話していると、急にコンパートメントのドアが開いて、赤毛で背の高い男の子が入ってきた。
さっきの双子の兄弟に違いない、とリズは思った。
「ここ空いてる?」
男の子は、リズの隣の席を指差して尋ねた。
「他はどこもいっぱいなんだ」
二人が頷いたので、男の子は席に腰掛け、チラリとハリーを見た。
その時、リズは男の子の鼻が汚れているのに気がついた。
「おい、ロン」
双子が戻ってきた。
「なあ、俺たちは真ん中の車両あたりまで行くぜ。……リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」
「わかった」
ロンはもごもごといった。
「自己紹介したっけ?僕たち、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン。じゃ、またあとでな」
双子はコンパートメントの戸を閉めて出て行った。
「君、本当にハリー・ポッターなの?」
ロンがポツリと言った。
「うん」
ハリーが答えると、ロンはすぐ、
「じゃあ、その傷が例のあの人の…?」
と尋ねた。
「うん。でもなんにも覚えてないんだ」
「へぇー」
ロンは熱っぽく言い、今度はリズのほうを向いた。
「プリズンリバーって名前、知ってるよ。前ママとパパが話してた。君のお父さんが、パパの友達だったんでしょ?スリザリンとグリフィンドールが友達になるなんて珍しいなあ」
「グリフィンドールとスリザリンって、そんなに仲悪いの?」
「そりゃあもう!やっぱり、クラスは別れてしまうだろうなぁ」
「えー、残念」
「まあ、行ってみないとわからないらしいけど。君のことも言ってたよ。君、しばらく療養してたんだって?最近初めて魔法界に戻ってきたとかなんとか…」
「……うん、そうなの」
内心汗だくになりながら、リズは答えた。元猫だなんて、知られたくない。
「だからダイアゴン横丁に行ったことなかったの?」
ハリーが言った。
「う、うん。ずっと屋敷にいたし」
「へぇー!僕は毎年行ってたよ!」
「あんな人の多いところは初めてだったよ、私」
それから3人は、いろんな話をした。
ロンの家族の話や、リズの家族の話。
それぞれの動物の話、杖の話。いろいろだった。
十二時半頃、通路でガチャガチャと音がして、えくぼのおばさんがニコニコ顔で戸を開けた。
「車内販売よ。何か入りませんか?」
ハリーは朝食がまだだったので、勢いよく立ち上がって通路に出た。
リズは少し小腹が空いていたので、お金の入った包みを持って通路に出た。
ロンは耳元をポッと赤らめて、サンドイッチを持ってきたからと口ごもった。
リズは初めて見る不思議なお菓子に目を光らせ、蛙チョコレートを数箱と大鍋ケーキを手にとって、銀貨6シックルを払った。
しかし、リズはハリーの買い物を見てぎょっとした。
「すごい量だねハリー。お腹空いてるの?」
「ペコペコだよ」
ハリーは両手いっぱいの買い物を自分の隣の席に置き、かぼちゃパイにかぶりついた。
ロンはデコボコの包みを取り出して、開いた。
サンドイッチが四切れ入っていた。一切れつまみ上げ、 パンをめくってロンが言った。
「ママったら僕がコンビーフは嫌いだって言っているのに、いっつも忘れちゃうんだ」
「僕のと換えようよ。これ、食べて」
ハリーがパイを差し出しながら言い、それからそれらしい言い訳を付け加えた。
「それにたくさん買ったけど、きっと僕だけじゃ食べきれないし。リズもどうだい?」
「頂いとく」
「でも、これ、パサパサで美味しくないよ。ママは時間がないんだ。五人も子供がいるんだもの」
「いいから、パイ食べてよ」
リズは猫だった時食べ物を取り合うだとか、探し回ることしかしたことがなかったから、誰かと平等に、何かを分け合うなんて新鮮なことだった。
今も、食べられるところで食べておかないといけないという、単純な生存本能が体に残っていたし、そのことを踏まえると、リズは誰よりも命や食べ物の大切さを知っていた。
「これなんだい?」
ハリーは蛙チョコレートの包みを取り上げて聞いた。
「まさか、本物の蛙じゃないよね?」
「でも、蛙って食べられるんだよ。美味しいかは知らないけど」
「いやリズ、普通にチョコレートだよ。ちょっと動く魔法がかけてあるだけ」
ロンはリズの少しずれたところが、好きになり始めていた。
「中にカードが入ってるんだ。有名な魔法使いとか魔女とかの写真だよ。僕、500枚くらい持ってるけど、アグリッパとプトレマイオスがまだないんだ」
「プトレマイオスっていうのは、エジプトの女王様よ。凄い魔女だったんだって」
ハリーはリズの解説に関心して蛙チョコレートの包みを開けてカードを取り出した。
男の顔だ。半月形の眼鏡をかけ、高い鼻は鉤鼻で、流れるような銀色の髪、あごひげ、口ひげを蓄えている。
リズはこの人物に見覚えがあった。
「私この人に会ったことある。確かダンブルドアという名前の人よ。ホグワーツの校長先生」
「この人がダンブルドアなんだ!」
