決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

14 / 23
14.疾走(scamper)

 治安維持局前に到着して、数分。ほどなくして、有我少年が到着した。

 その表情には、いつになく焦りが滲みだしているようにも見える。

 

「悪い、待たせたか!?」

「いえ」

 

 急に呼びつけたのはこちらだ。彼に対して気にする必要がないということを示すべく、答えを返した。

 

「……けど、急がなきゃなんねえだろ。何が起きてるか分かんねえけど……多分、ダグナーとの戦争も、そう遠くないうちに起こるはずだしな」

 

 叶ちゃんは知ってるだろうけど、と少年は軽く注釈を入れる。

 ダグナー……は、略称だろう。これまでの話を聞いた中でそれに当て嵌まるものを考えるならば――――「ダークシグナー」と呼ばれる者たち、だったか。

 その言葉を耳にするたび、どうにも頭のどこかで何かが引っかかるものだが……今はその違和感を解消することはできそうにもない。

 

「で……ナルセ。私もこいつも、詳しい話は聞いていないわけだが、あの女が……どうなったのだ?」

「こ、こいつとか言うなよ……」

 

 しかし、叶本人としては他に適当な呼び方が思い浮かばないのだろう。少年の名を呟き、「違うな」などと自己否定しては首をひねっている。

 ともあれ、と、先程起きたことを説明する。まずは、ナンバーズの……というよりも、エクシーズモンスターに関する検証について――――

 

「待て」

 

 と、検証の概略を伝え終わったところで、叶から制止がかかった。

 

「ナルセ、貴様まさか、あれほど言ったのに勝手に一人でそんなこと……」

 

 恨みがましげな眼を向けながら詰め寄ってくる叶の勢いに気おされ、思わず、一歩後ろへ下がってしまう。

 どこか怒りに満ちたその視線は、気付けば俺の左手に注がれていた。

 

「というかこれもその時にやったのか!? ええい、自分で処置してもそう上手くは……上手く……完璧な処置だけども! それでもこれで済まなかった可能性もあるのだぞ! 分かってやっているのか貴様は!」

「誰かがやらねばならないことだ」

 

 普通の人間であれば、まず恐怖が先に立って行動に移ることは難しい。未知とは恐怖とほぼ同義に扱うべきものである。普通の人間はそのようにできているものだ。少なくとも、これまでの経験のなかで、そうなのだということを学んでいるはずであろう。

 故に、恐怖に限らず、感情というものが希薄であるらしい俺がこの状況では適任なのだ。怪我をしたところで、所詮は戦力たりえぬのだから。

 こちらの意思を理解したのか、あるいはこれ以上の問答は無駄だと感じたのか。息を吐き出した上で、彼女は俺の方から顔を背けた。その横顔からは、怒りの感情が窺える。そこまで怒るようなことなのだろうか。

 

「……話を続けよう」

 

 問答を続けたところで、詮無いことだ。これまでの経験から、彼女の憤慨する部分は推察できるが……今この場で考察していても仕方がない。関係のない事柄をいつまでも頭の中に留めている暇はない。

 

「ともあれ、エクシーズモンスターの検証について終わった後だ――――」

 

 直後に電話がかかってきた。

 そこに届けられたのは、「黒幕」の居所であり、今後の活動に関する指針であり、あるいはそうすべきであろう事柄。そして……深宮自身の喘鳴と、助けを求める声だった。

 そこから、有我少年へ連絡を送り、叶を帯同してこの場に至った。そういうわけである。

 説明を終えた後、どこか思案顔で有我少年は叶に問う。

 

「なあ、叶ちゃん。アルカディア・ムーブメントがブッ壊されたのは……四日くらい前だよな?」

「む? そうだな、だいたいそのくらいだ」

「ってぇと……十六夜の件が倒壊の後で……アルカディアの件が露見したのがその直後……」

 

 額に手を当て、深く考え込むように俯く。

 何かしら……少なくとも、この件について思い当たる「何か」が、彼の記憶の中にあるのだろう。叶に問うということは、この世界の基となる物語の再確認か。

 

「記憶自体はおぼろげだが、その後日、シグナーの五人がゴドウィンと面会していたはずだ。そして――――」

「っ……クロウとイェーガーのデュエルか! 確か、その時に……!!」

 

 叶の行った補足に、何か喚起された記憶があるのだろう。合点が行ったように、少年は指を鳴らした。

 

「黒い霧……サテライトが壊滅したあの件だな。確か、被害者は……」

「地縛神の生贄になってたはずだ。んでもって、今なら治安維持局にシグナーもいる! サテライトに行ける可能性は、無いわけじゃあないな!」

 

 ナイスだ! と、少年は俺に対して、親指を見せつける動作……一般的に言うところの、サムズアップをして見せた。

 

「今からサテライトに行こうってのは滅茶苦茶難しいことだ。でも、治安維持局からなら、唯一向かうことのできる便がある。完全に偶然とはいえ、ここを集合場所に選んだのは正解だったな。問題は、どうやってゴドウィンたちに取り次ぐかけどよ……」

 

 空は既に宵闇に包まれ、幾多の星を映し出している。

 叶や有我少年たちの言い分が正しいとするならば、今、サテライトは壊滅状態にある。この時間であっても、当然であろうが治安維持局内部は混乱状態であろうし、ゴドウィン長官に取り次ぐことは難しいだろう。既に叶は一つ、己の生活を営むために、「この世界の秘密」でありゴドウィン長官に対する脅迫というカードを切っている。有我少年や深宮がどのような手法を取ったのかは定かでないが、少なくともそれらの手法は採れまい。

 ならば、どのようにして手がかりを引き寄せるのか――――

 

「……シグナー連中に頼むか?」

 

 ふとした拍子に放たれた少年の一言は、しかし彼自身がそれは難しいことだと理解しているようだった。

 シグナーと呼ばれる者たち。例示するならば、この世界の主人公であるという不動遊星のような人間のことであろう。彼らと繋がりは無いか……という議論をし、是か否かの二極で物事を言うのなら、紛れも無く肯定に値するだろう。しかして、その繋がりはあくまで極小であり、以前の大会の一回戦で、偶然に叶が不動遊星と戦ったのだという程度に過ぎない。

 それでも繋がりだと、僅かな望みに縋ることも、決して愚かとは言うまいが。

 

「まだゴドウィンもいるかもしれんが……交渉材料が、今は」

 

 以前、己の使用した手法を鑑み、叶は歯噛みする。

 脅迫という手段は、「はじめて」その対象に使うからこそ効果があるものだ。二度目、三度目ともなれば、相手は相応の対策を講じることだろうし、それが治安維持局の長官ともなれば尚更だ。最初のうちに捕縛されていないことがそもそも不思議なことなのだが。

 思考する。

 何を利用(・・)すれば良いのか。どのように利用すれば目的地へ辿り着けるのか。その答えを探らなければ。

 

「叶。不動遊星はどういう人間だ」

「な、何を唐突に……。そうだな」

 

 語られるその人物像は、言うなれば物語の「英雄」であろう人間と似通う。

 チーム……5D'sと呼ばれる彼らのリーダー的な立ち位置にいる存在。本来シティにおける上級階級であるトップスにいるべき人間であり、とある事件から最下級層のサテライトに叩き落とされた人間。「絆」というものを何よりも大事にし、これから二つの大きな事件を解決することになるであろう男――――。

 絆。友情。そうしたものを肯定し、他者との関係を強固に結ぶような人間。そうした人間であれば……。

 語り終えた叶の言葉を反芻し、俺はそこでようやく言葉を発した。

 

「……不動遊星の人格を上手く利用すれば、難しくは」

「待てよ」

 

 しかしそこで、今度は有我少年の声がかかった。

 そこには、どこか――――先に叶の見せたものとは多少別種であろう、怒りが見えた。

 

「簡単に他人を利用するとか……そういうこと、言うなよ」

「ですが彼を利用することが、一番の近道では」

「たかが近道だろうが、そんなもん。人を騙して、とか……俺は、そういうの……嫌いなんだよ。二度と、見たくない」

 

 怒りをその胸に懐いているのか、それとも、悲しみであろうか。

 いずれにせよ、俺に向かってぶつけられたのは、そうした類の感情のない交ぜになった、複雑なそれだった。

 だが。

 

「感情で行動を阻害するのは、愚です」

「愚かだろうが構わねえよ。下種に堕ちるよりマシだ」

 

 下種。

 成程、俺には相応しい名であるのかもしれない。母はいい。だがその血脈。母を殺したそしてあの(・・)父の下に生まれた俺に……果たして、汚れていない部分があるのだろうか。

