午後。太陽もいくらか傾いてきたころ、ネオ童実野シティの雑踏を行く影が二つあった。
一つは、比較的小柄な少女だ。
――――真岡叶。
日本人らしからぬ、長めの金髪がよく目立つ。瞳の色は、日本人離れした髪に合わせるようにしてこれまた数の少ない灰色。身長は低く、小学生と同程度。それ故に、黙って動かずにいれば、人形のようだとも喩えられはするだろう。一方で、その堂々とした歩き方は、彼女の普段の言通りの「王者」を彷彿とさせる。
その一歩後ろを歩くのは、叶と比べて頭一つ抜き出た身長を持つ少女だった。
――――深宮才華。
艶のある長い黒髪は、頭の後ろで一本結びにされている。瞳は、日本人に多く見られる茶褐色。叶のそれと比べると少々高く感じてしまいかねないものの、身長はごく平均的。容姿は整いすぎているというほどに整っている。しかし、特徴はと言えば「眼鏡をかけている」という程度のものであり、隣を歩くきわめて特徴的な少女と比べて、没個性な感は否めない。
しいて他の特徴を挙げるとするのなら、平日の昼間に学校――デュエルアカデミアの制服を着用したまま外出しているということが挙げられる。一歩間違えれば補導されかねないような状況下、しかし、彼女たちはその一切を気にするような素振りを見せず、街を歩いていく。
一方は、己を連れだした人間の目的も分からぬまま。一方は、何らかの目論見を胸に秘めたままに。
「……で、なぜ貴様はわざわざ私を外に連れ出したのだ?」
憮然とした表情のままに、叶は才華に問う。
先に起きた出来事……マンションにて、城戸成瀬と有我英人の会話の最中、叶は、唐突に才華によって外に連れ出されることとなった。
あの場で無理矢理デュエルをさせられるという点に関しては難色を示していたものの、叶自身、現在の城戸がどこまで戦えるかを見定めるには良い機会だと考えてはいた。しかし、それについての答えが一切出ないままに、強制的に連れ出されたのだ。少なくとも難色を示すのも当然だと言えた。
「分からないのかね、マオソン君?」
「名探偵の相棒のような呼び方をするな。説明もされておらんのだから当然だろう」
くすくすと、普段と同様に張り付いたように笑みを浮かべる才華。不気味なものを見るように、叶が視線を向けた。
「初歩的なことだよ。……って、実はこのセリフ、原作じゃあ使われてないんだぜ。知ってた?」
「いらんことはいいからさっさと説明をしろ」
「つれねーなぁ。いいけどさ。ともかく、ボクは単に、より多くのサンプルを集めたいだけさ」
サンプル。日常生活では発せられるはずのない言葉に対し、叶は訝しげな表情を浮かべた。
「ロボットだよ。ボクらには、ナンバーズカードも、あれの情報も足りないわけだからね」
「既に五体のロボットを相手にしておいてそれを言うか、貴様」
ナンバーズ・カードを得た枚数が、イコール、ロボット……アカモートと呼称されるそれとの戦闘経験に直結するのならば、既に五枚のカードを入手していた才華は、五体ものアカモートとデュエルを行い、勝利していたということになる。
だとするのなら、才華は叶たちと比べ、遥かに多くの情報を得ているということになるのだ。そして、彼女の頭脳を考えれば、その中で既に共通項を見出していてもおかしなことはない。
これ以上情報を収集する意味があるのか、と叶は訊ねた。
「ボクは当事者の立場でしか情報を得られてないからね。たまには傍観者の立場でも見てみたいのさ」
「……おい、つまりそれは私に戦えと言っているようなものではないか」
「そうだよん」
即座に断定し、肯定する才華。それに対し、叶は露骨に嫌そうな顔をして見せた。
つまりは、才華は叶を囮に使い、アカモートを誘き寄せようと言う腹づもりであるらしい。
「ふざけたことを抜かすな。だいいち、私がやらねばならん理由がどこにある」
あとの二人でも、その役割は果たせるはずだ。そうした意図を込め、叶は視線を向ける。
もっとも、叶には他人にアカモートとのデュエルの際の「痛み」を強要しようという意図は無い。単に、自分以外にそれが「できる」者がいるというだけの話である。叶がそれをしなければならないという理由は、彼女の言の通り、どこにも無いのだ。
「ボクの私怨かな」
「……私怨、だと?」
私怨。すなわち、恨み辛み。
そもそも、叶と才華に面識は無い。少なくとも、今日この日まではそうだった。城戸に関してはそうでないのかもしれないにしても、叶はあくまで話に聞いただけであった。当然、確執が生まれるような余地は無い。だと言うのに、私怨とは果たしてどうした意味なのか。
才華は、相変わらず張り付いたような笑みを浮かべたままだ。
「……にひ。女には、いろいろあるんだぜ……色々ね」
犬歯を剥き出しにし、笑う。
「だから、この際」
歩き続け、二人は道を外れる。人通りの少ない路地裏。
かつて、叶と城戸の二人がアカモートと出会い、戦闘を行った場所にほど近い路地だ。
「はっきりさせておこうと思うんだけど」
道を歩く中で、叶は才華の眼を見た。
徐々に、光の失せていく瞳。何らかの理由で感情の窺えない表情。それは――――
「ボクは――――」
叶の知る青年。
才華と、大きな関係を有することを言及していた男。
「キミが、嫌いだ」
――――城戸成瀬と、酷似していた。
「………………」
叶は語らない。
才華が叶を嫌う、その理由が未だ知れないこと。その一端さえもつかめないことに懊悩していることが理由としてはそうだろう。事実として、叶は才華の言葉に対して疑問を抱いていた。
だが、それ以上に彼女が……彼女らが直面している問題として、一つ、挙げられるものがあった。
「……ところでだな」
口火を切る。
あの時と似たような風切り音が、叶には聞こえた。
