決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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15.闇(darkness)

 時に。

 人間には「触れられたくないもの」と呼ぶべきものが、往々にして一つや二つ、存在しているものだ。それは例えば、俺にとっての過去であり、あるいは叶が語ろうとしない己自身のことであるように思う。

 そうした触れられたくない部分というのは、時に「傷」であるとか、あるいは心の中の「闇」であるとして語られることが多い。

 どちらかと言えば、そうしたものは「傷」であると喩えた方が良いだろうか。触れられれば痛む。処置を施さずに放置していると、膿んで腐る。痛みを感じる基準がそれぞれの人間によって違うという部分を鑑みれば、そういった部分もあながち間違いではないようにも思う。

 

 では、俺の持つ傷とは、どの程度の痛みを伴うものなのだろうか。

 分からない。

 

「叶」

 

 それ故にかどうかは、よく分からない。

 だが俺は、知らぬ間にも叶に語りかけていた。

 

「何だ?」

 

 物珍しげに、こちらに顔を向ける叶。その表情は、いつになく不安げだ。これから向かう場所のことを考えているのだろう。不安に思っても仕方がない。実際のところ、それが自然なのだ。

 では、俺はいかがなものだろうか。僅かにでも、恐怖を感じているだろうか。

 

「……何でもない」

 

 思わず、否定の言葉を吐きかける。

 そうか、と優しく言葉を置いて、叶は口を噤んだ。

 結局、俺は何も言えず終いだ。

 理性では、言っても構わないものであると理解している。そも、彼女は俺の過去など、気にも留めないことだろう。いつもの調子で俺と向かい合い、そうしていつものように振る舞うに違いない。

 傷は、思った以上に深いということなのだろうか。あるいは、それを語ることによって起こりうる何らかの不都合を、俺は懸念しているのか。だとして、それは何なのだろう。単純にこれからのことについて、叶に不安を与えないためのもの。あるいは、もっと別な……叶に嫌われるという可能性でも、考えているとでもいうのだろうか。

 だとしても、そのようなことで躊躇するものか。彼女に嫌われるとして、それによって生じる不都合は、何があっただろう。

 この世界のことが上手く理解できなくなる。ああ、それは確かな不都合だ。では、それ以外には。

 実際のところ、考えてみたとしても何か思い浮かぶというものは少ない。

 それとも、何か他に理由でもあると言うのだろうか。俺自身が、自覚できていないだけで。

 

 ――――だが、それがどうした。

 

 そのような思考(モノ)は不要だ。

 そのような感情(モノ)は無意味だ。

 目的を達するためには、不確定要素など介在しているべきではない。俺は捨て駒以上の存在にはなりえない。故に、俺はなすべきことを為すだけだ。それ以外の思考の一切を、この場で切り捨てよう。

 

 叶を、最深部まで送り届ける。それだけが――――俺の、役割だ。俺の、目的だ。

 俺の、全てだ。

 

 

 + + +

 

 

 

 深宮からもたらされ、分析したデータを手掛かりに走り続けること二時間と少し。到達したその場所は、廃墟とも呼ぶべき荒れ果てた場所だった。

 MIDS管轄の旧モーメント研究施設。この最奥には「Uru」と名付けられた巨大なモーメント――――かつてゼロ・リバースと呼ばれた未曽有の大災害を引き起こす要因となったそれが鎮座していると言う。

 外観だけを見れば、そう巨大な建築物であるわけではない。幅広であるという程度で、高層ビル……例えばアルカディア・ムーブメント社のそれらと比べてみれば、小さめな印象がある。ただ、それはあくまでも見せかけなのだろう。

 モーメントはデュエルディスクに装着されているだけの大きさでも、ある程度はその力を発揮するものだ。しかし、街一つ……どころか、エネルギー輸出まで行うだけの莫大なエネルギーを生成するものとなると、当然ながら相応に巨大な施設が必要だ。

 そうなると、上ではなく、下。地下に向かって構築されているものと見るのが自然だろう。

 恐らくは、核実験と似たようなものだ。当時のことを考えれば、モーメントは未知のエネルギー源だと言える。無論、そこには幾多もの危険性が孕んでおり、当然ながら研究は慎重に行われなければならなかったはずだ。となると、被害の規模を抑えるためには地下に施設を作っていた方が良いのだろう。

 出入り口であろう巨大な機械扉に近づいていく。

 その周辺の壁面は所々に亀裂が走っており、地面に近しい部分は苔むしている。幾重に絡みつく蔦は、放置されていた時間を示すものか。

 どこか怯えたような様子の叶を先導するように前に出る。

 元よりこの建築物は老朽化が進んでいるようだ。いつ、どのようなタイミングでどこが崩れるか、分かったものではない。最悪の場合というものは、常に頭の中に入れておく必要がある。

 出入り口と言えるのは、正面玄関の自動ドアと、裏口に存在するという、鋼鉄の機械扉の二つであろう。いずれも電気が通っているかどうかが、侵入に際して肝要となろう。最悪の場合、自動ドアに関しては手で押し開くか強引にでも割り開けばいいが、機械扉に関しては無理が伴う。鋼鉄の、それも数十センチはあろうかという厚さの扉だ。壊すにしても開くにしても、俺一人の手では難しい。

 

「電気なら通っているぞ」

 

 と、目線の移動などからそれらを察したのだろうか。叶は俺の懸念を見事に言い当て、結論を言ってのけた。

 

「何故だ」

「旧モーメントは、まだ動いている。ならば電気くらい通っているし……」

 

 何より。

 