 血も。肉も。そして()も。壊れて歪んで汚れてしまっている。

 だからこそ――――下()であり、屑なのだ。

 そしてだからこそ、汚れ役を率先して引き受けるべきは、俺なのだ。

 彼は、愚かであるのかもしれない。だが正しい。それは人として

 非難の視線を送る彼に、視線を返す。期せずして、互いににらみ合うような形で俺たちは対峙した。

 

「自分は下種で結構です」

「……アンタは」

 

 それでいいのかよ、と。声を荒げるよりも先に、俺が口を開く。

 

「そうでなければならないのです。自分は汚物で、そういうもの(・・・・・・)であるが故に」

 

 俺は少なくとも自分をそのように定義している。

 その対極を述べるとするならば、彼。有我英人という少年がそうだろう。

 どこまでも、何に対してさえも感情を抱くことが少ないらしい俺。対し、喜怒哀楽がはっきりとしており、善悪を己の脳内ではっきりと区別し、悪を悪と断ずる有我少年。どちらがより「人間」で、その在り方が「正しく」、「美しい」のか。問うまでも無く、結論ははっきりしている。

 叶にしてもそうだ。その向かう先がどこであれ、今の彼女はひどく純粋で、他の何らかに染められやすい。そして何よりも、子供だ。若く、純粋で、在るようにして在る。己に素直で、他者の言うことをよく聞く。前述の価値観に当て嵌めるのなら、彼女もまた、人間としての価値は高い。

 俺の価値は彼らの万分の一。指先、毛の先ほどの価値ほども無い。だからこそ、人界の穢れは俺が引き受けることが、何よりの、城戸成瀬という人間の価値である。

 

「あなたがそれを受け止めずとも、構いません。自分が引き受けるべきものですので」

 

 沈黙が場を支配する。

 絶句、と。そう呼ぶべきものなのだろうか。事実を述べた程度で言葉を発することができなくなるものとは思えないが。

 

 そうして、数秒が経過する。

 このままでは埒が明かない。このまま睨み合っていたとて、意味は無いだろう。維持局内部へと足を向け、歩を進めようとしたその時、俺の携帯電話が鳴った。

 

「……?」

 

 訝しげに、有我少年はこちらを見た。どうやら、電話を取れ、という意思表示であるらしい。

 是非も無い。ポケットから携帯電話を取り出し、発信主を確かめる。あるいは深宮によるタチの悪い悪戯だったのか、と考えながら。

 しかし、当然ではあるが、そこに表示されていたのはまるで知らない番号だった。店長でも、叶でも、有我少年でもなく……まったく、覚えのない番号。

 どこまで俺の携帯電話の番号は出回っているのだろう。そのような無益なことを考えつつ、電話に出る。

 

「はい」

『……城戸成瀬さん。で、よろしいですね?』

 

 通話口から聞こえてきたのは、低く、荘厳な印象を受ける声。

 その口調はあくまで事務的でかつ、妙に機械的で、そこから感情を察することは難しい。どこか俺と似ている――――と言うのだろうか。俺よりは、比較的感情が見え隠れするものの、その声はひどく冷たい印象を受ける。

 聞こえてくる声に肯定を示すように、俺は呟きを返す。

 

「はい」

『私は治安維持局長官、レクス・ゴドウィンです』

 

 ――――直後。脳天を貫かれたような衝撃が、俺を襲った。

 

『いつまでも入り口付近で話し合いを続けていても仕方がないでしょう。お連れ様も連れて、こちらへどうぞ』

 

 治安維持局長官、レクス・ゴドウィン。この世界における黒幕と呼ばれる人間の一人であり、叶が「生活」を営むために取引を行った相手だ。その立場故に俺の携帯電話の番号を知っていたとしても、決しておかしくはないのだろうが……しかし何故、俺たちを招きよせるのか。

 渡りに船、とは言うが、上手くことが運びすぎている。あるいは罠なのか。それとももっと別な。

 

『受付には既に言いつけております。お早目の来訪を』

 

 告げるべきことだけを告げ、その電話は切断された。

 誘いに乗るべきか、否か。

 既に俺の中では、答えは出ていた。

 

 

 + + +

 

 

 治安維持局35階。長官室と呼ばれるその場所の扉を開いた俺たちは、その人物と対面していた。

 レクス・ゴドウィン。

 身の丈2メートルに迫ろうかという偉丈夫。オールバックにした長い白髪は、その威圧感をより高める素材となっている。また、その身は万遍なく頑強な筋肉に覆われ、一部の隙も見出せぬほどに熟達した雰囲気を滲ませる。治安維持のための組織の長官として据えるのならば、完璧とも言える人物であった。

 対峙するには、俺の体躯ではあまりに心許ない。無論、彼が実力行使に出るようなことは無いだろう。招いたのは彼、レクス・ゴドウィン自身なのだ。こちらに危害を加えてくることは無い……と、恐らくは思うが。

 

「お待ちしておりました」

 

 慇懃に、しゃがれた声で男は告げた。

 慇懃……だが、しかしてその印象はまるで異なる。こちらを見透かし、見下しているかのような声音。それは相手を尊重するものでなく、あくまでただ彼自身の口調なのであろう。

 

「おかけください、異邦人の皆様」

 

 俺たちの事情は既に彼も知っているのだろう。異邦人、と一切の躊躇なく呼びかけ、着席を促す。

 俺はそれに従い、目の前のソファに座る。有我少年は、遠慮気味に。叶は意に沿わぬとばかりに直立不動のままだった。

 応じるように、ゴドウィン長官は俺たちの体面に座す。ほどなくして、彼が口を開いた。

 

「……では、改めまして。治安維持局長官、レクス・ゴドウィンです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

「前置きはいい。とっとと本題を言え」

 

 苛立ちを隠す気も無いままに、叶は彼に言ってのける。

 困った娘だ、と言わんばかりに、ゴドウィン長官は溜息を吐いた。

 それが更に彼女の癇に障ったのか、叶はその両目の吊り上げた。その碧眼に映る苛立ちを受け流しながら、長官は告げる。

 

「では、単刀直入に申し上げます。あなた方三名に、シグナーたる彼らの聖戦の露払いをしてほしいのです」

 

 ――――露払い?

 有我少年の口から疑問が発せられた。

 

「ええ、露払いです。まずはこちらをご覧ください」

 

 と、長官は手元のパネルを操作し、壁面のモニタに何らかの情報を映し出し始めた。

 

「――――これは、彼女(・・)が送り込んできたデータです」

 

 彼女。語られずとも理解できる。それは深宮であると。

 というよりも、他に知らない。このようなふざけた真似をするような人物……特に女性というものを。

 そこに描き出されていたデータの端々からは、どこか下卑た微笑を張り付かせたような深宮の顔が浮かぶ。

 追ってこいと。進めと。これが手がかりである故にと。

 

「ウィルスのようなものです。消しても消しても、増殖の速度が速すぎてついていけない。ホストコンピュータに対する感染はありませんが、スタンドアローンのコンピュータの一部は感染し、こうした画面を吐き出し続けています」

 

 それはこの世界を蝕む病巣。

 言うなれば、流れを堰き止める無数の礫。

 

「こいつは……」

 

 恐らく、ゴドウィン長官にはそのデータが何なのか、理解できないことだろう。単に「害がある」という観点から放置し、事情を知っているであろう俺たちに開示しているに過ぎない。

 だが、俺たちはこれを理解できる。

 一つに、黒い枠を有するカード。エクシーズモンスター。その中でもナンバーズと呼ばれるそれらに関してのものだった。

 先程、俺の行った「試行」。エクシーズモンスターが別次元へと繋がる通行手形のようなものであるという考察……それらを証明するように、幾多の計算式が表示されている。また、そこにはある一つの真実が導き出されていた。

 すなわち、「オーバーレイネットワーク」と呼ばれるものの正体。

 エクシーズモンスターを多用することにより生まれる塗り替える世界(オーバーレイネットワーク)

 本来シンクロモンスターが存在するべき場所をそのまま「覆う(オーバーレイ)」ことにより、上書きされる対象たるシンクロモンスターの存在を封印する。あくまでこれらは真実の一端、側面の情報に過ぎないものの、それは紛れもない真実だった。

 例えば、アカモートがナンバーズを異世界人……少なくとも違和感も躊躇も比較的少ないであろう人間に流布していたことは、それが原因だろう。

 恐らく、長官は「シンクロモンスターが使えなくなる」という情報しか分からないのだろう。が、それでも彼には十分だ。この世界の人間はそれらを多用し、また、主人公たる者たちに関しても、それは例外ではないのだから。

