決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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10.漂流者(drifters)

 

 

 

 時に、一人で生活を行うというのにはどうしても多くの制約が発生するものである。

 例示するなら、金銭的な問題だ。一軒家に住むにしても、土地を購入するために、恐らくは数百万から数千万。家そのものの建築に際して同じく数千万。これについてはローンを組むことも考えられるが、いずれにしてもとかく金がかかることは言うまでもない。

 マンションなど、借家に住むことも考えられる。これについては毎月数万~十数万程度の家賃を支払うことで生活できるわけだが、最終的には家そのものを購入することと同じ程度には金がかかる。

 次いで、時間的な制約が多いことが挙げられる。学生なら授業や講義、あるいはアルバイト、部活動、サークル等、多くの物事を並行して行わなければならない。一つたりともおろそかにしてはならないということは無いが、少なくとも「本分」とも呼ぶべきそれだけは遂行せねばならないことは言うまでもない。

 さて、長々と前置いてはみたが、ともあれ、俺は多少なりとも困惑していた。

 

 シティの中央、トップスと呼ばれる場所……一般的に高級マンションと呼ばれるようなそれには及ばないまでも、かなりの大きさを誇るマンションに、深宮の居住地はあった。

 なぜ、彼女がこのような住居を持っているのだろうか。疑問は尽きないとも、促されるままに部屋まで向かっていく。今、この場で問うべき話ではない。

 

 しばらく歩くと、505号室と書かれたナンバープレートの前で、深宮が立ち止まる。

 

「ここだよ。いらっしゃいませ、とでも言っておこうかな?」

 

 へらへらと笑いながら鍵を開け、深宮は俺たちを手招きする。一人は緊張した面持ちで。一人は特別に反応することもなくそれに応じ、部屋の中へと入って行った。

 警戒は解かない。深宮の異常性・天才性を鑑みるならば、この場で何か行動を起こしてもおかしくはないからだ。

 

「……………………」

 

 廊下を歩くと、いくつかの扉が目に留まる。配置上、トイレや風呂、洗面所などであろうことはすぐに理解できた。

 続いて、前を歩く二人を追うようにして部屋に入ると、使用されたような形跡のないキッチンが目についた。深宮は自炊をしないのだろうか。彼女らしいと言えばその通りだが、立派なキッチンだというのに使わないというのも勿体ない話だとも感じた。

 

「ま、適当に座っちゃってよ。そっちの部屋は入らないでね。私室だから」

「うむ……というか広いな、この部屋」

 

 元々、現在の住居に二人で住んでおり、かつ、どの部屋もそれなりに使用しているからだろうか。叶がそんな感想を漏らした。

 間取りを考えるに、3LDKか。家賃は月あたり20万はあってもおかしくない。

 

「どこから、これだけの金を」

 

 相互に理解している「金」という話題。そこから連想される事柄を、彼女に訊ねる。

 

「この世界に持ち込めるわけが無いじゃないか。株だよ」

「元手は」

 

 株の取引というものは、千株や百株など、高単位からでないと購入できないという性質上、始めるに際しては多大な金銭が必要となる。無論、元手となる金銭は多ければ多いほどに取引しやすいものだが、このような世界に来て早々に、そこまで金が貯まるものとは思えない。

 

「こっちの世界に持ち込めたカードを1枚、泣く泣くながら手放したら想像以上のお金になってね。えーっと、《混沌の黒魔術師》だったかな?」

「いや、おい。なぜ持っておるんだ貴様」

「趣味?」

「禁止カードを趣味で持ってるってのも……たまにはいるか」

 

 自らの行動を顧みたのか、少年は即座に己の発言を撤回した。

 記憶の限りでは、《混沌の黒魔術師》は、この世界においては禁止カードだったはずだ。叶の話では、元の世界においても禁止カードであったと言う。召喚・特殊召喚に成功したとき、魔法カードを墓地から1枚手札に加えるという強力な効果が認められた故のことだろう。