「ここはダークシグナーの拠点だ……と、思う。奴らは死者だが、だからと言って一切エネルギーを使わないわけがないだろう。何より、ここもいずれは戦場になる。不動遊星という主賓を招き入れねばならないというのに、完全に閉鎖されていては、どうしようもあるまい」

 

 淀みなく語る叶の表情は、恐らくはこの世界の知識に裏付けされたのであろう確信に満ちていた。

 俺としても、それを否定するつもりはない。彼女の論は理にかなっている。

 

「……ならば、裏口から行こう」

「裏口? 表の方が近いではないか」

 

 確かに、距離だけを考えれば表側出入口の方が近い。

 来客者用の出入り口であろうそこは、比較的経年劣化やひび割れ等も無く、安定していて割合安全であるようにも思える。

 

「裏口は、恐らく研究員用の入り口だ」

 

 俺たちの目的は、旧モーメントの制御用量子コンピュータの破壊、もしくはその停止だ。

 どちらの方がそれにより近いのか、それを考えれば、自ずと結論は導かれる。

 あくまで希望的観測でしかないが、管制室や中央管理室等、然るべき部屋に行けばこの建築物の見取り図もあるはずだ。最悪、埋め込み式の館内の案内板でもあれば、通りがかりに記憶できる。

 

「行くぞ」

 

 思案している暇は無い。

 選択肢にしても、進むより他に無い。

 

 建物の外周を歩いてしばらく行くと、巨大な機械扉が目についた。どうやらこれが「裏口」であるらしい。

 見れば、指紋の読み取り機と思しき機械が屹立していた。

 あれをどうにかすれば、この扉も開くのであろうが……。

 

「どうするのだ?」

 

 まずは試行だ。その後に別の手段を試す。最終手段としては破壊、だろうか。

 ともかく、掌を機械にかざす。と、その瞬間、そうなることが当然であるかのように、扉が開いた。

 

「……開いた、な」

「う、うむ」

 

 おもいがけずあっさりと開いたそれに面食らったように、叶はしばし、眼をしばたたかせた。

 先に叶の言っていたことを考えれば、ダークシグナーにとってはこの扉が開かないことが不都合であるということであろうか。入力されたデータを書き換えればいいだけとも考えられるが、データを消去してしまうか、あるいはそもそもこのデバイスを破壊してしまった方が都合が良かったのだろうか。

 恐らく、データの書き換えができなかったか、あるいは消去する以外の方法が無かったかのいずれかであろう。

 もしくは、何者か……例えば、深宮が先にこのデータを破壊しておいたのか。

 あるいはまったく別の人間、例えば長官やその手の者が先手を打ったとするなら……。

 しかし、考えても詮無い事だ。進むしかないことに変わりは無い。

 

 しばし、リノリウムの床を踏みしめながら進んでいく。

 経年劣化のせいか、そこには無数の亀裂が見られ、歩を進めるたびに亀裂が広がっていく。また、それに伴い、薄く硬い、皮膜状の物質を踏みつけているような音が周囲に響いた。

 十分ほど歩いた頃だろうか。道の半ばにエレベーターがあることに気付いた。

 その隣にあるのは案内板であろうか。この階の詳細な図面と、各階に存在しているのであろう施設の概要が記載されていた。

 モーメントそのものは地下12階。統制コンピュータの場所は、地下13階。地下十階以下は階段でしか移動できないようだが、ともかくそうなれば、まずは10階まで降る必要があるだろう。

 エレベーターのボタンを押し、到着を待つ。

 一分と待つことも無かったろうか。到着を示すベルが鳴り響き、扉が開いた。

 先んじて、俺が老朽化したエレベーターに乗り込み、安全を確認する。どうやら老朽化してはいるようだが、ワイヤーが断線していたりということは無いようだ。ならば、このまま向かっても構うまい。

 

「……行けるのか?」

 

 問いに首肯し、叶を待つ。

 恐る恐る、といった趣ではあるが、しばし経ってようやく、彼女もエレベーターに乗り込んできた。しきりに周囲を気にしているのは、外装が剥げ落ちたりしている点が気になっているのだろうか。あるいは単に、このまま落下してしまわないかを心配しているだけなのかもしれない。

 ボタンを押し、地下10階を目指す。

 元の世界と比べ、やはり技術水準は高いのだろう。見る間に、現在の階を示すランプが目的地へ移行していく。

 しばし、互いに語ることも無く立ち尽くしていると、先程と同じような所要時間で、エレベーターは地下十階へと到達した。

 開いた扉の先は薄暗く、しかし、非常灯の明かりがあるおかげで、かろうじて足元が見えるという程度の明度は確保されていた。

 外へ向かって一歩を踏み出す。やはりと言うべきか、よく周辺を見渡してみれば、案内板も近辺に存在していた。左の方向に見えるのは非常階段だろうか。このまま降って行けば、いずれは制御コンピュータの場所へも到達するだろう。

 ちらと見えた案内板の情報を脳内に刻み込み、叶を招きよせる。

 

「おい、案内板はいいのか?」

「記憶した」

 

 問いかける叶に返答する。

 と、薄闇の中に見えた叶の表情は、呆れたような、あるいは何とも言えないような微妙なものだった。

 

「……相変わらずムチャクチャだな、その記憶力は。いつからだ、それは?」

 

「いつ」。

 彼女にとっては何気無い質問だったのだろう。実際、俺も言われてみるまで、気付かなかったことだ。

 そういえば、俺はいつから、このような記憶力を発揮していたのだろう。

 考えても見れば、これは異常だ。直感像記憶能力……一般的に言われる、絶対記憶というものを有しているというわけでもなく、また、天才(サヴァン)症候群として生まれたわけでもない。少なくとも、母が死ぬより以前は、極めて普通の小学生として生きていたはずだ。