空を見る。と、いつか見たような銀色の巨体が、視界の端に映る。恐らくは、空中を移動して彼らのような存在――異世界人を発見するのだろう、ということが推察された。
「私を嫌うのは別に構わんが――――」
才華は眼鏡を着用している。そこから、彼女の視力は多少なりとも低いものなのだろう、と叶は推察した。
事実として、才華の視力は低い。裸眼であれば、近距離の物事ですら把握することが困難なほどだ。故に、彼女は現在叶が気付いている事実には気付けずにいた。
「今だけは手伝ってもらうぞ。異論など認めんからな!」
そして、銀色の巨体が、落下するようにして二人の眼前に降り立った。
「……あれ?」
珍しいことに、才華の表情が困惑に歪んだ。
彼女の頭脳は、この年代にしては優れている方だ。判断力も高く、洞察力にも長けている。また、先んじてこの世界に来訪したことも含め、こと「世界」というものに関しての知識は随一と言えよう。その一方で、彼女の判断基準というものは、城戸と同様、経験とそれを基にした推察が主である。よって、深宮才華という人間は、想定の外にある事柄に対して非常に弱いと言えた。
「――――さいならっ!?」
「逃がさんぞ!」
咄嗟の判断で大通りに出ようと走り出した才華の肩を、叶の手が掴みあげた。
勢いのまま、二人の体がその場に倒れこむ。
『
直後、アカモートからその言葉が発せられると同時、二人と二体のロボットの周囲を、光の壁が二重に取り囲んだ。
物理的な干渉を阻む壁――――以前にも、二人は経験したことのある事柄だ。これにより、逃げ場は無くなった。
「どうして『二体』来るのよォォ――――!!」
「必ず一体しか来ないわけがあるか、マヌケがッ! 二人いるのだから二体来ても当然だ!」
単独行動が主体であった才華にとって、アカモートは必ず「一体のみで現れるもの」であった。都合、五度。加えて、英人の遭遇したもの、あるいは叶と城戸の遭遇したそれについても、必ず一体のみで出現したのだ。そのように考えてしまうというのも、仕方のないことだった。
一方、叶にそうした先入観は無い。アカモートとは異世界人たる自分たちを狙ってくるものである、という認識しか持ちえていないのだ。即応性という意味では、少なくとも叶の方が才華より優れているようだった。
才華が苦悶の声を上げる中にも、叶はデュエルディスクにデッキをセットしていた。
「放心しておる場合か、貴様。準備しろ!」
「あーもう、計算違いとか最悪だよ……」
愚痴をこぼしながらも、叶と同様、才華はデュエルディスクにデッキをセットした。
直後、アカモートの胴部……彼女らのものと同様の機能を持つもの――――デュエルディスクが展開した。
「『「『
発声と共に、ディスクの機能が起動した。
デュエルディスク基部の水晶体から、
デュエルの内容は、タッグデュエル。先攻は、二体のアカモートの側だった。順序としては、才華の方が先となる。
『ドローフェイズ。カードドロー。スタンバイフェイズ。メインフェイズ。永続魔法発動。《ウォーターハザード》。効果発動。《氷結界の決起隊》特殊召喚』
【 《氷結界の決起隊》 攻 1500 / 守 800 】
突如として場に出現する渦潮。そこから湧き出したのは、青を主体とした衣服に身を包んだ一団だ。その先頭には、軍配を掲げた男が立っていた。
《ウォーターハザード》には、自分の場にモンスターが存在していない場合に、レベル4以下の水属性モンスター1体を特殊召喚する効果が存在する。この効果によって、レベル3の氷結界の決起隊が特殊召喚されたのだろうということは、二人には容易に理解された。
「氷結界か……」
相手の使用するカードカテゴリを確認した叶が、ふと呟く。
彼女にとっては、あまりデュエルの経験の無い相手だ。元の世界においても使われることの少ないデッキであることも作用し、この相手の動き方がいまいち分かりづらいという問題があった。
『《氷結界の破術師》、通常召喚』
【 《氷結界の破術師》 攻 400 / 守 1000 】
続いて場に姿を現したのは、銀の髪を持つ人間だ。青いマフラーやその他の装飾品、中性的な容姿など、性別を判断するのは難しい。
『――――レベル3。氷結界の決起隊、氷結界の破術師をオーバーレイ。2体のモンスターで"オーバーレイネットワーク"を構築。《
空間を穿つように、中空に孔が開かれる。そこへ、その属性を示すように青く輝く星が飛び込み――――周囲に、衝撃が走った。
黒穴より現れるのは、黒い……眼球を模したかのような形状のモニュメントだ。上方からは、禍々しい形状の、翼にも似た物体が。下方には、突き出すようにして、槍のような物質が現れていた。
【 《
徐々にそれらの威容が
長い胴。黒い体色。三対の翼。その名を、あるいは番号を示すように、右の角には「17」の刻印がなされている。
「ち、早速ナンバーズか……」
「おいおい、今のアレは破壊耐性も無いただのエクシーズモンスターだぜ? この程度でビビってどうすんだよ」
先程の狼狽した様子とは打って変わって、にやにやと、笑いながら叶を茶化す才華。ただし、その額には冷や汗が浮かんでいた。未だに先の出来事を引きずっているのだろうということは、叶にも推察できた。
ただ、と、才華は注釈を入れる。
「本当ならロックしてきてるだろうぜ。むしろ、アレはまだ易しい方さ」
「氷結界」のカードカテゴリの多くは、ロック……行動の制限を主体としたものである。二体以上のモンスターが場に存在している場合に効果を発揮されるものは特に多く、展開を補助する《ウォーターハザード》は効果的なカードである。本来、叶にしろ才華にしろ、ロックを受けるような可能性は非常に高いと言えた。
『No.17 リバイス・ドラゴン、効果発動』
リバイス・ドラゴンの周囲に浮かぶ青い星――――オーバーレイユニットの一つが、その口腔へと飛び込んでいく。それと同時、その攻撃力が500ポイント上昇した。