 しかし、なぜそのようなカードが高価なのだろうか。禁止ということは、既に使えないカードであるはずだ。コレクターならばともかくとしても、普通に店舗に売りに出しても、そう高い値はつかないと思うが。

 

「伝説のデュエルキングのカードだからな、まあ、高価なのは当然か」

 

 俺の脳内の疑問に答えるように、叶が呟いた。

 デュエルキング――――かの武藤遊戯、だろうか。

 この世界においては伝説とまで呼ばれ語り継がれる男。その実力は神がかり的とも称され、デュエルモンスターズの黎明期から現在に至るまで、「最強」の人間であるとも目される。

 なるほど、そのような人物の使うカード……仮にレプリカだとしても、そこにはかなりの値段が付くことだろう。本物であればそれはなお顕著だ。

 

「ということで、それが元手。この世界の動向はある程度知ってるから、そこから増やしたってわけ」

「分かった」

 

 ならば何も言うことは無い。俺は黙して椅子に腰を下ろした。

 

「さて、じゃあ、こうして集合したことだし……異世界人同士の話でも始めようか」

「しかしな、話と言っても何を話すのだ?」

 

 叶の言う通りだ。雑談ならば、こうしてわざわざ集合した意味も無い。

 

「うーん……とりあえず、自己紹介にしようぜ。互いのことが分からないと、どうしようもないだろ」

 

 と、少年が提言する。確かに、元々それを目的としてこの場に集まったのだ……と、言えなくもない。妥当な所だろう、と、俺も首肯した。

 とはいえ、これはあくまで会話を始めるためのものである。日常的に行われる……互いに分かりあうための自己紹介のそれとは趣が違う。警戒を解かないままに行われる、話し合いのためだけの自己紹介だ。

 ならば、と、とりあえず口を開く。誰かが口火を切らなければ、いつまでも始まらない。

 

「……城戸成瀬。年齢は19」

「……え? それだけ?」

「必要な事項は、伝えたと思うが」

 

 叶が疑問を提起したが、名前と年齢。それさえ分かれば、おおよそ対応の仕方は理解できるだろう。むしろ、それ以外に何を言えというのか。思い浮かぶことと言えば、趣味や特技くらいのものだが……特技の面ならともかくとして、趣味など無い以上は何も言いようがない。

 

「ま、こういう男だ。次は私だな。私の名は真岡叶。――――この世界の、王になる者だ!」

 

 以前と同じく大見得を切って、叶はそんなことをのたまった。

 しかしながら、少年は叶の言葉に苦笑するばかりであり、深宮など、腹を抱えて床を転がりまわってしまっている。そこまで面白いものだったのだろうか。俺にはよく理解できないが。

 

「今が思春期の」

「ええい、分かっているから言わんでもいい!」

 

 二度目となる忠告も、叶の怒号にかき消されてしまう。流石に蛇足だっただろうか。

 

「ま、まあ……そういう年頃もあるだろうしな。次は俺が自己紹介させてもらうぜ。

有我英人。歳は17。今はとりあえず、アルバイトして過ごしてる。

趣味は……ストリートデュエルってことにでもしといてくれ。こんなところかな?」

 

 恐らくは模範的なものであろう、少年……有我英人の自己紹介が終わった。

 趣味がストリートデュエル……というのは、以前、元の世界ではデュエルを……遊戯王を趣味としていた、ということだろうか。それがそのままこちらの世界でも持ち込まれていると。

 成程。先に叶と深宮の推察した通り、彼もデュエルモンスターズ……遊戯王の経験者であるということか。

 

「じゃ、最後にボクかな。名前は深宮才華。年齢は16歳。暇だし、今はデュエルアカデミアに通ってる。るーちゃんとは遠縁の親戚、と、こんなモンかな?」

「……るー……」

「あれ、気に入らなかった? 他に呼び方も思い浮かばなかったんだけど」

 

 名前や名字を呼び捨てではいけないのか。それとも何かこだわりでもあるのか。

 どちらにしても意味が分からない。

 