 データが先へと流れていくにつれ、それらを企んだ首魁についても記されていることに気が付いた。

 

 曰く、それは人間ではない。

 曰く、それは自意識を持った「人外」である。

 曰く――――それは、旧モーメントの制御統括用量子コンピュータ。B.A.D.エリアに残された、それであると。

 

「正直な所、にわかには信じられません」

 

 が、と長官は吐いた。

 

「事実として、シンクロモンスターの不具合が各所で発見されている。シグナー諸兄は、赤き龍の力によってそれらの影響を負いますまい。が、しかし……」

 

 不確定要素は排除しなくては。

 成程、聖戦だと称するだけのことはあるだろう。それを阻むもの……者に限らず物は許しておけないと。捨て置けぬと。

 自分がその戦の管理者でもあるのかというような口調だ。いや、彼の中ではその通りなのだろう。そうでなくてはあの態度が説明できない。

 

「というか、制御塔だけではなかったのだな」

「いや、カードの4枚だか何だかと、たかが機械の棒切れ程度であんなモン制御できるわけねーし」

 

 正論だ。

 とはいえその言動が癇に障ったのか、長官が有我少年を睨み付けた。彼らにとっては、それは重要なものなのだろう。馬鹿にしたような言動でそれを……少なくとも、それに限らず、他者が本気で取り組んでいることを馬鹿にすることは、怒りを向けられても仕方のないことと理解すべきだ。

 

 ともあれ。

 

「こちらとしても、渡りに船です。お請けします」

「話が早い。それでは、これから現地に向かっていただきましょう」

「こ、これから……ッスか?」

 

 拙い敬語で、長官の指示を復唱する有我少年。

 現在の時刻は、午後7時を少し回ったところだ。これからサテライトへ向かうとなると、到着は深夜頃であろう。ヘリコプター等を使用したとしても、かなり遅い時刻に到着することになろうことは想像に難くない。

 そうなれば、俺や有我少年はともかくとしても、叶の体力がもつかどうか怪しい。現状の最高戦力が彼女である以上、眠り込んでしまうことも含め、判断能力の欠如した状況は避けておきたいところだ。

 

「睡眠等、体力の消耗に関しては考慮していただけませんか」

「彼らの戦いを万全に執り行うためにも、行動は迅速であらねばなりません。すぐに向かっていただきたいのですが……」

「彼女は我々と比べ、体力面に乏しくあります。万全を期すには厳しいと評価せざるを得ません」

 

 叶の方に視線をやり、長官の指示に対する反論を示す。

 そも、彼女は俺や有我少年と比べ、普段から鍛えているというわけではない。体格も恵まれている方ではないため、当然ながら体力面に不安がある。徒歩で向かえなどということはまさかあるまいが、仮にD-ホイールで向かうのだとしても、しがみついているだけで体力は奪われていくものだ。先にも述べたが、そのようなくだらない理由で彼女の判断能力を鈍化させるのは不本意である。

 あちらにもあちらの事情はあろう。しかし、こちらにも相応の言い分がある。急ぐことには違いないが、捨て駒のように扱われて良い気分になるような人間もいない。ならば、せめて一通りの要求は通させてもらおう。

 

「最低限の休養とD-ホイールの受領。以上の条件を呑んでいただきたい」

 

 サテライトに向かう方法は確保できた。ならば、次に必要なのは足だ。また、万全を期すために叶を休ませる必要がある。

 真にこの事態を収拾することを望むのなら、互いのためにも、この主張は通さねばならない。そのことを理解しているのだろう。数秒にも満たぬ逡巡の後、息を吐いて長官は口を開いた。

 

「……分かりました」

 

 承諾の意を得たところで、背後から鼻を鳴らすような音が聞こえた。恐らくは叶だろう。

 意訳すると、「最初からそうしていればいいのだ」といったところか。

 

「D-ホイールは既に用意してあります。出立の時間は……午前四時、シグナー諸氏と同時刻に出立していただきます」

「あいつらと……?」

 

 いいんスか? と訊ねる有我少年に、長官は不満そうに答えた。

 

「こちらとしても喜ばしいことではありません。ですが」

「………………」

「予算の問題というものもありまして」

 

 なぜ、俺はこんなにも世知辛い問題を目の前にしているのだろうか。

 輸送機をチャーターするのにはかなりの金がかかろう。バイクが二台も載るようなものなら尚更だ。

 恐らく、ではあるが、シグナーと呼ばれる彼らもD-ホイールをサテライトへ持ち込む算段なのだろう。ならば当然、二つの輸送機を用い、片方に人、片方にD-ホイールを載せて運んだ方が経済的なことは間違いない。

 前半、長官の提案していた事柄は、あくまで予算等を度外視して発言したことなのだろうが。

 

 さて、いずれにせよ、これで長官との取引は終了だ。

 あとは、行動に移すのみ――――。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 午前四時。寒風の吹きすさぶ治安維持局の屋上に、シグナーを含む七人が集っていた。

「こちら」の側に三人。叶、有我少年、そして俺。そして、「あちら」の側に四人。先頭に立つのは、以前に大会で見た男……ジャケットの意匠と特徴的な髪型から察するに、以前叶と戦った……不動遊星だろう。

 その隣に侍る女性は、記憶の限りでは……十六夜アキ、だっただろうか。フォーチュンカップ決勝で不動遊星とデュエルをしていたはずだ。

 彼らの背後に隠れるようにしてこちらの様子を窺っているのは、10歳程度の子供だ。片方は、同じくフォーチュンカップ出場者である龍可。もう一方は、容姿から察するにそのきょうだいと言ったところか。子供故の純粋さから来る本質の見極めであろう。俺の方へ向けられた視線には、恐怖や嫌悪と言ったそれが、少なからず含まれていた。

 とはいえ、そういうものだ。城戸成瀬という人間は。それが普通なのだ。人間の屑への対応など。

 

「これで、全員でしょうか」

「いや、ジャックがまだだ」

 

 俺の問いに対し、答えたのは不動遊星だった。

 至極簡潔に、もう一人がこの場所に辿り着いていないことを告げてくる。

 

「そうですか」

「ああ」

 

 ならばあとどのくらいで辿り着くことだろうか。そのように思案していると、横合いから有我少年が声を上げた。

 

「おいおいおいおいおい! 今から共闘する相手だろうが! もっとコミュニケーション取れよお前ら!!」

「共闘とは言っても」

「戦場はそれぞれ違うんじゃあないのか?」

「息合ってんなお前ら!!」

 

 足並みを合わせて共に向かうという相手ではない上に、間接的にしかサポートできないとは言っても、協力関係を築く相手だ。意思疎通に不便があっては戦線に滞りが出るだろう。その辺り、互いに理解していることは間違いないらしく、不動遊星へ視線を向けると、彼も首肯でそれに応えた。

 

「こちらは到着し次第出立いたします。そちらは如何なさいますか」

「俺たちは一度孤児院に行く。それからサテライトの奥へ向かおう」

「諒解しました」

 

 ならばやはり、俺たちが先遣隊のようなものとなるのだろう。

 彼らが後で進むのだというのなら、まずはその障害を排除するのみ。

 

「すまん、遅れたな」

 

 ほどなくして、屋上の扉を押し開いて姿を現す男がいた。

 その体躯は190センチを超える長身。金の頭髪と碧眼はその身に纏う白衣とよく調和しており、彼の持つ荘厳な、あるいは剣呑な雰囲気をより強めていた。

 その姿は、幾度となくテレビ等の画面を通して見たことがある。

 元キング、ジャック・アトラス――――。彼もまた、シグナーと呼ばれる集団のうちの一人であるということなのだろう。

 ふと、彼の視線がこちらに向けられた。途端、その瞳が驚愕に染められる。

 

「――――ッぬあああああああ!? 貴様は!!」

「は」

 

 唐突に詰め寄られる。

 彼が俺の何にそうまで反応しているのか、分からない。襟首を掴まれて前後に振られ、曖昧に一言のみを発しつつ、俺は思考する。この男と面識があるのだろうかと。

 フォーチュンカップの大会中、少なくとも彼と出会ったことは無い。その後の失脚中もそうだ。少なくとも記憶の限りでは彼と会ったことは無い。

 ならば記憶の無い間に、ジャック・アトラスと城戸成瀬は出会ったことがある、ということか。

 

「あの時の男……貴様、まさか俺たちの内に潜り込んで内部崩壊を狙って……!」

「何の話でしょうか」

 

