「――――私は、この世にいなかったかもしれない人間だ」
モーメント制御コンピュータへ向かう道の最中、思いつめたような表情をした叶はふと、そのようなことを呟いた。
「それは」
「まあ聞け。そもそも、私が何故こんなデカいコートを羽織っているのか、気にしなかったわけもなかろうが」
それは、そうだ。
彼女が常に羽織っている黒いコートは、お世辞にも彼女に似合うとは思えない。大人用のものを無理に背伸びして着用しているのだから、それも当然だ。そこには何らかの事情が付きまとうものだとは理解しているものの、それを追及することは、俺にははばかられたのだが。
「元々、このコートは私のお父さ……父が着ていたものだ」
叶は、普段のその口調とはまるで違う、ごく普通の少女のような声音で、父を語る。
まるで、喪ったものを懐かしむかのように。
「……まあ、表情を見ればだいたい分かるが。父は、死んだ。そこで、話が最初に戻るわけだが」
「お前が、この世にいなかったかもしれないという話か」
首肯して答える叶。
成程。では、コートの端々に見える、赤黒い染みは――――。
「……去年の冬頃、私は両親と都心へ出かけていた。目当ては……何だったか。ともかく、問題はそこで起きたことでな」
去年の冬。都心。
その符号を聞いただけでも、俺の脳裏ではその出来事がある程度特定されていた。
記憶力の問題というのもあるが、何より、その頃にあった特徴的な出来事と言えば、
「――――無差別殺人、通り魔に遭ったんだ」
都心にて起きた無差別殺傷事件。犯人は人生に絶望したという青年だったか。バールやブラックジャック等の鈍器、複数のナイフと包丁といった刃物類を駆使し、十数名の死傷者を出した凶悪事件だ。
幾度となくニュースで報道されていたことを、俺は覚えている。彼女がそこにいて、それにでくわしたということは。
「……まあ、想像の通りだよ。危うく刺し殺されるところを、おと、父に助けてもらって……」
代わりに亡くなったのは、彼女の父親だった。
恐らくは、そういう話なのだろう。
珍しい、と言うべきであるのだろうか。それとも、ある程度はありふれた話と断ずるべきなのだろうか。親の愛情が子を救う。美談であり、そして、一種の悲劇でもある。
恐らく、彼女の着用しているコートは父親の形見なのだろう。
染みは血液。洗濯をしているのかしていないのかは分からないが、それが取れなくなるまで放置していたのだろうことは、想像に難くない。
ただ、一つ。
一つ、彼女の語る事柄について、違和感が残る。
「母親は」
「……………………」
それは、彼女が頑なに語ろうとしない母親のことだ。
当初出会ったとき、彼女は自身の苗字を疎んでいるようだった。そうなれば、加えて普段から家族というものを語ろうとしないこと。そこから、家族と何らかの確執があったのだろうという結論に至るには、そう難しいことではない。
単純な疑問だった。が、やはり彼女がそれを語るには勇気が必要な事なのだろう。目を伏せたままに、叶はゆっくりと口を開く。
「……私ばかりがお前の過去を聞いて、何も語らないのもフェアではない。だから、あえて語るが」
と、一呼吸おいて。
「私のせいで、父が死んだのだと言って、な。それ以来、確執がある」
その語り口はあくまで軽いものだったが、しかして、そこに込められた感情は、ひどく複雑なものだった。
結果的に見れば、それは間違ったことではない。しかし、父親は――恐らく――望んで彼女の盾となった、そのはずだ。死を悲しみこそすれ、叶に当たることは筋違いであると思うのだが。
ともあれ人間というものは、得てして理屈に沿わない感情の動きをするものだ。責任を転嫁し、己の精神の安定を保ったのだろうと推察すれば、確かに、そこには理由が存在している。
それでも彼女はやはり、傷を負ったのだろう。実の母親に拒絶されたのだ。13歳という年齢で、それが無いなどということは、きっとありえない。
ただ、それでもだ。
それでも、叶はまだ戻ることができるのではないかとも思う。父親を喪ったというそれは、覆しようのない事実であるにせよ。ただ、彼女らはすれ違っているだけだ。母親はその感情の行き所を間違い、娘はそれを真に受けてしまったという、それだけの話なのだ。
時を経るごとに、徐々にその感情も沈静化する。叶はそれが難しくとも、彼女の母親はそれができる。そうなってくる。
冷静になればなるほどに、後悔は押し寄せてくることだろう。なぜ、自分はあの時あのようなことを言ってしまったのか、と。そして、未だ戻らない娘に思いを馳せるはずだ。
子に愛情を持たぬ親は――――確かに、いる。しかし、それでも。彼女らのそれは、事件を機に歪んでしまっただけだ。叶に対して愛情を持っていたからこそ、「家族で一緒に」都心まで出かけたのだろうし、叶自身も母親を切り捨てきれずにいる。真に嫌っているのなら、ああも複雑な表情を浮かべることも無いだろう。
叶は、俺とは違う。 彼女は、「取り返しのつかないところ」までは到達していない。何もかも失ってからでは遅いが、今なら、まだ。
だが、そのようなことは考えても詮無いことなのだろう。ここは、かつての世界とは限りなく遠い。
手段と、座標。その二つさえ存在していれば、あるいはと言ったところだが。
「……ええい、この話はこれで終わりだ! それよりも、貴様だ貴様」
「……何故、俺だ」
脈絡がまるで無い。
「え? あ……その、何だ。先のデュエルは、リアルダメージが発生していただろう。怪我の具合は……」
「問題ない」
胸部に痛みが走る程度だ。
肋骨にヒビが入っているという可能性も否定はできないが、現状において、肉体の動きを阻害するものでもない。
「……本当にか?」
「ああ」
目的を達するためには、このようなことをいちいち気にしている暇は無い。
何より、肉体の動作には異常が見られないのだ。問題ないという他に、何と言えばよいのか。
「ならば、それでいいが……お前は基本的にどこか生き急いでいるのだ。無茶はするな」
「するつもりも無い」
無茶なことをしたことなど、これまでに一度でもあっただろうか。
「……私は二度と、誰かが死ぬのを見たくないんだ」