「ともかく、これである程度、全員のことは把握できたよね。それじゃあ……」

 

 どうする? と、深宮は俺に投げかけた。

 議題を考えていなかったわけではあるまい。が、これは俺の口から引き出させようという目論見であろう。そこから先……何を考えてそうしたいのか、までは、推察が及ばないが。

 

「……なぜ、俺たちがこの世界にいるのか」

 

 以前から考えていた事柄をそのまま口に出す。

 確かに俺は「遠く」へ辿り着きたいとは切望していた。だが……なぜこの世界に辿り着いたのか。それも、唐突に。その理由までは、未だ理解できていないのだ。以前、深宮の語ったものは、あくまで推測だ。真実ではない。である以上は、議題にするには適切であるはずだ。

 

「原因が無ければ、現象は起きない」

 

「世界がそれを求めた」のだという、抽象的な表現は必要無い。具体的に何が作用してこうなったのか、少なくともその点をはっきりさせてしまいたい。

 

「可能性として近しいものなら、挙げられる」

 

 腕を組み、悩みこむような姿勢を取りながら、叶が発言する。

 

「――――Z-ONE(ゾーン)。時間移動ができるあの男なら、可能であるのかもしれん」

 

 途端、周囲に緊張感が走った。思わず、有我少年が息を呑む。

 ゾーン。人間の名前とは思えない。通称やコードネームのようなものだろうか。

 

「い、いや、待ってくれよ。だとしても、アイツは何を狙ってるんだ?」

「ボクたちが勝手気ままに動くことで、目的を遂行するとか、かな」

 

 くっく、と喉を鳴らしつつ、深宮が応えた。

 

「例えば、あちらの世界から来たボクたち……あ、るーちゃん除くけど、ともかく、『遊戯王』というカードゲームを経験しているボクらは、ほぼ例外なくエクシーズモンスターというイレギュラーなカードを所有しているわけだ。当然、この世界に呼びだしたような人間が、それを知らないはずがない」

「好き勝手させておけば、エクシーズを普及させると見込んだという話か。だが、シンクロモンスターの駆逐ができていない以上、モーメントの暴走は避けられん。つまりは時間稼ぎにしかならんぞ」

「だからエクシーズモンスターに何か仕掛けてるんじゃあないか? というより、俺たちが使うことで何かが起きるというか……」

 

 議論は白熱する。

 無論、この世界のことを知らない俺を置き去りとして。

 困りはしない。しかし、このまま会話に入っていくべきか、とも感じはする。ただ、こうも真剣な議論の最中、何も知らない人間が割り込むべきではないだろう。話がこじれてしまうだけだ。

 

「しかし、となるとあのロボットは何なのだ? 未来から来たのか? なら青く塗装しておけと」

「別次元に繋がるポケットも無きゃね。ただ、未来から来たとは限らないぜ、カナちゃん」

「カナっ……ええい、まあいい。で、根拠は何だ?」

 

 何事も、理論を示すだけでは意味が無い。なぜ、そう考えるに至ったのか。最低限でもそれは示さなければ、論としては認められはしない。

 

「未来人がナンバーズをバラ撒く目的でアレをこの時代に持ち込んだ……とは考え辛いんだよ。だいいち、そんな目的があるなら、わざわざこの時代に持ってこなくてもいいし、ボクらを狙って襲わせる必要も無い」

「……なるほどな」

 

 時間に関する事柄ではあるが、バタフライ効果という言葉がある。ある場所で蝶が羽ばたくと、それを原因として、遠方の天候が変化する、というような効果のことだ。これを「時間」に当て嵌めて解釈した場合、過去に起きた出来事の些細な変化が、現在になって多大な変化となってしまうとも考えられる。

 未だ、叶たちの会話の内容はよく分からない。ただ、時間であるとか未来であるとかの会話内容から、ふと、そうした事柄を思い出した。

 

「じゃあ、あのロボットとイリアステルは無関係なのか?」

 