 では、そうなった契機は。理由は。

――――「今」の俺を形作る要素とは。

 

「分からない」

 

 結局のところ、俺が口に出せたのはその一言だけだった。

 分からない。それ自体も正確ではない。

 確信にも満たない疑惑とも呼ぶべき「何か」は、未だ胸の中で燻っている。もしかすると。あるいは。それこそが、今の俺を形作るものであるのでは、と。

 しかし、それを言葉にすることはできない。したとして、まずそれを信じるのか、どうか。

 

「……そうか」

 

 半ば、その返答は予想していたのだろう。と言うよりも、そもそも彼女にとっては些細な質問だったのだから、この反応はある意味当然だ。

 それでも、過去を思い返し、疑問が表出した今現在。その問いは俺の中に僅かな翳りを残すこととなった。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 地下十二階。モーメントそのものではなく、その制御コンピュータを目指す俺たちにとって、この場所は単なる通過点に過ぎない。

 それでもこの場所を訪れた理由を説明するとすれば、行動の必要性故と言うのが正しいのだろうか。

 非常階段をそのまま降れば、確かに地下十三階へ向かうことは可能だ。

 しかし、いざ地下十三階へ降りてみると、そこには厳重に施錠された防火扉が待ち受けていた。過去、何らかの要因で閉じることになったのだろうが、こじ開けるにしてもかなりの労力が必要になるだろう。よって、今は別の場所に存在する階段を探している。

 この場所が巨大な施設である関係上、階段が一か所にしか無いということはありえない。見取り図を確認する限りでは、東西南北の各所に階段は存在しているらしい。よって、まずは直近、東側に存在する階段を捜索している最中なのだが、

 

「……ここは……」

 

 老朽化した机と、乱雑に並べられた5つの椅子。薄闇の中で淡く輝く、現実的とは言えない色彩の燐光。

 果たして、この場所は何なのか。叶は何かを知っているようだが、俺にはいまいち分からない。

 

「何か知っているのか」

「私の記憶が確かならば、ここはダークシグナーの集会場所、だったはずだ。それに、確か……」

 

 厳しい表情で、記憶を辿って行く叶。何も理解できていない俺が、それに声をかけることははばかられる。

 

――――そうした一方で、俺「以外の」人間は、彼女に声をかけることに躊躇はしない。

 

「何をしている、お前たち」

 

 唐突に掛けられた声に、振り向く。

 そこにいたのは、一人の大男だ。光源が頼り無いこともあって視認しづらいが、浅黒い肌に、短めの白髪。そして、鍛え抜かれた肉体に、顔面に刻まれたマーカーにも似た刻印。これまでに見た誰とも雰囲気の異なる……言うなれば、死臭を漂わす男。

 叶は彼が何者かを知っているのだろう。男が現れたその瞬間、その表情が強張った。

 

「ルドガー……!」

 

 知ってか知らずか、叶がその名を呟く。

 この男が何者か……少し考えれば分かることだが、恐らくは彼が、不動遊星たちの大敵……ダークシグナーと呼ばれる者なのだろう。

 この場で何が起きるか、それは俺にも分からない。叶に何かあってもことだ。彼女を一歩下がらせ、前に出る。

 

「名乗った覚えは無いのだがな。シグナーですらない者が、一体何の用だ」

 

 と、その視線が叶から俺に向かい……直後、その口元が歪んだ。

 笑み。

 何故、俺を見て笑むのか。俺は、何かこの男と関係でもあるのか。

 

「いや、待て。そこの男……ふ、ふふはははは! 成程、これも一つの巡り合わせか!」

 

 突然笑いだしたそれに対し、叶は怯えたような表情を向ける。

 一方で、俺の脳内では無数の情報が駆け巡っていた。事前に入手していた情報。不動遊星やジャック・アトラスの会話。この男がダークシグナーである事実。様々な要素が重なりあい、結びつく。

 不動遊星は、俺が「ダークシグナーに操られていた」と語っていた。更に、ジャック・アトラスの言う「あの時の男」。俺の記憶の途切れ。そうした要素から出される結論は。

 

「そういうことか」

「な、何が分かったのだナルセ!?」

「……記憶の途切れていた時期。不動遊星と、ジャック・アトラスの言。それらを統合して考えれば……」

 

 それは、この男が――――

 

「――――そう。その体を使い、ジャック・アトラスを襲撃させてもらったのだよ」

 

 男……ルドガーは、思った以上にあっさりと、真実を口にした。

 なるほど。あの時の記憶の途切れは、ルドガーに精神操作を受けていたためか。

 その理由……というよりも方法については定かでないが、しかし、真実であろうことには変わりない。

 見れば、叶は敵意を込めた視線を、ルドガーへと送っていた。

 

「なるほど、貴様か。だが、今は!」

「余計に逃せぬよ。その意図が何であれ、我らの聖戦を穢すことは許されん。この場で散ってもらう!」

 

 やはり、逃がしてくれる理屈は無いらしい。

 言葉と共に、周囲に広がっていく紫の火炎。これは、アカモートの発する光の壁と同様のものであろうか。ならば、

 

「わぶっ!?」

 

 叶を抱え上げ、未だ発生の追い付いていない部分に向かって放り投げる。

 以前、アカモートとのデュエルの際には、これで外部に到達できたはずだ。

 

「先に行け」

 

 結局のところ、この場ではやはり、叶が先に地下13階へ向かうのが最適であろう。故に、そのように語りかけたのだが、

 