 勝手に己の中で結論を付けられても困る。

 と、その隣に侍る女性……フォーマルなスーツを着用した、秘書のような印象を受ける女性が、彼を制止する。

 

「おやめくださいアトラス様! 恐らく、彼に当時の記憶はありません!」

「くっ……! だがな!!」

 

 未だこちらに対して敵意を抱き続け、俺の首を前後に揺らし続ける彼の手を、不動遊星が叩き落とした。

 

「落ち着け、ジャック! 彼は恐らく、ダークシグナーに操られていたんだろう。お前がデュエルに勝った以上、その精神操作は解かれてるはずだ。今までの例から見ても記憶は無い!」

「ぐ……だが、遊星!」

 

 未だ怒りを湛えたままに、ジャック・アトラスはその矛先を不動遊星へと変える。

 このままでは千日手だ。何を言ったところで彼の俺に対する疑いの視線は変わらず、言葉の一つ一つが彼の疑いを強める要素となるだろう。

 ならば一つ、疑いを持ったままでも行動できる一言を。

 

「もしも自分が疑わしいと感じるのなら」

「……何?」

「裏切るものと思うのならば、輸送機上から突き落としても構いません」

 

 殺せ、と。

 最悪の事態が起きれば、何が起きるとも知れない。街が消え去ることはまだあり得る程度。世界そのものの法則が覆って最悪。故に、たった一人の犠牲など、許容して然るべきであろう。

 叶はD-ホイールには乗れないが、俺と有我少年はそうではない。彼女をサテライト奥地へ送り届けるという役割を果たすことができれば、それでいいのだ。俺の存在はどうでもいい。腕が千切れようと頭が割れようと精神が壊れようと、最終的に目的を達することができるのならそれが最善だ。億と一など、比べるべくもない。

 正直にそれを告げると、しばしの逡巡の後に、ジャック・アトラスは手を引いた。

 

「……わけがわからん」

「単純な比較です。一人を切り捨てれば、それ以外が助かる。ならば考える必要も無いでしょう」

 

 所詮は数字だ。切り捨てるべきが何かなど、英雄足る者なら理解していることだろう。

 ――――と、そのような中で口火を切ったのは、最もこの状況に口を挟むであろうと思えない叶だった。

 

「――――いい加減にしろ、貴様ら。ナルセ、毒にも薬にもならんことを言っても詮無かろう。あとそこの元キング、疑うなら全員疑え。でなければ話にならん」

 

 結局のところ、それが正論だ。

 俺が何を言おうとも、彼らがそれに応じることは無いだろう。1を1として見る俺に対し、彼らは1を5にも10にもして見る。その価値観は永遠に揺るがないだろう。

 キング、ジャック・アトラスに関しても、真に疑うなら俺だけでなく別の人間も皆疑って然るべきなのだ。例えば完全な部外者である俺だけでなく叶と有我少年。シグナーと呼ばれる者が操られないとするなら、それ以外の者全て。

 そうと言われてしまえば、最早言葉を交わせば彼らの邪魔となるだけだ。俺は口を閉ざし、叶の言葉に対する答えとした。

 当の叶はと言えば、この場における衝突を回避できたためか、とりあえずはと言った様子で溜飲を下げた。

 しばし、場を沈黙が支配する。そうして五分ほど経った頃だろうか。上空からけたたましい音量が響いてきた。

 

「――――来たか」

 

 誰にともなく、叶が呟いた。

 行くぞ。続いて不動遊星が宣す。

 輸送機の着陸と同時に、一人、また一人と、一歩を踏み出した――――。

 

 

 

   + + +

 

 

 

 無人の廃墟の中を疾走する。

 走り続けて一時間ほど。しかし未だ、人影の一つも見えてはおらず、目標とする場所の輪郭さえ曖昧だ。自動操縦機能によってある程度のアシストを行っているとはいえ、このまま走り続けて大丈夫なのか、とも思えてくる。

 背後で俺の背にしがみつく叶は、未だ無言だ。隣で並走する有我少年にしてもそう。俺はいいにしても、普通の感性を持っているであろう彼らは、こうも静かにしていて息苦しくはならないのだろうか。雑誌や新聞では、そのような話が掲載されていたものだが。

 とはいえ、わざわざ俺から話を振るというのも無益だ。そもそも話題など無いし、適当に見繕ったとしても先の展開は容易に想像できる。

 

「ナルセ」

 

 そのような折に、ふと叶がこちらに語りかけてきた。

 何か、気にかかるようなことでもあるのだろうか。自動操縦に任せる割合を上げ、視線を僅かに背後へと傾けて彼女の言葉を待つ。

 

「正直に言うが、私はあの女が嫌いだ」

 

 そうして投げかけられたのは、ある種当然とも取れる事実だ。誇大妄想の気はあるものの、基本的に実直な性格であろう叶にとって、深宮は言うなれば水と油。それとこれとは多少違うものの、俺と有我少年の関係にも似ているだろうか。

 嫌っていても仕方がない。だがしかし、何故この場でそのような話題を出すのか。

 

「だからこそ私はな、今でもこれが罠か何かじゃあないのかと思っている」

 

 罠。

 なるほど、確かにその可能性は否定できない。深宮に対する嫌悪から来る嫌疑というのも、理解できないことではない。

 だが、そうした事柄を抜きにしても、あの情報の信憑性は高い。その根拠としては先日の試行だ。無限動力たるモーメント利用してナンバーズを使用することにより、空間の黒穴より他の空間へと接続できたという事実。それだけの材料が揃っていて、あの情報が嘘だと断定することは難しい。

 

「仮にそうだとして、深宮に何の得がある」

「……そうか、奴の目的は……そうだな、それもそうだ。いや、しかし……」

 

 問題は、俺は叶の知る深宮の目的とやらを知らないことだろう。彼女は頑としてそれを俺に語ろうとはしないし、俺も叶が黙っている限り問い詰めるつもりも無い。

 今の段階で最も厄介なのは、事態がより悪化する可能性の方だろう。「オーバーレイ(塗り替える)」というそれは、単にデュエルの際のネットワーク状況のことだけではないはずだ。シンクロモンスターの存在を塗り替える。それだけであるとは思えない。

 異世界に関連した技術。異世界へと繋がることのできるカード。それを為すエネルギー。

 あるいは。あるいは、それは――――。

 

『あー! もういいじゃねぇか、ウダウダ言ってても仕方ねえだろ!』

 

 と。そんな折に、D-ホイール備え付けの通信装置を介し、有我少年の声がこちらに届けられた。

 

「しかし」

『しかしもカカシもあるかっつーの。それで俺たちのやるべきことが変わるかよ』

 

 確かに、彼の言葉は正論であろう。

 とはいえ議論は必要だ。互いに言葉を交わし、認識を共有することで行動を円滑に進めることができるのだから。

 

『……つーか、分かってんだろうな。俺らのやること』

「ええ。ですが……」

『ですがじゃねーよ! あ、アンタよりほれ、俺の方が強いし? 時間稼ぎだってんなら、俺のが適役だろ!』

 

 強気か、あるいは傲慢とも取れるその言葉には、しかしてどこか、躊躇が見て取れた。

 確かに、有我少年は強い。少なく見積もっても俺よりは。アカモートが現れた場合に際しての対処は、俺よりも彼の方が優れているだろうことは言うまでも無いだろう。時間稼ぎとして見ても、どれだけ早くあれを撃破できるかという点を考えても、俺は他の三人と比べて二歩も三歩も劣る。

 例えば、アカモートを撃破した後、どれだけ早く合流できるかという点を考えれば、よく分かるだろうか。要は効率の問題だ。最大戦力たる叶を、最奥までどのように送り届けるか。ならば比較的筋力があり、バイクの速度に対応できる俺が、ということになる。

 しかし。この場合にもまた別な問題が発生することになる。仮に叶が敗北したときのことだ。

 俺の方が筋力があってバイクの扱いに長けるとは言っても、その差は微々たるものだ。自動操縦機能を使えばその差も幾分か縮まるし、意味が無いと言ってもいい。ならば、後詰めとして機能する有我少年の方が適役なのではないか、と提案した。しはしたのだが――――

 

 ――――嫌だ。

 

 叶のこの一言で趨勢が変わった。気付けば有我少年は強がったような言を頻発し、自分が一人の方が良いと発言し。

 まったくもってわけがわからない。状況と効率を考えれば、俺が囮となる方が余程良いのだと言うのに。

 とはいえ、この世界のことを余程知っている彼らの言だ。従うのが常道なのだろうが、しかし。

 

『またうっだうだ言うなよ。俺は、アンタのことも信用して任せてんだ。絶ッ対ェ送り届けろ!』

「信用、ですか」

 