 少年が二人へ……と言うよりは、深宮へ問いかける。

 恐らく、叶以外に最もこの世界について詳しいのは深宮だ。こちらの世界に来た時期までは不明であるものの、彼女へ問いかけるのは、判断としては間違っていないかもしれない。

 

「ンなワケ無いじゃん。技術的に考えれば、あれだけのロボット造るなんて普通は不可能でしょ」

 

 できるのかもしれないけど、と軽く注釈を入れて、深宮はキッチンの方に向かった。

 冷蔵庫の扉を開き、その中からペットボトルを一つ取り出す。暗褐色のその液体は、烏龍茶か麦茶だろうか。

 

「飲む?」

 

 首を軽く横に振り、拒否の意思を示す。

 一方、叶と有我少年はそれに応じたようだ。深宮は食器棚から適当なコップを取り出し、机の上に並べていく。しかし、なぜか並べられたコップは四つあった。

 

「必要無い」

「いいじゃん。貰っときなよ」

 

 必要無いと言っているのだが、深宮は聞く気があるのだろうか。喉の渇きも水分不足も感じていない以上、無用にこうした清涼飲料水を消費するのは非経済的であるように思うのだが。

 その上、そもそも話に参加できていない身の上。無駄は省くべきであろう。

 

「イリアステルと関係してるけど、未来から来たわけじゃあない機械……?」

「ディアブロとかいるだろう。それと似たようなものではないのか」

 

 ディアブロ。英語で「悪魔」といった意味合いを持っていたはずだが……そのような物騒な名前を持った機械。それは一体何なのだろうか。将来的に何かしら、この世界に関係するのであろうということは、話を聞く限りでは理解できるのだが。

 と、そこで何かしらを閃いたのか、叶が眼を見開いた。

 

「――――ナンバーズ……量産……? あのロボットにも製造工場が……!?」

「ご明察。ということは?」

「自爆させなきゃ、情報が得られるかもしれないってことか!」

 

 以前、アカモートが発していた音声を思い出す。

「機密保持のために自爆」。その言葉を信じるのならば、アカモートの内部にはそれなりの機密情報が眠っているということになる。あれだけの大きさのロボットである以上はそれも当然なのだろうが、その「情報」を回収するために必要な労力がどれほどのものだろうか。

 

「だが、どうやって自爆させないようにするのだ? 普通に戦えば、まず間違いなく自爆するだろうに」

「……内部CPUを、引き抜けば」

「貴様以外に無理だろうが!!」

 

 無理なのか。いや、逆に言えば、それは俺がいればできるということではないのか。

 

「力技はやめといた方がいいんじゃない。無理にやってボン! とか嫌でしょ」

 

 深宮の発言に対し、叶は体を震わせて見せた。想像力が刺激されたのだろうか。額に冷や汗が浮かんでいる。

 

「ハッキング……とか」

 

 コンピュータという点から着想を得たのか、有我少年が発言する。

 正確に俺たちのような異世界人をターゲットにしてきた以上、何らかのネットワークに繋がっていると見るのが正しいとも言えるだろう。ケーブルや何やで接続されていないところを見るに、無線接続であることは間違いない。ならば、混信を利用したハッキングもできるかもしれないと考えるのは自然なことだ。

 しかし、それに際しても問題点がいくつか。

 

「……技術が無い」

 

 俺は自分で自分の能力は理解している。叶は言わずもがな。こうも自信なさげに言うということは、彼も同じようなものだろう。もしもその技術があるならば、深宮は既に行っていることだろうし、彼女も除外される。

 更に、もう一つ。

 

「セキュリティを甘く見てないかにゃーん」

 

 にやにやと口元に笑みを浮かべながら、深宮が指摘する。

 

「ど、どっちの!?」

「システム的な意味で」

 

 一転、深宮の表情が冷めていった。

 確かに警察組織であるセキュリティも警戒するに越したことはないが、話の流れからコンピュータの「システムに対する」セキュリティであることは推察できないだろうか。言葉だけでは分かりづらいことは確かだが。