そうして呟いたのは、あるいは無意識のうちにか。
彼女の声音は、ひどく、怯えたものに聞こえた。
「痛いのも勘弁してほしいし、誰かが傷つくのだって見たくない」
それはきっと、彼女の過去の経験によるものなのだろう。俺にそれを否定する権利は無いし、する気も無い。
だが、それはきっと、どだい無理な願いだ。そも、アカモートやダークシグナーがデュエルを行えば、それだけで誰かが傷つくし、肉体は痛む。錯覚であっても、だ。
それでも、その願いは尊いものなのだろうと、俺は思う。
「努力する」
故に、一言だけを告げて、俺は歩みを進める。
そうして――――ようやく。
眼前に、巨大な扉が現れた。
頑強な鉄の扉を開いて踏み込んだその場所は、これまでの荒廃した様子とはまるで違う、近未来的な様相を呈していた。
見渡すほどに広い部屋の床は、コーティングのなされた鋼鉄だ。周囲に走るパイプは、断続的に赤く、あるいは青く輝き、血管のように脈動している見える。反響音や地下からの異音を考えるに、この床下にサーバーが存在しているのだろう。
天上は見上げるほどに高く、この場に存在するのであろうコンピュータの巨大さがうかがえる。モーメントというものの特性上、巨大になるのは当然であると言えるが、ここまで巨大となると、その演算能力は、相当なものであろう。
「あれ、か」
正面を見据える叶も、それを捉えたのだろう。敵意が込められた視線の先には、巨大なコンピュータが鎮座していた。
おおよそ、5メートルはあるだろうか。下手な建築物よりも大きいそれは、俺たちの侵入に気付いているのかいないのか、黙して一切を語ることが無い。
「……どうする」
「デュエルは……まあ、手段の一つだが、それだけではないし、な。物理的手法の方が早いと言うなら、任せる」
そもそも俺個人としては、デュエルが苦手な方だ。叶がいるのは、デュエルに発展した場合にその方が有利であるという理由からであり、物理的手法が使えないわけでもない。
加えて、叶自身からその許可が出たのならば、遠慮して動かない必要も無いだろう。
あくまであれはコンピュータだ。プラスチック爆弾でも使えば破壊は容易だ。
そうでなくとも集積回路の一つでも破壊し、あるいはいくつかのコードでも断線すれば、しばらく動きを止めることは可能だろう。そうして機能を停止している間に、他の対処を行えばいい。
そのように考え、前に出たその時だった。
「…………」
「チィ……!!」
眼前に突如として現れる、光の壁。
やはり、俺たちの侵入に気付いていないというわけはなかったようだ。
そも、機械である以上「気付く」というのもおかしな話だろうが、そうなると、この位置に来てようやく感知の網に引っ掛かった、と見るべきだろうか。
ともあれあの光の壁が存在している以上、接近は難しい。天井まで到達している以上、飛び越えることもできないだろう。
そうなると……ああ、やはりデュエルしかないのか。
軽く諦観の念混じりの視線をコンピュータに向ける。と、
『――――こちらはDATS直営遊星粒子研究所モーメント開発部管轄、モーメント「Uru」管理コンピュータ、「
突如として、上から合成音声と思しき声が、俺たちに向けて放たれた。
「な、なんだ!? ご用件!? こいつ、一体何を!」
「落ち着け」
機械が喋り出すなどと、前例がない事態でもあるまい。
こういった事態も、そもそも想定はしていたのだ。左程驚きは無いものと思うが。
ともあれ、まずは語りかけるところから始めるべきか。
「……こちらは、治安維持局の委託を受けた者だ。貴様の機能の停止を勧告する」
『その命令は受理できません』
当然か。元より期待はしていなかったが、こうなれば強制的に停止する以外の方法はあるまい。
『当機のライセンスは
「ここでも奴らが絡んでくるか……!」
イリアステル。確か、以前にも叶や深宮が話題に出していたものだ。
その目的は……シンクロモンスターを駆逐することによる、未来世界の保全、であったか。
あるいはモーメントの技術そのものを無に帰すことにより、それを為すという話も聞いたが、なかなかどうして、この機械はその命令に忠実であるらしい。
「……ならば、問う。貴様に課せられた
『シンクロモンスターの根絶、及び
―――――――――――――――、
あまりに唐突なその発言に、一時、思考を手放す。
いや。そのようなことをしている場合ではない。今、この機械は何と言ったのか。
当該世界――――つまりは、俺たちのいるこの世界を、完全に破壊すること。それが、己に課せられた目的。
馬鹿な。
そもそもイリアステルという組織は、世界を……そのものを破壊することを目的とした組織であったろうか。
そのようなことはありえない。なぜなら彼らは未来の世界を救済することを目的としているからだ。そのようなことをする理由は無い。
ならばなぜ、この機械はこのようなことを――――。
「――――地縛神!」
何事かの事実に気付いたのだろう、叶は目を剥いてそのようなことを口にした。
「……それ、は」
「ダークシグナーの崇める邪神だ! ボマーをダークシグナーにしたり、遊星が落下した先が冥界だったり、というかそのもの冥界の王が出てきたり、旧モーメントと強い関係があるようだったが……このオンボロが邪神の意思に侵されているとなれば、この目的にも説明はつく!」
なるほど。
邪神というものの思想のおおよそは、基本的に生命の殲滅や根絶を目的とするものが多いとされる。
時に悪魔と同一視されたり、次代と共に定義が変わったり。あるいはキリスト教的な価値観で言えば、唯一絶対の「神」以外の全てが邪神と定義されるのだろうが……そうしたものを除いて、邪神とされるものの多くはそうした思想を有する。
叶の言うことが全て事実であるとするなら、この機械はその邪神の影響を、極めて強く受けていると見ることができるだろう。
「この世界で生きていくなら」と、深宮は言った。彼女の発言は、こういう意味か。
「……方法は」
しかし、世界を壊すなどと、生半可な方法では不可能だ。
方法は、想定できないこともない。だが、それが真実かは問わねば分からないのだ。