情報を見ると、氷結界の決起隊が墓地へ送られたことになったことが分かる。
『カードセット。ターンエンド』
「じゃ、ボクのターンだ。ドロー」
異世界人たる四人の中で、最も実力が不透明であるのは、誰あろうこの四人を集めることとなった才華である。
彼女は、これまで一度として、四人のうちの誰かしらがいる状況でデュエルを行ったことが無い。故に、と言うべきか、叶はその動向を注視する。
「んじゃ、《墓守の司令官》の効果発動。司令官捨ててネクロバレーを手札に加えるよん」
ネクロバレー。正式名称は《王家の眠る谷-ネクロバレー》と言う。墓地を封じる効果を持ったフィールド魔法だ。互いの場に影響を及ぼすことから、このカードを使用する際には専用の構築が求められる。
だが、無論と言うべきか、これはタッグデュエルにおいてはパートナーの行動をも制限しかねない要素となりうる。互いの構築が合致してはじめて有用に働く要素なのだ。これには、さすがに叶も目を剥いた。
「んで、ネクロバレー発動!」
叩き付けるように、才華はフィールド魔法ゾーンに《王家の眠る谷-ネクロバレー》のカードを置いた。
周囲の風景が移り変わり、コンクリートと煉瓦に固められた町並みから、夕焼けに染まる渓谷へと姿を変える。これにより、墓地に効果の及ぶカードの効果は無効となった。
これに対し、叶は露骨に嫌そうな表情を見せた。
「にゃは。ボクには必要なことだからね。今は我慢してよ。《トレード・イン》発動。《墓守の大神官》を捨てて二枚ドロー」
レベル8のモンスターを手札から捨てることによって、カードを2枚ドローできるカードだ。実質的には手札を交換したというだけのカードではあるが、彼女のデッキには有用である。
「さて、《墓守の
【 《墓守の
場に現れたのは、黒い布に身を包んだ人間だ。男か、女かも判然としないのは暗殺者故のものであろう。
その能力値は、ネクロバレーの効果によって、攻守ともに500ポイントずつ上昇している。
「さぁて、それじゃあ……」
『
「あり?」
直後、暗殺者の足元が凍りつく。それにより、その態勢は強制的に守備的なそれへと移行することとなった。
《アイスバーン》のカード効果は、自分の場に水属性モンスターが存在している場合、水属性以外のモンスターの召喚・特殊召喚に成功した際、そのモンスターが守備表示になるというものだ。類似する効果として、《つまずき》というカードも存在する。
「……はーん。ってことは、多分アレだな。もう一体も水属性デッキだろうね。じゃ、二枚セットでターンエンドっと」
そこから、ある程度相手のデッキの性質を見破った才華が呟く。
二体同時に現れ、タッグデュエルを挑んできたということは、それなりにデッキの内容を合わせていて然るべきだからだ。
『ドロー。スタンバイフェイズ。メインフェイズ』
もう一体のアカモートが作動を始め、収められたカードが動きを速めていく。
『《天空の聖域》発動』
「あ、あれぇ?」
それがフィールド魔法ゾーンに収められると同時、夕焼けに染まっていた風景が、ひび割れるようにして弾け飛んだ。
次に現れるのは、雲海。その中央には神殿のような構造物が存在し、威容を放っている。
何かしらの確信を得たためか、叶の表情が変じた。
「
彼女らの基準から言えば、左程「強い」という印象の無い、あるいは薄いカードカテゴリだ。これらのモンスターは、戦闘破壊に対しての耐性が存在する。しかし、一方で守備表示で場に存在する場合に破壊されるというデメリットもあり、自然、攻撃表示での召喚を強いられることとなる。このため、いわゆる「サンドバッグ」にされる危険性が高く、速攻と短期決戦をの求められる元の世界の環境においては、見る機会が非常に少いカテゴリであった。
無論、それを防ぐ方策も存在する。永続罠の《スピリットバリア》や、アカモートの発動した《天空の聖域》と言った、戦闘ダメージを防ぐカードがそれに該当する。
後者に関しては、天使族モンスターの戦闘ダメージを防ぐカードだ。また、《アイスバーン》は水属性のモンスター以外に効果を発揮するカードである。よって、戦闘経験は少ないとは言っても、これらを統合して考えれば、相手が
『《手札断殺》を発動』
発動されるのは、手札交換用のカード。実質的に、使用者は一つのアドバンテージを失うことになるが、モンスターを含め、カードを墓地に送るに際しては有用である。
アカモートは《
「ふーん……でも、いいのかにゃん、こっちの墓地肥やしてもさ」
にや、と笑いつつ、才華は《墓守の巫女》、《墓守の長》の2枚のカードを墓地へ送った。
『墓地の《
【 《
周囲の雲海から浮き上がるのは、西洋の竜と似た姿を持つ、巨大な――――「雲」そのものとも呼ぶべき存在が、そこにはあった。
「……貴様は何が来ると思う?」
「
「だったら私はそれ以外にコーラ一本」
へらへらと、目の前の現状に対してなんでもないかのように、才華は振る舞って見せる。
一方の叶にしても、特に変わった様子は見られない。普段通り、泰然自若とした様子のままだ。
『《
【 《
更に、雲海より湧き出してくるのは、暗緑色に濁った色をした「雲」の魔物。
時折、その体からこぼれ、垂れ落ちる液体は、その名の通りの
『雲魔物-アシッド・クラウド、効果発動』
言葉と同時に、アシッド・クラウドへ二つのカウンターが乗せられる。
場に存在する『
『雲魔物-アシッド・クラウド、効果発動』
更に、その二つのカウンターが取り除かれ、才華の場に強烈な雨……酸性雨が降りかかる。見る間にそれは片側のカードを融かし始める。
「そういうのナシにしてほしいぜ、まったく! 《降霊の儀式》発動、大神官を蘇生するよ!」
【 《墓守の大神官》 攻 2000 / 守 1800 】
雲海より、突如石製の椅子が飛び出す。