「おいバカこのバカ! あの短時間で私があんな複雑な見取り図を覚えられるわけがあるか! というかあれで覚えられるのはお前くらいのものだこの戯け!」

 

 ……至極現実的な理由により、その案は却下となった。

 なるほど、叶はあれでは覚えきれないのか。今後は気を付けるとしよう。

 

「というかナルセ。お前が負ければ、次は私が追われるようになる。それを考えれば、今この場でこいつを降し、説得したうえで向かった方が確実だ。何より、私がいないでその男に勝てると思うのか」

「……諒解した」

 

 確かに、彼女の言うことにはいちいち筋が通っている。俺が弱いというのは知っての通りであるし、今更それを否定する気は無い。言葉と姿勢で肯定の意を示し、俺は、腰元のホルスターからデッキを抜き取った。

 

「話は終わったかね? では、デュエルと行こうか」

 

 どうやら、この男は存外律儀に待ってくれていたようだ。

 感謝、するほどのことも無いだろうが、それがデュエリストの礼儀というものなのだろう。彼の言葉に首肯し、向き直る。

 デュエルディスクが展開し、発せられるのは開始の一言。

 

「デュエル!」

 

 言葉と共に、互いのデュエルディスクが操作窓(ホロ・ウィンドウ)を展開、情報を映し出す。

 どうやら、今回はルドガーが先攻のようだった。

 

「私のターン!」

 

 デュエルディスクからカードを引き抜き、手札に加える。彼の手が読めない以上、現状では思考が肝要となるが。

 

「ふ……では私は、モンスターをセット。カードを3枚セットし、ターンを終了する」

 

 一手目は様子見か。

 あるいは単純に、罠を張って待ちかまえているのか。どちらにせよ、まずは……

 

「こちらから動くぞ。先手を取る!」

「諒解」

 

 叶の指示に応え、カードを引き抜き、手札に加える。

 今回は後攻だが、後攻ゆえに攻撃が許されている。無理に攻撃を行う必要は無いにせよ、彼の罠を剥ぎ取るか、あるいはあれがブラフだったとしても、モンスターを破壊するかしておくのは有用だろう。

 

「右から三番目、先に使え!」

「永続魔法、《進撃の帝王》を発動」

 

 魔法・罠ゾーンにカードを差し込む。と同時、周囲に火炎が迸った。

 先に、ルドガーの展開した紫の炎とは異なる、一般的に連想されるであろう「火炎」。俺の背後からこちらのモンスターの場にかけて展開されている関係上、叶がよく見えなくなってしまうが、現状では致し方ない。

 さて、これでともかくは準備完了、と言ったところだろうか。

 

「《インヴェルズの魔細胞》を特殊召喚」

 

【 《インヴェルズの魔細胞》 攻 0 / 守 0 】

 

 地中から、這い出すように現れるのは、水泡にも似た黒い昆虫だ。

 円形のその背部、翅と思しき部分を見れば、髑髏にも似た禍々しいマークが刻印されている。

 

「インヴェルズの魔細胞をリリース。《インヴェルズ・ギラファ》をアドバンス召喚」

 

【 《インヴェルズ・ギラファ》 攻 2600 / 守 0 】

 

 直後、魔細胞の甲殻、翅、それら全てが融け落ち、床にタールのような液体が溜まっていく。

 そうして、見る間に腕が、頭部が、その特徴的な左腕の火砲が構成され、湧き出すようにして現れるモンスターがあった。

 インヴェルズ・ギラファ。レベル7、最上級モンスターでありながら1体のリリースでアドバンス召喚できるという効果を持つ、このデッキにおいては中核と言ってもいい存在である。そのように称される理由は、アドバンス召喚の容易さだけではなく、

 

「インヴェルズ・ギラファの効果を発動。対象は、」

「バック1枚奪わせてもらう! とりあえずその真ん中だ!」

 

 叶の指示の通りに、選択された真ん中の伏せカードが闇に呑み込まれていく。

 カード名は《ライヤー・ワイヤー》。墓地の昆虫族モンスター1体と引き換えに、モンスター1体を破壊する罠だ。

 進撃の帝王が発動しており、また昆虫族モンスターが存在していない現在は特に意味を持たないカードではあるが、この段階で破壊しておけたのは僥倖であろうか。

 

「……バトルを行う。インヴェルズ・ギラファで、伏せモンスターに攻撃」

 

 左腕の砲塔から一条の光線が放たれ、伏せモンスターが撃ち抜かれていく。

 そうして露見したモンスターの正体は、

 

「選択を誤ったな。私は《共鳴虫(ハウリング・インセクト)》の効果を発動!」

 

【 《共鳴虫(ハウリング・インセクト)》 攻 1200 / 守 1300 】

 

 共鳴虫。昆虫族デッキにおける中核的存在、だったか。

 他のリクルーターと呼称されるモンスターと同様の効果を有していたと記憶しているが。

 

「このモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られたとき、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスターを特殊召喚できる。私は《グランド・スパイダー》を、守備表示で特殊召喚!」

 

【《グランド・スパイダー》 攻 0 / 守 1500 】

 

 次いで場に召喚されたのは、全身を甲殻で覆ったかのような外見を持った、奇怪な姿の蜘蛛である。

 その効果は、表側守備表示で存在している限り、相手の場に召喚・特殊召喚されたモンスターを守備表示にできるというものだ。言うなれば、モンスター版の《つまづき》であろうか。

 ステータスはともかくとしても、その能力は厄介の一言に尽きる。次のターンまで回れば、インヴェルズ・ギラファの攻撃で破壊できはするが。

 

「カードをセット。ターンを終了」

 