 

「…………こちらの世界の技術力か」

 

 元の世界と比べて、こちらの世界は、少なく見積もって半世紀以上は先の技術力を有している。当然、それはシステム面に関しても同様だろう。あちらのノウハウが通じるとは限らない上、下手を踏めば、痛い目を見るだけで済まない可能性もある。

 特に、無線技術が発達している以上、そちらの方面に対しては細心の注意を払うはずだ。せめて、専用のツールと知識が無ければ手を出そうにも出しづらい。

 

「当てはないのか」

「今のところは無いね。実に残念だけど」

 

 色々と用意周到な深宮のことだ。話題に出した以上、何かあるのではないかと疑っていたが、そういうわけでもないのか。

 その様子を見る限り、まだ何か隠してはいるようだが。

 

「……実質、何も分からないのと変わらんな、これでは。ナンバーズについてはどうなのだ?」

 

 以前、深宮にされた説明を思い出す。状況が示す妥当性と、彼女の言葉の奇怪な説得力によって、その場では納得してみた。ただ、実際のところを考えると、やはり、彼女が何らかの重要な情報を握っていることは確かだ。その辺りは、叶もよく分かっていると思うが。

 なお、余談ではあるが、深宮の話を知らない有我少年には、このマンションへ至る道中で、既に説明を終えている。

 

「元々、原作的に言えば……ZEXALで言うなら、ナンバーズはアストラルの記憶であり、オーバーハンドレッドがバリアン側のナンバーズだったな。仮に異世界の情報も記憶と言うのなら、在り方としては間違っていないが……」

「ボクらの世界を観測した結果、ナンバーズの存在を知ってカードとして再現したって可能性もありえるね。最も、全ての世界の記憶がナンバーズに備わっているのだとは考えづらいけど」

 

 叶の言っていたナンバーズの総数は、おおよそ107枚かそれ以上。もしも、一枚に一つずつ、異世界の情報が入っているのだとすると、カードの数が明らかに不足している。

 平行世界というのは、無限に存在している。「こうなっていたら」というif。一つのきっかけによってさまざまな可能性に分離した世界。「もしも」というものは、議論すれば数限りないからだ。三ケタの数字では、表すことすら困難だろう。

 

「特定の世界の情報だけ、込められているのかもしれないね」

 

 と言うよりも、そう考えることの方が自然だ。でなければ、わざわざ数字で区切ったりもしないはず。

 

「どちらにせよ、数を揃えないことには意味も無いか。ところで貴様たち、ナンバーズは何枚持っておるのだ?」

「ボクは今のところ3枚」

「俺は2枚だ」

 

 譲渡されたものを含めば、俺たちが3枚。しかし、直接的にアカモートとデュエルを行ったのは一度だけだ。となると、現状最も戦闘経験の浅いのは、叶を含む俺たちであると言える。

 

「何を持っている? 私たちは……今のところ、ホープを所有しているが」

「わ、ずっけぇ。主人公かよカナちゃん。ボクは……96とアシゴと健ちゃんかな」

「おい優良カードのオンパレード」

 

 更に、深宮は元々、現在俺が所有している二枚のカードを持っていた。優良なカードであると言うなら、五体ものアカモートを撃破した深宮の苦労が報われたものであると認識しても良いだろうか。

 もっとも、それらを彼女が苦労だと感じているかは、また別問題だが。

 

「貴様はどうなのだ?」

 

 と、叶が呼びかけると、有我少年は絶望的な表情をして見せた。

 

「――――ゴールドラットとフリーザードンだったよ」

「「……………………」」

「笑えよ」

 

 何故、そこまで沈痛な面持ちをしているのだろうか。そして、何故叶と深宮は、葬式の参列客のような暗い表情を浮かべているのだろう。俺には謎だ。

 

「ええい、話題を変えるぞ! この世界へ呼び出される人間の共通項などは無いか? それによっては、ある程度原因の究明ができるかもしれん」

「日本人」

「一億数千万人の該当者がおるわ!」

 