そこに座っているのは、アヌビス――――冥界の神、ジャッカルの頭部を持つそれを模したかのような装飾を身に着けた老人だ。
しかし、その足元は即座に凍り付いていく。《アイスバーン》の効果によるものだ。
「ちぇ、守備表示じゃ、効果も意味ねぇな」
墓守の大神官には、墓地の『墓守の』と名の付いたモンスターの数だけ、攻撃力を200ポイント上昇させる効果を持つ。よって、現在、才華の場に存在する墓守の大神官の攻撃力は、2500となっている。
ただし、上昇するのはあくまで攻撃力であるため、現状では左程意味が無い。
「ところでカナちゃん、賭けはボクの勝ちっぽい……」
『《タンホイザーゲート》発動』
「あるぇー?」
アシッド・クラウドとストーム・ドラゴンのレベルが、それぞれ8に変化する。
《タンホイザーゲート》は、攻撃力1000以下で同じ種族のモンスター2体のレベルを合計し、それら2体のモンスターのレベルとするカードだ。これにより、レベル8のモンスターが二体揃ったことになる。
『レベル8。
雲海に巨大な孔が生じ、青い星へとその身を転じた二体の雲魔物が吸い込まれていく。
次いで現れるのは、人工の心臓とも呼ぶべき歪な存在。その上方には、操り人形たるマリオネットの操り糸……加え、それを繰るための木片が見える。
【 《
次の瞬間、それらが「ほどけ」る。
そうして彼女らの前に姿を現したのは、不気味な造形の人形だ。巨大な四肢。胸部はローラーのような構造をしている。指から伸びる糸は、その背後――――もう一体の人形へと繋がっていた。
その表示形式は守備表示。元より守備力の方が高いことあるためだろう。
『No.17 リバイス・ドラゴン、効果発動』
更に、リバイス・ドラゴンの周囲に浮かんでいた星が、その口腔に吸い込まれる。
攻撃力は更に上昇し、3000――――ただし、効果により、相手プレイヤーへの直接攻撃は不可能となった。
『No.15 ギミック・パペット-ジャイアントキラー、効果発動』
人形の指から伸びる糸が、墓守の大神官を捉える。
それは見る間に、ジャイアントキラーの方へと取り込まれ、暗殺者はその胸部のローラーへと取り込まれて行った。
生理的嫌悪を催すかのような、人体を破壊する音が周囲に広がっていく。その事実を示すように、二人の表情が嫌悪に染まった。
「ちょ……っと、待ったァ! 大神官の効果発動、破壊されるとき、代わりに手札の《墓守の長槍兵》を捨てる!」
墓守の大神官は、手札の「墓守の」と名の付いたモンスターを捨てることによって、それを破壊の肩代わりとする効果を持っている。
墓守の大神官の霊魂が才華の場に現れ、次第に実体を伴って元の姿へと戻っていく。
『No.17 リバイス・ドラゴン、
次いで、リバイス・ドラゴンの口から吐き出される強烈な熱線が、墓守の暗殺者を捉える。
なす術もなく、その姿は膨大な熱の前に焼失した。
『カードセット。ターンエンド』
「私のターン!」
続いて、叶のターンに移る。
「おいおい、手ェ震えてるぜ」
才華に指摘され、改めて叶は自分自身の状況に気付く。
カードをドローしたその手が、震えている。
理由は、彼女自身でも想像はついた。以前、城戸がアカモートとデュエルした際に起きた出来事――――彼の身に強烈なダメージが襲い掛かったことが原因の一端であろう。少なくとも、何一つ原因が無いとは言えまい。
身体に傷は無いが、痛みがあるということは真実である。それに対し、叶が恐怖を感じていることについても、間違いない。
「武者震えだ」
「おいおい、本当か?」
――――ということにしておく。
ダメージを受けるとするなら、叶に、あるいは才華。もしくはそのどちらにもであろう。いずれに関しても、多大なダメージを受けることには違いない。
痛みを恐れることは自然なことだ。故に、叶は戦いたくないと感じた。なんでもないかのように超然と……城戸のように振る舞うことは、彼女には不可能である。強烈な痛みを受ければ思考も鈍るだろうし、体が動かなくなることも考えうる。
(最悪、泣くだろうな)
嫌な確信があった。
強烈な痛み……それこそ、以前に城戸の受けたようなダメージを受ければ、まず泣いてしまうことだろう。でなくとも、他人の
ならば。
「――――ダメージを受けなければ、何の問題も無い!」
宣言する。
そもそも、それはダメージを受けた場合に起きうる話である。ならば、ダメージを受けなければ問題はない。もっとも、それは至難の業と言えるものだが。
事実、それは叶の強がりだった。貫通。バーン。ダメージを受けないという理由はどこにも無い。いずれにしてもそれを防ぐ方策はあるものの、手札次第ではそれも不可能だ。ならば、先んじて覚悟しておくしか無い。
そもそも、こうして宣言したのも、自身を奮起させるためである。恐怖に震える自身を――――未だ
それでも、
「……さて」
彼女らにとって最も邪魔だと言えるのは、水属性以外のカードの動きを抑制する《アイスバーン》だ。これを突破することが、今のところ叶に与えられた役割となる。
「永続魔法、《セイクリッドの星痕》を発動だ」
それを発動すると同時、叶の場に光の紋様が描かれる。
そのもの「光」や「星」をモチーフとしたかのような絵柄……紋章とも呼ぶべきか。ともあれ、彼女にとってはこれが最大の「準備」である。
「セイクリッドね……」
「何か文句があるなら聞くぞ。《セイクリッド・ポルクス》を召喚!」
【 《セイクリッド・ポルクス》 攻 1700 / 守 600 】
叶の場に現れる一体の騎士。その鎧には、右半身のみに金色の装飾、及び何らかの着色がなされている。
しかし、《アイスバーン》の効果により、その足元は凍り付くこととなる。
「ポルクスが場に存在しているとき、私はもう一度だけ『セイクリッド』モンスターを通常召喚できる。《セイクリッド・シェアト》を召喚!」