 この状況ではもはやすることも無い。ターンの終了を宣言し、ルドガーへターンを譲り渡す。

 

「私のターン!」

 

 彼の出方は、未だ推察の域を出ない。

 モンスターを足止めし、自分に優位な状況を構築してから出るか。あるいは、守備表示にすることそのものが目的なのか。

 思考の中に合って、しかし、ルドガーは手を止め、こちらに語りかける。

 

「……以前、お前を操り、ジャック・アトラスを襲撃したと言ったな」

「それがどうした」

 

 それはとうに過ぎたことだ。今更そのような話を持ち出して、何がしたいと言うのか。

 

「その際にお前の心の闇を垣間見た。内容までは知れんが……想像以上の『闇』だ」

 

 闇。

 先に俺が「傷」と称したそれと根源を同じくするとすれば、俺のそれは。

 

「実に、素晴らしい。どうだ、ダークシグナーになる気は無いか?」

「愚問だ」

 

 愚問。否、それ以前だ。だいいちに、俺の目的も役割も達せられていないこの状況で、彼らと迎合しろなどと。

 確かに俺の目的は、シグナーの面々とは合致しない。どちらの立ち位置であっても達成することはできるだろう。が、どちらにも属しておらずとも達成できるという点もまた、一つの事実なのだ。

 わざわざ彼らの側に立つ必要が無い。そして、今この立ち位置にいることで目的が生まれるのならば、

 

「そちらの側に付く理由が無い。拒否する」

「ふ……ならば、やはり排除するしかないな。私は場の二枚の伏せカードを墓地に送り、現れよ、《オオアリクイクイアリ》!」

 

【 《オオアリクイクイアリ》 攻 2000 / 守 500 】

 

 ルドガーの場に存在していたカード。あれは、《重力解除》と《セキュリティー・ボール》だろうか。それらのカードが、地中から現れた虫……巨大な、それこそ、全長だけを見れば3メートルはありそうな蟻の口内に納まっていく。

「オオアリクイを食う蟻」。故に、オオアリクイクイアリ。なるほど、言い得て妙だ。

 

「オオアリクイクイアリの効果発動。お前のフィールドの魔法・罠カードを1枚破壊する! まずはその邪魔な《進撃の帝王》から除かせてもらおう!」

 

 直後、眼前に屹立していたカード……進撃の帝王に向かい、多量の蟻酸が吐きかけられる。

 どうにか俺に降りかかるようなことは無かったものの、それを防ぐ格好になっていた進撃の帝王のカードは、見る間に融け落ちる結果となった。

 

「そして! 私は《インフェルニティ・ビートル》を通常召喚!」

 

【 《インフェルニティ・ビートル》 攻 1200 / 守 0 】

 

 続いて現れるのは、上下に頑強な角を有した、カブト虫であろうか。

 現実のもので類似したものを探すとすれば、ヘラクレスオオカブト……などがそれに当たるのだろうか。いずれにせよ、色彩から考えても、その姿は少々異様であった。

 

「お、おいちょっと待て! それは貴様のモンスターではないだろう!?」

「何故それを知っているのかは知らんが、私もダークシグナーだ。それを考えれば、ある程度自然なことではないかね?」

 

 叶の言うことを考えるに、「あのカードは他のダークシグナーが使用しているもの」であるということなのだろう。しかし、別段不思議なことでもあるまい。【昆虫族】のデッキを利用しているこの男にとって、昆虫族のチューナーは有用なものだ。特に、種族を統一するのであれば。

 

「さあ、行くぞ! レベル4、昆虫族のグランド・スパイダーに、レベル2、闇属性のインフェルニティ・ビートルをチューニング! 現れよ、《地底のアラクネー》!」

 

【 《地底のアラクネー》 攻 2400 / 守 1200 】

 

 インフェルニティ・ビートルの全身が解け、その身を二つの光の円環へと転じる。

 そこへ飛び込むのは、四つの星。それらが混ざり合い、場に姿を現したのは、一匹の蜘蛛だった。

 蜘蛛。正確なことを言えば、その外見は本来のそれとは一線を画す。

 確かにその身は蜘蛛のそれだ。しかし、一方でその上部、ある意味で「上半身」とも称すべきそれは、女性の肉体である。蜘蛛の下半身を持つ女性。名前を考えれば、ギリシャ神話に登場する「アラクネー」が由来だろうか。

 

「まずい……! ナルセ、アレを使え!」

「何をするのか分からんが、アラクネーの効果を発動! 相手モンスター1体を吸収し、このモンスターの装備カードとする! トワイナー・スレッド!」

 

 実質的な除去効果。なるほど、確かにそれは警戒にするに値するものだ。

 そしてこの状況からならば、たとえ地底のアラクネーの攻撃力を二倍にされたとしても、オオアリクイクイアリの攻撃を代償に魔法・罠の破壊効果を発動した以上、生き残ることはできる。

 

「速攻魔法発動、《侵略の一手》。こちらの場のインヴェルズ・ギラファを手札に戻し、カードを1枚ドローする」

 

 吹きかけられた糸が、インヴェルズ・ギラファに絡みつくかに思われた、その直前。ギラファはその身を闇に融かし、姿を消していた。

 共に、闇の中から二枚のカードが現れる。一枚は、今手札に戻したインヴェルズ・ギラファのカード。もう一枚は、侵略の一手の効果でドローすることになったカードだ。

 

「これで守りを失ったな……! 私は《一族の結束》を発動。私の場の昆虫族モンスターの攻撃力を、全て800ポイント上昇させる。そして、バトル! 地底のアラクネーで直接攻撃(ダイレクトアタック)! ダーク・ネット!」