『この世界軸から外れた世界を観測した結果、ナンバーズと呼ばれる副次要素、世界の「座標」を示すカードが製造可能となりました。また、当機にはモーメントの管理権限が委任されております。これらを利用することで、異なる世界をこの世界へ上塗りするように展開。衝突及び対消滅を起こします』
冗談にもなりはしない。しかし、その方法も実現可能であるという事実が、更に厄介だ。
とはいえ結局のところ、この機械の目的はあくまでこの世界を破壊することであり、シンクロモンスターを根絶することではない。オーバーレイ・ネットワークが展開するに際してシンクロモンスターが使用できなくなるというのは、あくまで副次効果だ。
ようやく全貌が見えてきた。
だが、今この場であの機械を破壊する方法は無い。まずは可能な限り、情報を引き出さねば。
「俺たちをこの世界に呼びだしたのは、貴様か」
『肯定』
「ならば、なぜ俺たちを呼びだした」
物事には必ず理由が存在する。
たとえそれが倦怠から来る暇つぶしであれ、あるいは無意識であれ、だ。
ならば、この機械が俺たちを呼びだした理由――――おおよその理由は想定できるが、そうなるに至った経緯は、何なのだろう。
『当機は当該世界の破壊を目的としています。ナンバーズの使用による
そして、とアイオーンは続ける。
『条件は「世界への嫌悪」、あるいは「脱却を望む人間」とし、世界間移動を望む人間に限定させていただきました。また、無用な混乱を招かぬよう、その数は可能な限り絞っております』
やはり、と言うべきか。
俺たちは、望んだからこそこちらに来たということらしい。
考えても見れば、誰もかれも、現状からの脱却――深宮は分からないが――を、望んでいたようだった。
有我少年は周囲を疎み、叶は母から拒絶され、俺は現状に意味が見出せず。
故にきっと、誰もが「今」から抜け出すことを望んでいた。より正確には、逃避をこそ望んでいたのだ。
俺たちは逃避を。アイオーンは到来を、それぞれ望んでいた。それが合致したからこそ、俺たちはここにいる、ということか。
「……ならば」
あちら側、つまり元の俺たちの世界からはこちらに来る術は無い。
ならばこちらからはあちらに行くことができるという理屈になるが……つまり、
「あちらの世界へ、帰ることはできるのか」
『肯定。座標が存在すれば、可能です』
「その座標とは」
『《No.39 希望皇ホープ》』
自然、俺の視線は叶の方へと向いていた。
まさか、最初に手に入れ――――叶に適合したあのカードが、そうなのだとは。
いや、だが、待て。そうなると。
「私は、帰る気は無いぞ」
直後、見事に俺の考えを言い当てられた。
叶は俺の思考を読んでいるのだろうか。
「あちらに未練はある。だがこの世界も、私は好きなのだ。別の世界を巻き込むという可能性もある以上……帰ることはできん。こいつはここで破壊する!」
「……………………」
叶の意思は、頑ななようだ。
こうなった以上、俺が彼女へ言葉を向けることはできるだろうか。
向ける言葉は、ある。しかし、それを彼女が受け取るかは、また別問題で。
『ワームホールを展開します。座標No.39 x-c.c地点』
そうした思考の間隙を突くように、アイオーンは俺たちの眼前に黒穴――――エクシーズモンスターを召喚した際のエフェクトにも似たそれを、展開した。
『――――現在、あなたたちの「元の世界」へ続く道を構築いたしました。三十秒後にこの通路は消失します』
三十秒。
考えが及ぶか及ばないかと言うその程度の時間で、俺たちは選択をせねばならないのか。
いや、叶がここに残ると決意している以上、考えるべきは俺だ。
俺は――――どうしたいのだろう。
考えたことなど無かった。元の世界に帰ることができたら、など。
母は死んだ。父も死んだ。母の復讐など考えたことは無い。
元の世界には、欠片たりとも未練は無いのだ。
それなら。だとすると、俺は――――――。
時間が、迫る。
躊躇、という言葉には縁が無いと感じていたが、そうか、これも一つの躊躇いか。
俺の中ではとうに結論は出ている。それは俺の中だけで結論を出していい問題ではない。
叶は、きっとあちらに戻るべきなのだろうと思う。
きっと、彼女は父親を敬愛しているのだろう。喪った前も、後も。だから、唯一残った肉親である母親に拒絶され、それを苦にしていた。
ただ、それは随分と前の話だ。叶がこちらに来たのが一か月と少し前。事件が起きたのが去年の冬……半年ほど前と考えると、そろそろ自身の言動を省みてもいい頃のはずだ。
叶はきっと、母親と会話をしてこなかったのだろう。半年以上も引きずるなどと、並大抵のことでは無い。
延々と母親が拒絶を続けるというのもおかしな話だ。だから、きっと彼女はまだ戻れる。
俺は、戻れない。だが叶は俺とは違う。
だから、きっと。
こうすることが、最善なのだろう。
「え?」
無防備な叶の背中に手を添え、ワームホールへと押し出す。
驚愕、あるいは絶望、だろうか。そのような感情を内包したような声が漏れだす。
「何を……おい、ナルセ! 馬鹿なことをするな! 私は……!!」
「これが、最善だ」
「――――――――」
独善、と呼べるのかは分からないが。
ともかくそれが独善的な言葉であることは、俺も理解している。だが、こうなってしまえば彼女も最早手出しのしようが無い。
タイムリミットは、最早切れている。
「ふ、ざ、けるなあああああぁぁぁぁぁ!!」
どこかくぐもったような怒号が響き渡った。
それさえ、俺はどこか他人事のように捉えている。
「何が最善だ! そんなもの貴様の理屈だろうが! 私は――――私は!」
「……何も果たせない人間は、何よりも惨めだ」
「!!」
だからこそ。
「これは俺の
俺に、「目的」を果たさせてほしい。
ようやく与えられた目的だから。ようやくこの手に得られたものだから。
それを奪われるのは……やはり、耐えられない。
「……
「こ、の……おい、聞けこのポンコツ!! さっさとワームホール前の壁を解除しろ! 聞いているのか!?」
アイオーンは沈黙したまま動かない。
それに応える義務も、無いからだ。
最早叶は、徐々に転移を行いつつある。こちらに対する影響力も、徐々に薄れてきているということなのだろう。それを留めているのは……言うなれば、こちらに留まろうとする意志の力、か。