【 《セイクリッド・シェアト》 攻 100 / 守 1600 】
次いで場に現れたのは、水瓶を掲げた少年のようなモンスターだ。セイクリッド・ポルクスの例に漏れず、これも鎧を着用している。
しかしながら、やはりその足元は凍り付いていく。
「そして、シェアトの効果を発動。墓地かフィールド上の『セイクリッド』を選択し、そのモンスターと同じレベルになる。セイクリッド・ポルクスを選択し、シェアトのレベルを4にする!」
途端、セイクリッド・シェアトが手にする水瓶から、多量の水と、同時に三つの輝く星が飛び出した。
即座にそれらはセイクリッド・シェアトの身に取り込まれ、そのレベルを上昇させていく。
「……レベル4、光属性のポルクス、シェアトでオーバーレイ! 2体のモンスターで"オーバーレイネットワーク"を構築――――エクシーズ召喚! 来い、《セイクリッド・オメガ》!」
二つの明星が、雲海に開いた孔へと飛び込んでいく。
そこから現れたのは、白金の鎧を身に纏う、半人半獣の戦士だ。
【 《セイクリッド・オメガ》 攻 2400 / 守 500 】
下半身は、四脚を持つ馬身。上半身は人間のそれと類似しているが、いずれに関しても、隙間なく鎧に覆われている。また、その背からは、外套か、あるいは翼にも似た装飾が見える。
「星痕の効果により、カードを一枚ドロー!」
光り輝く紋章の内から、カードが一枚飛び出す。叶はそれを掴みとり、自身の手札に加えた。
セイクリッドの星痕は、『セイクリッド』と名のつくエクシーズモンスターが特殊召喚された場合に、カードを1枚ドローできるカードだ。1ターンに1度しか発動できないまでも、展開力に優れるこのカテゴリにとっては中核と言っても過言ではない。
「勇んで出したはいいけど……守備表示になっちまうことに変わりないぜ、カナちゃん?」
「織り込み済みだ! このまま維持することもできるが……速攻魔法、《サイクロン》! これにより、アイスバーンを破壊!」
場に吹きすさぶ一陣の風が、アイスバーンのカードを破壊していく。
セイクリッド・オメガの効果を用い、このカードを維持することはできたまでも、今しがたドローしたカード……つまりは《サイクロン》の法を使用するべきだと考えた結果だろう。
「これで邪魔なアイスバーンは消え失せた。
……反撃とさせてもらうぞ。セイクリッド・オメガでオーバーレイ・ネットワークを再構築――――エクシーズ・チェンジ! 現れろ、《セイクリッド・トレミス
その身を星に変えたセイクリッド・オメガが、再度開いた黒穴の中へと飛び込んでいく。
代わって現れたのは、頭部に翼を持つ、白金の竜だ。
【 《セイクリッド・トレミス
その翼には、宇宙を映したかのような意匠がこらされている。全体的に生物的な感は薄く、実際に、その種族も「機械族」である。
「バトル! トレミスでジャイアントキラーを攻撃!」
その頭部――――口腔部より発せられる閃光が、ジャイアントキラーを焼き尽くしていく。
現状で互いにダメージは無い。しかし一方で発動される
「……カードをセットし、ターンエンドだ」
『ドローフェイズ。スタンバイフェイズ。メインフェイズ。《氷結界の軍師》通常召喚』
【 《氷結界の軍師》 攻 1600 / 守 1600 】
場に召喚されるのは、青い三度笠を身に着けた老人だ。
『氷結界の軍師、効果発動』
軍師がその頭に被った三度笠を振りかぶると同時、アカモートの手札の《氷結界の武士》が墓地へ送られ、代わりにカードがドローされる。
『《氷結界の武士》を選択。《死者蘇生》、発動』
墓地から蘇るのは、薄い青の甲冑を身に纏った一人の武士。その刀の先端からは薄く冷気が放たれている。
『レベル4。氷結界の軍師、氷結界の武士。2体のモンスターで"オーバーレイネットワーク"を構築。《スノーダスト・ジャイアント》、エクシーズ召喚』
青い星に身を転じた二体のモンスター。黒穴に飛び込んだ先から現れるのは、氷の鎧を身に纏った青い巨人だ。
【 《スノーダスト・ジャイアント》 攻 2200 / 守 800 】
全身からは、氷柱、あるいは骨の硬化したものと思しき角状の物体が幾本も生えている。また、その右腕には氷を押し固めたものであろう、巨大な棍棒が握られていた。
『スノーダスト・ジャイアント。効果発動』
アカモートの手札……残る一枚である《氷結界の虎将 ライホウ》が公開され、スノーダスト・ジャイアントの身に纏う氷の鎧が密度を上げる。
同時に、周囲に冷気が広がり、その攻撃能力を奪っていく。
「全体弱体化か……面倒な」
先にスノーダスト・ジャイアントの見せた効果は、手札の水属性モンスターを公開することで、その数だけ「アイスカウンター」を、場の表側表示モンスターに乗せるというものだ。現在場に適用されているのは、このモンスターが場に存在している限り、水属性以外のモンスターの攻撃力は、アイスカウンターの数×200ポイントダウンするという効果だ。
これにより、セイクリッド・トレミスM7の攻撃力は2500に、墓守の大神官の攻撃力は、2800に低下した。
「んなら排除すりゃいいんじゃねーの?」
「トレミスの効果はプレアデスとは違う。相手ターンには発動できんぞ」
「ああ、そういやそっか。でもそれじゃあ、さっきの宣言は反故になっちまうぜ」
「何のために貴様の大神官を守備表示のままにしていると思っているのだ」
「えっ?」
「ぬ?」
二人は互いに顔を見合わせる。
どうやら互いに認識に齟齬があるらしい。
「……和睦使わねーの?」
「入れてない」
「聖バリとか」
「伏せてない」
さも当然のように、叶は才華の挙げていくカードを次々と否定していく。
「……大神官も守ってくれないと、次のターンで困るなって」