「っ……ぐ、……」

 

 地底のアラクネーの上半身、女性体の口腔から吐き出された複数の糸が、狙いを過たず、俺の腹部へと突き刺さる。

 臓腑を直接掻き回されるかのような、得体のしれない感覚。見れば、実際に攻撃を受けたかのような痕が見られた。なるほど、どうやらアカモートの発生する力場とは違うようだ。あちらが、ダメージをエミュレート……つまりは脳内に痛みを焼き付けるものであるのだとすれば、こちらは、モンスターそのものを実体化させるものだ。

 こみ上げてくる胃の内容物を呑み込み、ルドガーへ向き直る。

 ダメージは3200。残るライフは1800。大丈夫だ。戦える。

 

「だ、大丈夫かナルセ! 今、腹が……」

「問題ない」

 

 肉体の損傷そのものは問題が無い。問題があるとするなら、現在の地底のアラクネーの攻撃力だろう。

 ……3200。最上級モンスターの基準を超えている。あれを超えるには生半可なモンスターでは不可能だろう。一族の結束を破壊するか、あるいはモンスターそのものを破壊・除外・バウンスするか。

 残念ながら、現在の俺の手札には該当のカードは存在していない。ならば、まずは手札にカードが来るのを待つべきだろうとは思うが。

 

「私はこれでターンエンド。さあ、お前のターンだ」

「ドロー」

 

 手札に来たカードは、《インヴェルズの魔細胞》だ。再度このカードを用いてインヴェルズ・ギラファをアドバンス召喚、一族の結束を墓地に送ったうえで攻撃を行う……・という手もあるが、《死者蘇生》などを用いてアラクネーを蘇生したり、二枚目の一族の結束を発動された場合のリスクもある。

 返す刃で骨まで切り裂かれてはまずい。ここは一時様子を見よう。

 

「《闇の誘惑》を発動。カードを二枚ドローし、《インヴェルズ・ギラファ》を除外」

 

 手札に来たカードを確認し、活用を考える。ここから戦うのならば、あるいは一つ、賭けるべきか。

 

「モンスターをセット。カードをセット。ターンを終了」

 

 故に、今のところできる方策はこれだけだ。あとは、相手の動きを待つのみ。

 

「既に手の打ちようが無いのかね。私のターン!」

 

 手の打ちようが、無いわけではない。

 だが、現状では「待ち」の一手しか、取りようが無いだけだ。

 そして何よりも、問題はルドガーの動き方。それ次第で俺の敗北か、あるいは勝利かが決定する。

 

「私は《クロスソード・ハンター》を召喚!」

 

【 《クロスソード・ハンター》 攻 1800 / 守 1200 】

 

 ルドガーの場に現れたのは、鋭利な四本の刃を持った、ハサミムシにも似た外見を持つ甲虫だった。

 刃、というよりも、あれは顎なのだろうか。しきりにそれらを擦り合わせるその姿は、見る者が見れば生理的嫌悪を催してしまうだろうほどのものであるように思う。

 

「マズ、い……!!」

「……クロスソード・ハンターの効果は、場に他の昆虫族モンスターが存在している時、昆虫族モンスターに貫通能力を付与するものだ。故に、」

 

 守備モンスターが何であれ、このターンで俺は敗北する。

 絶対の自信を持って、ルドガーはそう宣言した。

 

「その魂、我らが神に捧げよう。恐れることは無い。これも運命なのだからな」

 

 運命。

 運命か。

 もしもそのようなものがあるとするなら、俺はそれに抗うつもりは毛頭ない。流れ、流され。その中で、生きているのかも死んでいるのかも分からず、ただ曖昧に生きてきたのだ。もしもそのようなものが存在するとするなら、喜んで迎合しよう。

 この男の言うそれが「死」を意味するのならば、俺はそれを甘んじて受け入れることも、一つの選択肢には入っている。だが、しかし、しかしだ。

 

―――― 一つだけ、話をしよう。

 

「傷の、話だ」

「なに……?」

「な、ナルセ……?」

 

 意識が、過去へと回帰していく。

 九年前の、忌まわしき記憶だ。

 ――――それは、俺にとっての、ある意味根源とも言える出来事で。

 

「俺は過去、ある事件を機に母を喪った」

 

 保険金殺人。「深宮」を、あるいはそれに連なる者を忌避するに至った最初の出来事だ。

 事件そのものは、不起訴というかたちで終焉を迎えた。誰にも彼らを裁くことはできず、故に、俺の中に滞留した何らかの感情が、溢れだしそうになっていた、そんな時期。思えば、あの頃の俺には、感情と呼べるものが、かろうじて残っていたようにも思う。

 だから。

 

「……父を、捜した。何か、何か、ただ、俺は、縋るものが欲しかった」

 

 頭痛がする。先に受けた痛みなど、比較にならないような痛みだ。

 それでも、記憶の回帰は止まない。かつての己が、膿んだ傷を抉り返し続ける。

 

「縋った感情は……きっと、殺意だった。かつては、母の愛した男だったのだろう。だが、俺にとってはただ、母を捨てただけの男だ」

 

 だから、殺してやろうと思った。

 その命をもって、償わせてやろうと、勝手な考えを抱いた。

 

「捜した。ただ、捜し続けた。いつか殺してやろうと、それだけを支えに、歩き続けた」

 

 探し当てたのは、ある繁華街だった。

 入り組んだ路地の裏。寂れたアパートの三階。大量のごみが放置され、すえた臭いのする一角。その奥に、あの男はいた。

 

「……だが、探し当てたことがそもそも、間違いだったのかもしれない」

 

