしてると話して…それでドラゴンがずっと飼いたかったという話をして…それから賭けでドラゴンの卵を賭けてもいいとあいつは言ったな……それでフラッフィーに比べりゃ、ドラゴンの世話なんて楽なもんだって俺は言って…」

 

「その人はフラッフィーに興味があるみたいだった?」

 ハリーはなるべく落ち着いた声で言った。

 

「そりゃそうだ。三頭犬なんてそうそういないからな。だから俺は言ったんだ。フラッフィーはなだめ方を知ってれば楽なもんだって。ちょいと音楽を聞かせてやればすぐに寝ちまうって……っておいどこ行くんだ四人とも!」

 

 

 四人はハグリッドの家から離れ、駆け出した。

 

「マズイよ。まさかあそこまでバレてるなんて…!」

「今度こそ、ダンブルドアに言いに行こう!ハリー」

 

 ロンが不安そうな面持ちで言った。

 勿論賛成だった。それに、ハリー達は情報を知りすぎている。

 

「そこの四人、なにをしているの?」

 

 ホールの向こうから、本を山ほど抱えたマグゴナガル先生が四人に声をかけてきた。

 

「マグゴナガル先生、ダンブルドア先生にお目にかかりたいんです」

 

 ハーマイオニーが意を決して言った。

 マグゴナガルは、見るからに怪訝そうな顔をする。

 

「ダンブルドア先生に?なぜです?」

 

 理由を言わなければならない。しかし、言ってもいいものだろうか?

 顔を見合わせて黙っている四人に、マグゴナガルはため息をつく。

 

「残念ですが、ダンブルドア先生は魔法省からの緊急フクロウ便が来てロンドンへ飛び発たれました」

「なんですって?先生がいらっしゃらないんですか⁉︎」

「…どうしたのです、さっきから」

 

 慌てるハリーを諌めながら、マグゴナガルは立ち去ろうとした。

 

「待ってください、先生」

「どうしました、ポッター」

「実は……『賢者の石』のことなんです」

 

 マグゴナガルは呆然と本を手から取り落とした。

 

「どうしてそれを…」

「先生達もわかっているでしょう!この前敷かれた厳戒態勢は、何者かが賢者の石を盗もうとしているからではないんですか?」

 

 しどろもどろになりながらも、マグゴナガルは落ち着いた声で返答する。

 

「……貴方達が、なぜそれを知っているのかは尋ねません。しかし、石の守りはこの間の件で一層強くなりました。盗まれる心配はありません」

「でも…」

 

 それ以上、マグゴナガルは語ろうとはしなかった。本を掻き集め、どこかへ行ってしまった。

 

 先生達は知らないのだ。敵に情報のほとんどがダダ漏れで、それが突破されそうになっていることを。

 

「今夜だ。絶対に今夜、奴は動く」

「そうね。なにしろダンブルドアもいないし、必要なことは全部わかったんだから」

 

 リズはハリーと顔を見合わせる。

 

「……でも私たちになにができるって言うの?」

 ハーマイオニーが冷静な声で言った。

 

「そうだよ!僕たち、ただの一年生なんだぜ?」

 ロンが不安そうに叫ぶ。

 

「でもやらなきゃダメなんだ!先生たちは頼れない。僕は今夜抜け出して、石を先に手に入れる」

「気は確かか、ハリー?」

「スネイプより先に石を手に入れるなんて…無理に決まってるわ!」

 

 そう、現実問題、無理だとわかっていた。スネイプには仕掛けがわかっている。しかし、ハリー達にはそれがわからないのだ。

 どう突破するかもわからない罠を、たかだか一年生がくぐり抜けられる筈もない。

 

 しかし、リズは叫んだ。

 

 

 

「私も行く」

 

 

 

 




次回、乗り込みます。
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