「自分で何とかしろ」
「このロリ酷ぇ」
嘆息する才華に、叶は普段に比して冷淡だった。
とはいえ、状況が状況である。元よりデュエルに対しては真剣なこともあり、冷静に対応していると言えばその通りであろう。
『スノーダスト・ジャイアント
巨大な氷の
守備表示のため、ダメージは無い。一方、叶の手札に「墓守の」と名の付くモンスターは存在していないため、再度、この破壊を阻止することは不可能であった。そのまま、墓守の大神官は墓地へ送られる。
『No.17 リバイス・ドラゴン、
「
リバイス・ドラゴンの口腔に収束していくエネルギーが、突然、セイクリッド・トレミスM7へと取り込まれていく。
膨大な熱量。3000もの攻撃力を得て、機械竜の各所に備え付けられた紋章、あるいは翼の金色の装飾の輝きが増す。
『ターンエンド』
こうなってしまえば、最早アカモートのすべきことは無い。ターンの終了を宣言し、才華のターンへ移ることとなる。
「んじゃ、ボクのターンで……ドロー」
やる気なさげに、才華はカードを引いた。
「トレミスの効果発動。とりあえず……リバイスには帰ってもらおうかな」
宣言と共に、セイクリッド・トレミスM7の頭部の翼が動き出した。
翼の巻き起こす強烈な風――――それに耐えきれず、徐々にリバイス・ドラゴンの肉体が宙に浮いていく。
数秒と保たず、支えを失ったリバイス・ドラゴンは、元来た入口……エクシーズ召喚の際に開いた孔へと飲み込まれていった。
「そして、手札から《墓守の長槍兵》を召喚」
【 《墓守の長槍兵》 攻 1600 / 守 1000 】
場に現れたのは、黒い衣服を身に纏い、身の丈よりも長いような槍を持った大男だ。
「更に、カナちゃんの伏せた《エクシーズ・リボーン》を発動。さっきオーバーレイユニットとして墓地に送ったセイクリッド・オメガを蘇生するよ!」
【 《セイクリッド・オメガ》 攻 2400 / 守 500 】
再度場に現れる、白金の半人半獣。その周囲には、本来存在しえぬ、白色の星が輝いている。
「セイクリッドの星痕は、エクシーズ召喚以外にも対応してるから、これでワンドロー。そして、エクシーズ・リボーンは、蘇生したエクシーズモンスターのオーバーレイユニットになる……けど、場面を考えたら使った方がいいだろうね。効果発動!」
場に刻まれた紋章が淡く輝き、そこから飛び出した一枚のカードを才華が受け取る。
また、セイクリッド・オメガの周囲で舞う白い星が輝く。再度、その装飾から無数の星が飛び出し、場を覆った。
「それじゃあ、
【 《墓守の大神官》 攻 2000 / 守 1800 】
二度、墓地から現れることとなった大神官。その装飾の隙間から見える表情は、どことなく悲しげだ。図らずとも叶によって破壊されたことを、未だに引きずっているのか。
もっとも、ソリッドビジョンに意識があるのかという点についてはいささか疑問である。
「二枚目だと……? いや、待て。そもそも……」
「キーカードが手札でダブるなんて、よくある話さ」
機械相手にブラフを使うのもおかしいけど、と才華は苦笑いをして見せた。
しかし、戦法自体は有用である。どのような状況にあっても、魔法・罠カードは容易に破壊されかねない。全体破壊であれば防ぎようは無いが、一枚をピンポイントに撃ち抜く――――例示するなら《サイクロン》のようなカードを相手にすることを考えれば、ある程度の効果を見込めるのは確かである。無論、相手にそうしたカードが二枚以上あれば、何の意味も無いが。
一方、言葉を遮られた叶は、苦虫を噛み潰したような表情をして見せた。才華の行動に、何かしら思うところがあった故だろう。
「さて――――それじゃ、そろそろ
呟き、才華の口角が持ち上がる。その瞳は獰猛に彩られ、眼前の敵を確と捉えていた。
「手札から《ギャラクシー・クィーンズ・ライト》を発動。レベル8の大神官を選択し、こちらの場の全てのモンスターのレベルをこのモンスターと同じにする!」
天空から、大神官へと光が降り注ぐ。
それは急激に周囲へと波及し、レベルを持たないエクシーズモンスター以外……墓守の長槍兵のレベルを上昇させることとなった。
「レベル8、闇属性の墓守の大神官と墓守の長槍兵をオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築――――エクシーズ召喚! 現れよ、《
二体のモンスターが黒い星へとその身を転じ、雲海に開いた孔へと飛び込んでいく。
そこからせり出してくるのは、棺桶にも似た構造物である。その中ごろ、胴体部とも呼ぶべき部分から肉体がせり出し、下方からは脚部が飛び出す。見る間にそれは人型を形作って行き、黒い布に覆われた頭部からは、怪しく光る眼が覗いていた。
【 《
「……………………」
その様子を、しかし叶は不可解そうに眺める。
そもそも、才華の行動には一つ、理解しがたい点がある。それは、わざわざこの期に及んで新たなエクシーズモンスターを召喚したという点だ。
第一に、セイクリッド・トレミスM7の攻撃力は、スノーダスト・ジャイアントの効果を受けているとは言っても、《
元の世界……ライフポイントが8000から開始するルールであるなら、この行動も意味があるものだろう。今の叶たちの場に存在するモンスターの合計の攻撃力を鑑みれば、ワンショットキルには十分である。しかし、こちらの世界において、ライフポイントは4000からスタートすることが主流だ。それを才華が知らないというはずは無く、これはオーバーキルを狙っているのだとも見ることができる。
「『何してんだこいつ』って顔してるね」
そんな叶の表情を読み取ったのか、才華は彼女へ軽く語りかける。
「確かにこの行動、一見すると無駄なものだ。けれど、一応はボクの中の論理に基づいた行動でもあるんだよ」