ハリーが声を上げた。
「ダンブルドアのことを知らなかったの!僕にも蛙一つくれる?アグリッパがあたるかもしれない……ありがとう…」
リズも興味津々に蛙チョコを開けてみると、プトレマイオスがいた。
「ロン、私プトレマイオスがあたったよ!あげようか?」
「いいの?貰う!」
リズはチョコレートの味が気に入った。クセになる味だ。
「ロン、ダンブルドアがいなくなっちゃったよ!」
急にハリーが叫んだ。
「そりゃ、一日中その中にいるはずないよ。また帰ってくるよ。あ、だめだ、また魔女モルガナだ。もう6枚も持ってるよ……君欲しい?これから集めるといいよ」
リズは気になったので、もう1箱開けることにした。
「……あ」
「どうしたんだい?」
「いや、これ」
【エドワーズ・プリズンリバー】
「君のおじいさんの名前だろう?知らないの?すっごく有名な人だよ!」
「そうなの?」
写真を覗き込むと、黒髪で目が青く、深い緑色のマントを着た老人が、人の良さそうな笑みを浮かべているのがわかった。
「説明書きを読んでごらんよ」
ロンに急かされ、読んでみる。
【エドワーズ・プリズンリバー
1990年の魔法省大臣。
魔法使いの中でも、多くの功績を残し、解くのが不可能だと言われていたアフレティアノの呪いを解呪。これにより二万人の魔女、魔法使い、マグルが救われた。引退後、ダンブルドアと共闘し例のあの人と戦うが、例のあの人により殺された】
「この人、ダンブルドアを庇って死んじゃったんだって。凄い人だよ。他にもいろんなことしてるんだ。君、家族については知らないのかい?」
「知らなかった。まさか…」
「まあ、教科書には載ってないし、知らない人もいるよ。名前知ってるだけとかあるじゃない」
「……私、親もおじいちゃんも知らないの。おじいちゃんは私が産まれる前に死んじゃったし、親は私が1歳の時殺されちゃったし」
ロンは押し黙った。
「ごめん、傷つけるつもりじゃなかったんだ。ただその、知ってると思って」
「いいのいいの。気にしないで」
ーーあれ?私、なんか悲しい。どうして?
リズは頭の中に浮かんだ疑念を振り払った。しかし確かな答えもまた、頭の中に浮かんでいた。
ーーこれは、罪悪感。
嘘をつく、騙す。
猫のときも日常的に行ってきたことだったのに、こんな気持ちの悪い気分になるのは、人になったリズには、初めてのことだった。
頭の中で、嘘をつく=悪事という式が、しっかり成り立っていなかった。
もともと嘘も騙すもリズにとって、生きるための道具でしかなかったからだ。
どうしてこんな気分になるのか、その答えは頭にすぐ浮かんできた。
今までの相手は、他人だった。でも今嘘をついているのは、友達だから。
だから、悲しいんだ。
そうこうしているうちに、車窓には荒涼とした風景が広がってきた。
整然とした畑はもうない。
森や曲がりくねった川、鬱蒼とした暗緑色の丘が過ぎていく。
コンパートメントをノックして、丸顔の男の子が泣きべそをかいて入ってきた。
「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」
三人が首を横に振ると、男の子はメソメソ泣き出した。
「いなくなっちゃった。僕から逃げてばかりいるんだ!」
「きっと出てくるよ」
ハリーが言った。
「見かけたら教えるね。どれくらいの大きさ?」
「これくらい」
リズが尋ねると、男の子は大体フットボールくらいの大きさを示して見せた。
「わかった。見かけたら捕まえとく」
「うん、ありがとう…」
男の子はリズの言葉に少し微笑んだが、背中を猫背にして出て行った。
「どうしてあんな探してるのかなあ。僕がヒキガエルなんか持ってたら、なるべく早くなくしちゃいたいけどな。もっとも、僕だってスキャバーズを持ってきたんだから人のことは言えないけどね」
ねずみはロンの膝の上で眠り続けている。
「死んでたって、きっと見分けがつかないよ」
ロンはうんざりした口調だ。
「昨日、黄色に変えようとしたんだ。でも呪文が効かなかった。やってみせようかーー見てて…」
ロンはトランクをガサゴソ引っ掻き回して、杖を取り出した。
「変えられるかな?」
リズは興味津々に尋ねた。
「わかんない。でも、昨日は無理だったんだ」
ハリーはじっと杖の先を見つめた。
杖を振り上げたとたん、またコンパートメントの戸が開いた。
栗色の髪がフサフサして、前歯がちょっと大きい、新調のホグワーツ・ローブを着た女の子が立っていた。
「誰かヒキガエルを見なかった?ネビルのがいなくなったの」
なんとなく、威張った話し方をする女の子だ。
「見なかったよ。さっきネビルって子が来て、その時もそう言ったわ」
リズは答えたが、女の子は聞いてもいない。杖の方を見て、
「あら、魔法をかけるの?それじゃ、見せてもらうわ」
と言ってロンの隣に座り込んだ。
ハリー1に対し正面に3でなんともバランスが悪いが、生憎ハリーの隣には菓子の山があった。
「それじゃあ行くよ?