「ダメなんだ! このままじゃあ! ナルセ……ナルセがっ!! 私は……今、ナルセから、離れたら!!」
彼女の言っていることが、徐々に明瞭でなくなる。
目に溜まりつつあるのは、涙だろうか。ああ、だが、しかし。徐々にその姿も薄れていく。
完全にその姿が消える直前、彼女の口が何らかの言葉を紡いだ気がした。
「い」と「う」。読唇術などできようはずもない俺がそれを見ても、何を発言しようとしているのか分からないが、ただ、どうしても俺を止めたいことだけは、見て取れた。
だが、それだけは駄目だ。俺が残らずに、誰がこの機械を止めるというのか。
実力が不足していることは十二分に承知している。
だが、それでもだ。1%でも、可能性があればいい。試行を重ねれば、その可能性も引き寄せることができるはずだから。
「――――さて」
デッキをデュエルディスクに差し込み、応答を待つ。
この光の壁が展開している以上、この機械がデュエルを想定していないわけが無い。
そして何より、
光の壁を突破するだけにしても、デュエルを経る必要がある可能性は高いだろう。
ただ、一つ。
「もう一つ。聞きたいことがある」
結局、先程は聞けず仕舞いに終わった、最後の質問。
それは、
「……ナンバーズとは」
ナンバーズという存在の特異性は、見ていれば何とはなしに理解できる。
深宮の言葉を思い返せば尚更だ。しかし、正確に答えを出してくれる機会がここには存在している。
今更疑問がどうの、という問題でもないような気もしないでもないが……聞いて損はあるまい。
『この世界の記憶。他の世界を観測した結果であり世界を生き長らえさせるための因子――――そして、無数に存在する世界の「位置」を示す《座標》です』
深宮の言を思い返す。
この世界に限らず、無数に存在する平行世界は、常に終わりと始まりを迎え、生きている。
終わりを迎えようとする世界。その中でもまだ存続を続けようとする世界は、それぞれ生き長らえることを選択し、観測者たる人間を呼び出すことによってその存在を確かなものとしている。
俺たちがこの世界に来た理由はこの機械によるものであるという。では、その理由は何なのか。
例えばそれは、世界の修正力などと称されるそれと似た……存続を望む世界の意思、と呼ぶべきものであろうか。では、ならばなぜこの機械は世界を破壊しようとしているのか。
俺たちをこの世界に呼び寄せたのは、イリアステルと呼ばれる者たちの意思だった。
本来的にオーバーレイネットワークとは、ただシンクロモンスターを駆逐するだけの機構だったのだと思う。ナンバーズ……と言うよりはエクシーズモンスターを利用することにより、文字通りネットワークを上書きし、シンクロモンスターの使用を不可能とする。
彼らはその拡大のために俺たちを呼び寄せた。それは、異邦人である叶のような人間に、エクシーズモンスターを利用する際の抵抗があまり見られないからだ。この点に関しては紛れも無く彼らの意思だろう。
ただ、一方でそれは、世界を存続させようとする、何らかの意思に沿う行動でもある。観測者たる異邦人を呼び寄せることで世界の延命を行えるからだ。
彼らのことを貶めるつもりは無いが、ある意味舞台装置にも近しいものがあるだろうか。無論、彼らには彼らの意思が存在する。世界というものは巨大で、人知に図れぬものがある。世界そのものが何かを行うというのは難しいが、故に、時に人間やその行動に介入を行うということがある、というだけの話だ。
では、存在し続けようとする意志に反発するもの……それは何と表現すべきなのだろう。
破滅を望む意思。自壊の衝動。悪意――――
生に飽いたことが原因か。本来そこで終わっていたことが原因か。ともあれ、この世界には自滅因子と呼ばれるものが、あちらこちらに存在しているのだろうとも思う。
例えば邪神だ。このコンピュータの行動は、あくまでこれまで……割合、平和的と言えなくもない方法を用いて、シンクロモンスターの排除を行っていた。しかし、唐突にその行動に歪みが生じる。それは、叶が言うには邪神の意思であると言う。
それは、世界にとっては破滅をもたらす事象だ。故に考える。世界は生を望む一方で、死もまた望んでいるのではないか、と。
シグナーとダークシグナーの対立構造にも似た話だ。問題は、俺たちには何の力も宿っていないという点だが。
そうなると、俺を呼びだしたのは……ああ、もしかすると、このためなのかもしれない。
軽率な行動と、世界に対する無知。結果的に行われる暴挙――――。
俺もまた――――自滅因子なのだ。
自覚に欠ける癌細胞のようなものだ。
これまでは単に発症の予兆が無かっただけだ。俺自身も、自分自身が無害であると、そう自覚していた。
しかし、先の行動は、紛れも無くこの世界の寿命を縮める行為でしかない。叶の存在は、デュエルにおいてあまりに大きい。彼女がいなければ勝率は落ちるし、アイオーンに勝利することはままならないだろう。結果的に、俺はこの世界を破滅に導こうとしている。
考えても見れば、俺が最後にこの世界に呼び出されたのだったはずだ。それが二か月ほど前の話。叶がこの世界に来たのはその二週間ほど前。その二週間の間に、アイオーンが邪神の意思に侵されなかったという保証がどこにあろう。
邪神の法の下に呼び出された、異端中の異端。世界を破滅に導くためだけに存在を許された、舞台装置。
だが、それでも。
「……デュエルを、挑ませてもらう」
挑まなければ、可能性は絶無だ。
諦めれば、そこで全てが終わってしまう。だから投げ出すことはしないし、許されない。
俺は自殺のための因子なのかもしれない。だとしても……そう。まずは、この機械を壊してからだ。
そうして、そうだ。世界を死に誘うと言うのなら、行動の一切を止めることから始めようか。
世界の安寧を見届けることができるとすれば、その上で死ぬとしよう。そうでなくとも、俺にこれ以上生きる理由は見当たらない。叶が元の世界に戻ることができて、幸せに過ごすことができるのならば、俺は、それでいい。