 いた。いや、正確には、あった(・・・)

 部屋へ踏み込んだ俺が見たモノは、既に物言わぬ骸と化した、あの男だった。

 部屋の中央。無数のごみに囲まれたそこに、一個の塊があった。

 長年放置されていたのだろう。その全体は所々が腐敗していた。周囲のごみ山以上の悪臭を発するその物体の、顔、と思しき部分を見れば、僅かながらに面影が、感じられないこともなかった。

 眼球は腐り果て、眼窩に僅かに黒い染みが残っているようにしか見えなかった。全身の腐敗はどこまで進行していたのだろうか。手足の指などの末端は土のように崩れ落ち、腹部は腐敗、発酵からか、ひどく膨らんでいた。

 それを見て、しかし、俺は。

 

「――――何も、浮かばなかった」

 

 怒りも。殺意も。悲しみも喜びも憐みも、気持ち悪いとさえも、感じることは無かった。

 それ(・・)を見たその瞬間、俺の中に在ったはずの、殺意も、怒りも、何もかもが消えて失せた。

 ただ考えたのは、「警察に通報しなければ」という、客観的かつ無味乾燥な思考だけだった。

 

「ただ、それを見た時、何かが欠けて、消えた。それが何かは、分からないが」

 

 きっと、俺が「俺」になったのは、その時だったのではないかと、そう思う。

 

「――――それがお前の、心の闇か」

 

 語り終えたそのとき、ルドガーはこちらに向けてそう告げた。

 

「いや、正確には根源(ルーツ)か。理解したぞ、その異常性……そして、その根底に存在するものを」

「ならば、答えろ。俺の異常性とは何だ。お前の理解したものとは、何だ」

「死にゆく者へ告げたところで、詮無いことだ。そして何より――――」

 

 一呼吸、ルドガーは間をおいて。

 

「お前にそれを告げることがより残酷であると、私は理解した」

「な……ま、待て、ルドガー! 貴様、ナルセの何を……ッ、くっ!!」

 

 逼迫したように、叶は炎の壁を乗り越えようと身を乗り出す。しかしてそれは彼女の侵入を拒み、その掌を軽く炙るに終わった。

 叶もこの場に飛び込むことが危険だと理解したのだろう。火炎に炙られた側の手を庇いつつ、こちらに顔を向ける。

 

「哀れな青年よ、せめて安らかに眠るがいい! 行け、地底のアラクネー! 裏守備表示のモンスターを攻撃せよ! ダーク・ネット!」

 

 地底のアラクネーの口腔から、強烈な勢いで複数の糸が吐き出される。

 それらは一瞬にして頑強に束ねられ、ある種の槍のようにもその形状を変ずる。

 そして。

 

「これで私の……」

「早計だな」

 

 確かに、地底のアラクネーの攻撃は、伏せモンスターを貫き、床を穿った。周囲に埃が巻き上げられ、あるいは、俺の姿を……少なくとも、下部に関しては隠していることだろう。それ故に、彼には捉えきれなかったものがある。

 

「何っ……!?」

「――――《攻撃の無敵化》。後半の効果を使用した。このターン、こちらへの戦闘ダメージは全て0になる」

 

 無論、モンスターは破壊されるが、それでも構わない。

 

「攻撃を受けた《魔導雑貨商人》の、リバース効果を発動。魔法・罠カードが出るまで、デッキを上からめくっていく。モンスターは墓地へ送り、魔法、罠カードが出た時点で、それを手札へ加える」

 

【 《魔導雑貨商人》 攻 200 / 守 700 】

 

 上から順に、昆虫の商人の手によって、デッキがめくられていく。

 《インヴェルズ万能態》。《カメンレオン》。《インヴェルズ・グレズ》。《ダーク・アームド・ドラゴン》。《インヴェルズ・マディス》。そうして最後にめくられたそのカードは、

 

「――――《悪夢再び》……」

「耐えきったか……だが、この状況を覆すにはいささか難しいな。私はこれでターンエンド!」

 

 そして、こちらにターンが移る。

 カードを引き抜き、手札に加える。既に手札は潤沢だ。選択肢は数限りなくあると言ってもいい。

 そして、その中で取りうる選択肢は。

 

「《悪夢再び》を発動。インヴェルズ万能態、インヴェルズ・グレズの二枚を手札に加える」

 

 周囲の闇から這い出すように、二つの影が墓地へと向かう。

 そこから引きずり出してくるのは、二枚のカード……丁度、先に墓地に向かった影と同数のそれだ。

 

「そして、《インヴェルズの魔細胞》を特殊召喚」

 

【 《インヴェルズの魔細胞》 攻 0 / 守 0 】

 

 次いで現れるのは、このデュエルの当初に現れたものと同じ、黒色の羽虫だ。

 その緩い特殊召喚のための条件は、このデッキにおいては有用、というよりも中軸に据えるべき性能とも言える。

 

「《インヴェルズ万能態》を通常召喚」

 

【 《インヴェルズ万能態》 攻 1000 / 守 0 】

 

 更に、闇の中からそれと同色の蓑虫、にも似たモンスターが現れた。

 これで、残りは一手。

 

「――――そういえば、言ったな。『安らかに眠れ』と。つまりそれは、敗者が死ぬという解釈でいいのか」

「……………………」

「沈黙は肯定と見做す」

 

 そも、ならば彼はそのようなことを言うことは無いだろう。

 ライフポイントへのダメージが、肉体へのダメージに直結する。そして、先の絶対的優位。それらを考えれば、彼の発言が真実であると推察することが自然だ。

 