 いつになく険しい表情でそれを語る有我少年には、決意にも似た何かが見て取れた。

 決意。恐らくは、俺を信用して運用することに対する決意なのだろう。俺には程遠い言葉であるようにも、思うのだが。

 

『ああ、信用してる――――信頼できなくても、信用はしてる』

 

 意味がよく分からない。

 信頼。確かに彼は俺に「頼る」ということはしないだろうが、一方で信用とは。

 

『アンタは手段を選ばない。だからこそ、目的を達するのに、一番……こう、何だ。なりふり構わないだろ。それに……あー、なんつーか、素直? つか、律儀だしクソ真面目だしさ。結局、アンタに頼むのが一番勝率高ぇんだよ!』

 

 多分な、と曖昧な言葉を付け加え、有我少年は通信を切断した。

 と、そのような折だった。

 

「――――来たぞ!」

 

 背後の叶が叫びを上げる。

 来た。その一言を聞くだけで、おおよそのことは理解できる。

 ミラーを覗きこみ、背後を確認する。そうして確認する先には、やはりと言うべきか。矢のように宙を駆ける銀の流星が、そこにはあった。

 ――――アカモート。

 異邦人たる俺たちを付け狙い、あるいはナンバーズを流布する機械人形。その矛先は、より人数の多い俺たちに向いている。

 

「ナルセ!」

 

 言葉と共に、有我少年へと目配せする。

 おおよそのことは理解したのだろう。何も言わずに頷くと、彼はそのままアカモートへと車体を傾け、

 

「オラァアァァァアア!!」

 

 裂帛の気合いと共に、その胴部を蹴り穿った。

 鈍い金属音が周囲に響き渡り、アカモートの動作が徐々に緩やかなものへと転じていく。いささか強引な手法と評せざるを得ないが、相手は人間ではないのだ。この程度で機能を停止することも、まして、そもそも宙に浮いている以上は転倒もすまい。そうなれば、あれはやはり有我少年を標的として定めたということなのだろう。

 

「任せます」

 

 呟いた一言は、聞こえてはいないだろう。それでもなお、何を言おうとしたかという点については認識したのか、それに応えるように、彼は片腕を大きく掲げた。

 

 

 + + +

 

 

 砂埃を巻き上げ、二つの銀色が廃墟を駆け抜ける。

 一つは丸みを帯びた流線型の、全身を銀で彩った、アカモートと呼ばれる機体。もう一つは、飾り気のない量産型のD-ホイールに搭乗した有我英人だ。

 

 ――――とりあえず、こんなとこか。

 

 多少強引な手段だとはいえ、城戸や叶からアカモートを引き離すことができた。その事実に溜飲を下げる。重要なのは、誰か一人でも奥地まで辿り着き、その上で黒幕を撃破することなのだから。

 さて、と英人はアカモートを見据える。これには、しばしの間付き合ってもらわねばならない。

 

「フィールド魔法、《スピード・ワールド》セット!」

 

 コンソールに手を伸ばし、相手――――アカモートをデュエルの対象としてロックオンする。

 そうしてボタンを押すと同時、画面に一枚のカードが躍り出た。

 フィールド魔法、《スピード・ワールド》。ライディングデュエルにおける法則を作り出すカードである。

 その法則下においては「Sp(スピードスペル)」と名のつく魔法カード以外の使用は禁じられる。正確なことを言えば「魔法カードを使用したプレイヤーは2000のライフポイントを失う」となるが、そうした制約が存在する以上はSp(スピードスペル)以外を使用する者はそういない。

 また、このフィールド魔法の影響下では、互いのプレイヤーはスタンバイフェイズごとにスピードカウンターを互いの《スピード・ワールド》へと載せていくことになる。これは主にSp(スピードスペル)を使用するために利用されることになるが、一度に受けたダメージが1000の倍数であれば、その数だけカウンターを減らされる。

 無論、Sp(スピードスペル)はスピードカウンターが溜まっていればいるほど強力なものを使用できる。自分のスピードカウンターのみが12個ある場合に使用できる《Sp(スピードスペル)-アクセル・ドロー》などがその代表例となるだろうか。

 よって、ライディングデュエルの基本はいかに相手のスピードカウンターを減らし、己のスピードカウンターを増やすか、という部分にある。

 一方で、罠カードに関しての規制は一切なされていない。スピードスペルを多用することも一つの手であり基本と言えるが、主流と言えるのは罠カードを多分に詰め込んだデッキであろう。

 

 ――――Duel Mode,on...Auto Pilot,Standby.

 

 機械音声と共に、周囲にデュエルを行うべき空間の範囲が示されていく。

 同時に、カウントダウンが画面に表示された。10カウントから一つずつ、青い円柱によって表現された秒針が減少していく。

 そうして、ゼロを示したその瞬間、英人のD-ホイールが火を噴いた。

 

「――――ライディング・デュエル、アクセラレーション!!」

 

 掛け声とともに、デュエルが始まる。自動抽選によって選ばれた先攻プレイヤーは、英人の方だった。

 

「っし……俺のターン!」

 

 左腕に装着されたデッキの押さえ(ホルダー)からカードを引き抜き、その絵柄を確認する。それと同時、英人の目が見開かれた。

 それは決して望むカードが手札に来たから、というわけではない。むしろ逆だ。

 

――――《ナイトメア・デーモンズ》……!!

 

 ここでそれかよ、などと叫びだしそうになる体を押さえつけ、英人はカードを手札に加える。

 《ナイトメア・デーモンズ》。自身のモンスターをリリースし、相手の場に3体の「ナイトメア・デーモン・トークン」を特殊召喚する罠カードだ。このトークンの攻撃寮・守備力は共に2000を誇る。破壊時に800のダメージをその時のコントローラーに与えるとは言っても、シンクロ召喚やリリース、攻撃などに関しての制約が一切無いという以上、相手に塩を送る結果になりかねない。

 無論、英人とて無意味にこのカードを投入しているわけではない。《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ワイルドジャギーマン》や、《V・HERO(ヴィジョンヒーロー) トリニティー》といった複数回攻撃を可能とするカードによって、ワンショットキルを決めることができるという利点も、また存在しているからだ。

 ただ、それはカードがある程度出揃う中盤以降でなければ意味が無い。特に1ターン目ともなると、重石がいいところであろう。

 

「……ふぅ――――」

 

 ゆっくりと息を吐きだし、心を落ち着ける。

 そも、デュエルに関してはこうしたことがつきものだ。1ターン目から望むようになるなどとおこがましい。限られた手の中でどれだけのことができるか。それもまた、デュエルの醍醐味なのだから、今更気にしても仕方がない。

 不平不満を口に出したところで仕方がない。そう結論付け、英人は再度アカモートを見据えた。

 

「《召喚僧サモンプリースト》を召喚!」

 

【 《召喚僧サモンプリースト》 攻 800 / 守 1600 】

 

 英人の場に姿を現したのは、黒い僧服に身を包んだ青白い肌の僧侶だ。

 その外見からは、おおよそ生気と呼べるようなものを感じ取ることはできない。即身仏のようにも見えるだろうか。あるいは、その能力如何によってはアンデット族だと定義されていた可能性もあるだろうか。

 

「サモンプリーストはその効果により、召喚・反転召喚に成功したときに守備表示となる。そして更に、サモンプリーストの効果発動! 手札から魔法カードを捨て、デッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する! 来い、エアーマン!」

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン》 攻 1800 / 守 300 】

 

 英人が魔法カード……《Sp(スピードスペル)-ジ・エンド・オブ・ストーム》を墓地に送ると同時、一対のファンを背負う風の戦士が姿を現した。

 E・HERO エアーマン。英人に限らず、HEROデッキを使用する者にとっては、切り込み隊長にも等しい存在である。

 

「エアーマンの効果により、ネクロダークマンを手札に加える」

 

 と、その効果によって手札に加えたのは、普段彼の多様するものとは趣の異なるカード……《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロダークマン》だった。

 ネクロダークマンには、このカードが墓地に存在するときに、レベル5以上の「E・HERO」をリリース無しで召喚できるという効果を持つ。が、ネクロダークマン自身がレベル5であるという事実や、このカードの運用に際してレベル5以上の「E・HERO」を採用する必要があるため、デッキがより「重く」なる。それを憂慮し、普段の英人はこれを採用していない。

 しかし、ライディングデュエルに際してはそういうわけにもいかないというのも事実だ。《融合》や《ミラクル・フュージョン》のカードがまともに機能せず、《Sp(スピードスペル)-スピード・フュージョン》によって代用せねばならないという関係上、融合モンスターはそう簡単には召喚できない。よって、シンクロ召喚やアドバンス召喚によってこれを補う必要が出てくる。