そのためならば、喜んで礎となろう。ここで朽ち果てようとも、それは喜ぶべきことだ。
最早己の限界など考えるな。
ここでこいつを、破壊する。
『承認。「闇のゲーム」の
前方、アイオーンを守るようにして展開されていた光の壁が狭まり、俺を囲んでいく。
『警告:当機の管理権限の委譲には、デュエルの勝利が条件となります。またこの際、現実にダメージが発生いたします。敗北した場合の生命の保証はなされません。よろしいですか?』
「元より、選択肢は無い」
Yes以外の解答があるのだろうか。
言葉と同時、デュエルディスクが展開、水晶体から
示された先攻プレイヤーはこちらだ。五枚のカードがデッキから排出され、手札となる。そして、
『
アイオーンの宣言と共に、デュエルが始まった。
今回、使用するデッキは使い慣れた【スクラップ】だ。先のルドガーとのデュエルでは【インヴェルズ】を使用して勝利できたが、今回もそうなるとは限らない。以前にアカモートを撃破したデッキがこれだと考えると、その上位互換機たるこれにも通用するのではないか、と考えた結果でもある。
手札は、いつも通りの無難――――と言うべきものだ。
モンスターをセット、カードを二枚セットし、相手にターンを渡す。まずは出方を見なければ。
『ドロー』
どのような戦法で来るのか、俺にはいまいち想像できない。
しかし、思うに生半可なそれではない、だろうと思う。
『《リチュア・アビス》通常召喚』
【 《リチュア・アビス》 攻 800 / 守 500 】
場に現れたのは、そのもの「鮫」を頭部として持つ……一種の魚人とも呼ぶべきモンスターだ。
効果は、召喚・特殊召喚・反転召喚の成功時に守備力1000以下の「リチュア」モンスターを、デッキから手札に加えること。確認するが早いか、リチュア・アビスの周囲に漂う水が、アイオーンの本体……デッキの収められているのであろうスペースへと向かい、その中から一枚のカードを抜きだした。
『《シャドウ・リチュア》を手札に加えます。そしてシャドウ・リチュアの効果発動』
続いて、アイオーンの手札……を示しているのであろう、眼前の巨大なカードの中から、一筋の光が発せられる。
直後に指したのは、やはりデッキ。数多くのサーチを行うことで、有利に立つという類のデッキなのであろうか。
『デッキから《リチュアの儀水鏡》を手札に加えます。そして、《ヴィジョン・リチュア》の効果を発動』
先程と似たようなエフェクト……多少くすんだような光が、アイオーンのデッキを指す。
こちらも同じような効果を持っているのだろう。やはり、デッキからカードがその手札に加わった。
『デッキから、《イビリチュア・リヴァイアニマ》を手札に加えます。更に《サルベージ》を発動。シャドウ・リチュア、ヴィジョン・リチュアの二枚を手札に加えます』
これだけのことをなしたというのに、未だ相手の手札は潤沢に過ぎる。
先程、手札に加えたカード。あれは確か、「儀式モンスター」という種別のそれだったか。
手札か場からのリリースを強要される関係上、どうしてもその手札消費は多くなる。あれだけの数を持っていても、すぐに消費してしまう可能性はあるが……。
『《リチュアの儀水鏡》を発動。ヴィジョン・リチュアを儀式召喚のためのリリースとし、《イビリチュア・リヴァイアニマ》を特殊召喚します』
周囲に張り巡らされた多量の水が渦巻き、場の中央に陣を描く。
その形状は、言うなれば太陽か、あるいは翼を広げた孔雀のようだとも形容できるだろうか。淡く浮かび上がったその紋章から飛び出したのは、一匹の竜、のような存在だった。
【 《イビリチュア・リヴァイアニマ》 攻 2700 / 守 1500 】
その右腕には、巨大な剣が握られている。全身に纏う衣は、元は人間のものであるのだろうか。
だとするとこのモンスターの元は人間、ということにもなるが……今は問うまい。
『バトル。イビリチュア・リヴァイアニマで裏守備モンスターへ攻撃』
その瞬間に、リヴァイアニマの効果が発動した。
攻撃宣言時に、デッキからカードを1枚ドローして、互いに確認する。そのカードがリチュアと名のついたモンスターであった場合、こちらの手札が削られる、というものだ。
その効果のデメリットは、相手に情報を与えてしまうという以外には無い。ほぼノーコストのドロー効果とも言っていいほどだ。
翼が巻き起こす水流が、カードを運び込む。幸いなことに、そのカードは罠……《儀水鏡の瞑想術》であった。そのため、手札を捨てることにはならない。
一方で、リヴァイアニマの苛烈な攻撃は、モンスターへと迫りつつあった。
だが。
「《スクラップ・ゴブリン》は、戦闘によっては破壊されない」
無数の鉄塊が、その剣の行く手を塞ぐ。
その中央に坐しているのは、鉄くずによってその身を形作るゴブリンだ。
【 《スクラップ・ゴブリン》 攻 0 / 守 500 】
『リチュア・アビスで攻撃』
直後、露見した本体部分に鋭利な牙が突き刺さる。
関節部にでも直撃したのだろうか。スクラップ・ゴブリンから煙が上がり、各部から火花が見え隠れする。
スクラップ・ゴブリンは、表側守備表示で攻撃を受けたバトルフェイズの終了時、破壊される。
仕方がないが、元より、相手の手を確かめるための壁のようなものだ。十二分にその役割は果たしてくれたのだから御の字、と言ったところだろう。
フェイズが移行を迎えつつある。だが、その前に。
「《スクラップ・スコール》を、スクラップ・ゴブリンを対象に発動。デッキから《スクラップ・キマイラ》を墓地に送り、カードをドロー。その後、スクラップ・ゴブリンを破壊し――――」
その効果により、墓地から《スクラップ・キマイラ》を手札に加える。
頭上から降り注ぐ多量の鉄くずが、俺の周囲に積もっていく。
この一連の流れの有無は、このデッキにとっては必須、とまでは言うまいが、流れとしては重要なものだ。
スクラップ・キマイラは必須カードと言って差し支えない。故に、それを手札に呼び込むための手段が必要となるのだが……初手か、あるいはこの手が可能性としては一番高い。
『カードを三枚セット。ターンエンド』
ともあれこれで攻め手は揃った。ここから反撃とさせてもらうとしよう。