 更に、日本国籍を取得していて、かつ帰化して日本名を得た外国人なども含まれるかと言う問題が出てくる。そちらも含まれればほぼすべての人間が該当する事だろう。

 

「年齢とかか? 十代とか」

「その辺はあるかもしれないね。そしたら、もしかすると二十歳になった途端に強制送還されるのかな」

 

 俺の誕生日は、今から三か月後と言ったところか。その時に至れば、仮説も証明できるだろうが。

 

「遊戯王経験……は、どうなんだ? 俺は8年やってる」

「ボク3年半」

「……それで言うと、ナルセは経験ゼロで本物の初心者だぞ。私は5年だ」

 

 そうなると、この世界のことを知っているかどうかは関係ないのだろう。もしそうなら、俺がここにいることも無いはずだ。

 

「もっとも、経験だけでどうこうなるなら、古参ほどこの世界に来るだろうし、そこは関係ないかもね。もしかすると、経験別プロファイリングでもするつもりだったのかもしれないけれど」

 

 それはそれで悪趣味だ、と、叶が呟いた。

 しかし、様々なタイプの人間のデータを集めるのは大事なことだ。傾向や対策、行動の是非など、あらかじめ予測を立てることができる。とはいえ、今回のケースとは左程に関係は無いであろう話ではあるが。

 

「こっちに呼び出された時期に違いはあんのかな? 俺、実はフォーチュンカップが始まる直前にこっちに来たんだけど……」

 

 そうなると、有我少年は、時期的には俺とほぼ違いないくらいの頃にこの世界に来たことになる。

 

「ボクは、六か月ほど前かなぁ」

「半年!?」

 

 叶が、深宮に対して驚愕の眼差しを向けた。釣り気味の目が見開かれる。

 深宮家とは母が死に、俺が高校に入学して以来、連絡を取っていない。彼女が行方不明になったなどと、聞いたことが無いのがその証左ともなる。……もしかすると、あちらとこちらで時間の流れの違いくらいはあるのかもしれないが。

 

「……私は、恐らくナルセの来る2週間ほど前だ」

 

 と、叶が告げる。そうなると、深宮がこの中で最も早く、この世界に来訪したと言うことになるか。

 今から半年も前。叶の来る五か月前と考えてみると、「何か」をするには十分なほどに時間があるということになる。

 

「……しかし、方針以外何も決まらねえなぁ。ここまで話して決まったことって、現状『敵を倒して情報を集めましょう』ってだけだろ? 何したらいいかが分かるってのは悪い事じゃないけど、こりゃちっとばかり大雑把すぎるぜ」

「いや」

 

 嘆息した有我少年に対し、否定の言葉を投げかける。確かにこの方針は非常に大雑把なものだ。これまでの話の中で理解できたことは、とかく「また分からないことが増えた」というくらいのもの。議論しているだけではダメだという好例ではあるのかもしれないが。

 ともかく、少年の言葉に対しての否定の弁を述べよう。

 

「相手は……無線ネットワークで、繋がっていることは、分かりました。しかし、デュエルを行うほどの人工知能を制御するのであれば……当然、それを統制するためのコンピュータと、それに加えてサーバーが必要となるでしょう」

 

 当然、それに際して、サーバーもコンピュータも、より巨大なものを製作せねばならないことには違いない。

 永久機関であるモーメントの存在から、ある程度は小型化されていて不思議はないまでも、せめて一つのビルに丸ごとそれが納まっているくらいの規模はあって然るべきだ、とも思える。

 

「……相応の、規模の」

 

 故に、それを示唆する言葉を投げかけた。

 

「サーバーとコンピューター……?」

 

 理屈は分かっているのだろう。しかし、少年にも叶にも心当たりは無いようで、先程から二人してうんうんと唸っている。

 ……一方、深宮は何かを理解したようだ。俺の発言が終わるのと同時、ニヤとほほ笑み、眼鏡を光らせた。

 