 更に、それらを補うはずのエクシーズ召喚についても、英人に関しては使用できない。それは今後のこと……少なくとも、シグナーの戦いの邪魔をしないというためにも、必須事項と言えた。

 もっとも、最終決戦についてはそうした配慮をしていては勝敗にかかわる。負けてしまえば元も子も無い。元凶を除くことができるのならば、一時は仕方がない――――と、少なくとも、そうしたことは三人の共通認識の中にあった。

 今回、英人が採用したのは《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エッジマン》だ。貫通効果を持ち、専用の強力な罠カードを有するという関係上、これを多用した構築を行っている。ネクロダークマンを手札に呼び込んだのは、その布石のためだった。

 

「……カードを三枚セットし、ターンエンド!」

 

 三枚の伏せカード――――うち、1枚は《ナイトメア・デーモンズ》だ。

 機械が躊躇するというようなことは無いだろうが、それでも伏せていないよりはマシであろう。

 英人は無理やりにそう結論付け、ターンの終了を宣言した。

 

『ドロー』

 

 次いで、アカモートへとターンが移り、スタンバイフェイズへとフェイズが移り変わる。と、その直前に、

 

(トラップ)発動! 《フルスロットル》! 互いのスタンバイフェイズごとに、俺のスピードカウンターを一つ増やす!」

 

 本来、スピードカウンターはスタンバイフェイズごとに一つしか載せられないものだ。しかし、永続罠である《フルスロットル》は、その数を倍に増やすことができる。

 現状の互いのスピードカウンターは2つずつ。だが、これによって英人が更に1つのスピードカウンターを追加し、一歩前に出ることとなった。

 英人はアカモートを相手にすることが初めてではない。少なくとも、これまでに二度の撃退を経験している。よって、ある程度の行動は予測できるが――――

 

(……デッキは何だ?)

 

 それ次第で、対応が変わってくる。

 英人が以前に戦ったものは、【ガエル】及び【ヴォルカニック・バーン】であった。いずれもスタンディング……通常のデュエルの形式を取っており、どちらに関しても苦戦したという覚えがある。英人のデッキが一般的なビートダウンであるのに対し、その二つがいずれもバーンやコントロールを主体にしたもの故のことであろうが。

 

『《ジュラック・ヴェロー》召喚』

 

【 《ジュラック・ヴェロー》 攻 1700 / 守 1000 】

 

 そうして場に召喚されたのは、赤褐色の頭部と、反して緑黄色の胴を持った恐竜だ。その青く染まっている両腕には、火炎が燃え盛っている。

 

――――ジュラックかよ!

 

 面倒な、と言いたげに英人は軽く舌打ちした。

 恐竜族である【ジュラック】は、その種族故にビートダウンを得意としている。が、一方でその属性は炎であり、バーンに特化したサポートを受けることもできるというデッキだ。種族特有のパワフルさで強引に押されたところに、《火霊術-「紅」》でも受けようものなら、ライフポイントは容易に尽きてしまうことだろう。

 

『二枚のカードをセット。ターンエンド』

 

 更に厄介なのは、ジュラック・ヴェローがリクルート能力……戦闘破壊された際に、デッキから更なる「ジュラック」を呼び寄せることにある。

 サモンプリーストの防御力の方が低いというのにジュラック・ヴェローが攻撃を行わなかったというのは、罠を警戒してのことか。恐らくは、効果破壊された場合のリスクを天秤にかけたのだろうが。

 どうしたもんかな、などと呟きつつ、英人はカードをドローした。

 スピードカウンターがそれぞれ、5つと3つという数字に転ずる。

 

「……うし、だったら……《トラパート》を召喚する!」

 

【 《トラパート》 攻 600 / 守 600 】

 

 D-ホイールにカードをセットし、同時に案山子にも似た異様な姿のモンスターが姿を現す。

 魔法使いか、あるいはドラキュラのコスプレと言ったところだろうか。足元のシンバルに似た台座で繋がった一対のモンスターは、少なくとも戦士族とは思えない。

 だが、現状において重要なのは、このカードがチューナーである事実それのみである。

 

「行くぞ!」

 

 言葉と共に、思い切りアクセルを踏み込む。

 

「レベル4のサモンプリーストに、レベル2のトラパートをチューニング! 来い、《マイティ・ウォリアー》!!」

 

 台座によって接続されていたトラパートが分かたれ、その肉体が二つの光の円環と化して進行方向へと展開されていく。

 その中央、勢いのままに飛び込んだサモンプリーストを円環が包み込み――――そして、一体の戦士が姿を現した。

 青を基調とした肉体に、巨大な装具を装着した屈強な戦士。力強い(マイティ)という名を忠実に体現したモンスターだ。

 

【 《マイティ・ウォリアー》 攻 2200 / 守 2000 】

 

「バトル! ブッ潰せ、マイティ・ウォリアー!」

 

 言葉と同時、マイティ・ウォリアーが宙を駆ける。

 その右腕――――機械の装具が唸りを上げ、接続部が蒸気を吹き出す。

 そして、一閃。その右拳は、寸分違わず、ジュラック・ヴェローの顔面を打ち砕いた。

 500のダメージが、アカモートに与えられる。もっとも、相手が機械である以上は何の痛痒も与えられてはいないのだろうが。

 

『ジュラック・ジェロー、効果発動』

「おっと、マイティ・ウォリアーの効果処理の方が先だ! ヴェローの攻撃力の半分のダメージを食らってもらう!」

 

 マイティ・ウォリアーの右手首が切り離(パージ)され、内部の推進装置によって前方……アカモートへと叩きつけられる。

 そのダメージは850。微々たるものではあるものの、先のダメージと併せれば、残るライフは2650である。

 

『ジュラック・ヴェローの効果を処理。《ジュラック・スタウリコ》を特殊召喚』

 

【 《ジュラック・スタウリコ》 攻 500 / 守 400 】

 

 そうして場に現れたのは、緑と青を基調とした小さな恐竜だ。その背からは三重に火炎が噴き出している。

 

(……マズいかな)

 

 ジュラック・スタウリコの能力は、戦闘破壊された場合に自分の場に「ジュラックトークン」を二体特殊召喚することだ。

 このトークンは「ジュラック」と名のついたモンスター以外のアドバンス召喚のためにリリースできないという制約があるが、逆に言えばそれだけである。例えば《ジュラック・デイノ》等の、リリースをコストとするカードの運用については何の問題も無く、シンクロ召喚に用いることもできる。更に言えば、現在のジュラック・スタウリコの表示形式は守備表示である。エアーマンで攻撃することも考えられるが、それではむざむざ相手にモンスターを与えただけになってしまう。

 また、手札に《ジュラック・ヘレラ》が存在していれば、守備表示の「ジュラック」を破壊したという条件を満たし、特殊召喚されてしまう可能性がある。である以上は、何もしないというのが得策ではないか、と英人は考えた。

 

「――――ターンエンド!」

 

 アカモートへターンが移り変わり、互いのスピードカウンターが増加する。

 これで、英人は7つ。アカモートは4つとなり、Sp(スピードスペル)を利用する、最低限の環境が作られたと言ってもいい。

 

『ドロー』

 

 とはいえ、使ってくるかという点については疑問が残る。

 例えば《強欲な壺》と同じだけのアドバンテージを得られる《Sp(スピードスペル)-アクセル・ドロー》や《Sp(スピードスペル)-シフト・ダウン》は、多くのスピードカウンターがあってこそのものである。Sp(スピードスペル)の多くがスピードカウンターを使用するという以上、使用には注意を払うのが普通であるはずだ。

 そして、警戒すべきはそれだけではなく――――

 

『ジュラック・スタウリコをリリース。《ジュラック・ヘレラ》を召喚』

 

【 《ジュラック・ヘレラ》 攻 2300 / 守 1500 】

 

 案の定、と言うべきか。ジュラック・スタウリコがリリースされ、ジュラック・ヘレラが姿を現す。

 緑の外皮に黄色の甲殻。その背には二門の大型の砲門が覗く。

 攻撃力は2300。マイティ・ウォリアーよりも100上回る。

 

『ジュラック・ヘレラ、攻撃(アタック)

 

 そして、言葉と同時に火炎が放たれた。

 

「ぐっ……!」

 