例えば。
「残る1枚の伏せカード。あれが《激流葬》や《奈落の落とし穴》なんかの召喚反応なら、長槍兵やオメガの召喚時・特殊召喚時に発動してる。よってこっちの可能性は薄い。攻撃反応系ならオメガで突破できるけど……罠モンスターが出てきたり、《ガード・ブロック》が出てきたとき、トレミスとオメガだけじゃあ突破は難しい。つまりこいつは後詰めのようなものだよ」
そして、と、才華は更に続ける。
「機械は無駄なことをしないものだ。往々にして、そうした出来事に見舞うと混乱してしまう。――――ボクは、できる限り機械の想定の外にある行動を取っているだけ」
言葉を紡ぐその間にも、才華は手元の空間に浮かんだウィンドウを操作し、攻撃宣言を行っていた。
セイクリッド・トレミスM7の口部から強烈な光線……ビームやレーザーとも呼ぶべきそれが、スノーダスト・ジャイアントの肉体を貫き、アカモートへと向かう。
『《ガード・ブロック》発動』
しかし、戦闘ダメージは存在しない。
あくまで、このカードはプレイヤーの戦闘ダメージに関わるカードである。いくら魔法・罠の効果を受け付けないとは言っても、この効果を無視してダメージを与えることはできない。
アカモートが、カードをドローする。
彼女らは気付いていないものの、この状況は、先に城戸が直面した状況と似ていた。
確実にとどめを刺すことができる状況。そこで、城戸は無駄を嫌い、モンスターを召喚せずして攻撃を行い――――結果として、敗北に至った。しかし、彼女らにはあと二体のモンスターが残っている。もしも才華がモンスターを召喚しなければ、あるいは敗北していたという可能性も否めない。才華は図らずしても、城戸のそれと酷似した現在の状況を突破したということになる。
無論、効果耐性を持つモンスターの存在など、詳細については多少違っている部分もあるにせよ、結果として、城戸は敗北している。そして、才華たちは勝利を得ようとしていた。
「『無駄』を許容できるのも人間だ――――時にそれを必要とするのも、ね」
言葉と共に、操作も続けられる。
攻撃対象は、相手プレイヤー。そして、攻撃を行うのは――――No.22 不乱健。
「ま、もっとも不乱健まで出す必要は無かったんだけど」
あはは、と、才華は自嘲するように笑んだ。
不乱健のその両腕……巨腕が、大きく振りかぶられる。天高く振り上げられたそれが、ふたつの機械を叩き潰すに至るまでには、そう時間はかからなかった。
+ + +
デュエルが終了し、二人の手に、それぞれアカモートから排出されたカード……《
リバイス・ドラゴンを受け取った叶には一切の問題は見受けられず、一方、ジャイアントキラーを受け取った才華は、目に見えて疲弊しているようだった。彼女の提言した通りであるのならば、才華はこのカードには選ばれなかったということになる。
「面倒臭いなぁ……!」
そのようにぼやくのは、走ってこの場から逃走することに対してなのか、あるいは、拒絶反応から来る倦怠感を厭ってのことか。いずれにせよ、二人揃ってこの場からすぐに逃げ出さなければならないという点について、互いに異論を差し挟むようなことは無かった。
人通りの少ない……「無い」とも言い換えられるような路地裏を走り、数十秒。彼女らの背後から爆音が響き渡った。機密保持のための自爆であろうことは、容易に想像がつく。
息も絶え絶えの状況下、まず口を開いたのは才華だった。
「……ちょ、っと……これ、持って……くれない、かな……?」
と、差し出されるのは一枚の黒いカード。先程手に入れたジャイアントキラーのカードだ。
「き、貴様に……は、扱え、ないと、いうことか……?」
「ま、そういう……ことかな。ちょっと……キッツい……」
先に、叶も城戸から「ナンバーズは特定の人間にしか扱えない」という事実は聞き及んでいる。その情報の出所であるところの才華がそのように言うのだから、間違いは無いのだろう。
カード……ひいてはそこに内包される世界に認められていないとなれば、強引に使用した場合、何らかの反動があることも考えられる。カードに適合する人物へ譲渡した方が、何かと面倒が無く済むものだ。
何の気なしに、叶は手渡されたそれを受け取った。
「あ、ぐっ……!?」
途端、その身に強烈な嫌悪が走った。
熱病に冒されたかのような灼熱感。巨岩の下敷きになっているかのような、強烈な重みと圧迫感。理解できるのは、今すぐにこのカードを手放さなければならないという強迫観念だけだった。
叶の手から、カードが落ちる。予めそれを見越していたのか、才華はそれを横から掴み取った。
「あらら。ダメっぽいね」
「こ……こんなものを、貴様は……」
自ら感じ取った「拒絶反応」。才華についても、その影響下にあることは間違いない。故に、叶は畏怖をもって才華を見た。
「意外に楽なもんさ。もっとも、それでもダメってことは……あとの二人に期待するしかないだろうけどさ」
と、才華は不敵な笑みを浮かべるも、どことなく、苦々しげな色合いが見え隠れする。
他方、叶は先の感覚を思い返し、また、城戸のことを想起した。彼は一度、ホープを手にし、叶と同様の症状を味わっている。更にはそれをひた隠しにしつつ、普段と同様に彼女へ接していた。それとなく表情に苦痛を滲ませる才華と比べ、あまりに異質である。
彼自身はその異常性をひた隠しにするようなつもりは欠片と持ち合わせていないのだろう。だからこそ、それがよく分かる。無機質で機械的な、その異質が。
「ところで……だ。話を戻すが」
故に、叶の脳裏からはある仮定が抜け落ちてしまっていた。
あまりに無機質な異常を目にしすぎていて――――「人間らしく」狂った人間も、また存在しているのだという仮定が。
「なぜ、貴様は私を嫌うのだ?」
故に、その言葉を発した瞬間、叶は凍り付いた。