カードを引き抜き、その絵柄を確認する。現状で取れる策は少ないが、それ以前に厄介なのが、あの伏せカードだ。
三枚。迂闊に攻撃するのは危険だ。しかし、攻撃を行わなければどうしようもない。
イビリチュア・リヴァイアニマの効果は、攻撃を行うことでアドバンテージを徐々に増やしていく効果だ。これ以上のターン、あのカードを残しておく道理は無い。
「《愚かな埋葬》を発動し、《スクラップ・ソルジャー》を墓地へ送る。そして、《スクラップ・キマイラ》を通常召喚」
【 《スクラップ・キマイラ》 攻 1700 / 守 500 】
積み上げられた鉄くずの中から、鋼鉄の獣が姿を見せる。その隣には、近似のの外観を持つ兵士が侍っていた。
「スクラップ・キマイラの召喚に成功した。これにより、《スクラップ・ソルジャー》を墓地から特殊召喚する」
【 《スクラップ・ソルジャー》 攻 2100 / 守 700 】
それは、クズ山を守る衛士だ。
全身を鋼鉄に包み、それ故にそれなりに強力な攻撃能力を有す。その隣に立つスクラップ・キマイラと協力でもすれば、敵の撃破もそう難しいことではないだろう。
しかして、その真価はその先にある。
「レベル4のスクラップ・キマイラへ、レベル5のスクラップ・ソルジャーをチューニング」
互いの身が崩れ、光の円環がその残骸へと降り注ぐ。
そこから現れたのは9つの星だ。それらは、何らかの力によって浮き上がっていく残骸へと飲み込まれ、新たに命を創造する。
一つ。二つ。無数のパーツから選び取られ、組み上げられるその形状は、言うなれば双頭の竜だ。
【 《スクラップ・ツイン・ドラゴン》 攻 3000 / 守 2200 】
スクラップ・ツイン・ドラゴン――――汎用性には欠けるものの、このデッキにおいては比較的召喚のしやすいカードだ。
破壊効果もある種のメリットに変換できるとなれば、その有用性は高い。
まして、二枚ものカードを手札に戻すことができるという効果を持つ以上、採用しない理由は無いとも言える。
「効果を発動。こちらの伏せカード……《強欲な瓶》を破壊し、イビリチュア・リヴァイアニマ、及び伏せカード1枚を手札に戻す」
無論、強欲な瓶はこの場で使用することとなる。
発動と同時に瓶が割れ、俺の手に一枚のカードが渡ることになる。が。
『《エネミーコントローラー》をチェーン発動。スクラップ・ツイン・ドラゴンの表示形式を変更します』
直後、現れたコントローラーの手により、スクラップ・ツイン・ドラゴンの表示形式が変更される。
攻撃の気配が急激に萎み、開いていたはずの口部ががちんと音を立てて閉じる。
……これでは、攻撃はできないか。
しかし、この場でリヴァイアニマを排除することには成功した。あとは、どのように攻勢に転じるか、だろう。
「《スクラップ・オルトロス》を特殊召喚」
【 《スクラップ・オルトロス》 攻 1700 / 守 1100 】
くず鉄の山から、双頭の獣が起き上がる。と、間をおかず、その身が爆ぜた。
スクラップ・オルトロスは、その効果で特殊召喚された場合、場のスクラップと名のついたモンスターを破壊しなければならない。が、スクラップのチューナーが持つ共通効果もあり、自身を破壊したとしても墓地からスクラップ・キマイラのような有用なカードを手札に呼び込むことができる。
特にスクラップ・キマイラを使用した後でこのカードを用いれば、ある種のサルベージカードのような使い方にもなる。
カードを2枚伏せ、相手へターンを委譲する。と、言葉を発することも無く、アイオーンはカードをドローした。
『《トレード・イン》を発動。イビリチュア・リヴァイアニマを墓地に送り、カードを二枚ドロー。更に、墓地のリチュアの儀水鏡の効果を発動。イビリチュア・リヴァイアニマを手札に加えます』
これらの手順で、実質的に一枚、手札が増えたことになったか。
そも、先程のカード……シャドウ・リチュアの効果を考えれば、リチュアの儀水鏡はデッキにあった方が都合が良いだろうとも考えられる。
ならば恐らく、何かしら行動を起こしてくるとは思われるが――――
『シャドウ・リチュアの効果を発動。リチュアの儀水鏡をデッキから手札へ加えます』
――――当然、そうなるか。
更に手札に加え、セットしたのであろう《儀水鏡の瞑想術》が発動する。
露見したのは、先程手札に加えたリチュアの儀水鏡だ。瞑想術の効果により、シャドウ・リチュア及びヴィジョン・リチュアがアイオーンの手札に加わる。
『ヴィジョン・リチュアの効果により、《イビリチュア・ジールギガス》を手札に加えます。そしてリチュアの儀水鏡の効果を発動。イビリチュア・リヴァイアニマとリチュア・アビスをリリース。《イビリチュア・ジールギガス》を、特殊召喚』
場の中央に、多量の水が流れ込み、渦を形成する。
やはりと言うべきか、そこに現れるのは、先程と同様の紋章だ。
しかして問題はそのようなところには無い。最大の問題は、その奥底から覗く黄金の光だ。
俺にも見覚えはある。幾度となくそれは目にしてきた。叶との練習で、それ以外にも。
その光の源泉は、度を超えた悪意や、あるいは闇とも呼ぶべき何か、だ。
《インヴェルズ・グレズ》。侵略の王とも呼ぶべきその存在、であるはずだ。先程のルドガーとのデュエルの際にも感じた凶悪な印象が、そのままそこに存在している。
だが、何故。そのようなことを考える間にも、黄金の光はその輝きを増していく。
そうして、現れたのは――――黄金の残滓とも呼ぶべき、何かだった。
【 《イビリチュア・ジールギガス》 攻 3200 / 守 0 】
四本の腕と黄金に固められた外装。本来、黒に染められていたはずの外殻は、青が混ぜられ濃い藍色となっている。
なるほど、考えてもみれば、インヴェルズ・グレズのレベルは10。更に、このモンスターのステータスは、グレズのそれと一致する。加えて、その能力は……
『イビリチュア・ジールギガスの効果を発動。1000のライフポイントを支払い、カードをドロー。これを確認し、』
ライフポイントを支払うことで発動する効果。あれは、あるいは残滓であるが故の脆弱さであるのだろうか。1000というのは、インヴェルズ・グレズの貪欲さと比べれば微々たるものである。故にその効果の範囲は限定され、仕手に「与える」効果へと変貌している。