 マイティ・ウォリアーの機械部分が高熱により溶解し、周囲に飛散した火炎が英人を襲う。

 アカモートとのデュエルの際に最も警戒すべきは、この疑似感覚の増加だ。仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)を増幅し、対戦相手へ疑似的な苦痛を与える。そこに傷が残らないのが唯一の救いと言えようが、だからと言って我慢できるほどのものだとは言えまい。事実として、100という程度のそれでさえ、英人は苦痛を禁じえなかった。

 

『ターンエンド』

「俺のターン!」

 

 振り払うように、大仰な動作でカードを引き抜く。と、英人は己のスピードカウンターが9を指していることに気付いた。

 ならば、今引いたこのカードも活用できる。

 

「《Sp(スピードスペル)-シフト・ダウン》発動! スピードカウンターを6つ取り除き、カードを2枚ドローする!」

 

 そのカードは、《強欲な壺》と似た効果を持っていた。

 単純に手札が一枚増えるという不条理――――故に、そこには厳しい発動条件が付与されている。

 スピードカウンターは、Sp(スピードスペル)を使用するための指標のようなものだ。数があればあるほど良く、ダメージを受けた場合に減少するという特性を考えれば、優位に立っている人間ほど多くを残すものだ。その多くを取り除くことによって発動するこのカードは、言うなれば「詰め」のためのカードと言える。

 そうして二枚のカードを引き抜き、目に入ったのは、英人の待ち望んでいた一枚のカードだ。

 

「――――《Sp(スピードスペル)-スピード・フュージョン》発動!」

 

 知らず、D-ホイールの速度が上がる。

 選択するのは、手札のネクロダークマン。そして、場に存在するエアーマン。

 

「俺は二体の『HERO』を融合する! そして現れろ、《V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション》!」

 

 瞬間、場に一陣の風が舞い、幾枚もの黒い布を運び出す。

 そして、その内よりそれらを引き裂くようにして、黒衣のHEROが現れる。

 

【 《V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション》 攻 2800 / 守 2100 】

 

「更に、《リビングデッドの呼び声》を発動! 戻って来い、エアーマン!」

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン》 攻 1800 / 守 300 】

 

 風と共に地を裂き、再度、エアーマンが場に姿を現す。

 

「エアーマンの効果により、俺はデッキからエッジマンを手札に加える」

 

 直後、エアーマンの背のファンが高速で回転を始め、風と共に英人へとカードをもたらす。

 エッジマンは、言うなれば後詰めだ。この状況では出す必要は無く、今のままでも止めを刺すには十分である。

 問題は、背後の罠カードだが。

 

「……ま、なったらなっただ。アドレイションの効果発動! 俺の場のアドレイション以外のHERO1体の攻撃力分、相手のモンスターの攻撃力を下げる!」

 

 その言葉と共に、アドレイションの肉体を覆う黒色の布が、ジュラック・ヘレラに絡みつく。

 何らかの魔術的な効果でもあるのだろうか。見る間にジュラック・ヘレラの筋肉が弛緩してゆき、見る間にその力が奪われていく。

 

「さ、こいつで終われよ! アドレイションでヘレラを攻撃! アンビション――――」

(トラップ)発動。《火霊術-「紅」》。ジュラック・ヘレラをリリース』

「な……!?」

 

 ヘレラがその身を火炎に転じる。と同時、英人の目が、驚愕に見開かれる。

 火霊術-「紅」。炎属性を相手取る場合、最も警戒しなければならないカードとしても挙げられるカードだ。

 リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを与える。単純であるが故に、高攻撃力のモンスターを利用した場合の火力は計り知れない。

 

「ぐっ、う、ぐああああああぁぁ!!」

 

 そうして、英人の身に耐えがたい苦痛が襲う。

 同時、スピードカウンターが二つ減少した。

 皮が、肉が、徐々に焼け、爛れていく感覚。錯覚、あるいは幻覚だと理解していても、それは脳内に直接叩きつけられるに近い。だからこそ、より鮮明に痛みを感じてしまう。

 ハンドルを離して落ちてしまえば楽になるだろうか。このままサレンダーしてしまえばいいだろうか。

 いつになく弱気な思考だった。しかし、これほどの痛みに襲われたなら、誰であろうとそうなる。

 だが――――

 

「――――ざっけんなよ、俺」

 

 歯を食いしばり、自分自身に言い聞かせる。

 

「それでいいのかよ……!」

 

 いいはずがないだろう。

 そうして敗北した先に、何がある?

 有我英人が敗北したその時、この機械は城戸成瀬を、真岡叶を襲いに行くことだろう。それは間違いない。そうすれば彼らに余計な手間をかけ、時間をかけさせることになってしまう。結果的に世界に危機を招くことになる可能性が表出し……ああ、なるほど。その原因の一端を担うのは誰あろう、有我英人じゃあないか。

 それを理解している。故に、折れられない。

 

――――まだだ。

 

 そして、大口を叩いた以上は負けられない。

 それが、有我英人の矜持だ。

 

(トラップ)カード発動。《化石発掘》。《ジュラック・スタウリコ》を特殊召喚』

 

【 《ジュラック・スタウリコ》 攻 500 / 守 400 】

 

 それを意に介すことなく、アカモートは行動を続ける。

 手札を一枚捨て、《化石発掘》が発動される。《リビングデッドの呼び声》と違い、このカードによる特殊召喚では表示形式を問わない。ゆえ、ジュラック・スタウリコは守備表示で召喚される。

 その狙いは明白だ。今しがた墓地に送ったジュラック・ヘレラ……その再度の特殊召喚と、ジュラックトークンの展開だろう。

 なら。

 

「狙い通りにしてやるよ……! アドレイション、攻撃続行!」

 

 指示と共に、アドレイションの黒衣が伸び、ジュラック・スタウリコへと絡みつく。

 先の力を奪うという程度のものではない。純粋に力の込められたそれは、容易にスタウリコを絞殺せしめた。

 

『ジュラック・スタウリコ。効果発動。ジュラック・ヘレラ。チェーン発動』

 

 それと同時、絞殺されたはずのジュラック・スタウリコの肉体から吹き出した火炎が、恐竜と思しき形態をとる。

 更に、地を割るようにして、ジュラック・ヘレラが再度、場に現れる。その表情は、この状況を見越していたかのようにどこか得意げだ。

 

【 《ジュラック・ヘレラ》 攻 2300 / 守 1500 】

【 《ジュラックトークン》 攻 0 / 守 0 】

【 《ジュラックトークン》 攻 0 / 守 0 】

 

「知るかよ……! エアーマンでジュラックトークンを攻撃!」

 

 直後、エアーマンの持つファンより発生した突風が、火炎を掻き消していく。

 これで相手に残るモンスターは二体。最上級モンスターを呼び込む手だてが残ってしまった。

 しかし、それでも。勝ち目が無くなったわけではない。

 

「カードをセットし……ターンエンド」

『ドロー。二体のモンスターをリリース。《ジュラック・タイタン》を召喚』

 

 直後、地の底から響き渡るような声が、周囲にこだました。

 地面が割れ、紅蓮に染まった腕が這い出す。そして、頭が。胴が。もう一方の腕が外界へと這い出し――――そのモンスターが、全貌を見せた。

 

【 《ジュラック・タイタン》 攻 3000 / 守 2800 】

 

 巨人(タイタン)

 その名に恥じぬほどの巨体を誇るそのカードは、恐らくはアカモートにとっての切り札とも言うべきカードであろう。

 英人を威嚇するように、全身から火炎が吹き出す。

 ジュラック・タイタンの持つ能力は、他のジュラックと比べても破格と言って差し支えない。エンドフェイズまでとはいえ、攻撃力を1000アップさせる効果や、効果モンスターと罠の効果対象にならない効果。既に優位に立つ場合にも、あるいは逆転の狼煙としても運用できるモンスター。少なくとも、英人はそう認識していた。

 そして。

 

――――まずい……!