言葉を発した故に――――ではなく、その瞬間に起こった反応。才華の眼差しが急激に冷え込み、また、その表情からは普段彼女が見せる笑みが、消え失せてしまったからだ。
代わりに窺えるのは、怒り、憎しみ……憎悪、とも呼ぶべき種類のそれだった。
氷のような視線を向けながら、才華は語る。
「……きみさ、面識が無い以上恨まれる筋合いも無いとか思ってるだろ。それ、大きな間違い。面識があろうと無かろうと、恨まれるときは怨まれる。人間ってのは
人間の価値観は、今日に至るまでに経験した事柄によって形作られるものだ。
ならば、彼女の価値観は。
叶の背に怖気が走った。
「ボクにとっちゃ些細なことじゃあねえけどな」
怒りを滲ませ、告げる。
「五年だ。探し当てるのに、五年もかかった。元々自分の痕跡というものを残さない人だから当然かもしれない。だが……それでも見つけ出せた。ようやく逢えた。だというのに……それを雌猫に横から掻っ攫われた」
その口調から感じられるのは、ただただ、叶に向けられた憎悪だけだ。
嫌っている、というような段階には無い――――嫌悪。殺意を抱いているとも言えよう。その精神力によって、外部に漏らすことは無いとはいえ。
「……
断言する。
執着。依存。多くの言葉が叶の脳裏を駆け巡る。どの言葉についても納得はいくが、しかして、いずれに関してもその理由は未だ知れない。何故、彼女はそうまで城戸に執着するのか。何故、彼女は城戸へ依存しているのか――――。
だが、彼女が叶を嫌う理由は、叶自身にも知れた。
「邪魔なんだよ、キミの存在が」
その、狂気的なまでの執着故――――だ。
首筋に小刀でも突きつけられたかのような寒気が、叶の身を襲った。彼女はその必要を認めるなら、今、この場で叶を殺害してもおかしくはない。不幸なことに――才華にとっては幸運なことに――この場所は人通りが少なく、
自然、叶の足が下がる。
「だから」
追従するように、才華が前に出た。鈍く輝く瞳が、叶の目を覗き込む。
「今、ここで――――」
叶の中の臆病な自分が首をもたげる。かつて切り捨てようともがいていた部分が、必死に訴えかける。ここから逃げろ、と。
だが、臆病ゆえに、その足は動かない。叫びだしたくとも口は動かず、歯がかちかちと音を立てるだけだ。
そうして、才華の腕が伸ばされる、その瞬間。
「何をしている」
声がかかった。
この場にいないはずの、しかして、少なくとも二人には望まれた人間の声だった。
「ナルセ……」
城戸成瀬。
才華の執着の相手であり、叶にとっては唯一の協力者だ。
未だ生気の灯らない瞳が、薄暗い路地裏の中ではより強調されて見える。
「離れろ、『深宮』。その子に手を出すな」
放たれた言葉は普段と比べて鋭く、才華にとっては望まれない言葉。
ああ、と才華は諦観したように呟く。それは、果たして「何」を諦めたのか、叶には想像が及ばなかった。
「別に、危害を加える気は無いよ。ちょっと『お話』してただけさ」
才華の言葉に、しかし城戸は委縮した様子も、あるいは警戒を解いた様子も見られない。
やれやれ、と才華はかぶりを振った。
「そりゃ分かってるけどさ。あれはボクのせいじゃないよ。だいいち、あの時のボクはまだ……」
「理解している。だが、それでもだ」
何事か、二人にのみ理解できる事柄をぶつけあう二人。城戸は普段通りの警戒を、才華は焦りを浮かべ、対峙する。
数秒と睨み合いが続いた末、先に折れたのは才華の方だった。
「……ま、そうだよね。フツーはそうだ……」
苦虫を噛み潰したような表情で、呟く。それは普段――――少なくとも、この日に才華と接してきて、彼女がそうした表情を取ることは、まず無いであろうと思われてきたようなものだった。
諦観。苦渋。あるいは、悲痛。当初の彼女の印象とは大きく食い違ってきたその様相に、叶は疑問を抱いた。
「……ここで、何をしていた」
「襲われてただけさ」
と、才華はポケットからカードを取り出し、城戸へと投げ渡す。
受け取った城戸は、何事かを確認するように二、三度目を瞬かせると、そのカードをデッキを収めるホルスターへと仕舞い込んだ。どうやら、ナンバーズ・カードの受け渡しが行われたらしい。
「……それじゃ、ボクはちょっと自分の用を済ませてくるよ。そのうち……必要になりそうだからね」
言葉と共に才華は身を翻し、二人から背を向け歩き出した。
見る間に、その姿が街中の雑踏へと消えていく。それを見送った叶は、ふと、疑問を口に出した。
「なあ、ナルセ。お前は……何故そうまで、あの女を警戒しているのだ?」
現在に至るまで、彼はその理由を語ったことは無い。聞かれなかったから、と答えるであろうことはまず間違いないだろうが、しかして、こうも才華を頑なに拒み続ける姿は、一見すると異様だ。
これまでは聞くことが躊躇われた。それは、彼の内面へと踏み込みかねない行為だからだ。人によってはそれをひどく嫌う者もいる。彼がそうだという確証は無いものの、そうではないかという恐れがあったことから、叶はそれを聞けずにいた。
だが、聞かなければ答えなど出ないのだ。そして何よりも、城戸はこの世界で頼ることのできる数少ない、かつ、それなりに長い付き合いの人間である。少しでも、その内面を知ろうという決意が、叶にはあった。
数秒にも満たない短い間。それだけで逡巡を済ませたのか、城戸は口を開く。
しかして、その口から放たれた言葉は、叶の想像を絶するものだった。
「――――『深宮』は、俺の母を殺した」
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デュエル内容の修正を行いました
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再度デュエル内容の修正を行いました