「可能性の問題だけど」

 

 三分ほど経過し、答えが出ない二人へ、助け舟を出すように深宮が語りはじめた。

 

「モーメントの監視及びステータスの管理を行うと考えると、相当な規模のものが必要になるんじゃあないかな。それこそ、例えば別次元を観測できて、他の機械を統制し、なおかつ自分自身のAI(意思)を持つような、高度な機械が。そうだね、こんな時代になれば、開発されてるんじゃあないの? 量子コンピュータとか、ね」

 

 次世代のコンピュータ、通称、量子計算機。本来何千年とかかるような計算ですら、数十秒で解いてしまうほどの処理速度を有する、技術者にとっては、ある意味夢のような代物だ。

 元の世界における現状、量子コンピュータの理論は存在するものの、それを実現するまでには至っていない。しかし、先に述べたように、少なくとも半世紀は先の技術を有する、この世界ならば、それが存在していたとしても、何らおかしなことは無い。

 

「その中でも、今、人間の手を離れているのはどれかな?」

「――――――!!」

 

 弾かれたように、叶が椅子から飛び降りた。

 

「旧モーメントか!」

「そう。暴走したことによってサテライトは壊滅的なダメージを受けているけど、旧モーメントそのものは生き残っている。更に……起動中でもあり、イリアステルに介入されたこともある。だったら、もしかすると」

「制御塔が生きてる以上、旧モーメントの管理用コンピュータも生きてる可能性があるってことか……!」

 

 ただ、それはあくまで可能性の問題だ。他の場所にそうしたコンピュータが存在しているという可能性も十分にありうる。

 そして何よりも、旧モーメントだとかは何なのだろう。サテライトが壊滅的なダメージを受けているというのはいかなる意味なのか。ネットを探ってみても、サテライトに関しての情報は「自然災害によってダメージを被った」というものしか無かったのだが。

 

「よし、そこを重点的に探ってみよう。他は……海馬コーポレーションの現モーメントか」

「そっちは人間の手で管理されてるし、仮にも天下の海馬コーポレーションだよ。可能性は薄いと思うね」

「じゃあ別の方向で探すしかねえ……ははっ、ようやく燃えてきた!」

 

 ……彼らが奮起している以上、無用な口出しはすまい。

 俺は、こうした話し合いの最中は無言でいようと決意した。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 二時間後、どうやら具体的な方針は決定したようだ。

 俺以外の総意として決定されたのは、「サテライトへ向かい、旧モーメントを調査に行く」という事柄だ。決定した以上、口を挟むことはすまいが、しかして一つの問題がある。

 

「サテライトへはどうやって」

「セキュリティの定期巡視船が寄港するから、それに密航ってのが一番楽かな。金を掴ませれば少しは黙ってくれるような人間もいるしね」

 

 即座に解決策は提示された。それは収賄というようなものではないのかとも感じるが、今更口出しはすまい。俺が何を言ってみたところで、この世界について、また、何故俺たちが襲われるのかについてを知るには、行動するしかないのだから。

 

「……さて、これで今日のお話は終了かな」

 

 ぱん、と手を鳴らして、深宮はこの会合の終了を告げた。

 途端、周囲の空気が弛緩する。これまでの議論が白熱していたせいだろうか。

 

「さて、じゃあそろそろ帰るとするか。行くぞ、ナルセ……」

「いや、少し待ってくれ」

 

 と、叶の言葉を遮り、有我少年が立ち上がった。

 その視線の先にあるのは、叶ではなく、俺。

 溌剌としていたはずの眼に、怒りにも似た感情を滾らせ、睨み付けるようにしてこちらの目を見ていた。なぜ、と疑問が沸き上がる中、少年は、俺に指先を突きつけて、告げる。

 

「――――アンタ、俺とデュエルしてくれ」

 

 ……と。

 

 

 

 






今回も超理論。話の進展云々以上に謎が増えただけと思った方、正解です。
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