 

 攻撃力を上昇させた上でエアーマンを狙われれば、英人は敗北する。

 一方、この状況で逃げ切ることのできるカードがあるかという問題に直面すると、うまく答えが出せずに――――

 

(……待て)

 

 ある(・・)。一枚だけ、確かにある。

 それは。

 

『ジュラック・タイタン。効果発動』

 

 地面の裂け目に、ジュラック・ヴェローが呑み込まれていく。

 それに伴い、ジュラック・タイタンの全身から吹き出す火炎が勢いを増した。

 

『ジュラック・タイタン。攻撃(アタック)

 

 当然、その矛先が向かうのはエアーマンだ。

 英人も、それは理解している。理解しているからこそ――――

 

(トラップ)発動! 《ナイトメア・デーモンズ》! エアーマンをリリースして、テメェの場に3体のトークンを特殊召喚する!」

 

【 《ナイトメア・デーモン・トークン》 攻 2000 / 守 2000 】

【 《ナイトメア・デーモン・トークン》 攻 2000 / 守 2000 】

【 《ナイトメア・デーモン・トークン》 攻 2000 / 守 2000 】

 

 突如として、エアーマンが姿を消した。

 代わりに、アカモートの場に3体の黒い小悪魔が現れる。

 元はコンボのために投入していたこのカードだが、まったくの無関係なところで役に立つとは、と、英人は溜飲を下げた。

 だが、攻撃は止まらない。その攻撃の矛先は、無防備に立ち尽くすアドレイションへと向く。

 轟音と共に、アドレイションへとジュラック・タイタンの拳が突き立てられる。

 無論、そのダメージは半端なものではない。両者の差分の1200が英人のライフから取り除かれ、彼の全身に激痛が襲う。

 

「ぐっ、ぎィ……!」

 

 今回のそれは、言ってしまえば単なる衝撃に過ぎない。先の焦熱と比べれば、まだ耐性はある。

 しかし、それでも声が漏れ出る。当然だ。先の半分程度の痛みとは言っても、それが痛みである事実は変わらない。そして何より、より直接的な種類のそれなのだ。声が漏れたとしても、仕方のないことだと、英人は無理やりにでも結論付けた。

 見れば、英人のスピードカウンターは2つに減じていた。

 

『ナイトメア・デーモンズ・トークン。攻撃(アタック)

 

 その特性上、ナイトメア・デーモンズ・トークンは攻撃表示で特殊召喚されるものだ。

 当然、バトルフェイズに特殊召喚されたなら、攻撃の権利を持ったままにこちらに牙を剥く可能性がある。

 

「さ、せッかよォ!! 《奇跡の残照》、発動! このターン、戦闘破壊されたアドレイションを墓地から特殊召喚する!」

 

【 《V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション》 攻 2800 / 守 2100 】

 

 フィールドに舞う、僅かな黒衣の破片。彼方の闇に呑まれるように、それらが消え――――そして、再度、アドレイションがその姿を現した。

 ナイトメア・デーモンズ・トークンの攻撃力は2000。2800の攻撃力を持つアドレイションに対しては、無力と言わざるを得ない。

 それを理解しているからだろう。アカモートは攻撃を中止し、メインフェイズ2へと移行した。

 

『《Sp(スピードスペル)-ハイスピード・クラッシュ》を発動。化石発掘及びV・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション破壊』

 

 ダメ押しのように、アカモートの手札から魔法が使用される。

 Sp(スピードスペル)-ハイスピード・クラッシュ。スピードカウンターが二つ以上存在するとき、互いのフィールド上のカード1枚ずつを破壊する魔法だ。

 化石発掘に限らず、リビングデッドの呼び声と言った蘇生カードは、蘇生したモンスターを破壊せずに墓地に送った場合に場に残ることが往々にしてある。今回も、そのようにして化石発掘のカードのみが残っていたために、有効活用したと見ていいだろう。

 速度に巻き込まれるような形で、アドレイションの姿が掻き消える。元よりああして残っていたのが儲けものと言っても良いのだ。すまん、と口の中に吐き出し、英人はまっすぐにアカモートを見据えた。

 

『ターンエンド』

 

 宣言と共に、英人へターンが移る。

 スピードカウンターは、4。これを有効活用する術は――――無いわけでは、ない。

 それでも、デッキに残るカードの中で、それだけを引き当てる確率は低い。場合によっては、この場を凌ぐことはできなくもないかもしれないにせよ、このターンで確実に勝利できなければ、次は無いはずだ。

 ナイトメア・デーモンズは確かに英人を救いはしたものの、一方で相手に塩を送る結果にもなっている。厄介なカードだ、と英人は嘆息した。

 だが、それでも。

 

「俺の……ターンッ!!」

 

 それでも、勝つ。

 それが、大口を叩いたことに対する責任だ。

 

「――――――――」

 

 そうして、引いたカードは。

 

「……《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エッジマン》を召喚!」

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エッジマン》 攻 2600 / 守 1800 】

 

 場に現れるのは、両の腕に刃を持つ鈍色のHERO。

 その姿は、いつになく闘志に震えているようにさえ見えた。

 

「バトル! エッジマンで、ナイトメア・デーモンズ・トークンを攻撃ッ!!」

 

 その光景を見る者がいたなら、無謀だと評するに違いない。事実、それは本来無謀だった。ただ漠然と攻撃を行い、ダメージを与えるだけ……それだけだったならば。

 

「最後だ……! 《Sp(スピードスペル)-パワー・バトン》!! デッキからもう一枚のエッジマンを墓地へ送り、攻撃力をその半分――――1300アップさせる!」

 

 そのダメージステップに、突如、エッジマンの刃が輝きを増す。

 パワー・バトン。その効果は、デッキからモンスター1体を墓地に送ることで、ダメージステップ終了時まで、墓地へ送ったモンスターの攻撃力の半分、選択したモンスターの攻撃力を上昇させることだ。

 ナイトメア・デーモンズ・トークンには、破壊時にコントローラーへ800のダメージを与える効果を持つ。

 アカモートに残るライフポイントは、2650。よって、本質的に英人が削り取るべきは、1850だ。

 そこに――――到達した。

 

――――さあ。幕引きだ。

 

 踊る小悪魔を引き裂き、その刃が銀のヒトガタへと迫りゆく。

 

「俺の――――勝ちだアアアァァァァッ!!」

 

 絶叫と共に、刃が振り抜かれる。

 そして――――DEFEATの文字と共に、アカモートは、徐々にそのスピードを下げていった。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 機能を停止したアカモートの眼前、廃墟の中で、英人は立っていた。

 ナンバーズの受領、それを完遂し、少なくともこのアカモートについて、自爆を敢行させることで戦力を削ぐためである。

 数秒程度だろうか。その場で待機していると、排出口から1枚のカードが吐き出された。

 

「……………………」

 

 どこか、以前――――元の世界にいた時のことを思い出す。

 デュエルターミナル、という筐体があった。100円を投入することでスピードデュエルやミニゲームがプレイでき、その際にカードが貰えるという仕組みのものだ。時にカードだけを狙っている人間もいるが、英人はミニゲームも楽しむ方であった。

 それとこれとは趣は違うものの、やはり、カードを入手するときの緊張感や高揚というものは、無いわけではない。

 今回にしても、そうだった。無論、状況にそぐわないことは理解しているが。

 これまでに入手したものが問題なのだ。《No.(ナンバーズ)19 フリーザードン》。《No.(ナンバーズ)56 ゴールドラット》。カードを貶すつもりは無いが、これらのカードを入れる余裕は、正直なところ、英人には無い。そも、ランク1にせよランク5にせよ、入れたところでそもそもレベル5やレベル1のモンスターが並ぶことは少ないのだ。

 最も英人のデッキに適したランクはと言えば、ランク4か7、8と言ったところであろうか。

 ランク4はHEROにもH・Cにも多く、いずれも上手い具合に噛み合った活躍を見せる。ランク7や8は使いどころが難しいが強力なもので、融合モンスター同士をオーバーレイすることで召喚が可能となる可能性がある。

 戦術が増えることは良い。もっとも、やはり現状で期待するべきではないだろうが、と英人は複雑な表情を浮かべた。

 裏返しになったカードを、そのまま表に向ける。

 と、そこに表記されていたものは。

 

No.(ナンバーズ)25 重装光学撮影機(フルメタルフォトグライド)フォーカス・フォース》。

 

 膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 






6/20 デュエル内容の一部を修正


今回使用したSp及びライディングデュエル専用罠の一覧です。なお、名前のみ登場したものについては掲載しておりません。
全て効果はWCS2011準拠としております。

《フルスロットル》
永続罠
お互いのスタンバイフェイズ毎に自分のスピードカウンターを1つ増やす。

《Sp-シフト・ダウン》
通常魔法
自分のスピードカウンターを6つ取り除いて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

《Sp-ハイスピード・クラッシュ》
通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上存在する場合に発動することができる。
自分フィールド上に存在するカード1枚とフィールド上に存在するカード1枚を破壊する。

《Sp-パワー・バトン》
速攻魔法
自分のスピードカウンターが3つ以上存在する場合、ダメージステップ時に発動する事ができる。
デッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
自分フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力は、ダメージステップ終了時までこのカードの効果で墓地へ送ったモンスター1体の攻撃力の半分の数値分アップする。
次の自分のターン自分はカードをドローすることができない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。