見せられたのは、一枚のカード。名は《リチュア・ビースト》。
だが、無論と言うべきか、それだけの代償を支払って、たかがカード1枚をドローする効果というわけではあるまい。加えて、確かに手札を増やしてはいるものの、情報を相手に与えていることには変わりない。
ならば、と考えたその時、目の前の双頭の鉄竜が、その身を震わせた。
『リチュアと名のついたモンスターであった場合、カード1枚をデッキに戻します』
その足元に見えたのは、巨大な渦だ。
徐々に音を立て、鉄くずの竜が圧潰を始める。さて、カードとしてはエクストラデッキに戻るのだろうが、あれの向かう先はどこなのだろう。
いずれにしても、この状況では俺を防ぐ盾は無い。
更に。
『リチュア・ビーストを召喚』
【 《リチュア・ビースト》 攻 1500 / 守 1300 】
先程手札に加えられたモンスターが場に登場する。
深緑の鱗に身を包んだ魚人。渦の奥から現れたのは、そのような風体のモンスターだった。
『リチュア・ビーストの召喚に成功したとき、レベル4以下のリチュアと名のついたモンスターを蘇生できます。《リチュア・アビス》を特殊召喚』
【 《リチュア・アビス》 攻 800 / 守 500 】
先程の鮫面の魚人が、再度姿を現す。
当然、召喚……そして特殊召喚時に発動するその効果は発動され、ヴィジョン・リチュアがアイオーンの手札に加わる。
『《儀式の準備》を発動。墓地からリチュアの儀水鏡を、デッキから《イビリチュア・テトラオーグル》を手札に加えます』
これだ。
あの様子を見るに、手を緩めるつもりは欠片も無いのだろう。手札が減っていく様子も見えないし、その上に場のカードは恐るべき勢いで増していく。
次いで、ヴィジョン・リチュアの効果により、アイオーンの手札にイビリチュア・ソウルオーガが加わる。そうして、
『リチュアの儀水鏡の効果を発動。シャドウ・リチュアをリリースし、《イヴィリチュア・ソウルオーガ》を特殊召喚』
【 《イビリチュア・ソウルオーガ》 攻 2800 / 守 2800 】
続いて、床に水の底から渦を巻いて現れるのは、巨大な……ミノカサゴか、タツノオトシゴにも似たような印象を抱くような外見を持った魚人だ。
効果を確認するに、こちらの場に表側表示のカードが無い以上は、通常モンスターと大差ないとも思えるが。
これで、場に現れたモンスターは4体。更にアイオーンは、リチュアの儀水鏡の効果を更に発動し、シャドウ・リチュアを手札に収める。そうして収めたシャドウ・リチュアの効果によって、リチュアの儀水鏡が更にアイオーンの手に加わった。そこから現れるのは、
『リチュアの儀水鏡の効果により、場のリチュア・ビーストとリチュア・アビスをリリース。《イビリチュア・テトラオーグル》を特殊召喚』
【 《イビリチュア・テトラオーグル》 攻 2600 / 守 2100 】
更に、先程とは異なるタイプの光……どことなく叶の使う「ヴァイロン」にも似た苛烈なそれを纏い、頑強な肉体を持った魚人が現れ出でる。
その肉体の各所には、ヴァイロン……と思しき機械部品が見られる。先程の光についても、それに由来するものであろう。
これで、儀式モンスターが三体。いずれも2500を超える攻撃力を持つ重量級モンスターだ。これをどのように迎え撃つか。現在の俺には、それが第一の課題となる。
『攻撃』
無慈悲にも発せられるのは、攻撃の命令。
そも、この機械に情など期待してはいない。現状では妨害の手は来ないと思われるが。
「――――《スケープ・ゴート》を発動」
【 《羊トークン》 攻 0 / 守 0 】
瞬間、場に四体の
場には1体の羊が残る。――――ライフには、一つの減少も見られない。
『ターンエンド』
アイオーンが、ターンの終了を宣言する。
さて。続いて第二の課題だ。どのようにしてこの布陣を突破するか。
一つ。全て破壊する。その点は現状では不可能だろう。《ブラック・ホール》等あれば相手のモンスターを全て破壊することもできるが、今は手札には無い。スクラップ・ツイン・ドラゴンを特殊召喚……とも考えられるが、二度目の手は難しい。ジールギガスを手札に戻せばこの場は突破できるが、次のターンに再度特殊召喚されてしまえば、そのまま数の暴力で押し込められる。
……どちらにせよ、このまま待っていて勝てる相手でも無い。
アイオーンを破壊する。その目的を果たすためなら、今は世界に対する負担など考慮すべきではない。ならば、それ故に。
「スクラップ・キマイラを召喚……効果により、スクラップ・オルトロスを特殊召喚」
【 《スクラップ・キマイラ》 攻 1700 / 守 500 】
【 《スクラップ・オルトロス》 攻 1700 / 守 1100 】
場に積み上がった瓦礫の山の中から、二体の合成獣が姿を現す。
そのレベルは、いずれも4。俺の手には一つ、そこれによって利用できる力が存在する。
「――――レベル4、スクラップ・キマイラとスクラップ・オルトロスの二体でオーバーレイ」
空間に、巨大な黒穴が開く。
二体のモンスターが鈍色の星と化し、その身を空間の孔へと投げ込んでいく。
代わりに、空間の孔――――言うなれば、扉の向こうから、鋭い爪が伸びる。
その爪は、言うなればダイヤモンドの輝きを持つ凶器。全身から伸びる……角も、体毛も例外は無く、全て金剛の輝きを有している。
【 《恐牙狼 ダイヤウルフ》 攻 2000 / 守 1200 】
狼。その外見は、かつて史上最大のイヌ科動物とされたダイアウルフを模したのであろう。
その美しい外観に比して、その気性は荒々しい。鼻息荒く、眼前の敵を見据えている。
「ダイヤウルフの効果を発動。獣族の羊トークンを破壊し、イビリチュア・ジールギガスを破壊する」
その身から伸びる爪が羊トークンを捉え、その咢に収められる。
直後、全身から伸びる角がジールギガスを突き刺していく。
通常語られるダイヤモンドというものの硬度は、傷に対しての強度である。実際の所、金槌で叩けば割れる程度には脆いものであるし、割れ、欠けに対する抵抗力は低い。