「だから、どうしたと言うのだ?」

貴様が死ね(・・・・・)

 

 言葉と共に、一枚のカードを差し込む。

 カード名は《二重召喚(デュアルサモン)》。その効果は――――このターン、再度の通常召喚を可能とすること。

 

「インヴェルズの魔細胞、そして、二体分のリリースとなったインヴェルズ万能態をリリース――――《インヴェルズ・グレズ》を、アドバンス召喚」

 

 闇が、渦巻く。

 その中心に浮かぶのは、黄金色の輝きだ。

 闇よりもなお深い、穢れの塊。何一つとして善性の見えぬ何かが、この場へと召喚される。

 

【 《インヴェルズ・グレズ》 攻 3200 / 守 0 】

 

 それは、悪徳の化身だった。

「欲」、それのみをその身に顕現する、邪悪の塊。侵略、侵食というそれを体現した、禍々しい存在。

 インヴェルズという集団の長――――ここに降臨したのは、そうした存在であった。

 

「インヴェルズ・グレズの効果を発動。ライフポイントを半分支払い……フィールド上に存在する、インヴェルズ・グレズ以外の全てを、破壊する」

 

 闇が、俺の肉体を包み込む。次いで襲うのは虚脱感だ。

 生命が吸われている。そのような感覚を、理屈ではなく本能の内に感じ取る。

 直後、周囲を極大の破壊が襲った。

 インヴェルズ・グレズの肉体から迸る、黄金の光。それは周囲に存在する三体のモンスターを、そしてルドガーの場の魔法カードを包み込み――――その分子の一片までをも、消滅させた。

 

「――――装備魔法発動。《巨大化》。インヴェルズ・グレズの攻撃力を、倍にする」

 

 単純、故に強力なその効果は、俺のライフポイント……つまるところの生命力を貪る彼らには、最良の相性を誇る。

 インヴェルズ・グレズの巨体が、見る間にその身を膨張させていく。

 攻撃力6400――――既定のライフポイントを遥かに超えるそれが、俺の場に君臨した。

 

「終わりだ」

「ぬ、うおおおおおおおおおおッ!!」

 

 言葉と共に、黄金の閃光がルドガーを灼き、貫いていく。

 灼熱の中で、苦悶の声がこだまする。数秒と経たず、その声が途切れたその時。デュエルディスクのウィンドウは、俺の勝利を示していた。

 

 

 

 + + +

 

 

 デュエルが終了したその時、そこに立っていたのは俺だけだった。

 ルドガーはどこへ行ったのか。まさか、本当に消滅したのか。考える間も無く、背後から叶が駆け寄ってくる。

 

「ナルセッ!」

 

 見れば、その体は小刻みに震えていた。

 恐れか、あるいは、心配……痛みもあるだろうか。こうなった彼女は、いつになく弱々しく見える。

 

「……大丈夫、なのか……?」

「ああ」

 

 肉体的な損傷は少ない。行動に支障は無いだろう。

 少なくとも、最低限管理コンピュータに到達するまではもつはずだ。

 

「……なら、いいのだが。このバカ。危なっかしいのだ、貴様は……」

 

 危なっかしい。の、だろうか俺は。

 自覚は無いのだが……こうして指摘される以上、恐らく、危なっかしい、のだろう。

 

『――――驚いた。そのような実力で、私の端末を撃破するとは』

 

 と。そのようなやり取りを行っている中で、唐突に声がかかる。

 それは、先程まで戦い、俺が降した男の声で……。

 

「る、ルドガー!? 貴様、やはり生きて……」

『侵入者の排除に自ら赴くような真似はせん。私自身も、シグナーとの戦いに備える身。ゆえ、この場では端末を用いさせてもらったがね』

 

 その声がどこから聞こえてくるのか、俺にはよく分からない。

 見れば周囲には無数の蜘蛛が見えるものの、そのどれが彼の新たな端末であるのかは、想像もつかないのだ。

 

「……こちらの目的は、あくまで制御コンピュータの停止、もしくは破壊だ。そちらの戦線を邪魔するつもりは、毛頭ない」

『それならそれで構わないがな。真実、そうであるとするのなら』

 

 真実も何も、こちらが語ることができるのはそれだけだ。他にどうしようも無い。

 人というものは、善性にのみ生きるものではない。彼が俺たちの言うことを信じないというのならば、それもまた一つの選択だろう。

 俺たちは彼という関門を突破し、制御コンピュータへ向かう。あとは、事実のみをもって証明するとしよう。

 

「行こう」

「う、うむ。そうだな。悪いがルドガー、貴様に構っている暇は無い。このまま進ませてもらう!」

『ふむ。ならば、少女よ。一つだけ、伝えておこう』

 

 この状況下、彼が何を叶に伝えようとしているのかは、聞き耳を立てたとしても理解には難い。

 しかし、叶の表情が目まぐるしく変化し――――その中で、苦悶の表情を浮かべているという事実のみは、理解できた。

 苦悶、あるいは、苦渋。最悪の事実を目の前にしたかのような、そんな表情だ。

 気付けば、彼の蜘蛛――――端末の全ては、黒い霧と化して消えて行った。

 こちらへの影響も、左程は無い。叶が操られるということも無いだろうが、

 

「叶」

 

 呼びかけに対し、叶は身を震わせた。

 どうやら、やはり何か吹き込まれたらしい。

 

「え、あ……う、うん!? あ、ああ……そ、うだな。ああ。先へ、進もう……」

 

 ただ、それを聞くことははばかられる。

 何よりその表情が、俺にそれ告げることを、拒んでいるような気がしたからだ。

 

 

 

 

 

 

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