”お日様、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ”」
ロンは杖を振った。
しかし、何も起こらない。
「その呪文、間違ってないの?」
と女の子が言った。
「あなた名前は?」
気を取り直して、リズが尋ねる。
「私?私はハーマイオニー・グレンジャーよ。あなた方は?」
「私はリズ・プリズンリバー。よろしく」
「僕、ロン・ウィーズリー」
「ハリー・ポッター」
「ほんとに?私、もちろんあなたのこと全部知ってるわ。ー参考書を二、三冊読んだの。あなたのこと、『近代魔法史』なんかにのってるわよ」
「僕が?」
ハリーは呆然とした。
リズはハリーのことをそこまで特別扱いしないハーマイオニーの態度が気に入って、また話しかけた。
「ハーマイオニーはホグワーツに兄弟はいるの?」
「いないわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙を貰ったとき驚いたわ」
「マグルの生まれなんだ!ねえ、どの寮に入りたい?私はグリフィンドールに入りたいんだけど、私の家はスリザリンなの」
「そうね、いろんな人に聞いて回ったけど、私もやっぱりグリフィンドールに入りたいわ。絶対一番いいみたい。ダンブルドアもそこの出身だって聞いたわ」
「そう。ちょっと話変わるんだけど、あなたのコンパートメントにお邪魔してもいい?ローブに着替えたいんだけど、ここにはハリーとロンがいるから」
「いいわ。私もヒキガエルを探さないといけないし。あなたたちも着替えたほうがいいわ。そろそろ着くと思うから」
リズはハーマイオニーについてコンパートメントを移動した。
戻ってきた時、二人はクィディッチの話をしていたので、リズもその話題に加わった。
専門的な話に入ろうとした時、またコンパートメントの戸が開き、三人男の子が入ってきた。
ハリーとリズは真ん中の一人が誰であるか一目でわかった。
あのマダム・マルキン洋装店にいた、ドラコ・マルフォイという男の子だ。
ダイアゴン横丁の時よりずっと強い関心をしめしてハリーを見ている。
「ほんとかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話でもちきりなんだけど。それじゃ、君なのか?」
「そうだよ」
ハリーは答えた。
リズはマルフォイに声をかけた。
「ドラコ、久しぶり」
「やあリズ。久しぶりだね」
「そちらの二人は?友達?」
「ああ。こいつはクラッブ。こっちがゴイルさ」
クラッブとゴイルは二人ともガッチリとして、この上なく意地悪そうだった。
マルフォイの両脇に立っていると、ボディーガードのようだ。
「そして、僕はドラコ・マルフォイさ」
ロンはクスクス笑いを誤魔化すかのように軽く咳払いした。
「僕の名前が変だとでも言うのかい?君が誰だか聞く必要もないね。パパが言ってたよ。ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほど沢山子供がいるってね」
「ドラコは兄弟いないの?」
リズは能天気に言った。
リズは正直空気を読むのが下手だった。
「いないよ。一人っ子さ。……ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのとがわかってくるよ。間違ったのとはつきあわないことだね。その辺は僕が教えてあげよう」
「間違ったかどうかを見分けるのは自分でもできると思うよ。どうもご親切さま」
リズはやっと険悪な雰囲気を感じ取った。
このままでは喧嘩になる。
これ以上のトラブルはごめんとばかりに、リズは口を挟んだ。
「ドラコ、喧嘩は嫌なんだけど」
「そうだな。リズの前で、紳士的じゃなかった。またなポッター君」
「待ってドラコ!私の大鍋ケーキ、余ったからあげるよ」
こういうのは尻尾を振るのが一番なのだ……リズはケーキを渡した。
それから、三人ともコンパートメントを立ち去った。
「マルフォイと会ったことあるの?」
ハリーとリズはダイアゴン横丁での出会いを話した。
「あいつなんだかリズのことやたら気にしてたな。同じ純血だからかな?」
「さあ?」
「僕、あの家族のこと聞いたことがある」
ロンが暗い顔をした。
「例のあの人が消えた時、真っ先にこちら側に戻ってきた家族の一つなんだ。魔法にかけられてたって言ったんだって。パパは信じないって言ってた。マルフォイの父親なら、闇の陣営に味方するのに特別な口実はいらなかったろうって」
「でも、10年前ドラコは1歳だったんだよ?ドラコが何かしたわけじゃあるまいし……」
「でも僕らあいつが嫌いだ」
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」
車内に響き渡る声が聞こえた。
…To be continued
ホグワーツに到着します