故に、その身の金剛は砕け散る。ジールギガスの身と共に。
周囲に破片が舞い散っていく。美しい光景だ、と思うことは間違ったことであろうか。あるいは、見る者が見れば禍々しいものだと思うのかもしれない。
ともあれ、このままでは単に、微妙な攻撃力のモンスターを場に残しただけに過ぎない。次いで、一つ。手を打つ必要がある。
――――使うか、あのカードを。
「《カーベージ・オーガ》を手札から捨て、デッキから《ガーベージ・ロード》を手札に加える」
鉄くずの山の中へ沈む、奇怪な姿をした鬼。
そうして飛び散った破片の中に、一枚のカードが見えた。中空でそれを手に取り、手札へ加える。
「2000のライフポイントを支払い、《ガーベージ・ロード》を特殊召喚」
【 《ガーベージ・ロード》 攻 0 / 守 2400 】
直後、這い出すようにして、クズ山の中から這い出す者があった。
身に纏うのは、武骨な鉄板。左腕に持つ杖はどこか粗雑で、ありあわせのもので作ったのだろうという感が見え隠れする。
「特殊召喚に成功したことにより、伏せておいた《地獄の暴走召喚》を発動。デッキから2枚の《ガーベージ・ロード》を特殊召喚する」
【 《ガーベージ・ロード》 攻 0 / 守 2400 】
【 《ガーベージ・ロード》 攻 0 / 守 2400 】
三体の、ゴミ山の王……と、そのように呼ぶべきか。
ともあれ現状で問題となるのは、レベル5のモンスターが三体揃った、という事実だけだ。
以前、深宮から譲渡された二枚のナンバーズ・カード。そもそもはあれらを使うつもりは無かったが、この期に及んでその意見は通らない。
ならば、十二分に利用させてもらうとしよう。
「レベル5のガーベージ・ロード3体をオーバーレイ」
三体のモンスターにより、オーバーレイ・ネットワークが構築されていく。
……正確には、構築の補助。何度も、こうしてエクシーズモンスターを召喚すれば、それだけオーバーレイ・ネットワークの構築は加速していく。
だが、それはあくまで加速するだけだ。今すぐにどう、という問題ではない。ならば、利用するだけはさせてもらう。
「エクシーズ召喚――――《
【 《
その外観は、言うなれば「城」。紅蓮の球体をその身の核とし降臨したのは、一柱の悪魔であった。
攻撃力は100。その効果は「相手から攻撃対象にされた場合、エンドフェイズまでその攻撃モンスターの攻撃力分、攻撃力を上昇させる」こと。あまりに受け身で、この状況においてはあまりに無力なものだ。
「手札から《エクシーズ・ギフト》を発動。
手札に呼び込まれたのは、《カオス・バースト》、そして《リミット・リバース》の二枚だ。
この二枚があれば、ここから
ならば、
「……カードを三枚セットし、ターンエンド」
このカードは、あくまで繋ぎだ。
あと、少し。このターンさえ凌ぎ切れば――――あるいは、勝利も見える。
アイオーンがカードをドローする。ドローフェイズが終了し、スタンバイフェイズへ移り変わる。
このままイビリチュア・ソウルオーガが存在している限り、
故に、
「《ブレイクスルー・スキル》を発動。エンドフェイズまで、イビリチュア・ソウルオーガの効果を無効とする」
このターンの終わりまで、あのモンスターの効果は無効とする。
あとは――――野となれ、山となれ、か。
『《深海のディーヴァ》を召喚』
【 《深海のディーヴァ》 攻 200 / 守 400 】
そうして召喚されたのは、一体の――――魚人の歌姫、と呼称するべきかと思われるような存在だった。
その口から紡ぎだされるのは、人外の歌。
あるいはそれは、同胞を招き、誘うものであるのだろうか。
気付けばその隣には、一体のモンスターが侍っていた。
【 《ヴィジョン・リチュア》 攻 700 / 守 500 】
……ヴィジョン・リチュア。先に、幾度となくその姿を見せ、しかして一方、場に出てくることの無かったモンスター。
故にその姿を見るのは、初めてだということになる。
厄介なモンスターだ。だが、それ故に手札か……あるいは、デッキに存在しているべきであったのではなかったのだろうか。ここで出してきた理由とは、
『レベル2のヴィジョン・リチュアに、レベル2の深海のディーヴァをチューニング。シンクロ召喚、《魔界闘士 バルムンク》』
【 《魔界闘士 バルムンク》 攻 2100 / 守 800 】
――――シンクロ召喚。
あまりに唐突なそれに、俺は僅かな驚きを禁じ得なかった。
黒い鎧を纏う戦士。闇属性、かつ戦士族。アイオーンの使用するデッキを考えれば、多少異質なカードだと感じるが……。
『《
【 《マリン・ビースト》 攻 1700 / 守 1600 】
次いで、水底から現れるのは、獣頭と魚の下半身を持つ、巨大な合成獣であった。
この期に及んで融合モンスター……その上、攻撃の機会を、ライフポイントまでもを失い、アイオーンは何を――――
『儀式モンスター、《イビリチュア・テトラオーグル》。シンクロモンスター、《魔界闘士 バルムンク》。融合モンスター、《マリン・ビースト》。エクシーズモンスター、《恐牙狼 ダイヤウルフ》――――全てを除外』
直後。
極大の違和感と、圧迫感が俺を襲った。
何だ。何が来る。何が起きる。いや、何をされる。
周囲の空間が歪む。時空そのものが振動したかのような錯覚さえ受ける。
分からない。俺はこのようなものなど……知らない。
『――――《創星神
瞬間、光が弾けた。
周囲に張り巡らされていた力場が弾け飛ぶ。いや、急激に広がりゆく。
途方も無く巨大なものが落ちてくるような……あるいは、せり上がってくるような。
闇が這い出す。光が降り注ぐ。
そうしてその中心、混沌の中心に現出したのは、馬頭の女神。
【 《創星神
周囲に、破壊――――それらを超越した、虚無の波動が広がりゆく。
伏せカードが。アイオーンの残したカードが。
場には、何も残らない。いや、場だけではない。墓地も。手札も。何もかもが、消えていく。
『《創星神
防御手段は無い。何も、あるはずはない。
動き出したその女神の挙動を、止める術など、どこにもない。
故に。
苛烈なまでの光が、全身を貫いた。